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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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札沼線(2012.9.24)

 *パソコンの中で忘れてしまいそうな過去の鉄道旅の写真を整理するシリーズ・その2

 札沼(さっしょう)線は元々、札幌駅(起点は次の桑園駅)と留萌本線の石狩沼田駅を結んでいた。だから札沼線と言ったのだが、1972年に新十津川・石狩沼田間が廃止され、路線名と実態が合わない路線になってしまった。現在、JR北海道などは「学園都市線」という呼称に統一しようとしているようだ。

 路線の実態としては、札幌に近い部分と遠い部分の落差が極端になっている。札幌から北海道医療大学駅までは、札幌近郊を走る路線として運行本数も多く(ほぼ20分に1本)、2012年6月に電化されて約7割の車輌が電車に切り替えられた。ただ、わたしが乗った時はまだ気動車も残っていて、この時の札幌9:55発・石狩当別行きはキハ40形だった(写真では単行ではないようだが、何輌編成だったかは覚えていない)。
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 因みに最新(2月)の時刻表を調べてみると、札幌を出る札沼線は既に全部が電車に置き換えられていて、札幌駅でこの情景を見ることは出来なくなってしまったようだ。 

 あいの里教育大駅を出ると単線区間になる。架線を支える電柱がまだ新しい。
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 10:41、終点の石狩当別(いしかりとうべつ)駅に到着。このあたり、石狩郡当別町である。
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 ホームの向かい側に、接続する11:15発・新十津川行きのキハ40形・単行が待っている。
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 この先、札沼線は完全なローカル線になってしまい、終点の新十津川まで行く列車は一日に朝昼晩の3本しかない。これが貴重な昼の1本なのである。

 石狩当別駅の次、北海道医療大学駅で電化区間は終わり、次の石狩金沢(いしかりかなざわ)駅から廃貨車(車掌車)駅舎が3つ続く。
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 本中小屋(もとなかごや)駅。
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 中小屋(なかごや)駅。女性が3人ほど降りていった。
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 次の月ヶ岡(つきがおか)駅はログハウス駅舎だったと思うが、うまく撮れていない。
 その次の知来乙(ちらいおつ)駅。「チカン変質者に注意」って、そんなこと書いたからどうなるものでもないだろうに、こういうの目立つばかりで嫌だね。
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 石狩月形(いしかりつきがた)駅。このあたり、月形町は石狩郡ではなく樺戸(かばと)郡と言うらしい。
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 次の豊ヶ岡(とよがおか)駅は、秘境駅ランキング17位の駅である。
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 周囲は鬱蒼とした茂みに囲まれていて、ホームからちょっと離れたところに小さな木造の駅舎(待合所)があり、その先に未舗装の道がどこかに通じている。
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 次の札比内(さっぴない)駅では、女性2人が下車した。
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 このあたりからだったろうか、1輌の車内はわたしともう一人、高校生(大学生?)くらいの若い男の子のテツと2人だけになってしまった。お互い少し意識し合いながら、自由に窓を開けたり動き回ったりして楽しい時間を過ごした。

 晩生内(おそきない)駅。
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 札的(さってき)駅。
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 浦臼(うらうす)駅。樺戸郡浦臼町の駅。ここで折り返す列車が4本設定されている。1日3本になってしまうのはここから先である。
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 鶴沼(つるぬま)駅。
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 於札内(おさつない)駅。秘境駅ランキング78位である。茶色い錆の浮き出た駅名板が何とも言えない。
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 南下徳富(みなみしもとっぷ)駅も秘境駅。ランキング87位。待合所もない、ホームだけの駅である。
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 下徳富(しもとっぷ)駅。
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 12:37、終点の新十津川(しんとつかわ)駅に入っていく。ホームに、カメラをぶら下げたテツらしい若者がいる。
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 元は単なる途中駅に過ぎなかったものが、1面1線の終着駅になってしまった。
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 駅には、折り返しの列車に乗車するらしい母娘(母はフレームから外れてしまった)と、孫娘の見送りに来たらしい親爺の姿が(単なる想像だから、実際のところどうなのかは判らない)。
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 ホームの脇にコスモスが咲いていた。
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 駅舎内にあった時刻表と、駅舎の外観。
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 乗って来たキハ40形は20分後に折り返すのだが、それには乗車しない。それに乗らなければ次は19:22になってしまうのだから、それを待つこともしない。

 実は、このあたりは樺戸郡新十津川町という所だが、函館本線・滝川駅のすぐ近くなのである。石狩川とその支流の徳富川を越えて、ぐるっと回り込むような形になるが、地図で見ると3キロ余りというところだろうか。この国道451号を歩いてみる計画なのである。
 函館本線と札沼線の位置関係というのは、石狩川を挟んで東側に函館本線、西側に札沼線が北上して行くのだが、この新十津川駅と滝川駅のあたりで2つの線路は最も接近するのである。なぜ結んでしまわなかったのかという気もするが、恐らく大河・石狩川を鉄橋で越えるというのは、当時そう簡単なことではなかったのかもしれない。

 歩き始めてしばらく行くと、道路はまず新十津川橋で徳富(とっぷ)川を越える。
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 実はこの時は気付かなかったのだが、川の奥の方に写っている赤い橋のようなもの、これは廃線になった新十津川の先の札沼線の橋梁で、現在は水道施設に転用されているものらしい。今回、いろいろ調べていて判ったことである。やはり、旅の写真はちゃんと整理しなければいけない。

 さらに行くと、石狩川の手前、橋のたもとに金滴酒造という造り酒屋があった。
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 そういう銘柄は聞いたことがなかったし、こんなところで蔵元に出会うとは全く予想外のことで、普通なら絶対立ち寄ると思うのだが、なぜかこの時は寄らずに通り過ぎてしまった。たぶん、寄れば何本か買わないではいられないだろうし、買えば重い荷物になって、この先難儀するだろうと考えて自重したのではないかと思う。はたして正しい判断だったかどうか……。

 石狩川を渡る。石狩川橋。歩いて渡る人などいるとは思えない。上空をグライダーが飛んでいた。
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 函館本線の下をくぐる。通過しているのは、札幌発稚内行きの特急サロベツと思われる。
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 滝川の駅前通り。この先に駅があるのだが、人通りはほとんどない。シャッターの閉まった店も多い。カメラのデジタル記録によると、撮影は13:52である。
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 新十津川駅から1時間あまり、滝川駅に着いた。
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by krmtdir90 | 2014-01-30 21:13 | 過去の鉄道の旅 | Comments(0)

「下町ロケット」(池井戸潤)

 今年最初に読んだ本である。作者・池井戸潤は例の「半沢直樹」の原作者であるが、残念ながらテレビドラマを見る習慣が全くないので、そっちの流れから手に取った訳ではない。数年前、この作品が直木賞を受賞した時、題材が面白そうなので読もうかなと思ったが、結局読まなかった。去年の暮れに、近所の本屋で正月に読む本を探していたら、ちょうど文庫化されたところで、小さな本屋としては異例の冊数が平積みになっていた。
 下町の小さな町工場がロケットを飛ばす(ロケットの最も重要な部品を供給する)という話は、あの「下町ボブスレー」の話題と同様、訳もなく胸が騒ぎ肩入れしたくなる話なのである。まあ本としては、読む前から中身が大体想像できてしまう点が、弱みといえば弱みなのかもしれないが。

 というようなことだが、この本はそれこそ一日で一気に読んでしまった。稀代のストーリーテラーと言うのだろうか、きわめてよく出来たエンターテインメントとして、この筆力は並みのものではない。人物造形もしっかりしているし、人間関係もきっちり書き込まれている。
 主人公・佃はもちろんのことだが、周囲の登場人物一人一人が手抜きなくちゃんと描かれているので、話にふくらみがあるのだ。社員にもいろいろなのがいるし、仇役にもいろいろなのがいる。当然のことなのだが、それぞれに対する目配りがちゃんとしているから、筋立ての都合だけで動いている痩せた登場人物は一人もいないのである。娘の利菜とのやり取りなど、本筋とは直接関係ないように見えるが、佃の人物像を裏の方から補填しふくらませているのだ。
 実に読ませる。面白かったの一言である。

 前にちょっと書いたことがあったかもしれないが、この手の本で、話を面白くしようとする作者の意図のようなものが、残念ながら行間に見え隠れしてしまう例が結構あるような気がする。面白くなるように書いたんですよという、だからこれちょっと面白いでしょというような、そういうことが見えてしまったら、読者としては白けてしまうのである。この「下町ロケット」には、そういう馬鹿げた部分が微塵もないと思った。だから、安心して楽しむことが出来たのである。
 さすが直木賞、といったところか。ただ、わたしはもう若くはないから、この作者はいいと判っても、他にたくさんあるらしい面白そうな作品を、積極的に読んでみようという気にはなかなかならない。残りの暇はそんなにないと思うと、暇つぶしの読書(この作者の本をマイナスに見ているのではない。むしろ、すごくプラスの楽しみとして見ているのだが)ばかりしている余裕はもうそんなにないと思うのである。

 なお、正月用の本はあと2冊あった。1つは桜木紫乃の「凍原」、作者唯一の長編ミステリーということで、結構面白かったが、このブログでは桜木紫乃はもういいかなと。もう1つは佐藤信之「鉄道会社の経営」、これは期待したほど面白くなかった。
by krmtdir90 | 2014-01-29 14:25 | 本と映画 | Comments(0)

「昭和の犬」(姫野カオルコ)

 今期の芥川賞・直木賞が発表されて数日後、近所の本屋に行くと受賞した3冊の単行本が仲良く棚に並んでいた。どれにしますか?と聞かれているようで、ちょっと考えたが、何となく面白そうな匂いがしたこの本を購入して来た。

 一気には読まなかった。だからといって面白くなかった訳ではない。この本は、どんどん引き込まれて一気に読み終わるような本ではないような気がしたのである。面白い本だなあとは思いながら、しかし割とだらだらと(のんびりと)読んだ。
 この「面白い」は、「不思議な」とか「奇妙な」に近い。それは、この物語の表現の仕方(文体)や、テンポといったものが作り出したものだと思う。非常に特徴のある文章を書く人で、表現の思いがけない飛躍が随所に出てくる。
 文章が個性的で飛躍が多かったりすると、読者としては付いていくのが辛かったりすることもあるものだが、この作品にはそういうことは全くなかった。物語がこの書き方を望んでいると言うか、この書き方がこの物語を、ちょうどいいリアリティで読者のところに運んでくる感じがした。

 大きく括れば「女の一生もの」(半生ものか)と言っていいように思うが、掬い上げられているエピソードやその細部の拘りが、通俗的なそれとは明らかに違っているのである。普通なら詳しく描かれるようなことが描かれなかったり、一見どうでもいいように思えることが詳しく触れられたりする。バランスを欠いたように見える話の展開とか、その奇妙な感性といったものが、この物語の不思議な手触りを形成していると思った。
 物語られる事柄と物語る作者との距離感といったもの、それが結構遠くに設定されているので、読者には熱や激しさというようなものは全く伝わってこない。しかし、淡々としてはいるが決して乾いてはいないのである。こういう書き方をして成功する例というのは、普通はなかなか考えられないような気がする。

 最後がみずからの人生への肯定と周囲への感謝で終わるというのは、それを書いてみせるのは、ちょっと考えられないくらい難しいことだったのではないだろうか。この本はそれに成功した希有な例なのではないかと思った。わたしのようなへそ曲がりが素直に共感したのだから本物である。
 ページの下段に時々、小さな活字で「注」のようなものが付けられているが、最初の「注」が「パースペクティヴ 遠近法、遠近画、遠景」で、文中にこの物語を書くにあたっての作者の姿勢が率直に語られている。ちょっと抜粋しておく。

 そのころは今から見ると遠くにあり、小さい。だが、そのころまで近づくと大きい。大きくてすべてを掴めない。とくに幼稚園児や小学生にはとても。だが、今いるところまで瞬時に視点を引けば瞬時に小さくなり、掴める。ならばパースペクティヴに話そうと思う。犬、ときに猫のいる風景を。

 こんなふうに最初に宣言をして、その通りに書き切ってしまうというのはすごい才能と言うべきだろう。わたしはこの作品がこの作者の初読なので、すでにたくさん出ているらしいこの作者の他の作品がどうなっているか、ちょっと興味がある。
by krmtdir90 | 2014-01-28 16:05 | 本と映画 | Comments(0)

わたらせ渓谷鐵道(2013.1.26)

 *パソコンの中で忘れてしまいそうな過去の鉄道旅の写真を整理するシリーズ・その1

 「わ鐵」に乗りに行ったのは、ちょうど一年前である。週末の土日に桐生で高校演劇の北関東大会があって、日曜日の上演に埼玉の3校が並んだので、知り合いの顧問の高校も出ているし、ちょっと応援に行ってやろうと考えたのが始まりだった。せっかく桐生まで行くのだから、土曜日は演劇より「わ鐵」の方を楽しんで、一泊して、日曜日は3校を観てから帰るとちょうどいい時間だし、バランスも取れると思ったのである。

 朝6時過ぎに家を出て、八高線で高崎まで行き、両毛線で桐生に行くルートである。9:50、桐生駅着。改札を出て、窓口で「わたらせ渓谷鐵道一日フリーきっぷ」1800円を購入した。
 桐生駅1番線ホームに停車中の、10:36発の間藤(まとう)行き。わ89-313形、愛称「わたらせⅡ号」。「わ鐵」は、全線が非電化単線である。
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 これが運転席。
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 冬の最も寒い時季で、さすがにわたし以外に乗りテツの姿はない。

 11:03、上神梅(かみかんばい)駅で途中下車。
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 駅の柱や駅名板にコードが巻き付いているのは、乗客の減る冬場に各駅をイルミネーションで飾り、それで乗客を増やそうという涙ぐましい経営努力の表れである。
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 「わ鐵」には、国鉄・足尾線時代からの古い木造駅舎が幾つか残っているが、上神梅駅はその中でピカ一と言ってもいいものだろう。大正元年(1912年)の開業当初からの駅舎のようで、改札口は木製だし、ガラス窓やガラス戸もアルミサッシに替えられていない。わたしがテツの仲間入りをして、初めて木造駅舎の素晴らしさに触れたのがこの駅だったと思う。
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 11:35頃、「トロッコわっしー3号」間藤行きがゆっくり通過。WKT-551形という自走式トロッコ気動車で、さすがに寒いから窓がつけられていたが、乗客は10人以下。
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 次の列車まで1時間20分ほどあり、日射しはあっても陰ってしまうことも多く、周囲には人家はかなりあるが商店などは見当たらず、寒さには閉口した。渡良瀬川の方にも行ってみたが、特に何かがある訳でもなく、すぐに帰って来てしまった。
 途中の踏切から見た上神梅駅。
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 12:23発の次の列車がやって来た。わ89-314形、愛称「あかがねⅢ号」。
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 12:49、神戸(ごうど)駅で途中下車。
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 この駅は2面2線の列車交換可能な駅。乗降客もあり、ホームにはお弁当などを売っているおじさんとか人影が結構あったのだが、「わ鐵」のホームページでは駅員はいないことになっていた。このあたりのことはよく判らない。
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 向かい側(左手)のホームには、昔の東武鉄道ロマンスカーの車体を利用したレストラン「清流」というのが営業していて、もちろんそこにも人はいるのである。
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 「あかがねⅢ号」は12:59、神戸駅を発車して行った。
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 この駅も、なかなかいい感じの木造駅舎である。
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 ただ、一年前のことなのでどうしてなのか忘れてしまったが、ここでは駅舎外観の写真が2枚しかなく、しかも全景が写せていないのである。うーむ……。
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 レストラン「清流」で昼食にした。お客はわたし一人だった。確か、舞茸の天ぷら定食というのを食べたと思う。車内はシートが向かい合わせになっていて、中にテーブルを置いていたが、何というかちょっとわびしい奇妙な感じがした。

 次の列車まで1時間半あまり。ホームで煙草を吸ったり、写真を撮ったり。
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 やがて、14:37発の次の列車がやって来た。わ89-312形、愛称「あかがねⅡ号」。なお、レストラン側の2番線に停車しているのは、行き違いで先に入線していた桐生行き。終点・間藤駅で折り返して来た、さっきの「あかがねⅢ号」だった。
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 発車してすぐ、次の沢入(そうり)駅でまた交換待ち。
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 行き違ったのは、これも間藤駅で折り返して来た「トロッコわっしー4号」大間々(おおまま)行き。乗客がいたかどうかは見ていない。 
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 15:13、終点・間藤(まとう)駅に到着。
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 この駅は、あの宮脇俊三氏が、国鉄全線乗りつぶしの「時刻表2万キロ」の旅で最後に訪れた駅である。現在は無人駅だが、待合室にそのことを示すささやかな展示があった。
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 このあたりは「旧・足尾銅山のまち」であるが、そうした産業遺産について何の事前勉強もしていないのだから、車窓にそれらしい建造物などが見えてきても、「ふーん、そうなのか」程度の感想しか持つことが出来なかった。この車止めの先に、足尾銅山の一番奥になる足尾本山(あしおもとやま)駅というのがあったようだが、「わ鐵」開業時に廃止されたらしい。
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 先ほど乗って来た「あかがねⅡ号」が、そのまま折り返しの15:39発・桐生行きになる。
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 間藤から二駅・通洞(つうどう)駅で15:47、途中下車。
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 この駅は「足尾銅山観光」の起点となる駅だが、季節外れで時間も遅く、無人駅なので人影は全くなかった。
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 なかなか趣のある駅だが、如何せんとにかく寒い。ここも駅前に商店などはなく、藁にもすがる気分で駅前の道を下りて行くと、観光案内所があった。
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 こんな時季は開店休業状態なのかもしれなかったが、中に男の人が一人机に向かっていたので、「観光」ではなく「わ鐵」の駅を回っているだけなのだが、寒くて仕方がないので次の列車まで休憩させてほしいと頼むと、嫌な顔一つしないで止めてあった石油ストーブに点火してくれた。とにかく、何とか救われたのです。

 しかし、実はこのあと懲りずに、通洞駅16:39発の下り間藤行きで一駅戻り、16:42に足尾(あしお)駅でもう一回途中下車した。
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 見るとこれが、最初に桐生駅から乗ったわ89-313形「わたらせⅡ号」。つまり、312・313・314の3輌が行ったり来たりすることで運行ダイヤが組まれているようだ。
 説明するのが遅れたが、この「わ89形」というのは、ドアがバスと同じような二つ折り構造になっているのが珍しいと思った。

 さて、足尾駅。2面2線の交換可能駅だが、跨線橋はなく構内踏切を渡って行く。
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 上の写真の左手・駅舎側のホームの先端に、煉瓦作りの旧ランプ小屋(危険品庫)が残っていた。
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 この駅、改札口は鉄パイプになっていたが、全体としてはやはり非常にいい雰囲気の残る木造駅舎だった。
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 あたりが薄暗くなってきた。
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 反対側には、廃車となった気動車が2輌置かれていた。ただし、この時はそういうものにはあまり興味がなく、これ以上近寄って見たりはしていない。
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 イルミネーションが光り始めている。

 足尾駅17:18発の列車に乗車。途中、各駅に飾られたイルミネーションを楽しみながら桐生に戻った。桐生駅18:40着。
 最後の写真は神戸駅。レストラン「清流」側のイルミネーション(の一部)。
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by krmtdir90 | 2014-01-23 21:59 | 過去の鉄道の旅 | Comments(2)

雪国?へ③北陸本線(2014.1.10)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 雪国の旅・2日目は、長岡から信越本線で直江津まで行き、直江津から米原まで、北陸本線の全区間を乗り通そうという計画である。直江津・敦賀間が初めて乗る区間になる。米原からは新幹線で帰ればいい。
 この日から冬型の気圧配置になり、強い寒気が流れ込んで日本海側は雪の予報になっていたのである。だが、結論から言うと、雪に関しては全く期待外れの結果に終わってしまった。途中、青空が覗いて日射しのある時間帯もあり、またほとんど雪景色ではない区間も多かったのである。普通なら悪い予報がいい方に外れれば喜ばしいことだが、今回は雪を期待して来たのだから、人間とは何ともワガママなものである。

 朝の長岡駅。雪がちらついているが、この時期はまだ積もる感じではないのかもしれない。
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 8:06発の信越本線・直江津行きが入線してきた。長野色の115系電車である。
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 時間的にまだ高校生の姿もあり、通勤客も結構乗降する。それらが一段落して、柏崎を過ぎると海岸線に出る。日本海は波が荒いが、雪はほとんど降っていない。
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 9:31、直江津駅着。乗り換えである。
 少し時間があるので、外に出てきた。雪は降っていない。
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 ホームには、9:46発の富山行きが停まっている。直江津駅はJR東日本の駅だが、JR西日本との境界駅になっていて、北陸本線はJR西日本なのである。また、北陸本線は全線が複線で電化されているが、直流区間と交流区間が混在しているので、この電車は413系と呼ばれる交直流電車らしい。どうもこのあたりのことはよく判らない。
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 発車して間もなく、雲の切れ間から青空が覗き、日が差してきた。変わりやすい空模様ということなのかもしれない。
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 この先、新潟と富山の県境あたりまで、親不知(おやしらず)に代表される険しい地形が続き、長いトンネルの連続になる。トンネルとトンネルの間に駅があり、すぐ先に荒れる日本海が見えたりする。

 有間川(ありまがわ)駅。
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 名立(なだち)駅。ホームの向こうに見えているのは北陸自動車道である。
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 北陸道のこのあたりは一度だけ車で走ったことがあるが、やはりトンネルの連続で、よくこんなところに高速を通したなと思えるような、険しい地形が実感されるところだった。

 名立駅を出た後、列車は長い頸城(くびき)トンネルというのに入るが、とうとうそのトンネルの中にあるホームに停車した。筒石(つついし)駅。帰って調べてみたら、地上の駅と280段ほどの階段で繋がっているらしい。残念ながら、写真はないのだが。

 浦本(うらもと)駅。ホームの向こう、中央の低い屋根が駅舎のようだった。
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 しばらくすると北陸新幹線の高架が並んできて、10:26、糸魚川(いといがわ)駅着。10分ほど停車時間があったが、この日はあまり積極的に歩き回る気にならず、新幹線関係の新駅の写真などはない。すぐ先に大糸線のディーゼルカーが停車していたので、それだけ撮って終わり。
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 なんか、ずいぶん青空が広がってきて、雪国が期待外れだったのと、今朝から鼻水が出て仕方がないので、どうもあまりやる気が出てこないのだ。
 今年の夏には、大糸線に乗りに来よう。

 糸魚川駅を出て少し行くと、またトンネルが続く。幾つ目かのトンネルを出て、親不知(おやしらず)駅の手前の景色。
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 そもそも線路が海岸線ぎりぎりに敷かれているので、スペースが取れずに道路は海側にはみ出してしまったということか。手前が国道8号線、その向こうの上になっているのが北陸自動車道である。

 最後のトンネルを出て、市振(いちぶり)駅が新潟県最後の駅になる。ここには煉瓦作りの危険品庫(ランプ小屋)が残っていた。左奥が駅舎だが、駅前はすぐに急峻な崖になっていて、これでは冬場は全く日が差さないのではなかろうか。
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 雪雲などどこに行ってしまったのかという感じで、日本海も波もなく、何とものどかである。
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 富山県にはいると、雪景色そのものがほとんどなくなってしまった。

 黒部駅。外から来る人間にとっては、黒部と言うなら冬には雪があってほしい印象があるではないか。しかし、山間部は別にして、北陸本線が走る富山平野は案外こんなものなのかもしれない。
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 11:50、富山駅着。ここも北陸新幹線を待っている駅である。
 乗り換え時間を利用して、ここで帰りの新幹線のきっぷを取るつもりだったが、みどりの窓口がある正面口へは、工事中の新幹線の高架下通路をずいぶん歩かなければならないのである。まあ、歩いたけれど。
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 せっかくだから外に出てみた。右奥が新しい富山駅になるのだろう。新幹線とともに、没個性的な画一的な駅になってしまうのだろう。
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 富山駅12:19発の金沢行き。
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 直江津から乗ってきた電車と違わないように見えるが、最近ついでに撮すようにしている側面などの車輌記号が、直江津からのは「クハ412」だったので「413系」としたのだが、この金沢行きは「クハ455」なので、「JR普通列車年鑑」によれば「475系」に分類されるのである。まあ、どちらでもいいのだけれど、するとこの左手にたまたま停まっていたのはどっちだったのだろうと、つまらないことが気になるのである。

 さて、富山を出て、次の呉羽(くれは)駅。向こうに北陸新幹線の高架が見えている。雪なんて影も形もない。だが、左奥に停まっているのは除雪車のような気もするのだが。
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 ところが、高岡駅を出るあたりから雲行きが変わってきたのである。空は次第に黒い雲に覆われてきて、とうとう雪がちらつき始め、周囲も次第に雪景色に変わり始めたのである。富山県最後の石動(いするぎ)駅を出て、県境の倶利伽羅(くりから)峠をトンネルで抜けて、石川県最初の駅・倶利伽羅駅に停車する頃には、こんな感じに。
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 このあと、金沢駅の前後はやはり都市部だからたいした雪ではなかったが、石川県内は基本的にかなり期待に応えてくれたと思う。富山県の裏切り?を思えば、石川・福井の両県は非常によくやってくれたのではないだろうか。

 ということで、北陸新幹線の当面の終着駅となる金沢駅である。期待の大きさが形になって表れていた。長岡と違って、地下から各方面の道路に出るかたちになっているらしい。時間があまりなかったから地下には行かなかったが、地上の建造物は「なんじゃこりゃー」という感じのスケールだった。
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 この最後の写真の小さな女の子、母親とあたりをウロウロしていたのだが、シャッターを切ろうとしたちょうどその時、まるで演出したかのようにフレームのセンターに駆け出してくれた。これ、ちょっといい写真じゃないですかね。

 金沢では駅そばを食べた。
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 天ぷらそばを頼んだのだが、ここの天ぷらはよくあるようなかき揚げではなく、円盤状の衣の中にそれなりの大きさの海老が一匹入っているというもので、看板の右側の写真がそれなのだが、こういうのは初めてだったので、つゆもびっくりするくらい熱々だったし、いたく満足した。

 反対側の出口に行ってみたら、さっきはぱらつく程度だった雪が、一気に激しさを増していた。
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 金沢駅14:05発、福井行き。新しい交直流電車521系の2輌編成で、転換クロスシートだが座席は完全に埋まっている。
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 小松駅の一つ手前、明峰(めいほう)駅。
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 どこで記憶に残ったのか判らないが、確か小松明峰高校というのがあったなと不意に思い出して、ホームの向こうに学校が見えたので、それかなと思ってシャッターを切ったのだが、帰って調べてみると、明峰高校は離れたところにあって、これは中学校だったのです。

 あと、写真はないのだが、細呂木(ほそろぎ)という駅の少し手前で下り列車とすれ違った。あっという間だったので確認は出来なかったが、色から見てトワイライトエクスプレスに違いないと思った。後で調べてみると、曜日も時間もぴったり合っていたので、ああそうだったんだと。だから何だと言われそうだが、トワイライトエクスプレス、早く乗らなくちゃな、と。
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 福井駅の一つ手前、森田駅。雲の切れ目もあり、太陽もあるのだが、雪は降っている。
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 福井駅、15:30着。
 北陸新幹線は、当面この駅までは来ない。しかし、金沢からこっちも工事は始まっていて、いま福井駅前はここまで出来ている。しかし、金沢駅などの盛り上がりを見た後では、どことなく悲哀のようなものを感じてしまうのだが。
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 福井駅15:45発、敦賀行きに乗車。同じく521系2輌編成。高校生の下校時間帯に入ってきたので、座れない乗客もいる。

 敦賀駅、16:37着。
 この駅には、古い給水塔と転車台が残っている。
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 一応、外にも出てみたが、駅と駅前が工事中で、駅舎は仮のものらしく、ここに掲載はしない。

 さっきの列車がそのまま、17:00発の近江今津(おうみいまづ)行きになるので、再び乗車する。ここからは細かい乗り継ぎになる。
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 敦賀駅を出ると、北陸本線の上り線は鳩原(はつはら)ループと呼ばれるループ線を経由する。去年の3月にこちらに来た時には、通った時間が早かったからか、車内放送で案内してくれたのだが、今回は通勤通学時間帯だから案内はなかった。しかし、前回説明を聞いていたので、実は前回はよく理解できなかった位置関係が今回は理解できたように思う。

 17:16、近江塩津(おうみしおつ)駅で途中下車。17:31発の長浜行きに乗り継ぐ。少し時間があるので、かなり暗くなっているが外に出てみることにする。
 三脚がないのでどうしてもぶれてしまう。
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 この駅は北陸本線と湖西線の分岐駅なのだが、元々無人駅なのか営業時間外なのか判らないが、とにかく駅員の姿はない。
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 線路の方が高くなっていて、地下道を通ってホームに行くようになっている。
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 長浜行きの電車がやって来た。
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 今回の旅、写真はここまででおしまい。以下、時程だけ記しておく。17:55、長浜駅着。18:00、長浜始発の播州赤穂行きに乗り継ぐ。18:10、米原駅で途中下車。これで北陸本線完乗となった。感想……北陸本線はやはりローカル線ではない。
 米原は雨が降っていた。

 米原駅18:55発の新幹線・ひかり532号で帰路についた。20:51、新横浜駅着。 
by krmtdir90 | 2014-01-13 22:18 | 鉄道の旅 | Comments(4)

雪国へ②飯山線・その2(2014.1.9)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 飯山線・越後川口行きのキハ110系2輌編成は、定刻の13:24に飯山駅を発車した。
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 降りしきる雪の中を走ってきたので、窓ガラスの外にはみぞれ交じりの水滴がつき、曇りを拭っても撮影には最悪のコンディションである。まあ、仕方がない。

 13:35、戸狩野沢温泉(とがりのざわおんせん)駅に到着。5分ほど停車する。
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 入れ替わるように、13:35発の長野行きが発車して行った。
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 側線には除雪車が停まっていた。
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 千曲川を挟んで、対岸を走る道路は国道117号線。雪が激しく、視界は霞んでいる。
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 後部運転席横から撮ってみたが、こちらの方は水滴があまり飛ばされないようで、まだらに写り込んでしまうようだ。
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 側面ガラスの水滴は列車の走行で飛ばされるので、うまく水滴の隙間を使えば、座席から撮った方がいいように思える。上桑名川(かみくわながわ)駅。
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 桑名川(くわながわ)駅にも除雪車が停まっていた。
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 次の西大滝(にしおおたき)駅で、5人ほど降りていった。家まで歩くのだろうか。駅まで車の出迎えが可能なら、その車で目的地まで行ってしまうだろうから、車が使えず飯山線に頼るしかない人は確実にいるのだろう。それにしても、大変そうだ。
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 信濃白鳥(しなのしらとり)駅。ずいぶん雪が深い。
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 平滝(ひらたき)駅。
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 森宮野原(もりみやのはら)駅。ここには、昭和20年に日本の鉄道史上最高の積雪7.85メートルを記録したという標柱が立っている。ちょっと信じられない数字で、そんなに積もったら、恐らくこの標柱も埋まってしまうのではないだろうか。
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 また、この駅は栄(さかえ)村の玄関口の駅である。栄村は、あの東日本大震災の翌日(2011.3.12)に震度6強の直下型地震に見舞われ(長野県北部地震)、大震災の陰に隠れてしまったが、大きな被害を受けたところなのである。村のホームページなどを見ると、いまはもう復興も終わり、普段の生活が取り戻されたようだが、こんな雪深いところではさぞ苦労も多かっただろうと想像された。

 森宮野原駅を出ると、間もなく列車は長野から新潟への県境を越える。
 新潟に入って、これは4つ目の駅。越後鹿渡(えちごしかわたり)駅。民家の玄関のような引き戸が面白い。
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 千曲川は、県境を越えると信濃川と名前を変える。信濃の国を出てから信濃を名乗るのは、何となく不思議な気がする。
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 この写真は、ずっと川沿いを走ってきた飯山線が、唯一川を渡る信濃川橋梁で撮影したもの。これまでずっと進行方向右側にあったものが、ここで左側に移るのである。

 越後田沢(えちごたざわ)駅。
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 雪はずっと降り続いている。
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 この辺りで見かける民家のうち、比較的新しいものはこういう作りになっているものが多い。これから2月3月と積雪が増えていくと、このコンクリートの部分はすっかり雪に埋もれてしまうのだろう。
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 14:57、十日町(とおかまち)駅に到着。20分以上の停車時間がある。外に出てみることにした。
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 雪が降ろうがどうだろうが、このあたりでは当然のことながら普通に生活が営まれている。町は普段と全く変わらないように見える。いろいろなことが、そういうものに自然に対応できるようになっているのだろう。
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 駅舎側のホームから、わたしが乗る列車が停車中の島式ホームを見る。中央に頭だけ写っているのが、わたしの乗っている列車。左側に写っている1輌は、ずっとそこに停車したままだった。十日町・越後川口間で区間運用されている車輌だろうか。
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 十日町駅は、北越急行ほくほく線の接続駅である。跨線橋を右手に行ったところに乗り換え口がある。

 跨線橋の上から、停車中の1輌の向こうに北越急行の、新幹線を思わせる高架を望む。
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 北越急行ほくほく線は、上越線・六日町(むいかまち)駅と信越本線・犀潟(さいがた)駅とを結ぶ短絡線として、1997年に第三セクターとして開通した路線である。在来線最速の160キロで走る特急「はくたか」が、上越線と信越本線に乗り入れて、上越新幹線・越後湯沢駅と北陸本線・直江津駅を結んでいて、現在は東京から北陸方面に向かう際の主要ルートになっている。但し、北陸新幹線開業後は、その役割を終えることが決まっている路線でもある。

 ホームで発車を待つ。左端に喫煙所の灰皿が写っているが、そこで一服のついでに撮影。
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 15:19、十日町駅を発車。

 15:47,終点・越後川口駅に到着。
 線路の部分に雪がないが、小さなスプリンクラーが回りながら散水していて、雪を溶かしているのである。なるほど。
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 少々時間があるので、外に出てみることにする。ホームが一段高い位置関係になっていて、階段を下りて線路の下をくぐると駅舎になる。
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 正面の道のセンターラインにも、小さな水の吹き出し口が一定間隔でついていて、雪を溶かすようになっている。
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 再び中に戻り、今度は向かいの上越線のホームに上がる。わたしの乗って来た飯山線の列車は、そのまま停車している。
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 やがて、15:56発の十日町行きとなって、雪の中に出ていった。
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 ホームには、ガラスで完全に囲まれ暖房の効いた待合所があるので、そこで列車の到着を待った。
 16:10発の長岡行きが入ってきた。
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 上越線は複線で電化されているから、これは新潟色の115系電車。16:32、長岡駅に到着。今夜はここで一泊する。
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 長岡駅の改札は2階にあり、そのままスカイデッキという通路が、駅前ロータリーに降りることなく、その先の各道路の屋根付き歩道に通じるようになっていて、寒いのは仕方がないが、傘を使わなくても目的地に行けるようになっている。さすが雪国である。
 撮影もスカイデッキからガラス越しに。
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by krmtdir90 | 2014-01-12 16:29 | 鉄道の旅 | Comments(2)

雪国へ①飯山線・その1(2014.1.9)

 18きっぷを3回分無駄にするのはいかにも惜しい。という気持ちがむらむらと湧いてきて(やっぱり根が貧乏性なのか?)、急遽前の晩に宿をを押さえ、1泊2日の旅に出てきた。結局1回分は無駄にしたが、十分おつりがくる距離を乗ったと思う。

 早朝、5時半前に家を出た。夜来の雨がつい今しがた止んだという感じで、それほど寒さは感じなかったが、路面はすっかり濡れたままだ。
 西八王子駅5:37発の大月行き、大月駅6:23発の甲府行きと乗り継いでいく。笹子トンネルを出るあたりから、ようやくあたりの景色が見えるようになってきた。甲府盆地は霧に沈んでいた。高校生や通勤客が乗ってきては降りていく。

 甲府駅7:25発の松本行き。長野色に塗られた115系電車の3輌編成。
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 小淵沢駅で山梨県が終わり、次の信濃境駅から長野県にはいる。そのあたりから、窓の外は雪景色に変わり始めた。前夜の雨が、長野では雪だったようだ。

 松本駅9:37発の長野行き。長野色に準じた塗装のE127系電車で、今度は2輌編成。座席がちょうど埋まる感じである。
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 何度も通るうちに、篠ノ井線・姨捨駅のスイッチバックがどういう構造になっているかは、ようやく覚えられたと思う。そして、姨捨駅の上りホーム越しに見る善光寺平の展望。
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 時刻表では11:10、実際は8分程度の遅れで長野駅に着いた。

 今回の旅のテーマは「雪」である。降りしきる雪の中を行く路線を選んでみた。一日目は飯山線。名高い豪雪地帯を走る路線である。
 飯山線は、信越本線の豊野(とよの)駅と上越線の越後川口駅を結んでいるが、豊野側は全ての列車が長野駅発着となっている。ということで、長野駅4番線ホームに停車中の、11:35発・戸狩野沢温泉(とがりのざわおんせん)行きのキハ110系2輌編成。飯山線は、全区間が非電化単線のローカル線である。
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 この車輌は窓が開かないし、飯山線は初めて乗る路線なので、今回、基本はのんびり行こうと思っていた。が、しかし。たまたま(?)2輌目の最後部のボックスに座ってしまったので、ちょっと立って行けば、無人の運転席横から後部の景色が見られるのである。さらに、たまたま後ろのロングシート部には乗客がいないし、たまたまこの列車は運転席横に囲いがされておらず、後部貫通扉のガラス窓までフリーに行けるのである。

 というわけで、豊野駅から飯山線に入り、2つ目の駅・立ヶ花(たてがはな)駅。雪が降り始めている。
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 道路を隔てた左の流れが(列車の進行方向を向けば右になるが)千曲川である。飯山線はほとんどの区間、この流れに沿って進んで行く。

 上今井(かみいまい)駅。
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 次の替佐(かえさ)駅は、1面2線の交換可能駅。
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 長野行き2輌編成と行き違いになった。
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 千曲川沿いに、人家の途切れたかなり険しいところも通って行く。雪が本格的な降り方になってきた。
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 再び人家が見えてきて、蓮(はちす)駅。
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 路線名になっている飯山駅で途中下車。
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 終点まで行くかここで降りるか迷ったのだけれど、やはりここで降りて正解。
 列車が行ってしまった反対側を見ると、2015年春に開業予定の北陸新幹線・飯山駅の姿が。
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 ホームには七福の鐘というのがあって、由緒らしきものを書いた看板が立っていたが、雪も降っていたし、こういうのはあまり興味がないので読まなかった。
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 飯山駅。1面2線のようだが、雪で側線などが残っているかどうかは判らない。跨線橋はなく、駅舎との間は構内踏切で繋がっているだけ。雪除けなどはない。
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 有人駅でキオスクもあるのだが、市の玄関駅としては信じられないくらいこぢんまりとした駅である。だが、新幹線が開業すると、どうやらそちらの駅に統合されて、この駅舎はお払い箱になるらしいので、何とも言えない気分になる。
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 これが駅舎外観。いい駅ではないか。
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 駅名板。
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 右手に観光案内所があり、中にはちゃんと女の人がいた。
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 外には無料貸し出し用雨傘というのが置いてあり、この雪では散策する気にはなれなかったが、せっかくだから一本借りて、近くの蕎麦屋に行って昼食にした。残念ながら、蕎麦はそれほどではなかった。
 それと、傘は舞ってくる雪にはあまり役に立たなかった。でも、この傘は、置いてある気持ちが嬉しい傘だったから、それでいいのだ。
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 再び駅に戻って、駅舎の方からホームを見る。利用する人もいる。
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 構内踏切。
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 構内踏切の途中から。
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 13:24発の越後川口行きが入ってきた。
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 飯山市とその周辺の町にとって、新幹線の開通と新飯山駅の開業は、待ちに待った出来事ということになるのだろう。高速道路はあったにしても、鉄道は全く不便なところと言うしかなく、その飯山線がなくなるという話は聞かないから、これをきっかけに沿線に光が当たるようになるなら、それはそれできっといいことには違いない。
 しかし、引き換えに失われるものもないはずはないし、新幹線がやってくる前のいまのうちに、飯山線沿線には足を運んでおきたいと強く感じたのである。

 もっとも、「鉄道ピクトリアル」で対談していた藻谷浩介氏なら、飯山市にとって最大のこのチャンスに、高速道路では出来なかった、新幹線と飯山線を生かした地域振興策を、きっとプランニングしてくれると思うのだが……。
by krmtdir90 | 2014-01-11 21:56 | 鉄道の旅 | Comments(0)

近況と、ちょっと読書

 本当なら昨日(6日)あたり出発したいと思っていたのだが、きょうもまだ家でくすぶっている。風邪は治ったような気もするが、一方で、どことなく体調はまだ完全ではないという気もするのである。
 もう若くはないと思うと、このあたりの微妙な感じはかなり重要である。暖かい季節なら出掛けてしまったかもしれないが、寒いし、少しでもためらう気分があると気持ちは盛り上がってこない。これが仕事であれば、何としても気持ちを奮い立たせて出勤するしかないのだが、わたしの旅は義務でするのではない。

 新年になって、昨日がようやく「散歩始め」になった。10638歩だった。きょうはまた、ちょっとサボってしまった。しばらく散歩もしていないのに、いきなり旅に出るのは無謀な感じがするではないか。年を取ったら、やはり無謀はいけない。
 昨年の正月には、初めて市内の七福神巡りというのをしたのだが、散歩の距離としてはちょうど手頃なので、今年もやるつもりでいたが結局出来なかった。きょうは七草である。
 だが、こんなふうにまごまごしていると、いろいろなことは悪い方に転がり始めるようで、どうも明日・明後日は全国的に雨模様の予報になってしまった。今回の18きっぷは、いままで幾ら分使ったか計算していないが、無駄になるならそれはそれで仕方がない。ノルマみたいに消化するのは楽しくないし、わくわくしないのに出発する気にはならない。

 ところで。
 昨年あたりから鉄道関係の雑誌をよく買うようになった。気をつけて見るようになると、ずいぶんいろいろなのが出ていて、違いなどはよく判らないから、面白そうな特集が組んであるのを購入するのだが、結構たまってきたのをきょうはパラパラ見返していた。
 すると、ブルートレイン特集に惹かれて購入した「鉄道ピクトリアル」の昨年1月号に、「里山資本主義」の藻谷浩介氏のインタビュー記事が載っているのを発見した。確か著者略歴に、日本中の全ての市町村を回って地域の問題を把握しているという記述があったような気がするが、当然のことながら、日本中の鉄道にも乗ってその問題をしっかり把握しているということのようだった。

 ベストセラーになったという著書「デフレの正体」をもじって、「鉄道の正体-まずは正しい事実認識を」というのがそのタイトルで、聞き手の宇都宮浄人という人がどういう人なのか知らないが、8ページに渡るかなり読み応えのあるインタビューだった。
 何より、赤字路線ということで廃止された地方の鉄道について、廃止と引き替えに建設された高速道路などが、地域の繁栄に殆ど結びついていないという現状や、すでにある鉄道をより発展させていく方向を選べば、新しく道路を作ってそれを維持管理していく費用より、実はずっと安上がりなのだという指摘は、もっともっと声を大にして発信してほしいと思った。

 発言の一部を書き抜いておく。
 みんな鉄道の収支というものがわかっていない。赤字っていうときの絶対額を知らない。変な市民ホールを維持する金額の方が高い。それから、道路を維持管理する費用と鉄道を維持管理することをきちんと比較してほしい。案外鉄道は維持費が安いです。しかも道路は面積比例でコストがかかる。4車線あったら、除雪も舗装のやり直しもかなりかかるんですよ。ところが世の中は、道路はタダだと思っている。ローカル線なんか、列車の本数が少ないから線路の摩耗も少ない。それを廃止したら、一から作り直すなんてできない。基本的な計算ができていないのです。

 本当はどちらがコストがかかるのか、本当はどちらが地域の振興につながるのか。何となく時代の空気に乗せられて、事実をきちんと認識しないまま流されていく、ホントに何とかしないとこの国、どうにもならなくなってしまう気がする。原発もそうだけれど、鉄道もそうなんだ。
by krmtdir90 | 2014-01-07 23:15 | 鉄道の旅 | Comments(0)

「里山資本主義」(藻谷浩介・NHK広島取材班)

 昨年中に読んだ本のうち、2冊について記録しておく。
 この本は新書であるが、結構読み応えがあった。同じ新書サイズでも、1ページあたりの行数に違いがあり、例の天野祐吉の本は14行、こちらは16行でページ数も多いから、読了するのに倍くらいの時間がかかった。値段の差は40円ほどなので、内容を別にすれば、本としてのお得感はこの本の方がずっと上である。
 もちろん内容がすべてなのだから、こういう比較はナンセンスと言うものだが、分量的に若干少ないという場合などには、新書というのは、ある程度の厚さを出してそれに見合った値段にするということが、出版社の販売戦略として行われているようだ。と、ここまでは前置き。

 さて、この本であるが、東日本大震災の年の夏ごろから、NHK広島が中国地方限定で放映した「里山資本主義」というタイトルのドキュメンタリーシリーズがあったようなのだが、その内容と問題意識を、番組のチーフプロデューサー・井上恭介、ディレクター・夜久恭裕、それに番組の進行役を務めた地域エコノミスト・藻谷浩介の3氏が、執筆分担をしてまとめたものらしい。
 わたしはもちろん、そのドキュメンタリー番組を見る機会はなかったのだが、それはこの本を読むにあたって特に障害になるものではなかった。活字だけで十分説得力のある主張が展開されており、それは3.11以降の復興や日本の進む道についての、非常に示唆に富んだ方向性を指し示していると思った。

 「里山資本主義」というのは、プロデューサー・井上恭介氏の造語であるらしく、現代の「世界中の人がグローバルなマネーの恩恵にすがるしかない仕組みは、やはりおかしい」という実感から出発し、「『鉄やコンクリートといった硬くて強いもの』を好む20世紀型の『マッチョな経済』」を表している「マネー資本主義」からの訣別というか、「大きな価値観の転換」に向けての具体的な問題提起の言葉である。
 番組の中で紹介されたものと思われる、中国地方の山間部の街や、オーストリアでは政府主導で取り組まれている、ペレットを利用したエネルギー転換の話を始めとして、様々な実践例を踏まえた具体的な報告と提言がなされていて、それはなかなか説得力があり、なるほどなと納得させられるものが少なくなかった。

 わたしはすでに現役を引退した人間だし、いわば経済とは無縁と言っていいところで生きてきた者だから、どうしてもすべてが印象批評に流れてしまうのを如何ともし難いが、現在の政権になってから一段と世の中を席巻しているように感じられる「マネー資本主義」の危うさというか、そのからくりを明快に指摘してくれている、藻谷氏による「最終総括」は非常に説得力があると思った。
 3.11と福島の原発事故を経験した日本が、そこからどういう方向に進んで行くべきなのか。この間の経過を見ていて、いま一番必要なのは、こういう大きな視点に立った価値観の転換だろうと思うのである。

 現在のデフレ脱却論の問題点については、氏には別の著書があるようであまり深入りはしていないが、「インフレになれば政府はさらなる借金の雪だるま状態になる」とか、今回の震災を踏まえた「天災は『マネー資本主義』を機能停止させる」といった指摘、さらに「マネー資本主義」が政治や社会の中に「刹那的行動」を蔓延させているというような主張は、深く首肯させられる的確な総括になっていると思った。
 この本は、こうした現状認識に対置される「里山資本主義」が、少子化を食い止め高齢化社会を持続的に安定化させる切り札になると言っている。こう要約してしまえば、そんなことは誰でも言える夢物語だと決めつけられてしまいそうである。しかし、あとは個々の読者の受け止めの問題であるから、とりあえず、わたしは共感するところが大であったとだけ記して終わりにしておく。

付記 「少子高齢化社会」という言い方について、少子化というものと高齢化というものとは問題が全く異なるのだから、分けて考えなければおかしいう指摘は、まさにその通りといたく共感した。
by krmtdir90 | 2014-01-04 17:51 | 本と映画 | Comments(2)

「福島第一原発観光地化計画」(東浩紀・編)

 この本はB5判の、カラフルな厚手のカタログのような本である。中身は大部分カラー印刷、写真や図版も多く、執筆者も多岐に渡っていて、その全体で「福島第一原発観光地化計画」の全貌を浮かび上がらせる作りになっている。大判の本だが、活字は基本的に小さく、かなり読み応えのある内容になっていた。
 それにしてもセンセーショナルなタイトルである。多数出版されている「福島原発本」の中でも、ひときわ異彩を放って書店に並んでいた。わたしもそのタイトルに惹かれて思わず手に取った口だが、中身は大胆ではあるが、きわめて真面目な提案の書である。

 福島原発の事故はいまも収束していないどころか、日々新たな問題が発生して、この先どうなるか予想できないような状況が続いている。一方で、この新たな問題の発生に対するマスコミの報道は小さくなるばかりで、現在の政権が推し進める原発の再稼働や原発の海外輸出の問題なども、扱いは総じて小さく、事実限定の報道に偏して問題提起は少ないように感じる。
 こうした中、この「福島第一原発観光地化計画」は事故から4半世紀の25年後、2036年を想定して、その時事故の収束状況はどのようになっているかをシミュレーションし、その上で、事故と事故の教訓を忘れないようにするために、いまから何をすべきなのかを、実現可能な一つの具体的計画として、構築して見せたものなのである。

 子細に検討すれば、そんな簡単なものではないという決めつけは簡単かもしれないし、いまはまだそんな計画を云々する時期ではないという批判も出てくるかもしれない。しかし、最初の方の文章に語られている、風化に抵抗する必要の緊急度は、最近ではわれわれが思うよりも遙かに速いスピードで、高くなっているのではないかと感じられる。
 仮に、それが大風呂敷であってもいいのではないか。これが大風呂敷だとは全く思わないが、こうしたスケールでの具体的提案が、いまほど必要な時はないのではないかと感じる。先が見通せなくなっているからこそ、先をイメージしようとする想像力と構想力が必要なのである。

 この計画が、事故から25年後の2036年を具体的にセッティングをしたからこそ、降って湧いたような東京五輪の2020年を、目標に向かう一つの節目の年として、いち早く位置づけることができたのだと思う。五輪招致の成功に舞い上がるばかりの現在を見ていると、福島の2020年をどう考えるかということの方が、この国にとって何倍も重要な課題なのは自明のことだと思われるのである。
 国が福島の未来についてのイメージを作れないところで、五輪だけ切り離したバラ色の計画などありえないし、あってはならないのである。五輪招致よりも前に策定されたらしいこの大風呂敷が、この点を鮮やかに突いてしまったことは、痛快と言うしかない。
 マスコミなどがこの視点に気付かないふりをしているように見えるのは、全くどうかしているし、堕落しているのではないかとしか言いようがない。

 さて、この計画の根幹をなしている主張は、きわめて真っ当なものと言わなければならない。福島を風化させることなく後世に伝えていくためには、周到に準備された戦略というものが必要であり、「観光地化」というのはそれを集約的に表したキーワード になっているのである。
 どんな立派な教訓や遺構や記念館であっても、そこを訪れる人がなければ意味がないというのは真理である。だから、人がそこに行ってみたいと思うような仕掛けを積極的に作らなければならないし、そうすることが、あれだけの事故を経験してしまった日本人の責務ではないのかと言っているように思う。

 だとすれば、2020年に五輪を見にやって来る外国人を、様々な観光地に呼び込むのと同じように、その時点で公開可能な福島に呼び込む計画がなければ片手落ちだし、東京と福島は、本書でも指摘されていたが、「250キロも離れている」(物議を醸した五輪招致委員の発言)なのか、「250キロしか離れていない」なのか、日本人すべてが問われていると言っていいのだろう。
 五輪にやってきた外国人向けに、事故から9年で福島原発がどうなっているか(もうここまで収束している?)を確かめてもらうツアーがあっておかしくないし、そういうものがある方がずっと自然なのではないだろうか。そういうニーズは必ずあるし、それに応える準備をするのが本当の「おもてなし」というものなのではないだろうか。

 ともあれ、どのページを開いても、様々なアイディアと示唆に富んでいる本である。
 一カ所だけ、ちょっと悲しかったことがある。一番最初のページに、見開きで2011年と2036年の比較予想をした2つの日本地図が載っていたのだが、薄く印刷された鉄道網の線が、2036年の方では新幹線が札幌まで達しているのと引き替えに、函館・小樽間の函館本線がすっかり消えてしまっていたのだ。「山線」の部分だけではなく、函館・長万部間もすっかり。本の中身とは何の関係もないことだが、これはショックだった。
by krmtdir90 | 2014-01-04 17:46 | 本と映画 | Comments(0)


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