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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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カテゴリ:本と映画( 335 )

映画「ヴァンサンへの手紙」

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 ヴァンサンというのはレティシア・カートン監督の親友だった聾(ろう)者で、10年ほど前にみずから命を絶ってしまった人物らしい。理由は触れられていないが、生前の彼はろう者の生きにくさについて監督に語っていたようで、ろう者のことをもっと知ってもらうため、一緒にドキュメンタリー映画を作ろうと約束していたのだという。約束は果たされぬまま彼は死んでしまい、その後、レティシア監督は一人で少しずつろう者の世界を撮影し始めたらしい。
 レティシア監督はろう者ではないが、ろう者のヴァンサンがなぜ死ななければならなかったのかをずっと考えてきたのだろう。この映画で彼女は、10年間みずからの内に積み重ねてきたヴァンサンへの思いを語ろうとしている。映画の邦題は「ヴァンサンへの手紙」となっているが、フランス語の原題をそのまま邦訳すると「ろう者の視点であなたに寄り添う」というものだったようだ。「聾者」の対語を「聴者」と言うらしいが、聴者であることを当然と考えてしまうと、ろう者は障碍者であり障碍は治療すべき対象ということになってしまう。それでは両者がつながることはできないだろう。
 レティシア監督は、聴者が聴者の価値観でろう者を判断してしまうのは誤りだと気付いている。彼女はこの映画で、ろう者が何を感じ何を考えているのかをろう者の立場に立って見出そうとしている。彼女は聴者だから、彼女が聴者の価値観を持ってしまうのは仕方がないことである。だからこそ、ろう者の視点とはどんなものなのかを突き詰めなければならない。耳が聞こえないことを欠陥と考えるのではなく、様々な個性の中の一つと考えるべきなのではないか。

 わたしはこれまで、身近にろう者がいるという経験はしてこなかった。だから、ろう者についてこの映画で初めて知ることがたくさんあった。申し訳ない気がするが、これは仕方がないことである。以下、それを少し書いておこうと思う。

 ろう者のことを「聾唖(ろうあ)者」と言うことがあるが、ろう者は耳が聞こえないことで音声言語が習得できず、そのままでは言葉を話すことができない(口がきけない)「唖(あ)者」となってしまう。「ろう教育」はこれに対応していくことになるが、ろう者の言語をどのようなものと考えるかという点で2つの異なる立場があったらしい。わたしのような門外漢はすぐに「手話」を連想してしまうのだが、ろう教育では手話に頼ることは子どもの成長を遅らせるとして、1880年にイタリア・ミラノで開かれた国際ろう教育者会議というところで、手話を禁止する決定がなされたのだという。
 この時、手話に代わって提唱されたのが「口話」というもので、ろう者に対する授業はすべて音声で行い、ろう者には読唇術の習得と発音(発声)練習を必須のものとして、彼らを話せるようにする教育がずっと行われることになったらしい。補聴器や人工内耳といった新しい技術も取り入れられ、話せることは素晴らしいことで、話せないのはダメなんだという一方的な価値観でろう者を追い込んでいったようだ。この考え方は、2010年にカナダのバンクーバーで行われた国際ろう教育者会議で、ミラノの決定を棄却することが決まるまでの130年もの間、世界のろう教育のあり方を縛り続けてきたということだったようだ。
 だが、「口話」は結局のところ、聴者をろう者より上位に置き、その言語をろう者に押しつけるものでしかなかったのだ。これがろう者にどんなに大きな負担と苦しみを強いてきたかということに、聴者は気付くことがなかったのである。ろう者は子どもの時から口話教育を受けさせられることで、自己形成のすべての過程で、「聾(ろう)」であることを否定され続けてきたのだった。

 これに対し、「手話」は話せないことを前提とする言語である。手話はろう者に対して、話せないままでいいんだと肯定することから始まっているのである。だから、ろう者は誰でも自然にそれを受け入れることができた。だから、会議や学校で禁止されても、今日まで廃れることなく続いてきたということだったのだ。ろう者は手話を必要としていたのである。
 この映画は、手話をろう者固有の言語と捉え、その素晴らしさと可能性についていろいろな角度から描こうと考えている。死んだヴァンサンと交流があったろう者の家族や、聴者のレティシア監督とつながりができたろう者の仲間たちの日常というような、手話を通した様々な生き方や考え方が紹介されている。禁止が解かれてまだ10年にもならないので、手話の普及はまだ緒に就いたばかりなのだが、その中には私の知らなかった非常に興味深い取り組みも含まれていた。
 フランスのトゥールーズにある、ろうの子どもたちのためのバイリンガル校。ここは手話を第一言語、読み書きを第二言語と設定していて、授業は基本的に手話によって行われている。その様子は初めて見ることばかりで、子どもたちの生き生きとした生活が、口話ではなく手話によって実現されていることがよく判るものだった。また、フランスで唯一のろう者のための劇場、国際視覚劇場(IVT)。ろうの俳優による手話劇や手話詩といった試み、聴者の歌手とろう者との交流など、様々なろう者の文化が形成されていることが記録されている。
 最初の方にあった、ろう者の手話講師による手話教室の様子も興味深かった。音声言語を追い出して、アイコンタクトを基本とした視覚情報に集中することで、固有のコミュニケーションが成立するというのはなるほどと思った。さらに、ろうコミュニティの権利擁護を目指して、パリからミラノまでデモ行進を行う数人のろう活動家のことも紹介されていた。

 この映画の中には様々な手話が捉えられていた。手話通訳がついたり、字幕がついたりしたものもあったが、そういうものが一切ないかたちで、手話する人物と受け取る人物とが、ただそれだけで映し出されるものもあった。手話で絵本の読み聞かせをしているシーンが2回あったと思う。1回は子どもを寝かせつけようとする父親の読み聞かせ、もう1回はバイリンガル校での先生の読み聞かせだった。その目まぐるしく変わる表情や身振りなど、ああこれが手話というものなのかと、その面白さを初めて知ることができたような気がした。
 聴者であるレティシア監督は、常にろう者のヴァンサンならどう考えるだろうと想像しながら、あらゆる場面を撮っていたのではないかと思った。聴者とろう者は違う世界に生きているのであって、その違いを意識した上で、なおお互いを理解し合うことは非常に難しいことである。だが、レティシア監督はそれをやり切ったと言っていいのではないか。この映画を見ることで、われわれ聴者はろう者の世界を少しだけ知ることになるだろうと思った。知らなかったろう者の世界が少しだけ身近なものになり、少しだけろう者の視点に立てるようになるのかもしれない。映画がそういう役割を果たすことは、きっと素晴らしいことであるに違いない。
(アップリンク渋谷、11月9日)
by krmtdir90 | 2018-11-13 22:17 | 本と映画 | Comments(0)

映画「バグダッド・スキャンダル」

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 湾岸戦争(1991年)とかイラク戦争(2003年)とか、中東をめぐる情勢は複雑で理解し難いことが多いが、これはサダム・フセイン支配下のイラクで、人道支援目的で国連が実施した「石油食料交換計画(Oil For Food Program)」をめぐって起こった、史上最悪と言われた汚職事件を描いた映画である。元国連職員、デンマーク出身のマイケル・スーサンの告発で明るみに出たらしいが、事件がすべて解明されてしまうとその影響があまりに広範に及ぶため(国連職員の他に世界56ヶ国の政府高官や2000以上の企業が絡むと言われた)、各方面から全容解明を阻む動きが加わったようで、真相は結局うやむやのまま現在に至っているということらしい。
 「石油食料交換計画(OFFP)」とは何か。湾岸戦争の際、サダム・フセインのイラクには国連による経済制裁が科せられたが、その内容はイラクの輸出入をすべて禁止するという厳しいものだった。このため、イラク国内は深刻な食糧不足や医療品不足に陥り、貧困層の子どもなどを中心に多くの死者を出すことになってしまった。この事態を人道的に救済するため、国連の管理下で一定量の石油の輸出を認め、その代金を国連がプールして、食料や医療品など必要な人道支援に直接充てられるようにしたプログラムである。しかし、膨大な予算がつぎ込まれる事業だったため、様々な利権や思惑などがからみ合い、底なし沼の汚職スキャンダルに発展していったようだ。

 映画は、告発者マイケル・スーサンをモデルとした24歳の青年、マイケル・サリバン(テオ・ジェームズ)が国連職員として採用され、国連事務次長コスタ・パサリス、通称パシャ(ベン・キングスレー)の下でイラクのバグダッドに赴任し、この「石油食料交換計画・OFFP」に携わっていくうちに、背後のスキャンダルをめぐる争いに巻き込まれていくというものである。
 硬派のポリティカル・サスペンスといった感じの映画だが、こういう難しい題材を文句なしの娯楽作品に仕上げてしまうところが素晴らしいと思った。こういうリアルな背景を持って展開するストーリーというのは、見ていて理屈抜きに面白いし大好きである。デンマーク・カナダ・アメリカ合作の映画だったが、監督・脚本はデンマーク出身のペール・フライという人で、非常に切れ味鋭い演出をする監督だなと思った。

 バグダッドにある国連の現地事務所の所長はクリスティーナ・デュプレ(ジャクリーン・ビセット)という女性で、彼女は「石油食料交換計画・OFFP」が破綻しているという報告書をニューヨークの国連本部に送ろうとしている。マイケルの上司である事務次長パシャは、このプログラムがすでにスキャンダルにまみれていることを承知しているが、それでもないよりは民衆の助けになっているとして、デュプレ所長の報告書を阻止しようと画策している。マイケルの周囲には、この2人の他にもプログラムをめぐる様々な利害関係が錯綜していて、この状況下でマイケルはどう動くのかというのが映画の当面の興味になっている。
 映画ではさらに、通訳のナシーム・フセイニ(ベルシム・ビルギン)という女性をマイケルに絡ませ、2人の間に恋愛模様まで生まれてくるという展開を用意している。このナシームはイラク北部出身のクルド人という設定になっていて、サダム・フセインによって迫害されてきたイラクのクルド人という問題が、さらにもう一つの重要な要素として関係してくることになるのである。

 バグダッドの事務所でマイケルの前任者だった国連職員は、「OFFP」に関するスキャンダルの核心情報を入手したため殺されたことが、ナシームの口から語られる。彼女はこの情報が入ったUSBメモリーを入手していて、今度はこれをマイケルに託すのである。映画としては、このあといろいろなことが目まぐるしく展開し、暗号化されたこの情報は映画の終盤になって解読され、マイケルの手でニューヨークのウォール・ストリート・ジャーナル社に持ち込まれることになる。だが、そこまでにデュプレ所長やナシームも殺害されてしまうのである。
 事務次長パシャはスキャンダルに絡んでいたが、逃亡してしばらく隠遁生活を送ったことが描かれている。多くの国連幹部、政治家や高官、さらに関連企業の幹部などの名前が挙がったが、中で大きな衝撃を与えたのは、経済制裁の対象であったサダム・フセインが、この「OFFP」の取引で100億ドルもの裏資金を得ていたことだった。フセインを追い込むための計画が、逆に彼を富ませる結果となっていたのである。ただ、2003年のイラク戦争勃発とフセイン拘束の後、同年末までにこの「OFFP」は終了することになったようだ。 

 国連主導の人道支援などと言うと、それだけで何となく信じてしまうようなところがあるのではないか。だが、巨額の予算が動くところでは、国連と言えども聖域というわけではないのだ。支援物資の医薬品が横流しされ、病院に届くのはすり替えられた期限切れの薬ばかりだと暴露されるシーンがあったが、救われるべき命が救われないケースも、案外たくさんあったということなのかもしれない。
 国連の平和維持活動などというのも果たしてどうなのかと、疑わなければならない気分になってしまうのは残念なことである。非常に面白い娯楽映画でありながら、重いテーマを考えさせられるものになっているのが凄いと思った。
(新宿シネマカリテ、11月6日)
by krmtdir90 | 2018-11-08 13:35 | 本と映画 | Comments(0)

映画「日日是好日」

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 「にちにちこれこうじつ」と読む。森下典子の同名の自伝エッセイを映画化したもので、映画の方もあまりドラマチックにはならず、エッセイ風の淡々とした作りになっているのが特徴的だった。原作は、著者が20数年にわたって通った茶道教室でのあれこれを綴ったものらしく、映画も主人公のお茶の稽古を追いながら進んで行く。見る前はそんなもののどこが面白いのかと思っていたが、これが予想外で、けっこう印象的で興味深いことが次々に出てきて、最後までまったく飽きることなく楽しく見ることができた。
 監督・脚本の大森立嗣を始め、主要なスタッフ・キャストが誰も茶道を知らなかったというところが良かったのではないか。原作者の森下典子も最初は何も判らず習い始めたわけで、この、みんながゼロからスタートした(その視点をずっと失わなかった)ことが作品を面白くしていたのではないかと思う。原作は読んでいないから何とも言えないが、少なくとも映画では、未知なる茶道への好奇心といったものがずっと持続されていたのが良かったのだと思った。主人公・典子を黒木華、茶道の武田先生を樹木希林が演じていたのも良かった。

 典子がお茶を習い始めたのは20歳の時で、それも自分から積極的に通い始めたわけではなかった。母に勧められても乗り気になれない彼女は、同い年の従姉妹・美智子(多部未華子)に一緒にやろうと誘われて、何となく付いて行っただけだったのだ。始まりというのは案外そんなものなのかもしれない。きっかけを作った美智子は途中で止めてしまったが、彼女の方は途中何度も足が遠のくことはあっても、結局40歳半ばになるまで続いてしまったのだ。続いたということはたぶん彼女に合っていたということで、これだけ続くと最初は見えなかった様々なことが見えてきたり、お茶の面白さを感じる時も出てきたりするようになる。
 真面目だけれど融通が利かない、不器用でなかなか思い通りの人生を掴めない、でも彼女には案外一途で粘り強いところがあったのかもしれない。こういう単純ではない、はっきりしない性格の役をやらせると黒木華はホントに上手い。いつの間にか茶道が彼女の支えになっているというような、年齢とともに変化していく様をしっかり見せていたと思う。

 武田茶道教室は、古風な日本家屋の8畳ほどの部屋で行われ、映画はその稽古の様子を逐一細かく写し取っていく。限定された室内で、なおかつ繰り返しが基本となるような稽古風景というのは、映像的には扱いがかなり難しい題材ではなかったかと思われる。だが、この映画はまったく単調さを感じさせないばかりか、むしろ面白くて目が離せなくなってしまうことが驚きだった。
 ガラス戸越しに見える庭先の様子、掛け軸などの室内の設えの変化、また身につける衣装の違いといったものが、季節の移ろいや、その時々の人物の気持ちなど、実に多くのことを語っているのだった。最初は戸惑うばかりだった茶道の「かたち」も、それが次第に身についてくることで生まれる微妙な変化など、こんなにいろんな見どころが発見されるものだとは思わなかった。
 茶道への「導き役」となる武田先生の存在感が、この映画をしっかり支えていたと思う。最初の方で彼女が言う、「意味なんて判らなくていいの。お茶はまず『形』から。先に『形』を作っておいて、その入れ物に後から『心』が入るものなのよ」と言う言葉が、非常に印象深かった。
 樹木希林はこの映画が最後の作品になってしまったが、お茶をやったことがないのにいかにもお茶の先生という、その「らしさ」をちゃんと醸し出して見せたところはさすがだと思った。黒木・多部という若い2人を向こうに回して、彼らと交わす絶妙なやり取りや、さり気ない表情や間などから生まれる微妙なユーモアといったもの、彼女が作り出すこの温かい雰囲気は素晴らしかった。

 20数年の間に、典子の上には様々なことが起こっていくのだが、そのほとんどは映画では直接的に描かれることはなく、すべてが週に一度の稽古の中に溶かし込まれていく。彼女の家族のことや美智子との日常も点描されているが、それらはあくまでお茶の稽古の背景なのであって、そちらが前面に来て詳しく描かれることはなかった。大学を出てから、典子は就職に失敗し、出版社でアルバイトをしながら茶道を続けるのだが、対照的な性格だった美智子は商社に就職したのち、結婚を機に仕事も茶道もスッパリ止めてしまう。
 一方の典子は、恋愛をするが失恋に終わってしまったことが短く示されている。だが、映画の中にこの経緯はまったく描かれることはなく、彼女が号泣するショットだけですべてが表現されてしまう。この時の相手は姿さえ見せず、その後もう一度新しい恋人ができた時にも、後ろ姿がチラリと映し出されるだけで終わってしまう。これをこの映画の潔さと言うべきか、こういうことはこの映画にとっては深入り不要のエピソードに過ぎないということなのだろう。
 大好きだった父親が急死した時はそういうわけにはいかなかったようで、この経過はかなり丁寧に描写されている。だが、その中でこの映画がフォーカスするのは、彼女が父親に対して感じた後悔の思いである。直前に会うチャンスがあったのに、なぜ会わなかったのか。茶道教室の縁先で、喪服の典子を武田先生が優しく慰めるシーンは素晴らしい。この映画がピックアップするのは、やはり茶道によって照らし出される2人の心情なのである。ここは2人の抑えた演技が光る、実にしみじみとしたいいシーンだったと思う。

 だが一方で、ちょっと違和感を感じた点についても書いておく。この父親の死を描く一連のシーンの中で、彼女の心象風景のような感じで挿入されていた、海辺でずぶ濡れになりながら亡き父に呼び掛けるシーンはいただけなかった。そんなことをする必要はまったくなかったのではないか。まるで余分で逆効果なだけに終わっていたと思う。
 この映画には、余計な小細工は一切不要だったのではないか。ただお茶を習い、飽きずに習い続け、いつかお茶と自分が一つになっている、それだけのシンプル極まりない設定から、驚くべき豊かな世界が浮かび上がるのである。それは、どこまで行っても不十分で、どこまでやっても満足に行き着くことはない、それでもお茶を続けてきて良かったなという思いである。
 武田先生が確か、「毎年同じことができる幸せ」というようなことを言っていたと思うが、何ということもない繰り返しの中にある「幸せ」というものを、静かに語っていて印象に残った。すでに死期の迫っていた樹木希林が、こういうセリフをサラリと言ってのけていたことも記憶しておきたい。彼女は最後に、素晴らしい芝居をして人生を閉じたのだなと思った。
(立川シネマシティ1、11月5日)
by krmtdir90 | 2018-11-07 17:12 | 本と映画 | Comments(0)

映画「華氏119」

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 これもアメリカで作られたドキュメンタリー映画だが、「ジャクソンハイツ」とは対照的に、最初から非常に明快な意図と主張を持って製作された映画である。それは、11月6日に行われるアメリカの中間選挙になにがしかの影響を与えたいということで、公開のタイミングを計りながら編集作業が行われていたらしい。こうして完成した映画は、アメリカでは9月21日から公開され、日本でも11月2日に緊急公開が実現して、何とか時期を外さずに公開に漕ぎ着けることができたということのようだ。
 マイケル・ムーア監督は、こんなふうにいつも行動的に、アメリカの現代と対峙するようなドキュメンタリーを撮り続けてきた人で、中でも今回のものは、特にアメリカの「いま」に真正面からコミットしようとした意欲作だったようだ。わたしは彼の映画を見るのはこれが初めてだったが、こういうふうに、ある時を意識しながら見てもらうことに最大の意義があって、時が過ぎればその意義がほとんど失われてしまうような映画作りというのがあってもいいのだという、一種の潔さのようなものは新鮮だった。いま、これを届けなければならないのだという、ムーア監督の切迫した思いは十分に伝わってくる映画だったと思う。

 「119」という数字は「ドナルド・トランプが米大統領選の勝利宣言をした2016年11月9日」を表したものだという。それがなぜ「華氏(温度計の摂氏に対する華氏Fahrenheitである)」なのかはよく判らないが、誰一人彼の勝利を予想していなかったあの日から、アメリカはいったいどうなってしまったのかを考えようとした映画である。
 ムーア監督は、常にセンセーショナルなやり方で映画を撮ってきた人のようだから、これもトランプを様々な角度から批判する映画なのかと思ったら、かなり違っていた。過激な批判ももちろんあったが、これはそれ以上に、きわめて冷静な現状分析に基づいて構成された、これからの望ましい行動指針についての提案の映画だった。フライヤーなどは一見キワモノのような印象を与えるが、実は非常に太い芯が通った、きちんと計算された映画だったのだ。この監督、見かけによらずなかなかの策士と見た。

 彼はもちろん、トランプその人の危険性を正面から指摘しているが、それ以上に、トランプを当選させてしまった原因がどこにあったのかということを明らかにしようとしている。それは、現在の絶望が何によってもたらされたのかを知ることなしには、希望に向かう道筋もまた見出せないはずだという決意表明になっているのである。
 原因はもちろん一つではない。だが、間違いなく言えるのは、アメリカ社会に起こっていた構造的変化を、マスコミも民主党も見誤っていたことが大きい。誰も予測しなかったトランプが当選したと言うことは、誰も予測できなかった地殻変動が起こっていたということであり、そこを突き止めて揺さぶりをかけない限り、中間選挙で方向転換を成し遂げることはできないだろう。
 では、彼がいま「なにがしかの影響を与えたい」と考えている対象はどこにいるのだろうか。トランプに共鳴する共和党支持層がこの映画を見に行くことは、まず100%あり得ない。2年前の大統領選の時、トランプを支持したのは6300万、ヒラリーを支持したのは6600万人だったとされている(選挙人制度によって逆転が起こった)。ムーア監督が注目しているのは、この時投票に行かなかった1億人の棄権者たちと思われる。この時の投票率は史上最低の55%まで落ち込んでいて、サンダースが予備選で敗れたことに失望して投票を止めてしまった層がたくさんいたのである。彼らに「今度はそれではまずい」と訴えることが、この映画の大きな目的になっているように思った。

 ムーア監督は、2年前の大統領選に際して、トランプ当選の可能性を予測していた数少ない著名人の一人だったようだが、そんなことは夢にも考えないマスコミは、視聴率のためにトランプを面白おかしく取り上げ続けたのである。
 ムーア監督はこの映画で、トランプと共和党、またトランプに支援されたミシガン州知事リック・スナイダーの悪行(水道水の鉛汚染放置)などを暴露しているが、同時にサンダースを降ろしてヒラリーを候補に選んでしまった民主党の堕落も具体的に指摘している(オバマ前大統領でさえ、彼の前では批判の対象なのである)。彼はさらに、大統領となったトランプの所業が、あのヒトラーが独裁者となっていく過程に酷似していることも指摘している。

 だが、こうした厳しい批判の一方で、彼は中間選挙でトランプに打撃を加えることになるかもしれない幾つかの動きについても(希望を持って)紹介している。彼はもちろんアンチ共和党だが、近年の民主党の変節にも絶望していて、そういう古い勢力にはもう期待することはできないと考えているようだ。むしろ、アメリカ各地で芽吹き始めている新しい動きをピックアップすることで、これからのアメリカの可能性を示そうとしているように見える。
 今回の選挙では、いままでは考えられなかった背景を持つ候補者が幾人も立候補していること、また、ウェストヴァージニア州の公立学校教員たちが団結して闘ったストライキのこと、さらに、銃乱射事件が起きたフロリダ州パークランドの高校生たちが、SNSで呼び掛けて銃規制強化を求める大規模な集会をアメリカ各地で成功させたこと、などである。映画の最後は、この集会で追悼の言葉を述べる高校生の姿で閉じられている。彼らは今回の中間選挙で投票することはできないが、次の大統領選挙(2020年)には選挙権(18歳)を手にしているはずだからである。ムーア監督は彼らにアメリカの未来を託そうとしているのである。

 中間選挙の結果がどう出るかはまったく判らないが、民主主義が危機に瀕していることを憂えて、それなりに影響力のある人間がこういうかたちで発言できるというのは、やはりアメリカの素晴らしいところなのだと思った。
 日本の総理大臣もトランプ以上にひどいことをしているのに、この国ではそれがあきらめにつながるばかりで、希望の芽がなかなか見えてこないことが悲しい。失望や無力感が広がり、無関心層と棄権者が増えていく時が、独裁者出現のチャンスになるというのは真理だと思う。傍観者的な言い方になってしまうが、日本の危機の方がより深いと感じざるを得なかった。
(TOHOシネマズ南大沢、11月3日)
by krmtdir90 | 2018-11-05 13:59 | 本と映画 | Comments(2)

映画「ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ」

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 フレデリック・ワイズマン監督は1930年生まれの88歳(ジャン=リュック・ゴダールと同い年だ)、アメリカで精力的にドキュメンタリー映画を撮り続けてきた人だが、その作品の大半は日本では公開されることがなかったようだ。この映画は彼の40本目のドキュメンタリーで、彼の中では主流をなすアメリカ社会を捉えた作品としては、初めて日本で劇場公開されるものなのだという。2015年、85歳の時に発表された、上映時間189分の大作である。
 3時間超えのドキュメンタリーってどうなのよと思ったが、正直、途中でフッと気持ちが途切れてしまうこともなかったわけではないが、おおむね面白く見続けることができたと思う。あの「観察映画」の想田和弘監督は、このワイズマン監督から多大な影響を受けたのだろうと想像された。ワイズマン監督の映画は多くの場合、事前調査や準備をほとんど行わず、ワイズマン+カメラマン+監督助手の3人ですべての撮影を行い、ナレーションや字幕、効果音楽などを用いないで編集するところも、想田和弘監督の行き方にそのまま通じていたのだろうと思われた。

 ジャクソンハイツというのはニューヨークのクイーンズ区の一画を指しているようで、映画はこの町で生きているあらゆる人々の姿を画面に留めようとしている。ここには世界中からやって来た移民とその子孫が暮らしていて、167もの言語が話され、様々なマイノリティも集まって来て、多様な生活文化の集合体を形成しているようだ。ワイズマン監督はこのジャクソンハイツのあらゆる場所、あらゆる人々にカメラを向け、そこに見えてくるものを「観察」し「記録」していくのである。
 撮影は基本的に長回しが中心になっていて、多くの場合、そのシーンで何が出てくるかは事前に想定されていないようだった。ワイズマン監督はプレスの中で「通りの出来事、商売(衣料品店、コインランドリー、ベーカリー、レストラン、スーパーマーケット)、宗教施設(モスク、寺院、教会)を歩いて回ることで、合計120時間のシーンとショットを集めた」と述べている。だが、ここに列挙されているのはほんの一部分に過ぎず、彼はもっと貪欲に様々な場所を歩き回り、なかなか見ることのできない思いがけない場面を集めているのである。
 ここに住む人々は、その多様さを保持したまま、それぞれの場所に固有のコミュニティを作っている。3時間でもそれを網羅できるとはとても思えないが、彼はそうした中から実に興味深いコミュニティを紹介してくれている。たくさんありすぎて、もう全部は思い出せないが、幾つかを思い出せる範囲で書き留めておきたい。

 「クイーンズプライド」というLGBTのパレード。ニューヨークでは6月はプライド月間とされていて、地区ごとにこうしたパレードが行われているらしい。ここにはゲイのコミュニティがあるようで、彼らのミーティング会場にカメラが入って、その発言の様子などが紹介されている。この会場となっているのがジャクソンハイツのシナゴーグで、本来はユダヤ教の集会所として建てられた施設だったが、いまは人種や宗教を超えて、様々なマイノリティの集会場所として活用されているらしい。一人のユダヤ人女性が、その理由を「ユダヤ人が迫害された時、人種や国籍に関係なく命がけで助けてくれた人がいたから」と語るシーンも収められている。
 「メイク・ザ・ロード・ニューヨーク」というNPOの活動。これは、永住権のあるなしにかかわらず、あらゆる移民、あらゆる人種、あらゆるジェンダーの人々をサポートするNPOであって、その幾つかの活動の様子が捉えられている。たとえば、最近国境を越えたばかりの人々が、各自の体験を紹介し合うミーティング。また、タクシー運転手になろうとする移民に、具体的なノウハウを教える講習会。また、こんなシーンもあった。永住権取得の面接に行くらしい移民に、スタッフが「なぜアメリカ人になりたいのか聞かれたら、何と答える?」と質問する。望ましい答えは、民主主義の国に住みたい、信教の自由がある国に住みたい、投票権がある国に住みたい、などだった。
 移民の個人情報が警察に流れていることに抗議し、情報が正当に扱われるよう市役所と市長に認めさせた若者が出てくる。ジャクソンハイツを含む選挙区から選出された、ダニエル・ドロムというニューヨーク市議会議員も出てくる。ムスリムのハラール用の肉を販売する店の奥で、鶏を殺して肉にしていく作業が行われているところが写されたりする。ムスリムの小学校で、男女分かれて授業を受ける子どもたちの様子も写されている。音楽があり、ダンスがあり、タトゥーがあり、老人のとりとめのない会話がある。警官に嫌がらせをされたトランスジェンダーの男が、スマホでその警官を撮影しておく「コップ・ウォッチ」という抵抗方法があると説明されている。長時間労働に対して正当な賃金が支払われていないことを訴えている男もいる。通りすがりの女性に「死が迫っている父親のために祈ってほしい」と頼まれ、すぐに集まって手を繋ぎ祈りを捧げる女たちがいる。

 これらのシーンは相互に関連付けられているわけではないが、映画の中に一つ一つ積み重なっていくことで、この町で長い間に育まれてきた多様性と、それをお互いに認め合うことが、どんなに貴重で素晴らしいものなのかが浮かび上がってくるのである。ジャクソンハイツには比較的富裕な白人層が住む地域もあるようだが、多数を占めるヒスパニック系やアジア系の住民たちとはうまく住み分けが行われていて、それぞれ関わり合うことがないようにすることで、町の多様性はいまのところは保たれているようだ。
 だが、近年はジャクソンハイツにも再開発の波が押し寄せていて、この多様なコミュニティが危機に瀕している実態もこの映画は捉えている。マンハッタンにも近く、ニューヨークの中でも地の利に恵まれていることから、従来の町の空気に沿わない新住民が流入し始め、古くからの住民には徐々に住みにくい町になっているということらしい。再開発はBIDというNPOによって進められているが、これに伴う大企業の参入や家賃の高騰などで、長いあいだ細々と続いてきた零細商店などが営業を続けられなくなるケースが出ているのだという。こうした人々の側に立ち、再開発反対を組織している若者たちの動きも映画は紹介している。
 排他的風潮が高まるばかりの現代に、ワイズマン監督がいまジャクソンハイツを撮らなければならないと考えた理由は明らかなような気がする。ワイズマン監督の視点は一貫して弱者やマイノリティの側にあり、そのブレない立ち位置から見えてくるのは、アメリカがもともと移民の国であり、その素晴らしさは多様性を認めてみんなが共存してきたことにあるのだという事実である。その貴重なアイデンティティーが失われていいのだろうかと、この映画は静かに訴えているように思えた。
(渋谷イメージフォーラム、11月1日)
by krmtdir90 | 2018-11-04 13:26 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ライ麦畑で出会ったら」

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 脚本・監督のジェームズ・サドウィズはTV向け映画などでキャリアを積んできた人らしいが、アメリカで2016年に公開された本作が、劇場用長編映画としては初監督作品だったようだ。彼はインタビューで「これは実話で僕に起きた出来事だ」と言っていて、さらに「映画内で、サリンジャーに会いに行くまでは話の85%が僕の実体験で、それ以降の話では99%が僕の実体験になっている」と述べているようだ。監督は、あのサリンジャーに会ったことがあるのだ。
 サドウィズ監督は1952年生まれだから、映画で設定した1969年には17歳だったことになる。彼がこの年にサリンジャーに会ったのだとすれば、1919年生まれのサリンジャーはちょうど50歳だったはずである。映画に登場するサリンジャーはクリス・クーパーという役者が演じているが、主人公ジェイミー(アレックス・ウルフ)に対するサリンジャーの発言などには、サドウィズ監督自身の実体験が投影されているということなのだろう。

 J・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)」が世に出たのは1951年である。だが、その後この小説が巻き起こした様々な社会的騒動によって、サリンジャーは平穏な生活が送れなくなったとして、執筆も止め社会の表舞台から姿を消し、ニューハンプシャーの田舎に隠遁して孤立した生活を送るようになってしまった。結婚して2児をもうけたが、その妻と離婚したのが1967年で、映画が描く1969年はちょうどそういう時期に当たっている。
 当時、「ライ麦畑…」の熱狂的ファンはそれこそ世界中にいたのであって、ジェイミーのように所在不明のサリンジャーを探して、会いに行くファンが後を絶たなかったというのは事実だったようだ。日本で野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」が出たのは1964年12月だったが、わたしが持っている単行本(白水社・新しい世界の文学シリーズ20)は1966年1月の第三版となっている。ここを見ると、わたしがそれを読んだのは18歳の時だったことになるが、わたしが文字通り初めて夢中になった小説として、忘れられない印象を残したものだった。

 世界中の若者に支持された小説なので、これまでも映画化の企画などが次々に持ち込まれたようだが、サリンジャーはそれら一切を許可しなかった。そればかりか、ペーパーバック化に際して表紙に描かれたホールデン・コールフィールドのイラストも削除させる徹底ぶりだったという。そのあたりについての彼の考えは、この映画の中でもサリンジャーの発言としてしっかり描かれている。視覚化や映像化というのは、どんなに原作に忠実と言ったところで「解釈」になってしまうのであって、それは小説の読者が頭の中で自由にホールデンのイメージを作る妨げになると言うのである。自分は小説を書いたのであって、それがすべてなのだと彼は繰り返している。
 この映画は「ライ麦畑でつかまえて」の映画化ではないが、「ライ麦畑でつかまえて」に限りなく近づこうとした映画化である。ホールデン・コールフィールドは登場しないが、彼の存在が映画のあちこちに感じられるようになっている。この映画は小説をなぞるようなことはしないが、小説へのこの上ないオマージュに満たされている。映画化がダメでも、こういうやり方があったのだ。

 この映画のジェイミーは、あのホールデンほど過激ではないが、ホールデンの言動に全面的に共感しているという意味で、ホールデン的なものを内部に抱えた若者である。当時、そういう若者が世界中至るところにいたということなのだ。ジェイミーは自身の感動をかたちにすべく、「ライ麦畑でつかまえて」を脚本化して、みずからがホールデンを演じて上演することを思いつく。その実現のためには作者の承諾が必要であり、彼は手を尽くしてサリンジャーの居所を探し出そうとし始めるのである。
 ジェイミーは、ペンシルベニアにあるクランプトン高校という全寮制の男子校で、演劇部に所属しているサエない高校生である。こうした学校ではみんなの花形になれるのは運動部員であって、演劇部というような軟弱なところでパッとしない日々を送っているジェイミーは、みんなに見下され格好の標的にされてしまうのである。
 ある日、ジェイミーがサリンジャー宛てに書いた手紙がフットボール部員に盗まれ、学校生活への不満や批判を書いたことがみんなに知られて、深夜、部屋に花火を投げ込まれて襲撃される事件が起こる。もともと学校に馴染めなかった彼は、これが限界だと寮を飛び出し、サリンジャーを探す旅に出ることを実行に移すのである。

 「ライ麦畑…」のホールデン・コールフィールドも、事情は違うものの、同じペンシルベニアのペンシーという高校を飛び出していた。学校生活のインチキさに強く反撥している点で、彼らはとてもよく似ているのである。だが、ジェイミーの旅がホールデンのそれと異なっていたのは、彼には素敵な同伴者が現れたことである。
 クランプトンの演劇部が合同で公演を行っていた女子校があり、そこでやはりあまりパッとしない演劇部員だったディーディー(ステファニア・オーウェン)という女の子である。
 彼女はジェイミーの眼中にはまったくなかった女子だったが、彼女の方はなぜかジェイミーのことを気にしていたようで、お互いにあの「ライ麦畑…」の大ファンであることが判ってからは、彼の脚本による上演計画の熱心な支持者になってしまうのである。寮を出た彼が「サリンジャーを探しに行く」と彼女に告げに行ったのは、自分の決意を確認して彼女と別れるためだったと思われるが、彼に好意を抱き始めていたディーディーは車で彼を追いかけ、何と「サリンジャーの家まで乗せて行く」と告げるのである。

 この時点でジェイミーは、サリンジャーがニューハンプシャーのある町に住んでいるらしいという情報は得ていたが、住所を特定できていたわけではない。ヒッチハイクで行くと言う彼の無謀さを前にして、ディーディーは彼を見放すことができなかったということなのだろう。それにしても、高校生が普通に車を運転して学校に通っているというのは、さすがアメリカだなとちょっと驚いたのは事実である。ともあれ、ディーディーの思いがけない出現は、ジェイミーにとってこの上ない救いの手だったはずである。
 このディーディーという女の子がすごくいい。それほど美人というのではないけれど、こんなに気立てのいい娘はなかなかいないだろうと思われた。ここがたぶん、サドウィズ監督が実体験ではないとしている15%の部分のような気がするが、とにかく、サリンジャーを探す旅はこうして、ジェイミーとディーディーの2人が心を通わせていく旅、という性格を持つことになったのである。
 この、何とも初々しくぎこちない2人の様子が好ましい。ディーディーはそれなりに覚悟を決めてきたようで、彼女なりに控え目な誘いをかけたりしているが、ジェイミーの方がガチガチに緊張して、それをうまく受け止められないところが微笑ましい。最近の、何でも手軽にセックスと結びつけてしまうような風潮と、完全に一線を画して見せた展開が印象的である。この場合も、ディーディーの優しさが際立っているのである。

 2人は何とかサリンジャーの家にたどり着き、本人と言葉を交わすことに成功する。実際のサリンジャーは私生活などを完全に秘密にしていたから、写真などもまったく出回っておらず、クリス・クーパーのサリンジャーが本人と似ていたかどうかは判断のしようがない。だが、その発言はサドウィズ監督の実体験に即しているのだから、彼がジェイミーの計画をきっぱり禁止するのは、それ以外にはあり得ない結末と言っていいはずである。
 だが、この映画はこれでは終わらない。ディーディーに説得されて学校に戻ったジェイミーが、結局作者の許可を得ないまま「ライ麦畑…」の劇を上演してしまい(ホールデン役やフィービー役は他の部員に譲り、彼は脚本・演出として全体を統括したらしく、ディーディーと仲良く並んで客席で見ていた)、それを見た寮の生徒や運動部員たちが、ジェイミーの存在を認めるようになったことが描かれている。あのサリンジャーと会って来たことが周囲を納得させ、彼自身をも大きく成長させたということだったのかもしれない。
 映画はさらに、この上演脚本を携えてもう一度サリンジャーに会いに行く2人を描いているが、これはいくら何でも蛇足だったのではないだろうか。2人が再訪する意図が、わたしには不明と言わざるを得ない気がした。

 この映画は、それ自体が「ライ麦畑でつかまえて」という小説に対する一つの解釈になっていると思う。だが、さらにその上に、原作と原作者への熱烈なラブレターとも言えるものになっているのである。こうなると、映画をどこで終わらせるかという見極めは非常に難しいものになり、スパッと切ってしまうような終わり方はできなくなってしまったということなのかもしれない。
 最も自然なエンディングは、サリンジャーのところから戻った2人が、クランプトン高校の門前で固く抱き合い、決意を新たにしたジェイミーが、ディーディーを残して門の中に入って行く、たぶんあのシーンしかなかったような気がするのだが、サドウィズ監督はそれでは全然言い足りないと感じてしまったのだろう。思いが強過ぎるというのは、なかなか難しいものなのだと思う。
(新宿武蔵野館、10月31日)
by krmtdir90 | 2018-11-02 13:51 | 本と映画 | Comments(0)

映画「500ページの夢の束」

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 ダコタ・ファニングが素晴らしい。彼女が演じるウェンディは自閉症の少女である。主人公をそのように設定したことにはたぶん大きな意味があるが、映画は彼女をそういう存在として特別扱いはしていない。生きる上での得手不得手は誰にでもあるもので、彼女は不得手をちょっと多めに抱え込んでいるけれど、それは少しも決定的なことではないと言いたげである。こういうふうに描いたことがこの映画の美点であり、見終わった後に爽やかな印象を残した大きな要因になっていると思った。

 自閉症はきわめて多様な側面を持つ病気で、その症状は人によって様々な現れ方があるようだ。映画は最初に、自立支援ホームに暮らすウェンディの日常を点描していくが、その視線は自閉症というフィルターを通して彼女を見るのではなく、普通とはちょっと違った個性を持った女の子という捉え方をしていたように思う。この見方は公平で好感が持てるものだったし、自閉症を必要以上に強調しないことで、彼女が体験する物語が非常に普遍性のあるものになったと思った。
 彼女は確かに、対人関係を作るのが苦手だし、周囲とコミュニケーションを取るのもうまくないけれど、たぶんそれ故に、周りとつながりたいという思いを人一倍強く持っているように見えた。そういう感じが判るような描き方を、この監督(ベン・リューイン)はしていると思う。
 監督はウェンディの自閉症を、活動や興味の偏りという側面で特徴づけようとしているように思えた。曜日ごとに着るセーターの色を決めていたり、毎日を一定の行動パターンで規則正しく過ごそうとしていたり、こういう彼女特有の微笑ましい生活様式が、ユーモアを持って一つ一つ温かく描かれていたように思う。

 もう一つ、彼女の自閉症には重要なポイントがあって、それは彼女が「スター・トレック」に強い愛着を持っていることである。「スター・トレック」の知識なら、誰にも負けることのない「オタク」なのである。彼女は毎日のテレビ放送を欠かさず見ているし、「スター・トレック」の登場人物を自由に動かして、自分なりの物語を創作して楽しんでいたりするのである。
 わたしは「スター・トレック」をまったく知らないのだが、書かれたものを読むと、スポックという主要人物の一人が(自閉症に似て)意思の疎通や感情表現に困難を抱えるキャラクターになっていたらしく、この映画ではウェンディがそこにみずからを重ね合わせているという設定(描き方)になっていたようだ。彼女にとって「スター・トレック」は、自分と周囲の世界とをつなぐ重要な回路になっているということだったらしい。

 ウェンディはある時、「スター・トレック」誕生50周年記念の脚本コンテストが行われることを知り、自分も応募してみようと決意するのである。ところが、ようやく書き上げた脚本を郵送する時になって、土日が間に挟まるので郵送では締切日に間に合わないことに気づいてしまう。彼女は混乱する気持ちを必死で落ち着かせ、ロサンゼルスのパラマウント・スタジオまで、バスに乗ってみずから脚本を届けようと決意するのである。
 これは、自閉症の少女にとってはきわめて無謀な行動である。自閉症には普段と違う道を通ることが苦手という傾向があり、彼女は自立支援ホームとバイト先とを行き来する以外に、単独でそれ以外の場所に出たことなどほとんどなかったのである。
 一度も歩いたことのない道に一歩を踏み出し、行ったことのないバス乗り場を探して、知らないカウンターで買ったことのない切符を買い、初めての長距離バスで初めての都会に出て行くのである。それがどんなに困難な旅であるかは容易に想像がつく。

 だが、ここでちょっとだけ意地悪な見方をすれば、この映画はゴールの判っているロードムービーなのであって、ウェンディは様々な困難にぶつかるけれど、最後にはそれを乗り越えて、無事脚本を届けることができましたというエンディングが用意されているのは見えているのである。
 それでも、観客が彼女と一緒にこの不安な旅に出て行こうという気になるのは、ここまでの彼女への共感度の大きさ以外には考えられないと思う。この映画は、主人公の少女を実に魅力的な存在として描き出すことに成功しているのだ。自閉症であることは彼女にとってハンディには違いないが、彼女がそれでも行きたいと考えてしまった以上、観客としてはそれにどこまでもついて行かなければならないという気にさせられてしまうのである。実際、彼女はどんな事態になっても歩みを止めない。その頑ななまでの思いの強さに、いつしか周囲は絡め取られていくしかないのである。
 支援ホームでウェンディをケアしてきたソーシャルワーカーのスコッティ(トニ・コレット)や、ウェンディと気持ちが行き違ったままの姉のオードリー(アリス・イヴ)が、彼女の失踪を知って後を追うことになるのも、厄介な彼女を迷惑に思ってのことではなく、彼女の思いを理解し共感したいためであるように見えていたと思う。

 みんなウェンディのことが好きなのだ。これがこの映画の基調となっている感情である。それは素晴らしいことなのではないか。
 最後の段階では、彼女はスコッティの車で、姉のオードリーとスコッティの息子のサムも一緒に、締め切り時間ギリギリにパラマウント・スタジオに到着する。このあと、彼女はみんなを車に残し、脚本の封筒を抱えて一人だけで横断歩道を渡って行く。一人でスタジオに入って行く彼女の真っ直ぐな表情ががいい。彼女は一人でハードルを越えたいのだ。
 だが、担当者が意地悪な男で、郵送以外では受け取れないと機械的な対応を取られてしまい、ああ彼女にはここを突破するのは無理だと思った次の瞬間、彼女が思わず感情を迸らせるシーンがすごく良かった。正確には覚えていないが、彼女は「わたしもみんなと同じようにチャンスがほしい」というようなことを言ったのだ。それはもちろん脚本を受け取ってほしいということを言ったのだけれど、同時に人間関係やコミュニケーションがうまくできない自分のことも言っていたのだと思った。このあと彼女は、予想外の機転を利かせて脚本を受け取らせることに成功するのだが、彼女はその時、確かに一つの階段を上がっていたのだと思う。

 だから、彼女の脚本が入選しなかったことはもう大したことではないのだ。映画はこのあと、ウェンディが姉のオードリーの許に帰る場面を描いて終わることになる。
 彼らの身の上について、映画はあまり詳しくは語ってこなかったけれど、母子家庭で育ったらしい2人は、母が死んだ後はオードリーが自閉症のウェンディの面倒を見てきたということだったらしい。オードリーが結婚して出産したため、ウェンディと一緒に生活することが難しくなって、彼女を自立支援ホームに預けたということだったようだ。
 映画の最初の方で、ホームに面会に来たオードリーに、ウェンディが帰りたいと訴えて感情を抑えられなくなってしまうシーンがあった。最後になって考えてみると、この映画が描いたウェンディの旅は、オードリーと一緒の家に帰るために彼女自身がみずからに課した試練だったようにも見えてくるのである。「スター・トレック」の脚本を本当に届けたかったのは姉の許だったということが、ラストシーンに鮮明に描かれていたと思う。
 オードリーの側から見ると、彼女がウェンディの必死の行動を見て、もう一度ウェンディとの旅を始めることを決めたというのが、この映画のエンディングだったのかもしれない。
(新宿シネマカリテ、10月29日)
by krmtdir90 | 2018-10-31 21:37 | 本と映画 | Comments(0)

映画「まぼろしの市街戦」

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 監督のフィリップ・ド・ブロカは、一般には「リオの男」(1964年・ジャン=ポール・ベルモンド主演)に代表されるような、喜劇的なアクション映画を得意とする商業的で職人的な監督と見られていたと思う。50年代末には、クロード・シャブロルの「いとこ同志」やフランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」などで助監督を務めたりしたようだが、その後のド・ブロカが、彼の作った映画によってヌーヴェルヴァーグの監督と見られることはなかったようだ。
 そのド・ブロカが、1966年に撮ったのがこの映画だった。これは彼のフィルモグラフィの中ではきわめて異色の映画で、ずっと一本だけ特別な位置を占めることになった作品だったのである。最初フランスで公開された時には、批評も悪く興行的にも失敗だったようだが(理由は判らない)、その数年後アメリカで公開されると、当時の若い世代(特にヒッピー)に支持されて大ヒットとなり、カルト的な映画として、その人気が世界中に広まることになったらしい
 当時のわたしはヌーヴェルヴァーグの監督たちに目を奪われていたが、フィリップ・ド・ブロカの映画も見ていたし、この映画の評判も確かに聞こえて来ていた(かなり後になってからだったけれど)のを覚えている。だが、日本公開時(1967年)もほとんど注目はされず、残念ながら見る機会がないまま日が過ぎてしまったということだったのである。
 今回、デジタル修復が行われたのを機に、半世紀ぶりのリバイバル公開となったのは嬉しい事件だった。「まぼろしの傑作」と言われていた映画が、やっと見られることになったのだ。けっこうワクワクしながら見に行った。

 50年以上も昔の映画なのに、まったく古びていないのが驚きだった。画面が修復されて公開当初の美しい色が再現されたのも大きいが、古びていないというのはそういう意味ではない。ここに描かれた物語が、時代の経過とともに色褪せるのではなく、そのまま現代に向かって真っ直ぐ刺さってくる力を持っていたことに驚いたのである。
 この映画は、50年もの時を軽々と飛び越えてしまったのだ。このユーモアや皮肉、そして風刺の切れ味が少しも鈍っていないのは凄いことだと思った。
 第一次世界大戦の終わりごろ、敗勢となったドイツ軍がフランスの小さな村を撤退する時、村全体を破壊する強力な時限爆弾を仕掛けていくのである。この情報を掴んだイギリス(スコットランド)軍の隊長は、フランス語ができるという理由だけで、一兵卒プランピック(アラン・ベイツ)を爆弾撤去のために村に送り込むことにする。プランピックは本来、伝書鳩を使った通信係であり、爆弾の知識は皆無であるところがすでに無茶苦茶なのである。
 プランピックが村に入ると、爆弾の噂を聞いた村人は一人残らず避難した後で、残っていたのはサーカスの動物たちと精神病院の患者たちだけだったというのが物語の始まりである。

 患者たちは抑圧を解かれて自由を取り戻し、病院を出て村のあちこちで様々な衣装を手に入れ、それぞれの妄想を実現して夢のような生活を始めてしまう。彼らは村に危機が迫っていることを理解しないし、プランピックを自分たちの王様に祭り上げて陽気にもてなすのである。村の中には精神病患者しかおらず、その村も早晩破壊される運命にある、王様はこのピンチをどう乗り越えるのか、というのがこの映画の展開上の骨子となっている。
 一方で、この映画が作り出す対立の構図は非常に明快なものである。村の中で精神病患者が作る世界は端的に言えば狂人の世界のはずだが、それがいつの間にか、これほど穏やかでまともな世界はないのではないかと思えてくるのである。それは、村をめぐって繰り広げられる外の世界の戦争の諸相が、あまりにもバカバカしくあまりにも狂気の沙汰であることの裏返しになっている。
 映画の終盤になると、狂気の世界とまともな世界は完全に逆転してしまい、患者たちがひととき作り出したおとぎ話のような世界が、何とも言えず貴重なユートピアだったように感じられてしまうのである。プランピックは任務を忘れて、次第に彼らと一緒の時間をこの上なく大切なものと感じ始めてしまう。これは実に自然な心の動きとして描かれている。

 経過は省略するが、爆発を阻止して軍に戻ったプランピックが、賞賛され勲章を受けても満たされないのは、患者たちと過ごした楽しい時間が忘れられなかったからだろう。すべてに嫌気がさして隊から脱落した彼が、軍服や銃を捨てて素っ裸で精神病院の門前に立つラストシーンは見事である。人間の営みとして、こっちの方がよほどまともじゃないかという強烈なメッセージがあるのに、メッセージは全然前に出てこないのが素晴らしいと思った。戦争の愚劣さをこんなにストレートに描いているのに、その主張は物語のずっと奥に引っ込んでいて、ジワッと後で効いてくるようなかたちになっているのである。
 つまりこれは、戦争を始めとした人間世界の醜悪な現実を切っ先鋭く批判しながらも、映画としては徹頭徹尾ファンタジーであり寓話であることを失っていないという点で、奇跡的な傑作だったことが確認できたように思う。
 この一本によってフィリップ・ド・ブロカは、ヌーヴェルヴァーグの監督たちの輝ける系譜にその名を連ねる資格、あるいはそれと同列に論じられて然るべき資格を獲得していたと言っていいのではないか。
(新宿K's cinema、10月29日)
by krmtdir90 | 2018-10-30 22:44 | 本と映画 | Comments(0)

映画「search/サーチ」

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 ストーリーがすべてパソコンの画面上で展開するという、アイディアがすべてと言っていい映画である。話題性は十分だし、このアイディアがどんなふうに実現されるのか、とにかく余計なことは考えず、その仕掛けの斬新さを楽しめばいいということだろう。
 パソコン上だけでストーリーが展開されるというのは、ちょっと考えるとかなりの制約だし不自由だろうと思えるのだが、実際の映画ではその制約を逆手に取るようなところもあって、これが完全な杞憂だったことが明らかになっていた。むしろ、すべてがパソコン画面の中に限定されることで、まったく新しい種類のスリルとサスペンスが生まれていたように思う。パソコン画面の使い方も非常に計算されていて、そこに思いがけない臨場感が生まれているのが驚きだった。

 突然連絡が取れなくなった娘の行方を父親が追う、というのがストーリーの基本設定になっているが、この父娘を演じたのが韓国系アメリカ人のジョン・チョー(父親デビッド)とミシェル・ラー(娘マーゴット)という2人である。この映画は、最近ハリウッドで見られるようになった、アジア系俳優が主役を務めることで注目された映画の一本でもあったようだ。
 映画の冒頭、父親のデビッドがパソコンに向かい、保存された家族の映像などを見て昔を思い出しているという導入が鮮やかだった。娘マーゴットの成長の記録や、妻パムが3年前に癌で亡くなっていることなどが示され、現在16歳になっている娘と、もう一つうまくコミュニケーションが取れないでいる彼の様子なども(画面に表示されるLINE《MacではFace Timeと言うらしい》のやり取りなどから)窺えるようになっているのである。登場人物の背景や現況が手際良く描かれることで、ストーリーがしっかり組み立てられていることが判り、この父娘への感情移入もしやすくなっていると思った。アイディアに引きずられるだけの、お手軽映画ではなかったのである。
 こうして、ぎこちないながらも会話が行われていたマーゴットと、急に連絡が途絶えてしまう様子もパソコン画面だけで描かれている。双方向の回線が確保されているのが前提だったものが、一方的に切れてしまうというのは何を意味しているのか。パソコンやスマホの中の相手が突如反応しなくなり、それ以外に当面の情報入手手段がないことが、様々な疑問や不安を一気に拡大させていくところが怖い。そもそも、繋がりが途絶することなど想定していないから、父親はそうなって初めて、娘との回路を他にまったく持っていなかった事実に直面させられてしまうのである。

 デビッドはとりあえず、マーゴットが通っているピアノ教室や、妻の住所録ファイルで調べた同級生の家などに電話をかけてみるが、その度に思いがけない事実が明らかになって、彼の不安をいっそう掻き立てる結果になってしまう。結局、彼は警察に捜索願を出し、担当となったヴィック捜査官(デブラ・メッシング)とパソコン上で(スカイプ機能を駆使して)連絡を取りながら、マーゴットに関する謎を、彼女が残したパソコンの中で探っていくことになる。
 インスタグラム、フェイスブック、ツイッターといったアカウントを彼女は非公開にしていたが、彼は手段を尽くしてパスワードを入手し、これらに残された様々な映像やテキストなどを次々に閲覧していく。そこには、これまで見えていなかったもう一人の娘の姿が残されており、彼はそれらに衝撃を受けながらも、これらを手がかりに彼女の行方に迫っていくのである。彼女の過去にどんなことがあったのか、さらにいま何が起こっているのかを徐々に明らかにしていく、その手法はかなり工夫が凝らされていて、観客としてはどんどん引き込まれていく感じだった。すべてがパソコン画面というアイディアが、謎の解明というところでは実に効果的に使われていたのではないか。
 ただし、中盤以降になって、デビッドがパソコンの前を離れて動き回らなければならなくなると、この全部をパソコンの中でという設定には無理なところも出てきていたように思う。まあ、それでもテレビ中継画面などを上手に組み合わせて、曲がりなりにも最後まで走り切って見せたのだから、全体としては十分成功だったと言うべきなのかもしれない。終盤の展開の二転三転も、リアリティという点ではどうかと思ったが、設定や伏線にきちんと責任を取っているという意味では、娯楽作品として(ミステリとしてもホームドラマとしても)しっかり出来上がった映画だったと思った。

 この映画を監督したのは、アニーシュ・チャガンティという27歳のインド系アメリカ人で、これが長編処女作だったようだ。インターネットやSNSと子どもの頃から馴染んできた若者だからできたと感じられる、巧みな表現が随所にあって感心した。
 例えば、画面の隅でSNSにメッセージを打ち込むところ、画面は枠の中に打ち込まれていく文字を写すのだが、一度書かれた文字が修正されたり削除されたり、打ち込んでいく速度の微妙な違いなどで、躊躇や動揺といったいろんな心の動きが鮮やかに表れてくるのには驚いた。こんな手口があったとは思いもよらなかった。こんなところに着目するのはさすが27歳という感じだが、それを心理表現の重要な方法として生かしてしまうのは誰でもできることではなく、この監督の素晴らしいセンスであり才能だと感じた。
 ただし、もう一点だけ言っておくと、この映画はパソコンやSNSを効果的に使った点で際立っていたが、それ故に、これからの技術の進歩にしっぺ返しを食らう可能性も大きい映画だと思った。ここで使われたツールが最先端であるのはせいぜい数年のことだろうし、これらが色褪せて時代遅れになってしまうのは案外早いかもしれないということである。これからは、斬新なアイディアを売り物にしたことが、映画の賞味期限を狭めてしまうことも起こり得るということで、難しい時代になったものだと感じた。
(立川シネマシティ2、10月26日)
by krmtdir90 | 2018-10-28 14:05 | 本と映画 | Comments(0)

映画「顔たち、ところどころ」

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 アニエス・ヴァルダは1928年生まれだから、現在は90歳、この映画の撮影時には87歳だったと公式サイトに記されている。画面に登場する彼女はとてもチャーミングで、なんて素敵な年の取り方をしたんだろうと嬉しい気分にさせてくれる。それは、彼女の好奇心がいささかも衰えを見せていないことが関係している。
 JRというアーティストのことはまったく知らなかったが、54歳も年下の彼と出会って、一緒に旅をしながら映画を撮ったら面白いだろうと発想してしまうことがまず若々しいし、実際にそれをやってしまうことも驚きというしかない。アニエスの提案を受け、彼女とコンビを組んだJRという青年も魅力的で、彼を同行者に選んだアニエスの慧眼はさすがだと思った。
 JRはいろんな場所で人々の写真を撮り、それをモノクロの巨大サイズに引き延ばして、町中の壁面などに貼っていくというストリートアート(フォトグラファーと言うらしい)を行っている。アニエスはJRと会って意気投合し、後部に写真スタジオを載せたJRのトラックに乗って、フランスの田舎町を回って行くことにする。彼らはその先々で現地の人々と交流し、様々な壁面に人々の顔のアップや全身像を貼り付けて行くのである。
 この映画は、その奇妙な旅の一部始終を、アニエスとJRの共同作業が人々の間に不思議な高揚を作り出すさまを、みずから記録するかたちで追いかけたドキュメンタリーなのである。

 JRのやっているストリートアートというのがまず面白い。奇抜だし、大きなインパクトを持っている。被写体に選ぶのはすべて市井の名もない人々で、彼らに対するリスペクトがこのアートの底流になっていることが判る。撮影し、プリントし、貼り付ける。その巨大なモノクロ写真の前で、被写体となった人々が見せる満足そうな(誇らしげな)表情が印象的である。このアートは、人々の存在を丸ごと肯定するものなのだ。郵便配達夫、元炭鉱作業員、住民のいなくなった炭鉱住宅に一人住み続ける老婦人、工場労働者たち、800ヘクタールを一人で耕作している農夫、角を切らずに山羊を飼育する女性、ル・アーブルの港湾労働者とその妻たち、等々。
 庶民の生活の中にある様々な感情や思いが、JRのアートとそれを見詰めるアニエスの視線を通して見えてくる。彼らは次々に場所を移って行くから、見えてくるものは巨大な写真とともに置き去りにされ、映画の中に積み重なっていく。それはとても豊かな体験である。
 アニエスとJRはそれぞれアイディアを出し合い、会話を重ねながらこの映画を作っている。だから、彼ら自身が実に率直にこの映画と対峙していることが判ってくる。素直な目で、ありのままに対象を見ていることが判るのである。彼らのあり方そのものが、映画の中に次々に開示されてくると言ってもいい。

 アニエスの視力が日に日に落ちてきていることや、それを気遣いながらその事実も映画に取り込もうとするJRのことも描かれている。アニエスは、この旅での多くの人々との出会いのことを、JRの写真によって記憶に定着させようとしていたのかもしれない。
 彼ら2人が何気なく見せる表情や仕草などが、2人の友情の深まりを感じさせて楽しい。JRはアニエスを、100歳になった彼の祖母のところに連れて行く。何ということもない会話が交わされるだけだが、そこに作り出された温かい雰囲気が印象的だった。
 映画の最後は、アニエスがJRを、彼女の長年の友人であるジャン=リュック・ゴダールに会わせようと、スイスのローザンヌまで訪ねて行く一部始終だった。だが、これは予想外の悲しい結果になってしまう。ゴダールが謎めいたメッセージを残して、約束をすっぽかしてしまったからである。
 傷つき失望するアニエスを、JRが「ゴダールはこの映画の脚本に意外な展開を書き足してくれたんだ」というようなことを言って慰める。JRが好青年であるのが伝わってくる言葉だが、彼はさらに、これまで一度も外したことがないサングラスを取って、素顔を初めてアニエスに見せてくれるのである。「優しいのね、よく見えないけど」という彼女の言葉も印象的だった(実際、彼女の視力はかなり減退していて、ぼんやりとしか見えていなかったらしい)。

 フランス・ヌーヴェルヴァーグの作家たちはすでにほとんどが鬼籍に入ってしまい、現在も存命なのはアニエス・ヴァルダとジャン=リュック・ゴダールぐらいしかいなくなってしまったようだ。この2人の顔合わせが実現していたら面白かったとは思うが、アニエスの奔放とゴダールの偏屈が際立つこの映画の結末も、2人の「いま」をよく表していたと言えるのかもしれない。
 この映画のことを最初に聞いた時、どこが面白いのか理解できず敬遠していたのだが、これは理解じゃなくて感じる映画だった。時代の変遷とともにけっこう変節した作家も多かった中で、アニエス・ヴァルダは最初から最後(まだ最後かどうかは判らないが)まで、正真正銘、ヌーヴェルヴァーグそのものだったんだなと感じさせてくれる映画だった。彼女の映画は「幸福(しあわせ)」(1965年)が記憶にあるぐらいだが、この「顔たち…」は新たな傑作として記憶されるのではないか。こんな予想外の面白さを見せてくれた映画、久し振りという感じだった。
(MOVIX昭島、10月25日)
by krmtdir90 | 2018-10-27 15:26 | 本と映画 | Comments(0)


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