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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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東海道本線に特急列車が復活

 大きい書店のレジ脇あたりに、大手出版社が読書好きのために毎月発行する本に関する小冊子が、ご自由にお持ちくださいという感じに置いてある。
 先日、講談社の「読書人の雑誌・本」3月号というのをいただいてきた。表紙にローカル線らしいがらんとしたクロスシートの車内が描かれていて、見出しに「鉄道ひとつばなし(特別版)よみがえる『つばめ』『はと』(上)」とあったのに惹かれたのである。

 筆者の原武史という人は、明治学院大学教授で政治思想史が専門らしいが、この小冊子に「鉄道ひとつばなし」というエッセイを長らく連載していたらしい。迂闊にもわたしはそれを全く知らず、それが講談社現代新書にすでに3冊にわたってまとめられていることも初めて知った。今度、ぜひ読んでみなければと思っているところである。

 ところで、今回の「特別版」であるが、新幹線の大規模改修が必要になった20××年、これを契機に、東海道本線に往年の特急「つばめ」と「はと」が復活することになったという、何とも嬉しい設定に基づく空想乗車ルポなのだった。
 設定そのものは、決して荒唐無稽なものではない。例のJR九州の「ななつ星」成功が契機となって、「鉄道界には」「それまでの新幹線に代表されるスピード重視とは異なり、移動する空間と時間を楽しむことのできる列車をもっと走らせるべきだという」「新たな考え方が広まって」「リニア中央新幹線に固執していたのは、政官財を中心とする一部の支配層だけであることも明らかに」なり、「加えて東海道新幹線の設備老朽化」が「大規模改修工事が終わるまでの暫定的な措置として」このようなダイヤ改正をもたらしたというのである。

 この設定の素晴らしさは、「ななつ星」の成功から2匹目のドジョウをねらった、JR西日本や東日本の豪華クルーズトレイン計画に追随することなく、富裕ではない大多数のシニア層の庶民が、ちょっとだけ背伸びした贅沢として乗車できるような編成を(具体的な編成表も載っている)提案して見せたところにある。
 もちろん往年の車輌などは残っていないから、すべて新造の車輌になるわけだが、「ななつ星」のようなこれ見よがしの無用の豪華さではなく、個々の乗客のニーズを踏まえて、それぞれを豊かな気分にしてくれるような設備を備えるものとして考えられている。食堂車や展望車、個室、コンパートメントなどもあるが、あくまで中心は普通車の自由席と指定席なのである。
 「つばめ」は、9:00に東京を出て16:30に大阪に着くというダイヤが組まれている。7時間30分の「鉄道の旅」である。

 こういう豊かな旅をしたいと考えている層は、今の時代、潜在的に多数いると思う。それを掘り起こす地道な営業努力と、その庶民の小さな贅沢を受け止める仕掛けを作れば、必ず成功できるのにと思う。何よりも、線路はすでに日本中に敷かれているのであって、必要な主な設備投資は車輌だけなのである。どうしてそれが判らないのだろうか。
 テツになって時刻表をよく買うようになって驚いたのは、東海道本線にも山陽本線にも東北本線にも、特急列車が全く走っていない(僅かに残った寝台特急以外には)ことだった。こま切れになった普通列車が走るばかりで、太字や(JTB時刻表)赤で(JR時刻表)印刷された特急列車は、他の路線から少しの区間だけ乗り入れている、その尻尾のような部分が残るだけなのである。新幹線が開通した時、すべてがそちらに置き換えられると考えたのだろう。

 だが、それは間違いではなかったのか。新幹線のスピードは、車窓の移り変わりをゆったりと眺め、豊かな時間の経過を楽しむ鉄道旅の面白さを失わせてしまったのである。新幹線の車中の、あのどろんとしたつまらなさの充満した、個々に内閉した澱んだ空気を思ってみればいい。
 先に挙げた幹線の鉄道施設には、特急列車を始めあらゆる鉄道車輌と運行形態を支えられるだけものが揃っているはずである。それなのに、それらが少しも生かされていない。こんなもったいないことがあるだろうか。
 スピードが欲しい乗客は確かに多いかもしれないが、そうではない乗客も確実にいるのである。日本を代表する主要幹線に、それほど早くなくていい特急列車を走らせることの素晴らしさ。それをこんな形で公にしてくれた原武史氏の卓見に、全面的に共感するものである。

 東京と九州各地を結んでいたという寝台特急「富士」や「あさかぜ」なども、再び新しい形で(豪華である必要はない。豊かであればいいのだ)復活してほしいと切に願っている。いま、九州に行くには新幹線以外の選択肢は鉄道にはない。全く残念なことだが、明日から退屈至極な新幹線で九州の方に行ってくることにする。
by krmtdir90 | 2014-02-28 16:36 | 鉄道の旅 | Comments(2)

もうすぐ春

 春の青春18きっぷが3月1日に始まる。発売がある春・夏・冬の3シーズンのうち、一番ワクワクするのが春だと思う。きょうは駅に行って、18きっぷと新幹線のきっぷを買ってきた。とりあえず3月1日から、ちょっと九州の方に行って来ようと思う。
 住んでいるところが雪国のようになってしまったので、雪のある方面は今回はパスである。

 午前中は、先日の大雪以来初めて車を出した。灯油を始め、重いので車でないと難しい買い物をしてきた。前の道には除雪した雪が道路脇に積み上がっていて、わが家の出入口など簡単に車を出せる状況ではなく、先週の買い物はすべて歩きになってしまった。依然として除雪後の雪の山が至るところに残っているが、脇道でなければ車の通行にそれほど支障はなくなっていた。
 それにしても、この雪の山はまだしばらくは消えそうにない。除雪した雪の捨て場所がどこにも想定されていないのが、雪国とこのあたりの大きな違いだということがよく判った。

 しかし、この状況は都内に住む人には判らないだろう。先日、歌舞伎見物で中央線に乗って都心に出た時、立川を境に雪の景色が一変したのはショックだった。恐らくあちらでは、雪の山などもうどこにもないのだろう。
 きょうあたり、わが家の近くのこの景色は(ちょっともう写真に撮る気にもならない)立川より向こうに住む人とは、たぶん共有し合うことはできないものなのだ。

 まあいいだろう。3月1日には、恐らくわが家のあたりにはまだあちこち雪が残っているだろうが、春の18きっぷ期間が始まるのだから、どんどん旅に出て動き回ることにするのだ。
 でも、風邪などひかないようにしなければ、ね。
by krmtdir90 | 2014-02-24 20:50 | 日常、その他 | Comments(0)

歌舞伎見物「白波五人男」

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 昨日は妻と歌舞伎を観に行ってきた。退職後、妻は熱中して毎月のように通い詰めているが、わたしはあまり興味がなく、たまに面白そうな演目の時だけ付き合うようにしている。
 2月は昼も夜も通し狂言らしく、夜の部は河竹黙阿弥の「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」いわゆる「白波五人男」だったので、これは行ってもいいかなと。

 歌舞伎座は昼の部は11時、夜の部は大体4時半の開演だから、途中の幕間に座席でお弁当などを食べることになる。女性客はこういうことがことのほか楽しみなようだが、わたしはどうも好きになれない。客席で飲食する習慣というのは、基本的に認めがたいという気分が強いのである。
 早めに出掛けて、銀座三越の地下でお弁当を仕入れることになっているのだが、ここには観劇弁当と称して、こういうお客のための小洒落たお弁当を並べたコーナーがあって、いつも女性客で賑わっている。おかずに油を使わずご飯も少なめというのが多く、夕食ではいつもご飯をパスするわたしには好都合と言うべきだが、こういうところから芝居見物の気分を盛り上げていくのが何となく苦手で、いつもぶっきらぼうになってしまう。

 さて、演目についてであるが、歌舞伎は全くの門外漢なので、めったなことは言えない。しかし、これはいかにも歌舞伎らしい華のある演目で、文句なく面白かった。わたしのような者でも、いつの間にか聞き知っているセリフや場面があり、なるほど、これはこういうふうにやるのかと、非常に興味深く観ることができたのである。
 浜松屋の場での、弁天小僧菊之助の名乗り「知らざあ言って聞かせやしょう」で始まるセリフや、稲瀬川勢揃の場の日本駄右衛門「問われて名乗るもおこがましいが」から南郷力丸「さてどんじりに控えしは」と続く「連ね」のセリフなど。特に勢揃の場は見た目にもこの上なく華やかで、なるほどなるほどと大いに堪能した。大詰の、弁天小僧の屋根の上の大立ち回りも見事で、続く立体的な「がんどう返し(どんでん返し)」のスケールにもびっくりした。

 と、ありきたりな感想しか書けないが、大衆の一人としては、こういう芝居なら、お弁当と一緒に少しお酒などもいただいて、ほろ酔い気分でリラックスして見物できたら最高だろうななどと、ちょっと思ったりもしたのである。歌舞伎は観るものではなく、見物するものなのかもしれない。 
by krmtdir90 | 2014-02-20 13:52 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

腰が痛い

 台湾旅行で先週の雪には立ち会えなかったが、昨日の雪は八王子ではそれよりも凄かったようだ。今朝の状況は、ちょっと今まで経験したことのないようなものだった。雨が止んでから本格的に雪かきをしたが、いつごろ融けるものやら今後が全く見通せない。
 慣れないことをしたので、いま腰が非常に重い。痛くて屈めない。ずっと昔、一度だけぎっくり腰になったことがあるが、あの前段階のような感じである。

 せっかくだから写真に記録したので、何枚か掲載しておくことにする。

 わが家は、前の道路からちょっと引っ込んでいる。まず、玄関前から前の道路を見たところ。とりあえず、人一人が通れるようにしたのは妻である。
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 前の道路に出て、わが家の方を見たところ。これでは車が動かせるようになるまで幾日かかるだろうか。
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 前の道路の様子。ここに道をつけるのだが、やってある所とやってない所の差が出てしまうので、ボランティアだが、やらないとまずいのである。この先どんな様子になっているか。
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 上の写真の信号の所まで出てみた。この状況では、車も簡単には走れない。車どころか、バイクや自転車も無理だろう。
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 きょうは、新聞が朝刊も夕刊も来ていないが、これではとても文句を言うことはできない。停電しなかっただけで十分である。
 しかし、腰が痛い。まいった。
by krmtdir90 | 2014-02-15 17:17 | 日常、その他 | Comments(2)

台湾の旅③(2014.2.8~9)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 鉄道旅の部分が終わってしまったので、あとは付け足しのような気分である。3日目は観光バスと高速道路を使って、高雄から台北までの移動になる。だが、これはつまらなかった。高速道路の移動というのはどうしてこんなにつまらないのだろうか。

 ホテルを出て最初に立ち寄った民芸品店の前の通り。上を向いて吼えているような動物の石像は何なのか、よく判らない。
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 次に行った澄清湖(ちょうせいこ)。このジグザグの橋を九曲橋と言うようだ。
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 高速道路を3時間ほど走って埔里(ほり)という町に入り、まず昼食。埔里は紹興酒の産地だというので、十年物というのをちょっと一杯頼んでみた。これまで紹興酒は苦手だったが、これは旨かった。日本で何度か飲んだことのある紹興酒は、あれは一体何だったのだろうか。
 店を出て一服。店の前の通りと、向かいにあったセブンイレブン。
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 その後、台湾地理中心碑というところに行ったが、400段くらい階段を上らなければならないというので、ツアーの半分以上の人はパス。われわれもパスして、下の公園のあたりをぶらぶらした。

 続いて日月潭(にちげつたん)に行った。
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 向かいにある文武廟というのにも行った。旧正月の飾りがあった。
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 再び3時間を超える高速道路移動で台北へ。途中2度ほど、台湾高速鉄道(新幹線)の姿を見かけた。
 市内に入ってから免税店に寄った。これは、その前の通り。こんなふうに、バイク(スクーター)用の駐車スペースがあちこちにある。
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 ホテルに入ってから、近くのセブンイレブンに買い出しに行った。わたしが買ったワンカップと鮭のおにぎり。ワンカップは輸入のようだが、おにぎりは現地生産だった。
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 これがレシート。消費税は内税のようで記載がないが、帰って調べてみたら5%だった。
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 面白いのは、左側の二列になった数字などの部分。ガイドによれば、これは宝くじになっているのだそうで、EL-4355…というのが番号、上段・103年01-02月というのが抽選の区切りを表しているようだ。因みに、103年というのは台湾固有の年号で、辛亥革命の翌年、中華民国成立の西暦1912年を紀元とする数え方だという。

 4日目の朝は雨だった。一日中、結構本格的な降りが続いた。期間中、予報はずっと悪かったのだが、前日まではいい方に外れていたので、まあ仕方がないだろう。

 この日は台北市内観光だった。最初に行ったのは龍山寺という、市内最古の格式高そうな寺院。
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 雨の中、まだ8時前なのに人々がたくさん集まっていて、8時になるとみんな黒い法衣のようなものを羽織って読経が始まった。
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 読経の前に観光を済ませるという段取りだったようで、この日のホテル出発は7時15分だったのだ。

 次は故宮博物院。
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 団体ごとにチャンネルが指定されたイヤホンをつけて、ガイドの案内で2時間ほど回るのだが、とにかく人が多くてまいった。それでも比較的早い時間だったので、ポイントは大体見ることができたようだ。有名だという翡翠(ひすい)の白菜とか、瑪瑙(めのう)の肉形石(豚の角煮)とか、しっかり見たけれど、こんなものを秘宝と称して有り難がるのは何か可笑しかった。思ったよりずっと小さいものだった。

 昼食。鼎泰豊(ディンタイフォン)という店は小籠包の名店らしく、団体客も交えてお客で溢れていた。狭いテーブルに大人数押し込まれる感じで、味はそれなりだったとは思うが、皿は次々に運ばれてくるし、慌ただしくてゆっくり味わっている暇もなかった。まあ、こんなものかという印象。出がけに店の案内を貰ってきて、後で見たら、日本のあちこちに店を出していることが判った。立川の高島屋にもあるというし、何だか有り難みが薄れてしまった。
 これが店の入口あたり。
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 反対側の町の風景。
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 最後に行ったのが、中正紀念堂という蒋介石(初代中華民国総統)の功績を記念する巨大な施設。
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 様々な展示を見た後、エレベーターで上階の広大なホールに行くと、蒋介石の大きな座像があって、両側に2名の儀仗兵が立っていた。
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 この儀仗兵が1時間ごとに交代する、その儀式が観光名物になっているようで、ガイドは13時からのそれに時間を合わせてくれたらしい。10分ほどの儀式は、5人の儀仗隊の一糸乱れぬ見事な動きに思わず引き込まれてしまった。動画で撮影している人も結構いたが、確かに写真ではその見事さは判らないだろう。
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 最後に、交代した2名が両側の定位置に静止して儀式は終わった。このあと2名は、次の交代時まで身じろぎ一つせずに立ち続けなければならないらしい。大変なことである。
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 台湾の人95%は中国が嫌いだと言っていた、初老のガイドの言葉が印象に残る。
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 このあと、例によって土産物店に寄ってから、3時過ぎに台北松山国際空港に着いた。
 このあとの顛末については10日の記事で触れた通りである。予定では16:00発だった飛行機は、発券段階では18:10搭乗開始と印字されていた。実際に搭乗が始まったのは19時45分頃、離陸したのは20時過ぎだったと思う。

 結局、5時間近く空港に滞在したことになる。国際空港といっても7番ゲートまでしかない小さな空港なのだが、それでもターミナルビルは広い。しかし、その構内の様子をほとんど覚えてしまったと思う。
 遅れのお詫びということか、発券時に空港内限定180台湾ドルのミールクーポンが配布された。せっかくなので、この店で早めの夕食にした。
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 牛肉麺、145台湾ドル。こちらの代表的な麺であるらしく、メニューの一番上にあった。独特の香辛料などが使われているようで、結構印象的な味でおいしかった。
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 帰りの飛行機は窓際の席だった。東京上空の夜景が本当にきれいだった。そして、ようやく羽田に着陸。
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 台湾と日本は1時間の時差があり、初日は一日が25時間、この日は23時間だったのだが、実に長い一日だった。と言うか、このあとも、まだ長い一日は終わらなかったのである。  
by krmtdir90 | 2014-02-14 11:14 | 海外の旅 | Comments(2)

台湾の旅②(2014.2.7)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 2日目は、まずバスで太魯閣(タロコ)峡谷というところに向かった。ガイドの説明によれば、台湾(中華民国)は国連に代表権を持たないため、ユネスコの世界遺産登録も認められていないのだという。しかし、台湾国内では独自に世界遺産候補というのが選定されていて、この太魯閣峡谷は自然遺産候補の筆頭に挙げられているものだという。
 行ってみると、確かにすごいスケールの峡谷で、しかも、山がすべて大理石でできているということらしく、ほとんど直立するような崖が両側から迫っているのは圧巻だった。岩肌がむき出しのトンネルなども多く、よくこんな所に道路を通したものだと思った。

 驚くままにずいぶん写真を撮ったが、結局その大きさは写真では到底伝わらない。
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 その後、大理石工場を見学してから花蓮に戻った。これから、わたしにとっては今回の旅のハイライト、約5時間20分の列車旅である。
 ということで、昼間の時間帯に見る花蓮駅。台湾の東部を代表する大きな駅のようだが、全体の印象はどことなく古びて雑然とした感じである。
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 これから辿るのは、まず東部幹線の台東(たいとう)線で台東駅まで、台湾南部を東から西に抜ける南廻(なんがい)線で枋寮(ぼうりょう)駅まで、さらに西部幹線の屏東(びょうとう)線で高雄(たかお)駅、さらに縦貫線南段に入って終点の新左営(しんさえい)駅までである。
 これは、台湾を一周する鉄道路線の中で最も整備が遅れている区間のようだ。台東線と南廻線は全線が非電化で、ほとんどの区間が単線である。屏東線は高雄近郊になると電化複線となるが、それまではこれも非電化単線のままである。高雄の先、新左営駅が終点となるのは、台北からの台湾高速鉄道(台湾新幹線)の終着駅が新左営だからである。
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 そういうわけで、花蓮駅11:37発の自強號・新左営行きは、DR3100形という日本製の気動車である。台湾の鉄道車輌は全体に大振りで、ごつい感じのものが多いように思うが、これは比較的コンパクトな作りのように見える。
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 やはり窓は開かない。窓ガラス越しに、花蓮駅の改札口方向を見る。
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 数分遅れで列車は花蓮を離れた。

 発車してすぐ配られた昼食の弁当。
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 ガイドの話によると、台湾の鉄道にも駅弁はあるのだが、これが全国一律の一種類だけしかなく、内容も長年全く変化がないのだという。
 きょうの弁当はそれではなく、特注だと言うのだが、何と言えばいいのだろう、ご飯の上に何もかも一緒くたに無造作に載せてしまって、日本のように小分けしたりして、少しでも美味しく見せようというような配慮は微塵も見えないのである。味の方も、まあ食べなければお腹がすいて困るから食べたが、もしもう一度食べなければならない機会があったら、断固として遠慮したいと思った。

 さて、この列車の5時間あまりは楽しかった。鉄道ならでは景色の変化は非常に興味深く、全く飽きることがなかった。
 台湾は日本の九州より面積はわずかに小さいようだが、富士山よりも高い3952mの玉山(ぎょくざん・日本占領下の新高山…例の「ニイタカヤマノボレ」で有名)を始め、3000m級の山がゴロゴロあって、島の南北に連なっている。山脈は全体として東側に寄っているので、西側の比較的平坦な土地に人口の多くが集中し都市化が進んだのに対して、この日走った東海岸は、全体に寂れたような町並みがぽつぽつあるだけの感じで、時折廃屋なども見えて、車窓は非常にローカルなものだった。

 ただ、写真はあまり撮っていない。やはり特急列車だから小さな駅には停まらないし、中には秘境駅と言ってもいいような、あたりに何もないように見える駅もあったが、あっという間に通り過ぎてしまうのはちょっと残念だった。単線だから交換待ちなどもあったのだが、放送の言葉は意味が分からないし、手元に時刻表があるわけでもないから、立って行ってホームに降りてみる訳にもいかなかった。まあ、これは仕方がない。
 また、列車の編成が長いから、停車する駅はみんなホームも長く、停車位置が駅舎などの撮影に好都合になることも少なかった。したがって、以下の写真はたまたま巡り合わせが良かった駅ということで、特に何かがあって選んで撮ったものではない。

 台東線・瑞穂(ずいすい)駅。交換待ち。向かいに、わたしの乗っているDR3100形と同じと思われる列車が入ってきた。
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 台東線・池上(ちじょう)駅。1面2線の島式ホームで、駅舎とはどうやら構内踏切で繋がっているようだ。
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 台東線・關山(かんざん)駅。ホーム向かいに停まっている車輌は、ラッピングではなくペインティングされているようだ。
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 台東線から南廻線に切り替わる台東(たいとう)駅。
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 左上、時刻と並んで表示された現在の気温が判るだろうか。25℃。テツの方に夢中でいままで触れるのを忘れたが、台湾は暖かい。と言うか、暑いくらいなのである。列車の中はもちろん、観光バスなども当たり前のように冷房が入っていて、それで案外寒かったりするのだが。

 改めて写真に撮ってはいないので、さっきの太魯閣峡谷の写真を見てほしいのだが、木々はすっかり緑になっている。日本とは木の種類が違うから単純な比較はできないが、印象としては新緑も終わり頃といった感じの緑色である。
 田んぼにはすでに水が張られていて、3分の2くらいは田植えも終わっていた。
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 台湾の稲作は二期作が基本で、南の方では三期作も可能というのだが、何か信じられない感じである。台湾は中央を北回帰線が通り、その北側が亜熱帯、南側が熱帯になるのだという。

 再びテツに戻って。南廻線・太麻里(たまり)駅。交換待ち。
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 最初からそういう視点で見ていた訳ではないので、はっきりしたことは言えないが、こちらの駅では跨線橋を見た記憶がないのである。都市部の新しい駅は別にして、ほとんどが地下道を通ってホームに行く構造だったように思う。よく判らないが、何か理由があるのだろうか。
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 上の写真に駅の時刻表が写っている。実はこれを、望遠で別に大きく写してきたのである。紙に印刷したものが貼ってあるのだが、パソコン上でこれをさらに拡大し、文字を読み取ってみた(ヒマなので)。列車ごとに、当駅の発時刻と全停車駅の着時刻が記載されていた。この発時刻と行き先のみを以下に書き出してみる。表にすれば、日本と同じような太麻里駅の時刻表ができると思う。

順行(枋寮・高雄方面)…カッコ内は行き先、無印は新左営行き。
06:35、06:48(高雄)、08:10(台中)、09:11、10:29、11:23、13:22、14:46、16:26(苗栗)、18:04(枋寮)、18:44、19:33、20:59 以上13本。
逆行(台東・花蓮方面)…カッコ内は行き先、無印は台東行き。
08:09、09:34、12:02、12:36(樹林)、13:47、14:48(花蓮)、16:54、18:45(花蓮)、20:35(花蓮)、21:55、23:35 以上11本。

 太麻里駅の駅名板。
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 こちらの駅構内では、線路際の信号機が日本のように高くない。地面から直接にょきっと生えている(たまに50㎝くらい持ち上がっているものもあったが)。
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 トイレに立ったついでに、一応車内の様子も写しておく。実は、われわれの席は指定席なのだが、停車するたびに地元の人の乗降がけっこうあって、乗ってくる人は空席を探してわれわれの車輌にもやって来るようなのだ。つまり、車輌単位で指定席になっているのではなく、どの車輌であっても空席があれば座ってかまわないというきっぷが発売されているらしい。
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 これは、トイレの前にあった飲料水。コックをひねるとちゃんと出てきたが、水は気をつけた方がいいとガイドに言われ、ミネラルウォーターにしていたので飲まなかった。
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 南廻線・大武(だいぶ)駅。ちょうどうまい位置に停車してくれたので、この旅で唯一、駅舎の姿をいい感じに写すことができた。
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 線路とホームが高い位置にあるようで、向こうに町と海が見えている。太平洋とはここでお別れである。
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 大武駅を出ると線路は西にカーブして、山越えの区間になる。トンネルを抜け、上り勾配が下りに変わると、やがて西海岸に出て再び海が見えてきた。台湾海峡の入口、南シナ海である。
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 南廻線から屏東線への接続駅、枋寮(ぼうりょう)駅。
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 何だかよく判らないが、周囲に幾つか付属の建物があった。
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 屏東線に入ってからだったと思う、車窓に特徴的な風景が2つあった。写真には撮っていないのだが、一つは檳榔(びんろう)と呼ばれる椰子(ヤシ)の広大な林。その種子が興奮刺激作用のある嗜好品になるとかで、大規模な栽培が行われているようだった。いかにも南方の風景だと思った。
 もう一つは、魚の養殖池。線路の両側に見渡す限り続いていた。それぞれの業者は比較的小規模のように見えたが、それがどこまでも続いているのである。後でガイドに聞くと、ウナギの養殖だという。そうか、ここのウナギが日本に輸入されていたのかと納得した。

 屏東線・九曲堂(きゅうきょくどう)駅。すでに高雄市内に入っている。このベンチは枕木で作ったもののようだ。
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 ガイドが、高雄駅で降りないように注意しに来る。

 終点・新左営(しんさえい)駅着。時刻表がないので到着時刻は不明。たぶん17時過ぎだったと思う。ここは台湾高速鉄道と接続する新しいターミナル駅である。
 こちらが在来線の改札口。
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 これが高速鉄道の改札口。
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 エスカレーターで外に出ると、われわれが乗る観光バスが待っていた。
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 これが、この日のきっぷである。昨日のきっぷは改札で普通に回収されたが、この日は渡さなくていいとガイドが言っていた。このあたりのことはよく判らない。
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 5車というのは5号車、30號というのは座席番号を表している。30と32で離れているように思えるが、こちらでは通路を挟んで右側2列が奇数、左側2列が偶数というふうになっていて、これは左側の隣り合った2席なのである。

 この日はこのあと、高雄市内の蓮池潭(れんちたん)というところを観光した。人造湖の中に龍虎塔というのがあったが、別にどうということもない。
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 駐車場から蓮池潭に行く交差点の風景。廃墟のようなビルの上に小さな家みたいなものが乗っている。意味不明な景色である。
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 こちらでは、どこへ行ってもバイク(スクーター)がたくさん走っていて、住民の日常的な足になっているようだった。半分くらいが二人乗りだった。駐車しているのを見ると、みんな古くさい形で、ずいぶん使い込まれたものも多かった。

 夕食後、市内の六合夜市というところに連れて行かれた。
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 夜市から帰って、9時頃、ホテルの向かいのファミリーマートにビールなどを買い出しに行った。因みに、こちらではセブンイレブンとファミリーマートはよく見かけたが、それ以外のコンビニは見なかった。
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by krmtdir90 | 2014-02-13 12:02 | 海外の旅 | Comments(0)

台湾の旅①(2014.2.6)

 一応、日を追って書いていくことにする。
 今回の旅は、台北松山(タイペイしょうざん)国際空港から入国し、花蓮→高雄→台北と、台湾を時計回りに一周して行くプランだった。前半、東側を南下して回り込んで高雄までが鉄道、後半、西側を北上するところはバスを利用することになっていた。

 初日は、空港から出て九份(きゅうふん)を観光後、瑞芳(ずいほう)駅から列車で花蓮(かれん)に向かうことになっていた。ところが、出だしからつまずいた。台湾では旧正月の休みを長く取る場合が多いとかで、九份への道路(最後のあたりは観光バスのすれ違いがやっとの山道)が大渋滞になっていて、結局見学はカットして、駐車場からそのままUターンする結果となった。このあとの列車の時間が決まっているので、どうしようもなかったようだ。
 参加者はみんな(特に女性が)怒っていたが、わたしは九份と列車とどちらが楽しみかと言えば列車の方だったので、まあ仕方がないかなと(妻は前に一度来ているということで、これも)あきらめは早かった。

 ということで、瑞芳駅。何と言えばいいのだろう、駅前の感じなど、ああ台湾に来たのだなあと実感する。駅というものだけが持っている特別な雰囲気である。
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 これがきっぷ売り場。自販機もある。
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 改札口。
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 上の写真にある電光掲示板、南下が順行、北上が逆行とある。順行の下段に表示されている16:36発・花蓮行きがわれわれの乗る列車である。乗車番線は2B、ホームのことは月台と言うらしい。自強號というのは日本で言う特急列車のことのようだ。

 帰ってきてから、ネットで台湾の鉄道についていろいろ調べてみた。台湾の鉄道は、基本的に台湾鉄路管理局というところが運営する国鉄で、軌間は日本と同じ狭軌の1067㎜である。これから乗るのは東部幹線の宜蘭(ぎらん)線・北廻(ほくがい)線という路線で、花蓮まで全線が複線・電化となっている。

 2番ホームの向かい側に、区間車と呼ぶ普通列車が入ってきた。調べてみたら、台北近郊の通勤電車として使われているEMU500形というもののようだった。座席はロングシートだった。
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 われわれの列車が入線してきた。E1000形という台湾では初の流線形電車で、登場した時は鉄道ファンの注目を集めたものらしい(因みに、台湾ではテツのことを「鉄道迷」と書くらしい)。
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 別にどうということもないのだが、これが車内の様子。
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 しばらく行くと海岸線に出た。太平洋である。見えている島は龜山島と言うらしい。
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 さらに行くうちにあたりは暗くなり、台湾東部というのは基本的にあまり開けていないから、燈火などもほとんど見えず、車窓は闇に閉ざされてしまった。どうせ九份が見られなかったのなら、もう少し早い時間の列車に乗りたかった。

 花蓮駅、18:59着。
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 駅前で待っていた、われわれが乗る観光バス。この日は花蓮で一泊。
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by krmtdir90 | 2014-02-11 21:55 | 海外の旅 | Comments(0)

台湾に行ってきた

 6日(木)から9日(日)、旅物語のツアーで妻と台湾に行ってきた。
 わたしとしては2度目の海外旅行だった。だが、海外にも興味が向いてきたのかと誤解されると困る。飛行機は嫌いだし、行くなら台湾くらいが限界だろうという意味で、あとこのツアーは鉄道での移動が2回組み込まれていたので、まあ行ってもいいかなと。

 そういうことで、45年ぶりの大雪の現場には立ち会い損なってしまった。しかし、雪の影響はもろに受けた。帰りの飛行機が大幅遅れになってしまったのである。
 飛行機の場合、会社によって遅れの度合いに大きな差がつくようで、旅物語が利用したエバー航空というのは弱小の会社だったのだろうか。雪の影響を受けた羽田からの到着便が大幅に遅れ、その機体が折り返すかたちになっていたわれわれの便も、結局その影響で羽田到着が11時過ぎになってしまった。

 羽田11時なら、中央線の最終には間に合うだろうと高をくくっていた。甘かった。
 飛行機というのは出発時もそうだが、とにかく空港の出入りに手間がかかる。それでもモノレールまでは何とかうまく接続できた。ところが、浜松町で山手線の電車をタッチの差で逃してしまったら、次の京浜東北線がなかなか来ない。逃した直後に、逆回りの山手線に切り替えて新宿に出ることに頭が回れば何とかなったようだが、後の祭りだった。

 最終の高尾行きを逃し、結局武蔵小金井行きの最終に乗った。もう、これはきょう(10日)の話である。途中、最終同士の接続待ちなどで遅れ、武蔵小金井に着いたのは午前2時近かった。それからさらに、冷たい風が吹きすさぶ中40分以上待たされて、タクシーで国道20号を帰った。
 タクシーの窓から、初めて今回の大雪の状況を見た。除雪の態勢が全くないから、20号でさえ雪は相当残っていて、深夜の冷え込みでアイスバーン状態になって、タクシーも何度も足を取られ車体が振れて、これはすごいことになっていると思った。

 家にたどり着いたのは3時半近かった。もし電車で帰れていたとしても、今度は帰りの道がツルツルで大変だっただろう。寝たのは午前4時半過ぎだった。
 でも朝になれば起きるしかなくて、きょうは一日中眠くて、だらだらしてしまった。
by krmtdir90 | 2014-02-10 22:02 | 海外の旅 | Comments(2)

八王子散歩

 まだ寒の内だというのに、昨日あたりから春先のような気配があって、きょうは散歩にカメラを持って出ることにした。地元を写真に撮るという発想はこれまで全くなかったが、散歩を重ねていると、何となく気になる対象というのが出てきて、それをちょっと撮ってみようという気分になったのである。

 一万歩を歩くためには八王子駅まで往復すればいい。但し、最短距離を往復するだけではダメで、少し大回りをしなければならないのだが、駅の周囲には寄り道したくなる店がいくらでもあるから、大体いつも一万歩はクリアできる。
 行きは、JR中央線の南側に出て、南大通りというのを行くことが多いのだが、数回に1回は線路沿いの道を行く。きょうはそっちにして、あわよくば中央線の電車を撮影してみようと思ったのだが、そんな簡単なものではないことがよく判った。特急「かいじ」やブルーサンダーに牽かれた貨物列車なども通ったが、散歩の途中に運良く写せるようなことはまずあり得ない。というわけで、何とか写せた中央線快速1枚。
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 八王子駅から甲州街道(国道20号)に出て戻るのだが、きょうはその途中の気になる建物を写して行くことにする。すべてが古い商店である。
 八王子の市街地は太平洋戦争末期に空襲ですっかり焼けてしまったから、この道沿いには歴史的建造物などは全く残っていない。しかし、戦後の建物とはいえ、それなりの歴史があるのだろうなと感じさせるものは、少しは散見されるのである。

 まずこの2軒(横山町)。最近こういう建物はすっかり減ってしまったが、戦後ずっと続いてきた商店の建物の、これが基本的な姿である。
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 右が「糸の店・くればやし」。〇の中に「紅」とあるから、漢字では「紅林」と書くのだろうか。左の「恒川商店」は青果店だったようだが、「内外青果バナナ」というのがいかにも時代を感じさせる。当時、果物の中でもバナナは、それだけを取り立てて強調されるような貴重な果物だったのだ。
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 「小谷野紙店」(横山町)。「和洋紙・襖紙壁紙」とあるが、紙の専門店というのが商店街の中に普通に存在していたのだ。
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 次の「荒井呉服店」(八日町)は、建物は新しくなってしまったが「創業大正元年」の老舗である。間口は狭いが、店先から中を覗くと、いわゆるウナギの寝床というやつで、遙か奥まで店が続いている。
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 なお、ここはユーミンこと松任谷由実(旧姓・荒井由実)さんの実家である。わたしのように別にユーミンのファンでなくても、八王子市民なら多分みんな知っている。

 「カタオカ鞄店」(八日町)。小さな店だが、右手が駐車場で開けているので、店とその奥の住居の関係がよく判る。きょうはシャッターが下りていたが、普段は営業している。
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 金物雑貨の店「カマスヤ」(八日町)。手前が、国道16号がぶつかる八幡町交差点である。この右手のところで、よく交通取り締まりをやっている。
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 八幡町交差点のすぐ先に、古い商店が3軒並んでいる(八幡町)。手前から「御菓子司・布袋屋(ほていや)」、「丸佐屋(まるさや・食料品店)」、「かめや洋品店」。「かめや」はきょうは休みだったが、普段は3軒とも開いている。お客がいるところをほとんど見たことはないが。
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 そのちょっと先、廃業して久しい「パチンコ太陽」。わたしが散歩を始めた時にはすでにこの状態だったが、やっていた時の記憶もあるような気がする。この側面のトタン張りが何とも言えない。
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 次、すごく目に付く建物だが、店の名前は知らなかった。ネットの地図で調べたら「城所莊藏商店」とあった(八幡町)。雑貨店である。
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 よく見たら、「花王石鹸」の看板の下にも書いてあった。
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 金物店「ながしま」の旧店舗(八幡町)。いろいろ書いてあるが、要するに困った時に電話をすると、すぐ駆けつけて何とかしてくれるということのようだ。いまは道路の向かいに店を構え、この建物は使われていない。
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 そのすぐ右隣、「よろづや」は、いまも現役バリバリの八百屋である(八幡町)。わたしの散歩コースにある何軒かの八百屋の中で、ほぼ一番安値をつけている店と言っていい。
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 八王子で唯一の酒蔵になってしまった「小澤酒造場」のアンテナショップ(八木町)。銘柄「桑の都」は、絹織物で栄えた町・八王子に因んだものである。お酒としては取り立てて言うほどのものとも思えないが、「しぼりたて生酒」はいける。
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 「中村屋」(八木町)。豆腐の製造直売をしているらしいのだが、何度前を通っても店先にそういう雰囲気は一切なく、いまだに声を掛けてみる気にはなれない。天気のいい日に時々、店の横で体長7,80センチはあろうかという大きな亀を日なたぼっこさせている。不思議な店である。
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 最後は、こんにゃくの製造直売「なかのや」(八木町)。正直言って、こんにゃくという食べ物はよく判らないのだが、ここのところてんは美味いと思う。目の前で突いてくれる。きょうは、こんにゃくの牛すじ煮込みというのを買ってきた。
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 きょうの歩数は10294歩だった。それにしても、こんにゃくというのはよく判らない。おわり。
by krmtdir90 | 2014-02-01 22:14 | 日常、その他 | Comments(4)


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