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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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御岳山(2013.11.28)

 末の娘は山ガールで、連れて行ってくれると言うので、妻と3人で御岳山(みたけさん)に行ってきた。始めは大岳山まで行くつもりだったようだが、高所恐怖症のわたしに配慮して、ロックガーデン(御岳山岩石園)周遊コースという、主に沢筋を辿るルートに切り替えてくれた。それでも結構アップダウンがきつく(わたしには)、いまだに足が痛い。

 青梅線・御嶽駅(駅名の場合は旧字体になる)で下車、バスでケーブルカーの駅まで行き、御岳登山鉄道の滝本駅・御嶽山駅間のケーブルカーに乗車、その後、御岳山頂の武蔵御嶽神社へ。途中、山の上の集落や参道商店街を抜けて行くが、コンクリート舗装の道は結構急坂で、さらにその先、石段を随分登らないと辿り着けない。だが、こんなところで疲れてしまってはどうにもならない。
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 参拝後、石段を途中まで下り、分岐してロックガーデン周遊コースに入る。沢筋まではずっと下りの道で、下り切った所から沢に沿って登って行く。その名の通り、大きな岩が点在している。基本的に日陰の道だが、時折日の差すところがあってホッとする。
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 コース折り返し地点の手前にある、綾広の滝。滝行の場でもあるらしい。
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 この後は滝の左手の急な道を辿り、登り切った先から回り込んで、今度はほとんど平坦な道を、さっきの石段の所まで引き返す。
 石段の途中に咲いていた、早咲き(?)の桜。
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 参道商店街の蕎麦屋で、日本酒(このあたりは黙っていても「澤乃井」)をいただき、鴨せいろを食べた。そのままゴロリと寝てしまいたかったが、そうもいかない。

 帰りは、ちょっとわたしらしく鉄道趣味で。
 御岳登山鉄道ケーブルカー・御嶽山駅。半分は土産物屋になっている。
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 ケーブルカー。来る時は黄色の車体だったが、帰りは青。青だから「青空号」。黄色は何号だったか判らない。
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 傾斜は最初から最後までほとんど同じような感じで、かなり急だったと思う。
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 JR青梅線・御嶽駅。有人駅。ホームは階段を上って、屋根の向こう側。
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 正面入口の、重厚な駅名板。
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 一駅戻って、次の沢井駅で途中下車。駅舎はなく、跨線橋の中間に簡単な改札ときっぷの自販機が設置されている。無人駅。
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 徒歩5分(ただし坂道。行きは下り、帰りは上り)、「澤乃井」の小澤酒造。
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 道路を隔てた手前の多摩川べりに、観光バスなども訪れる澤乃井園というスペースがあり、酒造直営の様々な施設が軒を連ねている。ここの直売店で、四合瓶を2本購入。リュックに入れたら、やっとリュックらしい重さになった。

 因みに、青梅線は立川・奥多摩間、全線が電化されているが、立川・東青梅間が複線、東青梅・奥多摩間は単線である。立川・青梅間は中央線と直通する電車も含めて、10輌編成が頻繁に走っているが、青梅から先は4輌編成になってしまい、運転間隔もほぼ30分おきになってしまう。
 車輌は中央線快速などと同じE233系であるが、ドアはボタン式の半自動になっていた。
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by krmtdir90 | 2013-11-30 15:30 | その他の旅 | Comments(0)

どうするJR北海道

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 列車火災や脱線事故等に端を発したJR北海道の問題は、レール幅などのデータを基準値以下に書き換える改竄が、国交省による特別保安監査の前に行われていたことが判明し、さらにデータ改竄そのものが日常的に様々な部署で行われていたことも明らかになって、先の見通せない深い泥沼にはまり込んでしまったように見える。
 昨日は社長以下主要幹部が国会で追及を受けることとなったが、国交大臣を始め国会やマスコミ、さらには当事者のJR北海道自身が、問題をどういう方向に持って行こうとしているのか全く見えてこない状態が続いているように思える。つまり、安全意識の欠如や内部統制の不備といった点を反省・謝罪し、徹底調査と対策の策定、恐らくその後は全社一丸となって意識向上に努め全力で信頼回復に取り組むというような、通り一遍の筋書きではとても通用しないことがみんな判ってしまっているのではないか。

 一方で、ことの本質というか、どこに根本的問題があるのかは実は誰もが簡単に判ってしまっていて、ただそこには触れずに何とか落とし処を決められないかという、非常に奇妙な状態の下でみんなが右往左往している現実があるのではないだろうか。
 つまり、データ改竄の根っこのところには、保線に携わる現場の人員が決定的に不足していたことがあるのは誰の目にも明らかであり、改竄が自発的なものなのか指示によるものなのかははっきりしないが、データ通りの補修作業が人数的に不可能な実態から、必然的に出てきた逃げ道だったのも明らかなことだと思われるのである。そして、人員が不足しているなら増やさなければならないのは当然のことだが、JR北海道の経営基盤が脆弱でそんな予算がどこにもないことも、また誰の目にも明らかだったのである。人員だけではない、補修に必要な資材の調達もままならない経営状態だったことは、社員誰もが判っていた事実なのではないだろうか。
 改竄が常態化していたことに対して、会社全体の意識の退廃を言うのは簡単なことであるが、元来JR北海道は、普通の会社だったらとっくの昔に倒産している会社なのである。10月10日の記事でもすでに触れたことであるが、この何をやっても赤字という体質を何とかしない限り、どんな対策も根本的な解決にはならないと思うのである。

 結局、旧国鉄を国策として6社に分割民営化したことから生じた矛盾が、いまJR北海道に集約的に露呈していると考えなければならないと思う。
 わたしは民営化という基本的な方向そのものを否定するつもりはない。しかし、分割によって経営が一気に厳しくなる地方では、赤字路線の整理が一斉に実施されることになったが、それにも限界があったということである。後は人を減らし、合理化を進め、安全を後退させて日々をしのぐほかなかったということなのではないか。
 会社というのは本来、収益が上げられなければつぶれるだけのものなのである。詳しいデータを見たわけではないからあくまで想像に過ぎないが、JR北海道が鉄道会社として黒字会社に転換しようと思ったら、札幌近郊のほんの僅かな路線を残して、あとはすべての路線を廃止する以外手はないのではないかと思う。

 鉄道会社としてそんな乱暴は許されるはずがないなどと、口で言うのは簡単である。しかし、日本全国に張り巡らされた鉄道網というのは、いまの時代、僅かな都市部を除けばほとんどすべてが赤字路線になってしまったのである。会社経営ということを考えれば、それらは最終的にすべて廃止されることが自然な方向性なのである。それでいいわけはないと言える者がいるとすれば、それは国策として分割民営化を推し進めた国以外にはないだろうと思う。
 しかし、いまの政府にそんな未来を見通したビジョンを掲げる能力も力もないことは明らかである。あと考えられるのは、JR6社の間に、相互の助け合いが必要だという観点が生まれてくることではないだろうか。6社に分かれる時、最初から経営基盤に差があり過ぎたことは明らかなのだから、ここはJR全体の未来のために、黒字会社が赤字会社と合併することで、全体の経営基盤を安定させるという発想が必要なのではないだろうか。
 具体的には、東日本・東海・北海道で1社、西日本・四国・九州で1社である。JR東海は最初から恵まれた地域を引き受けたのだから、リニアなどというバカげた計画に膨大な資金をつぎ込む愚を反省し、北海道の救済に気持ち良く力を貸すべきではないだろうか。

 夢物語だろうか。しかし、鉄道というのは国全体に広げられた未来への共有財産である。収益が上がる都市部だけの専有物になって、大半の地方路線が死んでしまっていいとはどうしても思えないのである。都市部や新幹線の収益は、地方の赤字をしっかり補填して、全体として繁栄を目指すことを考えなければ、新幹線で出掛けて行った地方には鉄道路線が全然なかったというような本末転倒の未来も、案外簡単に現実となってしまうかもしれないのである。
 実際、経営基盤を根本から変えてやらない限り、JR北海道の今回の問題は絶対に解決しないと思う。金も人もない現状を変えない限り、いくら意識改革を叫んだところで実現しないことは明らかではないだろうか。この分かり切ったことを誰かきちんと提起して、しっかりした道筋をつけてほしいと、一鉄道ファンとして切に願うばかりである。
by krmtdir90 | 2013-11-23 17:05 | 鉄道の旅 | Comments(2)

歯の治療経過(続続・近況報告)

 実は九州旅行の最終日(13日)、佐世保のホテルで朝起きたら、なんかちょっと歯が痛いかな、と。前の晩、調子に乗ってとんかつなどを食べてしまったのがまずかったか。
 かなり不安な気分で帰路についたのだが、新幹線に乗るあたりから急激に痛みが増してきて、腫れも出てきているようだった。帰宅後、その晩は処方されたが飲んでいなかった痛み止めを、初めて飲むような状態になってしまった。

 予約は15日なのだが、とても一日我慢することはできないと、翌朝(14日)一番で診察をお願いした。何やら応急処置をしてくれて、その日の昼から抗生物質を1回2錠ずつ飲むことになった。
 15日の予約はそのまま生かされて、2日連続で、今度はかなり根本的な治療を施してくれたようだ。腫れもあったのだが、普段まったく薬など飲んだことがないので、抗生物質も非常によく効いたようで、急速に落ち着きを取り戻すことが出来た。

 そういうわけで、16・17日の県大会も無事乗り切り、終了後の酒席も(抗生物質を服用しながらではあったが)何事もなく楽しく終えることが出来た。
 そして昨日(21日)。1週間後と指定された予約の日で、かなり丁寧な治療を時間をかけてしてくれた。終了後、該当部分の治療は一応これで一区切りになったと言われた。次は2週間後で大丈夫と言われ、とりあえずホッとしているところである。

 該当の歯は依然少しぐらついているが、以前ほどではなくなっているようで、その部分の噛み合わせが弱くなるように、少し削ってくれたのも良かったのか、全体としてなかなかいい状態に戻ったような気がしている。いままで嫌っていて申し訳なかったが、さすがだなと思った。

 その歯医者の説明の中で、非常にわかりやすく印象的だった説明。
 「(ボールペンを手の平でギュッと握って)このボールペンを歯としますと、(人差し指と中指を外してボールペンをぐらぐらさせ)歯茎のあたりが炎症を起こすとこうなります。でも、あなたのは(今度は薬指と小指の方を外して)根っこの方の炎症で(ぐらぐらさせながら)こうなっています。同じようだけど、違うんですね。」
 長年の経験で獲得した、見事な説明の仕方だと思った。
by krmtdir90 | 2013-11-22 14:32 | 日常、その他 | Comments(0)

非公開コメントへの反論

 昨日、県大会の観劇記をアップしたところ、夜になって1件の非公開コメントが書き込まれた。わたしが書いた浦和南の感想が気に入らなかったと見えて、ひどくご立腹の様子だった。非公開にしなければ書き込めないような、腰の引けた難癖など無視してしまえばよかったのかもしれないが、全面公開されているブログをこういうかたちで汚す行為は許せないし、そのままにしては本人のためにもならないので、きちんとわたしの反論を書いておくことにする。

 まず確認しておきたいのは、確かに読者にはコメントを非公開にする権利があるけれど、非公開にしたところでその言葉はこちらに届いているのだから、その言葉にはちゃんと責任を取ってもらわなければならないということである。元来、非公開コメントというものは、その中にメールアドレスや電話番号といった個人情報が含まれている場合などに使うものであって、それならばこちらも十分配慮してコメントを返すことになるのである。
 しかし、今回のケースはそういうものではないから、わたしの反論も非公開にしてコソコソやり取りしなければならない理由は全くないのである。わたしには反論を公開する権利があり、その中で当然相手のコメント内容に触れたり引用したりする権利もあるのだということを確認しておきたい。そうでなければ、非公開にしておけば何でも言いたい放題で、何を言っても責任を取らなくていいというようなおかしなことになりかねないからである。

 最初に、このコメントの主は生徒ではないということを、浦和南の生徒の名誉のために確認しておく。生徒は、観客の前で芝居を演じるということが、当然さまざまな感想や意見に晒されるものだということを判っているはずだと思う。当然、褒めてくれる人ばかりではない。生徒は、褒めてくれる人は味方でけなす人は敵というような狭い了見で芝居をやっているのではないはずである。芝居は公開されているのだから、どんな批判でも率直に受け止める姿勢がなければならない。批判する者に対して、自分たちは何ヶ月も努力してきたのだから、それに配慮してあまり厳しいことは言わないようにすべきだなどという甘ったれた考えは、毛頭持ってはいないだろう。
 いや、そういうことを言っているのはコメントの主であって生徒ではない。この人は、わたしの文章に対して「関係校の数ヶ月の努力への配慮と誠意が感じられず不愉快」などと述べている。非公開にして言いたいことを言うような人に「誠意」を云々する資格があるのだろうか。言っておくが、わたしのは生徒のがんばりなど百も承知で感想を述べているのである。生徒ががんばっているからこそ、きちんと批判すべきところは批判するのである。そんなことも判らずに感情的な反応しかできないような、視野の狭い顧問しか持てなかったとすれば、生徒は可哀想である。

 この人は、わたしがAKBのファンに関するシーンを批判したことが気に入らなかったようで、わたしの趣旨が文の後半にあることは無視して、「客席が味方になってくれたのは媚のためではなく、彼らのセリフが会話として成立していたからです」などと的外れなことを書いている。何でも自分に都合がいいようにしか見られない人間に何を言っても仕方ない気がするが、生徒のためにはちゃんと言っておかなければならない。
 AKBのファンに関するシーンで客席が沸いていたのは事実である。なるほどこんなことをやっているのかと、わたも大いに楽しませてもらった。でも、それはそれだけのことに過ぎない。「客席が味方に」などという恥ずかしい言葉で勘違いしない方がいい。確かに最初のあたりのセリフのやり取りは、(顧問がどこぞの病院に往診を頼んだ成果もあったのか)なかなか期待できるレベルのものだったと思う。だからこそ、こんな方向に流れて行ってはもったいないし、ためにならないよと生徒に言ってあげたかったのである。それに、この程度のやり取りなら、往診を頼むまでもなく、自分たちの力だけでやっている学校はたくさんあることも知っておいた方がいいと思う。

 この人はコメントの最後に、こういうことは「酒席のたわごとなら許されますが、ブログで発信することではありません」などとも書いている。何とも低劣な難癖で相手をするのも疲れるが、批判を批判として受け止めることが出来ず、褒めてくれる味方の人々としかつきあわないような偏狭な人生を送ってきた人なのだろう。われわれの酒席の批評レベルの高さなど、こういう人には判るはずもないのである。
 わたしはこのブログを酒の力を借りて書いているわけではないし、きちんと下書きをして推敲をしてそれから発表していることをことわっておく。自分の方を非公開にしてこんなたわごとを並べているヒマがあったら、ちゃんと勉強してしっかり生徒とつきあった方がいいのではありませんか。

 つまらないことに時間を費やしてしまった。あーあ、である。
by krmtdir90 | 2013-11-21 16:05 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

高校演劇・埼玉県大会(2013)

 16・17の2日間、与野本町の彩の国さいたま芸術劇場に、高校演劇の埼玉県大会を観に行ってきた。全部で10校の舞台を見せていただき、終わった後はいつものように、幾人かの仲間と酒飲みながら、無責任な芝居談義を十分に楽しんだ。

 地区審査で推薦した2校は非常に健闘して、特に芸術総合が優秀校1席となり、関東大会に駒を進めたのは嬉しいことだった。これこそ芝居という意味では実に安定した舞台を作っていたし、こういう方向を評価するのであれば、これが最優秀であるべきだと思った。
 入間向陽は地区大会よりずっと成長した姿を見せてくれた。地区大会100校あまりの裾野のことを考えれば、ほとんどの学校が目指すべき、あるいは目指すことが可能な芝居の成果として、ぜひ優秀校に入れて欲しかったと思う。しかし、顧問の創作台本としては1位を意味する、創作台本奨励賞を取ったのは非常に良かったと思った。

 審査結果については、酒席では思う存分やり玉に挙げたが、まあいろいろな考え方があるのだろうとは思うし、言ったところで結果が変わるわけでもないのだから、ここではごく簡単に触れるだけにしておく。

 最優秀の秩父農工は、昨年も感じたことだが、題材の斬新さや大道具などのスタッフワークが一種の「目くらまし」になっていて、台本の構造としては矛盾も多く、素材の料理の仕方も上っ面をちょっとつついて見せただけという印象を受けた。
 特に今年は、われわれの年代になると全く歯が立たない世界を扱っていて、弱点を見抜きにくくなっているように思った。しかし、酒席で誰かが(生徒の言として)教えてくれたことだが、ああいうふうにネット上で匿名で好きなことをやっている連中というのは、どんなことがあってもその素性を明かしたりは絶対にしないというのだ。とすれば、いかにも現代の最先端を切り取ったかに見えたこの作品の、最も重要な設定が成立しないことになってしまうのではないか。県大会の審査員が「目くらまし」の前で、台本への冷静な評価が出来なかったというようなことはないと信じたいが。

 優秀賞2席の浦和南については、地区大会100校あまりの裾野のことを考えれば、こういう舞台は選ばないでほしかったと思った。
 AKBのファンに関する部分など、ウケ狙いの単なる風俗描写(時が経てば風化するだけ)に過ぎないし、そういう飾りを取り去ってしまうと、残った話というのは、何だかひどく痩せた、思いつきのレベルにとどまってしまっていると思った。暗転の連続なども含め、多くの学校が「なんだ、これでいいのか」と思ってしまうことが怖いと思う。それでなくても地区大会などで、本筋と関係ない客席への媚びが横行している現状を考えると、もっとオーソドックスな、やるべきことをきちんと丁寧にやっている学校を積極的に評価していく方向性を、ぜひとも大切にしてほしいと思ったのである。

 そういう意味で、今年最も成果を上げたのは星野の「…鐘つきカビ人間」だったと思う。
 星野の舞台は、コピスみよし高校演劇フェスで何度も見せてもらっており、この「カビ人間」も数年前コピスで上演した時、わたしは徹底してけなした記憶があるのである。今回の上演前、顧問のM先生がわたしに「わたし、相当しつこい性格なんです」と言っていたが、それは予想以上のものだった。よくここまで作り込んだと思った。
 率直なほめ言葉として聞いてほしいのだが、その他大勢の群衆を含めて、全員がちゃんと芝居をしていた。それは多少の凸凹はあるけれど、よく皆をここまで動けるようにしたと思った。だから、たくさんいる登場人物が、単なるこけおどしの人数ではなく、物語にぐっと厚みをつけ豊かにする働きをしていたと思う。

 星野はコピスで交流のある学校だから、例によって問題と感じる点も書いておく。
 まず、台本のカットについて。今回は入れ子になった枠の部分を残したが、これでは中途半端で、結果的に中の部分にもしわ寄せが行って説明不足になってしまったので、ここはやはり中の部分だけで勝負して、審査員も言っていたが、カビ人間とおさえの馴れ初めとか、村の置かれた状況の説明とかを、もっときちんと入れた方が良かったと思った。
 スタッフ面について。衣裳は素晴らしかった。しかし、全体が良くなったこともあって、カビ人間のインパクトがもう一つになってしまったことと、おさえの服だけがバツ(あれでは近所のお姉さんと変わらない)だったと思う。
 あと、大道具と照明はいつもと同じ。結局、星野はそうしたもので舞台全体の雰囲気を作る技術が、どうも習得できていないと思うのだ。今回のような作品では、これは決定的に惜しいことだったと思う。「目くらまし」はいらないが、道具を作る技術などはしっかりしているのだから、もっと全体イメージとしての設計が必要だと思った。

 入間向陽については飲みながらほとんど喋ってしまったので、改めてここに書くことはしない。しかし、彼らには「ポリエンヌ」よりも(「ポリエンヌ」が悪いということではない)、この作品で関東に行ってほしかった。この作品が作り上げた「普遍性」というものを、目先の斬新さなどに流されず、きちんと評価できるコンクールであってほしいと願わずにはいられなかった。
by krmtdir90 | 2013-11-20 16:29 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(10)

九州の旅⑥佐世保~博多・帰路(2013.11.13)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 佐世保で泊まったビジネスホテルは駅前にあり、窓からの眺めが素晴らしかった。
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 手前左側が佐世保駅、さらに西九州自動車道を隔てて、その向こうに朝の佐世保港の全景が見渡せる。
 望遠をかけてみると、奥に灰色に塗られた艦船の姿が。佐世保は軍港でもあるのである。
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 きょうは帰りで、博多までは佐世保線・長崎本線・鹿児島本線の普通列車を乗り継いで行くつもりである。
 早めにホームに着いたら、いろんな列車が止まっていた。
 ハウステンボス・博多間を走る特急・ハウステンボス。ここで待機しているものと思われる。
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 大村線経由で佐世保・長崎を結んでいる快速シーサイドライナー。
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 シーサイドライナーの側面を入れて、佐世保の駅名表示板。因みに、次の停車駅「ひう」というのは、漢字では「日宇」と書く。
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 わたしが乗る、9:02発の鳥栖行きが入線してきた。817系電車の2輌編成である。
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 佐世保線は、3つ目の早岐(はいき)駅でスイッチバックする。
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 停車時間は短かったが、急いで外に出て駅の外観を撮影した。ここは大村線の分岐駅である。
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 肥前山口から長崎本線に入り、次の牛津(うしづ)駅。煉瓦造りの立派な駅舎である。
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 佐賀駅を過ぎ、吉野ヶ里公園駅を過ぎ、10:46、鳥栖駅着。
 乗り換え時間が20分ほどあったので、ここでも外に出てみた。これが駅舎の外観。
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 写真の左手に駅を跨ぐ跨線橋があったので上ってみる。そこから見た駅前の様子。
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 何といっても目についたのは、構内を隔てた反対側に見えるスタジアム。Jリーグ・サガン鳥栖の本拠地である。ベストアメニティスタジアムと言うのだそうだ。サガン鳥栖は、J1の降格ラインギリギリのところで踏み止まっているらしい。
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 鳥栖駅11:06始発の、鹿児島本線・門司港行き。811系という、福岡・北九州地域で活躍する、JR九州のエースとも言うべき電車らしい。この先、都市部を走るからだろう、短い編成に慣れた目には最後尾も見えないくらいの8輌編成である。
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 車内はすべてクロスシート。最初だから、乗客はまだほとんどいない。
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 鹿児島本線は電化複線だから、交換待ち停車はないが、追い抜かれ停車というのはある。基山(きやま)駅で数分停車。見ると、向かいのホームに何だか心の騒ぐ単行列車の姿が。甘木鉄道というのが、この駅から出ているらしい。不勉強なので、全然知らなかった。
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 博多の少し手前、南福岡駅に隣接して広がる、南福岡車輌区。
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 11:58、博多駅着。ホームに降りたらすぐ目の前に、駅そばならぬ駅ラーメンが。時間もちょうどいいし、これは食べないわけにはいかない。ちゃんとした博多ラーメンで、十分満足。
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 ホームのちょっと先には喫煙ルームもあって、さらに満足。

 このあとは新幹線で帰りの移動である。
 博多発12:40の「さくら554号」で新大阪へ。15:21着。新大阪発15:40の「ひかり474号」で新横浜へ。18:21着。

 これは、どちらも新大阪駅で撮影したもの。到着ホームと出発ホームが同じだったのである。上が「さくら」、下が「ひかり」。
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 新幹線は興味がなかったので、あまり気にしたこともなかったが、こうして並べてみると、先頭の顔の違いがよく判る。上の「さくら」がN700系、下の「ひかり」は700系なのだそうだ。
by krmtdir90 | 2013-11-19 20:51 | 鉄道の旅 | Comments(4)

九州の旅⑤松浦鉄道 その2・佐世保(2013.11.12)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 伊万里駅、12:40発、佐世保行き。
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 ずっと同じMR600形だが、この車輌は全体に親和銀行(地元の銀行か?)の広告ラッピングが施されている。経営が苦しいローカル線にとっては、これも貴重な収入源なのだろう。
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 MRの伊万里駅はスイッチバックになっているので、発車すると間もなく2本の線路が分かれていく。左が有田方面、右がたびら平戸口・佐世保方面である。
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 たびら平戸口までの車窓は、玄界灘(日本海)の海岸線を走ったり、様々な見どころが多いものだったが、入れ替わりながら常にそれなりの乗客がいたし、反対側の座席を取ってしまったこともあって、写真はいいやという気分になってしまい、のんびりしながらローカル線の旅を楽しんだ。
 最近はどうも、車窓の景色を撮影する意欲がかなり低下しているのだ。旅の興味の対象が、徐々に絞り込まれてきたということだろう。たぶん、それでいいのだ。

 伊万里を出て1時間あまり、13:46、たびら平戸口駅に到着。下車する。
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 向かいのホームには、ここで行き違う塗装色の異なる伊万里行き列車が停車中。この車輌は「長崎日産号」というヘッドマークを付けている。MRはヘッドマーク命名権というものも販売していて、その営業努力の成果であろう。
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 2台の列車がそれぞれ行ってしまった後、これが最西端の駅構内である。
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 構内踏切を渡って、駅舎に向かう。駅名の「たびら」というのは、ここが平戸市田平町だからである。田平町は平成の大合併で、2005年に平戸市と合併したらしい。
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 駅舎の中に、思いがけず売店が健在。
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 反対側の駅事務室を区切って、窓口と併設されている鉄道博物館。展示物はまあそれなり。
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 駅舎の外観。
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 上の写真の右手に、最西端の駅という標柱と説明看板が。
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 とりあえず、海まで行ってみないことには始まらない。
 駅正面をちょっと下ると道路(国道204号)に出る。そこから駅を振り返ったところ。
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 これが国道。駅はやや高台にあるから、行きはずっと下り坂である。帰りのことは考えないようにして、ずんずん下りて行く。
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 バスターミナル、駐車場などがあり、小さな港になっているようだ。
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 平戸大橋。
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 昔(どこの高校の時だったか忘れてしまったが、)、修学旅行で長崎に来た時、確か平戸に一泊したことがあった。その時、恐らくこの橋を渡ったはずである。
 帰りの上り坂は結構息が切れた。そういう時に限って日差しがあり、いい汗をかいた。

 再び駅ホーム。伊万里行きの列車が先に入線していた。この塗装も少し違う。ヘッドマークは「青州会病院30周年記念号」である。これも地元の病院なのだろう。
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 ほどなく、わたしの乗る14:48発、佐世保行きが入ってきた。
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 列車はこのあと、内陸に入ったり海寄りに出たりを繰り返しながら、佐世保を目指す。佐世保までにもう一駅、15:24、佐々(さざ)駅で途中下車。
 ここには松浦鉄道佐々車両基地があるらしいのだ。下車したホームの先が自然に低くなっており、そこから車両基地が見えた。一番手前に、1台だけあるレトロ調車輌・MR500形(501)が停車していた。イベントなどで運用されているらしい。
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 ホーム先端部から見た、駅の全景。右手の建物が、車両基地の整備工場。
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 出口のある方に歩いて、そちらから見た全景。
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 駅舎は構内踏切を渡って左側。立派なハンドカットのログハウスである。
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 内部。ログハウスもどきではなく、隅々まできちんとできている。上部は半分吹き抜けの2階になっていて、階段もあったが通行は禁止になっていた。
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 これが外観。
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 さて、ここ佐々駅から佐世保までの区間は、運行本数が倍増する。乗車する15:46発・佐世保行きの列車は佐々始発で、1台しか作られなかったという旧形のMR400形(401)だった。
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 これが車内。
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 これで、MRが保有する車輌形式をすべて見たことになる。

 途中、縁起のいい駅とされる大学駅では、駅名表示板の脇に小さな神棚が。長崎県立大学の最寄り駅ということで、大学生がたくさん乗ってきた。
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 佐世保の市街地にはいると、日本最短駅間距離(200m)の中佐世保・佐世保中央など、面白いところがあるのだが、この200mというのは写真では表現できないので、写真はない。しかし、この区間は、中佐世保駅を出て広い道路(国道35号)を渡ると もうそこは佐世保中央の駅という感じで、まったくあっという間だった。それでも、それぞれの駅に乗降があり、みんな少しでも便利な駅の方を選んでいるのだろうなと想像すると、何となく可笑しかった。

 16:27,佐世保駅着。1番線がわたしの乗って来た列車。2番線は16:33発の佐々行きである。
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 ここは頭端式ホームになっていて、左がMRの出口階段、右がJRへの乗り換え口である。
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 下に降りて判ったのだが、JR乗り換え口には改札があったが、MRの方には改札はない。そういえば、はっきり覚えていないが、下車時に運転手が乗車券を確認していたか。
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 MR入口の向かいがJR改札口になっていて、入口のところにJR最西端の標識が。まあ、どうでもいいけどね。
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 佐世保駅は両側の出入口が自由通路で繋がっていて、まず市街地とは反対側の海側(西口?)に出てみることにした。すぐ広い道路があり、この上を西九州自動車道(佐世保道路)が走っている。
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 向かいがすぐに海(佐世保港)である。海を隔てて、手前がフェリーターミナルのようだった。雲を通した夕日が美しい。
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 これが反対側の佐世保駅。しっかりしたロータリーがあり、国道35号と接している。
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 国道を、繁華街の方を向いて。さっきMRで通ってきた方角である。
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by krmtdir90 | 2013-11-19 20:31 | 鉄道の旅 | Comments(2)

九州の旅④佐世保線・松浦鉄道 その1(2013.11.12)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 この日は、長崎本線・佐世保線を乗り継いで有田まで行き、そこから松浦鉄道に乗って、北松浦半島を一周し、佐世保まで行く予定である。

 まず、佐賀駅9:22発の長崎本線・肥前山口行きに乗車。415系という近郊形交直流電車である。
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 肥前山口駅、9:38着。ここは佐世保線の起点となる有人駅だが、駅も駅前の様子も寂しいものである。
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 橋上の改札口。
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 9:55発、佐世保線・佐世保行き。これは、817系という近郊形交流電車。2輌編成。佐世保線は電化単線である。
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 車内の様子。背もたれの部分に木が使われたユニークな座席。転換クロスシートである。
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 途中の永尾駅で交換待ちの停車。こぢんまりとした木造駅舎なので、屋根なし跨線橋の途中から撮影。帰って調べてみたら、1947年築の駅舎だという。わたしと同い年である。
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 行き違ったのは、佐世保と博多を結ぶ特急・みどり10号。
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 10:35、有田駅着。駅舎外観と、駅前の様子。
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 松浦鉄道(MR)とJRは共通の改札口で、写真左側がJR、右側がMRの窓口になっている。
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 このMRの窓口で「松浦鉄道一日乗車券」を買った。
 MRで有田・佐世保間を乗り通すと、料金は2290円である。これに対し、一日乗車券は2000円(子供1000円)で、一年中買うことができる。しかも、MRの偉いところは、65歳以上という区分で、シルバー乗車券1000円を発売していることである。エッという安さだが、一つ条件があって、最初に500円の入会金を払って「松浦鉄道シルバークラブ会員」になる必要があるのだ。それでも1500円だから、ずいぶん安い。
 わたしは昨日、伊万里駅でこの会員になった。すると、こういう会員証を発行してくれて、1年先まで有効なのである。なんかもう一度乗りに来たくなるような、なかなかこしゃくなシステムではないか。
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 ということで、この会員証を窓口に提示して、購入した一日乗車券。
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 二つ折りを広げた、右が表紙、左が裏表紙である。日付がスクラッチになっていて、自分で該当の日付を削ればいいようになっている。有人駅が少なく、しかも営業は9:00からということなので、前もって購入しておけば、早い時間から自由に使うことができるのである。
 私鉄によっては、一日乗車券は休日にしか販売しないとか、いろいろ条件があるところも多いが、MRはあくまでお客さま本位なのである。自然に応援したくなる感じだ。

 さて、有田駅に停車中の11:01発・伊万里行き。MRは全線が非電化単線で、走っている車輌はすべてディーゼルの単行である。そのほとんどが、このMR600形と呼ばれる車輌で、塗装はいろいろなものがあるようだ。
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 マスコットキャラクター。
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 これが車内。セミクロスシートだが、クロスシート部分が少なく、ロングシート部分が長い。
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 有田駅を出発して間もなく、佐世保線と別れて右にカーブを切る。
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 最初の駅、三代橋(みだいばし)駅。
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 次の、黒川(くろごう)駅。全線を通して、こういうホーム待合室のみで駅舎を持たない駅が多い。
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その次、蔵宿(ぞうしゅく)駅。11:08、途中下車。
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 MRの中で唯一、古い木造駅舎が残っている駅である。1913年築だという。
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 もちろん無人駅だから、窓口などはベニヤで封鎖されている。
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 向かい側の窓は戸がなく、吹きさらしである。それにしては内部はきれいで、手入れされていることがうかがえる。
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 駅舎外観と、正面の駅名板。入口にもドアはないみたいだ。
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 こういう古い駅舎を訪ねていつも思うのだが、大抵どこも清掃が行き届いていて、ゴミ一つ落ちていない。ベンチなどにも埃や汚れはなく、気持ち良く座ることができる。近隣の住民か誰か、定期的に掃除しているのでなければ、こういうふうにはいかないだろう。利用する乗客は減っていても、駅は地域にとって大切な場所なのだということが感じられる。

 駅前。右手のポストはえらく古びているが、一日2回の集配時間が記されていて、ちゃんと現役であることが判る。
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 前の道の突き当たりは、地域の道路と川である。伊万里湾に注ぐ有田川。
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 11:25、有田行き列車がやってきて出て行った。乗降客なし。
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 駅舎の向かいのホームから、そちら側の道路に出られるので、行ってみた。
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 国道202号。
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 向かいのホームの先端の方から。この左手、国道に面して自転車置き場があり、10台ほどの自転車が停まっていた。
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 やがて、11:52発の伊万里行きがやってきた。
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 駅舎側のホームには、行き違いの有田行きが。蔵宿駅、なかなかいい駅だった。
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 12:09、伊万里駅着。
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 向かいのホームには、このあと乗り継ぐ12:40発・佐世保行きが早くも停車している。
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by krmtdir90 | 2013-11-18 23:08 | 鉄道の旅 | Comments(6)

九州の旅③筑肥線・唐津線 その2(2013.11.11)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 筑肥線・伊万里駅の駅名板。焼き物の町らしく、陶器製である。
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 外に出る。筑肥線・伊万里駅の外観。
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 この右側に県道240が通っていて、その向かいが松浦鉄道の伊万里駅になっている。両駅は、県道の上のブリッジで繋がっている。左がJR、右が松浦鉄道である。
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 県道に面したそれぞれの駅入口。
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 松浦鉄道はこのあたりでは、JRに対してMRと呼ばれているらしく、たまたま携帯で通話中の女性が、「いま駅にいる。うん、MRの方。」と言っているのが耳に入ってきた。MRは、わたしは明日乗車する予定である。

 少し離れて両駅を見ると、こんな感じ。左がJR、右がMRである。
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 もともと伊万里駅は一つの駅で、それなりの広さの構内を持っていたものと思われる。それを、MRが分離される時に、真ん中に県道を通して、それまで線路で隔てられていた両側を、町としては最も便利なかたちに繋いだのだろう。

 時間があるので、少し歩いてみることにした。上の写真の道を手前の方に向かってみた、
 すぐのところの両側に、伊万里焼と思われる人形が立っていた。似たようなものだから、写真は一枚だけ。
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 少し行くと橋があり、その親柱にも伊万里焼と思われる大きな壺が。
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 欄干の中央にも壺。下を流れる川は伊万里川。
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 伊万里では昼食をと思っていたのだが、唐津でいただいた豆腐が思いのほか量があり、あまりお腹がすいた感じがしなかったので、駅近くのコンビニでサンドウィッチを買って、JRの小さな待合室で食べた。MRの駅の方が人がいる感じで、JRは少し負けていると思った。

 13:19発の筑肥線・唐津行きは、1時間ほど前にわたしが乗ってきた車輌が、そのまま待っていたものである。Y-DC125-7。
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 復路。金石原(かないしはら)駅。
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 往路でも写したが、肥前長野駅。この古い木造駅舎の、いつまで保つか判らないような壊れ具合を見ると、降りてみたい気持ちが非常に募るが、降りてしまうと次の唐津行きまで3時間以上なので、今回は我慢。と言っても、次に来ることがあるとも思えないのだが。
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 同じく、大川野駅。
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 13:58、山本駅で下車。
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 ここでは唐津線・佐賀行きの列車がホームの向かいに停まっていて、スムーズに乗り換えられることになっていたのだが、あえてそれには乗らずに駅に残る。往路の時に決めていたのである。
 佐賀行きのキハ47・2輌編成も行ってしまった。
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 山本駅。帰ってから調べてみると、1912年建築の駅舎だという。ドアや窓はサッシに付け替えられているが、全体の雰囲気はよく残っていると思う。
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 駅舎の中。
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 外観と、立派な駅名板。
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 再び中に入って、あちこち歩き回ったり、煙草を吸ったり。島式ホームの端の方から、駅構内の全景を見る。
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 こちらに来て思ったのだが、明日の松浦鉄道もそうだが、どんな小さな駅の回りや沿線にも、大抵人家があり、集落があった。トンネルや茂みが続くところもあるが、基本的に大体人が住んでいるところを走っているのである。
 地元の人の乗降も結構あって、北海道の列車のような、忘れられた感じの寂しさは全くなかった。昼間なのでほとんどが高齢者だったが、もう少し朝夕にかかると、たぶん高校生の利用もかなりあるのではないだろうか。

 14:37~39、唐津線・唐津行きの2輌編成と筑肥線・伊万里行きの単行とが行き違いになった。
 撮りテツというのは、こういうふうに一つところに待機して、やって来る列車を最もいいアングルで準備して狙うのだろうなと考える。わたしはただボーッとして撮っているだけだから、何かみんな似たような写真にしかならないのである。でも、まあいいか。
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 そうこうするうちに、14:58発の唐津線・佐賀行きがやって来た。この列車、キハ47の2輌編成かと思いきや、後ろにもう一両、例のY-DC125を増結して、3輌編成で入ってきたのである。こういうこともあるのだ。
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 途中の厳木(きゅうらぎ)駅。かなりの難読駅名だろう。ここには煉瓦造りの立派な給水塔が残っていた。
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 唐津線の唐津・久保田間は非電化・単線だから、途中交換待ち停車がある。この厳木駅は、駅舎もなかなかいい感じの木造駅舎である。交換した列車は、これもY-DC125とキハ47・2輌の混成列車だった。
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 久保田の一つ手前、小城(おぎ)駅もなかなかの駅舎だった。壁の看板にある「天山」というのは、このあたり小城市の地酒であるらしかった。
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 ということで、久保田駅から長崎本線に入り、15:58、終点・佐賀駅に到着。ここが、この日の宿泊地である。
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by krmtdir90 | 2013-11-15 16:25 | 鉄道の旅 | Comments(0)

九州の旅②筑肥線・唐津線 その1(2013.11.11)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 筑肥線・唐津線というのは、ちょっと複雑である。
 まず、比較的簡単な唐津線の方から。唐津線というのは西唐津・久保田間を言うのだが、すべての列車が久保田から長崎本線に入って、佐賀まで直通運転をしている。したがって、時刻表なども西唐津・佐賀間で作成されている。
 判りにくいのは筑肥線である。かつては博多と伊万里を結ぶ路線だったようだが、現在は姪浜(めいのはま)・唐津間(A)と山本・伊万里間(B)に分かれている。
 しかも運行形態としては、Aの方は、一方が福岡空港から博多を通って姪浜まで延びる福岡市地下鉄・空港線と相互乗り入れをしており、もう一方で唐津線の唐津・西唐津間にも一部の列車が直通しているので、時刻表などは福岡空港・姪浜・唐津・西唐津間をひとつながりとして作られている。
 Bの方は、西唐津・山本間の唐津線と直通して、西唐津・山本・伊万里間でひとつながりの時刻表になっている。

 昨夜は博多泊まりだったので、この日はまず地下鉄の博多駅からスタートする。8:13発の筑肥線直通・筑前前原(ちくぜんまえばる)行きに乗車。福岡空港・西唐津間は電化されており、筑前前原までは複線である。この電車は、九州のこの区間でのみ走っている303系という新しい車輌であるらしい。ロングシートだが、内装も非常にお洒落な感じだった。
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 まだ通勤時間帯でかなり混雑していたが、博多の中心部から離れていくにつれてどんどん空いていき、すぐに座れた。姪浜の手前で地上に出て、ここから先が筑肥線ということになる。
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 8:51、筑前前原駅着。8:56発の唐津行きに乗り継ぐ。これは国鉄時代の通勤形電車103系の中で、1500番台という珍しいものであるらしい。
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 しばらく行くと海沿いに出る。玄界灘(唐津湾)である。
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 9:30、途中下車。
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 虹ノ松原駅である。
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 虹ノ松原は、幅1キロ、全長5キロにわたり、唐津湾沿いに続いているのだという。駅前がすぐに鬱蒼とした松林である。
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 海に出られるかと思って正面の道を歩いて行ったが、突き当たりは松原の中を走る県道347号線で、それを渡っても、海岸に向かう道はどこにもないようだった。下調べを全くしてこなかったのだから仕方がない。もと来た道を駅に引き返す。
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 駅の向こうに見える山が鏡山と言うらしく、頂上が展望台になっていて、観光客はそこから松原の全景を眺めることになっているらしい。これは後で知ったことである。
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 一服するうちに、10:07発の西唐津行きがやってきた。
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 車窓に唐津城が見えた。
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 10:21、西唐津駅着。行き止まりの終着駅だが、右手が運輸センターになっているようで、終着駅の風情はない。
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 駅舎外観と、重厚な駅名表示板。
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 10:31発の同じ電車で、一駅引き返す。
 10:45、唐津駅着。
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 11月2~4日に「唐津くんち」というのが盛大に行われたようだが、その痕跡はどこにもない。駅前に「唐津曳山」の碑があったが、何も予習していないのでは想像のしようもない。
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 時間があるので、少し町の中を歩いてみた。正面の通りには、由緒ありそうなお寺とか、唐津焼を並べる店などが散見されたが、興味を惹かれたのは横にそれた屋根付きの商店街。その中に、確か予習したガイドブックにあった川島豆腐店というのを発見(右側)。
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 歴史ある製造直売の店らしく、豆腐料理のコースなども食べられるらしい。昼食時間には早すぎたが、見ると表にこんな看板が。
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 声をかけてみたら、脇の事務所横にあるテーブル席(テーブル2つ)に通された。試しに「ざる豆腐」100円を頼んでみた。暖かくて美味い。「厚あげ」100円も追加してみた。揚げ立てらしく、これまた美味。結構ボリュームもあって、大満足であった。
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 ゆっくりしてしまったので、少し急いで駅に戻った。

 11:24に唐津を出る伊万里行きで、筑肥線B区間を往復するつもりである。B区間は非電化単線なので、これはキハ125というコンパクトな気動車である。黄色の塗装や側面の英字がお洒落である。「Y-DC」って、「Yellow Diecel Car」の頭文字ということで、別にどうってことないんだけどね。
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 山本駅までは唐津線である。ところが、筑肥線が分岐する山本駅を過ぎても、しばらくは複線のようなかたちで2本の線路が並行していく。左がわたしの乗る筑肥線、右が唐津線。そして、ここで唐津線だけの駅に出会う。本牟田部(ほんむたべ)駅。
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 さらにしばらく行って、ようやく二つの線路が離れ始める。
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 一旦左に離れた筑肥線の線路は、すぐ右に大きくカーブを切り、ほぼ直線に進んでいく唐津線の線路を跨いで行くのである。
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 山本駅を出て、最初の筑肥線の駅は肥前久保(ひぜんくぼ)駅である。
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 次が、西相知(にしおうち)駅。今回の旅で唯一の秘境駅、ランキング139位である。
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 大川野(おおかわの)駅。
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 肥前長野(ひぜんながの)駅。ずいぶん古そうな、壊れかけた木造駅舎。降りてみたい駅だが、今回は我慢。
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 12:12、伊万里駅着。松浦鉄道との接続駅だが、ここは松浦鉄道がJRと分かれる時、駅も完全に分離したもののようだ。車止めのこちら側が改札口になっていて、しっかりと終着駅のかたちになっている。
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by krmtdir90 | 2013-11-14 23:09 | 鉄道の旅 | Comments(0)


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