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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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JR北海道・JR四国の不祥事について

 今朝の新聞(29日・毎日)で、JR北海道とJR四国の2社で主要線路(本線および副本線)の検査洩れや異常の放置(補修未実施)が新たに12箇所見つかったと報じられていた。側線まで含めると300箇所以上(大部分がJR北海道)になるというのだ。この2社は分割民営化当初から経営基盤が脆弱として、国から与えられる経営安定基金の運用益で営業損失を補填する方式を採っており、会計検査院の調査対象となることから今回のことが判明したらしい。
 報道に接して、驚きよりもやはりそうかという印象が強かった。JR北海道は昨年来、様々な列車事故や線路の異常放置・検査記録改竄など、一連の不祥事を受けて抜本的出直しの最中だったはずなのである。結局いくら反省を繰り返したところで、根本の経営基盤を何とかしなければ解決できない問題があるということなのではないか。赤字圧縮のために人員削減が行われ、検査や補修に手が回らない状況は何一つ変わってはいないかったということだろう。

 解説記事の中に非常に興味深い表が載っていたので、転載させていただく。
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 こうして具体的な数字で示されると、分割民営化というものがいかに問題の多いものだったかが一目瞭然に判ると思う。例えば、JR北海道やJR四国の営業キロに対する社員数の比率を、ちょっとJR東日本や東海・西日本などのそれと比較してみればいい。JR北海道はJR東海より営業キロが500キロ以上多いのに、社員数は3分の1しかいないのである。保線などの安全管理にしわ寄せが行っているのではないかと容易に想像がつくではないか。

 民営化そのものは、当時の国鉄の異常に膨らんだ累積赤字の解消を目指していたものだったが、一方で肥大化し独善に流れていた組合(国労・動労など)潰しの側面があり、分割によってその正常化を促すという意味もあったのかもしれない。しかし、結果的に生じたこの6社の経営基盤の極端な格差が、その後の各社の鉄道会社として進むべき道を狭め、誤らせてきたということもあるように思うのである。
 営業損益の欄を6社で合計してみれば、いまやJRは単独決算であれ連結決算であれ、全体としては圧倒的な利益を上げている会社と見ることができるのである。民営化に際して多くの路線がJRから切り離され廃線となったが、必死の努力で現在も生き残っている第三セクターすべての決算を加えたとしても、6社総体の利益は微塵も揺るがないだろうと思われる。このことをどう考えたらいいのだろうか。

 北海道と四国の今回のような事象が明るみに出ると、国土交通省はまたぞろ強い姿勢で2社に改善を促すというようなことになるのだろうが、この表を見ていると、何とかしろと強く働きかけなければならない相手は、実は東海・東日本・西日本の3社の方なのではないかという気がしてくるのである。鉄道というのはネットワークであり、分割されたのだからあとは関係ないということでは絶対にないと思う。ネットワーク全体で安全性や信頼性を確保するかたちに存続しなければ、早晩北海道や四国の鉄道網がさらにジリ貧になっていくのは目に見えているのである。
 路線全体として見れば、地域によって採算路線と不採算路線があるのは仕方がないことである。不採算だから切り捨てればいいということでない以上、分割当初から採算路線を多く抱えた会社が不採算路線を多く引き受けた会社を支えるのは、当然のこととは言えないのだろうか。不採算路線ほど地域にとって重要な路線であることが多く、地方の衰退に歯止めをかける(地方創生の)最後の砦という意味合いがあるのだということを、国交省あたりが(あるいは地方創生担当大臣・鉄道オタクの石破茂あたりが)強く働きかけなくてはいけないと思うのである。

 北海道や四国が鉄道の根幹に関わる安全性確保の面でギリギリの戦いを強いられている一方で、何もしなくても順風満帆が約束されたJR東海が、その圧倒的な利益をいいことに、リニア中央新幹線建設に費用全額自社負担で突き進むというようなバカげた横暴がまかり通ることになっているのである。建設が始まれば何が起こるか判らない無謀な計画で、費用が膨らめば国庫から補助を出さざるを得なくなるのは明らかなのに、これに歯止めをかけて地方の鉄道路線のためにお金を使おうというような、真っ当な意見を言う真っ当な政治はどこにもないのである。
 いずれにせよ、JR東海の営業利益はJR北海道やJR四国を切り離すことによって生まれたものであり、それはJR東海だけのものではないということを、どこかが明確にしなければいけないのではないだろうか。国策として行った分割民営化だったのだから、もう一度国策として全国の鉄道網はJR各社が一体となって維持管理しなければならないということを、きちんと決める必要が出てきていると思う。そうしないと、JR北海道とJR四国の根本的な再生は今後もないだろうと思うのである。
by krmtdir90 | 2014-10-29 13:38 | 鉄道の旅 | Comments(0)

「破門」「キャッツアイころがった」など(黒川博行)

 2日で3冊読んだ。とにかく軽く読めてしまうから、まあ格好の暇つぶしではあるのだけれど、黒川博行はこのあたりで一段落かなと思った。

「破門」
 とうとう単行本を買って読んでしまった。しかし、黒川博行は文庫本の方が似合うなと思った。
 疫病神シリーズ第5作である。わたしがこれまで読んだのは「疫病神」(第1作)と「螻蛄(けら)」(第4作)の2つだけだが、この2作に比べると調子が落ちているような気がした。会話のキレもいま一つだし、読後の爽快感もあまりなかった。早い段階で桑原が負傷してあまり動けなくなってしまうのもマイナスで、その分ストーリーの展開も単調で飛躍に欠けてしまったように思う。何より最後に桑原が「破門」されてしまうのも、仕方がないとはいえ読者としては面白くないのである。この後、シリーズはどうなってしまうのだろう。
 二宮の方も、これまでの迷惑千万な巻き込まれ感のようなものが薄れ、かなり能動的に事に対処しているように見えて、これはこのコンビとしてはバランスが崩れているし(意図的にそうしたのだろうか?)どうなのだろうと思った。5作目ともなると、シリーズとしてはいろいろ壁にぶつかるようなところがあったのかもしれない。

 今回の直木賞は出来レースだったという評もあるようだが、これだけ実績のある作者だと受賞させるタイミングがずれてしまったということもあるのかもしれない。シリーズものを評価するのであれば、まず8割方は第1作が面白いに決まっている?のではないだろうか。事実、わたしは「疫病神」で黒川博行に掴まってしまったのだから。先日までにわたしが読んだ4作の方が、どれを取ってもこの「破門」よりは上だった気がするのである。
 今回は映画製作資金をプロデューサーに持ち逃げされるというだけの話で、その出資金を取り戻すためにいろいろなヤクザがこれを追いかけることになるのだが、元々が自分たちの金だったわけだから、いわゆる一攫千金というような開かれたストーリーにはならないのである。ヤクザ同士の内々のあれやこれやが展開の中心になってしまって、読んでいればそれなりに面白いけれど、印象としては非常に閉じた暗い話ということになってしまって好きになれなかった。

「二度のお別れ」
 1983年にサントリーミステリー大賞の佳作となり、84年に刊行された黒川博行のデビュー作である。ミステリーとしては、最後の種明かし(謎解き)の部分がいかにも唐突な設定で、主人公の刑事コンビがそれをしないで、解決が突然の電話で犯人の方からもたらされるというのも決定的なマイナスだと思った。文体なども、その後のこの作者の洗練を知ってしまった者には凡庸な印象しかなく、「私」という一人称も表現をつまらなくしてしまったと思った。
 ただ、この作者のスタートラインをちょっと知りたくて読んでみたということなので、なるほどなという気はした。この人はデビュー当初から光っていたわけではなく、それなりの修業時代を経て徐々に巧くなっていったのだということが判った。

「キャッツアイころがった」
 1986年、第4回サントリーミステリー大賞受賞作。数年の間に、この作者は小説の書き方のツボをしっかり押さえたような気がした。ミステリーとしては、女子大生2人の謎解きがちょっと都合良く進みすぎるきらいはあるが、ストーリー展開のスピード感や切り替えのテンポ、簡潔な文体や会話の巧さなど、その後のこの作者の出発点になった作品ではないかと思った。
 ただ、登場人物が非常に多く、複数のストーリーラインを同時進行で交互に描いていく手法を取っているので、それぞれにもう少しページ数を費やす必要があったような気もした。謎解きの部分も含めてやや駆け足になりすぎて、もう少し書き込んで欲しいと思わされたところもあったように思う。しかし、基本的にわたしの興味は文章の巧さ第一なので、「疫病神」や「煙霞」といった、この作者の最良のところを考えれば、この「キャッツアイ」あたりにその始まりがあったのかなと、この人の作品をほんの僅か読んだだけなのだが感じたのである。

 このミステリー2作は創元推理文庫で読んだ。前回からの流れでちょっと数えてみたら、1ページは42字×17行と18行だった。1行の字数が多いので、やや活字が小さいような気がした。
 また、ミステリーなので当然のように?殺人があり死体が転がるのだが、そういえば前に読んだ黒川氏の文庫本4冊では、ずいぶん荒っぽいシーンは続出したが、人は一人も死ななかったなと(たぶん)気づかされた。エンターテイメントとしてはその方が絶対にいいし、何となくそういうイメージでこの人の書くものを考えていたからか、この2作で出てきた死体というのがどうにも後味悪い感じがして困ったのである。やはり、死体はいやだね。
by krmtdir90 | 2014-10-23 15:37 | 本と映画 | Comments(0)

王子駅周辺散歩(2014.10.18)

 さて、王子散歩の写真を少々。その前に、
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 行きに新宿駅で下車して、昼食は桂花ラーメンを食べることにした。末広町にある(いまは末広町と言わないのか)東京進出1号店(たぶん)に行ってみた。何十年ぶりだろう。学生時分に初めて桂花ラーメンを食べたのがこの店で、店構えも昔とほとんど同じ、店内の構造も基本的に変わっていなかったと思う。

 新宿から地下鉄丸の内線で四ツ谷へ、地下鉄なのに明るい日射しを浴びて乗り換え、今度は地下深く潜って、初めて乗る地下鉄南北線で王子に出るというルートを辿った。
 まずJR王子駅。高架のところが新幹線の線路である。
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 王子駅前。
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 左に駅がある。写真の中央奥が「pit 北/区域」のあるビル。左の高いビルが北区のシンボル・北とぴあである。

 北とぴあ17階の展望ロビーに上がってみた。
 こちらは上野・東京方面。新幹線がやって来た。
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 スカイツリーも見えている。
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 東の方角。左右の奥の方に川面が見えているが、左は隅田川と思われる。右は隅田川か荒川か判らない。
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 都電荒川線・王子駅前停留所。
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 上は新幹線の高架、右手奥の高いところに見えているのがJR王子駅のホームである。

 駅の反対側に出てみた。親水公園口とあって、近くを流れる石神井川の旧水路が駅のすぐ手前で暗渠の中に消えていた。
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 この左側の道を辿っていくと、石造りの橋の下をくぐり(上は車の行き交う道路のようだ)、
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 石神井川の脇の遊歩道のような道に出た。ただし、そちら側は高いコンクリートの壁になっていて、かなり行ってからでないと川は見えない。しばらく行くと橋があったので、反対側に渡る。橋の上から、これが石神井川。
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 このあたりはけっこう高低のある地形で、石神井川もかつては深い渓谷になって流れていたらしい。周辺の宅地化が進むとともに、流れを直線的にする改修工事などが行われ、現在はこんな姿になってしまったようだ。覗き込むと、水は相当汚れている感じだった。

 石神井川の昔の流れの跡を利用した音無さくら緑地という小さな遊歩道があった。周囲にはビルや人家が建ち並んでいるのだが、ここだけはひっそり静まりかえった異空間のようになっていた。
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 石神井川に沿って再び駅の方向に戻っていく。流れは明治通りの手前で地下に潜り、明治通り・飛鳥山公園・JRの線路下を抜けて、その先で再び地上に姿を現しているようだった。このトンネルは半世紀ほど前に作られた飛鳥山分水路(バイパス)というものらしい。

 明治通りを少し行って、飛鳥山公園に通じる歩道橋を渡る。歩道橋の上から、都電のいる風景。
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 飛鳥山公園はやや高台になったところにあり、中央の広場には家族連れがけっこういて、子供たちが走り回っていた。一角にD51蒸気機関車が静態保存されていた。
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 公園の中程から明治通りとは反対側、JRの線路の方に下りていく階段があり、その先に線路(東北本線)を跨いで王子駅南口というのに通じる歩行者専用の鉄橋が架かっていた。その途中から。
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 鉄橋から眺めた王子駅プラットホーム。高架上を新幹線が通過していく。奥には北とぴあが見えている。
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 鉄橋を下りて、京浜東北線は線路の下をくぐるかたちになり、その先、こぢんまりした王子駅南口。
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 南口のすぐ前が都電荒川線の踏切で、向こうに王子駅前停留所が見えた。停留所を出た三ノ輪橋行きがやって来る。こちら側は専用軌道になっているようだ。
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 さて、このあとは紙幣や切手などを印刷している国立印刷局王子工場というところに行って(前を通っただけだが)、附属のお札と切手の博物館というのを見てきた。

 夜になってしまったJR王子駅(これは駅前の歩道橋の上から)。
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 このごろは日の暮れるのが早くなり、ソワレまでは少し時間を持てあました。
 夜景を見にもう一度、北とぴあの展望ロビーに上がったが、写真は撮っていない。札幌JRタワーと違って無料で上がれるのはいいが、夜景は期待したほどではなかった。
by krmtdir90 | 2014-10-20 13:52 | 日常、その他 | Comments(2)

王子で「くっぱ」の芝居(2014.10.18)

 卒業生の「くっぱ」からメールで芝居の知らせが届いた。今回は王子駅前の「pit 北/区域」という小さなスペースが会場で、タイトルは「ANTITHESE(アンチテーゼ)」というらしい。行くと連絡したら、チケットと一緒に何やらおどろおどろしいチラシが送られてきた。そのいかにも思わせぶりな文面から、率直に言ってあまり期待できる感じはしなかったが、くっぱが出るのは必ず見ようと決めていたので、どんなものであれ彼女が出れば楽しみという気分が湧いてくる。
 公演期間は11日間、ダブルキャストになっていて彼女が出るのはうち7日、さらに前編・後編があってそれぞれにチケットが必要、それはかまわないのだが(彼女は恐縮していたが)、一日で一気に観ようとすると13日か18日のどちらかしかない。最初13日で取ってもらっていたが、台風が来るというので無理を言って18日に変更してもらった。マチネとソワレの間にインターバルが3時間ほどあるので、せっかく遠くまで行くのだし、まだ降りたことのない王子駅周辺を少し歩いてみようと考えて、できれば雨だけは避けたかったのである。

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 この三角形の敷地に建つビルの地下が「pit 北/区域」である。左の歩道に女性(地味な服を着ている方)が立っているが、この横のところが入口である。
 階段を下りていくと受付があり、その先の踊り場のようなところをぐるっと回り込むと、芝居の空間はさらにその下にあった(地下2階になるのだろうか)。狭くて急な鉄骨の階段を下りていくと、四角形の狭い演技エリアの2辺に、傾斜のついた狭い客席が設えられていた。何とも魅力的な空間だと思った。
 この日は前・後編とも満席で、くっぱが直前のメールで席選びのアドバイスをくれていたので、マチネは非常に見やすいいい席を確保できたのだが、ソワレは3列目だけど最後尾という(すぐ後ろに照明・音響の操作卓があった)微妙な席で、上の階のコンクリートの横桟が邪魔になって、台上に乗った役者の上半身が見切れてしまう感じだった。まあ、それもまたこういう小屋の臨場感というか、決して不満に感じるというものではなかった。一杯に詰め込んで7、80人という客席で(たぶん)、とにかくそれがギッシリになっているのだから大したものだと思った。後で聞いたら平日はスカスカだと言っていたが、どうせなら客席は埋まっている方がいいに決まっている。

 不満があったとすれば芝居の中身で、頭でっかちにあれこれ突っ張ってはいるのだが、ストーリーが何の暗喩にもなり得ないまま破綻してしまった感じで、それでいながら15、6人の若者が(ダブルキャストだからその倍の若者が集っていたことになる。けっこう年の行った役者も混じっていたが)叫び、汗を流し、動き回っているのは驚きだった。そういうのを間近に観るのは(自分にそういう経験があったわけではないのに)不思議に懐かしいような感じがして、応援したい気持ちにはなった。しかしそんなお情けみたいな応援では当人たちにとっては不本意だろうし、だったらもう少し、芝居の言葉や物語というものについて一から勉強しろよと言ってやりたい気がした。
 壁面に動きのある映像を投影するといった、近年の技術的進歩を積極的に取り入れて舞台を作っていたが、何をやろうと肝腎の芝居の中身がしっかりしていなければ空疎なこけおどしにしかならないだろう。ああこんなことをやっている連中がいるんだということを知ったのは収穫だったが、こんなことをやっていても生産的でないというのも事実だろうと思った。パフォーマンスでいいと言うならそれまでだが、ホントに芝居をやりたいのなら、芝居の基本を外すことは自殺行為になってしまうのではないかと思った。

 元々この演出家(作者)の下に集まるグループがあって、今回くっぱはそこに外から参加してみたということのようだが、いろいろな経験を積むのはいいことに違いないとしても、彼女はまだ自分に合った演出家に出会えていないというのが一番の感想だった。ここにいた誰一人、役者で食べていけているわけではないのだろうし、みんな金銭的には持ち出しで芝居をやっているのなら、もっと自分のやりたい芝居を探して何とかそれに出会ってほしいと思わないではいられなかった。
 わたしはくっぱが高校生だった時しか知らないのだから、いまのくっぱがどこへ行こうと構わないし、どこへ行こうと見届けてやろうとは思っているが、くっぱはやはりちゃんとしたセリフ芝居が向いているだろうなという思いは消えなかった。いまの時代(昔もそうだったか)、そういうことを地道にやっている集団というのは(人も集まらないし)少ないのかもしれないが、こういう小さな芝居空間で、できればくっぱのそういう芝居を観てみたいと思った。
 くっぱ、いつも辛口の感想でごめん。
by krmtdir90 | 2014-10-19 23:59 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

「疫病神」など(黒川博行)

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 夏に上半期の芥川賞・直木賞が発表された時、今回の直木賞(黒川博行「破門」)はあまり興味が持てなかった。すでに各所で十分活躍している作家らしいのも新鮮味がなく、洩れ聞こえてくる内容(シリーズもので悪い奴しか出てこないとか、関西弁の会話がいいとか)にもあまり魅力を感じなかった。ただ、代わりと言っては何だが、久し振りに文藝春秋を買って読んでみた芥川賞の方(柴崎友香「春の庭」)がちっとも面白くなく、でもオール讀物はどうせ抄録だから単行本を買うしかないかなあなどと逡巡して、何となくそのままにしてしまったのである。
 しばらくして、本屋の文庫本の棚にシリーズ第1作の「疫病神」が並んでいるのを見つけ、第1作なら読んでみてもいいかなという気を(ヒマだし)起こしたのである。

 基本的にエンターテイメント小説のはずだから、深入りする気は全くなかったのだが、結果的に4冊立て続けに読んでしまった。この上まだ読んでもいい気分になっているのである。とにかく面白くて夢中になってしまったのだが、どれも要するに後に何も残らない種類のヒマ潰し小説!で、もうあまり無駄なことに時間を浪費したくない年齢になった身としては、そんなに一生懸命読んでも仕方がない本だったのである。しかし。
 何がそんなに良かったのかというと、結局この作者の文章の巧みさに乗せられてしまう快感と言ったらいいか、描写の簡潔さ、的確さ、話の展開のスピード感といったものが、わたしの感覚にぴったり嵌ってしまった感じなのである。心理描写のようなものは一切なし、登場人物たちが何をした何をしたという行動の軌跡だけが次々に記されていく。だが、余分なことをごちゃごちゃ書かないかわりに、交わされる会話がいろいろなことを語ってくれるのだ。
 会話の大阪弁は本物の大阪弁を正しく写し取っているということらしく(それは小説などでは案外珍しいことであるらしい)、そのやり取りが醸し出す独特のユーモアと粋?な感じが、この作者の書くものの大きな売りになっているように思われた。

 調べてみると、黒川氏の作家デビューは1983年まで遡る。この「疫病神」が単行本として出版されたのは1997年で、これが2回目の直木賞候補になっているらしい。いずれにせよ、ずいぶん昔から氏の小説は巷間に出回っていたのである。
 「疫病神」の主人公は建設コンサルタントの二宮とヤクザの桑原という奇妙なコンビなのだが、お互いに相手のことを疫病神だと言いながら、次第に2人の間にコンビ関係が形成されていく過程が何とも面白い。大阪を舞台に、産業廃棄物の処分場建設をめぐって、土建屋、大手ゼネコン、地元のボス、不動産屋、地上げ屋、地方議員、そしてコンサルタントにヤクザたちと、金儲けに目がくらんだワル連中が繰り広げる相当にハードなストーリーである。

 言ってしまえば何ともえげつない、欲の皮の突っ張った駆け引きやらぶつかり合いばかりで、普通ならあまり読みたい気になりそうもない話なのだが、それがどんどん引き込まれてしまって、後に一種の爽快感のようなものが残ってしまうのである。これは恐らく、2人の主人公コンビが作り出す空気のようなものが絶妙の雰囲気を作っているのに違いない。2人だって相当なワルと言っていいのだが、それぞれが絶対に譲らないスジの通し方というものを持っていて、そこに生まれる一種の潔さといったものが、読後の印象をスッキリしたものにしているのだと思った。
 どことなく洒落ている。品がいいと言ってもいい。こんな題材を扱いながら、普通ならこれでもかという書き方に流れてしまいそうなところを、ドライで抑制の効いた文体で軽々と越えていく。読んでいて、節目節目にフッと笑いたくなるような作者の余裕を感じてしまうのである。この人の文章の巧さは、たぶん一級品に違いない。こんなふうに書ける人は他にはいない。

 次に読んだ「煙霞(えんか)」は単行本が2009年、書かれたのは(新聞連載)2005~06年で、その次に読んだ「蒼煌(そうこう)」は単行本が2004年、書かれたのが(雑誌連載)2003~04年である。
 黒川氏は大阪の府立高校で10年ほど美術教師をしていた時代があり、その夏休みを利用して小説を書き始めたということのようだ。最初は賞金額の大きいサントリーミステリー大賞を狙い、1986年に見事大賞を射止めたのを契機に作家生活に入ったようである。

 この教師経験が少なからず生かされたのかもしれない、大阪の私立高校の美術講師・熊谷と音楽教諭・菜穂子のコンビが活躍するのが「煙霞」である。理事長による私学助成金の不正受給から始まって、そこはこの作者、次から次へと金儲けをたくらむワルが登場し、最後は理事長の隠し財産の何億という金塊の争奪戦に発展していく。
 主人公のコンビは、女の方が大胆でアクティブ、男の方は相対的に成り行き任せでさえない感じに設定されているが、女の積極性に引きずられて男が次第に身体を張るしかなくなっていく、その巻き込まれ感が何とも言えず面白く、例によって交わされるユーモアを含んだ大阪弁の会話がいかにも達者で、快調なテンポでラストまで走り切ってしまう。エンディングが非常にあっさりしていて、キメのセリフがお洒落である。読後の爽快感はなかなかだと思った。

 「蒼煌」は京都・大阪を舞台にした美術界(日本画)の内幕物ともいうべきもので、京都市立芸術大学を卒業した作者の経験が少しは生かされていたかもしれない。とはいえ、この人はとにかく取材を徹底的にやってから書いているらしく、自分に身近だったからといってそれだけで安易にストーリーを組み立てるような愚とは無縁である。
 ここで描かれるのは芸術院会員選挙をめぐる内幕である。ヤクザは出てこないものの、一癖も二癖もある登場人物は健在で、地位や名声への執着とか権力欲、金銭への欲望などは目一杯詰め込まれている。票固めには桁外れの実弾(金銭)が飛び交うのであるが、そういうあり方に疑問を感じているような存在も描き込まれているのは、美術の世界に無縁ではなかった作者の矜恃のようなものだったかもしれない。単なるこれでもかの内幕物には終わっていないのがさすがである。

 一番最近読み終わったのが「螻蛄(けら)」で、単行本刊行が2009年、疫病神シリーズとしては第4作ということになる。今年直木賞を取った「破門」は第5作だから、黒川氏はこの疫病神シリーズをほぼ4、5年に1作のペースで書いていることになる。人気の出たシリーズだからといって決して量産はしていないのである。
 二宮・桑原コンビが今回争奪戦を繰り広げるのは仏教界巨大宗派の宗宝である絵巻物、対立する宗派とそれに絡むヤクザたちの中で2人のコンビが金儲けを企むというストーリー。今回は大阪・京都にとどまらず、東京・小田原・名古屋と飛び回る。2人のやり取りする大阪弁の会話がますます楽しく、小説を読んで思わず吹き出してしまうなどというのは、へそ曲がりのわたしにはきわめて珍しいことなのである。この絶妙の呼吸というものは凡庸な小説書きにはとうてい書けるものではなく、作者の際立った才能を感じるのである。

 さて、以上4冊はすべて文庫本で読んだのだが、最後に読んだ「螻蛄」(新潮文庫)は活字の組み方が妙にスカスカした印象があった。発行は2012年で、近年文庫本の活字は大きく組み方も余裕になっていく傾向があるが、読みやすくなったのは確かだが、それにしてもという感想はある。ヒマなので試しに数えてみたら、1ページが38字×16行だった。
 同じ新潮文庫で2000年初版の「疫病神」は39字×17行だった。因みに、文春文庫の「煙霞」(2011年初版)「蒼煌」(2007年初版)の2冊はいずれも39字×19行だった。これと比べると、「螻蛄」のスカスカぶりは際立っていると思う。その分、厚さの方はこれが一番になってしまうのだが、手軽で携帯に便利という文庫本の性格からすれば、個人的には文春文庫の39字×19行あたりが標準ではないかという気がするのである。
by krmtdir90 | 2014-10-17 23:59 | 本と映画 | Comments(0)

高校演劇2014⑫今年も東大附属演劇部(2014.10.12)

 今年も東大附属(正式校名は東京大学教育学部附属中等教育学校、長過ぎる)の文化祭に行ってきた。演劇部は、今年もまた都大会への出場を決めたという。オメデトウである。同行者は去年に引き続き yassall さんと、ぜひ観たいと言っていた新座柳瀬の智くん。
 終わってから去年同様、新宿で少々お酒をいただいていい気分で帰ってきた(お酒の飲めない智くんはジンジャエールで最後まで付き合った)。面白い芝居を観たあとは、こういうことが礼儀というものだろう。顧問のKさんが合流できればそれに越したことはなかったが、まあそれは無理というもの。それにしても新宿は、まだ午後4時前だというのに、ゆったりお酒が飲める店が当たり前のように開いているのだからうらやましい。

 さて、芝居は「てあそびうた」という生徒創作だった。
 去年も感じたことだが、こういう才気溢れる台本を書いてしまう生徒が毎年いるというのが、まず何より凄いことだと思った。今年の本は、最後のあたりで若干内容を説明してしまうきらいがあったが、この程度なら許容範囲である。全体としては、作者の意図がきちんと芝居のかたちに組み上げられていて、またその台本をキャスト始め全員が、舞台化するためにいろいろ工夫を凝らしていることが判って、非常に見どころの多い楽しい舞台に仕上がっていたと思う。
 顧問のKさんは「劇場支配人」を自称して、芝居は全部生徒に任せていると謙遜していたが、ずっと稽古に付き合いながら節目節目でちゃんと感想を述べているはずなのだから、顧問として生徒の個性や自主性をうまく生かしながら方向づけしていく、その匙加減が東大附属演劇部の明瞭なカラーを生んでいるような気がした。

 芝居の各所に散りばめられた遊び心のあるシーンが、高校演劇にありがちな大袈裟な動きなどで笑いを取ろうとするあざとさとは無縁で、どう言えばいいのだろう、上品な?節度のようなものの中でとてもお洒落な雰囲気を作り出していたことは(たとえば、1から5まで数え歌のように歌いながら指を使ってするダンスなど)、非常に好感の持てるこの芝居の美点になっていると思った。
 去年と今年、多くのメンバーが新しくなる中で、2年続けて感じることになったこの舞台の品の良さというものは、この演劇部のカラーであり魅力の源泉のような気がした。

 ガリ勉の女の子とその相手をする唯一の男子(台本がないので、パンフの役名と対応させられないのだが)あたりが、この本の中では一番あざとい芝居に流れやすい役だったと思うが、うまく踏み止まってバランスを崩していなかったのは立派である。しいて言えば、ガリ勉少女は、叫ばなければならないところは叫んでいいのだけれど、もう少し内に向かうような苛立ちの表現があると単調にならずに済むような気がした。
 また、先生役2人の思い切ったデフォルメ(戯画化)は、観ていて非常に驚くと同時に感心した。これも笑わせてやろうという下心は不思議なくらい感じられず、むしろ先生というのは生徒にはこんなふうに見えているのかと、イッセー尾形を見るようなある種新鮮な発見があって楽しかった。欲を言えば、国語の先生は、こんな思いがけない動きをよく考えたなと思ったが、その動きをもう一歩きっぱりやり切ってほしいと思った。ためらいのようなものがまだ若干残っているような気がした。

 ガリ勉じゃない他の2人の女の子は、それぞれ非常に素直で安定感のある芝居をしていたと思う。ただ、セリフのやり取りになった時などに、それぞれのキャラに根ざしたアクセントのようなものが出せるともっといいだろうと思った。抱え込んでいるテーマ(悩み)が、ガリ勉の子に比べて見えにくい感じがあるので(説明しちゃったら何にもならないし、台本がそういうことをしていないのは正解だが)、それをどう表現して観客に伝えるかは、工夫のしがいがあるところだと思う。
 その2人の相手をする2人の女子は、芝居がややおとなしすぎるような感じもした。先の男子も併せた3人は、それぞれ特徴のある衣装を付けて特徴のある動きなどを期待されている側面があると思うので、これ見よがしの芝居は禁物だけれど、もともと非存在の役の自由さは持っているのだから、ポイントになるようなセリフでは(台本がないから指摘はできないが)、もう少し強調するような部分を作ってもよかったような気がした。

 あと、昨年の台本と比べて今年の台本は、エピソードをつないでいく段取りの部分が多いので、出捌けなどを含めて、切り替えが重要だなと思った。切り替えで大切なことは、たぶん役者の表情だと思う。まだ全体に、表情に対する気配りがやや不足しているように感じた。
 以下は好みの問題になるが、普通のホールの普通の照明の下に行くと、あのボックスのカラフルな色彩はちょっとうるさい感じになるような気がした。一方で教卓の役割をしているボックス?は地味なので、何かバランスが取れていないような感じもした。舞台のイメージとしては、全体を地味な色感で統一した方がいいように思えるのだが、まあ好みはあるので一概には言えないことだと思う。

 今年は少し細かく書き過ぎてしまった感じがあるが、もちろんこれは単なる通りすがりの人間の無責任な感想に過ぎないから、生徒の皆さんはこれに惑わされることなく、K支配人の感想だけを信じて、さらに面白い舞台に仕上げていってください。期待しています。
 いい舞台を見せてくれてありがとう。
by krmtdir90 | 2014-10-13 14:21 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(4)

「アベノミクス批判・四本の矢を折る」(伊東光晴)

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 少し前に藻谷浩介氏が毎日新聞の書評欄で紹介していた本である。それがなければ、このタイトルからして、わたしはこの本の前を完璧に素通りしていたに違いない。著者の伊東光晴氏は1927年生まれ、今年86歳になる経済学者である。
 だいたい経済なんて全くお呼びでない人生を送ってきたものだから、著者がどんな履歴でどんな実績を挙げてきた人なのかなど何一つ知ってはいなかったのである。ただ、あの「里山資本主義」の藻谷氏が、この先生がこういう本を出しているのだから、自分たち若手がもっと頑張らなければいけないというようなことを書いていたので、門外漢ながら妙に気になって購入してしまったのである。

 現在、病からのリハビリ中で執筆もままならない中、口述速記などを交えながらようやく出版に漕ぎつけた本だという。経済学の基礎知識もほとんどない人間には、もちろんよく判らないところも多かったのだが、著者が何としてもこの本を書かないではいられなかった切迫した思いだけは、しっかりと伝わってくる本だった。
 そして、わたしが今回の読書から受け取ったものは、ほぼそのことだけだったと言ってもいい思う。それで十分だったような気がする。86歳の老経済学者の語り口はハッとするほど若々しく、自らが積み重ねてきた学問の蓄積を背景として、次々になされていく断定の明晰さは、門外にいても率直に信頼できる強さを持っていたと思った。

 実証に欠けた経済理論(もちろん理論と呼べるようなものではない)がアベノミクスの正体であり、そこで行われている経済政策がことごとく嘘っぱちの実現不能のものであり、経済を目くらましにして安倍政権が進めようとしている隠された政治の実態を、事実に基づいて著者はストレートに本書に提示している。どこにもそういう書き方はしていないが、何とかしないと大変なことになってしまうという切実な思いが、ピリピリ伝わってくる気がした。
 本書の内容は、安倍政権が推し進める政策の一つ一つ(日銀の金融緩和策・国土強靱化政策・原発政策・労働政策・その他)に検討を加え、その問題点を実証的に明らかにして否定していくというスタイルを取っている。どこまでも実証的である故に、世に流布する凡百の政治的発言とは一線を画す、著者の明快な潔癖さの際立つ発言になっていると思った。

 経済学というようなものに何の縁もない人間には、その語り口だの気迫だのといった、こういう核心の周りを感じ取る読み方しかできないのが残念だが、86歳の止むにやまれぬ熱い心情は、読む者にしっかり伝わってきたと言っていいと思う。
 86歳。・・・わたしは、まだ遠い。
by krmtdir90 | 2014-10-11 14:49 | 本と映画 | Comments(0)

高校演劇2014⑪西部A地区発表会

 昨日(4日)は西部A地区発表会を観に朝霞コミュニティーセンターに行ってきた。もうわたしの審査は終わっているが、ここはわたしが退職までの13年間をすごした懐かしい地区で、いまでも春と秋の大会には可能な限り顔を出すようにしている。
 現役を退いてかなり時が経つが、現役顧問の皆さんがわたしのような存在を温かく迎えてくれるのが嬉しく、今年もまた最後の反省会(飲み会)までしっかり出させていただいた。

 地区からの代表校はなしという残念な結果になってしまったが、わたしと同年代で審査を担当されたH先生・Y先生とも、飲みながら久し振りにお話しができて楽しかった。
 西部AのOBとしては、審査結果に文句の一つも言ってやりたかったが、聞くと評価の観点は非常に明快だったようで、相手地区の舞台を観ていないのだから言いようもなく、現役顧問のみんなには来年こそがんばってほしいと願うしかなかった。
 以下、今回は各校に対する感想を無責任な立場で少し書かせてもらうことにする。

①朝霞西「無価値なプレゼント」
 最近顧問創作が続いているが、今回の本は構成と展開に無理が多く、題材としても説得力を欠いていたと思った。このストーリーを一つの場面で起こる出来事として詰め込むのはかなり苦しかったように思う。けっこう力がありそうに見えたキャストも、全体としては生かし切れていないように感じた(これはかなり厳しい言い方だが、みんないい味を出しているのに、それがストーリー展開の中でちゃんと絡み合うようになっていなかったのではないか)。
 囲い込みのパネルで室内を構成した色彩感が良かった。上手、木下くんのパソコンはもっと前に持ってきて、彼の顔が前を向くようにした方がいいように思った。

②新座総合技術「Love it」
 NSG演劇部作とあったが、中心となって台本をまとめた生徒名をきちんと出すようにした方が、その生徒のためにもなるのではないか。生徒創作としての問題点は、審査員が講評の中で指摘していた通りだと思う。
 昨年から面倒を見るようになったという若いM先生の存在が、少しずつ彼らの芝居を変え始めている様子が窺えて、(これまでの顧問もがんばっていたことは十分知っているが)今後に期待が持てる学校になってきたと思った。

③和光国際「月の真実、太陽の嘘」
 明らかな顧問創作なのだから、かたちだけ演劇部作として責任の所在を曖昧にすることには賛成できない。また、顧問創作として、大学院生を登場人物にしたり、ケンブリッジとかノーベル賞とか現実離れした展開にする必然性も不明だと思った。この程度のラブストーリーなら、高校生の話として設定しても十分に展開可能と思われたのだがどうだろうか。
 力のある生徒たちなのは判っているが、今回、明らかに顧問が方向づけたと思われる芝居がかったセリフのやり取りは、いい方向とは言えないと思った。劇中劇のヴェニスの商人をどう演じようと構わないが、現実場面のやり取りや動きは、和国の生徒がこれまで作ってきた自然さを殺すことになるのではないかと危惧するのである。生徒の自主性を生かし、生徒が作り出す自然な演技を生かしてやれるような台本と指導を期待したい。顧問の姿勢として(はっきりとした自分のカラーを持った人だと思うから)、和国というのはそういう学校であってほしいと思っているのである。

④新座「夏芙蓉」
 新座はここ数年、非常に安定した芝居作りを見せてくれていると思う。H先生・K先生のコンビに若いF先生が加わって、内部的にはいろいろ難しい点もあるのだろうと推測される生徒たちを、いつも一定の水準の芝居に仕上げているのは立派なものである。
 今回も生徒のキャラクターをよく生かしたキャスティングで、しっかりセリフのやり取りに取り組んでいることが判った(もちろん、まだ不十分なところだらけだとしても)。いい台本を選んでいるのだから、みんながもう一歩思い切り良く声が出せるようになれば、ずっと楽しく魅力的な舞台になるだろうと思った。酔った調子でF先生には顧問創作を勧めたが、もしホントにやるのなら、近年の新座の舞台のいいところを生かすような書き方をしてほしいと願っている。

⑤朝霞「そして少女は笑みを浮かべる」
 ネットから持ってきたひどい台本だが、よくここまで作ったなと感心した。最近の朝霞の低迷ぶりからすると一つの飛躍だとは思ったが、この感心はやはり空しい。元々は力のある生徒たちなのだから、この空疎な台本を元にしてもいいから、そこから全く違う一本の創作劇に仕上げてしまうというような、何か野心的な取り組みにジャンプしてほしいと思わないではいられなかった。
 中身がないからダメなどとわたしは言わない。この方向をわたしは決して勧めないが、やるなら徹底してやる先に何かが見えてくることもあるかもしれないとは思う。やる以上、こんなところでよくやったなどと満足しないでもらいたいということなのである。

⑥新座柳瀬「Lonely My Sweet Rose」
 推薦されなかったことが残念でならない。王子さまやバラの花を始め、セリフの自然な安定感や作り込みの緻密さなど、いつにも増して美点の多い作品になっていたと思った。
 確かに欠点もあったと思う。照明の変化に頼りすぎてしまった結果、多くの場面が暗く、大切な役者の表情が陰になって見えない場面が続出したこと、それでいながら大黒幕(ここの大黒は引き幕で、当然のことながら細かく波打っている)に光が入ってしまうというようなミスも一度ならずあったことなど、意図は理解できてもけっこう逆効果になってしまった面もあったように思う。あんなに変化の多いプランにせず、全体にもっと大雑把なイメージ明かりにして、役者をしっかり見せることに徹した方が良かったのではないだろうか。
 台本の方では、作者(顧問)がブログ(The Qesut・「星の王子さま」についての一考察)に書いていたような解釈があるのだとすれば、最後のあたりの書き方や舞台造形の力点の置き方には、一考の余地があったように思った。
 一つは、王子さまがバラの花をかけがえのない存在だったと気づいた時、同時にそのバラの花は儚い存在だった(もう失われてしまった)と気づく衝撃もあったと思うのだが、それがうまく(説明ではなく)描けていない点。二つ目は舞台処理の方法とも絡むのだが、王子さまの死のシーンが上手の仕掛け(工夫はよく判るのだけれど)を使ったため、焦点のはっきりしない、作者の意図が見えにくいシーンになってしまったこと。
 三つ目はわたしが勝手に考えるイメージなのだが、エンディングで王子さまとバラの花がもう一度言葉を交わすシーンというのは、死んだ王子さまの心の中にある「願い」のようなものだと思うのだが、そうだとすれば、上手の台に王子さまが上っていった時(ここは最初の方で現実のバラの花が咲いていたところなのだから)そこにはバラの花はもういない(失われてしまった)ことを確認するのでなければおかしいように感じる。「願い」の中のバラの花は、例えば王子さまの背後から、舞台のセンターあたりに不意に現れて、王子さまはそこで台から下りて行き、これまでとは違う照明の輪の中で台本のようなやり取りをするというような処理もあったように思うのだが、どうだろうか。

 西部A地区というのは、わたしが現役だった頃と比べてずいぶん新しい顧問も増えていて、雰囲気も年々変わってきていると思うが、以前からわたしの好きだった率直な(率直すぎる)雰囲気はしっかり受け継がれていて、新しい顔ぶれがみんなお酒が大好きなようなのも心強く、コンクールの結果はどうあれ、これからもずっと応援していきたいと思った一日だった。
by krmtdir90 | 2014-10-05 15:47 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(4)

北陸へ小さな旅④城端線・帰路(2014.9.10)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 城端(じょうはな)線のホームは高岡駅の1番線で、すでにキハ47の2輌編成が入線していた。
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 城端線も氷見線と同じ非電化単線の路線で、非電化同士の両線は車輌を共通させて運用しているらしく、JOHANA HIMI LINEの文字が見えている。氷見線にも同様の車輌があった。

 9:55、高岡駅を発車。海岸線を目指した氷見線とは逆に、城端線は砺波(となみ)平野を内陸(南)に向かって走って行く。
 時間的に、車内はがらがらである。
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 天井では扇風機が回っているが、後付けされたらしい冷房もしっかり動いている。北陸新幹線開業を予告する吊り広告が期待を高めている。
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 運転席の後ろの壁には「I ♡ TONAMI」のラッピング。砺波平野はチューリップの産地なのである。
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 横の壁には、チューリップをアレンジしたらしいマスコットキャラクター。
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 車内は空いていたが、何となくこの日は途中駅の写真などをこまめに撮る気分にならなくて、稲の刈り取りが始まっている砺波平野の風景などをぼんやり眺めていた。戸出(といで)駅に木造駅舎があったが、そんなわけで撮影していない。
 次の、油田(あぶらでん)駅。
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 どうということもない駅だが、この駅名は珍しい。駅名標を撮りたかったのだが、停車位置の関係で撮れなかった。

 次の砺波(となみ)駅は、砺波市の中心にある大きな駅。
 その次の東野尻(ひがしのじり)駅は、これも別にどうということもない駅だったが。
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 一駅飛んで、福野(ふくの)駅。ここで交換待ち停車があった。
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 ここにもしっかりした木造駅舎があったが、外に出てくる余裕はなかった。帰ってから調べてみると、先の戸出駅とともに明治30(1897)年の開業以来の駅舎で、かなり改修はされているものの、建て直しはされていないものだったらしい。もしもう一度行くようなことがあったら、両駅はしっかり見てこなければいけないと思った。
 駅舎の反対側のホームに面して、川田工業という工場の敷地があり、大きなトラス橋が置かれていた。
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 トラス橋というようなものは、何となく現場で組み立てるような気がしていたが、こういうちゃんとした形にしてから持って行くのでなければ、架橋は出来ないのだろうか。しかし、こんな大きなものを、現場までの輸送はどうやっているのだろう。よく判らない。
 行き違いの列車が入って来た。
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 3輌編成。先頭の1輌は両運転台のキハ40のようだが、後ろ2輌は片運転台のキハ47のように見える。

 越中山田(えっちゅうやまだ)駅。どうということもない駅だけれど。
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 10:48、終点・城端(じょうはな)駅に到着。
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 相対式ホーム2面2線の駅のようだが、跨線橋はなく、構内踏切でつながっているようだ。
 この車輌が折り返すまで27分ある。わたしにはこのくらいがちょうどいい時間である。
 かなり手が加えられてはいるようだが、ここも明治30(1897)年開業以来の駅舎のようだ。
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 駅舎外観。
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 駅前の様子。
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 この駅前の道を左に辿って行けば、車止めの先の道に行けるようだ。

 で、終着駅定番のショット。
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 再びホームに戻って。
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 今度はこちらが先頭になる。このキハ47は最も普通の、首都圏色と呼ばれる特徴のない塗装である。
 11:15、高岡行き2輌編成は城端駅を発車した。

 戻りの車中も空いていた。のんびりと車窓の景色を眺めていた。砺波平野の、田園地帯に家屋が点在する風景を「散居村(さんきょそん)」と呼ぶことを帰ってから知った。
 高岡の一つ前、二塚(ふたつか)駅で交換待ち停車。外に出てくる余裕はなさそうだ。
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 やって来た城端行き2輌編成。
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 二塚・高岡間で、北陸新幹線の高架下をくぐった。立派な新高岡駅も完成していたようだが、写真はない。新幹線開業後は、この城端線も様変わりするのだろうか。

 12:05、高岡駅着。
 北陸小さな旅はこれでおしまい。あとは往路と同じルートで帰るつもりである。

 駅ビルのちょっとした店でうどんを食べた。煙草を吸いに駅前の喫煙スペースに出ていたら、ちょうど万葉線の路面電車がやって来た。これも、ぜひ乗りに来たいと思った。
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 北陸本線のホームに出たら、向かいの氷見線のホームに、カラフルな忍者ハットリくんの車輌が停まっていた。
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 復路。まず、高岡12:53発・富山行きに乗車。521系2輌編成。
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 富山13:11着。同13:17発・直江津行きに乗り継ぐ。413系3輌編成。乗りたいと思っていた青一色塗装の車輌だった。
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 14:31、糸魚川駅で下車。もう一度、大糸線である。
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 往路で乗ったのと同じキハ120の単行だったが、車内は混んでいた。座席は完全に埋まって、わたしはロングシートの方に座れたが、14:50の発車時には座れない人もいた。途中で数人の地元客が下車し、立っている人はいなくなったが、このあと乗客の変動は全くなくなってしまった。
 どうやら青春18きっぷの最終日ということで、天候不順で日程を先延ばししてきたわたしのような旅人が集中してしまったのかもしれない。ワンマン運転の車両なのだが車掌が乗っていて、途中で検札も行われた。
 しかも運の悪いことに、シートの向かい側が日射しのある方で、日除けのカーテンを閉められてしまって外の景色もよく見えず、面白くない1時間になってしまった。往路でいっぱい写真を撮っておいてよかった。

 15:51、南小谷駅着。
 30分ほど時間があったが、前日に来ている駅なので新鮮さはなく、ちょっと外に出て煙草を吸ったりしたくらい。
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 折り返し16:20発・信濃大町行き電車がやって来た。E127系100番代の2輌編成。
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 途中の車窓より。
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 17:15、信濃大町駅着。
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 17:19発・富士見行きに乗り継ぐ。211系電車の3輌編成で、車内はロングシート。
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 行き先の富士見駅というのは、中央東線の茅野・小淵沢間にある小さな駅の一つである。どうしてそんなところが終点になるのか判らないが、とにかくこの電車は、大糸線→(松本)→篠ノ井線→(塩尻)→中央東線と順次乗り入れながら、ちょうど時間帯になってきた通勤通学客を、乗せては降ろしを繰り返して行くのだった。途中、立っているお客がかなり出る区間もあったが、茅野駅を最後に乗客はぐっと減って、19:09、すっかり夜になってしまった富士見駅に到着した。
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 少し時間があったので、お店などがあれば食べ物を調達しようと思っていたのだが、駅はもちろん駅前にも何もなく、駅前は建物はあるものの信じられないほど暗く、あきらめるしかなかった。
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 待合室の掲示によれば、この駅は標高955.2mにあり、日本一の小海線・野辺山駅(1345.7m)には全然及ばないものの、中央本線では最高地点ということで、夜になったこともあって空気はずいぶんひんやりして、ちょっと寒いくらいだった。

 このあと、富士見駅19:33発・甲府行きに乗車。20:26、甲府駅着。同20:37発・大月行きに乗車。21:25,大月駅着。同21:30発・東京行きに乗車。最後はE233系の見慣れた電車で終わりになった。
 22:16、西八王子駅着。
by krmtdir90 | 2014-10-03 12:47 | 鉄道の旅 | Comments(0)

北陸へ小さな旅③氷見線(2014.9.10)

 *いろいろ他の用事があって、間が空いてしまいました。9月24日の記事からの続きです。読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 きょうは、高岡駅を起点とする2つの盲腸線、氷見(ひみ)線と城端(じょうはな)線に乗るつもりである。高岡駅からはもう一つ、第三セクター・万葉線という路面電車が出ているのだが、全部に乗っている余裕はないので、これは今回カットすることにした。

 朝の高岡駅7番線ホーム。氷見線氷見行きの3輌編成が入線している。この塗装は高岡色と呼ばれているものである。
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 この先頭車両はキハ47だが、後ろに連結された2輌はキハ40で、真ん中の1輌は忍者ハットリくんが描かれた車輌だった。藤子不二雄A氏が高岡出身ということらしい。
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 割と早い時間にホームに行ったので車内はまだ空いていたが、発車時刻が迫ってくると高校生がどんどんどんどん乗って来て、立っている生徒もかなりいる状態になってしまった。でも、高校生というのは無理に座ろうという感じはなく、ボックス席のわたしのところにも、斜め前に友人のいないらしい女生徒が一人座ったが、それ以上は誰も座ろうとはせず、7:41、列車は発車した。

 すぐ次の越中中川(えっちゅうなかがわ)駅で、かなりの数の高校生が下車した。だが、車内にはまだ相当数の高校生が残っている。帰ってから地図を調べてみたが、下車した高校生は高岡高・高岡工芸高・高岡龍谷高などの生徒だったようだ。
 次の能町(のうまち)駅は、引き込み線などもある構内の広い駅で、ここを出ると大きな工場の敷地内のようなところを横切っていく。線路の上を、両側の工場を結ぶ大きな構造物が跨いでいたりして、ちょっと岳南電車のことを思い出した。
 次の伏木(ふしき)駅を出ると、低い家々の間の非常に狭いところを抜けて行く感じで、少し広いところに出た越中国分(えっちゅうこくぶ)駅で、残っていた高校生がまたどっと降りて行った。近くの伏木高の生徒のようだ。車内は一気にがらがらになってしまった。

 伏木駅を出ると、列車はすぐに海岸線に出て行く。富山湾である。この、車窓にいきなり海が広がる感じはなかなか劇的である。
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 雨晴(あまはらし)・島尾(しまお)と停車した後、8:10、列車は終点・氷見駅に着いた。
 途中で高校生の下車に時間がかかったため、実際には数分遅れでの到着だった。この車輌は8:18に折り返すので、実質5分ほどの時間しかない。よほど1台見送ろうかとも思ったが、とにかくやってみてからの話だ。

 駅舎外観。タクシーが邪魔だが、行ってしまうのを待ってはいられない。
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 車止めの先は駐輪場になっていて、なかなかいい感じだがやや遠い。でも行った。けっこう満足できる写真が撮れたと思う。
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 小走りの往復。間に合いそうだ。
 駅舎を違う角度から。
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 駅前の通り。
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 ホームから車止めを見る。
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 8:18、3輌編成は折り返し高岡行きとなって氷見駅を発車した。かなり忙しかったが、これで予定通り途中駅2駅に下車することが出来る。

 8:29、雨晴(あまはらし)駅で下車する。
 構内踏切を通って駅舎のあるホームへ。
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 ここで、氷見行き4輌編成と行き違いになった。
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 先頭のキハ47が1輌だけ奇妙なラッピング車輌で、先頭に描かれた男の子には「ひみぼうずくん」と小さな文字が添えられている。

 ここはこぢんまりした木造駅舎で、簡易委託駅になっているらしい。
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 駅舎外観。
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 駅前の道を少し行くと、小さな踏切を渡って雨晴海岸に出られる細道がある。
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 踏切を渡りながら、雨晴駅の方を見る。
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 で、雨晴海岸に出た。
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 ここは、富山湾越しに立山連峰の雄大な山々を望むことが出来る絶景の地である。だが、この日は一応は晴れているが、空全体に薄雲が広がっているような感じで、そちらの方角もすっかり霞んでしまって、残念ながらきょうはダメだなと諦めてぼんやり煙草などを吸っていた。

 その時、たまたま通りかかった夫婦の会話が聞こえてきたのである。旦那の方が見えてるよと妻に教えている。エッと思って目を凝らしてみると、ホントにうっすらとではあるが、確かに一部の稜線が確認できたのである。写真にはとても写らないだろうと思いながら、一応何枚かそちらを狙って写してきた。
 帰って確認してみたが、やはりよく判別できなかった。だが、試しにフォトギャラリーの微調整ボタンをあれこれ動かしてみたら、2枚ほど、ギリギリ判るのではないかという程度に浮かび上がらせることに成功した。ブログに載せた状態でどうなるか判らないが、とにかく調整前と調整後を並べて、その2枚(計4枚)を載せておくことにする。
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 観光写真などでよく見かけるあの雄大さとは比ぶべくもないが、とにかく何とか見えたことだけは確かなことだったのである。

 再び雨晴駅。さっき当駅で行き違いした4輌編成が、氷見駅で折り返して、当駅8:56発の高岡行きとなってやって来た。わたしはこれに乗車する。
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 当駅で行き違いとなる下り・氷見行きが1輌でやって来た。通勤通学時間帯が過ぎると、氷見線は一気に1輌になってしまうのである。
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 因みに、朝からずっと、今度わたしが乗る4輌編成・上りまでは車掌が乗務していたが、やって来た1輌・下りからはワンマン運転に切り替わっていたようだ。

 車窓から。
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 9:03、伏木(ふしき)駅で再び途中下車する。
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 氷見線では雨晴駅にはぜひ下車したいと思っていたが、それ以外は特に考えていたわけではない。ただこのあと乗る城端線の時刻の関係で、どこかもう一駅寄り道する余裕ができているのである。したがって、ここは特に何かがあって下車したというわけではない。
 次の能町駅との間に工場群が立ち並び、貨物輸送のための側線などがあった関係で、それなりの広さの構内を有する駅である。ホームは1面2線の島式ホーム。駅舎はやや離れていて、跨線橋でつながっている。
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 駅舎外観。
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 外の出てみると、広場のところに非常にささやかなモニュメントがあり(写真中央やや右寄り)、そこに全く目立たない感じで「ようこそ万葉の里へ」と書いてある(写真では読み取るのは無理だろう)。
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 駅舎前の郵便ポストの上に、これもえらく控え目な感じで大伴家持(おおとものやかもち)の小さな像が立っていた。
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 調べてみると、万葉集の代表歌人である大伴家持が天平18(746)年、国守として29歳で赴任した越中国府跡がこの伏木駅の近く(徒歩圏内)にあるということらしい。家持は5年ほどこの地ですごしたようで、万葉集に載る家持の歌のうち半数近くがこの地で詠まれたものなのだという。
 何も知らずに降りた駅が、・・・そうだったのか。

 再びホームに戻った。列車接近を知らせる電光表示がなかなかユニーク。
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 9:31発の高岡行きがやって来た。どこでも見かける首都圏色塗装のキハ40、1輌だけ。ワンマン運転である。
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 9:45、高岡駅に帰ってきた。次の城端線への乗り換え時間は10分である。 
by krmtdir90 | 2014-10-02 20:33 | 鉄道の旅 | Comments(2)


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