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主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
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カナダの旅⑥カナディアン号3(大平原・2015.5.17)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 時刻表では、カナディアン号は前日(16日)の23:00にエドモントン駅(Edmonton)に到着し、1時間ほど停車することになっていた。ツアーとしても、もし下車したいという希望者があれば、添乗員が対応してくれるということだった。わたしも、もし眠らずに起きていたら降りてもいいかなと考えていたが、遅れが出ているので、到着は午前1時とか2時とか完全な深夜になることが確実になってしまった。これでは無理をすることはない。実際、眠っていていつエドモントン駅に停車したのか全く気がつかなかった。

 17日(3日目)の朝、6時過ぎに目覚めたら列車は停車していた。
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 窓の外の風景は一変していた。山越えの前日とはうって変わって、どこまでも続く平らな大地と、恐らく農作物(小麦だろう)を貨車に積み込むための設備と思われる、スケールの大きな建造物があった。引き込み線が通じていて、左手に貨車も停まっている。
 上の写真の撮影時刻は6:33である。このあと朝食に行って、戻って来てもまだ列車は停まっていた。ようやく動き出したところで撮った次の写真は、7:33撮影と記録されている。
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 優に1時間以上停車していたことになる。その間に、貨物列車との行き違いか追い抜かれ(或いはその両方)が行われたはずである。一度遅れが出始めると、カナディアン号は貨物列車の運行を優先させて待避しなければならない場面が増えてくるのだろう。こんなふうに、駅ではないが行き違い可能な複線区間は、ある程度の距離を置いて各所に用意されているらしく、このあともそういう場所での停車が何度も繰り返されることになった。

 この日は、時刻表では8:00にサスカトゥーン駅に着いて、25分間停車することになっていたが、この調子では昼食後にずれ込むのではないかと添乗員は言っていた。この時点で4時間以上の遅れを覚悟していたことになる。

 さて、遅れのことはともかくとして、この日の車窓風景は、カナダの国土のスケールを、また前日とは全く異なるかたちで感じさせてくれることになった。360度、どちらを見ても地平線しかないのである。多少の起伏などはあるものの、山や森といったものは影もかたちもなく、とにかく見渡す限りの大平原が朝から晩まで一日中続いたのである。
 このあたりは「カナダのパン籠」と呼ばれる大穀倉地帯で、世界中に輸出されている小麦や大麦などを驚異的なスケールで生産しているらしい。いまはまだ作付けの時期ではないらしく、刈り取り跡の残った土色の土地が広がるばかりだったが、栽培の時期や実りの時期などはまた素晴らしい景色になるのだろうなと想像した。

 きょうはまとめに沿った写真を、撮影順(時刻)などは考慮しないで並べていくことにする。
 まず、小麦畑と思われる風景(写真のフレームに切り取ってしまうと、雄大なスケールはあまり感じられなくなってしまうのだが)。
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 牧場などもあった。小さい黒い点のように写っているのが牛などである。
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 湖とはとても言えないが、池と言えばいいのか何と言えばいいのか、水たまりといった大きさのものからかなり大きな面積のものまで、平原のあちこちに水面が見えた。湿地のように見えるものもあり、溜め池のように見えるものもあり、どういうふうにして出来たものなのか、あるいは作られたものなのか、とにかくたくさんあったという印象がある。
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 今朝見えていたのと同様の、小麦などの集積施設と思われる建物と引き込み線、貨車など(他にも、鉱物資源とかの採取を行っているように見える施設など、少し雰囲気の異なる建物も幾つか見かけたが、このあたりはよく判らない)。
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 この最後の2枚はスカイラインカーの展望席から写したものである。

 よく利用したスカイラインカーの展望席(2階席)はこんなふうになっている。
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 座席は2人ずつ前向きに並んでいるが、一番前だけ向かい合わせの4人掛けになっている。こんなに空いていることは珍しく、座席はだいたい埋まっていた(2人席に1人という座り方が多いが)。
 「かぶりつき」に座るとこんな感じ。
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 階段の下は、ゆったりしたラウンジのようになっている。
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 この、いまわたしが写している位置の両側が4人掛けのボックス席のようになっていて、窓との関係が普段の列車旅と同じ感覚になるので、こちらの席もけっこう愛用した(みんな2階の方に行くので、こちらはたいてい空いていたのである)。

 で、2階の「かぶりつき」からの眺め。
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 貨物列車とのすれ違い。
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 こちらではコンテナのサイズも大きく、しかも大部分が二段重ねになっているのは驚いた。

 さて、朝の8:00に着く予定だったサスカトゥーン駅(Saskatoon)に、カナディアン号が到着したのは13:20頃だった(カメラが記録した撮影時刻から推定)。
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 時刻表の停車時間は25分になっているから、時間は限られている。下車した時、添乗員が何分と言っていたか記憶にないが、たぶん10分ぐらいの見当ではなかったか。この駅の感じなら、10分あれば十分だと思った。
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 駅舎の中は閑散としていた。
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 こちらが駅舎の正面。前で車に荷物を積み込んでいる人がいるが、この駅で下車した乗客なのだろうか。
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 上から見ればほぼ正方形をしている駅舎だが、両サイドにSASKATOONの表示はあるが、正面の表示はGARE STATIONになっている。どういうことなのか判らない。
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駅前の様子。と言っても、だだっ広いだけで何もないのである。
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 周囲を見回しても、とにかくただただ平らな土地のようで、360度すべて地平線というような中に駅が作られている感じだった。調べてみると、サスカトゥーン市はかなり大きな都市のようだが、駅は市街地からずっと離れたところにあって、貨物輸送の拠点ではあっても、人の移動に鉄道が使われることはないということのようだった。

 いつでも乗り込めるような位置に戻って来てから煙草を吸った。駅の周囲に灰皿は見つからなかったから、携帯灰皿に吸い殻を入れた。
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 だんだん様子が判ってきたが、車輌の出入口に黄色の踏み台が出ているうちは安全ということで、まわりを見ていて人影が減ってきたら潮時ということなのだろう。各車両で客室の世話などをしているスタッフも出入口あたりに出ているし、とにかく様子を見ていれば乗り遅れることはないだろうと思った。
 結局、サスカトゥーン駅で外にいたのは12、3分だったが、なかなか印象的な駅だったと思う。

 車内に戻ってから、すぐにスカイラインカーの展望席に行った。周囲の様子を見たかったのである。前の「かぶりつき」は塞がっていたので、一番後ろの席に座った。後ろにも「かぶりつき」はあるのである。以下、そこから後ろを振り向いて撮った写真。
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 われわれが下車したのとは反対側(左)に貨物の側線があって、貨車がたくさん停まっていた。右手には、駅舎と並ぶようにしてもう一つ建物があって、たぶん貨物関係の駅にあたる建物ではないかと思ったが確証はない。
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 カナディアン号はゆっくりと動き出した。この写真の撮影時刻は13:49。5時間20分あまりの遅れということになる。
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 サスカトゥーン駅を離れて行くにしたがって、左側に次々と側線が現れた。貨車がたくさん停まっている。
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 側線はこちらに合流したなと思うとまた次の側線が現れ、いったい何本の側線があったのか、どれだけの貨車が並んでいたのか、まるで判らないのである。
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 とにかく、このサスカトゥーン駅は旅客輸送の駅としてはもうほとんど機能していないが、貨物輸送の駅としては非常に重要な役割を果たしていることが判ったのである。
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 最後の側線が合流したところで、そこまでをサスカトゥーン駅の構内と考えれば、その広さは想像を絶するという気がした(日本の鉄道関係の書籍などで見かける、駅構内の平面図・線路配置図といったものを見てみたいと思った)。

 引き続き、後ろの「かぶりつき」からの眺め。
 駅構内を出て数分後、高速道路と思われる道路と並走した、
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 道路と並んで川を越えた。歴史のありそうなトラス橋だった。
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 貨物列車とすれ違った。
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 ディーゼル機関車の前部にある「CN」というマークは、貨物輸送の大手鉄道会社、カナディアン・ナショナル鉄道の頭文字である。

 なお、サスカトゥーン駅を出てから、この日も時計を1時間進めた。この日最後の写真は部屋の窓から。
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 撮影時刻は20:56になっているが、太陽はまだ沈んでいない。列車が大幅に遅れているから、時差を切り替えるタイミングが少し早過ぎたのかもしれない。

 この日は、列車が予定通り運行されていれば、20:45にウィニペグ駅に到着し、1時間45分取られた停車時間の間に、希望者で駅の外に散歩に出る予定になっていた。だが、このまま遅れが拡大していけば、ここもまた深夜から早朝にかけての到着になってしまいそうだった。
 夜の打ち合わせで、散歩は中止にしたいという添乗員の提案(当然の提案だ)があったが、わたしは、もし遅れがさらに拡大して午前5時にかかるようなことになったら、できれば早朝の散歩をしたいのだがとお願いしてみた。添乗員としては希望があれば聞かないわけにはいかない。まあ、午前5時という設定は高齢者にとってはそれほど無謀な時間ではないし、とりあえずそういうことにしましょうということになって、わたしは遅れがもっと広がればいいと、添乗員はもうこれ以上広がらないでほしいと、そういう気分でこの一日は終わりになったのである。
by krmtdir90 | 2015-05-31 23:59 | 海外の旅 | Comments(0)

カナダの旅⑤カナディアン号2(ロッキー越え・2015.5.16)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 カナディアン号2日目(16日)は朝5時頃に目が覚めた。わたしは眠ったが、妻はあまり眠れなかったようだ。起き出して、窓の外を見た(上段ベッドは窓がないから、梯子を下りなければ景色は見えない)。
 5:05~07に撮影した3枚の写真。写真はこれだけだが、
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 この最初に見た景色の衝撃は大きかった。列車は細長い湖に沿って走っていたのだが、まず日本では感じることのできないスケールに驚いた。延々と続いて、どこまで行っても終わらないのである。しかも、線路は通っていても、あたりに人間の手が加わった感じが全然ない。対岸に人間の灯した小さな明かりが見えた時もあったが、行けども行けども終わらない風景の大きさと比べれば、とても比較にならないささやかなものに思われた。
 線路が湖と少し離れた時、間に人家がぽつぽつ建っていたところがあったが、別荘か何かなのだろうか、明かりは見えず、通じている道路なども確認できなかった。道路だけでなく、電柱や電線なども全く見えないのである。広大な大地があり、水や草木があり、間もなく夜明けを迎える空がある。その中を線路はずっと続いていて、20何輌かで編成された列車が明かりを灯して走っているだけ。そんなイメージである。

 写真は写真に過ぎない。このあとトロントに着くまで、車窓の景色をずいぶんたくさん写真に撮ったが、帰って来て見直してみると、その時その時の驚きや感嘆などは甦ってくるが、写真がそれを写し取っているかといえば、それは無理というものという思いが強くなるのである。走る車窓に移り変わる景色というのは、見て感じるもので写真に写すものではない(と断定してしまっては行き過ぎかもしれないが)と思った。

 さて、添乗員が昨夜、日の出が5時半ぐらいなので、早起きして晴れていたら、スカイラインカーから眺めるといいと言っていたので行ってみることにした。
 われわれの部屋のある車輌の前が食堂車(DINING CAR)で、その前がスカイラインカー(SKYLINE CAR)だった。平面図を昨日④に載せたのだが、あの図で進行方向は左、食堂車を通り抜けなければならないのが難点だが、スカイラインカーはこのあと、ツアーのメンバーにとっても居間のような感じになった。食堂にはすでに朝食のナイフやフォークがきれいにセットされていた。

 まだ早いので2階の展望席は空いていて、進行方向一番前の「かぶりつき」に座ることが出来た。そこからの眺め。
 右側の車窓にずっと続いてきた湖は、このあと間もなくやっと終わった。
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 左の崖との間に、非常に素朴な作りの電柱と電線が並行する区間があった。
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 非常に素朴な素掘りのトンネルを抜けて行く。いつの間にか、線路が複線になっている。
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 前面のガラスは列車の進行とともにどうしても汚れてくるようで、カメラをぐっと近づければ汚れた部分は避けられるが、今度はこちらのカメラなどが写り込んでしまう。まあ、気にしても仕方がないので、無視して撮影していくことにする。景色が素晴らしいのだから、ガラスの汚れなどは無視してしまえばいいのだ。
 サイドの方は汚れはほとんどないが、曲面ガラスなので歪んでしまう部分に注意が必要である。
 窓の外に細い道路が見えてきている。舗装などはされていないようだ。
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 次第に人里の気配が漂ってくる。
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 貨物列車と行き違いになった。
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 この路線というのは完全に貨物輸送のための路線になっていて、この後もずいぶん貨物の行き違いや追い抜かれがあった。こちらの列車も20輌を超える長大編成だが、貨物列車は文字通り桁違いに長いのがほとんどで、どれもまず100輌は軽く超すと思われるものばかりだった。
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 あたりに人家などが見えてきている。
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 朝日が見えた。撮影時刻は5:55だった。
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 左側に小さな湖が見えた。
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 山越えの区間を除くと、このあとも湖は至るところにあった。大きいものも小さいものも、カナダは湖の国なのだと思った。
 町が近づいて来た。
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 カムループス駅(Kamloops North)に入って行く。
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 バンクーバー・トロント間で、カナディアン号は8つの駅に停車する。カムループスはその最初の停車駅である。添乗員がくれた資料では、6:00着、6:35発となっていて、降りる時に添乗員は「(安心して外にいられるのは)20分ぐらいですね」と言っていた。それだけあれば十分である。
まず妻と写真を撮って、あとは別行動にした。
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 この駅で下車する乗客も割といるようで、迎えの車が駅前に何台か停まっていた。カナディアン号は寝台車ばかりでなく、エコノミーと呼ばれる自由席の座席車も連結されていて、そちらは値段も安いらしく、そういう利用者も多いのだろうと思われた。
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 カナディアン号の先頭の方はよく見えないくらい遠い。
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 駅舎内部。この駅で下車した場合、トイレ以外はこの中を通る必要は全くないのである。
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 窓口というようなものも全くない。この路線を走るのは貨物列車ばかりで、旅客列車はこのカナディアン号しかないのである。この部屋には明かりがついていたが、中はがらんとした感じで、とても駅員が常駐しているようには見えなかった。
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 ホーム側入口(と言っても、高さのあるホームがあるわけではないのだが)。
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 灰皿が置いてある。
 まとまった停車時間がある場合、わたしのような者は外に出て煙草を吸うことになる(カナディアン号は車内全面禁煙なのである)。しかし、わたしの喫煙は決してヘビーなものではないし、吸えないなら吸えないで我慢できないわけではない。こういういい感じの駅に降りた時は、駅のまわりを歩いたり駅舎の写真を撮ったりする方が第一で、時間がなければ吸えなくても別に構わないのである。その駅には備え付けの灰皿があるのかどうか、どんな形のものがどんな場所に置かれているのか。そんなことを確かめるのがなかなか楽しいことなのだと感じるようになった。そして、せっかく灰皿が置いてあるなら、そこでちゃんと1本吸ってあげるということが大事なことになるのである。
 解説が長くなった。次の停車駅まではまた長いから、ここでは2本まとめて吸いました。

 駅前の車は下車したお客を乗せて一台、また一台と去って行き、
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 タクシーを呼んで去って行くお客もあり、
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 駅前は静けさを取り戻した。
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 喫煙のためだったり、身体を動かすために外に出ていた乗客たちもほとんど車内に戻ったようだ。ほぼ20分が経過している。わたしも車内に戻った。

 このあと6:30から朝食ということだったので、食堂車に行った。
 カナディアン号では、寝台車を利用している乗客の食事は料金に含まれるかたちになっていて、朝昼晩、毎回ここに来て食事を取ることになる。メニューは、メイン料理を4種類くらいの中からセレクトする本格的なもので、ちゃんと注文を受けてから調理された料理が毎回出てきた。総じて量は多かったが、変化もあり、料理のレベルは高かったと思う。
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 普通は、毎食3回設定された時間から(朝なら6:30、7:30、8:30)各自で予約するようになっていたらしいが、添乗員が注文の手伝いをしたりするため、ツアーの13人は同じ時間で席も一緒になるように調整していたようだ。テーブルはすべて4人掛けだったから、この前の席にも、間もなくツアーでご一緒している夫婦が着席した(添乗員を入れて14人のグループなので、一度だけ向かいにカナダ人の夫婦が来たことがあった。困ったが、身振り手振りを交えて《ほとんど身振り手振りだけで》何とか会話らしきものができた《ような気がした》)。
 朝はだいたいスープにオムレツとか卵料理にソーセージといった朝らしいものだったが、コーヒーが大変美味しいので感心した。朝から飲んだりはしなかったが、ビールやワインが飲みたい時は、その都度現金精算で頼むことができたのも良かった。何とも贅沢な旅だったのである。
 別の日時に(お客のいない時に)写した食堂車の写真があるので掲載しておく。
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 この日の昼食時に写したメイン料理の写真があるので、一例として掲載しておく。
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 夕食時にも写していたので掲載しておく。
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 なお、先ほどのカムループス駅で素晴らしい資料を入手したので、これも掲載しておく。VIA鉄道の時刻表である。入口近くの丸テーブルに無造作に置いてあった。
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 VIA鉄道(VIA Rail Canada)というのはカナダ国内の都市間旅客鉄道を運営する国営企業で、国内の人の移動がほとんど飛行機や自動車に移行する中で、貨物主体で残った鉄道から旅客部門を切り離し、国の出資を受けながら統合して経営しているということらしい。

 カナダ国内の鉄道網はかなり発達しているようだが、それらはすべて貨物輸送のために使われているもので、カナディアン・ナショナル鉄道とかカナダ太平洋鉄道といった鉄道会社がこれを担っているらしい。カナディアン号はこれらの会社が所有する線路の上を、貨物列車の運行に支障が出ないように配慮しながら走らせてもらっているということなのである。
 こういう状況だから、バンクーバーのスカイトレインのような都市内あるいは都市近郊の路線は別にして、都市間を結ぶVIA鉄道の(旅客のための)時刻表は、実質50ページ足らずのこんな小冊子(9.5×16センチ)で足りてしまうのである。
 この中に、VIA鉄道の路線図が載っている。
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 赤で示されているのがカナディアン号の路線で、日本のように何々本線というような名称は付けられていない。他社の所有する貨物の線路だからである。
 時刻表のカナディアン号のページはこうなっている。
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 いまのところほとんど遅れは出ていないようだが、貨物列車優先の運行だから、カナディアン号は終着駅到着時にはだいたい数時間の遅れを出すのが普通になっているらしい(実は、今回の旅では想像を超えた遅れになってしまったのだが、それはまだこの先の話である)。

 さて、この日はこのあと、カナディアン・ロッキーを越えて行く。だが、掲載する写真はそんなにない。撮らなかったわけではないが、載せられるような写真は少ないのである。
 日本の鉄道旅でもよく経験することだが、車窓の風景がどんなに素晴らしいものであっても、動いている列車の窓から瞬間的に写し取れるものには限界がある。ましてや、相手は雄大なカナディアン・ロッキーである。その景色の移り変わりは、ただ眺めているだけで全く飽きることはなかったが、写真に撮ることは最初から半ば放棄していた感じがあったと思う。だから、ここにある写真は車窓に見えた風景のせいぜい100分の1と考えてもらえれば間違いないだろうと思う。
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 次の3枚はロッキー越えのハイライト、カナディアン・ロッキー最高峰のマウント・ロブソン(3954m)である。山頂まで見える日は年間でも12日以下と言われている山らしい。
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 まあ、下の方だけでも見えたのだから良かったのではないかな。

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 なお、この日は午後になってから時計を1時間進めた。カナダは国内でも時差があるので、この日は一日が23時間の日ということになった。
 修正した時計で17時半ごろ、列車はジャスパー駅(Jasper)に到着した。時刻表では16:00着、17:30発となっていたところだから、どうやら遅れが出始めているようだ。
 一旦遅れ始めると、1時間半あった停車時間はどうなるか判らない。こういう時、日本の鉄道ならお詫びの放送が何度も繰り返され、時間の変更なども細かな説明が行われるのが普通だが、こちらはまるでそういうことがないらしい。添乗員は必死で情報を集め、だいたいこのくらいと教えてくれるのだが、こちらはそれを聞いてから行動に移らなければならない。
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 ツアーの計画としては、この駅では希望者を添乗員が連れて町の方へ散歩に出掛けることになっていた。すっかり曇り空になってしまって外はけっこう寒かったが、列車に乗りっぱなしで運動不足になっているから、ほとんど全員が行くことになった。しかし、わたしは町の方はいいから、駅周辺で写真を撮ったりしていたいと言って、時間を聞いて別行動にしてもらった(面倒なツアー客なのである)。自由な時間は30分ほどだったと思う。

 ジャスパーはジャスパー国立公園というものの中にあり、カナディアン・ロッキー観光の一つの拠点になっているところらしい。バンクーバー・ジャスパー間だけカナディアン号に乗車するという乗客も多いようで、ガイドブックなどにはそれがお薦めといった感じで書かれていた。
 駅舎の中はストーブが点いていて、下車したお客、これから乗車するお客などで賑わっていた。
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 駅舎は前の道路から一段下がって建てられていて、横長だし非常に撮影しにくい形状をしていた。
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 前の道路は広く、人の姿や車の通行もあって、小さな町のようだが観光を中心としてけっこう栄えているような気がした。
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 少し離れた広場のようになったところに、蒸気機関車が静態保存されていた。外国だからか、日本で見慣れた蒸気機関車と比べると大柄だし、雰囲気もずいぶん違うように感じた。よく手入れはされているように見えた。
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 こちらから眺めると、なかなかいい佇まいの駅である。
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 駅舎の周囲に、こういう形をしたゴミ箱が幾つか置いてあった。横に小さな灰皿が付いている(カワイイという感じか)。風が冷たく寒かったが、せっかくなので1本吸ってしまいました。
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 最後は暖かい駅舎の中で。道路の方に出るドア。
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 一々メモを取ったりはしなかったから、ジャスパー駅を何時に発車したかは判らない。しかし、たぶん外から戻ってすぐに夕食になったのではないかと思う。
 スカイラインカーの展望席からのこの写真は20:35の撮影だった。
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by krmtdir90 | 2015-05-30 22:51 | 海外の旅 | Comments(0)

カナダの旅④カナディアン号1(出発・2015.5.15)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 バンクーバー・パシフィックセントラル駅。
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 1919年開業の駅で、歴史を感じさせる重厚な建物である。
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 駅前の様子。右手前方にスカイトレインの駅があるようだった。
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 道路を渡ったところに奇妙な彫刻があった。
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 これらの写真の撮影時刻は、カメラのデジタル記録によれば19:54~19:57である(カメラの内蔵時計は時差修正しないで撮影していたので、記録は日本時間のままになっていて、整理しながら換算するのがけっこう面倒なことになっている)。こちらは日が暮れるのが遅く、間もなく午後8時というのに、あたりはまだ明るいのである。
 カナディアン号の出発時刻は20:30だが、それまでの30分間、夕方のまだ明るい光の中で行動できたのは有り難かった。

 ただ、ツアーの行動としては、バスの駅到着が若干慌ただしかった感じで、このあと改札を通って中に入るまでのところが一気に進んでしまったのが残念だった。
 カナディアン号はスーツケースを荷物車輌に預けるかたちになっているので、昨夜のうちに分けておいた車内持ち込み用のバッグを持って乗車するようになる。荷物預けやきっぷの発券などの手続きを添乗員が行っている間に、わたしは彼に断って駅の外を撮影してきたのだが、戻ってみたらみんなすでに中に入っていて、その後を追うようなかたちになってしまった。そのため、駅舎内部の写真は一枚も写せていない。まあ、団体行動なのだから仕方がないことだが、少し(かなり)心残りなのである。

 さて、これが手渡されたきっぷ。右の方に印刷された212というのが車輌の番号で、Cが部屋を示しているらしい。
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 改札を抜けるとすぐに車止めがあって、カナディアン号の最後尾に連結されるパークカーの特徴的な車体が見えた。2枚ほど写して先に進んだ。撮影時刻は19:59だった。
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 212号車は後ろから4輌目ぐらいだったと思う。ホームが低くて、乗車口に黄色の踏み台が置かれているのが、いかにも外国の鉄道に来ている感じがする。
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 車内でわれわれの部屋を確認し、バッグを置いてからもう一度ホームに出て、車輌をバックに記念撮影などをした。腕時計を見ると、20:05になっている。ここからは単独行動になる。妻は車内に戻り、わたしはホームの先端まで行って機関車などを撮影してくる。
 こちらでは発車を知らせるベルや放送などはないから、くれぐれも気をつけるように添乗員に念を押された。厄介なツアー客なのである。

 先頭は遠かった。一輌ずつの車輌の長さが長い上に、さらに10輌以上先があった。行ってみると、先頭にはまだ機関車は連結されていなかった。
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 直後に、すぐ向こうの線路を、写真などで見覚えがある重連のカナディアン号の機関車が動いて行くのが見えた。
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 しかも、さらに後ろに少なくとも5輌以上の客車を牽いている。
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 線路は左にカーブしているので、その姿は一旦見えなくなった。この前方でこちら側の線路に移り、バックして来てこちらと連結されるのだろう。連結作業が見られるのは嬉しいが、問題はそのあとさらに先頭まで行って機関車を撮影し、自分の車輌まで戻る時間があるかということである。先頭の機関車から212号車まで、恐らく20輌分ぐらいになるのではなかろうか。
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 まあ、心配していても仕方がない。だが、やはり勝手知ったる日本とは違うのだから、少なくとも5分前(20:25)には乗車しているようにしなければならないだろう。

 機関車とさっきの車輌は思ったより早くやって来た。
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 こちらにも作業員が待ち受ける。
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 連結完了。この撮影時刻が20:13になっている。
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 あと数分で、列車自体はいつでも発車可能な状態になってしまうのである(この事実は、見知らぬ駅のホームでウロウロしているわたしの不安を少し大きくする)。

 先頭に向かう。頭の中では10分あれば大丈夫と繰り返していたような気がする。機関車が見えてきた。
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 バンクーバー・トロント間は非電化単線だから、牽引機はディーゼル機関車ということになる。いかにも力のありそうな大型の機関車である。
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 GPA-30Hというのが機関車の形式、6408というのが車体番号のようだ。
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 うしろの車体番号は6401だった。
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 実は、このバンクーバーで、発車前に少々無理して機関車を撮影しておいたのは正解だったのである。この後、途中の停車駅や終着駅では、先頭まで行って戻ってくるのは(仮に可能だったとしても様々な事情が絡んで)非常に困難だったと思われるのである。

 戻ることにする。次の写真の撮影時刻は20:18になっている。
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 客車はすべてステンレス製の銀色の車体だったが、間に一輌だけ塗装や窓の形の違うものが挟まっていた。これがどういう車輌だったのかは(車内を通って特に調べにも行かなかったので)判らなかった。
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 これは車中でずいぶんお世話になったスカイラインカーという展望車輌。屋根の飛び出した部分が2階のパノラマ展望席になっている。
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 212号車まで戻って来た。撮影時刻は20:23。
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 ホームの人影もほとんどなくなっている。
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 5分前には部屋に戻ったと思う。20:30、確かに何の合図も放送もなく、カナディアン号はゆっくりと動き出した。4泊5日の旅が始まった。
 しばらくは窓の外などを眺めていたが、ほどなくあたりは暗くなり、外の景色は見えなくなってしまった。

 さて、212号車のC室は寝台車(MANOR SLEEPING CAR)の2人用個室である。
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 カナディアン号というのは1955年に運行を開始した歴史ある列車で、使われている車輌もかなり使い込まれたもののようで、しっかり維持されてはいるが、全体として造りの古い感じは否めない。機能的に作られているが、室内はどうしても狭い感じがしてしまう(わたしはこんなのに乗れただけで嬉しいので、全く不満なところはなかったが)。

 乗車して最初に写した室内。簡単なソファー(椅子)が2脚置かれているが、これはベットメイク時には折り畳まれて、ベッドの下に片付けられる。右奥のドアが開いているが、ここが狭いながら専用のトイレである。
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 窓側の椅子に座ると目の前がトイレのドアになるが、その横が非常にコンパクトな洗面台になっている(別の日時に写したので、ペットボトルなどが置いてある)。右側についているコンセントの形状は日本と同じで、電圧も110Vと全く問題がない。その上に明かりのスイッチが並んでいるが、何とも懐かしい上下するスイッチなのが判るだろうか。
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 タテの構図が続きます。さらに右、入口ドアに姿見の鏡がついている(窓際の椅子に座って写している)。
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 収納されたベッド(窓際から入口の方を見ている。入口ドアは左)。正面の部分が手前に倒されて下段ベッドになり、上の部分が下りてきて上段ベッドになる。
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 朝晩のベッドメイクや片づけは専任のスタッフがやってくれる(一日目は10時過ぎにやりに来たが、二日目以降はわれわれが食事などで部屋を空けている間にやっておいてくれた。因みに、内カギはあるが外カギはない。それでも、これまで盗難騒ぎなどは一度もないということだった)。
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 ベッドメイクされた状態。結局4泊ともわたしが上段に寝ることになった。慣れない妻はあまり眠れないといっていたが、わたしは非常に寝心地のいいベッドだと思った。ウイスキーのポケット瓶を用意して行ったのも良かったと思う。
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 部屋の外の廊下。狭いので、すれ違いの人がいたら、一方が手前の広いところで待っている感じになる。この時、アイム・ソーリーとかエクスキューズ・ミーというのを自然に言うのは難しいと思った(あまり言えなかった)。
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by krmtdir90 | 2015-05-29 17:19 | 海外の旅 | Comments(0)

カナダの旅③バンクーバー散歩2(2015.5.15)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 この日のホテル出発は11:30になっていて、それまでは自由時間ということだった。希望者があれば、添乗員がスカイトレインを使ってバンクーバー・ルックアウトの展望台に連れて行ってくれるという。もちろん参加することにした。

 ホテルのすぐ前、道路を隔ててスカイトレインのバラード駅というのがあった。ここから隣駅のウオーターフロント駅まで一区間乗車するという。わたしと妻はは昨日、散歩でウオーターフロント駅まで行っているのだから、歩いて行ける距離なのだが、比較的高齢の参加者が多いツアーなので添乗員なりの配慮なのだろう、そこをわざわざスカイトレインに乗ってみるというのが、わたしには願ったり叶ったりだった。
 道路から一段下がった屋根付きの広場のようなところに、きっぷの自販機が幾つか立っていた。
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 言われるままにコインを入れてパネルにタッチ、出てきたきっぷがこれ。
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 路線図がゾーンというものに分けられていて、ゾーンを決めて購入するようになっていたと思う。エスカレーターで地下に降り、
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 改札を抜けてホームへ。改札は無人で、自動改札のようになっているわけでもないから、全くのフリーパスである。時々検札が回ってきて、きっぷがないと高額の罰金を取られるということらしい。
 スカイトレインはその名の通り、ほとんどが高架を走っているようだが、この区間は地下に潜っている。
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 ホームの照明が割と暗く、入ってくる車輌を写したのだがぶれてしまった。
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 車内の様子もツアーの皆さんがいるので写せなかった。
 あっという間にウオーターフロント駅に到着。停車しているところを前から写すことが出来た。しかし、この車輌はすぐに回送になって出て行ってしまった。
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 前面を見ると判る通り、この電車には運転席が見当たらない。前後どちらから見ても同じである。調べてみると、スカイトレインはコンピュータ制御の無人自動運転システムなのである。非常に興味深い鉄道だが、ほんの数分の乗車だし、一応集団行動なのでゆっくり観察している余裕などはない。まあ、これは仕方がない。
 エスカレーターを上がり、改札口へ。ここもフリーパス。
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 ウオーターフロント駅は昨日来ているが、昨日の写真を反対側から見ていることになる。ツアーの皆さんはどんどん行ってしまうから、急いで後を追った。
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 さて、バンクーバー・ルックアウトはウオーターフロント駅の前の道路を隔ててすぐのところにある。このエレベーターで展望台に上がるのである。
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 この反対側にチケット売り場があり、添乗員がみんなのチケットを購入している。
 これがチケット。何種類あるのか判らないが、一枚一枚違う写真になっていた。
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 地上168メートル、バンクーバー・ルックアウト展望台からの眺め。
 昨日見たウオーターフロント駅裏側にあった貨物線のコンテナ貨車群。
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 遥か彼方まで続いている。
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 カナダ・プレイスに豪華客船が停泊していた。
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 この奥に見える橋は、
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 ライオンズ・ゲート橋。1938年の架橋らしい。
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 その他の眺め。
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 きょうは一日曇り空のようだが、雨が降る感じではないので良かった。

 眺めを満喫して下に降り、再びスカイトレインに乗って戻る。帰りはきっぷの購入はしなかった。帰って調べてみると、一度購入すると90分間はゾーン内乗り降り自由になっているらしい。
 ウオーターフロント駅からシーバス乗り場に続く連絡通路(跨線橋)の入口。
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 ウオーターフロント駅のホーム。
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 帰りに乗車した車輌の側面(ホームに電車が入って来るところはやはりぶれてしまった)。
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 ホテル最寄りのバラード駅、きっぷ自販機のあるところ(これが駅舎ということになるのだろうが、非常に明るい開放的な造りで、駅舎という感じはしない。周囲は小さな公園のようになっている)。
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 朝の散歩はこれで終了。

 11:30から二日目の観光に出発。ホテル前に停車中の観光バス。13人というこぢんまりしたツアーだったのだが、バスは大型の豪華なものだった。
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 まず市内のレストランで昼食。ここは中国料理の名店だったようだ。
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 食後、最初に向かったのはグランビルアイランドというところにあるパブリック・マーケット。何だかよく判らないのだが、セメント工場だという建物の前でバスを降りて、
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 ガイドの先導で歩いて行く。雑多な店が軒を並べ、買い物客(観光客)で賑わっている。上に見えているのはグランビル・ストリートの続きで、グランビル・ブリッジ。
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 道路に路面電車の線路があるが、いまは使われていないもののようだ。
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 大きなマーケットの中に入って行く。主に食料品の小さな店がひしめき合っている。
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 ここは果物の店。
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 ここはハム・ソーセージの店。
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 マーケットを通り抜けるとちょっとした広場になっていた。この右の方で大道芸人の若い男が何かやっていたが、言葉が判らないから何をやっているのかよくわからない。
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 ここはフォルス・クリークという入り江に面していて、上を跨いでいるのがグランビル・ブリッジである。
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 しばしの自由時間。幾つかの店を覗いたりした。

 再びバスに乗り、次はウオーターフロント駅にほど近いギャスタウンというところに立ち寄った。ここはバンクーバー発祥の地と言われるところらしい。
 バスの窓から。1867年にこの地に入植して、初めて酒場を開いた「ギャシー(おしゃべり)ジャック」こと、ジョン・デイトンの銅像。
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 ギャスタウンは石畳や煉瓦造りの建物が並ぶ古い町並みだが、向こうにバンクーバー・ルックアウトも見えている。
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 上の写真で右側の歩道にあるのが名物・蒸気時計。蒸気機関で動く時計ということらしい。
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 頭の煙突から蒸気が上がっている。
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 次に向かったのが、入江に突き出した半島にあるスタンレー公園という一画。その中にあるトーテムポール公園というところでバスを下車した。
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 ここにはネイティブカナディアンのトーテムポールが集められている。
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 海辺の眺めが美しい。向こう岸はウオーターフロント一帯になる。
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 左の木はメープル(サトウカエデ)の木である。曇り空なのが残念。
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 市民の憩いの公園といったところか。
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 次は、ライオンズ・ゲート橋の渋滞が始まる前に行った方がいいということで、訪問の順序を入れ替え、ノース・バンクーバーのキャピラノ川沿いにあるキャピラノ鮭(サケ)孵化場というところを見学に行った。
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 ここは、北海道標津町にある標津サーモン科学館と姉妹提携を結んでいるらしく、その関係で日本語の説明文なども掲示されている。ガラスの壁を通して鮭の遡上が観察出来るようになっているが、この日は遡上する鮭の姿は見えなかった。水槽の中を泳いでいる小さな鮭の群れは見ることができた。
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 キャピラノ川。
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 もっと渓谷になっていて、吊り橋の架かっているところなどもあるようだが、そっちには行かなかった。

 再びライオンズ・ゲート橋を渡り、スタンレー公園に戻って、最後に北側の海に面したプロスペクト・ポイントという展望台に行った。
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 右に見えているのがライオンズ・ゲート橋。
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 イングリッシュ・ベイと呼ばれる海を隔てて、向こう側がウェスト・バンクーバーの町並み。斜面の一戸建てはみんな高級住宅地らしい。
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 こちらが西の方角のようだ。
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 実は、このプロスペクト・ポイントでちょっと驚いたことがあった。きちんと正装した若い男女十名ほどのグループが、さっきから写真を撮り合ったりして楽しそうにしているのである。近くで結婚式でもあったのかと思ったが、それにしては新郎新婦の姿が見えないし、見ているとどうやらみんなカップルになっているようなのだ。
 誰かがガイドの女性に聞いてみたら、何と卒業式を終えたばかりの高校生のグループなのだと言う。入口のあたりに白いリムジンが停まっていたのだが、ああいうのを借り切って夜まで遊び回る連中がいるらしい。それにしても、女子はみんな長いドレスを優雅に着こなしていて、日本の高校生などからは想像もつかない大人びた雰囲気を漂わせている。もちろん一部の高校生なのだろうが、違えば違うものだと、みんな唖然としてしまったのだった。

 さて、バンクーバーの観光はこれで終わり。
 夕食を食べに行ったレストラン。
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 いよいよこのあと、4泊5日の大陸横断鉄道の旅がスタートする。バスは、始発駅のパシフィックセントラル駅に向かう。 
by krmtdir90 | 2015-05-28 17:40 | 海外の旅 | Comments(0)

カナダの旅②バンクーバー散歩1(2015.5.14)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 バンクーバー国際空港に到着する前に腕時計を修正した。時差はマイナス16時間。時計の針はすでに15日の午前2時を回っている。針を逆回ししていくと日付窓も14日に戻り、空港に着陸した午前10時15分からカナダの旅が始まった。

 最初の写真はあまりパッとしない。空港ビルから出たところなのだが、この左手の方に喫煙スペースがあって、カナダで一本目の煙草は吸ったけれど、ツアーで来ているのだから添乗員の目の届かないところで勝手にあちこち歩き回るわけにもいかず、表の方に行って外の様子を眺めることまではできなかったのである。
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 この日は飛行機の長い移動による疲労を考慮して、午後の市内観光は簡単な日程が組まれているだけだった。で、観光バスが向かったのはバン・デューセン植物園というところ。まず、併設されたレストランで昼食を食べた。
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 食後、現地ガイド(バンクーバー在住の日本人女性だった)の案内で園内を見て回った。空はよく晴れていて気持ち良かった。
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 いろんな花が咲いていて写真も撮ったのだが、名前がよく判らないし、省略。・・・まあ、一枚ぐらい載せておくか。この季節の一押し、キバナフジのトンネル。
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 その後、市の中心部を通って、ウォーターフロントという海に面したエリアに行った。海はコール・ハーバーと言うらしい。この建物は豪華客船などが発着するカナダ・プレイス。
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 対岸の眺め。
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 バンクーバー・コンベンション・センター。
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 コンベンション・センター前から市の中心部方向(海と反対方向)を見る。
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 少し歩くと、バンクーバー・オリンピックの時の聖火台があった。
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 この後、午後4時前にはホテルに入って解散になった。

 夕食まで時間があるので、せっかくだから散歩に出ることにした。
 これはホテルのすぐ前の歩道。この男性は煙草を吸っている。
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 実は、直前までわたしもここで煙草を吸っていた(吸い殻は持参した携帯灰皿に入れました)。
 カナダは禁煙先進国というもののようで、ホテル内は全面禁煙になっている(部屋はもちろん、館内に喫煙スペースなどは一切ない)。さっき行ったバン・デューセン植物園や公共施設なども同様で、では喫煙者はどうするのかとガイドに聞いてみたら、要するに敷地から一歩外に出ればOKということのようで、ここや道路を隔てた歩道のあたりがそういう場所になっているらしかった。灰皿がないから、あたりにはけっこう吸い殻が落ちているのである。厳しく規制し過ぎることで道路が汚れるのでは、何かおかしいなと思った。

 こんなバスが走っている。
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 こんなバスも走っている。
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 カナダには特別有名な自動車メーカーはないから、道路にはいろんな国の車が走っていた。トヨタやホンダなどの日本車もずいぶん見かけた。
 このビルには「葉っぱ」というIZAKAYA(居酒屋)が入っているようだ。ちょっと中を覗いてみたが、ごく普通の洋風の店内で、日本の居酒屋の感じは全くなかった。
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 市街地の道路は碁盤の目のように整然としていて、それぞれの名前が交差点に表示されている。
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 「Howe St.(ハウ・ストリート)」の表示が見えるが、これは左右に交差している通りの名称で、こちらの通りは「W.Cordova St.(コルドバ・ストリート)」である。奥には、翌日訪ねたバンクーバー・ルックアウトの展望台が見えている。

 バンクーバー市内にはスカイトレインという、地下鉄と高架の組み合わさった鉄道が市民の足として走っている。その起点となっているウオーターフロント駅の駅舎。
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 中に入ってみた。
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 まわりにはきっぷの自販機や売店などいろいろあったが、写真は撮っていない。左手の方に進むとワンフロア上がる感じの階段があって、その上から外に出るとちょっとした展望デッキのようになっていて、そこから駅舎の裏側の方が見渡せるようになっていた。
 スカイトレインとは別になっている(ように見える)貨物の側線が幾つも走っていて、
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 先の方にコンテナを積んだ貨車がたくさん並んでいた。
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 一つ前の写真で線路上を横切っている跨線橋は、左手にあるシーバス乗り場への連絡通路である。
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 ウオーターフロント一帯から市街地に向かう通りは緩やかな上り坂になっていて、この展望デッキからコンクリートの歩道橋が「Granville St.(グランビル・ストリート)」にそのまま通じている。その上から。トロリーバスが走っているのである。
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 グランビル・ストリートを歩いて行くと、何カ所か両側のビルが途切れる路地のようなところがあって、どうやら電線などを通すために空けられた空間のようだった。
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 繁華な通りにぽっかり開いた都市の隙間のような感じで、不思議な光景だと思った。
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 散歩の途中でスナップ。道路脇の消火栓。
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 堂々としたビルなので写したのだが、あとで調べたら、フェアモント・ホテルというバンクーバーを代表する豪華ホテルだった。
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 これは美術館のようだ。
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 市街を一回りして(ほんの一部分だったが)ホテルに戻った。

 ホテルで夕食を食べた後、添乗員が希望者を近くのマーケットに連れて行ってくれた。お土産のメープルシロップを少し買い込んだが、目当てのアルコール類は扱っていないようだった。
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by krmtdir90 | 2015-05-27 13:33 | 海外の旅 | Comments(0)

高校演劇2015③コピスのヒアリング(2015.5.26)

 6月14日(日)に行われる「コピスみよし・第14回高校演劇フェスティバル」のヒアリングがあったので、今年も様子を見に行ってきた。
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 舞台・照明・音響の計画について、各校ごとにスタッフが担当生徒から聞き取りをしていく。各校の一生懸命な気持ちが伝わってきて、この雰囲気は好きである。

 日程終了後、今回もみずほ台の大(ビック)で飲み会になった。わたしと違って皆さん働いているわけだから、2時間限定の約束で始まったが、始まりが早かったので結果的に3時間ほどになってしまった。でも、3時間でサッと終わったのは上出来と言うべきだろう。
 この店は安いし、なかなか美味しいつまみを出す。今回は「おくらみょうが」280円というのが人気で、最初2つ頼んで食べてみたらけっこういけるので、続けて5つ頼んだら、今度は器が小さくなって量もかなり少なくなっていた。最後にもう1つ頼んだら、もとの器と量に戻っていた。何だかいい加減だなあと言いながら盛り上がった。わたしは器の大きい方を食べられたので文句はなかったが、小さい方になってしまった人たちは不満が残ったと思う。
 結局、参加した8人全員が食べたのだが、そういうわけで、大を食べられたのが3人、小になってしまった人が5人ということになった。食いものの恨みが残らなければいいのだが。
by krmtdir90 | 2015-05-26 23:59 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

カナダの旅①飛行機問題と時差体験(2015.5.14~22)

 妻と9日間のカナダ旅行に行って来た。「バンクーバーからナイアガラへ・カナディアン号で行く大陸横断鉄道4466キロの旅」という長いタイトルで、4泊5日の鉄道旅が行程のメインに据えられているツアーである。わたしとしては、トワイライトや北斗星に乗れなくなって失望していたところに、海外にはまだこういうツアーがあるのを知って、知ってしまった以上は何があっても参加したいという気持ちが抑えられなくなってしまったのである。
 韓国・台湾あたりでもう外国は終わりと言っていたのに、わたしが突然カナダなどと言い出したものだから妻は驚いたらしいが、これで海外へのハードルが越えられるきっかけになればと考えたようである。鉄道4泊5日乗りっぱなしというのはさすがに躊躇があったようだが、最終的にはつきあってくれることになった。

 だが、結論を言ってしまえば、わたしのハードルはそう簡単に低くなるものではなかった。「飛行機大嫌い問題」である。
 行程表によれば、往路の成田→バンクーバー間の所要時間は8時間45分、帰路のトロント→成田間は12時間50分となっていて、こんなに長時間あの狭い飛行機の座席に拘束されるのは、想像するだけでも恐ろしい苦行になるだろうと思われた。しかも、飛行機の乗降には様々な手続きやら何やらえらく時間がかかるし、あの広いターミナルビルをあちこち歩き回らなければならないのは嫌になる。自宅と成田間の行き帰りも面倒で、飛行が始まる前に気持ちが萎えてしまうのである。
 しかも、今回はこれに、初めて本格的に体験することになった時差の問題が加わった(往路マイナス16時間、復路プラス13時間)。時差の影響というのは、年を取った身にはけっこう応えたような気がする。

 距離や時間などは帰路の方が長かったわけだが、帰りというのは最後にはとにかく家に帰り着くのだから、比較すれば精神的にはやや楽だったのかもしれない。しかし、往路はこれから旅が始まるというプレッシャー(体調を壊したら何にもならない)があったし、もう二度とこんな遠くに来るのは止そうと思ったりした。
 成田出発は5月14日(木)の17:30だったが、バンクーバー到着は現地時間で同じく14日の10:15になっていて、要するに14日をもう一度やり直す感じになるのである。この日の観光は配慮して余裕のある日程になっていたものの、飛行機の中である程度は眠っておかないと、体力的にかなりきついことになるように思われた。
 だが、あの狭い飛行機の座席で簡単に眠ることが出来るというのは、余程神経の図太い人間でない限りあり得ないと思う。機内食の時にビールをもらって飲んだが、全く効果はなかった。スリッパを持って行って機内では履き替えていたが、到着時に再び靴を履こうとしたら、足がパンパンにむくんでいて、あまりのきつさに驚いた。エコノミー症候群ではないが、身体にいいはずがないと思った。

 帰りは現地時間の21日(木)14:00にトロントを出発し、12時間50分の飛行の後、成田到着は22日(金)の15:50ということになった。帰路は太陽の動きとともに飛ぶかたちになり、外は常に明るかったが、途中、機内を暗くして眠るための時間帯を作っていた。だが、帰りは最初から眠ることは諦めていたから、21日から22日にかけてはひとつながりの長い一日(35時間)になった。
 行きもほとんど眠れなかったから、初日の14日は計算すると結局40時間の長丁場だった。往きも帰りも、機内では例によってあのせせこましい機内食が(2回ずつ)出て、食生活も一日何回食べたかか判らない不規則なものになり、運動不足も重なるから腹の具合も悪くなるのだった。乗り慣れた人というのは、こういう非人間的な状況に対応できるようになるのだろうか。

 帰りは覚悟を決めて、座席の背についたモニターで映画を4本観た。利用したのがエアカナダの飛行機だったので、日本語吹き替えの映画は数本しかなく、最初は仕方なく英語版のミュージカル「アニー」(ミュージカルならそれなりに楽しめるかと)を、続けて吹き替え数本の中から「TAKEN3」というアクション映画を観た。
 結局つまらないので、もういいかといろいろ画面をいじっていたら、気付きにくい枝分かれの先にけっこう面白そうなタイトルが並んでいるのが見つかった。
 で、まず日本映画の「深夜食堂」というのを観た。なかなか良く出来た映画だと思ったが、飛行機のゴーゴーという音がうるさいし、イヤホンの性能も良くないようで、セリフが聞き取りにくくてイライラした。これでは良さが半減してしまったと思う。

 最後に、たぶん北海道から東北あたりの上空で「シェルブールの雨傘」を観た。
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 これがモニター画面に映し出された、懐かしのタイトルシーン。学生時代、初めて見た時グイと心を掴まれてしまった、お洒落な雨傘のタイトルバックである。
 しかし、こんなところで初々しいカトリーヌ・ドヌーブに再会するとは思わなかった。全部のセリフが音楽になっているという野心作(ジャック・ドミー監督)だから、もちろん吹き替えであるはずはなく、英語字幕が付いているだけだったが、いままで何度となく観ている映画だったからストーリーは判っていたし、ほとんどの場面がメロディーとともに記憶から甦ってきたのは嬉しかった。わが青春の外国映画ベストテン(いや、ファイブ)に確実に入る映画である。
 スティーブ・マックィーンの「大脱走」もあったのだが、時間が足りなそうなので諦めた。もっと早く気がついていればと悔やまれた。
 しかし、こういう映画がラインナップされているのであれば、眠らなければというプレッシャーがない場合なら、少しだけ機内の苦痛を忘れられるような気がした(もちろん、飛行機の苦痛は基本的には何ら解消されているわけではなく、せっかく素晴らしい映画と再会出来るのであれば、もっとゆったりした条件の下で再会したいものだとも思ったが)。

 きょうはまだ一日中眠くてボーッとした感じだった。たくさん撮ってきた写真や資料(パンフレットなど)の整理にも時間がかかりそうだし、旅行記のスタートは少し先になりそうな感じである。とりあえず、きょうのところはこのくらいで。
by krmtdir90 | 2015-05-23 18:20 | 海外の旅 | Comments(0)

明日から

 明日から、妻と3度目の海外旅行に出かけてきます。今回はちょっと本格的な海外に挑戦するので(行き先などは秘密かな)、9日間の日程で帰国は22日になります。帰ってきたら旅行記を載せますが、そういうわけでブログなどもこの期間はお休みになります。では。
by krmtdir90 | 2015-05-13 20:41 | 日常、その他 | Comments(0)

高校演劇2015②コピスの季節(2015.5.9)

 今年もコピスの季節がやってきた。
 コピスみよし2015・第14回高校演劇フェスティバル
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 昨日(9日)、今年最初の実行委員会と出演校による会場下見会があった。
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 出演6校のうち、今年は初出場が2校、6年ぶりの復帰が1校と、フレッシュな顔ぶれとなった。演目も意欲的な作品が並んで、今年も期待が持てそうな気がする。
 詳しい日程等は、今年から高校演劇フェスティバルのホームページを開設したので、そちらで確認願いたい。→→http://hstf.jp/

 昨日は日程終了後、10人あまりの実行委員でみずほ台の大(ビック)に飲みに行った。例年、大会が終わると2回に分けた打ち上げを実施しているが、数年前から大会スタートのこの日にも飲み会をするようになった。この場合、何か打ち上げに対応した言葉があるのかどうか判らないので、まさか打ち下げでは縁起が悪いし、打ち入りという言い方でいまのところは進めている(まだ、もう一歩定着した言い方にはなっていないが)。
 いずれにせよ、こういうことがフェスティバルを継続していく大きな推進力なのだと思っている。次は本番終了後の打ち上げ(その1)なのだが、その前に、準備段階でもう1回くらい増やしてもいいのではないかと思っているのである(あまり支持されていないか?)。
by krmtdir90 | 2015-05-10 15:33 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

「『イスラム国』よ」(鎌田實)

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 表紙の帯に「緊急出版」とある。「現地で苦しむ人々のためにこの本の印税を使います」と書いてある。後藤さん・湯川さんの2名が「イスラム国」によって殺害される事件が起こり、世間の目がまだそちらに向いている時を捉えて、イラク難民支援活動に以前から取り組んでいた著者が、緊急に本を出すことで資金を集めようと考えたのだろう。まさに時宜を得た行動と言うべきであり、さすが鎌田氏と感心したのである。

 著者の鎌田實氏は、2000年に出版した「がんばらない」という本で一躍有名になったお医者さんである。「がんばらない」の単行本はわたしの書棚ですぐに見つかったが、再読はしなかった。年とともに涙腺が弱くなっているような気がして、パラパラとページをめくっただけで目頭がジワッとしてしまうような本なのである。
 鎌田氏は1948年の生まれだから、わたしとほぼ同時代を生きてこられた(わたしと違って非常に行動的に)方で、その生き方の誠実さは著書の様々なところに見て取ることが出来る。この人の言うこと・することであれば、間違いなく無条件で信頼していいとわたしは思っている。

 われわれの大学時代というのは学生運動がピークを迎えた頃であって、鎌田氏の出た東京医科歯科大学がどのような状況だったのか判らないが、卒業後にどういう進路を選ぶのかというのは、医者の卵にとっては大きな岐路であっただろうと推測されるのである。
 鎌田氏は聴診器を持った現場の医者になる道を選び、縁もゆかりもなかった長野県茅野市の諏訪中央病院というところに赴任し、つぶれかかっていた病院を建て直し「住民とともにつくる医療」を実践して、地域医療のあり方に大きな足跡を残すことになるのである。
 「がんばらない」はこの時の様々な体験を綴った本で、安直な言い方だがとにかく感動させられた記憶がはっきりと残っている。

 1986年にチェルノブイリ原発事故が起こると、1991年に認定NPO法人・日本チェルノブイリ連帯基金(略称・JCF)を設立して医療支援を開始、2004年からは特定非営利活動法人・日本イラク医療支援ネットワーク(略称・JIM-NET)を作ってイラク支援にも乗り出している。JCFを通じた福島の支援なども行っており、その一貫した姿勢と行動力は頭の下がるばかりである。
 医薬品の支援、医師団の派遣などを繰り返し行う中で、鎌田氏自身も幾度となくチェルノブイリの被災地(ベラルーシ共和国など)やイラクの難民キャンプに入り、医師としての実践的な支援を行っている。

 この「『イスラム国』よ」は、丁寧に準備されて出版された本ではない。内容もあまり整理されてはおらず、イラク現地で実際に支援を行いながら、そこで出会ったことや考えたことなどが、時間に急かされるように一気に語られているのである。あとがきにも「この本の印税は100%、この2つのNPOを通して、『イスラム国』に追われた人々の医療や生活支援や教育支援に使われます」と書かれていて、この一点を実現するために、可能な限り短時間で一冊の本にまとめることが必要だったことがよく判るのである。
 そういうことだから、決して中身の濃い本とは言えないと思う。しかし、鎌田氏とその仲間たちの熱い思いはよく伝わってくる本である。難民キャンプなどで写したと思われる写真も随所に紹介されている。

 もちろん、鎌田氏の根本的な考え方というのはこの本にも明瞭に示されていて、暴力に対して暴力、憎しみに対して憎しみという姿勢は何も解決しないし、「『イスラム国』よ」という呼びかけに端的に表れている通り、イスラム国に参加する人間の中にも様々な思いがあり、それを思いやりながら進んで行かなければ未来は見えないと言っているのは、勇気ある姿勢だと感じる。
 あとがきに「『イスラム国』の中に、世界全体のことを考えている、視野の広い、誠実で、志の高い青年が少数でもきっといると思い、その幻の青年に、呼びかけるように書き込みました」と書いている。それを信じ、そこと響き合わない限り、真の解決はないのだという主張は、さすが鎌田實氏だと思った。

 出版物の場合、出版社から著者に支払われる印税は通例10%だという。この本は定価1000円の本だから、わたしはイラクの人々のために100円の支援をしたことになるようだ。ささやかと言えばささやかだが、こうした本というかたちがなければ、恐らく考えもしなかったことだと思う。これなら何のハードルも感じることはないし、それを引き出してくれた鎌田氏の戦略に脱帽するとともに感謝である。
 一方で、消費税として国に支払った80円はいったいどういう使われ方をするのか、何となく良くないことに使われそうな気がして割り切れない思いがするのである。
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by krmtdir90 | 2015-05-08 15:28 | 本と映画 | Comments(0)


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