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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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「つむじ風食堂の夜」(吉田篤弘)

 毎日新聞の読書欄に文庫本を紹介する小さなコーナーがある。誰がどういう文脈で紹介していたのか忘れたが、この題名が妙に印象に残っていたのである。
 散歩の途中に本屋で見つけて、手に取ってみると180ページほどの薄っぺらな文庫本だった。しかも、活字の組み方が見るからにスカスカしていて(いま数えてみたら35字×14行だった)、エッこれっぽっちなの?という感じだった。
 これでは一時間もあれば読み終わってしまうなと思った。それでいながら値段は580円+8%で、高いと思ったが、それでもこの題名がわたしを惹きつけて離さなかったのである。呼んでいたのかもしれない。

 ちょっと片手間に読む感じになってしまって、二日かけて読み終えた。もっと長い時間この本と一緒にいたいと思ったが、何しろ見るからに薄っぺらな文庫本である。だがその中に、想像力をいたく刺激するような奇妙な世界がいっぱい詰まっていた。あー、この本はいいと、最初の数ページで思った。そして最後まで裏切られることはなかった。
 一編が20ページほどの短編(掌編)が8つ並んでいて、独立しているようにも見えながら、全体として一つの物語になっている。いや、物語と言うより、全体として一つの濃密な世界を形作っていると言った方がいいかもしれない。
 物語らしい物語はない。登場人物たちは(猫が一匹含まれているが)そこにいて、時間がゆるやかに経過していくのだが、ただそれだけで取り立てて何か特別なことが起こる訳でもなく、そこにある不思議な空気感というようなものが揺れ動くだけなのである。

 月舟町という架空の町があって、小さな商店街を外れ路面電車の踏切を渡ってしばらく行くと、そこにある十字路の角に、夜の間だけ開くその小さな食堂があるらしい。名前のない白い暖簾が、いつもつむじ風にはたはたと揺れている。
 カバーの謳い文句などを見ると、懐かしいというのがこの本のキーワードになるらしいのだが、わたしには懐かしいという感覚は全く湧いてこなかった。想像の中にしか存在しない町、夜の中では町の姿は大部分見えないのだが、想像の中では登場人物とその関係する部分だけくっきりと浮かび上がっている。いろいろなものや、それを包む空気といったものが鮮明に見えているのである。
 文体、の仕業なのだろう。どの20ページにも、実にたくさんのものが描かれているような錯覚がある。実際は、書かれていないことの方が多いはずなのだが。

 目次の8つの題名を書き写してみる。
 「食堂」、「エスプレーソ」、「月舟アパートメント」、「星と唐辛子」、「手品」、「帽子と来客」、「奇跡」、「つむじ風」、そして「月舟町余話-あとがきにかえて」である。
 「エスプレーソ」というのはエスプレッソコーヒーのこと、「手品」というのは「私(この小説の語り手であり、みんなからは先生と呼ばれている男)」の父親が手品師だったことと関係している。 この「私」を始め、登場人物はみんな年齢不詳といった趣きがある。「私」はかなり年齢を重ねているようにも思えるが、印象はずいぶん若いような感じもする。登場人物はみんなけっこうな年齢のような気がするのだが、それよりずっと若い印象があるのである。

 これは恐らく、この小説が醸し出す想像空間の若々しさというようなもの、登場人物の会話が思いがけず形而上的であったり、予想外の方向へ飛躍していったりすることから生まれる印象だと思う。けっこう会話の多い小説だと思うのだが、そんな会話は普通しないと思うような会話が、この世界ではごく自然な会話として成立しているのである。
 会話だけではない、すべてが現実にはあり得ないような世界なのに、読者はそれがくっきりと存在しているように確信してしまう。読者の想像力をその空間に捕捉して放さない、まるで手品のような筆力と言うほかない。
 登場人物はみんなくっきりとした輪郭で描かれていて、非常に魅力的な部分を(あくまでも部分を)持っていて、それについてつい語りたくなるようなエピソードを展開するのである。だが、ここで登場人物の一人一人や、話の具体的な中身に触れることはやめておく。何か際限がなくなってしまいそうな気がするからである。

 ただ一人、いや一匹、つむじ風食堂に飼われている(住みついている?)オセロという名の猫が出てくるのだが、こいつは身体の片側半分が白毛、もう半分が黒毛とくっきり塗り分けられたような不思議なぶち猫なのである。
 これが出てきた時、わたしは何の関係もないのだが、九州の指宿枕崎線を走っている観光特急「指宿のたまて箱」を思い出した。車輌の海側半分が白、山側半分が黒に塗り分けられた、水戸岡鋭治氏による奇抜なデザインが話題になった列車である。「いぶたま」が登場したのが2011年、「つむじ風食堂…」が単行本として刊行されたのが2002年だという。水戸岡鋭治氏はもしかすると、この本のオセロにヒントを得たのではないかと想像してしまった。

 作者の吉田篤弘という人を、恥ずかしながら不勉強なわたしは全く知らなかった。すでにたくさんの作品を発表していて、熱心なファンもついているらしい。他の作品を本屋で探してみなければと思った。
by krmtdir90 | 2014-04-28 22:21 | 本と映画 | Comments(0)

高校演劇2014②春の大会・2

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 昨日(26日)は散歩がてら、ちょっと埼玉高演連・西部B地区の春季発表会(於・所沢市中央公民館)に行ってきた。
 西部B地区は加盟校数が多く、計14校が7校ずつ2日間で上演するその一日目の午後ということで、所沢北・所沢西・西武文理・入間向陽の4校の舞台を見せてもらった。

 昨年の秋に審査員としてお邪魔した時、最後まで選考を悩まされた所沢北がどんな舞台を見せてくれるか、ちょっと期待していたところもあったのだが、今回は生徒創作の台本がまだまだ書けていないという感じで、面白いアイディアがあっても、それが役者の力で生きてくるところまで行かなかったように思った。

 生徒創作としては、次の所沢西の舞台が面白かった。非常に面白かった、と言ってもいい。「Class Crash」という45分の作品だったが、生徒中心の活動でここまで作ったのだとすれば(西部Aと違って、わたしはこの地区の各校の状況をほとんど知らないので、このあたりについては推測になってしまう)、なかなかいいセンスでまとめられていたと思った。
 しょうへいクンという、女の子のことばかり妄想している困った男子がちゃんと書けていて、彼のことを心配しながら見ている、ななこサンという幼馴染みの女子もちゃんと書けていて、まわりの登場人物についてもほぼ問題なく書けていた。ドルチェという魔女(?)の造形もよかった。台本のイメージがしっかりしているから、演じる役者たちも自然に伸び伸びと演じていて、見る方も無理なく最後まで付き合う気持ちになれた。生徒創作の舞台で、こういうことはそうあることではない。
 しょうへいクンが、ななこサンのことを本当は好きだったという気持ちに気付いて、それをきちんと伝えようとするエンディング、緞帳を切るタイミングが絶妙だった。アッと思った。言葉にする寸前のところ、なかなかここでは切れないものだが、この潔さがよかった。役者の演技にも過剰なところがなく、好感が持ててあとに非常に爽やかな印象が残ったと思う。

 さて、入間向陽の「センチメンタル・アマレット・ポジティブ」である。過去にわたしも、顧問として何回か取り組んだことのある台本で、これを向陽がどう料理して見せてくれるか楽しみにしていた。
 結論を先に言えば、よくここまで「芝居としてのセンチ…」を見せてくれたなと思った。わたしの場合いつも、台本にあるセリフのやり取りの面白さを、どう生き生きと演じさせることができるかという方にばかり関心が向いてしまって、「センチ…」という芝居を台本全体としてどう捉えるかという視点が欠けていたのではないかと気付かされた。
 と言うか、この「センチ…」という本は台本として見ると、高校生にきちんと理解させてやらせるのは非常に難しい台本だと思っていて、意識的にそういうことを回避してしまったところがあったのだと思った。向陽の舞台は、そういうずるい取り組み方はしていないのがよく判った。そんなの当たり前じゃないですかと言われてしまいそうだが、その通り。しかし、こういうちゃんとした既成台本に取り組む場合、これが案外難しいことなのは事実なのである。
 ところでこの本、終始素舞台での芝居を想定しながら、最後のところで極めて難しい選択を作る側に迫ってくる。3人が飛び降りるところをどう作るか、である。向陽がやった実際に台の上から飛び降りさせるのは考えられる一つのやり方だが、これを選ぶと最後に3人は向こう向きになって台の死角に消えるしかなく、3人の表情が見えなくなってしまうのである。また、これだけの台を作るとどうしても奥に置いておくことになるから、ラストの3人の姿が客席から遠くなってしまうのも不満が残った。もちろんどんなやり方を選んでも一長一短があるから、これはこれでなかなか一概に言うことはできないとは思うが。

 見終わった後、生徒の出した舞台成果を肴に、顧問と飲みながら話をしたいと思うような舞台はなかなかない。翌日の上演校のリハが入っているとかで実現しなかったが、だからと言ってここに全部書けるかというと、そういうものでもないなと書き始めてから思った。別に出し惜しみではない。県大会の舞台じゃないのだから、話してから書くというかたちでないとなかなか書きにくいものだと気付いたのである。
 とりあえず、今回はここまで。中途半端な終わり方で申し訳ない。
by krmtdir90 | 2014-04-27 23:59 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

御殿場線・岳南電車(2014.4.9)

 18きっぷが1回分残っていたので、御殿場線に行ってみることにした。
 前日の予報では晴れのマークが並んでいたので期待していたのだが、実際には雲が多く、富士山の姿はほとんど見ることが出来なかった。全体が雲に包まれてしまって、たまに一部分が覗くこともあったが、これでは仕方がないという程度にしか過ぎなかった。

 八王子駅に行くと、横浜線ホームには根岸線直通の大船行きが停まっていた。全線乗り通したことがなかったので、時間は余計にかかるが最後まで乗ってみることにした。八王子8:01発、大船9:36着。大船9:38発の東海道本線・熱海行きに乗り継いだ。さすが東海道本線、数えた訳ではないが放送では15輌編成と言っていた。

 10:09、国府津(こうづ)駅で下車。
 一応外に出てみたが、駅舎は飾りっ気のない無味乾燥な外観で、別に駅ビルになっている訳でもなく、全体が普通の会社のビルのような印象である。
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 10:28発の御殿場行きが停車している。313系電車の3輌編成、車内はロングシートだった。
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 次は、発車する前に運転席のガラス越しに進行方向(熱海方向)を写したもの。
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 電車が停車しているのは3番線で、このホームは2・3番線になっている。2・3番線から出た線路が高架になって右にカーブしているのが見えるが、これが御殿場線である。高架下をくぐっている右側の線路が東海道本線の上り線、下り線は写真には写っていないが高架の左側になっている。
 ここでは御殿場線が複線の状態になっているが、左側の線路はこの先にあるJR東日本・国府津車輌センターへの引き込み線で、御殿場線は全線が電化されてはいるものの単線である。
 なお、東海道本線はこの先の熱海駅がJR東日本とJR東海の境界駅で、国府津駅はJR東日本所属の駅であるが、御殿場線はJR東海の路線になっている。

 さて、この日は時刻表を見ながら上り下りを行ったり来たりして、幾つかの駅に降りてみようと思っていた。
 で、まず最初に10:44、松田駅で途中下車した。電車が出て行った方向のホーム先端に跨線橋があり、渡って行くと駅舎があった。外に出る。これが北口駅舎である。有人駅だが、駅舎の左半分はひかりストアーという商店になってしまっていた。
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 跨線橋は北口駅舎とだけつながっていて、反対方面に出ることはできない。線路を挟んで、そちら側は中澤酒造という酒蔵の敷地になっているらしい。松美酉(まつみどり)というのが代表銘柄のようで、200年近い歴史のある藏のようだった。
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 この駅、ホームのもう一方の端に地下道があり、そこから反対方面に出られるようになっているらしい。ホームを歩いていったが、これがとにかく長いのである。地下道入口のところから振り返って撮ったのがこの写真。
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 昭和9(1934)年に丹那トンネルが開通し、東海道本線がいまの小田原・熱海経由に変更されるまでは、開業以来この御殿場線が東海道本線だった名残で、古くからあった駅はみんなホームがえらく長いのである。
 そして、この地下道も反対方面には通じていない。こちらから出られるのは南口だけである。南口駅舎は非常にこぢんまりしたものだった。
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 道路を隔てた向かい側に、小田急線の新松田駅があった。こちらは人の出入りも繁く、ひっそりとしたJR側とはいかにも対照的だった。確かに小田急なら、直通で新宿に出られてしまうものなあ。
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 なお、小田急線はJR松田駅の国府津寄りで御殿場線に乗り入れており、沼津まで直通運転をする特急電車も設定されているようだ。

 11:01発の上り国府津行きがやって来た。これで2駅ほど戻ることにする。ワンマン運転の2輌編成、さっきと同じ313系電車だったが、車内はセミクロスシートだった。
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 11:08、上大井(かみおおい)駅で下車。
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 この駅は地元の人たちが「ひょうたん駅」という愛称をつけているらしく、季節になるとホームと駅舎の間の棚を這った蔓からひょうたんがたくさんぶら下がるらしい。
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 戦後に開設された駅のようだが、開設以来の木造駅舎が使われている。
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 駅前。桜はもう盛りを過ぎてしまったようだ。木の下に見える石碑は、駅開設50周年を記念したものだった。
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 やって来た11:33発の下り沼津行きで御殿場に向かう。
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 313系2輌編成、ワンマン運転。どうやら昼間は、この運行形態が基本になっているようだ。乗客はけっこう乗っていて、セミクロスシートだったと思うが(メモし忘れた)、座席はほぼ埋まっていた。

 12:13、御殿場駅着。
 ここは橋上駅で、2階の改札を出ると駅の両側を結ぶ自由通路になっている。両方の出口の名付け方を見ても、ここがこれらの観光への玄関口の駅になっていることが窺える。
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 一応、両方の出口を写してきた。
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 12:30発の上り国府津行きで少し戻る。やはり313系2輌編成、ワンマン運転だった。
 12:54、山北駅で下車。
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 駅前に、時代を感じさせる建物が並んでいた。
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 左手の方に延びている通りも、どことなく昭和の香りが漂う感じがした。ここは明治22(1889)年の旧東海道本線開通とともに設置された駅で、SLの時代には山越えに挑む機関車の拠点駅として、町もかなり賑わっていたもののようだ。

 ここで、40分ほど時間があるので昼食にする。駅前にあったこの店で、ランチのチキンカツ定食を食べた。店内に、実際に鉄道模型を走らせることが出来るジオラマがあった。走ってはいなかったけれど。
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 ホームに戻った。ホームの向かいに、線路を挟んで廃ホームらしきものが残っていた。
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 ホームから御殿場の方向を見る。この先、御殿場線を紹介する記事などで必ず見かける写真、両側の桜並木がトンネルのようになっている下を電車が走るという、あの区間が見えている。
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 ズームをかけてみる。
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 桜の時期はほとんど終わってしまっていたが、満開の時にはきっとたくさんのカメラマンで賑わったのだろう。

 13:34発の沼津行きがやって来た。
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 実はこの時は判らなかったのだが、帰ってから調べているうちに判ったことがある。上の写真の左端、ホームの先端のところで「列車がきます」というオレンジの注意表示が点灯しているのが見えるだろうか。つまり、ここに構内踏切があるということである。踏切は電車の右手にある小屋につながっていて、これが駅の反対側に出られる南口駅舎だったようなのだ。うーん、気がつかなかった。

 今度の電車も313系の2輌編成だったが、車内はロングシートで、座った時に隣の人との間に少し隙間が出来る感じだった。ずっと乗客が多くて車窓の写真を撮る雰囲気ではなかったが、次の谷峨(やが)駅の手前あたりで初めて写してみた。
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 並行する道路は国道246号、遠くに見えているのが東名高速で、帰ってから地図を見てみると、ちょうどあのよく耳にする都夫良野トンネルを抜けたあたりのようだった。

 御殿場を過ぎると、車窓に富士山が見えてくるはずだった。ところが、最初に書いたようにその方向はすっかり雲に包まれているようで、見えていればさらに途中下車も考えていたのだが、どうもそういう積極的な気分にはなれなかった。
 代わりと言っては何だが、このあと沼津の先の吉原(よしわら)駅まで足を伸ばして、岳南(がくなん)電車に乗ってこようと考えたのである。

 で、14:30沼津駅着。御殿場線はここで終わり。
 14:36発の東海道本線・浜松行きに乗車。211系電車の6輌編成だった。

 14:51、吉原駅下車。
 ホームから岳南電車の駅と停車中の電車が見えた。
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 専用の跨線橋で直接乗り換えることも出来るようだった。だが、慌てない慌てない。ほぼ30分おきに走っているようだから、この電車は見送って次の電車に乗ることにして、まず吉原駅の外に出てくることにする。

 JR吉原駅は橋上駅で、改札を出ると南北自由通路になっていた。まず海に近い南口へ。
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 少し歩くと田子の浦港に出た。
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 さらに歩くと「富士と港の見える公園」というのがあって、そこには「田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」(万葉集)という山部赤人の歌碑があるらしいのだが、きょうはここで散歩をする余裕はないので行かなかった。

 再び駅に戻り、自由通路を通って北口へ。
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 この右手の方に狭い道があって、その先に岳南電車の小さな駅があった。
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 階段を上るとこんな感じ。
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 左がJRへの連絡口、右が岳南電車のホームである。事務室には駅員が何人かいた。

 窓口できっぷを買う。終点までの360円を出すと、わたしの様子から鉄道ファンと判断したのだろう、往復するなら720円で1日フリー乗車券を買った方が、お得にはならないけれどきっぷを記念に持ち帰れますよと教えてくれた。で、これがそれ。
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 横長の硬券で、ちゃんと鋏を入れてくれた。岳南電車はこういう硬券のきっぷを積極的に販売しているらしい。そりゃあマニアは喜ぶよね。

 ホームには15:25発の岳南江尾(がくなんえのお)行きが停車している。
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 これが駅名板。次の駅名になっているジャトコは、日産グループの変速機メーカーで、ここに本社と工場があるらしいのである。
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 ホームの向かいはコスモケミカルという工場の敷地になっているようで、先ほどの駅に通ずる道もすぐ工場の門に突き当たっているのである。
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 この車輌は7000形という、元は京王井の頭線で使用されていた車輌を改造したものらしい。
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 車内はロングシートである。
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 片道20分の短い旅だったが、車窓は目まぐるしく変化した。1回往復しただけでは到底掴みきれない移り変わりだった。この日は富士山はほとんど雲に隠れていて、見えても一部分それもひどく霞んだ状態だったので全く無視してよかったのだが、見えていたらさらに目まぐるしいことになっていただろう。
 発車してしばらくは東海道本線と並走して行くが、やがて右に大きくカーブを切り、新幹線の高架下をくぐって、その後は短い間隔で次々に小さな駅に停車を繰り返して行く。周辺に大きな工場がたくさんあるようで、電車はその間を縫うようにして進んで行く。

 岳南原田(がくなんはらだ)駅を過ぎると、両側から工場の巨大な構造物が迫ってきて、このあと電車は工場の(たぶん)敷地内を抜けて、太いパイプラインの束の下を何回もくぐった。
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 これは、次の比奈(ひな)駅のホームに入って行くところ。多くの駅で、駅舎は大体ホームから離れて建っているようだ。
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 さらに次の岳南富士岡(がくなんふじおか)駅に入って行くところ。ここには岳南電車の車両基地があった。駅舎はやはり左に方に離れている。
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 とにかく往路では、車窓の様子を見ていくだけで精一杯で、とても写真に撮る余裕などほとんど持てなかった。しかし、これはとてつもなく面白い路線であることだけはよく判ったのである。

 ということで、20分はあっという間に過ぎ、終点・岳南江尾(がくなんえのお)駅に入って行く。直前にまた新幹線の高架をくぐった。左上に黒く斜めに写り込んでいるのがそれである。
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 ホームの向かいに、「かぐや富士がくちゃん」というヘッドマークを付けた明るい青緑塗装の車輌が留置されていた。この2輌編成1本のみという8000形という車輌らしい。
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 15:46、到着。
 車止めの先は非常に狭そうで、無理に行ってもいいショットは撮れそうもないので、
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 こんな1枚になりました。
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 乗って来た電車は15:49、折り返し吉原行きとなって出て行った。

 岳南江尾駅。やはりホームから少し離れて建っていて、構内踏切(こちらには電車は来ないから、踏切と言うよりただの通路か)を渡っていく。終点だが無人駅である。
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 外観。左側の電話ボックスの陰にある窓に、海抜2.8メートルという表示があった。かなり海から離れているように思えるが、予想以上に低い土地なのだ。
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 駅前。すぐ目の前に新幹線の高架が通っていて、けっこう頻繁に新幹線が通過して行く。新幹線沿線の住民はこういう振動と音に悩まされているのだということが実感された。
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 駅前のすぐ左手が工場の敷地になっているらしい。帰って調べてみると、三弘紙業吉原営業所というもののようだった。
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 煙草を吸ったり缶コーヒーを飲んだりして時間を潰した後、再びホームに戻って次の電車の到着を待っていた。そろそろかなと思う頃、高架の上を新幹線が通過。見ると、向こうから岳南電車もやって来るところだった。
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 16:16着の電車である。
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 これが、折り返し16:20発の吉原行きになる。
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 復路。
 比奈駅に入って行く。高校生が1人待っていた。近くに高校があるのだろうか。
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 これが駅舎。
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 比奈駅を出ると、これが往路では撮れなかったパイプラインの下をくぐるところ。工場は、日本大昭和板紙吉永工場というものらしい。
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 次の岳南原田駅で交換待ちがあった。今回の往復乗車で、唯一ホームに降りることができた駅だった。しかし交換電車はすぐにやって来てしまい、1分も経たず慌ただしく車内に戻った。
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 復路もあっという間だった。
 吉原駅に入って行く。
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 一番左側の線路を辿って行く。
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 ホームには待っている高校生などの姿が見える。
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 16:41、吉原駅着。
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 岳南電車。もう一度乗りに来たいと思った路線だった。

 この後、連絡跨線橋で急いでJRのホームへ。すぐに、東海道本線16:44発の熱海行きが入って来た。
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 この電車は17:26、熱海着。17:32発の快速アクティー東京行きに乗り継ぐ。

 18:16、茅ヶ崎駅で下車。帰りは横浜線でなく相模線で帰ることにした。接続は無理だと思っていた18:17発の橋本行きに乗ることが出来た。
 相模線はいまだに単線のままなので、途中何度も交換待ちを繰り返しながら、19:26橋本駅に到着。19:29発の横浜線・八王子行きに乗車した。
by krmtdir90 | 2014-04-23 12:55 | 鉄道の旅 | Comments(0)

高校演劇2014①春の大会

 昨日(4月19日)は、埼玉高演連・西部A地区の春季発表会(於・朝霞コミュニティセンター)に行ってきた。朝霞・新座総合・和光国際・新座・朝霞西・新座柳瀬(上演順)の6校の舞台を見せてもらい、終了後は今年も顧問研修会(要するに飲み会)に押しかけてきた。現場を離れてけっこう経つが、今もこうして現役顧問の輪に入れてもらえるのは有り難いことである。

 6校のうち、和光国際・朝霞西・新座柳瀬の3校が印象に残った。昨年素晴らしい舞台を見せてくれた新座は、今年は選んだ台本(石山浩一郎「楽屋のハナ子さん」)がひどく、生徒の力がうまく発揮されなかったようで残念だった。
 以下、3校について上演順に簡単な感想を書かせてもらうことにする。

 和光国際の「ナツヤスミ語辞典」(成井豊)は、わたしも過去に2度ほど取り組んだことのある台本で、中身をよく知っているから、自然と見る時のハードルは高くなっていたと思うが、かなり複雑な物語をカットを入れながら上手に整理して、非常に楽しく生き生きした舞台に仕上げたと思った。10人あまりの役者がみんなよく役を掴んでいて、セリフのやり取りもしっかり作れていたので、どの役の組み合わせになっても、シーン一つ一つがちゃんと成立し、物語として積み重なって行ったと思う。
 これだけ出来れば見事なものである。全体的なテンポ(芝居の流れ)はずっと快調で、しかしポイントになる見せ場はきちんと強調出来ていて、アカネとナナコのウラシマをめぐる愛の物語という芝居の芯は、しっかり観客に届けられていたと思った。生徒中心の芝居作りが部の伝統として受け継がれていて、集団としての力を感じさせる舞台だったと思う。
 あえて苦言を一つ。最後のシーンに星球を使っていたが、生徒はあういうものが使えるとついやりたくなってしまうのかもしれないが、星球は結局作り物のニセ物の星空に過ぎない。それに頼ってしまった瞬間に、それまでの芝居が広げてきた想像力の空間が萎んでしまい、安直な薄っぺらなものになってしまう危険性を知った方がいいと思った。
 和国の生徒は、自分たちが作り上げた芝居の成果にもっと自信を持ってよかったのだと思う。舞台上に残った役者たちの存在だけで、観客席には銀河鉄道や満天の星空(台風が近づいているというのだから、人によっては激しく動いていく雲だったかもしれない)が見えていたのではないだろうか。役者たちがちゃんと芝居をやり切っているのだから、最後は観客席の想像力に委ねる潔さが必要ではなかったか。この舞台は、そのレベルに届いていたと思ったのである。

 朝霞西の「その、七日目」は、朝霞西高校演劇部作となっているが、これはどう見ても顧問の創作台本である。生徒の原案を生かしたということのようだが、その場合は誰々原案と付記すればいいのであって、作者名はきちんと出して(無論ペンネームでもかまわないが)顧問創作として責任を取った方がいいだろうと思う。
 ついでに言っておけば、今回この作品を含めてOO高校演劇部作が3本並んでいたのだが、あとの2本は明らかな生徒創作で、その場合も、演劇部みんなで作りましたと責任の所在を曖昧にしてしまうのはいいことではないと思っている。どんな作り方をした舞台でも、必ず中心になって台本にまとめた生徒がいるはずであり、その名前できちんと発表させる習慣をつけた方が、結局は本人のためにもなると思うのだがどうだろうか。
 さて、朝霞西の舞台だが、台本が一種のミステリィ仕立てになっていて、仕掛けられた謎を男1・女2の計3人が濃密な空間を作りながら解いていくというものだった。この役者3人が非常に達者な芝居を見せてくれて、役の輪郭もくっきり浮かび上がらせてくれたので、見事な緊迫感が舞台上に醸し出され、こういう暗い話は個人的にはあまり好きではないのだが、思わず引き込まれて最後まで持って行かれた感じだった。高校生で、なかなかここまで出来るものではない。
 台本がよく書かれていて、生徒がまたそれによく応えたということだと思う。ただ、いわゆる謎解きにあたる部分が若干書き方が曖昧で、ストンと腑に落ちる解にはなり得ていないように思えたのが残念だった。解というのはやはりスッキリと一つにして見せて欲しいし、その上で幾つかの解釈の余地が残るというのならいいのだが、解そのものに、エッそれじゃさっきのこれはどうなるわけ?というような、割り切れない疑問のようなものが残るのは、ミステリィとしては少しまずいのではないかと思った。でも、作者の力量と生徒たちのレベルの高さは十分に感じさせる好舞台だったと思う。

 新座柳瀬の「Eliza!」は、昨年の「D Lover」に続いて、この春大の舞台と6月に行われるコピスみよし高校演劇フェスティバルの舞台が“連続もの”になるという試みの第2弾で、バーナード・ショー原作の「ピグマリオン」の登場人物を動かしてみせる顧問創作である。
 前編にあたる今回の舞台は、後日談ならぬ前日談とも言うべきお話しで、博奕狂いの父親に翻弄されながら、自立していく日を夢見る健気なイライザの姿が描かれる。最後は、家を出て新しい一歩を踏み出した花売り娘イライザが、道で見知らぬ紳士とぶつかって汚い言葉を吐くシーンのストップモーションに、例の「マイフェアレディ」のオープニングテーマ曲がかぶさって幕になるという、わくわくするような終わり方を見せてくれた。後編に期待のつながる一編になっていたと思う。自由のきくコピスのフェスティバルなのだから、いっそのこと最初と最後に前編・後編を置いてしまうというプログラムの組み方も、もしかするとアリだったのではないかと思った。
 ただ、今回の舞台の出来については、若干物足りない部分が残ったのも事実である。まず、イライザの自立への願いというものがあまり書き込まれていなかったので、最後に彼女が家を出て行くシーンがやや唐突な感じになってしまったこと。また、彼女を健気ないい子にし過ぎてしまった感があって、もう少し意図的に汚い言葉なども喋らせておかないと、あのラストシーン(後編のオープニングシーン)の思わず出てしまう彼女の反応につながらないのではないかと思った。
 ぐうたらで甲斐性なしの父親の人物造形は見事だった。台本もよかったが役者もよく演じて、どうしようもないが愛すべきキャラクターを際立たせた。しかし、ここでも書き込み不足というか、普通ならアビゲイルとイライザはとっくの昔に彼を見限っていてもおかしくない行状にもかかわらず、そうはなっていない理由がもう一つ見えていないと感じた。彼の中に隠れている優しさでも侠気でも何でもいいのだが、これがあるから2人の女性はこの男を見捨てる気になれないという、そういう部分が少しだけ見えるようにしておいて欲しかったのである。
 あと、今回は舞台の設計に芝居の流れを切ってしまうような要素があって(ドアの設定など)、うまくテンポが出なかったのも残念だったと思う。しかし、相変わらず作者の才気は十分感じられる舞台で、役者たちもみんな水準以上の芝居を当然のように見せてくれていたと思った。

 これを書いているきょう(20日)は、川越坂戸地区でよく知っている顧問の学校が幾つか上演しているはずだが、気分が乗れば行ってみようと思っていたが、昨夜遅くまでけっこう飲んでしまったので、お休み?ということになってしまった。顧問・生徒の皆さん、コピスのフェスティバルで見せてもらうのを楽しみにしていますよ。
by krmtdir90 | 2014-04-20 14:57 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

また歌舞伎見物「曽根崎心中」(2014.4.16)

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 今月も、16日(水)に歌舞伎見物に行ってしまった。どうも、行き始めると続けて行きたくなるたちなのだ。ただ、これで三ヶ月連続になってしまったので、このあとはしばらくお休みにしようと思っている。

 4月の昼の部は、11時開演で終演が4時を過ぎるという長丁場で、さすがに少々疲れた。新作舞踊「壽春鳳凰祭(いわうはるこびきのにぎわい)」、義太夫狂言「鎌倉三代記」、常磐津舞踊劇「壽靱猿(ことぶきうつぼざる)」と続いて、最後が近松の人形浄瑠璃を歌舞伎にした「曽根崎心中」、坂田藤十郎一世一代にてお初相勤め申し候と謳われている一幕三場が並んだ。
 見たかったのは「曽根崎心中」だが、なかなかそこまで辿り着かなくて、「鎌倉三代記」が長い割に動きも少なくて、やや飽きてしまった。

 「曽根崎心中」は、プログラムにドナルド・キーンが書いていた通り、二百年以上も上演が途絶えていたものを、昭和28(1953)年に藤十郎(当時の扇雀)のお初で復活上演したところ大ヒットとなり、以来今日まで、お初は常に藤十郎の当たり役として上演が続いてきたもののようである。月日を重ね、いま藤十郎は80歳を超えているという。
 率直に言って、これはいくら何でも無理があると思った。19歳の遊女を演じるのに、いくら芸の力と言ったところで、40、50あたりまでならともかく、ここまで来ては、80という現実がその芸を裏切っているということだと思った。
 キーン氏が絶賛していた初演時のお初の素晴らしさについては、わたしはもちろんそれを見てはいないのだが、それはその通り疑いもないことだったのだろうと思う。しかし、それならなおのこと、適当なところで惜しまれながら、後進にお初役を譲るべきだったのではないかと思ったのである。歌舞伎にはそれぞれの役者に熱狂的なファンがついていると言うから、滅多なことは言えないが、とにかくそう感じてしまったことは事実なのだから仕方がない。
 役を渡せるだけの後進がいなかったという見方もあるようだが、これは違う。渡した時点で藤十郎より劣っているのは当然のことで、それを理由に役を渡せないと言うのでは、後進も育たないし、自らもこういう年齢による残酷な裏切りに出会うことになってしまうのである。役が役者を育てるということがあるではないか。芸はいまは藤十郎に遠く及ばないとしても、若く新鮮なお初を見てみたいと切に思った舞台だった。

 芝居として見た場合、余計な要素を排除して一直線に大詰めまで持って行ってしまう、台本の潔さが緊迫感を生み、道行きの「此の世の名残り夜も名残り、死ににゆく身をたとふれば、仇しが原の道の霜、一足づつに消えてゆく、夢の夢こそあはれなれ」に始まる近松の名調子、ああこういうふうにやるのかと堪能した。
 わたしは歌舞伎のこと(約束事など)はよく知らないが、回り舞台による場の転換を場内の明かりをすべて落として完全暗転にしたことと、ラストを緞帳を切って終わらせる処理にしたことが、何かそこだけ現代演劇の舞台装備が主張しすぎているような感じがした。昔はそんなことは出来なかったのだし、薄明かりの中で転回する舞台を見せてくれてよかったし、普通に引き幕で終わらせてくれた方が違和感がなかったのではないかと思った。
by krmtdir90 | 2014-04-18 15:40 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

四国の旅⑪土讃線3・帰路(2014.4.5)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 最終日は岡山から新幹線で帰る予定である。
 高知から土讃線の普通列車で戻るのだが、午前中は5:31発、7:03発、10:41発という3本の選択肢しかない。これでは10:41を選ぶしかないではないか。特急は5:00の始発からほぼ1時間おきに出ているが、特急を使わないとこんなものなのである。

 で、ホテルのチェックアウトの10時までに、ちょっと朝の散歩をしようと思った。とは言っても、高知市内ではもう特に行きたい所も思い浮かばなかったので、土佐くろしお鉄道の分岐駅である土讃線・後免(ごめん)駅に行って来ようと考えた。

 きょうは18きっぷを利用する日だから、利用を始めてしまえば料金はかからないのである。昨日乗ったのと同じ8:30発で行動開始。8:46、後免駅で下車した。
 乗務員交代ののち、1分後に列車はくろしお鉄道の線路に入って行った。すぐに高架になっていくのがよく判る。
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 さて、ホームにはこの駅のキャラクター・ごめん えきお君が立っていた。
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 反対側の留置線には、昨日も行く時気になったタイガース塗装の車輌が。春季キャンプ地の縁だと判ると、なるほど納得である。
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 外に出てみた。特にどうということのない駅であり、特にどうということのない駅前である。
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 9:03、やって来た高知行きの車輌は、例のオープンデッキ付き車輌9640-2Sだった。
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 ここで1輌増結があるというので待っていると、入って来たのはJRの1000形車輌だった。こういう連結もするのだ。
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 増結車輌の方は空いているのが判っていたが、わたしが乗ったのはもちろんオープンデッキの方。9:12、発車。
 これが車内。
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 左側の窓の外がオープンデッキになっていて、車内の方はその分幅が狭くなっている。右側の1人掛け座席は背もたれがなく、前の方に空席があったのでそこに座った。

 オープンデッキは前後に出入りのドアがあったが、この時間帯は利用できないという貼り紙がしてあった。ちょっと残念だったが、確かにこの時間はまだ通勤時間帯で、仮に利用できるようになっていたとしても、1人で出て行くのはかなり勇気が必要だったろう。
 ということで、9:31、高知駅に戻って来た。

 ホテルに戻ってチェックアウト。今度は大きな荷物を持って、再び高知駅へ。
 これまで気付かなかったのだが、昨日の朝の高知駅の写真のすぐ右の所に、こんな石碑があるのを見つけた。
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 まあ、父のことだから啄木と直接関係がある訳ではないが、まさか高知で啄木の名前が出てくるとは思わなかった。
 石碑には、啄木と父・一禎(いってい)の短歌が一首ずつ刻まれていた。啄木の歌を転記しておく、「よく怒(いか)る人にてありしわが父の/日ごろ怒らず/怒れと思ふ」。

 さて、10:41発の阿波池田行きが入線してきた。1000形の単行である。
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 今回の旅で、土讃線は思い出多い路線となった。これから何回来ることがあるか分からないが、乗るたびにいろいろ思い出すことになるだろう。

 新改(しんがい)駅。
 一昨日とは逆だから、駅の方が先である。保線作業員だろうか、男性2人が待っていた。
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 一昨日は暗くて、うまく撮れなかったショットである。
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 逆走して引き込み線の方に入って行く。
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 信号が変わった。ポイントも切り替わっているのが判る。
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 列車は本線のトンネルの方に向かって行く。
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 土佐北川(とさきたがわ)駅。
 駅(鉄橋)に入って行く手前で、左手に車が何台か駐車しているスペースが見えた。一昨日は確かめることができなかった駅前広場と思われる。あの時遠望された橋も見えた。
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 今回もここで交換待ちがあると言う。一昨日下りて行った階段口が見えている。何だか懐かしい気分である。
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 交換列車がやって来たようだ。
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 行き違ったのは、岡山発・高知行きの特急南風(なんぷう)5号だった。
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 豊永(とよなが)駅。交換待ちはなかった。
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 大歩危(おおぼけ)駅。ここも交換待ちはなかった。
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 小歩危(こぼけ)駅。ここで交換待ちがあった。
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 行き違ったのは、アンパンマン列車の特急南風7号・高知行きだった。
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 13:08、阿波池田駅に到着。降りる用意をしていたら、この車輌がそのまま13:35発の多度津(たどつ)行きになるという放送があった。なーんだ、である。
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 大きい荷物は置いたまま、改札を出たところにあったキヨスクで、昼食にサンドウィッチを買ってきた。
 座席に戻って食べていたら、窓のすぐ横にアンパンマン列車が入線して来て停まった。目の前にアンパンマンがいる。せっかくだから1枚写してみた。
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 さて、土讃線はこの先、佃(つくだ)・坪尻間と琴平・多度津間がまだ乗っていない区間になる。
で、その佃と坪尻の間にある一駅、箸蔵(はしくら)駅。
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 そして、坪尻(つぼじり)駅。
 降りているテツがいないかと見ていたが、この日はいないようだった。
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 14:46、多度津駅着。
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 ホームから、煉瓦造りの給水塔が見えた。
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 乗り継ぎ時間が20分余りあるので、外に出てみた。
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 細かい雨が降り始めている。朝の天気予報では、この日は四国の南部に晴れマークがある以外は、全国的に傘のマークが並んでいて、まあ仕方がないなと思っていたが、どうやら予報の通りになってきたようだ。

 駅前に、少林寺拳法発祥のまちというモニュメントが立っていた。ふーん、そうなんだ。
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 向こう側に回ってみると、四国鉄道発祥之地というプレートと共に、SLの動輪があった。
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 横に説明板があったので、たぶん読み取れると思うので載せておく。
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 さっきの給水塔の方にも行ってみた。
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 給水塔の下に、木造の歴史のありそうな建物があった。
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 構内食堂という暖簾が掛かっているからには、いまは外になってしまったが、かつては駅構内にあって、鉄道マンの利用に供されていたということだろうか。

 さて、最後に乗る普通列車が入って来た。予讃線・観音寺(かんおんじ)始発、多度津15:09発の岡山行き。電化区間となるので、113系というのに分類されるクハ112形電車、4輌編成である。
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 これが車内。転換クロスシートである。
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 この先、多度津から宇多津(うたづ)までが予讃線、宇多津から瀬戸大橋を越えて、岡山県の茶屋町(ちゃやまち)までが本四備讃線(瀬戸大橋線)、茶屋町から岡山までが宇野線ということになる。

 宇多津を出ると間もなく瀬戸大橋になる。この日の瀬戸内海は雨に煙っていた。
 瀬戸中央自動車道・与島PA。
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 岡山側最初の駅・児島(こじま)駅で20分ほど停車した。この間に、高松からやって来た快速マリンライナー岡山行きとの接続があり、ほとんどの乗客はそちらに乗り換えて行った。
 わたしは何となく各停にこだわる気分があって、早く岡山に着いても新幹線の時間は決まっているのだし、がらがらになってしまったこの各駅停車に乗り続けて、16:29、岡山駅に着いた。
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 今回の四国の旅は、ずいぶん盛り沢山の旅になった。
 最近、こうして写真の整理をしながら、インターネットでいろいろなことを調べる楽しさを知ってしまったので、時間ばかりかかって仕方がないのだが、まあ基本的にはヒマなのだから、当面はこれでいいのかなと思っている。①から⑪まで、お付き合いいただいた方、ありがとうございます。今回はここまでです。
 岡山16:58発・さくら558号、新大阪17:44着。
 新大阪18:16発・ひかり532号、新横浜20:52着。
by krmtdir90 | 2014-04-17 16:06 | 鉄道の旅 | Comments(0)

四国の旅⑩高知散歩(2014.4.4)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 午後は、路面電車を使って高知市内を少し回ってみようと思っている。
 とりあえず高知駅前電停で、停車中の電車に乗車する。これは市内を南北に走る桟橋線(高知駅前-桟橋通五丁目)で、印象的な塗装の590形と呼ばれる車輌である。
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 発車前に、運転手から「電車一日乗車券(市内均一区間用)」500円を購入する。
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 高知の路面電車は、土佐電気鉄道という会社が運行しているもので、はりまや橋電停で南北の線路と東西の線路がクロスする形になっている。東に向かうのは後免線で南国市の後免町電停まで、西に向かうのは伊野線でいの町の伊野電停まで、これは一体となって運転されているので、全体で22.1キロ、電停数も66の長大な路線となっている。
 このため、運賃は高知市内均一区間というのが設定され、この区間内は200円、それより遠くなると累進制の運賃が採用されている。したがって、「一日乗車券」も2種類あって、全線有効になると1000円なのだが、わたしは今回は全線に乗るつもりはないから、500円のもので十分なのである。

 さて、まずははりまや橋電停で下車してみる。
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 歌の文句で有名なはりまや橋だが、別にどうということもない小さな橋である。日本3大がっかり名所の一つなのだそうだが、全然期待していた訳ではないから、なにもそんな風に言わなくたっていいじゃないかとも思う。
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 歌の文句の通りに、すぐ隣にかんざしの店があったので、むしろ意味もなく感心してしまったのですが。
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 今度は、伊野線の方のはりまや橋電停で、やって来た600形電車に乗り、2つ目の大橋通電停へ。
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 アーケードのある大橋通商店街を抜けて行くと、
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 左手に、有名な「ひろめ市場(いちば)」がありました。
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 中は、とにかく雑然といろんな店がひしめいていて、
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 真ん中のあたりが広いテーブル席になっていて(この写真の、奥から右奥にかけて)、
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 昼間からみんな、ビールのジョッキなどを並べて盛り上がっているのです。
 うーむ、そうなのかと納得しましたが、ガミーゴくん(また九州の旅①参照)あたりが一緒なら別ですが、わたし一人で昼食を食べるには適当な場所ではないと判断して、さっきの大橋通商店街に戻って、適当な店でラーメンを食べました。

 さて、高知でどこに行くかと考えた時、高知城以外に思い浮かぶところがなかった。とにかく高知城は昔の天守閣などがちゃんと残っているようだし、個人的には歴史的な興味よりも、初めての町ではまず高いところから町全体を眺めてみたいという気分が強いのである。

 で、国宝高知城である。
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 多くの建物が国の重要文化財に指定されているようだが、どうもこういうところでは、一々確認しながら丁寧に見学していくという姿勢が取れない。

 追手門。
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 天守閣。
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 ここが天守閣見学者の入口。
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 天守閣の規模はそれほど大きなものではないと思う。
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 途中の層の窓。
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 非常に急な傾斜の階段。
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 最上層に着いた。ここから外に出て、手摺りに掴まりながら一周する。風が強くて少し怖い。
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 天守からの眺め。
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 漠然と海が見えるかと期待していたが、高知市の中心部というのは案外海からは離れているようだ。海との間に小高い丘というか山というか、とにかく遮る地形があるようだった。

 高知城見学の後、追手門とちょうど反対の方向に抜けて行くと、江ノ口川という小さな川を越えたところに、寺田寅彦記念館というのがあった。寺田寅彦はほとんど読んだ記憶がないのだが、他にめぼしいところもなかったので行ってみることにした。
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 寺田寅彦は東京の生まれだが、4歳から19歳までを高知で育ったらしい。ここは旧寺田邸のあった場所で、敷地は当時の半分以下になっているが、太平洋戦争末期の高知市空襲で焼失した屋敷の一部を復元して、昭和59(1984)年から公開しているものだという。受付の女性がいたが、入場料不要だったのが思いがけなかった。

 この方と話していて、高知県立文学館に行きましたかと聞かれたので、行っていないと答えると、行くと面白いと思いますと言われたので、行ってみることにした。
 途中道が判らなくなって、ちょうど高知県警察本部の前だったので、出てきた警察の人に道を尋ねたら、いまそちらの方向に行くところなので一緒に行きましょうと言われ、何だかどぎまぎしながら連れて行ってもらった。歩くのが速くて参ったが、親切な警官だった。

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 企画展の方は興味がなかったので、常設展の方だけ見学した。「土佐日記」の紀貫之から始まって、高知出身あるいは高知ゆかりの作家が紹介されていた。倉橋由美子が高知県出身(土佐山田町、現在の香美〈かみ〉市)だったのを初めて知った。

 さて、このくらいでいいだろう。あとはまた、路面電車に乗ることにする。
 路面電車のある風景・その1。同じような塗装だが、右(手前)は600形、左(奥)は200形である。フロントガラスの形状が違っている。
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 路面電車のある風景・その2。左(手前)が600形、右(奥)は800形である。
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 200形と800形はフロントガラスが同じように見えるが、よく見比べると違っていることが判る(もちろん、他にも違うところはいろいろあるのだろう)。

 高知城前電停から、はりまや橋電停で桟橋線に乗り継ぎ、終点の桟橋通五丁目電停へ。
 この正面に見えている建物は、電停とは全く関係ない建物である。
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 桟橋通五丁目電停の、これが全景。
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 200形が発車して行く。
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 入れ替わって、590形がやって来る。592、きょう最初に乗った車輌である。
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 左の214のすぐ向こう左手に、次の桟橋車庫前電停が見えている。待っている女性の姿が判るだろうか。このあと、わたしはそちらの方に歩いて行く。

 桟橋通五丁目電停に入った592が発車して、
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 桟橋車庫前電停に入って行く。
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 この桟橋車庫前電停の前(写真左手)には、その名の通り土佐電鉄の車輌基地(整備センター)と土佐電鉄本社があるのである。
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 本社ビル1階の事務所のようなところで声を掛けると、ここまでは入っていいというラインを教えてくれ、あとは自由に見ていいことになる。
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 いろいろな車輌があるので順番に撮影していったが、そのうち、これはつまらないなと気付いたのである。パンタグラフを畳んで静止している車輌をいくら撮っても、ちっとも面白くないと思い至った。電車は走っているからいいのであって、走っているのを撮るのが面白いのだと気付いたのである。

 さて、このあと桟橋車庫前電停からはりまや橋電停へ。
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 ちょっとまだ時間が早いので、伊野線の方を少し行ったり来たりした。朝の天気予報の通り、何やら寒気団が張り出してきているらしく、風が非常に冷たく寒い。しかし、あと少しだ。

 で、路面電車のある風景・その3。700形車輌。実際、他とどこが違うのかよく判らなかった。
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 路面電車のある風景・その4。路面電車もカーブでは傾くのだということが判った1枚。
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 上町(かみまち)一丁目電停。撮影時刻、17:18。
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 そろそろいい時間になってきた。この電車ではりまや橋の一つ手前、堀詰電停まで行き下車。

 きょうは今回の旅行最後の夜なので、ガイドブックに載っていた明神丸というお店で、少しお酒と料理をいただこうと思っていたである。
 で、いただきました、鰹の塩たたき。写真だとあまり美味しそうに見えないのですが。
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 このお店では、注文を受けてから焼いてくれるのだというが、その出来たての厚切りに塩がまぶしてある。まだほんのり温かく、一口食べて、ああこれが本物の鰹のたたきというものなのかと、まるで初めて食べたような気持ちになった。実に旨かった。
 鰹の刺身も注文したが、もちろん新鮮ないい鰹だったが、この塩たたきの前には、それすら色褪せてしまうほどだったのである。帰る前から、これはぜひもう一度食べに来なければと決意してしまったくらいである。

 お酒は酔鯨(すいげい)ぐらいしか名前を知らなかったが、これを1杯飲んだ後で、当てずっぽうに頼んでみた美丈夫というのがなかなか美味しくて、まあほどほどの量いただいて、1時間半ぐらいですっきり切り上げたのでした。
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by krmtdir90 | 2014-04-16 21:58 | 鉄道の旅 | Comments(0)

四国の旅⑨土佐くろしお鉄道阿佐線・奈半利(2014.4.4)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 朝の高知駅。雲はあるものの、しっかり晴れている。昨夜はこのあたりすっかり水浸しで、ホテルまでの数分に全く難儀したのが嘘のようだ。
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 きょうはまず、土佐くろしお鉄道阿佐線を往復しようと思っている。阿佐線は一般には「ごめん・なはり線」と呼ばれていて、土讃線の後免(ごめん)駅から奈半利(なはり)駅まで、42.7キロを結んでいる非電化単線の第三セクター路線である。
 多くの列車が高知駅まで乗り入れていて、快速運転の列車も設定されている。

 これは、高知駅8:30発の奈半利行き快速である。2輌編成だが、安芸(あき)駅で切り離しがあり、1輌だけが終点まで運行された。
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 車内は、半分が転換クロスシート、半分がロングシートと、前後ですっきり分かれたかたちになっている。クロスシートの背もたれが異様に高く、座っている乗客がいるかどうか、すぐ脇まで行かないと判らないのは、後から乗ってくる乗客にはちょっと不便のような気がした。
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 あと、見て判る通り、この車輌は窓が開けられない。楽しみは半減してしまうが、まあそういう車輌なのだから諦めるしかない。

 車輌は幾つか種類があるようだが、阿佐線ではすべて9640の番号が付くようになっていて、これは「く・ろ・し・お」の語呂合わせになっているのだという。調べてみるとなーんだという感じだが、こういう遊び心はわたしは好きである。
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 側面の青色の帯に、高知に縁の深い漫画家・やなせたかしデザインによる。かわいいキャラクターがたくさん描かれているが、この一人一人には名前があって、後免・奈半利間の全部の駅に割り振られているのである。
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 一つ上の9640-4の写真で言えば、左から、とうのはま へんろ君(唐浜駅)、やすだ アユ君(安田駅)、田野 いしん君(田野駅)、なは りこちゃん(奈半利駅)、一番右で半分欠けてしまったのが、ごめん えきお君(後免駅)となっている。
 また、次の停車駅を知らせる放送テープは、どの駅も「なは りこちゃんの奈半利駅です」というふうになっていて、なかなか徹底していて楽しいアイディアだと思う。

 高知駅を発車した9640は、しばらくJRの乗務員によって土讃線を走ったのち、後免駅でくろしお鉄道の乗務員と交代して、ごめん・なはり線に入って行く。
 後免駅の次に後免町(ごめんまち)駅というのがあって、ここで気付いたのだが、駅名板にも各駅のキャラクターが描かれていて、ここでは「ごめん まちこさん」が微笑んでいた。
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 さて、この列車はワンマン運転ではなく、車掌さんが車内を巡回していたので、声を掛けて「1日乗り放題きっぷ」1640円を購入。先月までは1600円だったはずだから、消費税値上げに伴って印刷し直した新しいきっぷのようだった。
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 因みに、後免・奈半利間の運賃は片道1070円だから、単純に往復するだけで元は取れてしまうのである。

 列車は少しの間町の中を走るが、あかおか駅のあたりで海岸に出ると、後はずっと海の景色が車窓を楽しませてくれる。この路線は高架の区間が多く、基本的にずっと高い位置を保ち続けてくれるので、間に家並みなどがあっても、海はいつも見えている感じなのである。
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 くろしお鉄道の看板に偽りなし。これこそ本物のシーサイドラインである。

 球場 ボール君の球場前駅。
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 来てみて気が付いた。安芸(あき)は、阪神タイガースの春季キャンプが行われる所だった。室内練習場が見えている。向こう側に球場もあるようだった。

 次の安芸駅で、後ろの1輌切り離し。後ろにいたわたしは、切り離しを見ながら前の車輌に移動。切り離した1輌をホームに残して、9:21発車。
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 なお、この駅、降りてはみなかったが、物産館を併設する大きな駅舎(左手)を持つ阿佐線の中心駅で、右手には車両基地があるようだった。

 ところで、海の写真というのは、見えるとどうしてもシャッターを切ってしまうのだが、どこの海も結局は海以外の何ものでもなく、これがくろしお鉄道の太平洋だと言ったところで、写真としては何の変哲もないただの海の写真に過ぎないのである。
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 海は眺めればいいのであって、写真に撮っても仕方がない。って、分かっているんだけどつい撮っちゃうんだよね。

 列車は、終点・奈半利駅の手前で奈半利川の鉄橋を渡る。
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 奈半利駅に入っていく。1面1線、高架上にホームがあり、線路も高架の上で終わっている。
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 9:41、奈半利駅到着。
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 乗って来た列車は、9:49発・高知行きとなって、数人の乗客を乗せて出て行った。
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 ホームや改札は2階になっており、階段を下りて駅前に出る。なは りこちゃんが立っている。海が近いからだろうか、風が非常に強い。
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 次の列車まで、まだ1時間ほどある。

 奈半利には、古い町並みが残っているらしい。ただ、観光スポットとして注目されている訳ではないから、事前に地図などは見つけられなかった。現地に行けば何かあるだろうと思っていたが、甘かった。駅には何も置いてない。
 まあ、広いエリアではなさそうだから、見当をつけて行ってしまえ。ということで歩き始めたが、駅から少し離れていて、最初に少し手間取ってしまった。

 エリアにはいると、個々の建物に説明板は付いているのだが、散策ルートとしては整備されていないようで、いわゆる矢印表示が不完全なので、同じ場所に戻ってしまったり、ちょっと、かなり余計に歩いてしまったようだ。
 ある通りに固まっているというのではなく、あちこちに飛び飛びにある感じになっている。
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 ということで、建物の幾つか。国の登録有形文化財に指定されている建物が多くあるようだ。
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 ここは江戸時代、旅籠屋を営んでいたらしい。
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 いまも現役の建物もある。ここは和風喫茶兼ギャラリーらしい。
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 薬屋。奥の土蔵の方が店舗になっているようだ。
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 床屋。建物としてはどうということもなさそうだが、いい雰囲気である。
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 さて、このあたりが奈半利町の中心部になるのだろうか。国道55号である。
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 奈半利駅に戻った。
 駅の建物の裏手に回って、高架上で線路が途切れているところを下から確認。
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 駅は1階に物産センターのような施設を併設していて、2階の狭い駅待合所の横から、その屋上にあたる展望スペースに出られるようになっていた。
 駅前の道の突き当たりが海で、港になっているようだった。
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 奈半利川に架かるくろしお鉄道の鉄橋も見えていて、次の列車がやって来るところが見えた。
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 やって来た列車は10:47、奈半利駅着。これが、10:53発の安芸行きになる。わたしはこれに乗車する。

 帰りは、反対の山側の景色を見ようと思っていたのですが、
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 つい海の方に目が行ってしまうんですね。
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 11:13、あき うたこちゃんの安芸駅着。待っていた11:15発の高知行きに乗り継ぐ。帰りは快速ではなく各駅停車である。とは言え、高架の駅が多く、特徴的な駅もなかった。

 あなない ナスビさんの穴内(あなない)駅。ここで交換待ちがあった。ちょうど停車位置が良かったので、駅舎というか、ホーム上の待合所を写しておく。ほとんどの駅が、大小の違いはあっても大体これと相似形の待合所なので、1枚写せばそれでいいという感じになってしまうのである。
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 行き違ったのは、くろしお鉄道が一つの売りにしているオープンデッキ付きの車輌、9640-2Sだった。
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 12:25、高知駅に戻ってきた。
by krmtdir90 | 2014-04-15 14:59 | 鉄道の旅 | Comments(0)

四国の旅⑧土讃線2・運転手さん感謝(2014.4.3)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 阿波池田駅から土讃線で高知に向かう。
 徳島線からの乗り継ぎ時間は39分あるので、駅前に出てみた。ここは高校野球で有名な徳島県立池田高校の最寄り駅で、天気さえ良ければ散歩にちょうどいい距離のように思えたのだが、雨は降ったり止んだりという感じで、ちょっと行く気にはなれなかった。
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 駅前にアーケード街があったが、一目で寂れているのが判った。人影がほとんど見られず、車だけが時折通っているだけである。行ってみたが、すぐに戻ってきてしまった。
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 さて、阿波池田15:54発、土讃線・高知行き。1000形気動車の単行である。
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 車内はロングシートとボックスシートが点対称に配置されたセミクロスシート。
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 当然ワンマン運転だが、この列車の運転手さんは発車前の放送で、途中交換待ちなどで長い停車時間のある駅を、何駅何分というふうにまとめて紹介してくれた。
 こういう放送をしてくれる運転手さんは初めてだった。発車してからも、短くても停車時間のある駅ではきちんと何分と放送してくれたので、わたしには非常に有り難かった。

 阿波池田を発車すると、土讃線は吉野川に沿って険しい四国山地にどんどん分け入っていく。平地はほとんどなくなり、トンネルも多くなる。
 いきなり、遙か頭上を跨ぐ徳島自動車道(だと思う)の高架。しかし、ここを走ったのでは本当の景色というものは見えないだろう。
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 吉野川は、ここからが本当のよしの川ブルーラインだと言うように、次々と素晴らしい景観を見せてくれるようになる。
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 最初の停車駅、三縄(みなわ)駅。
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 鉄橋で吉野川を渡ったりもする。徳島線では一度もそういうことはなかった。
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 次の祖谷口(いやぐち)駅。
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 国道32号がずっと一緒である。次第に狭まっていく谷間を、吉野川と国道と土讃線が走り、家々は急斜面にへばりつくように建てられている。
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 阿波川口(あわかわぐち)駅で、最初の交換待ち停車。
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 停車時間は8分ぐらいだったと思うが、特急と普通列車の2つ交換するということをちゃんと放送してくれたので、余裕を持って歩き回ることができた。
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 簡易委託駅になっているようで、窓口にはけっこうなお歳に見える男性が一人、ひっそりと座っていた。
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 16:16、阿波川口駅を発車。

 次の小歩危(こぼけ)駅。
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 また鉄橋を渡る。
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 非常に険しい地形で、トンネルも連続するが、吉野川の渓谷もしっかり見えている。なかなか写真に収めることは出来なかったが(こういうところでは、無理に撮ろうという気もなかった)。

 大歩危(おおぼけ)駅。ここでまた8分ほどの停車(実際の放送で何分と言っていたかは分からない。記録していないので時刻表から推測して書いている)。
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 ここは観光客などの乗降も多いのかもしれない。右側の駅事務室だった部分にほっと案内所という看板が掛けられ、コーヒーなどが飲めるようになっているらしい。それはいいのだが、どういうつもりか妖怪グッズ販売中などと書かれた貼り紙などもあって、入口にはなぜか児啼爺(こなきじじい)の人形などが立っているのである。
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 中が見えるようになっていたが、こういう形で駅を汚す行為は(当人たちは全く気付いていないのだろう)到底許し難い気分が湧いてきて、断固無視することにした。
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 駅舎外観と駅前の様子。平らなところが全くない感じである。
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 川の眺めなどは素晴らしかったので、駅舎の改悪は非常に残念な気がした。
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 16:37、大歩危駅を発車。このあと列車は、徳島県と高知県の県境を越える。

 高知に入って最初の駅、土佐岩原(とさいわはら)駅。
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 豊永(とよなが)駅。ここはエーッそんなに長いのと思ったから記憶にある、20分の停車だった。
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 時刻表で確認すると、ここでは追い抜かれと行き違いの両方があったようだが、これは行き違いの方、高知発・岡山行きの、特急南風(なんぷう)22号と思われる。辺りはけっこう暗くなってきているので、特急の画像は少し流れてしまっている。
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 ログハウス風の駅舎で、中のベンチに白い清潔なカバーが掛かったふわふわした座布団が並べられていた。
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 近所に誰か、こういうことをボランティアでやってくれる人がいるのだろう。駅というのは、地域の人々に大切にされている場所なのだと実感する。

 途中、止んでいるところもあったが、ここではまた少し降り始めている。ただ、傘がなくても濡れてしまう感じではない。この駅は、吉野川の流れは望めないが、線路際の桜が見事である。
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 次の写真、ホームの向こうに見える2本の椰子の木(でいいのだろうか?)の間に、小さく向こう向きで人が立っているのが判るだろうか。
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 この人、運転手さんである。前の大歩危駅の時に気付いたのだが、この運転手さんは待ち時間の間に、わたしと同じようなコンパクトカメラを持って、駅の周囲の桜を撮影しているのである。

 待ち時間にホームに降りて、体操をしたり駅舎のトイレに行ったりする(車輌のトイレはお客様用という気持ちがあるのだろう)運転手さんは時々見かけるが、写真を撮っているというのは初めてだった。何となく嬉しくなって、ゆっくり戻って来るのを見てわたしも跨線橋を下り、ホームの屋根の下でちょっと話しかけてみた。
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 ちょっとぶっきらぼうな印象があるが、根は気さくな方と見た。
 本当は鉄道写真が好きで、中学だか高校だかの時、関西本線でSLが廃止されるというのを聞いて、初めて撮影に出掛けたのが始まりだと言っていた。鉄道が好きで国鉄に入り、最初は車掌だったが結局運転手になったという。JR四国になってからは、ずっと土讃線一筋だと言うから、違う線区に異動することはないのかと聞いたら、ないということだった。それじゃあ土讃線のどこが撮影ポイントかとか、全部頭に入っているねと言ったら、少し照れたように笑っていた。

 いまは桜だけれど、このあたりは四国の中でもけっこう雪の降るところで、一面雪景色になったりすることもあるのだと言う。それはきっと、思いがけずきれいだろうなと思った。
 配置された線区一筋の運転手人生だとしたら、土讃線というのは大当たりだったのではないだろうか。働いているうちはダメだけれど、退職したら撮り溜めていた写真をまとめて本にしたいと言っていた。わたしは退職してから始めた鉄道初心者に過ぎないが、こういう人生もあるということに対して、心から羨ましいと共感したのである。
 17:10、豊永駅を発車。

 次の大田口(おおたぐち)駅で、また短い交換待ち停車。阿波池田行きの単行列車と行き違った。
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 ここでの停車中、運転手さんがわざわざビギナーのわたしのために、このあともけっこうちょくちょく停車するよと教えに来てくれた。ありがとう。

 次の土佐穴内(とさあなない)駅は写真がない。
 あとで調べてみると、この駅の辺りで土讃線は吉野川の流れと別れたようである。このあともしばらく川沿いを走るのだが、支流の穴内川(あなないがわ)になっていたようだ。

 次の大杉(おおすぎ)駅。
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 ここでも停車時間があったのだが、帰って時刻表を確認してみても、確かに時間はあるが、交換などがあるようにはなっていない。このあたり、記憶がはっきりしないし、よく判らない。

 さて、次の土佐北川(とさきたがわ)駅は驚きだった。トンネルを出るとすぐに鉄橋になるのだが、穴内川に架かるそのトラス橋の真ん中に駅のホームがあるのだった。
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 実は、土讃線では坪尻(つぼじり)駅と新改(しんがい)駅は、スイッチバックのある高ランクの秘境駅としてはっきり記憶していたのだが、この土佐北川駅は完全にノーマークだった。帰って調べてみると、確かに154位にランクインしていたのだが、まさかこういう駅だとは知らずに、何となく上の2駅の前ではかなり下の方だと軽視してしまったようだ。反省。

 しかも、放送ではこの駅で交換待ち停車があると言うではないか。
 わたしがホームに降りると、運転手さんもそ知らぬ感じで降りて来て、何となくどうだいという顔をしている。ビックリしたと言うと、鉄橋の上の駅というのは他にもあるかもしれないが、列車交換が出来るのは日本中でここだけじゃないかなと言う。断定しないところが、この運転手さんの節度あるところだと思った。
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 長い停車時間ではなかったので(確か4分くらいだったと思う)、行き違う列車の方はひとまず置いて、階段を下りて行ってみた。
 下りたところに、四角い箱のようなプレハブの待合所があった。
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 その先、川沿いに張り出すような形に長い通路が出来ていて、ずっと向こうに駅への入口があるようだった。
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 川に橋が架かっているから、あの辺りで道路とつながっているのだろう。行ってみたかったが、そんな時間はない。
 振り返って、ホームのある鉄橋の方を見上げる。
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 右に待合所、右の階段がホームへの階段である。左の階段はこの時はよく判らなかったのだが、帰ってから調べてみると、鉄橋の左側にずっと、向こう岸との歩行者用の連絡通路が出来ているらしい。なるほど。

 時間はあっという間である。ゴーッという列車の通過音に気付いて、急いで階段を上ったが、行き違いの列車は行ってしまった後だった。未練がましくシャッターを切ったが、慌てていたのでブレてしまった。そう何もかもうまくはいかない。
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 17:43、土佐北川駅を発車。
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 それにしても、凄い駅だった。

 角茂谷(かくもだに)、繁藤(しげとう)といった駅の写真はない。ずっと細かい雨が降り続いていて、あたりはかなり暗くなってきているのだ。
 なお、繁藤駅はJR四国で最高所(347m)にある駅だったようで、このあと土讃線は下り勾配になっていく。

 次が、いよいよ秘境駅ランキング26位の新改(しんがい)駅である。
 スイッチバックなので、列車はまず引き込み線に入って行って停車する。
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 運転手さんの移動があり、進行方向を変えて駅に進入して行く。スピードが出ている訳ではないのだが、暗くなっているので手前の方はかなりブレてしまう。
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 到着。
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 ドアが開いたので、そちらに行ってさらに一枚撮った。
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 この時、席から出てきた運転手さんが、わたしの耳元で「2分ぐらいいいよ」とボソッと言ったのである。
 エッと思ったが、わたしは急いでホームに降り、駅舎の正面に回って撮影した。
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 行き違いや追い抜かれがあった訳ではないから、普通ならここで下車しなければ撮れないショットである。
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 けっこう雨が降ってきていて、少し濡れたが気にならなかった。戻った時、小声でありがとうと言ったつもりだが、ちゃんと届いていたかどうか。

 運転手さんはそ知らぬ顔で最初の運転席に戻り、ドアが閉めらて、列車は時刻表の18:01より若干遅れて新改駅を発車したはずである。
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 それにしても、何と分かっている運転手さんだろう。
 この時、乗客はわたしの他には2人しかいなかった。それもどちらも地元に人らしく、もしかすると運転手さんは顔見知りだったのかもしれない。それと、次の土佐山田駅でまたしばらく停車時間があったので、そこで取り戻せるという計算もあったのかもしれない。
 しかし、仮にそうだとしても、わたしのようなワガママな乗客のために、こんな粋な計らいをしてくれるとは、感謝以外に適当な言葉が見つからない。

 土佐山田駅。それでも5分ほど停車時間があったと思う。
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 ここからは町並みが戻ってきて、長い山越えの区間は終わったのである。

 このあと、雨は次第に本降りとなり、あたりも暗くなってしまったので、写真はない。
 18:46、列車は高知駅に着いた。
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 先に写真を撮ってから、あとで運転手さんにお礼を言おうと思っていたら、気付かないうちに降りて行ってしまった後だった。仕方がないので、ここに書いておくことにする。
 運転手さん、おかげで楽しかった。ありがとう。元気で。

 外は土砂降りの雨だった。ホテルまで歩く間に、相当濡れた。
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by krmtdir90 | 2014-04-14 18:20 | 鉄道の旅 | Comments(2)

四国の旅⑦鳴門線・徳島線・穴吹(脇町)(2014.4.3)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 朝の徳島駅前。快晴である。ただ、きょうはこれから天気は下り坂となり、夜には雨が降る可能性が高いという。まあ、天気ばかりはどうにもならないが、とにかく今のところはいい天気なのだから文句はない。
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 きょうはまず、荷物をコインロッカーに預けて、鳴門線を往復する。鳴門線は、高徳線・池谷(いけのたに)駅から分岐して鳴門駅に至る、8.5キロの短い路線である。全線非電化単線、多くの列車が徳島駅発着となっている。
 今回、往きは徳島発8:26の高徳線・高松行きに乗車し、8:40池谷駅で下車して、8:43池谷始発の鳴門行きに乗り継ぐという計画である。分岐駅だから、往きも帰りも直通では面白くないと思ったのである。乗り換え時間が3分というのはいかにも短いが、JR四国のダイヤは総じて接続が極めていいので仕方がない。

 さて、スタートの8:26発・高松行き1200形気動車は、完全な逆光になってしまってうまく撮れていない。したがって、始まりは池谷(いけのたに)駅である。
 単線だった高徳線の線路が、池谷駅の手前で4本に分岐していく。
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 分岐した線路は2本が左の高徳線ホームへ、2本が右の鳴門線ホームへ入っていく。両方のホームは屋根なし跨線橋でつながっており、跨線橋の中程から向こう側に下りていくと駅舎があるという構造である。
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 ポイントの状態から、わたしの乗った車輌が左側の高徳線ホーム駅舎寄りに入って行こうとしているのが判ると思う。高徳線ホームの向かい側(外寄り)には、ここで交換待ちをしていた徳島行きのキハ40(だと思う)が停車している。また、右側の鳴門線ホーム外寄りには、わたしが乗り継ぐ鳴門行きの1500形2輌編成が停まっている。

 8:40池谷駅下車。跨線橋を渡っている時に、待っていた徳島行きキハ40(だと思う)が発車して行った。
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 こちらが鳴門線ホーム。
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 3、4番線ということは、高徳線ホームは1、2番線ということになる。左が駅舎に下りていく階段で、向こうに駅舎も写っているが、この時は急かされているからほとんど目には入っていない。
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 10名ほどの乗り換え客が乗り終わると、ほとんど間を置かずに(8:43)発車した。

 池谷・鳴門間の途中駅は5つ、特に印象に残る駅はなかった。乗客もけっこういたし、あまり積極的な気分にならなかったということもある。

 8:59、鳴門駅着。1面2線の終着駅である。車止めの側に構内踏切があり、改札へ。
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 いま乗って来た列車が5分後に折り返してしまうので、その前に外に出て、車止めの裏側に回り込んで、終着駅定番のショットを撮りたいのである。ここはそっちが駐車場になっていて、簡単に回り込めたのだが、どうもフレームに邪魔なものが入る。まあ、仕方がないと思いながら撮影した。
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 そうこうするうちに、9:04、列車は出て行ってしまった。
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 次の徳島行きは10:01発で、まだ1時間近くある。別に鳴門を観光するつもりは全くないから、駅の周囲を散歩したりして待つことにする。
 まず、駅舎の外観。
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 広場の前は国道28号で、歩道橋があるので、その上から駅の方を眺める。右端にあるのがバス乗り場である。
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 一つ前、駅舎外観の写真の左端に、駅構内を跨ぐ連絡橋(歩道橋)があるので、それにも上ってみることにする(とりあえず、初めてのところではなぜか高いところに上ってみたくなるのだ)。
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 そのまま、駅舎とは反対の側に下りてみた。
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 このあと、写真手前の方に線路に沿ってしばらく歩き、踏切を渡って、国道28号に出てから駅舎の方に戻った。あとは例によって、煙草を吸ったりトイレに行ったり。

 待合所のイスで時刻表を見ながら、次の10:01発は9:51着の列車が折り返すことを確かめた。時間を見ながら、再びさっきの連絡橋の上へ。
 で、やって来た1200形単行が、
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 ホームに着いて、乗客がみんな降りてしまうのを見届けてから、
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 ゆっくり駅に戻って、余裕で間に合いました。って、だから何なんだって、言われてしまいそうですね。
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 さて、帰りの徳島行きは、池谷駅で4分の交換待ち停車をした。ホームから駅舎の姿を写すことが出来たが、跨線橋をぐるっと回って外に出て来る勇気はなかった。
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 行き違ったのは、鳴門線・鳴門行き。これも1200形単行だった。
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 10:42、徳島駅に帰って来た。
 コインロッカーから荷物を出してきて、きょうはこのあと徳島線で阿波池田、さらに土讃線で高知まで行く予定である。

 で、これが11:01徳島発、徳島線・穴吹(あなぶき)行き。1550形気動車、単行。
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 車内は転換クロスシート。乗客もけっこういる。
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 徳島線は、厳密には高徳線・佐古(さこ)駅から土讃線・佃(つくだ)駅までの、非電化単線67.5キロの路線であるが、全ての列車が徳島駅・阿波池田駅を起点としている。徳島・穴吹間は運転本数も多いが、その先、穴吹・阿波池田間は本数が半減してしまう。ただ、基本的に吉野川沿いの比較的開けた地域を走る路線なので、半減しても一日に上下各14本ほどが運行されている。

 JR四国は、この徳島線にもよしの川ブルーラインという愛称を与えている。いかにも吉野川の流れが車窓に楽しめそうな命名ではないか。ところが、これがまた全くの期待外れであったことを、最初に声を大にして言っておかなければならない。
 ほとんどの区間、吉野川なんて影も形もないのである(少なくとも、穴吹駅までの区間では全く見えない)。見える区間も最後の方にわずかだけあるが、これだけで全線に期待を持たせるような命名はやめた方がいいと思う。牟岐線もそうだったが、JR四国、ちょっと困ったものである。

 さて、ということで途中駅。
 まず牛島(うしのしま)えき。見事な桜の木である。
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 阿波川島(あわかわしま)駅で交換待ち停車。
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 行き違ったのは徳島行き普通列車。
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 学(がく)駅。屋根に櫓(やぐら)が付いている特徴的な駅舎である。受験シーズンには、入学の験(げん)担ぎで入場券を買い求める人がけっこういるらしい。
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 阿波山川(あわやまかわ)駅。
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 川田(かわた)駅で交換待ち停車。
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 行き違ったのは、阿波池田発・徳島行きの特急剣山(つるぎさん)6号。キハ185の2輌編成だった。
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 12:07、終点・穴吹(あなぶき)駅に到着。
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 阿波池田行きへの次の接続は12:58だが、阿波池田から先の土讃線の接続を考えると、1台見送って14:32発に乗車しても同じことになってしまうのである。したがって、この穴吹駅で2時間25分の滞在時間ができるのである。

 ガイドブックによれば、ここは吉野川を隔てて対岸に脇町という観光ポイントがあり、そこへの最寄り駅なのである。脇町は平成の大合併で、駅のある穴吹町などとともに徳島県美馬(みま)市の一部となったが、もともと吉野川流域の城下町として栄え、古い町並みが残る町として見どころも多い所らしいのだ。
 歩いて行くのは難しそうなので、タクシーでとりあえず、一番興味を惹かれた脇町劇場・オデオン座に行ってもらうことにした。

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 ここは昔懐かしい芝居小屋である。琴平で金丸座を見学した後では、何となく格下のように見えてしまうが、格下ということはそれだけ庶民の生活に近いということであり、これにはこれの良さというものが溢れている気がした。

 昭和9(1934)年に芝居小屋として建てられ、戦後は映画館として地域に根付いていたが、平成7(1995)年に老朽化のため閉館、取り壊しが決まっていたところに、山田洋次監督が映画「虹をつかむ男」(1996)のロケ地としてこの小屋を選んだことから、一躍脚光を浴びて、町指定文化財として改修され、古くからの劇場として一般公開されるとともに、貸し小屋としても生き延びることになったのだという。
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 窓口の中に管理人のような女性がいて、200円を払うと中を自由に見学出来るのである。
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 金丸座と比較しては可哀想だが、同じ改修工事でもそれほど予算の掛けられない改修だったようで、全体的な安っぽさは如何ともし難いが、そういうことより何より、こうして改修されたことによって、畳敷きの楽屋、奈落、回り舞台、竹で組んだぶどう棚、神棚など、この先何十年も、この小屋がこの姿のまま続いていけることになったのを率直に喜びたいと思った。

 さて、このオデオン座の並びに良さそうな蕎麦屋があったので、この日の昼食は蕎麦をいただくことにした。
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 注文した、辛味大根おろしを添えた皿そば。
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 量は少なかったが、さっぱりとして美味しかった。なお、徳利にはお酒ではなくそばつゆが入っているので、念のため。

 オデオン座や蕎麦屋のある通り(左側)の前には小さな川が流れていて、橋を渡って右手の方に行くと、昔からの古い町並みが残っているらしい。川はこのちょっと先で、正面を流れる吉野川に注いでいる。
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 川を隔てて、オデオン座の佇まい。絵になる。
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 で、古い町並み。
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 国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているらしい。よく整備されているが、いまも人々の生活が営まれている町並みであるようだ。格子戸や虫籠(むしこ)窓、卯建(うだつ)の上がった立派な建物がたくさんあった。観光パンフレットなどでは、うだつの町並みと呼んでいるようだ。
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 しばらく歩いていると、横の道から添乗員に先導された団体さんがドヤドヤとやって来た。ので、わたしの方は見学を切り上げることにした。バス2台分だなと思った。

 吉野川の方に出てみることにした。川に沿って県道が走っていて、そちらの方からさっきの川を見るとこんな感じ。右側がオデオン座、左の方が古い町並みに通じている。
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 吉野川の土手に上がった。
 これもぜひ見たかったもの。脇町潜水橋(せんすいきょう)。
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 水面から1~2メートルの高さに架けられた橋で、増水時には水中に没する沈下橋である。近くに行ってみる時間はなかったが、遠くからでも見られただけで十分である。普段は車が走っていることも分かったし。

 こちらは反対方向(下流方向)。向こう岸の奥に穴吹駅があって、さっき乗ってきたタクシーは左手に遠く見えている橋を渡って来たと思う。
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 県道沿いの、脇町に入って行く角にショッピングセンターがあり、さっきの運転手さんはそこに行けばタクシーがいるはずだと言っていた。行ってみたがなかなか来ないので、結局さっきくれたカードの番号に電話をして、うだつタクシー(そういう名前なのだ)に来てもらった。

 再び穴吹駅。さっき着いた時は、駅前に1台しか停まっていなかったタクシーを確保することを優先したから、駅舎の外観は撮っていなかった。で、ここで落ち着いて撮影。なかなかしっかりした、いい駅舎である。
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 14:32発、阿波池田行き。
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 実は先ほど、うだつの町並みを見ていた頃から、雨が時折ぱらつくような具合になっていたのである。列車に乗る時までは何とか保っていたのだが、走り始めて、確か阿波半田駅を過ぎたあたりで一気にすごい降りになった。と思ううちに、次の江口駅に着く頃にはほとんど止んで、どうやら非常に変わりやすい天気になってしまったらしい。

 なお、この最後の区間では何回か車窓に吉野川を見ることができた。よしの川ブルーラインと名付けたJR四国の名誉のために、どうということもない1枚だが載せておくことにする。
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 というわけで、15:15、阿波池田駅に到着。弱い雨が降っているようだ。
by krmtdir90 | 2014-04-13 18:42 | 鉄道の旅 | Comments(0)


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