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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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天竜浜名湖鉄道③天竜二俣、寄り道・遠州鉄道(2015.4.22)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 12:36、天竜二俣(てんりゅうふたまた)駅着。
 2つの島式ホームを持つ2面3線の駅で、
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 駅舎は1940(昭和15)年の開業以来のものだという(登録有形文化財)。
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 いままでで一番大きな駅舎だが、この駅は天竜浜名湖鉄道の本社が置かれ、天浜線の中心となっている直営駅なのである。構内も非常に広く、旧国鉄・二俣線時代からの機関区の建物や設備が現役のまま残っていて、それを生かして現在も天浜線の車輌基地となっている。

 この駅で毎日「転車台&鉄道歴史館見学ツアー」というのが行われていて、それが13:50から始まるのである(前もって調べておいた)。
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 駅員さんに聞くと、少し前に待合室に来てくれればいいということなので、まだ1時間ほど待ち時間がある。ツアーが終わった後は時間が取れないので、いまのうちに駅とその周囲を見ておかなければならない。

 駅舎内部はすっかり手が加えられてしまったように見える。
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 駅舎外観。こちらも、瓦屋根などに昔の雰囲気は感じられるが、全体の印象はかなり補修など手が加わっているように思われた。
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 角度を変えて。
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 なお、ここも駅舎の一部がラーメン店になっているが(ホームラン軒という)、入口に控え目な看板があるだけで、駅の雰囲気を壊してはいないと思った。

 駅前は余裕のあるロータリーになっていて、その前の道路を隔てて機関車公園というちょっとした広場があり、
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 そこにC58形蒸気機関車が保存されていた。
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 階段があって運転室に入れるようになっていたが、あちこちかなり傷んでいる感じで、こういう静態保存というのはどうも好きになれない。

 二俣本町駅寄りの側線にやはり古い車輌が留置されていたので、一応行ってみた。
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 オレンジ色の車輌はキハ20形気動車で、旧二俣線を25年間走り続けたものだという。うしろはブルトレの20系客車というものらしかったが、もう動くことのない車輌をいくら見ても、悲しいだけで少しも心はときめかないと思った。

 駅に戻って、煙草を吸ったりトイレに行ったり。
 駅舎とトイレの間には、昔の腕木式信号機が保存されていた。
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 まだ時間があるので、もう一度改札から中に入って(フリーきっぷだから出入り自由なのである)ホームなどをゆっくり見て回った。
 この2面の島式ホームとその上屋も有形文化財に登録されている。特に上屋は、時の流れを感じさせてくれてなかなかいい。
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 こちら(1番線)は支柱などに古レールが使われているようだ。
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 こちら(2・3番線)は普通の木の柱である。
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 構内の東側に車輌基地も見えている。
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 さて、再び待合室に戻り、窓口でツアー料金200円を払う。引き換えにこういうものが渡された。
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 裏側に日付が押印され、上の記念硬券が挟み込まれている。なかなかファン心理をくすぐる仕掛けだと思う。できれば硬券には鋏を入れて欲しかったが。

 実はこの時、窓口で一緒にこういうものを買ってしまった。
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 中を開くとこうなっている。
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 1760円だった。何と言えばいいのか。何の役にも立たないものだけれど、なんか急に欲しくなってしまったのですね。

 ツアーが始まった。参加者は10人ぐらい(小さな男の子を連れた父親、カップル?、夫婦、老夫婦といった感じで、明らかなテツというのはいないようだった。ん?、わたしがそうか)。
 営業課だという青年がハンドマイクを持って案内してくれる。構内踏切を渡って、反対側の普段は閉鎖してある扉から向こう側の細い道に出る。道に沿って住宅が建ち並んでいるが、調べてみたら昔は構内の一部だったところを宅地として売却したものらしい。
 少し行くと、道の脇にコンクリートの給水塔(高架貯水槽・登録有形文化財)があった。給水塔としては割と大きい方ではないだろうか。
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 なお、ツアーが始まる少し前から雲行きが怪しくなっていて、空は黒っぽい雲に覆われ、にわか雨などがありそうな気配になってしまった。実際には降らなかったが、写真が暗い感じになってしまったのは残念である。

 給水塔の向こうには、旧二俣線の機関区時代からのものと思われる様々な木造の建物が建っていた。
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 洗濯物が干してあるここは何だろう。機関区休憩所、機関区浴場といった建物も有形文化財に登録されているようだから、そのどちらかかもしれない。
 入口から敷地の中へ。天竜浜名湖鉄道の看板が掛かった右の大きな建物は車輌修理工場のようだ。
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 左手には昔からの木造の建物がいろいろ並んでいる。
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 どれも現役で使用されているらしい。これは素晴らしいことだと思う。
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 さて、ツアーのハイライト、転車台(登録有形文化財)。
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 右手に待機していた車輌が動き出し、これを載せて、
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 実際に動かしてくれる。
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 左に付いている小さな箱形のものが転車台の運転席である(こういうのは動画に切り替えて撮影すべきなのだろう。わたしのカメラも動画機能は付いているが、要するに使いこなせてはいないのである)。
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 現在の気動車は前後に運転席が付いているから、昔の蒸気機関車のように180度転換する必要はない。しかし、ちょっと動いただけで、なんか感動してしまう(実際、すぐ隣の線路に切り替えただけだったが、それで十分だった)。

 転車台の右手に、扇形車庫(登録有形文化財)があった。4台の車輌が入れるだけの小さなものだが、建物は木造で、何より現役で使われ続けているところが嬉しい。
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 右端にちょっと写っている建物が、入口のところまで続いていた車輌修理工場で、これと扇形車庫の間は2線、屋外の留置線になっている。
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 いずれにせよ、すべての線路は転車台に通じているのである。
 扇形車庫の中。
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 4番に入庫しているのは普通のTH2100形だが、隣の3番はTH3000形という1輌しか残っていない車輌である。「動禁」の札が下がっているが、廃車ではなくまだ現役車輌のようだ。
 2番庫。
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 1番庫の横の戸口に、鉄道歴史館という木の看板が下がっている。
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 このあと、歴史館の中を見学した。
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 いろいろ興味深いものが展示されていたが、端から写真に撮る訳にもいかない。
 で、看板類の中から3枚ほど。
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 遠州森駅が遠江森駅だった時の駅名標。
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 桜木駅が遠江桜木駅だった時の駅名板。
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 最後にもう一度、転車台とクレーン。
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 もう一度、転車台(動かして見せてくれたんだからね)。
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 14:30過ぎに解散。
 約40分ほどのツアーだったが、これは面白かった。日時限定の特別な催しではなく、毎日やっているところが偉いと思った。時間さえ合わせて行けば、いつでも車輌基地の中を見学できるのである。転車台に車輌を載せて、動かしてくれて200円は安い!

 天竜二俣駅はこれでおしまい。
 3番線ホームに14:43発、下り・新所原行きがやって来た。
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 二俣本町駅を過ぎて、天浜線は天竜川を越える。登録有形文化財、天竜川橋梁である。
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 なお、今回の旅には関係がないことだが、天竜川の始まりは諏訪湖の釜口水門である(だからどうしたと言われそうだが、このあたりは何度も行ったことがあり、知っているところなのである)。途中、川下りで有名な天竜峡などを経て、ずっとJR飯田線とともに流れ下り(このあたりも行ったことがある)、途中で飯田線と別れてここに流れて来たのである。うーむ、そうなのか、という感じ。

 14:48、西鹿島(にしかじま)駅着。下車する。
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 ホーム左に赤い車輌がちょっと見えているが、これがこれから乗る遠州鉄道の電車である。左手前の建物は遠州鉄道車輌基地の車庫のようだ。
 天浜線の旅はここで一時中断。ちょっと寄り道をする。
 せっかくここまで来ているのだから、これからこの西鹿島駅と新浜松駅を結んでいる遠州鉄道を往復しようと思っているのである。

 地下道を通って遠鉄電車の1番線ホームへ(振り返って写したので、1番線はうしろである)。途中に簡易改札機が置かれていた。
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 遠鉄1番線ホームに面して改札口がある。
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 つまりこの駅は、遠州鉄道としては直営の有人駅だが、天竜浜名湖鉄道は無人駅という扱いになっているらしい。駅は一応共同使用駅だが、天浜線の雰囲気はどこにも感じられない。
 駅舎外観。
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 西鹿島15:00発・新浜松行き、2輌編成。これは1000形電車と呼ばれるものらしい。
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 遠州鉄道は大正年間から続く歴史あるローカル私鉄で、第三セクターではない。それどころか、毎年安定した営業収益を計上していて、浜松市民の足として地域にしっかり定着している路線のようだ。電化されたのも1923(大正12)年と古く、全線単線ながら、上下とも1時間に5本(つまり12分おき、しかも2輌編成)という驚きの運行密度を実現している。車体の色から、地元では通称「赤電(あかでん)」と呼ばれているらしい。
 車内はロングシート。
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 最初はがらがらだったが、乗客はどんどん増えて、新浜松に着く時には座席はすっかり埋まっていた。天浜線とのあまりの違いに驚くが、こうした路線では途中で写真を撮ろうという気にはなかなかなってこない。駅の様子や沿線の風景なども典型的な都市近郊路線の感じで、途中の上島(かみじま)駅あたりから高架線になった。

 所要32分、15:32に終点・新浜松駅に着いた。
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 線路は高架上で途切れ、車止めの向こうに東海道線の高架が見えている。JR浜松駅はこのすぐ左手になるようだ。
 ホームはこんな感じ。
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 階段を下りて改札、さらにもうワンフロア階段を下りて外になる。
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 外と言うか、両側のビルに挟まれて全体に屋根が掛かっている。
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 正面に抜けて行くと、右手がJR浜松駅になるようだ。JRで来たわけではないから、行ってはみなかった。
 反対側に下りた方が開放感はある感じだ。
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 再び改札を通ってホームへ。反対側に停まっていた車輌は30形という古いタイプのものらしかった。
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 折り返し15:48発の電車が入って来た。乗客は整列して乗車する感じである。
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 なお、この車輌は2000形というもののようだが、来る時乗った1000形との違いは外見上はよく判らなかった。
 で、16:20、西鹿島駅に戻った。遠州鉄道はこれで終わり。
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 西鹿島駅の天浜線ホームに、16:29発・掛川行きがやって来た。やはりこっちの方が何となくホッとする。
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 17:21、掛川駅に戻った。掛川では少しにわか雨が降った形跡があった。

 この晩は駅の反対側に食事に行ったので、掛川駅のそちら側(新幹線側の南口)の写真を載せて1日目の終わりとする。
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by krmtdir90 | 2015-04-30 10:17 | 鉄道の旅 | Comments(0)

天竜浜名湖鉄道②遠州森・遠江一宮・二俣本町(2015.4.22)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 10:18、天浜線上り・掛川行きと下り・新所原行きはほぼ同時に発車して行った。
 遠州森(えんしゅうもり)駅。国の指定有形文化財になっている木造駅舎である。
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 天浜線には跨線橋のある駅は一つもなく、ホーム間はすべて構内踏切で結ばれている。
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 ホームは半分くらい重なる感じだが、一応千鳥配置になっている。
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 掛川・遠州森間というのは、天浜線の前身である旧二俣線の中で最初に開業した区間で、この時開設された駅が桜木(当時は遠江桜木)・原谷・遠州森(当時は遠江森)の3駅だったらしい。したがって、この駅舎も1935(昭和10)年以来のものということになる。
 3駅のうち、開業当初の姿を最も良く残しているのが遠州森駅のようだ。改札口だけは金属パイプに替えられているが、改札窓口の木枠の窓、
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 左側、入口扉も木枠の扉がそのまま使われているようだ。正面は手小荷物取扱窓口だったようで、この台はいわゆるチッキ台(手小荷物を置く台)の名残のようだ。
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 待合室のベンチも、よく使い込まれた木のベンチである。
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 駅舎外観。
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 陽射しがあるので、逆光になってしまい撮影が難しい。少し寄ってみる。
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 駅名が変更されたので、駅名板は昔のものではない。

 遠州森駅の滞在時間は32分だった。島式ホームの方でぶらぶらしていたら、業務委託らしい駅員さんが出てきて、駅舎とは反対側の構内踏切の先で、普段は閉じられている扉を開いて、保母さんに連れられてやって来たお散歩の途中らしい園児の一団を、踏切を通して駅舎の方に渡らせてあげたりした。何だか非常に微笑ましい風景で、ゆるゆるとのどかなローカル線の風情が漂うのだった。
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 10:50発、下り・天竜二俣行きがやって来た。
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 再び運転手横の「かぶりつき」へ。
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 森町病院前駅。
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 今年(2015)3月に開業したばかりの新しい駅で、病院は左手にあった。なお、写真の左手奥に写っているのが第二東名高速道路である。
 円田(えんでん)駅。
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 沿線のお茶畑。
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 さすが有名な産地である、あちこちで見かけた。もっと斜面一面に広がったお茶畑もあったが、こういうものには全然興味が向いていないから、何とか写っている写真はこれ一枚しかない。

 次の下車駅・遠江一宮(とおとうみいちのみや)に入って行く。
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 列車交換はなく、10:57、天竜二俣行きは発車して行った。
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 1940(昭和15)年、旧二俣線の全線開通に合わせて開業した駅のようで、有形文化財に登録された木造駅舎だが、前3つとは雰囲気がかなり違っている。
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 緩いカーブに沿ってホームが作られていて、その感じが何とも言えずいい。
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 ホームは、重なる部分のない完全な千鳥配置になっている。
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 ここは無人駅である。改札口の柵は撤去されてしまっているが、待合室の壁沿いに重厚な木のベンチが作り付けられている。待合室内部の飾り付けは少なく、その点はいいのだが、
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 駅事務室であった部分が完全に改造され、人気の手打ち蕎麦の店が入っているのである。
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 この店で昼食にしてもいいかなと思っていたが、開店は11:30とあった。今朝スタートを一台早めた結果、時間が合わなくなってしまったのだ。まあ、それならそれで仕方がない。

 駅舎外観。
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 逆光でうまく写せない。
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 入口の人形は、近隣の(と言っても何キロも先のようだが)小国(おくに)神社(遠江国一之宮)に因んだ「だいこくちゃん」というマスコットらしい。

 上りホームで煙草を一本。
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 11:15発の上り・掛川行きがやって来て、
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 出て行った。
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 下りの方では青年が一人、ホームに座り込んで煙草を吸っていた。のどかである。
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 滞在時間32分。11:29発、下り・新所原行きがやって来た。
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 この車輌は1台しかないはずだから、さっき遠州森駅で見送ったTH9200型が、掛川駅で折り返してきたものと思われる。

 次の目的地は天竜二俣駅になるのだが、スタートを早めているので時間に余裕が出来ている。そこで、天竜二俣駅は一旦通り過ぎて、次の二俣本町駅まで行って戻って来ることにした。
 で、まず敷地(しきじ)駅。無人駅だが新しい駅舎が出来ていて、郵便局も入った地域のコミュニティ施設になっているようだ。
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 次の豊岡駅。
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 ここも立派な駅舎になっていて、磐田市商工会豊岡支所というのを併設しているらしい。駅としては交換可能駅だが無人駅である。
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 上野部(かみのべ)駅。
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 幾つか小さいトンネルを抜け、
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 天竜二俣駅に入って行く。
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 この駅はまた後でゆっくりと。
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 天竜二俣・二俣本町間は駅間0.6キロしかない。その間に駅名ともなっている二俣川という川を渡る。この二俣川橋梁も登録有形文化財になっている。
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 あっという間に二俣本町(ふたまたほんまち)駅に到着した。
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 11:48下車。
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 予想外に寂しい感じの駅である。下り(西)方向はこの左に小山の茂みがある。
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 上り(東)の天竜二俣駅方向は築堤が張り出すようになっていて、右の築堤下は道路・駐車場・工場?など、閑散とした感じ。 
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 駅名標。
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 階段を下りたところに駅舎がある。
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 この駅は別に文化財とは関係ない、ごく普通の駅である。
 鉄道ファンや観光客を呼び込もうという駅ではないから、待合室も至って簡素で、
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 駅事務室だった部分がここも手打ち蕎麦の店になっていた。
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 暖簾が引っ掛かっていたりして、ちょっとどうかなと思ったが、滞在時間が47分あるので、ここで昼食にすることにした。入ってみると、見るからに頑固そうな親父が一人でやっている店らしく、わたしの他に6人もお客がいて、かなり手一杯の様子に見えた。
 普通のもりそばというのがメニューになく、7、8種類の品目はどれも何らか手を加えたものになっているようだった。で、注文したのは冷たいとろろそば1000円。
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 こういうかたちで出てくると、蕎麦の感じはあまり掴めなくなってしまう。

 駅前の写真などは撮っていないが、道を隔ててすぐに住宅などが並び、少し行けば広い通りなどもあるようだった。
 ホームに続く階段下に灰皿があったので、煙草を一本吸ってホームに上がると、ほどなく12:35発、戻りの掛川行きがやって来た。
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 時刻表では所要1分、12:36、天竜二俣駅に到着した。
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 乗って来たTH2100型気動車には、こんな控え目なラッピングが施されていた。
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by krmtdir90 | 2015-04-29 09:36 | 鉄道の旅 | Comments(0)

天竜浜名湖鉄道①掛川・桜木・原谷(2015.4.22)

 天竜浜名湖鉄道、通称・天浜線は、前から乗りに行きたいと思っていた路線の一つである。だが、どうも通り一遍の乗車ではもったいない印象があって、それなりの手間を掛けて乗らなければと、何となく後回しになっていたのである。ようやく春らしい天気が続きそうになってきたので、先日やっと1泊2日の日程で乗りに行ってきた。

 1日目。新横浜7:16発、東海道新幹線・こだま633号。700系と呼ばれる車体である。
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 近距離だと大抵、在来線を利用してしまうから、こだまに乗るのはこれが初めてだったかもしれない。時間帯によるのかもしれないが、ビジネス客を始め短区間の新幹線利用者というのは意外に多いようで、少なくともわたしの乗った車輌は、乗客の入れ替わりはあったもののほぼ満席に近い状態がずっと続いた。
 新幹線とはいえ、各駅停車というのは停車のたびに4、5分の待ち時間があり、後から来るのぞみやひかりに次々に追い抜かれるのである。それでも、在来線に特急を走らせるより時間としてはたぶん速いのだろうが、在来線の特急に乗って各駅停車を追い抜いて行く方が、何となくスッキリして速い気分になれそうな気がした。

 8:48、掛川駅着。新幹線の掛川駅はこだましか停まらない駅である。
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 表口となる北口は木造駅舎だった。この駅舎は耐震工事を施した上で、昨年(2014)1月から供用開始されたものらしい。
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 天竜浜名湖鉄道はJR1番線ホームにも改札口を持っているようだが、基本的には別駅舎・別改札である。上の写真の右手に天浜線掛川駅という、縦の構図でないと撮影しようのない特徴的な駅舎が建っていた。
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 階段を上ると狭い待合室があり、右手に窓口と改札口があった。駅員の向こうがJRとの乗り換え改札口である。
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 窓口で、一日フリーきっぷを購入する。天浜線には3種類のフリーきっぷがあり、この日購入したのは天浜線と遠州鉄道の「共通1日フリーきっぷ・東ルート」いうもので、値段は1450円だった。
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 フリー区間は天浜線の東半分と遠州鉄道全線で、掛川に宿を取っているから、1日目はこれがちょうどいいのである。
 なお、このフリーきっぷは中央で上下二つ折りにするようになっており、内側(裏面)に日付が捺印されていて、乗降の際はそちらを提示するのである。

 さて、計画では9:14発に乗るつもりだったが、頭端式のホームを見ると、一台前の8:58発が2番線からいまにも発車するところだった。
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 結局、わたしはせっかちなのだと思う。早くなるのだから何の問題もないと、迷わず乗車した。乗車するとすぐに動き出した。天浜線の旅はこうして始まった。
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 急いで乗り込んだ勢いで、そのまま何となく運転席横の「かぶりつき」に立ってしまった。この車輌は窓は開かないがガラス面積は広く、特に前後の見通しは最高だったので、特に決めていたわけではないが、なりゆきでこのあとの乗り方が決まってしまったのである。
 天浜線は最初のうち東海道本線と並走する。高架上を新幹線が通過して行く。
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 やがて線路は右にカーブを切って行く。
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 複線電化の東海道本線に対して、架線が見えない天浜線は非電化単線であることが判るだろう。乗車した気動車は1輌編成だったが、この2日間、天浜線は常に1輌での運行だった。車内はセミクロスシート、トイレは付いていなかった。

 特に決めていたわけではないが、つい最初の停車駅を写してしまった。掛川市役所前駅。市役所は左手にあった。
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 なりゆきで次の停車駅も写してしまった。西掛川駅。
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 天浜線は営業キロ67.7キロ、駅の数も多いから、全部の駅を写すのは簡単なことではない。まあ、これはなりゆきに任せるしかないか。

 天浜線は、旧国鉄時代は二俣線と言われていたようだ。分割民営化によって切り捨てられ、新たに設立された天竜浜名湖鉄道という会社で再出発したらしい。第三セクター路線である。
 近年その営業戦略の一環として、古くからの駅舎やプラットホーム、橋梁など鉄道施設36件を国の登録有形文化財に一括登録し、これをアピールして積極的に乗客を呼び込もうとしているらしい。いろいろ調べてみると、鉄道ファンとして天浜線に乗りに行く以上、これはやはりできるだけ訪ねてみなければいけないと思ったのである。
 で、次の駅がその最初の駅ということになる。

 桜木(さくらぎ)駅に入って行く。掛川駅を出て最初の列車交換(行き違い)可能駅である。
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 相対式2面2線。ホームは千鳥配置(上り下りがずれて配置されている)になっている。
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 9:05着。この時は列車交換は設定されておらず、わたしが降りるとすぐに発車して行った。
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 こぢんまりとした、いい雰囲気の木造駅舎である。
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 構内踏切を渡って駅舎の方へ。
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 無人駅だが、内部にいろいろと飾り過ぎている感じがして、気持ちは判るがちょっとどうなのかなという気がした。
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 天浜線は総体として、このいろいろ飾るという方向が徹底しているようで(桜木駅はおとなしい方だった)、駅舎の有効利用などにも積極的に取り組んでいるらしい。このあたりは好みの問題もあるから、善し悪しは難しいところだと思った。

 駅舎外観。1935(昭和10)年の開業当初からの駅舎のようだ。
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 駅名板が比較的新しく見えるのは、1987(昭和62)年の天浜線転換時に、旧国鉄時代の遠江桜木(とおとうみさくらぎ)という駅名を変更したからである。

 上り(掛川方面)ホームと、
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 わたしが乗る下りホーム。
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 構内踏切から見た下り方面。
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 同じく上り方面。
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 今度は列車交換が行われるようだ。先に9:21発・掛川行きがやって来た。
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 上りホームに停車した。
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 ここで、天浜線の車輌をアップで見ておく。
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 TH2100型気動車というもので、現在走っている車輌はほとんどがこの型の車輌らしい。天浜線は派手なラッピングや車体広告などはやっていないようだから、塗装も基本はみんな同じもので、このおとなしめですっきりした感じは好感が持てると思った。

 下り9:21発・宮口行きもやって来た。これに乗車する。
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 桜木駅滞在時間は16分(せっかちなわたしにはちょうどいい感じ)だった。

 また3つ目の駅で降りるから座るまでもないかと思い、また「かぶりつき」に立ってしまった。天気がいいと気持ちまで積極的になってくるのである。
 いこいの広場駅。
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 細谷(ほそや)駅。
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 次の原谷(はらのや)駅が2番目の下車駅である。
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 掛川駅を出て2番目の列車交換可能駅で、すぐに上り・掛川行きが入って来た。
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 両列車はほとんど同時に発車した。これは乗って来た下り・宮口行きの方。
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 構内踏切を渡って駅舎の方へ。
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 ここは、当たり前のように木造の改札口が残っていた。上りホームには改札を抜けて階段を上るかたちになっている。
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 この駅は、駅舎の有効利用というのだろうか、駅事務室だったところが改造され、ポッポ屋原谷会という看板が掛かっている集会所のような感じになっていた。
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 中にはちょうど、近所の女性たちが7、8人くらい?集まっているところで、楽しげなおしゃべりの声が聞こえていた(この駅には39分滞在したが、終わり頃になってここから女性たちの歌声が響いてきた。合唱というのではなく、みんなで声を合わせて古い歌謡曲を歌っていたようだ)。
 ここも無人駅だから、こういうかたちで駅舎が活用されるのは悪いことではないと思ったが、有形文化財に登録しておきながら、その駅舎をあまり改変するのもどうなのだろうという思いもあった。たぶん、こうして活用される方が、放置されて朽ちていくのをただ待つよりも絶対いいに決まっているのだが、古い駅舎ファンとしては複雑な気持ちがあったのも事実である。

 なお、上の写真の右上の所に姫乃という駅名板が掛かっているが、これは2004(平成16)年にフジテレビで放映された「ウオーターボーイズ2」というTVドラマで、主人公たちが通学に利用する姫乃駅という設定でこの駅がロケに使われた記念であるらしい。地方のローカル線の小駅にとって、こういうことはいつまでも忘れられない出来事なのだろう。
 まあそれはそれとしても、ここもやはりいろいろ飾り過ぎだろうと思った。難しいところだとは思うけれど。

 さて、駅舎外観。早くもこいのぼりが泳いでいる。
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 少し寄った写真。
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 左の所に、最近設置されたらしい二宮金次郎と思われる石像が立っていて、これなんかはやはり止めた方が良かったような気がする。
 写真中央の花のところに、登録有形文化財であることを示す標柱が立っていた。この形式の標柱は登録された駅には全部立てられていて、具体的な説明も付いているので、非常に判りやすいと思った。こういうのならいいんだけどね。
 この駅の標柱を代表として、アップで載せておく。
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 時間があると、ついいろいろ撮りたくなってくる。こんな構図がいいではないかなどと、一人で悦に入っている。こういう時間の楽しさは他に代え難い。
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 10:09発、下り・新所原(しんじょはら)行きがやって来た。
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 また「かぶりつき」に立ってしまう。
 小さな鉄橋を渡った。
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 帰ってから調べてみると、原野谷(はらのや)川に架かる原谷(はらのや)川橋梁というもので、これも有形文化財の登録を受けているらしい。竣工は1935(昭和10)年。

 原田駅。筑豊本線の方は原田(はるだ)駅だったが、こちらは普通に原田(はらだ)駅である。
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 小さなトンネルを抜けた。
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 戸綿(とわた)駅。築堤上にホームがあり、下の道路(向こう側)とは階段でつながっている。
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 さっきより長い鉄橋を渡った。太田川橋梁。これも有形文化財の登録を受けている。竣工は原谷川橋梁と同じ1935(昭和10)年。
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 3つ目の下車駅・遠州森(えんしゅうもり)駅に入って行く。単式ホームと島式ホームの2面3線で、交換可能駅になっている。
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 こちらは島式ホームの2番線に入って行ったが、単式ホームの1番線に行き違いとなる上り・掛川行きが待っていた。
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 この車輌はTH9200型と呼ばれ、これ1輌しかないもののようだ。団体運用を想定して作られた転換クロスシートの特別車輌だが、運用予定のない時は、こうして一般車輌に混じって運行されているらしい。宝くじ号とあるのは、宝くじの助成を受けて導入されたからということらしい。
by krmtdir90 | 2015-04-28 13:46 | 鉄道の旅 | Comments(0)

高校演劇2015①春の大会(4.25・26)

 高校演劇の季節がやって来た。
 25日(土)、今年も埼玉県・西部A地区の春の大会(朝霞コミュニティーセンター)に行ってきた。今年は一日で7校上演というタイトな日程だったので、少々疲れたが楽しい時間を過ごさせていただいた。以下、各校ごとに簡単な感想を書いておくことにする(上演順)。

朝霞西高校「KAN・KAN男」(佃典彦:作)
 何だかよく判らない話だが、面白い台本だと思った。踏切のセットをきちんと作り、手を抜かずに場の雰囲気を出していたと思う。役者たちもよくやっていたが、まだまだ伸びしろがたくさんあると感じた。セリフがしっかり書けている台本だから、会話(やり取り)がちゃんと出来てくれば、もっと客席に笑いが出て来るはずの芝居ではないだろうか。本の解釈云々ももちろん大切だが、B級遊撃隊というのは会話の勢いと動きのキレで走り切る舞台だった記憶がある。
 久し振りにコピスみよし高校演劇フェスティバル(6月14日)への出演が決まっているから、それに向けて会話を作る稽古にいっそう励んでほしいと思った。

和光国際高校「あゆみ」(柴幸男:作、畑澤聖悟:潤色)
 これも面白い台本だが、やるのは非常に難しい本だと思った。舞台にするにあたって、押さえるべき点をきちんと確認してやらないと悲惨な結果になる。和国の生徒たちには向いている本だと期待していたが、舞台は残念ながらかなり期待外れなものになってしまっていた。
 あゆみという女性の一生を、演者を次々入れ替えながら、ずっと一方向に(過去から未来に)歩き続けることで表現するのだが、その時々の気持ちが作られていないから、気持ち(その表れとしての口調など)が演者相互に引き継がれていかず、舞台上はただ雑然とするばかりで、台本の斬新なアイディアは全く生かされることがなかったように思う。

細田学園高校「合格ラインがやってきた!」(加藤のりや:作)
 長い間、演劇部が途絶えていた高校だが、十数年ぶりの地区復帰をまず喜びたい。役者全員がセリフをちゃんと覚え、最後まで舞台を一生懸命作り上げたことは立派である。他校の舞台を善悪とり混ぜてしっかり吸収し、次の舞台に向けて作戦を練ることが大切だと思う。
 まだ照れや弱気を克服できていないし、動きもわざとらしくギクシャクして大きな声も出せていないが、みんなそういうところからスタートするのだから、これからの継続的な取り組みが期待される。インターネット台本でなく、セリフのしっかり書けている台本を選んだ方がいい。若い2人の顧問の先生が非常に積極的な姿勢の方で、ぜひ生徒とともに伸びていってほしいと思った。

朝霞高校「ライフレッスン」(高泉敦子:作)
 しっかりした台本を選び、しっかりした芝居作りに帰って来ていたと思う(力のある学校なのに、ここしばらく目標の定まらない放浪が続いていた)。役者も頑張っていたが、舞台としては決定的なマイナスを修正できなかったことが惜しまれる。
 オープニングからずっと、少年と父親のシーンがすべて照明が極端に暗く、表情などが全く見えない状態で芝居が進んでしまっていた。客席から見えなければ、どんなにいい芝居をしても何にもならない。どこで見ていたのか知らないが、わたしが顧問だったらすぐに調光室に走ったと思う。顧問を始め誰もそれに対処できなかったところに、部活としての朝霞の大きな弱点を見た気がした。

新座高校「誠実・純潔・優雅」(福泉志織:作)
 顧問創作である。若い顧問が初めて書いたということに一定の評価はあるが、まだ勉強は必要だと思った。新座の生徒たちは、このところ役者として非常によくやっている印象があったが、この台本はそれを生かし切れていなかったと思う(特にお嬢様2人の方の設定)。
 マンガ的設定を悪いとは思わないが、恋愛禁止の校則に賛成反対と揺れ動く彼女たちの気持ちに、マンガ的ではあってもしっかりした説得力は必要なのではないか。いかにも教員が書いたというご都合主義に作者は気づく必要があるし、気持ちの動きが結局説明ゼリフで処理されていることにも気づかなければならない。力をつけてきていた生徒たちにとって、残念な台本だったと思う。

新座総合技術高校「嘘吐き」(NSG演劇部:作)
 生徒創作だが、演劇部作という曖昧な表記にしないで、きちんと個人名を出させるべきだと思う。台本の態をなしていないというのが、この本では何より問題だからである。そして、そういうものを舞台にしてしまった責任は顧問にあることを認識しなければならない。
 ドラマが成立する基本が全く判っていないから、意味のない会話の繰り返しが延々続くことになり、一番重要な子ギツネの死が描かれないというおかしなことが起こるのである。それを指摘してやるのは、生徒に創作を認めた顧問(大人)の責任のはずである。必要な指導が入っていない舞台というのは悲しい。一生懸命やっている生徒には可哀想だが、わたしは眠気を押さえるのに苦労した。

新座柳瀬高校「Ernest! =PREQUEL“Can´t Help Fallin´in Love!”」(オスカー・ワイルド:原作、稲葉智己:脚色)
 最近、顧問の好みがますます色濃く出てきているが、生徒たちがそれを信じて楽しそうに演じているし、役者としても着実に力をつけてきているのだから、高校演劇のウィングを広げるものとして、こういう舞台ももっと積極的に評価されてしかるべきだと思う。
 登場人物たちがドアを入れ替わり立ち替わり出入りすることでストーリーが進んでいくという、作者得意の作劇法の中で、今回は2つのドア(2つの部屋)という最もベーシックな設定を採りながら、上手に大人のドラマを組み立てたと思う。ブラックネル卿夫人を演じた阿部夏純未さんが秀逸だった。脇役がしっかりしているとストーリー展開に厚みが出る。コピスでも期待が持てると思った。

 いつものように夜の飲み会にも参加させていただき、年甲斐もなく大いに盛り上がってしまった。翌日はアルコールが残って厳しいことになるかなと思っていたら、ビールだけで通したのが良かったのか、思いのほか体調が回復していたので、26日(日)の午後は、川越坂戸地区の大会(尚美学園大学2000年記念館)をちょっと覗きに行ってきた。

星野高校「カラフルメリィでオハヨ~いつもの軽い致命傷の朝~」(ケラリーノ・サンドロヴィッチ:作、星野高校演劇部:潤色)
 初めて見る芝居で、認知症や精神病の患者を扱った台本だとは知らなかった。高校生が安易に手を出すと、料理の仕方によっては困ったことになりかねない本だが、星野は非常に誠実に舞台を作っていたと思う。ただ、かなり長い本をカットしたらしく、精神病患者の繰り返しのようなところを残し過ぎて、二つのストーリーの重なりが判りにくくなってしまったようで残念だった。
 元の台本を読んでいないので何とも言えないが、どちらか一方だけの芝居にしてしまう作戦もあったような気がする。認知症の祖父と家族のパートを演じた役者たちが、それぞれ非常にいい芝居をしていると思ったので、そちらにウェイトを置いた方が良かったような気がした。

筑波大学附属坂戸高校「胎内アバンギャルド(仮)」(筑坂演劇部:作)
 筑坂得意の鮮やかなイメージの連鎖とか、目くらましに満ちた展開といったものには今回あまり重きが置かれていない、筑坂としては非常に判りやすい芝居だった。コピスの舞台で1年生の時から光っていた嵯峨健介くんが3年生になり、今回は彼の芝居をたっぷり見せる意図があったものと思われる。後半、繰り返しの芝居で若干息切れしたきらいはあるが(台本に一工夫欲しかった気もする)、終始客席を掴んで離さなかったのは大したものだと思った。
 部員が減少しているようで、役者を選べなくなっているのか、脇役たちの造形が難しくなってきている感じがした。今後の筑坂芝居を作る上で、ネックにならなければいいがと思った。

 今年はカレンダーの関係で、各地区の春の大会がみんな25・26日に集中してしまい、興味があった西部B地区に行けなかったのが残念だった。日程がもう少し散らばってくれると、生徒も他の地区を見に行けていいのだろうが、まあ仕方がない。
by krmtdir90 | 2015-04-27 09:50 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(4)

折り畳み傘

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 先日の近畿旅行の折、折り畳み傘をなくしてしまった。小さく折り畳めるのに広げると普通の大きさの傘になり、軽くて携帯にも便利だったので、非常に気に入っていたのである。
 どうにも癪に障るが、なくしたままにしておく訳にもいかない。確か八王子セレオに入っているLoFtで購入した記憶があった。先日、散歩の途中に寄ってみたら、まったく同じものが売られていた。同じものを買うのも重ね重ね癪だが、いいと思っていた傘なのだから、これより気に入る傘を探し求めるのは極めて労力の要ることに違いない。
 というわけで、買いました。なくした傘は紺だったが、今度のは黒にしてみました。けっこうな純米吟醸の一升瓶が買えるくらいの値段でした。早く使ってやりたいのだけれど、そうなるとなかなか機会は訪れないものです。
by krmtdir90 | 2015-04-24 11:19 | 日常、その他 | Comments(0)

睡蓮鉢とオタマジャクシとカエル

 わが家の狭い庭先にずいぶん昔から、水を張り睡蓮を浮かべた、いわゆる睡蓮鉢というのが置いてある。
 たぶん死んだ両親が置いたものと思われるが、いつ頃からか、毎年春先になるとけっこう大きなカエル(たぶんヒキガエルだと思う)がやって来て、この睡蓮鉢に産卵して行くのである。透明なゼリー状で、太い紐のような中に黒い粒々が見える、あのよくあるカエルの卵である。

 卵が孵ると、鉢の中は小さなオタマジャクシで一杯になり、それは徐々に成長して、やがて足が生えて無数の小さなカエルとなり(1センチ以下)、いつの間にかみんなどこかへ姿を消してしまうのである。
 昨年はなぜか鉢の外に産卵してしまい、気付いて水の中に戻してやったのだが、一匹も孵ることはなかった。今年は無事オタマジャクシとなり、最近はけっこう大きくなって、そろそろ足が出てくるのではないかという時季になっている。
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 数日前、たぶん親ガエルと思われるカエルがやって来て、2日ほど鉢の中に留まって行った。カエルにそういう習性があるのかどうか判らないが、もしかすると子どもたちの様子を見に来たのかもしれないと思った(水の表面が光を反射するので、撮影は思いのほか難しかった)。
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 この睡蓮鉢は、夏はボウフラが湧くのでメダカを泳がせている。熱帯魚などを売る店に行くと、ちゃんとメダカも売っているのである。真冬には、この鉢に張った氷の様子でその朝の冷え込み具合が判るのである。季節とともにある睡蓮鉢である。
by krmtdir90 | 2015-04-20 13:34 | 日常、その他 | Comments(0)

近畿の旅⑥和歌山線・関西本線2(2015.4.10)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 最終日は朝から一日中雨だった。この日は春の青春18きっぷの最終日で、乗ることが中心の日程だから影響は少ないが、それでも車窓の景色もあまり楽しめないし、何より気分的に盛り上がってこないのは残念である。写真も、どうしても暗い感じになってしまう。

 きょうはまず、和歌山線を乗り通す。
 和歌山駅7番線ホーム。8:19発、奈良行き。
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 和歌山線は、和歌山駅と関西本線・王子駅を結ぶ、営業キロ87.5キロの電化・単線の路線だが、運行系統はいろいろあって、この電車は途中・高田駅から桜井線経由で、関西本線・奈良駅に向かうのである。昼間はこの運行形態が多いようだ。
 和歌山色の105系電車、2輌編成。ロングシート、ワンマン運転だった。

 昨日あたり見ていたら、和歌山線のホームにはいつも、万葉集をイメージしたらしいえらく派手なラッピング車輌が停まっていたので、きょうもそうかなと思っていたら違った。
 しかし、橋本駅で数分停車時間があった時、ホームの向かいにそういう車輌が停まっていた。
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 4種類ぐらいデザインがあるようで、これはその内の一つである。
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 10:24、高田駅で下車。
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 橋上駅で、見ると両側から下に降りる階段部分からもう屋根がなく、雨の日には最悪の駅構造だった。
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 折り畳み傘は畳んでバックに入れてしまったから、もう一度開くのも億劫で、濡れながらちょっとだけ外に出て(下には降りずに)、駅舎外観はこれで終わり。
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 高田駅3番線ホーム。10:37始発、快速JR難波行き。
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 221系電車の4輌編成、車内は転換クロスシートである(ここもホームの屋根が全然短く、傘を出すのは面倒なので濡れながら撮影)。
 この電車は、王子駅まで和歌山線区間は各駅に停車し、その先は関西本線に直通して快速運転となり(途中停車は3駅のみ)、関西本線の終着・JR難波駅まで行くのである。このあと関西本線も乗り通すという目標があったから、これで終点まで行って折り返すつもりなのである。

 で、11:22、JR難波駅着。少し手前で電車は地下に潜り、この駅は地下駅になっている。
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 一応改札の外に出て来たが、雨だし、町の様子が見えるところまでは行かなかった。
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 JR難波のJRというのは駅名の一部で、単に難波という駅名は南海電鉄のものであるらしい。あと、近鉄などが使用する大阪難波、地下鉄などで使用されるなんばという駅名もあるようだが、どうも大阪という町には全く縁がなかったから、地理的関係などまるっきり判らないのである。
 しかし、JR難波という駅名がひらがな表記になると何となくユーモラスな感じがする。
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 さて、ここから名古屋まで、改めて関西本線をスタートする。営業キロは174.9キロである。さっき乗って来た221系電車が、11:42発でそのまま折り返しの快速・高田行きとなるようだ。
 JR難波駅は、大阪環状線の今宮駅から内側へ一駅だけ、盲腸線のように入り込むかたちになっている。快速は今宮駅には停まらないから、次の新今宮駅か、和歌山線と分岐する王子駅までのどれかの停車駅で、大阪駅始発でやって来る関西本線の奈良行きか加茂行きに乗り換えるかたちになるのである。
 どうせ乗り換えるなら早いほうがいいかなと思い、11:46、新今宮駅で下車した。
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 改札の外に出たら、正面が南海電鉄の改札口になっていて、二つの改札口が文字通り向かい合うかたちになっていた(ほぼ同じ位置に立って、前と後ろを写している)。
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 再びホームに戻って。大阪環状線には、懐かしいオレンジバーミリオンの201系電車が走っていた。
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 これから乗る電車を、JR西日本は大和路快速と呼んでいるようだ。
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 他に紀州路快速とかみやこ路快速というのもあるようだった。関西地方では大手私鉄との路線の競合に勝たなければならないから、路線をまたいで利便性を向上させた、いろいろな快速電車を走らせることになるのだろう。
 新今宮駅11:57発、関西本線(大和路快速)奈良行き。雨であたりが暗いからだろうか、シャッタースピードが遅かったらしく、電車だけぶれてしまった。
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 221系電車の8輌編成、転換クロスシート。この電車も王子駅までは快速運転で、その先、奈良までの区間は各駅停車となる。

 実はこの電車の中で、折り畳み傘がないことに気がついた。どうやらJR難波駅に着いた時、車内に忘れてきてしまったようなのだ。バッグから時刻表を取り出す時、邪魔なので一旦外に出し、時刻表を戻す時にうっかり仕舞い忘れたのだと思う。
 軽くて、けっこう気に入っていた傘だったので、ショックである。JR難波駅で傘を使っていれば気がついたと思うが、後の祭りである。

 12:33、奈良駅着。
 外に出て来たが、傘はない。幸いロータリーの周囲に屋根が付いていたので、濡れるのは最小限で済んだ。いまさら後悔しても始まらない。
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 観光案内所も古都の雰囲気である。
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 通路の天井や柱にも木材が使われていて、なかなか洒落ている。
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 12:50、加茂行きの電車がやって来た。さっきと同じ221系電車の8輌編成で、大和路快速には奈良行きと加茂行きがあるのである。
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 多くの乗客が奈良で降りるので、この先は車内は空いていた。
 関西本線はJR難波から加茂まで電化されており、加茂の一つ手前、木津(きづ)駅までが複線になっている。木津から先は単線となり、さらに加茂から先は非電化になってしまうのである。

 13:04、加茂(かも)駅着。
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 橋上駅だが、それにしてもこんなに何もない駅だとは思わなかった。乗り継ぎ時間が38分あるので、ここで簡単に昼食をと考えていたが、駅そばはおろか売店すらなく、駅前もがらんとしていて適当な店は見当たらなかった。傘がないので、このくらいまでは出て行けるが、
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 これ以上歩いて、周囲を探す気にはなれなかった。まあ、仕方がない。
 側線に、この先の非電化区間用と思われるキハ120・2輌編成が停まっていた。
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 ホームの先、屋根ギリギリの所に喫煙スペースがあったので、煙草を一本吸った。

 加茂駅13:42発、折り返し・亀山行きがやって来た。
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 側線のキハが2輌で停まっていたから、てっきり2輌編成が来るのかと思っていたら単行だった。単行ということになるとそれなりに乗客はいて、
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 完全に出遅れてしまった。車内はロング中心のセミクロスシートだったが、ボックス席の方は取れず、ロングシートの方で行くことになった。まあ、いいだろう。外は雨だし。

 加茂・亀山間というのは基本的に山越えの区間で、しばらくは淀川の支流である木津川を遡って行く。島ヶ原という駅で列車の行き違いがあったが、先方が先に入線していて、交換の待ち時間はなかった。
 伊賀上野駅で数分停車。
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 伊賀鉄道伊賀線というローカル私鉄との接続待ちだったようだが、それがどこにあったのか、停車中は気がつかなかった。帰ってから下の写真をよく見ると、キハ120の後ろにちょっと見えている向こう側のホームに、空色の電車が停まっているのが小さく判別できた。
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 雨だと、注意力も散漫になってしまうようだ。

 柘植(つげ)駅で交換待ち停車。
 行き違いの単行がやって来た。
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 ここまで写して車内に戻ったら、このあと同じホームの向かい側に、緑色の塗装の113系か117系と思われる電車が入って来た。ここは、東海道本線・草津駅とを結んでいるJR草津線の接続駅だったのだ。そんなことは全然念頭になく、写真は撮り損なってしまった。大失敗である。雨だと、全く注意力も散漫になってしまうのだ。
 柘植駅を出ると、関西本線は加太(かぶと)トンネルというところで最高所を抜け、あとは次第に下り勾配に変わっていく。

 というわけで、15:05,亀山駅着。
 これで最後と思い、雨に濡れながら駅舎を撮影してきた。1日目に、ここから紀勢本線をスタートしたのである。
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 少し時間があったので、売店でサンドウィッチでも買おうかとも思ったが、ここまで来たら中途半端なことはせず、名古屋で新幹線の前にちゃんとした食事をしようと決めた。

 ホームで待っていたら、まず2輌編成の亀山止まりがやってきた。
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 しばらくお待ち下さいというアナウンスがあって、側線に待機していた2輌が続いて入って来た。
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 増結が行われ、
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 4輌編成の15:26発、快速・名古屋行きとなった。
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 ここからはJR東海の車輌に替わっている。313系直流電車、車内は転換クロスシート。
 1日目に走ったルートを逆にたどって、16:33、名古屋駅着。

 最後の写真は、やっとありつけた昼食、名古屋名物・味噌煮込みうどん。実に旨かった。
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 名古屋17:27発、新幹線・ひかり528号、新横浜18:52着。
 いつものように横浜線で帰ったが、わが最寄り駅に着いても雨は止まず、結局駅前のマツモトキヨシでビニール傘を買う羽目になりました。無念。
by krmtdir90 | 2015-04-17 16:54 | 鉄道の旅 | Comments(0)

近畿の旅⑤和歌山散歩、紀三井寺・和歌の浦など(2015.4,9)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 和歌山駅西口。こちらがメインの改札口である。
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 外に出て、西口の様子も写しておく。
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 駅ビル地下の食堂街で、和歌山ラーメンの昼食をとった。香来という店だったが、ここでも湯浅の醤油を使っているらしい。このあたりでは、醤油と言えば湯浅というのが本物を表す代名詞になっているようだった。

 さて、午後は和歌山散歩ということで、最初は紀三井寺に行ってみようと思う。
 12:15発、紀勢本線・御坊行き。223系直流電車・4輌編成。車内は転換クロスシート。
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 この日は18きっぷは使っていないから、190円のきっぷを買って乗車した。12:22、紀三井寺駅で下車。こぢんまりした橋上駅で、改札を出ると紀三井寺は左という表示があった。
 橋上通路から紀三井寺が見えている。けっこう石段がありそうな予感。
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 紀三井寺駅外観。
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 ここまで徒歩10分といったところだろうか。見えている楼門は国の重要文化財。ここで参拝料200円を払う。
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 石段は全部写っているわけではない。まだ上がある。
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 写っている石段を上り切った右手に、紀三井寺の名前の由来とされる「三井水(さんせいすい)」(山から湧く三つの霊水)の一つ、清浄水(しょうじょうすい)というのが湧き出ていた。
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 傍らには松尾芭蕉の句碑が。碑の文字は読めないが、右の標柱に「見上ぐれば桜しもうて紀三井寺」とある。ここは桜の名所のようだが、芭蕉が訪れた時には桜は散ってしまっていたようだ。
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 石段はまだまだ続いた。やっとたどり着いて、右手にあったコンクリート作りの新仏殿。
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 2002年に竣工したらしい。上部が展望台になっているようなので入ってみた。中には2007年に完成したばかりという、高さ12メートルの金ぴかの千手観音立像が立っていた(あまりにきらびやかなので写真は省略)。番をしていたおばさんが、展望台は100円と言うので、まあ仕方がない、払って階段を上がりました。
 きょうは天気になってよかった。
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 紀三井寺駅(右)から電車が発車したところがよく見えた。
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 こちらの奥に見えるのが本堂。
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 あと1週間早く来ていれば、満開の桜が見られただろう。中央やや下、黒い柵のようなものが見えているが、この左手が地獄のような石段。

 さて、本堂の手前に鐘楼があった。これも国の重要文化財になっているようだ。
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 本堂(こちらは県指定の重要文化財らしい)。
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 この本堂は、どの角度から狙っても桜の木が邪魔をして、全体の姿をすっきり収めることが出来ない。そこで、ぐっと寄って、こんな感じでどうだろうか。
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 本堂のすぐ前、左手に「和歌山地方気象台季節観測用・ソメイヨシノ標本木」というのがあった。説明に「近畿地方に春の到来を告げる開花宣言の基準となる桜木です」とあった。なるほど、そうだったのか。
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 本堂の手前に大師堂という建物があって、その左に石段がある。
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 石段は嫌いなのだが上ってみた。今回は縦の構図が多くて恐縮なのですが、国の重要文化財・多宝塔。
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 またあの石段を下りるのは嫌だなと思っていたら、少し回り道になるが、本堂の横から裏門に通ずる坂道の裏参道があることが判った。迷わずそちらを戻ることにした。
 これが裏門。手前が参拝者用駐車場になっているようだ(あまり広くない)。
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 紀三井寺駅に戻って、反対側の出口に行ってみた。
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 やはりこちらがメインの駅前だった。運良くタクシーが一台、客待ちをしている。和歌山の町は広く、見どころを徒歩で回る感じではないから、このタクシーで次は紀州東照宮に連れて行ってもらった。1100円だった。

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 別にここに行こうと計画していたわけではない。興味があったのは次に行く和歌の浦の方で、ただタクシーで頼む目的地としてはこちらの方が明快かなと思い、ここを見てから海の方に歩けばいいだろうと思っていた。まあかなり行き当たりばったりの「散歩」だったのである。
 で、紀州東照宮については予備知識ゼロと言ってよかった。祭神は徳川家康と徳川頼宣(よりのぶ)だという。頼宣というのは家康の十男!で、徳川御三家・紀州藩の初代藩主、この東照宮の創建者である、などという知識は帰ってから仕入れたものである。
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 これ、108段あって、侍坂と言うらしい。石段は嫌いだ。
 社殿(拝殿と本殿が一つになっているらしい。国の重要文化財)。
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 境内側から見た楼門(国の重要文化財)。
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 海が見える。けっこう高いところにあるのだ。
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 石段はかなり急で、これを下りるのは嫌だなと思っていたら、やはりありました。「→ユルイ坂」という、このカタカナの書き方がいいよね。
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 これがユルイ坂。
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 ちゃんと石段の下に出ました。楼門を正面からアップで。
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 さて、紀州東照宮はこれで終わり。これから、和歌の浦に向かって歩く。さっきタクシーが海沿いの道を少し走ったから、方向は判っている。
 ただ、このあたりの地理や地形を前もって勉強してきたわけではないので、歩いてみて結果的に何とか和歌の浦というものを(このあたりの位置関係を)理解できたという感じなのだ。だから、ここでそれをうまく説明し直せるとも思えないのだが、とりあえず歩いたところを並べながら、あとから調べた知識でできるだけ補足してみようと思う。 

 東照宮から市町川という流れに沿った道を歩いたのだが、その先にアーチ型の趣のある石橋が見えた。1851(嘉永4)年に架けられた不老橋という橋で、このたもとにあるバス停が散歩のゴールになった。
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 不老橋の手前、道の反対側に玉津嶋(たまつしま)神社というのがあって、看板に万葉のふるさとと書いてあったから寄ってみることにした。
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 入って行くと赤い鳥居があって、
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 境内は狭く、拝殿はどうということもないものだったが、
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 説明看板には「社傳によれば神代以前の創立にして天照大神の御妹稚日女尊(わかひるめのみこと)を祀り、後此の大神をいたく尊崇せる神功皇后を併せ祀り…」などと記述されていた。

 また、別の看板では「玉津島」の説明として、万葉の昔「紀ノ川は河口を和歌の浦に大きく開き、そこに小島を六つ浮かべていた。それが玉津島であった。現在それらは妹背(いもせ)山、鏡山、奠供(てんぐ)山、雲蓋(うんがい)山、妙見(みょうけん)山、船頭山の名で呼ばれ、妹背山一つを海上に残してみな陸地化している」とあった。
 拝殿の背後の茂みが少し小高くなっていて、それが奠供山にあたるらしい。また、鳥居の正面も小高い岩山になっていて、これが鏡山だったようだ。これは、あとで道路の方から写した写真で確認できるので、その際にもう一度触れることにする。

 拝殿の左手に根上がり松というのが展示されていた。砂地に生えた松の根元の砂が失われた結果、根の部分が地上に大きく露出してしまったものらしい。
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 この奥には、山部赤人の万葉歌碑が建っていた。
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 歌碑そのものは最近建てられたもののようだが、和歌の浦に関する基本知識だから、一応ここで確認しておくことにする(わたし一応、元国語教師なものでして…)。「玉津島」や「和歌の浦」の名が、「万葉集」巻六のこの歌に出てくるのである。

  神亀元年(724)甲子冬十月五日、紀伊国に幸(みゆき)しし時に
  山部宿祢赤人(やまべのすくねあかひと)作る歌一首 并(ならび)に短歌
やすみしし わご大王(おほきみ)の 常宮(とこみや)と 仕へまつれる 雑賀野(さひがの)ゆ 背向(そがひ)に見ゆる 沖つ島 清き渚に 風吹けば 白波騒き 潮干(ふ)れば 玉藻刈りつつ 神代より 然ぞ貴き 玉津島山
  反歌二首
沖つ島 荒磯(ありそ)の玉藻 潮干(しほひ)満ち い隠りゆかば 思ほえむかも
和歌の浦に 潮満ち来れば 潟(かた)を無み 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る

 さて、玉津嶋神社を、入って来た時と反対側に出てみると、目の前に、一つだけ海上に残ったという妹背山があった。
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 手前の三断橋(さんだんきょう)という橋を渡って行くようだ。ここにあった説明看板の中に、このあたりの位置関係を示す正確な地図があったので載せておく。
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 橋の途中から、和歌の浦の眺め。
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 橋を渡り切った右手にある小さな建物は経王堂(きょうおうどう)と言うらしい。
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 妹背山の方から三断橋を振り返ったところ。
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 右に見えている小高いところが鏡山で、この向こうが玉津嶋神社になる。

 左に進むと2本の丸太の門柱があって、「旧あしべ屋・妹背別荘」という表札?が掛かっていた。中に入って行くと、よく手入れされた木造の日本家屋が幾棟か並んでいた。
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 紀州藩の頃、鏡山の麓に芦辺(あしべ)屋という茶屋があったようだから、それと関係がある建物だろうか。
 よく判らないまま通り抜けていくと、妹背山の頂上に行ける石段(短い)があり、途中に海禅院多宝塔というのが建っていた。
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 この向こう側の高くなったところが妹背山の頂上で、そこからは和歌の浦の干潟の様子がよく見渡せるのである。
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 この中央、右から左にせり出しているのが、「潟を無み」から地名になったという「片男波」という砂嘴(さし)である。現在は公園として整備され、外海に面した向こう側は海水浴場になっているらしい。
 少し望遠をかけてみる。片男波の左に見えている建物が、あとで行く万葉館という展示施設である。
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 こちら側が外海への出口になっているようだ。
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 下に降りると、三断橋と反対になるあたりに、海に面して観海閣(かんかいかく)というコンクリート製の建物が建っていた。
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 1651(慶安4)年ごろまでに、三断橋とともに作られたもので、もちろん木造の建物だったが、台風や高波で何度となく流されたために、とうとうコンクリートでの再建ということになってしまったらしい。まあ、仕方がないのかもしれない。
 妹背山の岩肌。
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 元の道路に戻って、片男波公園の方に歩いて行こうと思う。不老橋の海側にもう一つ、車が通行できる一般道路用の橋が架かっていて、そのたもとから撮った写真。
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 不老橋は左に見切れているが、鹽竈(しおがま)神社というのがある岩山が玉津島山の一つ鏡山、左手奥の岩山が奠供(てんぐ)山である。奠供山の手前に小さく写っている白い標柱が、最初に入って行った玉津嶋神社の入口のところになる。
 こちらの橋から見た不老橋。奠供山と玉津嶋神社の入口は、こちらの写真からの方が判りやすいだろう。
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 和歌の浦沿いの遊歩道。
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 羽根を休めているのは「鶴(たづ)」ではなくカモメと思われる。
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 遊歩道の途中から振り返って、一般道路用の橋(あしべ橋と言うらしい)と妹背山。
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 和歌の浦を隔てて、向こうに見えていた低い山。
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 初め気づかなかったのだが、紀三井寺のある山だった。名草山(なくさやま)と言うようだ。
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 片男波公園にあった万葉集資料展示館・万葉館入口。
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 ここは無料施設で、それなりにいろいろ展示してあったが、あまり興味が湧くものはなかった。
 それより、そろそろ帰ることを考えなければならない。ここは和歌山の中心市街地からはかなり離れたところにあって、タクシーを呼ぶのかなあなどと思案していると、入口の脇にバス時刻表が貼ってあって、見ると不老橋のたもとの停留所から、1時間に1本という間隔で和歌山駅行きのバスが出ていることが判った。次は15:47で、いまから戻れば余裕で乗れそうである。

 で、これが不老橋停留所。見えている横断歩道の右が玉津嶋神社の入口である。
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 ちゃんと灰皿まで設置されているので、ありがたく1本吸わせてもらいました。

 少し時間があるので、すぐ横の鹽竈(しおがま)神社の方も見てくることにした。
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 非常に狭い場所で、鏡山の崖の洞窟のようになったところに拝殿が造られていた。
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 江戸時代、このあたりには塩田(えんでん)があって、塩田の塩を焼く釜が名前の由来になっているらしい。
 和歌の浦が、万葉の昔の面影を果たしてどれほど残しているものなのか判らないが、その後時代とともに変遷を重ねて、しかしいまでも風光明媚な海岸であることは確かなことだと思った。

 15:47のバスは、ほぼ定刻通りやって来た。
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 最初、乗客はわたし一人だったが、次第に乗車してくる人もいて(当たり前か?)よかった。途中で和歌山城の天守閣が見えたが、これは戦後に再建されたものだというので、今回は割愛させてもらうことにした。
 何とか言う停留所で、制服姿の女子高生が大量に乗車して来て、バスはそのまま和歌山駅に到着した。16:15くらいだったと思う。運賃は380円だった。
 因みに、女子高生は私立和歌山信愛高等学校という和歌山で唯一残った女子校の生徒たちだったようだ。

 なお、この日は最後の夜だったので、東口のこのお店で、
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 「うまいもん」(特に刺身など)をいただきながら、和歌山の地酒を楽しみました。
by krmtdir90 | 2015-04-16 20:25 | 鉄道の旅 | Comments(0)

近畿の旅④和歌山電鐵貴志川線(2015.4.9)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 和歌山駅の地下道には、猫の足あとがついている。
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 これをたどって行けば、自然に9番線ホームに行けるようになっている。
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 階段の上には窓口と改札口があり、ちょうど駅員さんが発車間際の電車に乗るのかどうか、確かめているところだった。通勤通学時間帯なのである。
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 乗らないという意思表示をしたら、すぐに(8:11)電車は発車して行った。

 きょうは、和歌山電鐵貴志川(きしがわ)線に乗車する。猫のたま駅長で有名になった私鉄ローカル線である(第三セクターではない)。
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 最初に、窓口で一日乗車券720円を購入した。
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 終点・貴志駅まで片道370円だから、割引率はそれほどでもない感じがするが、何度でも途中下車できるのだから、やはり相当お得と言っていいと思う。

 一応計画は立ててきたのだが、窓口横のこの掲示で予定がすっかり狂ってしまった。伊太祈曽(いだきそ)駅のニタマ駅長が休みなのは判っていたが、たま駅長の勤務時間は念頭になかった。
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 計画では8:47発の電車でまず終点まで行ってしまうつもりだったが、それでは駅長の勤務開始時間よりだいぶ早く着いてしまう。計画とは逆に、行きにあちこち寄り道するかたちにしなければならない。時刻表を検討して(和歌山電鐵のホームページからプリントアウトしてきたのだ)、とりあえず1本前の8:29発に乗ってしまうことにした。
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 和歌山電鐵はいろんな作りの車輌を走らせて人気になっているのだが、きいちゃん電車と呼ばれるこれは、わかやま国体のラッピングが鮮やかなだけで、車内は改造が施されていない、ロングシートのごく普通の車輌だった。なお、この電車は終点・貴志行きではなく、途中の伊太祈曽止まりということだった。

 窓口には「貴志川線観光ガイド」という、非常にわかりやすいパンフレットが置いてあった。これを見ながら計画を練り直した。見にくいかもしれないが、この中にあった「沿線マップ」の部分を転載しておく。
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 で、まだ乗ったばかりだが、2つ目の日前宮(にちぜんぐう)駅で途中下車することにした(8:33)。降りてみると、ここは1面2線の交換可能駅だった。和歌山電鐵は電化はされているが単線なのである。狭い島式ホームの反対側に、和歌山行きのいちご電車が停まっていた。
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 いちご電車が出ていったあと、乗って来たきいちゃん電車も発車して行った。
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 あとは、ひっそりした日前宮駅の佇まい。
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 貴志川線観光ガイドによれば、紀伊和歌山には一之宮とされる神社が3つあり、そのうち2つが沿線に鎮座しているのだという。その一つである日前宮は、日前宮駅から徒歩1分と書いてあった。これなら、次の8:51発の電車までに行って来られるだろう。
 と考えたのが大きな間違いだった。確かにここまでは徒歩1分だったが、
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 さすが一之宮、境内はけっこう広かったのだ。しかも参道はこの先T字になっていて、左右に異なる2社が祀られているというのだ。 
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 よほど止めようかとも思ったが、それも癪なので、早足でとにかく(参拝は抜きで)行ってきた。
 まず左、日前神宮(ひのくまじんぐう)。
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 そして右、國懸神宮(くにかかすじんぐう)。
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 T字の付け根に戻って、8:47(カメラのデジタル記録による)。
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 駅に戻って、8:49(同)。ふう・・。
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 先に、行き違いになるおもちゃ電車・和歌山行きが入って来た。
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 続いて、8:51発・いちご電車の貴志行きがやって来た。わたしはこちらに乗車する。
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 このいちご電車やおもちゃ電車の車輌は、あの有名な水戸岡鋭治氏のデザインによるもので、車内は木材などをふんだんに使用したユニークなものになっている。この時間は乗客がたくさんいるので撮影できないが、もう少しあとで紹介することにする。

 岡崎前(おかざきまえ)駅でもう一度、電車の行き違いがあった。相手はきいちゃん電車のようだ。
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 ここで、いかにも私立の女子大生と思われる集団が降りていった。近くに和歌山信愛女子短期大学というのがあるようだった。

 9:09、伊太祈曽(いだきそ)駅で途中下車。当初の計画では帰りに立ち寄るはずだったが、予定変更である。
 ここでも電車の行き違いがあるようだ。やって来たのは、様々に塗り替えられる前の普通の車輌だった。もともと和歌山電鐵の車輌は南海電鉄から無償譲渡された2270系という車輌で、これはその時の南海カラーのままの車輌なのである。
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 いちご電車とツーショット。
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 両電車が出て行ったあと、構内をゆっくり見物。
 ここには和歌山電鐵の車輌基地が置かれている。車庫の中にもう一つの水戸岡デザイン車輌・たま電車が入庫している。調べたところでは、きょうの運行はないようだ。あとでもっと近くまで行ってみよう。
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 構内踏切を渡って駅舎の方へ。
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 途中に、引き込み線用と思われる手動の転轍機があった。いまも使われているのだろうか。
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 改札の手前、左側の引き戸のガラスに「和歌山電鐵株式会社本社」という紙が貼ってあった。中を覗くと、10人くらいの社員が仕事しているようだった。
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 和歌山電鐵では、ここ伊太祈曽駅と和歌山駅だけが有人駅なのである。
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 小さな待合室の出口近くに、ニタマ駅長の「駅長室」が作り付けられていた。
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「『ニタマ駅長』はただいま、お休み中です…」という札がかかっていたが、この狭い中に閉じ込められて「勤務」するというのは、猫にとってずいぶん迷惑な話ではないかと思った。きょうはお休みというのは判っていたが、お休みの時、駅長はどこで遊んでいるのかが妙に気になった。

 さて、これが伊太祈曽駅の外観。入口には、さすがに和歌山電鐵株式会社の(紙ではない)木の看板がかかっていた。
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 この駅舎の右奥の方が駐車スペースになっていて、そこから車庫の中のたま電車を見ることができた。これにも乗りたかったが仕方がない。
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 さきほどの紀伊一之宮のもう一つが、ここから徒歩5分のところにあるという。今度はここで1時間あまり滞在時間を取ったから、ゆっくり行って来られるだろう。
 ここまで3分。
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 さらに少し歩くと右手にもう一つ鳥居があって、それをくぐると境内となる。ここまで5分。伊太祁曽(いたきそ)神社である(駅名は「いだ」と濁るが、こちらは濁らないらしい)。
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 拝殿。
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 戻ろうとしたら、二つ目の鳥居と道を挟んで小さな山(丘?)があり、こんな表示があったので行ってみることにした。
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 すぐに頂上に着いてしまい、そこには小木だがきれいな枝垂れ桜が咲いていた。
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 反対側に下りて行くと、お椀を伏せたようになったところに、施錠された木の扉と木の看板があった。看板には「千数百年前の横穴式石室古墳」とあった。うーむ、そうなのか。
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 帰り道、駅の方に曲がらずに真っ直ぐ行くと踏切があるようなので、行ってみた。
 踏切から伊太祈曽駅を見たところ。
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 駅に戻って来たが、まだ20分ほどある。駅舎の周りやホームには喫煙スペースが見つからなかったので、我慢かなと思っていたら、本社の裏口?から出てきた若い男性が、右手の倉庫のような建物のところで煙草に火を点け、物陰に入って行くのが見えた。
 で、彼が戻った後で行ってみると、
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 左側にパイプ椅子なども置いてあって、やっぱりなくちゃ社員だって困るよなと、なんか嬉しい気分で一本吸わせてもらいました。
 きょうは朝から薄曇りという感じで、雲を通して太陽の在りかも判る明るさだったが、雲がどんどん薄くなり、とうとう陽射しが届いてくる感じになってきた。伊太祈曽駅の白い駅舎も、陽射しを受けて美しい。春らしい暖かさが戻って来た気がする。
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 10:15発、貴志行きのおもちゃ電車がやって来た。
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 さて、これがおもちゃ電車の車内。
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 基本はロングシートなのだが、座席の一部をつぶしていろんな設備や仕掛けが施されている。床も含めて、木材が随所に使われている。何となく楽しい気分にさせてくれる、水戸岡マジックとでも言うべきものだろう。
 すぐ上の写真に写り込んでいるのは、どうやら中国からの観光ツアーの一団らしい。こういうところにまで出没?しているというのは、驚きというか凄いことだと思った。

 10:27、終点・貴志(きし)駅着。
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 案の定、中国人(だと思う)ツアーの皆さんは駅舎の中で大騒ぎである。騒ぎが一段落するまで、ホームの方でぶらぶらしていた。
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 10:33、乗って来たおもちゃ電車は、折り返し・和歌山行きとなって発車して行った。
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 10分ほど時間調整をしてから中にはいると、ツアーの皆さんは今度は駅前の方で騒いでいる。
 たま駅長と対面。まったくうるさい人たちだにゃー、という感じか。
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 ガラスにいろいろな光が反射してしまうので、写真は非常に撮りにくい。
 これが駅長室。
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 向こう側に扉があって、そちらが飼い主・小山商店のたまグッズ売り場になっている。反対側はたまカフェというものになっているようだ。
 駅に掲示された時刻表。
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 外に出た。ツアーの皆さんは少しすると、赤い旗を持った添乗員の青年に連れられてどこかへ歩いて行った。和歌山電鐵の営業戦略で、駅前にはバス停はあるが駐車場はないので(たま駅長には電車で会いに来てくださいというわけだ)、大型観光バスはどこかしかるべき所で待っているということなのかもしれない。
 とにかく、これで駅はすっかり静けさを取り戻した。
 駅舎。
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 以前は木造駅舎だったらしいが、老朽化したということで、水戸岡鋭治氏のデザインで建て替えられたものらしい。猫の顔に見える斬新なデザインで、喜ぶ人は多いのかもしれないが、わたしはたぶんひねくれているのだろう、ああそうですかで終わりになってしまう感じだと思った。

 左手に踏切があったようだから行ってみた。
 駅の方向。
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 反対の車止めの方向。
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 駅前の喫煙スペースで煙草を一本。それから、グッズ売り場を覗いて、何となくたまのピンバッジとストラップを買ってしまった。200円+800円だった。
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 一緒に写っているのは、駅に置いてあった小型時刻表。蛇腹のように広がって、途中全部の駅の発車時刻が載っている。小さなローカル線ならではのすばらしいサービスだ。
 最後にもう一度たま駅長の様子を見ると、さっきとは向きを変えて、でもやっぱりボーッとした顔で休んでいた。何か疲れているようにも見えた。もうけっこう高齢の猫だという。
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 11:03発の和歌山行きはいちご電車だった。
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 車内はこんな感じ。
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 11:34、和歌山駅着。
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 和歌山電鐵。とにかく弱小私鉄なのだから、あらゆる手を使って営業努力を重ねているのだろう。そして、それはかなり成功していると言えるのかもしれない。
 巨大鉄道会社JRが、赤字だと言う各地のローカル線に対して、この和歌山電鐵の何分の1かでもいいから、その路線を大切に思う気持ちと営業努力があったらと思わないではいられなかった。 
by krmtdir90 | 2015-04-14 21:48 | 鉄道の旅 | Comments(0)

近畿の旅③道成寺・湯浅・紀勢本線3(2015.4.8)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 さっき到着した時には、急いで紀州鉄道に乗り換えなければならなかったので、まだ御坊駅の様子を写していなかった。
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 駅の発車表示を見ると、ちょうどうまい具合に14:18発の紀伊田辺行きがあるので、少し迷っていたのだが、一駅戻って道成寺に行ってみることにした。

 乗車2分、14:20、道成寺駅着。下車する。
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 ガイドブックには、道成寺は「701(大宝元)年の建立とされ、紀州最古の寺と伝わる。本尊は千手観音。歌舞伎の道成寺物で全国に知られる安珍清姫の物語の舞台」と書かれている。因みに、わたしは恥ずかしながら、能でも歌舞伎でもいわゆる道成寺物と言われるものを観たことはない。

 門前には4、5軒の土産物屋があったが、右手の駐車場にも車の姿はなく、お客は全くいない様子だった。
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 石段は嫌いだ。
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 石段の途中から、仁王門(重要文化財)。
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 門をくぐると、本堂(重要文化財)。
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 右手に、三重塔(県指定文化財)。
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 本堂の前にこんな看板が。
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 大して興味があるわけではないが、こんなふうに期間限定で無料と言われてしまうと(しかも、きょうが最終日ではないか)、何となく得した気分になって上がり込んでしまうのである。
 ご本尊・千手観世音菩薩(右の木札に重要文化財・奈良時代とある)。
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 堂内はご本尊を祀った祭壇の周囲をぐるっと回れるようになっていて、いろいろ展示などがあったが、あまり興味は湧かなかった。

 本堂の左手に宝仏殿という建物があり、
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 さらに左の縁起堂というところで拝観料600円を払って中にはいると、宝仏殿の中には立派な仏像が20数体も並んでいた。重要文化財などに指定された由緒あるものも含まれているようだった。
 中で一際目を惹いたのが、千手観音菩薩像と脇侍・日光菩薩(右)・月光菩薩(左)像。いずれも平安時代初期の作で、国宝に指定されているようだ。
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 もしかして内部は撮影禁止になっていたのかな? わたしはフラッシュを使う習慣がないから、あまり気にしていないのだ。
 縁起堂の中や廊下には、様々な歌舞伎俳優などが演じた安珍・清姫の写真や衣裳などが飾られていた。奥に飾られているのは、歌舞伎の舞台で使われた釣鐘らしい。
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 受付でも、いろいろなお守りなどとともに玉三郎のDVDが売られていた。

 花の時期は過ぎてしまっていたが、本堂の左横にあった入相桜(いりあいざくら)の木。この木は二代目だと説明板にあった。
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 また、一緒に立っていた説明板に、清姫が安珍を追いかけてきて、安珍が隠れている鐘楼ごと焼き殺したという、伝説の鐘楼がここにあったと記されていた。ホントかね?
 三重塔の横にはこういう場所もあり、木札には「二代目鐘楼跡」とあった。
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 説明文を転記しておく。
「道成寺の初代の釣鐘と鐘楼は、平安時代に安珍と清姫の事件で焼けたと言い伝えられています。それから四百年後の南北朝時代に二代目の釣鐘が作られ、この場所に鐘楼が再建されました。これを題材に能楽や歌舞伎の道成寺物が作られました。その二代目釣鐘は、戦国時代の豊臣秀吉の紀州攻めの時に没収され、今は京都市の妙満寺にあります。」
 ともあれ、道成寺は鐘楼のない珍しいお寺なのである。

 さて、なるべく早く鉄道の旅に戻らなければならない。ただ、道成寺駅に戻ってもちょうどいい電車があるとも思えないし(コンパス時刻表を調べるのが億劫だったのである)、風は止んだが相変わらず寒いので、石段下の土産物屋の一つで電話番号を聞き、タクシーを呼んで御坊駅まで戻ることにした(御坊から先の時刻表は調べてあったのだ)。
 店先で、名物らしい釣鐘まんじゅう1個100円というのをいただいて、ポットの暖かいお茶を飲んでいたら、タクシーはすぐ来た。610円だった。

 で、再び御坊駅。
 改札を入ると、すでに向かいの2番線ホームに15:33始発の和歌山行きが停車していた。
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 225系直流電車の4輌編成で、車内は2+1の転換クロスシートである。
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 15:52、湯浅(ゆあさ)駅で途中下車。
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 ここで1時間ほどの散歩時間を取ってある。古くから醤油醸造で知られた町のようで、和歌山県で唯一、重要伝統的建造物群保存地区の古い町並みが残っているらしいのである。

 駅に町歩きマップのようなものがないか探したが見つからなかった。ガイドブックの(小さな)地図で見ると小さな町のように思えたので、だいたいの方向を確かめて歩き始めた。
 だが、これがとんだ間違いだった。町自体は確かに小さいと言っていいのだが、細い道が縦横に入り組んでいて、観光用の標識なども(つまり駅からのお客をほとんど想定していないのだろう)見当たらず、すぐに方角が判らなくなってしまった。
 仕方なく、通りかかった老夫婦に道を聞いて、何とか目標にしていた醤油醸造蔵にたどりついた。そこまでの途中で、位置関係など不分明なまま撮影した古い町並み。

 まず最初、
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 これは伝統的建造物群とは違うかもしれないが、それなりに古くから続いている銭湯のようだ。中を覗いては見なかったが、暖簾が出ているのだから現役の銭湯なのだろう。
 入り組んだ道筋に、けっこう何でもない人家や商店のいかにも懐かしい佇まいを多く見かけた。
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 湯浅は昔から、熊野三山への参詣道(熊野道)の街道筋として栄えた町らしく、この道標(立石)は1838(天保9)年の建立と書いてあった。
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 深専寺という歴史のありそうなお寺を見つけた。
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 ここでだいたいの位置が掴めた。

 この通りのようだ(北町というところ)。
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 右手の建物は江戸末期から麹製造を営んだ家で、現在は麹資料館というものになっているらしい。
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 一軒ずつ吟味している余裕はないから、さらに進んで行くと、
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 目標にしてきた古くからの醤油蔵・角長(かどちょう)の建物が見えてきた。
 道の左に角長付属の職人蔵という醤油資料館があり、中がすぐ覗けるようになっていた。大きな醤油樽や様々な古い道具が並んでいた。
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 これが職人蔵の外観(通り過ぎて向こうから写しているので、道の右側になっている)。
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 で、これが天保12(1841)年創業の「角長」入口。
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 中はこんな感じで、
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 せっかく来たのだから、醪(もろみ)と濁り醬(にごりひしお)というのを買ってしまった。合わせて1000円ちょっとだったと思う。
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 こういうの、小さいようでもけっこう荷物が重くなるんだけどね。もろみは早速、昨夜もろきゅうで食べてみました。やっぱりきゅうりは味噌よりもろみですね。

 角長の店内に湯浅町観光協会発行の湯浅町マップというのが置いてあった(もう遅い。駅に置かなきゃしょうがないじゃないか、と今さら言っても始まらない)。外は寒いし、遅くなるのも嫌なので、応対してくれたおばさんに、念のため駅への最短ルートを聞いたら、前の道をとにかく真っ直ぐ行けば船着き場(海)にぶつかるから、そこを左に行けば駅という、非常に明快な行き方を教えてくれた。
 外に出て、蔵の建物全体を何とか写せないかとウロウロしていたら、おばさんが心配して出てきて、そっちじゃない、こっちと念を押してくれた。
 で、これが角長の煙突。
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 これが念を押してくれた道(角長を振り返っているから、この道を逆に行く)。
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 で、突き当たった船着き場。
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 ところが、左折した道が途中でぐっと細くなっている。マップはそんなふうに描かれていないから、不安になって、通りかかった男子高校生にまた道を聞いてしまった。高校生はイヤホンを外して、折り目正しい口調でこの細道でいいと教えてくれた。ありがとう。
 しかし、この町はわたしのように初めて訪れた人間には非常に判りにくい町だというのが判った。観光協会のマップも、道の感じをもう少し実際に近づけて(カーブや道の太さなど)、目印になる建物などももう少し記入するなどして、訪問者の便宜に配慮が必要だと思った。
 でも湯浅町、伝統的建造物群だけでなく、町全体に昭和の雰囲気が残っているようで、いい町だと思ったのですよ。

 再び湯浅駅(着いた時の写真では駅前に邪魔なワンボックス車などが並んでいたので、駅舎全景の写真は帰りの時のを採用)。
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 16:51発の和歌山行きがやって来た。さっきと同じ225系の4輌編成だ。
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 17:35、和歌山駅着。
 だが、きょうはこれで終わりではない。紀勢本線というのは、和歌山駅が終点ではないのである。この先2駅、ここから盲腸線のように続いている先に和歌山市駅というのがあって、そこが終着駅となっているのである。現在では、和歌山・和歌山市間はその区間だけの電車が折り返し運転している。
 これがその電車。17:43発、和歌山市行き。和歌山色の105系、2輌編成である。紀勢本線を完乗するためには、行って来なければならない。
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 車内はロングシート。短区間とはいえ、座席は埋まっている。

 17:50、和歌山市駅着。
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 すぐ横を見ると、ここは大手私鉄・南海電鉄が大阪・難波との間をつないでいて、
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 駅としては、南海電鉄・和歌山市駅の片隅をJRが使わせてもらっているという格好になっているらしい。
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 そういえば、ホームから階段への途中に自動の中間改札口があった。あれを境にして、こちらは南海電鉄の通路なのだ。改札にいた駅員も南海電鉄の人のようで、青春18きっぷの確認も何かどうでもいいというような感じがした(勘ぐり過ぎか?)。
 なるほど。関西は私鉄とJRが競合しているという現場の一つがここなのだ。

 外へ出る。南海電鉄・和歌山市駅である。
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 駅のエスカレーターで、アッと思った。何かで読んだことはあった気がするが、こちらではエスカレーターの右側に立って、左側を歩く人のために空けるのである。なぜ逆なのかよく判らないが、けっこう人が乗ったエスカレーターを利用するような旅をしてこなかったから、ここでそれを体験することになった。
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 さて、今夜はここで、ガイドブックにあったラーメンを食べようと思っている。思ったより遠かったが、この店(この写真は帰りに撮ったものなので、あたりは暗くなってしまった)。
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 紀州湯浅吟醸醤油ラーメン620円。
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 湯浅の丸新本家というところの醤油を使っているとかで、見た目のこってりした印象と異なり、すっきりした味わいのラーメンで美味しかった。

 帰りのJR和歌山市駅ホーム。隣の南海電鉄のホームと比べると、暗いし寂しい。
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 18:56、和歌山市駅発。17:03、和歌山駅着。
 ホテルは東口にあるのだが、こちらは駅メインの改札口ではないらしく、ちょっとずいぶん小さな出入口だった。
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 寒い一日だったが、とにかくこれで紀勢本線は完乗となった。 
by krmtdir90 | 2015-04-13 22:46 | 鉄道の旅 | Comments(0)


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