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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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高校演劇2014④「コピスみよし」へ

 昨日、また三芳町まで散歩に行ってしまった。6月の高校演劇フェスティバルに向けたヒアリングが、午後からコピスみよしで行われていたのである。
 けっこうな距離があるが、久しぶりにみずほ台駅から歩いた。カメラは持ったのだが万歩計は忘れてしまったので、正確なところは判らないが、経験から判断して1万歩よりかなり下回っていたように思う。いまの季節、散歩にはこのくらいがちょうど良い距離だと思った。

 で、これが三芳町文化会館コピスみよしの外観。
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 中にはいると、舞台上でプロのスタッフによるヒアリングが始まっていた。
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 やっていたのは農大三高。向かって左(下手)から、音響・舞台(道具)・照明の順でテーブルが置かれているようだ。それぞれの担当生徒が、プロのスタッフに自分たちのやりたいプランを説明し、その実現に向けてアドバイスを受けながら、ここの舞台に合ったかたちを確定させていく。上演成功のためには非常に重要なカギを握る作業である。

 外部のホールで上演を行う場合、ヒアリングというのはどんな大会でも必ず行われることだが、このコピスのフェスティバルのは他の大会とは大きな違いがある。
 第一の特徴は、これを舞台上で実施しているということ。大道具の位置を決めたり照明の当たりをイメージする時、生徒はまず舞台図面上でプランを作ってくるのだが、それを舞台の現場で実際のスケールで確認しながら決めていけるというのは、高校生にとって非常に判りやすくやりやすいことだろうと思う。
 第二の特徴は、機械的に聞き取るだけでなく、あたかも相談会のような様相を呈していること。スタッフサイドの温かい姿勢が印象的で、より良いやり方をいろいろ提案してくれる中で、期待の高まるコピスバージョンが形作られていく。コンクールなどでは考えられない、ゆったりした雰囲気が漂うのである。

 しばらくヒアリングの様子を見たりした後、現実行委員長の竹内さんと2人で三芳町役場を訪ねてきた。この高校演劇フェスティバルの第1回が行われた時、当時コピスみよしの立ち上げの実質的な中心にいて、コピスで高校演劇をやろうという提案を出してくださった、フェスティバルの恩人とも言うべき I さんが、昨年から生涯学習課の課長さんになられたことを聞き、遅ればせながらご挨拶に伺ってきたのである。
 久しぶりにお会いして、始まりの頃の熱気のようなものを思い出し、ますますがんばらなければと気持ちを新たにした。
 次は、その時いただいた三芳町広報の3月号から。ページを開いて驚いた。生涯学習課が中心になって推進する「芸術文化のまちづくり」という特集記事が15ページにわたって載っており、その最初の方に高校演劇フェスティバルのことも大きく紹介されていた。
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 I さんのますますのご活躍を祈りながら生涯学習課を後にした。

 最後は、三芳町の帰りにわれわれが愛用しているお店。みずほ台駅のすぐ近く、「大」と書いて「ビック」と読む。安くてつまみも美味しいので、いつ行っても混んでいる。帰りに酔っ払って撮ったので、ピンボケになってしまった。まあいいか。
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by krmtdir90 | 2014-05-24 15:41 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

2040年人口推計結果

 このところ、智くんという新鋭の「編集者」に言われて、ちょっと演劇についての文章に取り組んでいる。書いているとお菓子が食べたくなって困るという人もいるようだが、わたしの場合はつい煙草に手が伸びて困ってしまう。煙草は句読点なのである(そんなコマーシャルが確か昔あったような気がする)。
 それと、あることばかりずっと考え続けていると、不意に全然違った問題について書き始めたくなるのである。集団的自衛権について非常に書きたかったのだが、さすがにそこへ行ったら深みにはまると自制する気持ちが働いている。

 少し前の新聞に、日本創成会議・人口減少問題検討分科会というところが発表した「2040年人口推計結果」という、ちょっとショッキングな記事が載っていた。これは、人口の減少や移動の傾向が現在と同じに推移すると仮定すると、2040年には全国1800の市区町村のうち約半数の自治体で、子供を産む人の大多数を占める「20~39歳の女性人口」が5割以上減ってしまい、多くの自治体が消滅してしまう可能性があると推計したものであった。
 2040年というのは、わたしはヨボヨボのじじいになりながらも、もしかするとまだ生きている可能性もないわけではない。その時に、わたしがローカル線で歩き回った地方の自治体がみんな、医療や介護といった生活基盤が維持できなくなって消滅の危機に瀕し、一方で人口が流入し続ける大都市でも医療や介護は需要に遠く追いつかない絶望的な事態になっているという、極めて悲観的な状況が想像されているのである。

 この推計は、われわれがもしかするとそうなるかもしれないなと漠然と抱いていた不安を、一気にリアリティあるものとして白日の下にさらした点で、大きな意義のある予測だったと思う。言われてみれば、世の中がそういう方向に向かって徐々に動いて行きつつある気配は、みんなが感じていたことではなかっただろうか。地方の駅に降り立ち、駅前のあまりの寂れように衝撃を受けたり、車窓のあちこちに崩れかけた廃屋の姿を発見したりする時、そこに再び人の賑わいが戻ることはないのだと実感するしかなかった。
 発表を受けて、各地の知事を始め自治体の長などが様々な反応を示したようだが、根っこのところにこの流れは止められないという諦めが覗いてしまっているようで、一様になかなか気勢は上がらない様子が見て取れるのだった。無理もないだろう。これは国全体としてどう日本の未来をイメージしていくのかという問題であり、自治体単位で考えられる対策など高がしれていると言ったら言い過ぎだろうか。

 2020年の五輪が決まったからと言って、首都東京の交通インフラはどう変わるのかといった安直な特集記事が雑誌を飾ったり、臆面もなく世界一の首都改造を空想する追随本が店頭に並ぶのを見ていると、何とも気が滅入るのである。五輪開催や人口の流入を既成事実として、それに対応することしか考えようとしない視野の狭さは犯罪的と言っていい。急速に進行する高齢化への対応などはアリバイ的に付け足されているばかりで、そんなことには一切触れようともしない言辞が大手を振って闊歩しているのが現実なのである。
 実際、2020年の五輪は今回のこの推計をどう受け止めるのか。いや何よりも、2020年の五輪は福島原発の先の見えない状況とどう結びついているのか。この推計に示された未来や、未来の見えない福島と切り離された五輪などあり得ないことを確認しなければならない。

 と、ここまで書いてしまったところで、書こうと思っていたのは実はリニア中央新幹線の問題で、実際に建設ルートになり途中駅の候補地になって、地域再生の起爆剤などと喜んでいたらしい山梨・長野・岐阜などの周辺自治体は、開通する頃にはそのほとんどが「消滅可能性のある自治体」に転落して、青息吐息になっている確率が非常に高いことが示されたのである。
 リニアの開通予定は名古屋までが2027年、大阪までは2045年である。2040年という推計結果は、まさに真正面から受け止めなければならない問題提起なのではないか。何でも早ければいいのだという単細胞の考えしかなく、景気回復というお題目に結びつければ何でも通ると思っている何とか大臣が、北陸新幹線や北海道新幹線なども併せて開通時期を前倒しすると思いつきを述べていたようだが、地方自治体の壊滅という危機にどう対処するのかという、大きな視点に立った捉え直しがぜひとも必要だと思うのである。

 なんかまだ書き始めのさわりの部分に過ぎないのだが、案の定、書いていて空しくなってきた。後味は悪いが、少し気分転換はできたから、さっさと最初の文章の方に戻ることにしよう。・・・。
by krmtdir90 | 2014-05-16 16:27 | 日常、その他 | Comments(2)

「長崎ぶらぶら節」(なかにし礼)

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 長崎に行って円山町界隈を散歩した折、梅園天満宮(身代わり天神)の入口のところに、この小説のモデルとなった愛八(あいはち)と古賀十二郎(こがじゅうじろう)の説明看板があって、これは読んでみないといけないなと思っていたのである。文春文庫に入っているようなので探してみたが、私の行動範囲にある本屋ではどこも品切れで見つけることができなかった。
 ところが昨日、わたしの部屋でちょっと別の探し物をしていたら、この単行本がちょこんと本箱に収まっているのに気付いたのである。何のことはない、これが直木賞を受賞して話題になった頃、わたしは興味を覚えてちゃんと購入していたのである。
 奥付は平成12(2000)年1月とあるから、わたしはまだ働いている頃で、買ったきり恐らく忙しさにかまけて読まずに忘れてしまったものらしい。それにしても、見ればすぐ気がつくようなところにあったのに、旅から帰っても全く思い出すことがなかった。こんなことがあるのである。

 思いがけない出会い(再会?)にパラパラとページを繰るうちに、つい読み始めたらやめられなくなってしまい、とうとう一気に最後まで読んでしまった。いい話だと思った。
 巡り合わせというのだろうか、購入直後に読むきっかけを失っていたものを、今回、旅行して物語の舞台となった天満宮や料亭花月、円山町の裏通りなどを実際に歩いた後で読むことになったというのは、偶然とはいえとてもよかったと思った。
 明治から昭和の初めにかけての物語で、もちろん町の様子などは当時と大きく変わってしまったのだとは思ったが、何と言うのだろう、町の空気、その肌触りとでもいったものが、読みながら鮮明にまとわりついてくる感じがした。
 恐らく、このあたりの地形はほとんど変わっていないだろう。したがって、道の様子、その狭さや曲がり具合、アップダウンの感じなどは昔のまま残っていたのではないかと思った。

 さて、小説としてはとにかくいい話だということに尽きると思った。実在した丸山芸者・愛八と、これも実在した郷土史家・古賀十二郎を鮮やかに甦らせた、なかにし礼の書く「言葉」は、一見どうということのない普通のもののように見えるが、全体としては抑制された品のある言葉遣いが貫かれていて、どの登場人物も暖かい眼差しでくっきり描き出されていると感じた。
 愛八の一生という長い時間経過を描く物語だが、その緩急のつけ方というか、どこをじっくり描きどこを大胆に飛ばしていくかというその呼吸のようなものが見事で、どんどん引き込まれ読まされてしまう力があったと思う。描き過ぎても良くないし飛ばし過ぎても不満になる、物語っていく時のバランス感覚というものが、恐らく読者の生理にぴったりと重なる感じになっているのだと思った。なかなかないことである。
 最初と最後に、恐らく現在と考えていい時間を置き、年老いたお雪の語りで物語をサンドウィッチした構成も生きていると思った。愛八という女が確かに生きたという余韻がじわりと来た。

 作者のなかにし礼は、われわれの年代からすると作詞家として圧倒的な一時代を築いた人だと思うが、その才能は一分野に止まらず、こんな見事な小説までも軽々と?書いてしまうのは、全くたいしたものだと思った。
 なお、この小説は映画化もされ、テレビドラマ化も舞台化もされ評判になったもののようだが、わたしはどれも見てはいない。かつての一映画ファンとして(1年に軽く100本以上は見ていた)言わせてもらうなら、いい小説というものはそこで世界を完結させているものなので、映画化は大体が小説世界への裏切りにしかならないことが多いように思う。
 映画では吉永小百合が愛八をやったらしいが、これはどう考えてもミスキャストだったのではないか。イメージが違いすぎると思う。吉永小百合はどんな役をやっても吉永小百合にしかならないという困った人で、無理を承知の映画化だったとすれば、観客を馬鹿にしているとしか言いようがない。関係ないか、こういうことは。

*長崎散歩の折に写してきた写真から

 梅園天満宮手前の石段。小説の終盤、お雪の肺病快復を願って愛八がお百度参りに励むシーンで「二十五段二十五歩」と描写される石段と思われる。とすれば、この「六十歩」手前に愛八の住居が設定されていることになる。なお、梅園天満宮は石段を登り切って右手にある。
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 梅園天満宮の入口のところにあった2人についての説明板。2人は左右に並んでいたのだが、文字が小さくなるので申し訳ないが分割させてもらいました。
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by krmtdir90 | 2014-05-11 18:01 | 本と映画 | Comments(0)

高校演劇2014③「コピスみよし」今年も

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 埼玉県三芳町には鉄道の駅がない。東武東上線・みずほ台駅や鶴瀬駅が最寄り駅ということになるが、三芳町役場までは相当の距離があり、簡単に歩ける距離ではない。以前、一度だけ歩いたことがあるが、もう一度歩いてみようという気分にはなかなかなれない。
 この役場の建物と並んで、三芳町文化会館・コピスみよしという素晴らしいホールが建っている。一時期、雨後の竹の子のように各地に作られた何とか市民ホールというような箱モノとは一線を画す、370席ほどの、しっかりした舞台を持つ本格的なホールである。
 交通の便が悪いためなかなか有効活用されていないようだが、六本木や下北沢にあれば、俳優座劇場や本多劇場とサシの勝負も出来るのではないかと思われる、演劇にはうってつけの空間になっている。ホールを作るに際して、ちゃんとしたコンセプトに基づくプランニングが行われたことがよく判るのである。

 このホールが出来た時、こけら落としの連続企画の一つとして、地域の高校の演劇部に発表の機会を作りたいという提案がホールの方からなされた。
 三芳町には高校はない。でも、三芳町にも高校生はいる。全国に作られた箱モノ市民ホールに、こんな素敵な企画を考えられるところがあっただろうか。提案を受けた当時の埼高演連・西部A地区は喜んでこの企画に参加し、さらにこれを高校演劇フェスティバルというかたちで毎年実施できるようにしたいと提起した。これを受け止めて、必要な予算措置を講じてくれた三芳町の懐の深さ、文化的な先進性には脱帽するしかない。
 その後、紆余曲折はあったけれど、一貫して三芳町および三芳町文化会館のバックアップは変わることはなかった。こんなふうな、地域の自治体の積極的な後押しを受けて実現した高校演劇の大会は全国的に見ても非常に珍しく、誇っていいものではないかと思っている。

 ホールの誕生とともに始まり、ホールとともに歩んできたフェスティバルも、回を重ねて今年で13回目を迎えることになった。教員有志によって組織した実行委員会も、メンバーの入れ替わりはあるもののずっと続いている。
 わたしはずいぶん前に現役を退いたが、いまも変わらず関わり続けることができるように、現役の実行委員会が配慮してくださっているのはありがたいことである。
 30半ばになってから、全くの成り行きで演劇部顧問になったのだが、偶然とはいえ本当に面白いものに出会うことができたと思うのである。高校生が一生懸命取り組んでいるということでは、脚光を浴びることの多い野球などのスポーツももちろんだが、文化活動の中で演劇ほど可能性に満ちたものはないと感じている。退職後も関わり続けたいと思うのは、それだけの魅力がそこにあるからである。

 先日(5月6日)、今年のフェスティバルに向けての第1回実行委員会と、出演校の生徒が集まっての顔合わせと会場下見会が行われた。いまは特に役割がある訳ではないから、行ったところで仕方がないのだが、毎年この季節になるとつい三芳町まで散歩に行きたくなってしまう。
 そういう場を持ち続けることができるというのは、わたしにとってとても大切なことである。
 現役の顧問の皆さんは負担に感じることもあるかもしれないが、その負担は大きな意義のある負担である。大変かもしれないが、この生徒たちがいる限りぜひいつまでも続けていって欲しいと思うのである。
by krmtdir90 | 2014-05-10 09:18 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(4)

らっきょうの季節

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 きょう、今年最初のらっきょう漬けを作った。昨年は4月26日だったから(このブログに書いたから記録されているのである)、ずいぶん遅くなってしまった。どうも散歩をサボりがちで、いつもの八百屋の方に行くことがなかったのである。
 今年は遅れているのが判っていたから、処理が辛くなるのは承知で2キロ買ってきた。1キロ1時間で、やはり2時間の立ち仕事になった。疲れた。
 例によって塩加減は適当だから、今夜食べてみないことにはどんな具合かは判らない。だが、とにかく今年もらっきょうの季節になったのである。

 産地は鹿児島だった。1キロが550円、最近はどこの店でも外税表示に変更されていて、2キロ1100円に対して消費税88円を払ってきた。外税だと、どうも値段が高いのか安いのかもう一つよく判らないのである。
 最近は野菜の値段そのものもみんな上がっているが、らっきょうも例外ではなかったようである。
by krmtdir90 | 2014-05-09 17:42 | 日常、その他 | Comments(0)

歯の治療が終わった!

 昨年の10月から続いていた歯の治療が、きょうでようやく終わりになった。数えてみたら、全部で13回通ったことになる。よく最後まで通ったと、自分で自分を褒めてやりたい気分である。
 最初は、痛みがひどいし腫れ上がっているし、何より該当の歯そのものがぐらぐらしているのだから、抜いて終わり(もちろんその後、差し歯とか何とかをやることになるだろうが)だろうと覚悟していた。ところが、わたしからすれば全く予想外の治療が施されることになった。いまは、そのことに心からの感謝と敬意を感じているのである。

 検査の結果、神経が死んでしまっていることが判明したのだが、抜いてしまうという選択肢は最初から全然なかったようで、痛みと腫れを引き起こしている原因の部分(歯の根っこ部分)に、段階的に入っていって消毒を繰り返し、腫れが退き炎症が治まって、歯茎の力が回復してくるのを根気強く待ち続けていたようである。
 驚いたことに、時間の経過とともにあんなにぐらぐらしていた歯がいつのまにかほとんど動かなくなり、再度レントゲンで炎症の後退を確認してから、前回と今回の2回の仕上げで、歯の裏側から治療のために削った部分にきっちりと詰め物をして、元の歯のかたちに復元して終わりになったようである。
 原因をしっかり除去してやれば、わたしのような年齢になっても(恐らく時間は若い人よりかかったのだろうが)歯茎は復活して、歯と歯茎が健全な姿に戻るのだというのは驚きだった。

 もちろん、歯も歯茎も若い時と比べれば退化しているのは否めないだろうが、大切にしてやればまだ使えるのだということが判ったのは大きい。10月にひどい状態になった時のことを振り返ってみると、明らかにそれ以前から何ヶ月もの間、予兆ははっきりとあったのだということに思い当たる。それをほったらかしてしまったことが、事を決定的にしてしまったのだろう。
 今回のことで、少なくとも歯医者に関してはわたしの医者嫌いのハードルは一気に低くなったと思う。だが、すべての面で「だから…」とはならないところが、まあ何と言うか、われながら頑固なところで、これはこれで仕方がないことである。歯医者だけでも外れたのだから、わたしにしてみれば実に学ぶところはあったと言うべきなのである。

 とりあえず、歯磨きは大事なのだ。それが判った。
by krmtdir90 | 2014-05-01 16:56 | 日常、その他 | Comments(4)


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