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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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近況報告など

 一昨日、コピス(高校演劇フェスティバル)の感想文を書き上げた。これはわたしが引退した時、現役の実行委員会がわたしに振ってくれた役割分担である。
 いつも終わったあと、各校の舞台に難癖ばかりつけていたわたしに、それではこれからはちゃんと全部の舞台を観て、ちゃんとアドバイスをしてくださいということになった。以来、コピスとの縁は途切れることなく、わたしとしては毎年見せてもらう舞台に精一杯の文句をつけてきた。
 結局そういう役割はわたしに合っていたし、自分の経験がこんなふうに少しでも役に立てるのであれば、これほどありがたいことはないと思うのである。

 書くのにいつも一週間近くかかるが、基本的にヒマなのだから、年に一度の充実した日々を贈ってもらったと感謝している。このあとはしばらく手元に置いて、少し推敲をしてから完成とするつもりである。顧問の皆さんに配るのは、今年は7月4日(金)に設定されている最終実行委員会だが、印刷してもらう都合もあるから、7月1日あたりを決定稿の日にしようと思っている。
 昨年と同様、これはこのブログに掲載することはできないと思うので、もし関係者以外で読んでみたいという奇特な方がいたら、今年もメールに添付して送るかたちは可能だと思っているので連絡ください。

 ところで、コピスが一段落すると、また鉄道旅の季節がやってくる。
 ちょっと遠ざかると、本来の性格である怠惰な気分が充満してしまって、去年あんなに反省したのに、今年も何となく億劫でまだ全然プランもできていない状況である。これではいけないと今朝も思ったのだが、また一日がだらだらと終わってしまった。この先どうなることやら。
 実はちょうど一ヶ月ほど前、不意にトワイライトエクスプレスの個室を取ろうと思い立って、きっぷが発売になる一ヶ月前の午前10時を目指して、近所の駅のみどりの窓口に通ったことがあったのである。まだ廃止が発表になる前だったが、4回チャレンジして結局取ることができなかった。発売開始と同時に瞬時に完売してしまうのである。
 その後廃止が決まってしまったから、これからはきっぷの確保はさらに難しくなるだろう。乗れないまま終わってしまうのだけは避けたいが、どうしたらいいものか手詰まり感が漂うのである。

 昨日はまた、JR北海道の江差線で貨物列車の脱線事故があった。津軽海峡線を通る寝台特急などが軒並み運休になってしまったようだが、せっかくきっぷが取れても、こんなことがあったら泣くに泣けないだろうなどと考えてしまった。
 江差線の江差・木古内間は先月廃止されたばかりだが、江差線がなくなってしまうと大騒ぎした直後に、こんなかたちでまた江差線の名前が出てきたのは皮肉なことだと思った。江差までは行かなくなったが、木古内までの江差線は残っていたのである。
 これも一昨日、20日発売の時刻表を買ってきて見たら、当然のことながら地図から江差・木古内間の線路が消えていて、該当ページの時刻表も組み替えられていて悲しかった。

 話は全然関係ないことに飛ぶが、最近歯磨きが楽しくなった。
 これまで、夜は飲んでしまうので朝しか磨いていなかったのだが(不潔~と言うなかれ、いまは違うのだ)、夜もしっかり磨くようになった。納豆などを食べたあとは、時々昼でも磨いたりする。磨いたあとの爽快感はなかなかいいものだと気付いた。
 歯ブラシも、これまでは「やわらかめ」だったのを「ふつう」に買い換えた。これまで少しきつく磨くと血が滲んで気持ちが萎えていたものが、あの歯医者通いのあとは、ごしごしやっても全くそんなことはなくなった。
 実際、なんであんな状態で放置していたのかと、わが理由なき頑固さをいまは痛切に反省するばかりである。例の炎症を起こした歯も、いまは全くぐらぐらしなくなった。わが歯茎ながら、全くたいしたものだと思うのである。
by krmtdir90 | 2014-06-23 22:36 | 日常、その他 | Comments(2)

高校演劇2014⑤コピスみよし第13回高校演劇フェスティバル(2014.6.15)

 6月14日(土)・リハーサル、15日(日)・本番。二日間、コピスみよしで楽しい時間を過ごさせてもらった。
 本番の日は、たまたまサッカーのワールドカップ初戦とぶつかってしまったのだが、観客動員に悪影響が出るのではという不安は完全な杞憂となり、開場の段階から昨年にも増してたくさんのお客様においでいただき、最後まで客席はいっぱいのまま無事全日程を終えることができた。ありがたいことである。

 わたしはこのあと、7月4日(金)の最終実行委員会に向けて感想文を書かなければならないのだが、昨年は終わった直後にこのブログに簡単な感想を書いてしまったら、そのあとの感想文本体を書き始めるパワーをもう一度溜めるのが大変で、なかなかうまく書き始められなかったので、今年はここにはそういうさわりのようなことを書くのはやめておくことにした。
 まあ、本体の方もたいしたことが書ける訳ではないが、待っていてください。

 さっき入間向陽高校演劇部のホームページ「Koyo劇」をチェックしたら、顧問の成井先生が、われわれが飲んで騒いでいた昨夜のうちに、6本全部の上演について丁寧な劇評をアップしてくださっているのを発見した。うれしいことである。
 観た芝居に対していろいろな人がいろいろなかたちで感想を述べてくれるのは、上演校の生徒や顧問にとってはとてもありがたいことだし、いろんな観点や感想があるのだということを知るのはきっと勉強にもなるだろうと思う。
 わたしたちは「コピス」を、これからもそういう率直な雰囲気のフェスティバルとして育てていきたいと思っている。これからもよろしくお願いします。

 来年の第14回も、すでに実施日程が決定している。2015年6月14日(日)である。
 今回は出演校が比較的馴染みのある学校ばかりになり、新鮮味には若干欠けたきらいがあったので、来年はぜひ新しい学校にも出演校の輪を広げていきたいと思っている。

 さて、下は今年のプログラムの表紙である。
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 読み応えのあるプログラムをというコンセプトで毎年やっているが、今年は事務局の棟居先生に勧められて、わたしもページをいただいてちょっと文章を載せてもらったので、以下にそれを再録してきょうのところはお茶を濁しておくことにする。
 (実は、昨夜は帰りの中央線で高尾まで行ってしまい、例のホームの大天狗とご対面してきてしまったので、きょうは一日調子が出なかったのである。)


  一観客として高校演劇に関わるということ

 高校生と一緒に芝居を作ることができなくなって久しい。いまもこうして接点はあるものの、居場所は客席にしかない。退職を機に地区大会の審査員をやらせてもらうことになり、多くの高校の舞台を見ることになったが、自分が顧問ならどういうふうに関わるだろうかと考えながら見ていることが多い。いまでも一緒に作りたい気持ちが残っているのである。
 高校生の舞台を観ていてよく思うのは、一緒に芝居を作ることができる顧問の先生が、その立場をあまり生かしていないように見えること、うまく関わることができていないように感じられることである。話してみると、演劇のことはよく判らなくてという言い方が簡単に出てくるのは、わたしからするとずいぶん残念なことだと思うのである。

 一般に、部活の顧問にはそれなりの専門性が必要と考えられている。例えば吹奏楽部や柔道部だったら確かにそうかもしれない。だが、演劇部は違うのではないかというのがわたしの出発点だった気がする。そのあたりのことを、少し書かせてもらうことにする。

 先日、浦和レッズのサポーターが起こした不祥事への処分として、Jリーグ初の無観客試合というのが行われた。異常な事態だが、サッカーの試合というのは観客がいなくても成立するのである。選手はサポーターの声援を力にしてなどと言うが、いなければ試合にならないという訳ではない。
 演劇はどうだろうか。無観客演劇などというものは想像することすらナンセンスで、観客の前でやるからこそ演劇なのである。演劇部というのは、高校生が見も知らぬ観客の前に出て行って、そこで何事かを行うことで成立する部活である。
 とすれば、その高校生たちを指導するのに、顧問は一観客の立場で関わっていくという道が考えられるのではないかと思った。例えば、観客の前で恥ずかしいことはするな、観客の前で独りよがりになってはいけない、自己満足のための演劇などやるな、楽しんでもらえなければやる意味がない、など。観客という他者と、芝居を通してどういうふうに繋がっていくことができるのか、それを一緒に考えていくことが顧問の役割なのではないだろうか。そして、観客という立場には、専門性よりもシロートの感性こそが必要なのではないかと思ったのである。

 言うまでもなく、演劇部に入ってくる高校生はみんなシロートである。そこになまじ演劇を知っている顧問がしゃしゃり出て、何も判らぬ連中を専門性とやらで散々惑わせ、いいように引き回してそれらしい舞台を作ってみせることくらい罪深いことはない。高校演劇の顧問に必要なものは、舞台に出て行く高校生をどこまでも一人のシロート観客の目線で見届けてやるという、オトナとしての責任の取り方と素朴な批評精神のような気がするのである。
 と、ここまでは顧問のことを書いてきたが、ここから先は高校生諸君に読んでもらうことを考えて書きたいと思う。もちろん、同時にシロートの顧問の先生にも一緒に読んで考えてもらいたいと思っていることなのである。

1,声の響きのこと

 コピスのフェスティバルで、準備日程の一番最初に部員全員の参加で行う会場下見会(今回は5月6日に実施した)というのがある。これは、他の大会などにはない非常に特徴的な試みだと思っている。上演に使用する舞台や会場の設備といったものに、みんなが事前に触れて実感できること、本番でお世話になるプロの舞台スタッフの皆さんとも前もって顔合わせができることなどは、シロートの高校生や顧問にとってとても重要なことに違いない。
 この下見会では毎回、日程のかなりの時間を割いて、各校ごと順番に通称「声出しタイム」という時間を設けるようにしている。これを最初に言い出したのはわたしなので、その時どんなことを考えていたのかをちょっと書いてみることにしたい。

 生徒の感想として、いつも稽古している部屋から実際に上演するホールの舞台に出ていった時、自分が出している声の印象が全然違ってしまうような気がするというのは、ずいぶん前から聞いて知っていたことである。わたしも舞台で声を出してみて、確かに違うなと実感した。声がどこかに行ってしまう感じというか、声の手応えがなくなってしまうような感じがしたのである。
 生徒に言われてから、今度は観客の位置で聞いているわたしの方も、稽古場で聞いている彼らの声とホールの客席で聞く彼らの声が違っていることに気付くようになった。ホールの舞台では、やる方も客席で聞く方もずいぶん印象が違ってくることが判ったのである。
 稽古していた教室を壁に囲まれた四角い箱の中と考えれば、その壁の一面がなくなって、広い客席に向かってドーンと開放されてしまったのである(実は天井の部分もなくなっている)。普段は閉じた箱の中で響いていた声が、その響きを作るはずの壁面を失って妙に頼りない印象になっているのだと思った。同時に、今度は客席を囲んでいるホールの壁の反響が、声を受け止める観客に思った以上に大きな影響を与えていることも判ってきた。

 所沢のミューズ(市民文化センター・マーキーホール)でも高校演劇フェスティバルをやっていた時期があったのだが、そこに出演した時に不思議な経験をした。
 キャパはコピスの倍くらい、天井の非常に高い馬蹄形の客席を持ったホールで、声が開放される空間が広いから、舞台で声を出す生徒の頼りなさは並のものではなかったらしい。ここで、客席のあちこちを移動しながら生徒の声出し(やり取り)を聞いていた時、一番見やすいはずの客席中央あたりで、どうも反響が強くて言葉が聞き取りにくくなるのを感じたのである。一方、舞台から一番離れた最後部の席に行ってみると、小さな声も含めて生徒の言葉が非常にクリアに聞こえてきた。あとでスタッフの方に確かめたところ、残念ながらここはそういう特徴がある客席なのだということだった。ホールによっていろいろな癖があると言っていた。
 これは驚きだった。だが、そういうことがあるということを知ったのは、その後いろいろなことを考える大きなきっかけになった。

 わたしは生徒と一緒に芝居を作りながら、発声練習とかそういう領域に踏み込んだことは実は一度もない。腹式呼吸だの発声法だのといったことはよく判らないし、演劇の専門性に深入りする気にはなぜかなれなかったのだ。
 でも、わたしが連れて行った生徒たちのセリフが、客席で聞き取りにくかったことはほとんどないだろうという自負は持っている。そこのところだけは、観客の位置にいる自分としてはしっかり突き詰めなければいけないと思っていたのである。

 「声出しタイム」ではいつも、前もって大体決めておいた台本の一定の範囲を舞台上でやらせてみるようにした。生徒には、普段の教室とは違う自分の声の印象(響き方)を実感して欲しいと思った。わたしは客席のいろいろな場所に行って、生徒の声が稽古の時とどう違って聞こえるのか(あるいは聞こえないのか)を確かめるようにした。生徒がそれぞれ持っているセリフの弱点が、客席ではどんなふうに聞こえているのかが知りたかったのである。
 わたしは普段から、セリフの一つ一つが意味のかたまり或いは意味のかたまりが連なったものとして、観客にちゃんと届けられなければ芝居にはならないと強調してきた。そのための稽古も工夫してきたつもりだったが、その最後の段階が、実際の舞台で声を出し、実際の客席でそれを聞いてみることだったのだと思う。本番の前に(前日のリハの時ではいくら何でも遅すぎる)それを確かめる機会が持てるというのは、対策を考える上でも非常に意味のあることだと思ったのである。
 もちろん、この「声出しタイム」をどのように使うかは各校の自由である。だが、こういう視点もあるということは知ってほしいと思っている。

 先日の下見会の時、実は同じように舞台上でセリフを言わせて、客席に散らばった今回キャストではない生徒たちが、その場で聞こえるとか聞こえないとか指摘している学校があった。そういうことを気にして確かめようとしている姿勢はいいと思ったが、この時のやり方では有効性に若干疑問があるように感じたので書いておくことにする。
 その時は、聞こえないと指摘された生徒は「ハイッ」と返事をしてすぐに言い直しをしていたのだが、これだと単なる声の大きさの問題にしかならなくて、本当はどういうところに問題があるのかが本人にはよく判らず、問題の所在が共有されたようには見えなかったのである。生徒が客席に散ることを否定するつもりはないが、彼らが客席でどういうふうに感じたのかは、一度しかるべき立場の人間に具体的に集約される必要があるのではないかと思った。つまり、普段の稽古で一貫して観客の位置を取り続けている、演出とか顧問のところにという意味である。
 つまり、その位置にいる人間は、キャストの声が言葉として明瞭に聞こえているかどうかを、普段から常に気にしていなければいけないということである。いつもそういうことを意識しているのであれば、この「声出し」の時間は実にいろいろな示唆を与えてくれるだろうと思っている。

 「声出しタイム」が、普段の稽古の中で、いつも観客の位置で見たり聞いたりすることを意識するきっかけになってくれればいいと思っている。

2,暗転のこと

 暗転とは何なのだろう。暗転が多すぎることについて、もう少し考えてもらいたいと思う舞台がけっこうある。
 わたしが所属した西部A地区やこのコピスでは、暗転はよくないという雰囲気?が顧問集団の間に行き渡っていて、変な暗転をしたら何を言われるか判らないという抑止力が働くのか、それほど感じることはないのだが、顧問の横のつながりがほとんどない(つまり、大会の後などに顧問同士が飲みに行って、いま終わった芝居を批評し合うことがない)のではないかと思える地区に行くと、繰り返される暗転のたびに、一生懸命道具を動かしている生徒たちを見ながら(舞台は完全な闇にはならないから、暗転中の動きは大体客席から見えてしまっているのだ)、何とも言いようのない徒労感のようなものに襲われたりすることがあるのである。
 一度客席に座ってみれば、それがどんなに観客の生理を無視したものであるかが判ると思う。暗転は、芝居の流れに乗りたいと思っている観客の気持ちを切ってしまうのである。そういうことに無頓着なまま作られた舞台は、観客をどんどん白けさせてしまうことを、観客の気持ちになってしっかり考えてみる必要があるのではないだろうか。

 暗転の大部分は場面転換の必要から行われているようだが、1時間ほどの芝居の中でそんなに何度も場面転換が必要というのは、わたしなどからすると台本としてどうなのだろうと思ってしまう。ただ、これは一概には言えないことで、そういう台本でも確かにいい台本はあるわけだから、やる側が観客の立場に立ってそのことを考えているかどうかという問題なのだと思う。
 この場合、場面転換が幾つあろうと、絶対に暗転は作らないというつもりで舞台を考えなければならないのではないか。
 場面が変わるたびに置き道具なども替わらなければならないと考えるのは固定観念である。一番悲惨なのは、それぞれの場面を特徴づけるリアルな置き道具(ベッドとかソファーとか)を、その都度暗転にして出したり引っ込めたりしているケースである。それは面倒だと思ったのか、置かれたソファーはそのままにして、暗転のたびごとに何だかよく判らない布地を持ってきて掛けたり外したりとか、位置を少しだけずらしたりして場面が変わったことにしている舞台もあった。
 そんなやり方は誤魔化しに過ぎないと、やっている当人たちも気付いていたのではないだろうか。オトナである顧問がなぜ観客の位置から指摘してやらないのかと、真面目にやっている生徒たちを見ていて可哀想になることも多かった。

 いろいろな舞台を観て、ある程度演劇のことを知っていればやり方は幾つか思い浮かぶのではないか。しかし、シロートではそれを考えるのは無理かというと、恐らくそんなことはないと思う。大切なことは、高校生がやっているのだからこのくらいで仕方がないと大目に見てしまうのではなく、観客としてはこんな甘ったれた暗転は許せないのだという最初の感想が絶対であって、ここをクリアしないままその台本をやることはできないという決意なのである。
 できないならば、そういう台本は選ぶべきではない。

 自分の経験を出すのは自慢話めいていやなのだが、はるか昔、山崎哲の「パパは誘拐犯-芦屋令嬢誘拐事件」をやった時のことである。
 この台本では、舞台の指定は「どうやら一軒の家がある。テーブルがあり、電話があり、テレビがあるのだから。」と冒頭に書かれているだけで、その後は何の指定変更もないまま場面転換が何度も行われるのである。電話が鳴り、最初の場面の登場人物たちが入って来て、最初の場面(部屋)のやり取りを行った後で出て行く、すると入れ替わるように別の人物たちが入って来て、別の場面(別の部屋)のやり取りをして出て行く、また次の人物たちが入って来て別の場面……と、結局最後までそういうことが繰り返されていくのである。暗転はなく、テーブルや電話といったリアルな置き道具は(われわれはテレビは置かなかった)、最初から最後までずっとそこに置かれたままなのである。
 初めてこの台本を読んだ時、ああこういうやり方があるのかと驚いた。場面を転換させるのはキャストの出入りだけで、それだけで場面は変えられるのだというのは大きな発見だった。出たり入ったりの切り替えの呼吸を合わせるのが、やっている方も見ている方も楽しくて、場面を転換する快感とでもいうようなものを初めて経験した芝居作りだった。

 高校演劇では、ほとんどすべての暗転が「作っている側の都合」に支配されているのではないか。ここで場面転換しなくちゃならないから、やってる間ちょっと待っててくださいねという感じ。しかも、暗転は見えているという事実を忘れているから、たったいま斬られて倒れたキャストが無造作に起き上がって、退場するのが見えて客席の失笑を買うようなことが起こったりするのである。観客の立場になればそれは違うとすぐに判ると思うのだが、それを指摘してやるべきオトナ(顧問)がサボっているのは困ったものである。
 どうしても暗転をやるというのなら、最低限、見られている前提の下で舞台上の動きを確認し、時間をギリギリまで短縮する練習をしておくことが必要なことだと思う。

 ちょっと知識を聞きかじったりした顧問は、暗転時には音楽を入れたりするといいんだなどと言ったりするらしい。音楽があろうとなかろうと、その暗転が芝居にとって必要な暗転なのかどうかだけが問題なのではないか。暗転をなくす工夫もしないで、作る側の都合で安易に行われてしまう暗転なら、どんな処理をしようと誤魔化しにしかならないと思う。
 しかもこの場合、その音楽までが暗転の無駄な時間を埋めるためのものになってしまい、ここで本当に音楽が必要なのかという、普通に考えれば音楽を入れる理由はそこからしか考えられないはずなのに、その一番大事なところが歪んでしまっているのである。
 音楽というのは極めてインパクトの強いものだから、それを入れるだけで何か大きな表現がなされたような気になってしまい、本来なら不要で無意味な暗転の時間が、意味ありげな時間に変質したような錯覚に陥るのである。音楽を入れると何となくサマになるような感じがするというのは、けっこう怖い落とし穴なのではないだろうか。

 芝居にとって必然の暗転なら客席は納得するのである。観客の立場で考えるというのは、芝居の流れに身を任せた時、それを阻害する上演側の様々な「ご都合主義」を見つけ出し、徹底して潰していくことなのである。
 暗転というのは、高校演劇が最初に潰さなければいけない「ご都合」なのではないだろうか。
by krmtdir90 | 2014-06-16 19:08 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(3)

新宿で桂花ラーメン

 きょうは、定期点検で車をディーラーまで持って行った。
 十年ほど前、突然の衝動買いでボルボXC70に乗るようになったのだが、その時は家のすぐ近くにボルボのディーラーがあったのである。ところがそこは数年で撤退してしまい、その後は顧客データを引き継ぐという三鷹まで行っていたが、今年八王子に新たなディーラーがオープンして、顧客データは再度そちらに移されるという通知があったのである。

 八王子と言っても、八王子は広い。もう多摩ニュータウンに近い、わが家から見ると全く馴染みのない八王子の外れであるらしい。地図で調べると、京王相模原線の京王堀之内駅というのが最寄り駅で、車だと国道16号→北野街道→野猿(やえん)街道というルートになるらしい。
 八王子と言っても、野猿街道の方は全く行ったことがなかった。元々は野猿峠という多摩丘陵の何もないところだったはずだが、行ってみるとすっかり開発し尽くされた感じで、立派な町並みが続いているのに驚いた。

 当然のことながら三鷹よりずっと近く、オープンしたてだからサービスも良く、用意してくれるという代車はことわって(土日は例の大切な用事があるし、車を使う予定は全然ないから)、初めての町を少し散歩してから電車で帰ることにした。京王相模原線は京王線の調布駅とJR横浜線の橋本駅を結んでいる。京王堀之内駅は橋本駅から三つ目だからすぐなのである。
 しかし、ちょっと気分が変わった。

 実は昨日、くっぱの芝居を見に六本木まで行った時、新宿で中央線と地下鉄大江戸線を乗り換えながら、不意に桂花ラーメンが食べたいと思ったのである。ただ昨日は行きはあまり時間がなく、帰りに食べようと思っていたら終演時間が思ったより遅く、わざわざ遠回りをして食べに行くのは面倒になってしまって、結局新宿駅構内の駅そばで済ませてしまったのである。
 というわけで、きょうは桂花ラーメンを食べるためだけに新宿に行ってきた。最近はスイカでタッチするだけだから、具体的な金額はよく覚えていないが、京王線はJRよりもかなり運賃も安いはずである。京王堀之内→(快速)→調布→(特急)→新宿。八王子よりも便利かもしれない。

 桂花ラーメンは新宿に3店あったはずである。JRの東口を出て新宿通りを渡り、すぐ目の前の狭い路地を入ると、店舗としては考え得るギリギリの狭さではないかと思われる桂花(カーブしたカウンターにひしめくように10席ほど、中には店の人1人がやっと立てる調理スペースしかなく、2階と連絡を取りながら専用リフトで材料などをやり取りしている)。
 あった。この昔と変わらぬ佇まい。くまモンがいるのが昔と変わったところだ。
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 で、せっかくだから太肉麺(ターローメン)950円を食べてきました。確か熊本では900円だったと思うのですが、消費税が上がったからなのか東京だからなのか、そのあたりはよく判らないのですが、美味しかったのでまあどうでもいいでしょう。
 どうも計画性がないので、熊本で作ってもらったポイントカードを持って行かなかったのが、唯一悔やまれる点ではあるのですが。
by krmtdir90 | 2014-06-13 21:06 | 日常、その他 | Comments(0)

「くっぱ」の「ヴェニスの商人」

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 六本木の俳優座劇場に行ってきた。シェイクスピアシアターの「ヴェニスの商人」である。例の卒業生の「くっぱ」が出演していたのである。

 行ってみてビックリ。隣の席に、やはり所演(所沢高校演劇部)時代の卒業生の「うろん」がやって来たのである。わたしと同じ「くっぱ扱い」でチケットを取ったのだろう。たまたま同じ日だったので、隣り合わせにしてくれたのはくっぱの「いたずら」に違いない。彼女と会うのは所演の卒業生が盛大な還暦のお祝いをしてくれた時以来で、全く思いがけない再会で懐かしかった。
 うろんは、わたしが顧問として初めて行かせてもらった関東(船橋)で、清水邦夫作「救いの猫ロリータはいま…」の主役・あすかを演じた。その時相手役の巻子をやったのが、一つ学年が下のくっぱだったのだが、ずっとこうして彼女の芝居には顔を出しているらしい。
 やはり上の大会まで行くと、その時の二つの学年はいまも交流が続いているようで、今度ぜひ飲みましょうと言ってくれたのは嬉しいことである。

 さて、今回くっぱが演じたのはヒロイン・ポーシャの女中・メリッサ。セリフは少ないが、メインのカップルに対するサブのカップルを構成する、なかなか「おいしい」役どころである。
 彼女自身はいつものように安定感のあるセリフまわしで、しっかりとした演技を見せてくれていたと思うが、芝居全体として見ると、どうも個々の役者がうまくかみ合っていない感じで、一人一人が自分のところで閉じてしまっているように見えて、セリフを関係性がちゃんと作れないまま勝手に喋っているような印象を受けた。したがって、くっぱのメリッサも、きちんとした関係性の中で生き生きと演じているようには見えなかったのが残念だった。
 あと、今回シャイロックをやった女性はなかなか熱演だったが、シャイロックと他の役との関係性が、芝居全体の中で目に見えるように形作られていないから、やはり一人芝居の熱演にしかならなかったように感じた。

 聞くと、劇団内の状況にも今回はけっこう厳しいところがあったようで、役者の出来にもバラツキが目立ち、芝居全体の出来はもう一つという感じだったような気がする。
 今回も客席は半分ほどしか埋まっておらず、率直に言ってシェイクスピアシアターの賞味期限は切れたのかもしれないと感じた。昔は(何十年前?だか、確か何本か見たことがあると思う)、もっと全体にまとまりのある気迫が感じられたように思う。
 しかし、演じ終わってロビーに出てきたくっぱは楽しそうだった。一芝居打ったあとの高揚感というのは、何回やってもやめられない格別なものなのだろう。たぶん、一番いい笑顔になる時間なのだと思う。よかった。
by krmtdir90 | 2014-06-12 23:59 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

お酒を買いに、小海線沿線(2014.6.4)

 梅雨入り前の最後の暑い日に、お酒の買い出しに行ってきた。高速料金の割引きが休日以外すべて撤廃されてしまったのは痛いが、専用冷蔵庫が寂しくなると行かない訳にはいかない。
 いま冷蔵庫は満杯である。せっかくだから外に並べて写真を撮ってやった。すべて生酒で、左の3本が今回仕入れてきたものである。佐久の花の生酒はやはり旨い。
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 一応説明しておくと、一番右は旧甲州街道の台ヶ原宿(山梨県北杜市)にある山梨銘醸(七賢)で購入したもの。春先から初夏の今ごろまで、中国の七賢人の名前をいただいた生酒が七種類、蔵元限定で販売される。向秀(しょうしゅう)というのは普通の純米酒で、下から二番目の値段だが十分に旨い。今年はこのシリーズは一升瓶を少ししか作らなかったとかで、わたしが行った時は四合瓶しかなかった。四合瓶は割高で、その方が儲かるということなのかもしれないが、生酒のために冷蔵庫を用意している者としては、何だかなあという感じである。
 右から二番目は、長野県の諏訪大社・下社秋宮(下諏訪町)の門前にある菱友醸造で購入した御湖鶴(みこつる)、超辛純米しぼりたてという生酒。生粋しぼりたて純米というのを2本飲み終わって、最後に残った一本がこれ。基本的に辛口へのこだわりはないので、超辛などと言われると逆に敬遠してしまう感じがあって、これを買うのは初めてだったので何となく最後まで取って置いたのである。順番としては、次はこれの封を切る予定。

 佐久の花の一升瓶2本は、いままで何度も購入しているものである。どちらも純米吟醸無ろ過生原酒というもので、左の白いラベル・緑色の瓶の方が以前からあったもの。佐久の花との最初の出会いはこれだった。
 右のピンクのラベル・青色の瓶は数年前に初めて出会ったもので、Spec dというのは新しい酵母を使った(長野Dという酵母らしい)ということらしい。同時に(2つのグラスで交互に)2本を飲み比べたことはないので、違いといったものは実はよく判らないのだが、青い瓶の色が気に入って、最近は何となく1本ずつ購入してしまう。
 一番左の四合瓶は辛口吟醸無ろ過生原酒というものだが、以前から何となくお酒は純米というこだわりのようなものがあって、これは今回初めて購入してみたものである。まあ、また違いはよく判らないだろうと思うが、こうして違う色のラベルが並ぶとそれだけで嬉しい気分になってしまう。単純なのである。

 佐久の花酒造(長野県佐久市)はJR小海線・臼田(うすだ)駅のすぐ近くにある。せっかくだから、今回はカメラを持って行ってきた。車で駅を訪ねるというのは、撮りテツさんには基本のスタイルのようだが、わたしは何かいつもと勝手が違っておかしな気分だった。
 駅前のちょっとした広場に車を止めて、駅周辺を歩く。これが臼田駅の外観。
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 中に入ってみると、ここは業務委託駅になっているようで、窓口に委託駅員の姿があり、ホームに出てみることはできなかった。

 線路に沿って右の方に少し行くと踏切があり、そこから駅ホームを見る。
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 前に小海線に乗った時、この踏切のところから佐久の花酒造の蔵元が見えたのである。この日は車窓ではないから、しっかり撮影することができた。
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 正面の方にも回って写してきた。
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 佐久の花のお酒を買う時は、ここからちょっと離れたアンテナショップで購入する。
 小海線と国道141号の間を千曲川が流れているのだが、その小海線側に蔵元があり、川を渡って国道側にアンテナショップという位置関係になる。
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 ここはいつ行っても閉まっていて、普段人はいない。しかし、入口にかかった黄色いCLOSEDの札を見ると、用事がある時は電話してくださいと電話番号が書かれているのである。かけると大抵5分くらいで来てくれて、お待たせしてすみませんなどと言いながら入口を開けてくれる。

 国道141号を戻る道すがら、小海線の駅を二つ訪ねてみた。。
 まず八千穂(やちほ)駅(長野県佐久穂町)。
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 こちらは簡易委託駅のようだが、窓口に人がいるのは同じで、やはりホームには行けなかった。しかし、掲示された時刻表を見ると、たまたまあと数分で電車が来るようである。右手奥の線路際に車が5~6台停まっている場所があり、そこで待つことにした。別に三脚を用意している訳でもなく、カメラもいつものコンパクトカメラなので、撮りテツとしては全くサマにならなかったが。
 そして、時間通り姿を見せたキハ110系の2輌編成、小諸行き。
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 国道から八千穂駅に入って行く途中に黒澤酒造という酒蔵があるのだが、今回は買う訳ではないので写真は撮らなかった。井筒長(いづつちょう)というのが基本の銘柄で、昔何度か買ったことがあるが、最近はすっかりご無沙汰になってしまった。

 さて、国道沿いの食堂で遅い昼食をとったあと、車のエンジンをかけてナビを見ると、近くに高岩(たかいわ)駅というのがあるようだった。八千穂の隣駅だが、恐らく無人駅だったはずだと見当をつけて、ちょっと行ってみることにした。

 このあたり、国道141号とは別に、地元の人が使う県道が小海線に付かず離れず通っている。県道と言っても車のすれ違いがやっと、所によっては一方が待避しないとすれ違えないような所もあるという細い道である。
 人家のすぐ向こうに小海線の線路があって、狭いホームらしきものが見えたのだが入口が判らない。通り過ぎて少し先にあった踏切を渡り、確認してからUターンして戻ってみた。さっきまさかと思った、車一台通るのがやっとの細道がそれだった。再びちょっと通り過ぎ、すれ違い可能な県道の方の少し広くなったところに車を止めて、行ってみた。
 これが高岩駅。狭いホームに待合室が付いている。なかなかいい感じの駅である。
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 待合室の時刻表を見たら、ここでも数分待てば小諸行きの電車が来るようだった。何だかツイてる。
 今度のは新しいキハE200、ハイブリッド気動車の2輌編成だった。
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 ホームがカーブしているので、かなり傾いて停車した。乗降はなかった。
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 発車していった。
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 実は、調子に乗って次の馬流(まながし)駅にも行ってみたのである。ところがこちらは人家は並んでいるのだが、車幅ギリギリの一層細い道を辿る感じになってしまい、場所は掴めたが行くのは諦めることになってしまった。まわりが畑などの見通しのいいところなら車を停める場所も探せたかもしれないが、すれ違い不可能な家の軒先のようなところではどうしようもなかった。
 まあとにかく、車で鉄道を辿るというのは何か変なものだと思った。
by krmtdir90 | 2014-06-05 23:59 | 日常、その他 | Comments(0)

2冊の「火星年代記」(レイ・ブラッドベリ)

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 また読んでしまった。
 わたしにとって、「火星年代記」はずっと(写真右側の)ハヤカワSFシリーズの一冊だった。奥付は昭和38(1963)年4月となっている。翌39年が東京オリンピックの年だから、わたしが初めて読んだのはまだ高校生の時だったと思う。当時としては非常にお洒落な印象のある、ペーパーバックスタイルのハヤカワミステリの姉妹シリーズだった。
 中学生の頃は天文少年(要するに理科部で天体望遠鏡を覗いていた)だったことの流れで、雑誌SFマガジンを毎月買っていたから、わたしの読書の始まりのあたりに、レイ・ブラッドベリはごく自然なかたちで顔を出していたのである。

 実は先日、散歩の途中で写真左側の文庫本を見つけて買ってきた。
 昔のペーパーバックはずいぶん前になくなっていて、ミステリもSFもハヤカワ文庫に替わっていたのは知っていたが、この日ふと背表紙を見ると、いままで気付かなかった〔新版〕の文字があるではないか。気になって手に取ってみると、1997(平成9)年に作者自身が収録作の入れ替えなど若干の変更を行い、決定版のかたちで再出版したもののようだった。
 パラパラと見ていて、まず年号が替わっているのが目についた。1999年1月から2026年10月までの「年代記」だったものが、2030年1月~2057年10月へと、全体が31年先に進められていた。また、収録作は「空のあなたの道へ」(2003年6月)が削除され、「火の玉」(「刺青の男」所収・2033年11月)と「荒野」(「太陽の黄金の林檎」所収・2034年5月)が新たに加えられていた。さらに作者自身の新たな序文も付け加わっているようで、これはやはり購入した方がいいだろうと判断したのである。

 「火星年代記」がアメリカで初めて出版されたのは1950(昭和25)年のことで、その時は1999年は遙か未来の年号だったのだろう。しかし、いつの間にかその年がすぐ目前にきてしまい、早晩過去の年号になってしまうことを作者としては気にしたのだろうか。
 いまは2014年で、すでに「年代記」の只中にまで来てしまったが、そんなことは全く関係なくこの物語は少しも色褪せてはいないと思う。こんな小細工は全く不要だったし、むしろいまのように物語の年号を現実の年号が越えていくことの方が、わたしには逆にずっと面白いことのように思えるのである。
 地球で核戦争が勃発したのは2005年11月であり、最後まで生き残っていたラジオ放送の電波が途絶え、地球が完全な死の星になってしまうのは2026年10月のことなのである。わたしの中ではずっとそうだったし、これからもそのままでいいのだと思う。一度語られてしまった物語というのは、そういうものであってほしいと感じるのである。
 〔新版〕の年号変更については、年取ったとは言え、ブラッドベリはつまらないことをしてしまったなという感想しかない。

 削除された「空のあなたの道へ」は黒人差別問題を扱っていて、発表後の時代の変化を考慮したのかもしれない。だが、これもわたしには無用の配慮だったような気がする。これと差し替えられたかたちの「荒野」より、こっちの方がずっと良かったと思う。
 アメリカはいまでこそ黒人大統領になって、差別はほとんどなくなっているように見えるが、「火星年代記」発表当時の1950年頃(収められた個々の短編は、1940年代から書き始められていたらしい)は、まだあちこちに根深い黒人差別が残っていたのである。かつて見ていたアメリカ映画にはそういうものがたくさんあったし、過去の出来事ではなく、発表されたその時点のこととして描かれていたものも多かった。一例として、1967年公開の「夜の大捜査線」(ひどい邦題だが、原題は「In the Heat of the Night」)を一本だけ挙げておく。
 社会性を帯びた内容の作品が、時代の変遷の中で色褪せていくことはよくあることである。だが、「空のあなたの道へ」は決してそういうものではないし、そのまま残しておいて歴史の評価に委ねた方が良かったのではないかと思う。

 あと一つ、小さな改変に気がついた。物語の大きな転換点となる2005年11月の(〔新版〕では2036年11月だが)3編のうち、最後に置かれた「地球を見守る人たち」である。
 火星に移住した人たちが夜空に浮かぶ地球を見上げ、光線通信のモールス信号を読み取るシーン、信号の最後は「‥‥戦争勃発ス。帰リキタレ。帰リキタレ。帰リキタレ。」と終わっている。これに反応し一斉に立ち上がった人々の間に、木霊のように、或いはさざ波のように「帰リキタレ。」のフレーズが広がっていく。
 この広がっていく「帰リキタレ。」が、〔新版〕ではゴシック体に変えられていて、しかも最初の木霊はそのまま3フレーズ繰り返されて強調されているのである。3フレーズ、1フレーズ、1フレーズの計3回、ゴシック体であった。2005年の時はそんなことはなかった。1フレーズずつ計3回、字体に変化はなかった。
 翻訳者が勝手にそんな変更を行うことは考えられないから、これもやはり老ブラッドベリ自身による改変だったのだろう。年を取るとブラッドベリほどの人でも書き過ぎてしまうのかと、非常に残念な気がした。ゴシック体に変えられただけで、シーンの衝撃度も悲劇性も逆に薄まってしまったように思う。やり過ぎてしまうと、全体が薄っぺらい印象に流されてしまうのである。

 結局、わたしにとっての「火星年代記」は、1999年の1月、オハイオ州の「ロケットの夏」から始まる物語なのである。現実の1999年には、人類はまだ火星に一歩をしるすことはできなかったが、そんなことはどうでもいいことである。
 確かに、この物語が西暦何年に設定されようと、そのこと自体には特段の意味などないだろう。しかし、1000年代最後の年である1999年から「年代記」が始まるようにしたことが、1960年代にこの本を初めて読んだ者にとっては、何と言うのだろう、非常に絶妙な年号のように感じられたのは確かなのである。
 最初の「火星年代記」を繰り返し読んで、すっかり馴染んでしまったということもあるかもしれない。だから、とりあえずここは単なる印象の問題として、わたしは〔新版〕よりも最初の方が好きだと言って終わりにしておくことにする。

 さて、この物語について今更改めて内容を云々するつもりはない。ただ何度読んでも新鮮なだけでなく、いつも新たな発見というか新たな印象があるのは素晴らしいことである。
 あれだけ過酷な原発事故を経験したにもかかわらず、平然と再稼働へ進もうとしている国の節操のなさに嫌気がさしていたことなどが影響したのだろうか、今回は地球人の身勝手さとか傲慢さといったものが妙に気になった。ブラッドベリの、そうしたものに対する絶望の深さも感じた。
 しかし、この「年代記」の最後に置かれた「百万年ピクニック」(2026年10月)は、その深い絶望の先に素晴らしいエンディングを用意してくれる。地球の文明に絶望し、最後の地球を脱出して火星の新たな移住者となり、新たな火星人として一歩を踏み出そうとする家族の物語。そこには、現実のどの時点からでもいいから、もう一度やり直した方がいいのではないかという、ブラッドベリの静かな、しかしきっぱりとしたメッセージがあると感じるのである。
by krmtdir90 | 2014-06-01 11:11 | 本と映画 | Comments(4)


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