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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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高校演劇2018・関東大会栃木会場(2018.12.23~24)

 12月23日と24日の二日間、栃木の「関東大会」に行って来た。
 今回は、新座柳瀬の応援に行くなら所沢の応援もしてこないと片手落ちになってしまうので、上演が同じ日になってくれればいいなと思っていたが、何と所沢が1日目の朝イチ、新座柳瀬が2日目の朝イチに決まったと言う。遠路出掛ける側からすると、これ以上は考えられないくらい意地悪な上演順である。しかし、行くと決めたからには文句を言ってはいられない。両日とも「通い」にすることも考えたが、せっかくの機会だから、足利で一泊して他の学校もできるだけ観て来ることにした。

 23日(日)の朝は6時15分ぐらいに家を出て、中央線→武蔵野線で南越谷駅まで行き、東武の新越谷駅に乗り継いで、伊勢崎線(スカイツリーライン)→日光線とたどって、9時過ぎに栃木駅に降り立った。この日光線の4輛編成は、嬉しいクロスシートだった。
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 ここは東武とJRの共用駅になっている。
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 徒歩20分ぐらいで栃木文化会館に着いた。
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 大ホールの中に入ったのは9時半過ぎで、開会式が始まっていた。
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 この日は10時から所沢の舞台を観せてもらったあと、結局7校中6校を観劇した。けっこう疲れてしまって、最後の舞台は失礼してしまった。

埼玉・所沢高校「プラヌラ」
 トップバッターはいろいろ難しいものだが、しっかりと自分たちのやりたいことができていたのではないか。役者がみんな自分の役どころをきちんと掴んでいて、それぞれの思いをちゃんと表現できていたのが良かったと思う。ただ、前寄りの席で観たのでそのせいもあったのか、SEが総じて大きすぎるように感じたのと、セリフが言葉として聞き取れないところが少しあったのが残念だった(後方の席では感じなかったと言う人もいたから、座席によるホールの響き癖が影響していたかもしれない)。
 でも、面白い台本(作・高石紗和子)なのは伝わってきたし、よく挑戦しているなと思った。それを認めた上で、台本を舞台上に立ち上げるに当たっては、もう少し別のやり方もあったのではないかという感じもした。場面が次々に飛躍していく台本だから、それをどう表現するかは非常に難しいところだと思うが、もう少しオシャレなやり方が工夫できたのではないかということである。具体的には次のような点である。
 ①中割を何度も開閉していたが、場面転換としてあれはオシャレじゃない。あんなになびいてしまうのは計算外だったかもしれないが、引き幕である以上、視覚的にはその都度、幕が引かれるという現象を見せられることになり、芝居の流れの中でのスムーズな転換にはならない気がした。そもそも、場面設定で中割を閉めなければならない必然性が感じられなかった。
 ②部分照明(単サスやエリア明かり)が多用されていたが、そればかりで舞台が進行すると、全体の印象が暗くなるし観ていて疲れてしまう。もともと場面設定などに省略の多い台本だし、セリフもモノローグなどやや観念的に流れる傾向があるので、そこでさらに照明が狭められて視覚的な情報が制限されてしまうと、芝居の中に入って行くのがかなり困難になってしまうように思った。
 ③道具プランに一貫性が欠けていたのではないか。突然リアルな観葉植物が置かれた時は、なぜここだけ?と疑問を感じた。だったらベッドだって机だってリアルにしなくちゃおかしいんじゃないですか、ということである。中割を攻めて中央に置かれたまひろの寝床もよく判らない作りだったし、水泳部員たちが立つ台も、その時だけ出て来るというのが意味不明のような気がした。
 結局、全体の作りにもう少し緻密な作戦というか、微妙な調整が必要だったのではないだろうか。様々な部分について、もっと効果的なかたちがあったような気がするし、まだまだ検討の余地があるのではないかと感じた。
 「とこえん」はわたしが昔いたところだし、現顧問のAさんともつながりがあって、そこが優秀校4校に入ったのが嬉しかったので、敢えて少し厳しめに書いてしまいました。応援に行った者としては、要するに「優秀賞おめでとう!」って言いたかっただけだったんですけどね。

長野・塩尻志学館高校「イッテきま~す」
群馬・東京農大第二高校「エレベーターの鍵」
群馬・新島学園高校「カイギはDancin'」
 以上3校はあまり好きになれなかったので、感想は省略します。

新潟・新潟工業高校「室長」
 作・畑澤聖悟とあったが、いままで知らなかった台本だった。一種のシチュエーションコメディと言っていいと思うが、非常に巧みな設定で面白い展開を見せていると思った。新工の皆さんはあまりコメディとしては意識しないでやっていたようだが、人物それぞれを的確に造形して、しっかりと場面のやり取りを作っていたので、真面目なディスカッションドラマとしても大変見応えのあるものになっていたと思う。たぶん、もう少し笑いなどが交じるようにして、ユルい雰囲気が作れるともっと良かったような気がするが、いまのストレートな緊迫感と問題提起もなかなかのものだと感じた。優秀校4校に入ったのも妥当。

栃木・小山城南高校「無空の望」
 LGBTを取り上げた生徒創作台本で、みずからの気持ちと懸命に向き合う主人公たちが、手近なところに安易な解決を求めようとしていないところが良かった。予定調和の感動で終わらせてしまう生徒創作もある中で、この不器用な誠実さには好感が持てた。オトナの審査員が選ぶ優秀校4校に選ばれたのも良かったが、生徒講評委員会がこれを講評委員会賞3校の中に選んでいたのが(生徒はちゃんと観ているんだと感じられて)素晴らしいと思った。

 24日(月)は朝から快晴だった。
 ゆっくり8時過ぎにホテルをチェックアウトして、JR足利駅。
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 両毛線で栃木駅まで30分ほどだった。
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 9時過ぎに、余裕を持って会場に到着した。この日は10時から新座柳瀬を観たあと、さらに2校を観て、13時40分、遅い昼休みになったところで後の2校は失礼した。帰って孫たちとクリスマスケーキを食べなくちゃいけなかったんですね。

埼玉・新座柳瀬高校「Ernest!?」
 まず最初に、これが最優秀に選ばれたことに「おめでとう!」を言っておきたい。その上で、この台本について思っていることを少々書いておく。
 原作を60分の一幕劇に作り直す際に、「Love & Chance!」と比べてこちらはかなり無理を重ねているところがあって、そのあたりを気にならないように修正するのが、地区大会→県大会と続いてきた本作のテーマだったと思う。細部を比較しながら観てきたわけではないから、非常にざっくりとした言い方になってしまうが、よくここまで作り込んだなというのが今回の感想だった。
 本作では結局、観客をいかに「目くらまし」できるかが鍵になっていて、矢継ぎ早に繰り出されるパターン化したギャグの連続とか、観客に立ち止まる隙を与えない、展開のスピード感が重要になっていたように思う。そのため、作りがややマンガ的になってしまったきらいがあって、個人的にはそういう傾向が強まるのは嫌いなのだが、この作品が向かう方向としては間違っていなかったと思う。朝イチにもかかわらず、客席の反応が非常に良かったことがその証左になっていると思った。
 わたしの好みとはかなり異なるところで、最近の稲葉智己は「稲葉智己的大衆演劇のツボ」を獲得しているように感じる。ブラックネルを始めとした誇張したキャストの作り方などは、わたしはあまり好ましいものとは思っていないのだが、それが客席を掴み、大きな笑いを獲得しているのに接すると、彼は観客を手のひらに乗せることに成功したのだなと認めるしかないのである。
 実は、昨夜ここまで書きかけてちょっとツイッターを覗いたら、中部ブロックから岐阜県の長良高校というところが全国出場を決めたというニュースが飛び交っていた。長良高校は、柳瀬と同じオスカー・ワイルドの「The Importance of Being Earnest(まじめが肝心)」を翻案した「My Name!」という作品を上演していたらしい。これが代表を射止めたことで、来夏の全国大会では、同一の外国古典劇から作られたラブコメディが2本並ぶことになったのである。これは凄いことだし、高校演劇のウイングを大きく広げる快挙と言っていいのではないか。これで、佐賀まで応援に行く楽しみが大きく膨らんだと思う。
 最後に、今回の舞台で少し気になったことも書いておく。
 終盤、プリズムとブラックネルが出会うことでアーネストに関わる未知の事実が次々に明らかになるが、その場の人々がそれぞれ感じていたはずの驚きがあまり見えてこなかったように感じた。大袈裟にやれということではないが、事実(新たな事態)に対する受け止めはきちんと行われなければいけないし、気持ちの上での反応をもう少しちゃんと作って見せてくれないとまずいように思った。
 この芝居は、いろいろなことが最後に一気に明かされるようになっているので、その段階ではたぶんスピードよりも丁寧さが必要になっているはずで、そこのところをもう一度見返してみた方がいいように感じたのである。

新潟・新潟中央高校「Damn! 舞姫!」
 けっこう面白かったが、それ以上の感想は省略。

栃木・栃木高校「ミサンガ」
 男子校の男芝居というのは個人的に好きなので期待していた。実際には期待以上で、予想を遥かに超えたパワーに圧倒された。ここまで真正面から押してこられると、それだけで有無を言わせぬ説得力が生まれているように思われた。当然のように勝者と敗者に分断されてしまう世界に、痛烈な一石を投じようとした力作だったと思う。だが、最後がもう一つ決め切れていないようにも思えて、たぶん最初はかなり計算された台本だったのが、いつの間にかいろいろな意図を忘れて闇雲に突っ込んでしまったようにも見えた。何と言うか、そういう型破りの清々しい熱気のようなものを感じた。講評委員会賞3校には選ばれたが、優秀校4校に入らなかったのは残念な気がした。

 以上で終わりだが、実は、この栃木文化会館は、わたしが所沢高校にいた時に、当時の生徒たちが全国行きを決めた思い出の会場だった。1994年のことだったが、パンフレットの記録にはそれがちゃんと記載されているのに、わたしの中ではその時の記憶がもうほとんど失われているのが不思議な気がした。歳を取ったんだなと、いまさらながら再認識させられた。
by krmtdir90 | 2018-12-27 18:03 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

高校演劇2018・埼玉県大会(2018.11.17~18)

 いろいろ事情がありまして、掲載がこんなに遅れてしまったことをまずお詫びします。まあ、たいしたことが書けるわけじゃないので、今年は簡単な感想で終わりにしておくことにします。

 今年も2日間、10校の舞台を見させていただいた。
 全県89校から選ばれた10校ということだったが、中には「ちょっと、これで県大に来ちゃうの?」と言いたくなるような舞台もあって、最近はわたしの感性がついて行けなくなってしまったところもあるような気がした。
 また、今年は埼玉が1校増枠の年に当たっていて、この中から3校も関東に行けてしまうのだと聞いて羨ましく感じた。まあ、門戸が広がるのは悪いことではないが、昔を思うとずいぶん緩いことになっているのだなと思った。

 最優秀の浦和南「緑の教室」にはあまり共感していない。こういう(高校演劇らしい?)のが時々ポンと認められることがあるから要注意だなと思っていたら、その通りになってしまった。生徒創作としてはそれなりに書けていると思ったが、全体に話が都合良く進みすぎるところがあって好きになれなかった。教室に行けない生徒たちを取り上げるのはいいが、一人一人が抱え込んでいるものの多くが、ほぼ言葉で説明できてしまうのが物足りないところだと思った。
 教室に行けない生徒と言えば、坂戸がやった「うさみくんのお姉ちゃん」は気に入らなかった(「台本として」ということで、坂戸はいつものようによくやっていると思ったのだが)。数年前の全国で最優秀になった本らしいが、当該の生徒をこんなふうに戯画化してしまっていいのかと感じた。笑いを取るためなら何をしてもいいという感じがして、何だかなりふり構わず書かれたように思えていい気分はしなかった。
 それに比べると「緑の教室」は節度があって良かったが、それでも最後のあたり、やや感動させようという意図が先行して書き過ぎたところがあったかもしれない。もう少しサラッと終わった方が、後に残るものは大きかったのではないかと思った。

 優秀校の2校は妥当な選出だと思われた。
 新座柳瀬の「Ernest!?」は、地区の時のあざとい作りなどがしっかり改善され、新座柳瀬本来の、やり過ぎることのない品のいい舞台になっていたので良かった。やはり柳瀬はこうでなくちゃいけない。笑いを取る気持ちが先行したら見苦しいのであって、ラブコメディの「ラブ」の部分を衒いなく丁寧に描いてみせることで、観客を幸せな気分に連れて行ってくれるのが本筋なのだと思う。
 この視点で考えると、「Ernest!?」は「Love&Chance!」と比べて(敢えて言うと)、3幕物の原作を60分(しかも一場)に圧縮するところでかなり無理が生じていて、人物の出入りのきっかけ作りに若干苦しいところがあったり、アルジャノンとセシリーという(第2の)カップルにやや説得力が作れていないのが弱点になっている気がした。とは言え、走り出したら止まることなく走り切って見せる手口はますます磨きがかかっていて、装置(街灯)・照明を最後に生かしたエンディングもお洒落に決まっていたと思う。
 所沢の「プラヌラ」は、正直に言うと途中で少し寝てしまったので申し訳ないのだが、いままでまったく(と言っていいほど)寝落ちの経験がないわたしとしては、開き直って、所沢の舞台が「つかみ」のところでわたしを掴んでくれなかったのが悪いと言ってみたい気もしている。最初から単サスとエリア明かりの連続で、舞台上に少ない情報しか与えてもらえなかったこと、さらに、ある意味モノローグ風の単調なセリフ回しが続くことも相俟って、劇世界にうまく入り込むことができなかったような気がした。
 もちろん、そういうことすべてが意図的に作られた舞台だったのは判ったし、それが最後まで貫かれていたことは理解できた。寝てしまったことは(何はともあれ)反省しなければならないし、もう一度見られるチャンスができた以上(所沢は必ずしも縁のない学校ではないのだから)、栃木まで再見に出掛けなければならないかなと思っている。

 秩父農工科学が3校に入らなかったのは意外な気がしたが、今年の「ゼロデプス」は台本として何がしたいのかがはっきりしなかったように感じた。主人公の出生のこととか進路のこととかが少しも深まらず、観客に訴えてくるものが何もないという印象だった。ビジュアルなどは相変わらず素晴らしかったが、肝心のドラマをちゃんと作ってくれなくては仕方がないと思った。
 草加南の「はなまぼろし」は、ずいぶん古い本を持って来てよくやっていたと思うが、こういう舞台を作るなら必須の細部へのこだわりはまだ不足という気がした。赤子が一瞬で花びらになってしまうところはゾクッとしたが、エンディングの花吹雪はもっととことんやってくれないと満足できなかった。

 最後に大会運営について一言。
 終了後の段取りが今年から変わり、いきなり結果発表と表彰があったあと、場所を地下2階の大練習室に移して、改めて講評会を行うというかたちになっていた。
 結果が判っていたからなのか、講評順序も入賞校を優先するかたちとなり、時間配分も入賞校にかなり手厚いものに変わっていた。確かに入賞校に対しては丁寧な講評が行われたと言っていいが、それ以外の学校は後回しにされ駆け足となって、相対的に扱いの軽さが目立つことになってしまった(時間配分も減ってしまったかもしれない)。講評の公平性が失われたわけだが、果たしてそれでよかったのかどうか。生徒の意識としても、結果が判らなければすべての学校の講評に聞き耳を立てるが、結果が出ていてはそのあたりが果たしてどうなっていたか。
 また、出演校以外の生徒にとっては、従来は引き続きホールで行われる講評までは聞いて帰ろうという気分もあったようだが、1時間以上も待たされる上に場所の移動があっては(しかも、講評内容が入賞校中心になり、終了時間も遅くなることが判れば)、今後、講評会への参加はかなり敷居の高いものになりはしないかと危惧を感じた。今回の変更はそれなりの意図があってのことだと思うが、今後に向けて功罪をしっかり検討する必要があるように思った。

 あと、付け加えておくと、3人の審査員の中では、甲府南高校顧問の中村勉氏の講評が、端的な言葉の中に首肯すべき内容がいろいろあって印象に残った。どの学校に対しても率直に断じようとしているのが判り、無理に褒めようとしていないところも好感が持てた。
by krmtdir90 | 2018-11-28 14:35 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

東大附属の「アリス」(2018.10.7)

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 10月7日(日)は最初から映画を見に新宿に出掛けたわけではない。午前中、新座柳瀬のMさんと一緒に東大教育学部附属中等教育学校の文化祭に行って、午後は山梨に行くというMさんと別れたあと、せっかく新宿に出たのだから一本見てから帰るかという気分になったのである。夏が戻ったような天気だったから、昼食に入った蕎麦屋でつい昼ビールを飲んでしまい、これではつまらない映画だと寝てしまうかもしれないと思っていたが杞憂だった。そういう状態なのにグイグイ引き込まれたのだから、あの映画(「判決、ふたつの希望」)がどんなに面白かったかは明らかだったと思う。

 さて、Kさんが支配人?をしている東大附属の演劇部は、中高一貫であるため1~3年の中学部と4~6年の高校部がそれぞれの舞台を作っているらしい。いままでは高校部の舞台を見に行っていたのだが、今回は中学部が稲葉智巳作の「Alice!2/白ウサギのお見合い編!?」を上演するというので、Mさんに誘われて初めて中学部の舞台を見せていただいたのである。
 中学の演劇部にも関東・全国とつながるコンクールがあって、都大会を目指す地区大会が次の日曜(14日)にあるというのを聞いたので、楽しい舞台を見せてくれた生徒諸君にお礼と応援の気持ちを込めて、以下に簡単な感想を書いておくことにする。

 中学校の演劇部がどんなことをやっているのか全然知らないのだから、あまり安易な物言いは避けなければいけないが、東大附属の「アリス」は、高校生も顔負けの素晴らしい舞台を作り上げていたと思った(ずっと感心しながら見ていました)。
 稲葉智巳の作る舞台(作・演出)をそれなりに見てきた者からすると、彼の台本を他校がやるのは(高校であれ中学であれ、またそこらのアマチュア劇団であれ)非常にハードルが高いと思っていた。それなのに、今回のような素敵な舞台が(高校生ではなく)中学生によって作られてしまったということには、お世辞ではなく率直な驚きを禁じ得なかった。中学生を甘く見ないでほしいと言われているような気がした。
 稲葉智巳の書くセリフを新座柳瀬以外の生徒がやる場合、(彼の訓練を受けているわけではないので)テンポや間合いなどが多少のっぺりしてしまうのは避けられないことだと思う。それでもセリフの言葉一つ一つをきちんと立たせて、勢いを失わないように言うことが出来れば、もともとしっかり書かれているセリフだから客席にはちゃんと伝わるようになっているのである。だが、そうは言っても、これをやり切るのはそう簡単なことではなく、見る前はそんなに期待していたわけではないことは正直に白状しなければならない。

 しかしながら、予想は見事に覆された。この台本が要求していることはいろいろあるが、中学生としてここまで出来ればもう胸を張っていいのではないか。高校生だと言っても十分通用するほどの成果を上げていたと思う。だって、白ウサギをやった高尾さんは1年生だったわけでしょ。ついこのあいだまで小学生だったんだよね。そんなのとても信じられないよねと、Mさんと話しながら帰った。当人は少しは緊張があったのかもしれないが、それを感じさせない堂々とした芝居が出来ていたのではないだろうか。
 3年生の4人、三月ウサギの原さん、ハートの女王の中村純さん、帽子屋の中村怜さん、チェシャの角田さんは、みんな役にピッタリ嵌まっていて、それぞれの個性をよく生かせていたと思った。セリフもしっかりしていたし、見終わったあと、それぞれのキャラクターが鮮明に記憶に残ったのは大したものだったと思う。個人的な好みはあるが、それは言わない。でも、そういうことを言いたくなるところまで達していたというのは、高校生の舞台でもそうはないことなんだからね。
 2年生の2人、アリスの小村さん、料理長の唐澤くんは、3年生と比較したら可哀想だけれど、それぞれ精一杯頑張って愛すべきキャラクターを作っていたと思う。小村さんは、もう少し笑顔が見せられる時があるとずっと魅力的なアリスになると思った。唐澤くんは、時々照れたように視線を落としてしまうところが残念で、そこが吹っ切れればもっと楽しくやれるのではないかと感じた。
 敢えて全体的な希望を言えば、みんなの一生懸命さがそのまま出てしまう感じがあるので(必ずしも悪いことではないのだけれど)、表情などにまだ硬さが残ってしまうところがあるのがもう一歩だった。一生懸命明るくやろうとするのではなく、意識してないのについ明るくなっちゃうという感じになれば、いっそう楽しい舞台になるのではないかと思った。

 いまのままでも十分に面白い舞台になっていたので、14日は自信を持って自分たちの演技を楽しんできてください。いい知らせを待っています。
by krmtdir90 | 2018-10-10 08:54 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

高校演劇2018・埼玉県西部A地区秋季発表会(2018.9.22~23)

 発表会があったのは一週間以上前である。上演された7校の舞台をすべて見させていただいたのだから、いままでなら礼儀として数日中のうちに感想を掲載してきたところである。だが、今回はいろいろ考えてしまうことがあって、中国旅行記を理由にきょうまで延び延びにしてしまった。旅行記も終わったので、もう書かなければならないだろう。

 まず講評というものについてである。今回西部Aでメインの審査員をされたのは高校演劇サミットの林成彦氏で、今年から事務局長に就任したMさんが強く推して実現した人選だったようだ。その講評を聞いて、わたしは非常に勉強になったと率直に思っている。Mさんの意図も理解できたと思う。わたしには出来なかったことだが、こういうふうに具体的に言ってもらえて、励ましてもらえたら生徒は元気が出るだろうなと思った。褒め上手というか、こんなところにスポットを当てればいいのかと、感心させられるところがたくさんあった。
 講評の中身はどの学校に対しても、最初の8~9割が褒め言葉で、残り1~2割が問題点の指摘という構成になっていた。そういう割合で話すこと自体は、その人なりの考えがあるのだからかまわないと思うが、わたしにはどうしても、問題点を指摘する部分がやや気を遣い過ぎのように思えて仕方がなかったのである。これだけ上手に褒められるのだから、もう少しストレートな言い方をしてもバランスは取れるのではないかと感じてしまった。
 どういう点を問題と考えるのかというところは、相手にきちんと伝わるように論理的に言わなければならないものなのではないか。それをちょっとした気付きのように言ったり、軽い提案のように言ったりするのでは、評価の核心部分が生徒に伝わらないような気がしたのである。いいところはいいと取り上げてやるのはとても大事なことだけれど、ダメなところはダメとストレートに言ってやることも必要なことなのではないか。もちろん言い方を考えなければいけないことは判るつもりだが、そこのところに関する物足りなさは、林氏の講評が終わった後もずっとわたしの中に残り続けているのである。
 わたしはもう審査員を引退させてもらったから、いまさら振り返ってみても仕方がないかもしれないが、わたしはいつも8~9割を問題点の指摘に当てていたような気がする。講評時間が短い時はほとんど問題点の話だけで終わってしまうこともあったと思う。わたしに中には、審査員というのは推薦校を選ぶのではなくて、それ以外の学校を落とすものなのだという思いが抜き難くあったのだと思う。だから、落とす学校にその理由をきちんと伝えなければならないという気持ちが勝ってしまい、褒めることが疎かになっていたことは認めないわけにはいかない。
 そんなことはあり得ないが、もしわたしがもう一度審査員をやることがあれば、もう少し褒めることを大切にするかもしれないとは思った。それでも、わたしの基本的な考えはたぶん変わらないし、変えようがないものだと思ったのである。

 こんなことを考えてしまったのは、朝霞西がやった鴻上尚史の舞台(「恋愛戯曲」)が関係している。この舞台は最初から最後まで暗転の連続で、鴻上の本をやる時に絶対にやってはいけないことをやってしまった舞台だった。林氏もこの点には最後に触れていたが、それは考えてみた方がいいかもしれないねといった程度の(言い方を正確に覚えているわけではないが)、優しい指摘にしかわたしには聞こえなかったのである。どんなに役者が上手かったとしても、ここが論旨の中心に来なければ講評としてはおかしかったのではないか。
 新座総合技術の生徒創作(「EMMA」)についても同様の感想を持った。創作に挑戦したいと思った生徒の気持ちは大切かもしれないが、物語として成立していないことはきちんと言ってやらなければいけなかったのではないか。それは顧問を含めたオトナの責任であり、林氏の講評はその点を意識的に外している(或いはぼかしている)としか思えなかったのである。
 退職からもう十年以上が経過してしまったのだが、わたしは西部A地区に13年お世話になった。昔は良かったという話が見苦しいのは承知しているが、あの頃は終演後の飲み会で顧問同士が終わった芝居を俎上に上げ、ああでもないこうでもないとやり合うのが普通だった。少なくとも、核心に触れない傷の舐め合いだけはしたくないとみんなが思っていた。暗転の連続も物語の破綻も、遠慮して当たり障りのないことしか言わない審査員の前で、自分のところは棚に上げて厳しく指摘し合っていただろうと思う。納得できない講評をした審査員に噛み付いたこともあった。
 メンバーが替わり時代が変われば、地区の雰囲気や審査員に求められるものも変わっていくのが当然である。だが、いまの風潮が地区や全体の底上げにつながっているようには、どうしても思えないということなのである。わたしはもう過去の人間だと自覚しているが、批判に耐えられず感情的な反撥を返してくる顧問の存在とか(一人や二人ではなかった)、生徒受けする言葉を並べるだけの講評では(林氏のことを言っているのではない)不十分であることは言っておかなければならないと思う。林氏の、8~9割が褒め言葉というのがそこだけ一人歩きをして、これからの講評のスタンダードになるのだとしたら、それは決定的な誤りだということは指摘しておきたい。

 すでに地区の顧問集団とは別のところにいるのだし、大会などでお互いに助け合うという共通の基盤は失われているのだから、いつまでも昔のような厳しい感想を書き続けるのはやめるべきだと思うようになった。遠慮した方がいいなと感じさせてしまうのは、その集団の方に問題があるのも確かなことだと思っているが、過去の人間はそれを批判するより自分を省みた方が生産的である。年を取ってから、いっそう生産的なことをしたいという願望は強くなっていると思う。

 西部Aを含む埼玉Aブロックの最終結果が30日の夜に出て、新座柳瀬「Ernest!?」)が県大会に駒を進めたのは(玉城デニーが沖縄県知事に当選したのと合わせて)とても嬉しいことだった。だが、正直に言うと、わたしはこの舞台をそんなにいいとは思わなかったのである。もちろん役者の力量とか芝居の上手さとかは抜きん出ていたし、選考の結果は(西部Aしか見ていないのだから、あくまでその中だけのこととして言うのだが)まったく妥当なものだったと思っている。だが、稲葉智巳をずっと見続けてきた者としては、今回の舞台には不満を感じるところもけっこうあったということなのである。
 これまではたいてい、終演後にそれを直に言うチャンスがあったのだが、今回はそれがなかったので、さてどうしたものかと悩んでいる。まあ、いろいろなことに配慮して、今回ここではあまり踏み込んで言うのはやめておいた方がいいだろうという結論になった(と言いながら、結局かなり言っちゃうんですけどね)。
 実は、今回の舞台を見た後で、手許にあった2015年にコピスで上演した時の「Ernest!」(この時は?はついていない)の台本を読み直してみたのである。今回の台本が、ストーリーの展開として非常にバランスが悪いと感じたからである。後半にいろいろなことが集中し過ぎているのではないか。わたしはもともと物覚えが悪く、3年前のことなどほとんど忘れてしまっていたのだが、この台本を読んで鮮明に甦ってくるものがあった。「Love&Chance!」より前だったが、これは稲葉智巳としてはすごく良く書けた台本だったのではないか。それがもう一度確認できたように思う。
 今回の台本では、非常に重要な役回りであったフレディーという役が欠けていたのが大きかった。人数の関係からそれで書き直すしかなかったのだろうが、わたしの印象はすべてそこから発したものだったことが理解された。今回の台本が手許にないから細かい比較はできないが、フレディーによって絶妙に転がされていたストーリーが、きわめて不自由なかたちで進んで行くしかなくなってしまっていたのだと思う。今回はフレディーなしで行こうと決めたのだから、いま前の台本を持ち出すことにはほとんど意味がないが、フレディーが絡むことで様々な設定が少しずつ開示されていた前の台本の自然さが、今回はややギクシャクしてしまった感は否めなかったのではないだろうか。
 あともう一つ、ギャグや役者の作り方に、いままでの稲葉智巳なら注意深く避けていたはずの、「物欲しげなあざとさ」が見え隠れしている部分があったように感じた。3年前にはなかった「オンリーユー」の音楽と照明を使った繰り返しなどは、決して好ましい方向とは思えなかったのである。ウケ狙いの意図が透けてしまうだけで、そこでストーリーや役者の気持ちが途切れてしまっていたと思う。たぶんハンカチのギャグあたりまでが許容範囲なのであって、笑いを無理矢理取りに行っていると感じられてしまうのは作品にとって逆効果だし、何より稲葉作品の美点であった品を損ねてしまうような気がした。
 指摘したいことはもう少しあるのだが、どうしても3年前の舞台と比較したくなってしまうので、まだ県大もあることだし、こうした場ではこのくらいまでで留めておきたいと思う。いい原作を掘り当てたのだから、県大ではぜひ「Love&Chance!」と並ぶ(超える)舞台を見せてほしいと期待している。

 あとは、今回気になった学校について簡単に触れておく。細田学園「スイッチを押すとき」)は原作のある生徒創作だったが、生徒創作にありがちな説明過多に陥らなかったのは(審査員も言っていたが)良かったと思う。どういう舞台にしたいのかも伝わってきた。ただ、役者が全体的に元気がなく、(高校演劇にありがちな)声を張り上げればいいというのではないが、もうちょっと声を大きくして、セリフに変化がつけられるようになったらずっと良くなるだろうと思った。
 今回の上演の中で、朝霞の舞台(「蜉蝣の記」)にはいつになく好感を持った。既成だったようだが、思わせぶりなところが多くてやりにくい台本だったと思うが、きわめて繊細に(ちょっと褒め過ぎか?)台本の世界を作り出していたと思う。役者が変な色気を出さず、終始淡々と演じていたのが(この台本と合っていて)印象的だった。朝霞は時々やり過ぎてしまうのが困ったものだと思っていたが、今回の舞台作りの方向性は安心して見ていることができて良かった。上記2校、さらなる精進を期待したい。
by krmtdir90 | 2018-10-02 10:18 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(4)

久し振りに「くっぱ」の芝居

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 卒業生の「くっぱ」こと髙橋ちぐさからメールが来て、久し振りに役者をやるから見に来てほしいというので行って来た。彼女は、両国にあるスタジオアプローズというところにずっと出入りしているらしく、そこのプロデュースによるC.a.T.第2回公演となっていて、演目は堤泰之作「煙が目にしみる」というものだった。
 見始めてすぐ、ああ、これはどこかで見たことがあるなと思って、帰ってから調べてみると、数年前の関東大会で千葉県の高校がやったのをたまたま見ていたのだった。高校生と比較しても仕方がないが、今回はちゃんとオトナがやっているわけだから、それなりに見せるべきところをきちんと演じてくれていて(当たり前だけれど)、なるほどなと思った。煙草を小道具としたやり取りなど、ホントに煙草を吸うオトナでないと出せない呼吸というのがあると思う。味のある芝居を幾人かは(全員がとは言えなかった)見せてくれていたと思う。
 髙橋くっぱは、原田泉という、芝居の流れにちょっと異質な笑いでアクセントをつける夫婦の役どころだった。こういうキャラクターが合っているのか、夫役の役者とともに楽しそうに演じていてよかった(昔のイメージとは違うのだが、もう何十年も前のイメージとは違って当たり前ということなのだろう)。位置づけとしては脇役だが、こうしたところがしっかりした演技をしてくれると芝居にふくらみが出る。
 ただ、芝居全体として見ると、演出に若干繊細さが欠けている(作戦の欲しいところが上手く作り切れていない)ような感じがあったので、脚本の面白さをどこまで出せていたかという点では、やや物足りない印象も残った。くっぱの役も(あえてダメを出すなら)、もう少し押さえ加減で(丁寧に)やった方がいいように感じたところもあった。
 楽しい時間をありがとう。また連絡ください。
(7月25日、マチネ)
by krmtdir90 | 2018-07-26 22:22 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

コピスみよし2018・第17回高校演劇フェスティバル(パソコンがダウン!)

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 6月16日(土)のリハーサル、同17日(日)の本番と、会場で楽しい時間を過ごさせていただいた。
 例によって感想文を書き始めたのだが、今年は(学校によって)けっこう書きたいことがあったりして、ブログ掲載ではなく実行委員会(29日)配布でいいかと、ちょっとのんびりし始めていたら、想定外のアクシデントに見舞われてしまった。

 少し前からパソコンの調子がおかしかったのだが、とうとう昨日からうまく立ち上がらなくなってしまった。感想文はまだ書きかけだから、復旧してくれないことにはどうにも先に進めない。今朝になっても直る気配がないので、急遽パソコン修理の店を探して、さっき現物を持ち込んで相談してきたところである。
 おそらくハードディスクが(老朽化で)壊れかけているのではないかという。とりあえず中のデータを守って貰わなければどうしようもないから、それをお願いして帰ってきた。だが、データの保存に成功しても、最終的にはハードディスクを交換するか、新しいパソコンを買うか、どちらかの選択になるだろうという。いずれにしても、感想文の続きを書くためには、この厄介な障害を越える必要が出てきてしまったのである。う~む、である。
 というわけで、パソコンがないから、この原稿はスマホで打ってスマホから送信するしかない。時間ばかりかかって、まったくトホホの状態になってしまった。

by krmtdir90 | 2018-06-22 13:43 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

今年もコピスで高校演劇

 今年も「コピス」の季節がやって来た。「コピスみよし高校演劇フェスティバル」は今年で17回目、先日(5月15日)、最初の出演校打ち合わせ会も開かれた。今回は松山女子高と川越高が初めてコピスの舞台に立つ。今年もたくさんのお客さまにおいでいただきたいと思っています。
 きょうフライヤーが届いたので、早速アップしておくことにします。
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by krmtdir90 | 2018-05-24 16:03 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

高校演劇2018・春季発表会

 高校演劇の春季発表会が各地区で行われているが、現場を退いて十年にもなると、知っている顧問も(退職したりして)次第にいなくなり、観に行ってみようという気持ちもだんだん弱まってきている。とはいえ、やはりこの季節の楽しみであることにはまだ変わりなく、気が向いた舞台だけちょっとつまみ食いする感じで出掛けてきた。一応の礼儀として、以下に簡単な感想を書いておく。

 4月28日(土)は、まず朝霞コミュニティセンターに行き、西部A地区の舞台を2校観せていただいた。

細田学園高校「シンギュラリティ」
 顧問のE先生の創作だというので少し期待していたのだが、率直に言ってまだ台本として組み立てられていないと思った。現実離れしたストーリーを設定することは構わないが、そこで動かされる登場人物にはそれなりの説得力がないと観ていて辛い。どんな飛躍したストーリーであってもいいが、それを成立させるには誰もが納得できるリアリティが作れなければならないのではないか。今回は正直、展開の安易さが気になって仕方がなかった。また、生徒なら誰でも知っている「山月記」と重ね合わせる意図があったようだが、どこがどう重なるのかわたしには理解できなかった。創作への意欲は良し。だが、書いたものを一度距離を取って見直してみることができないと、なかなかいいものは書けないのではないかと思う。
 舞台の方だが、キャストの声が総じて小さく元気がなかった。普段の生活ではもっと大きな声が出ているはずなのだから、セリフをきちんと口にするためにはどんなことが必要なのか考えてみてほしい。発声や言葉を発する時の意識の仕方など、やはりセリフのしっかり書かれた既成台本でもう少し基礎練習をした方がいいと思った。あと、装置の置き方や場面転換などでも、もっとキャストを動き易くすることを第一に考え直した方がいいのではないかと感じた。

新座高校「トシドンの放課後」
 アカネを演じた女子がとても雰囲気が出ていて良かった。これまでいろんな学校の「トシドン」を観てきたが、ピカ一のアカネだったのではなかろうか。ツヨシとナガヤマ先生もよく頑張っていた。ツヨシを女子がやっているのは舞台としては弱点だが、これは仕方がないこと。この二人は、気持ちのぎこちない部分がもう少し意図的に出せるとさらに良くなるだろう。
 残念だったのは、後半がたぶん練習不足だったのだろうと感じられてしまったこと(新座の舞台にはこれがよくある)。前半はアカネとツヨシの距離感など非常にいい感じで作れていたが、途中から二人の気持ちが通じ始めてクライマックスに至るあたりは、やや丁寧さを欠いてスーッと流れてしまったように感じられた。終盤にツヨシが心情を吐露するところと、それに対してアカネがトシドンになって励ますところは、いまのところはまだ力んでいるだけに見えてしまっていた。この二人ならもっと気持ちを込めてやれるはずだと思った。あと、最後にアカネの髪を黒く変えていたが、あれだけの金髪を黒に染め直すのは簡単ではないだろうし、逆に元の髪色のままでアカネの素直さが表出された方が共感できるように感じたのだがどうだろうか。

 西部Aでこの日に観たい舞台はこの2つだったので、午後は東松山に移動して、松山市民活動センターで比企地区の2校の舞台を観せていただいた。

東京農大第三高校「バンク・バン・レッスン」
 まだ練習不足というのか、この台本でどういう演技が要求されているのかというところで、キャストの中に意思統一ができていないように見えてしまった。まったく唖然とさせられるばかりの設定と展開なのだから、もっと有無を言わせず突っ走ってしまうパワーが必要だったのではないか。たぶん演技としては、もっとあざとい、クサイ演技を操らなければならなかったように思う。キャストの力に凹凸があるのは仕方がないことだが、作るべき方向性をしっかり確認した上で、全体が一つになることでその弱点をカバーしなければならないのだと思う。
 装置だが、普通は省略することが多い自動ドアを正面にリアルに作ってしまったため(実にスムーズに開閉していて感心したのだが)、手前の床の可動反応範囲がどこまでなのかといった、つまらないことが気になってしまった。そうなると、そもそも銀行強盗は、最初にドアが作動しないよう鍵をかけさせるのではないかとか、横にあるらしい素通しの窓にはシェードを下ろさせるのではないかといった、余計なことをあれこれ考えてしまう結果になった。こうした台本で、どこまでこういうリアルさを表現するかは難しいところだと思った。

松山女子高校「とおのもののけやしき」
 装置大好きなわたしとしては、緞帳が上がった瞬間にウオーッという感じになった。仕込みにずいぶん手間取っているなと思っていたが、これでは無理もない。よく飾り込んだし、様々な昔の道具もよく集めたものだと感心した。これだけのものを舞台に上げてくれると、敢えて気になった細かい点も書いておく気になる。①上手の袖との間に隠しパネルがなかったので、奥(仕掛けを動かすワイヤーなど)が見えてしまったのは気になった。②手前に柱を一本立てていたが、全体を立体的に見せて良かったが、作りが雑でここだけリアルさが欠けていたように感じた。
 装置作りに夢中になり過ぎたからだろうか、残念ながらキャストの方はまだ作り切れていないところがあると感じた。お雛様・鬼・納戸婆はそれぞれ非常に頑張っていたが、その熱演が単独のもので、兄妹の方とうまく絡んでいないような印象を持った。十の謎かけという構図が常にあるのだから、それをしっかり意識したやり取りを作らなければならないだろう。兄妹が考えるところとか答えに驚くところとかで、やや気持ちが上滑りするおざなりな演技が目についたように思う。あと、離婚協議に行った母親の帰りを不安になりながら待つという設定も、もっと丁寧に印象付けてほしいと思った。最後の電話機は、目立たないところに最初から置いてあった方がよかったような気がした(箱から取り出すというのは何か変だし、その段ボール箱が妙に新しいのも気になった)。

 4月29日(日)はもう行かないつもりだったのだが、何となく気が変わった。西部A地区で、この日も2校の舞台を観せていただいた。

新座総合技術高校「演劇部、始めました」
 廃部の危機に瀕した演劇部のがんばりを描いた生徒創作台本(だよね)。変なおふざけに流されることなく、生徒らしい素直な感覚で事態の推移を描いていて好感が持てた。4人の部員たちのキャラクターの違いも意識されていて、必ずしもそれがうまく表現されているとは言い難かったが、少なくともそういうことを考えようとしているところはいいと思った。部長の子と寝てばかりいる子(プログラムを見ても役名と結びつかない)が喧嘩するところは、やや唐突の感は否めなかったが、最後には乗り越えられることが判っていても、ストーリーをうまく変化させていて良かったのではないか。先輩が残したというメッセージの使い方もいいと思った。
 これも予想通りの終わり方なのだけれど、最後に待望の新入部員がやって来るところでは、4人の反応をもう少し一人一人丁寧に作らなければもったいないと思った。

朝霞西高校「朝日のような夕日をつれて/21世紀版」
 女子部員が多い高校演劇では、男子5人を揃えてこの台本がやれたことが、まず何よりも素晴らしいことだと思った。観るに当たって変な気苦労をしないで済んだのはありがたい。
 5人はよく動けていたし、それぞれのキャラクターも際立たせてよくやっていたと思うが、全体としてはなぜか単調な感じがしてしまったのはなぜだったのだろう。恐らく、セリフの言い方で語尾が沈んでしまう(押さえてしまう)ことが多く、相手や周囲に対して突き抜けていく(正しい距離感できちんとセリフを飛ばす)感じが不足していたのではないかと感じた。最初と最後の群読にそれが端的に表れていたと思うのだが、結局覚えたセリフを生真面目に消化しているだけで、セリフが場の空気を次々と変えていくようには言えていなかったということではないか。セリフが重なっていくことで自然に生まれてこなければおかしいワクワク感(というようなもの)が、この舞台には作れていなかったような気がした。全体的なテンポも悪く、要所での畳みかけるような勢いにも欠けていたように感じた。5人も男子のキャストが揃いながら、その魅力をもう一つ発揮し切れていないのが惜しいなあという思いが残った。

 例によって、少し厳しく書き過ぎてしまった学校もあったかもしれない。率直に書くのは少しでもいい舞台になればという思いからなので了解していただきたい。みなさん、お疲れさまでした。
 あと、新座柳瀬高校が部内の事情から上演辞退になってしまったことは残念だった。何とか乗り越えて、次の機会にはまた面白い舞台を作って来てくれることを期待したいと思う。
by krmtdir90 | 2018-04-30 16:35 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

「はいすくうるドラマすぺしゃる」で東大附属の舞台(2018.4.3)

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 東京大学教育学部附属中等教育学校のK先生からお誘いのメールがあり、俳優座劇場で行われている「はいすくうるドラマすぺしゃる」というのに出掛けてきた。今回で26回を重ねる高校演劇の催しのようだが、3日間6校の出演校の一つとして東大附属が上演するという。六本木へは都営地下鉄大江戸線で行ったが、この地中深くを走る鉄道はどうしても好きになれない。

 演目は井上ひさし作「父と暮せば」だった。原作は確か二人芝居だったと思うが、これを美津江の一人芝居として上演するのだという。観る前はそんなことができるのかと半信半疑だったが、実際の舞台を観てなるほどと納得した。不自然と言えば不自然なのだが、そういうことを吹き飛ばしてしまう説得力がこの舞台にはあったと思う。
 こういうことをやろうと言い出したのは生徒だったのだろうか。美津江・竹造を一人で演じた横田海香さんの見事な熱演には惚れ惚れした。男子部員がいないわけではないはずなのに、あえて困難なこのかたちを選んだ熱い意図が伝わってくる演技だったと思う。上演時間70分が延ばせる限界だったようで、カットも入れテンポも上げて演じていたが、本来もう少し緩急などをつけたいところはあったと思うが、有無を言わせぬ迫力で一気に走り切ってしまったのは大したものだと思った。
 欲を言えば、演じ分けの意識をもう少し強くした方が(特に喋りのテンポの違いという点で)良かったと思うけれど、逆にそれぞれの思いが交錯し入り交じってしまうような瞬間ができていたのは、こうした方法を取ったことから来る思わぬ成果だったかもしれない。
 70分が片時も緩むことなく、緊迫して少しも長いと感じることはなかった。開演前、つまらなかったら寝ちゃうよとK先生に冗談を言っていたが、とんでもない、どんどん目が冴えてきて、舞台から目を離すことができなかった。
 装置類は東大附属としてはよく飾り込んでいたと思うが、箱馬がそのまま見えていたのはどうだったか。音響・照明・衣装などは自然で、主張しすぎないところが良かった。

 一緒に観劇したSさんと新宿に出て、またわらびやで一献傾け蕎麦をいただいて帰った。劇場には懐かしいKさんの顔もあったが、用事があるとかで早々に帰ってしまったのは残念だった。
 顧問のK先生は確か蕎麦アレルギーだったと記憶するので、今度イタリアンのお店でも探して、一度ゆっくり話せたらいいななどと2人で話していました。
by krmtdir90 | 2018-04-04 11:33 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

精華高校・新座柳瀬高校 合同東京公演「愛もない 青春もない 旅に出る」

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 高校演劇として昔は到底考えられなかった公演形態が、いまは成立する時代になったのだなと感慨深いものがある。小屋はシアター風姿花伝、木戸銭は2300円だという。高校生の分際で2300円はないだろう(シニアだと映画が2本も観られる)と思うのだが、それで観客を集めてしまうのだから大したものである。
 この2校が、スタイルはまったく異なるものの、ともに高校演劇のウィングを大きく広げていることがよく感じられる公演だったと思う。終演後には、一緒に観劇したSさんと新宿に出て、わらびやで一献傾けながら楽しい時間を過ごした。これも今回の公演のおかげである。ありがとう。以下、少しだけ感想を書いておく(3月14日マチネ観劇)。

精華高校「大阪、ミナミの高校生2」(作・演出:オノマリコと精華高校演劇部)
 昨今評判の高い精華高校の舞台を初めて観た。なるほどと感心した。コンクールなどに縛られることのない、こうした高校演劇があっていいと思うし、非常に魅力的な舞台を作っていると感心した。プロであるオノマリコさんがどんなふうに関わっていたのかとか、同じくプロである木内コギトさんを重要な役回りで絡めてしまうことなど、従来の高校演劇では考えられなかったことだが、生徒たちがこれらの刺激に触発されて伸び伸び演じているのだから、こういう行き方もいまはアリなのだろうと思った(木内さんのところは顧問の先生がやっても面白かったのでは?)。
 生徒のマリーと先生(木内さん)のやり取りが実に面白く、かつてこういう感じの学校で教師をしていたこともあるわたしは、「ああ、こういう子いたよなァ」と妙な懐かしさのようなものに囚われてしまって困った。マリーをやった庵ノ前さんの演技はドキッとするくらいリアリティがあり、プロを相手に少しも引けを取っていないのが素晴らしかった。
 この2人を取り囲む?かたちで繰り出されるモノローグもリアルで、しかし、積み重なってはいくものの、モノローグのままメインの2人と切れてしまうのが惜しいような気がした。いまの作りではマリーの存在だけが特別なものになってしまうので、モノローグの生徒たちとマリーは同じ生徒たち(同列)なのだという描き方がもう少し工夫されてもいいような気がした。そういう意味では、生徒が生徒を隔離するというような図式化(舞台構成)もあまり効果的とは思えなかった。

新座柳瀬高校「Merry-Go-Round!」(作:稲葉智己)
 新座柳瀬高校の舞台は、全国大会まで行った「Love & Chance!」の見事な完成度が頭にあるから、どうしてもそれと比較して「まだまだじゃないか!」と思ってしまう。高校生の舞台が洗練の域に達するのは至難のことと判ってはいるが、前作がそれを実現していたことを考えると、もう少し稽古を積んでから撃って出てほしかった気がしてしまうのは仕方がないことだろう。
 役者たちがまだ役を支え切れていないような感じがした。高い木戸銭を取っている以上は、学年や経験の多寡は関係ない。特にアンジーをやった高橋さんは、マーガレットやエリーと比べて単純に幼なすぎる印象があって、ラストのどんでん返しにつながる隠れたしたたかさというか、周囲を虜にしてしまう若い女性の色香のようなものがもう少しほしい気がした。ここはストーリーの肝にあたる部分だから、衣裳の選び方やメイクの仕方なども含めて説得力のある工夫が必要ではなかったか。
 あとは、芝居が全体にドタバタしているような印象があった。ドタバタというのは、いつもはパンチが敷いてあって気にならない靴音が妙に耳に付いてしまったことも関係している。客席通路を使った出捌けももう一つスマートとは言えず、柳瀬の独壇場とも言うべき展開のスピード感を削いでしまっていたように思う。
 いつも見慣れている柳瀬の舞台だから、どうしても辛口の感想になってしまうのは仕方がない。もうあまり書くのはよそうと思っていたのだが、やっぱり書いてしまいました。
by krmtdir90 | 2018-03-15 12:31 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)


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