18→81


主なテーマは鉄道旅、高校演劇、本と映画、それから海外旅行、その他少々、といったところ。退職後に始めたブログですが、年を取ったせいか、興味の対象は日々移っているようです。よろしく。
by natsu
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
最新の記事
最新のコメント
記事ランキング

<   2015年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

高校演劇2015⑩秋の地区大会・3(浦和地区の審査について)

 ここ数日、浦和地区の審査に関してわたしが発言しているのではないかと、このブログをチェックしに来ている人がかなりいるような感じなので(アクセス状況を調べることが出来るのである)、大宮地区が終わるまで黙っているのはまずいかなと思うようになった。
 相方のN先生が入間向陽のブログに、いち早く全部の学校を網羅した詳細な劇評を掲載してくださっているので、わたしとしては審査の観点などに触れながら、当日の講評では言えなかったことも含めて少し書いてみようと思う(但し、申し訳ないのですが、全部の学校に触れることはできないと思います。無理して触れることは出来るのですが、今回はわたしが書きたいと思っていることを優先して、それに関係する学校だけ重点的に触れていくことにします。この点は了解してください)。

 審査では前半の地区が終了すると、その時点で暫定的な2校を選んでくるのだが、審査途中なのでこれまでこのブログではそれを明らかにしたことはなかった(もちろん当該地区には伝えて来るのだが)。ただ、今回は日程的に後半の地区まで2週間も空いてしまうし、N先生がブログの方で公表しているので、具体的な校名や審査経過を書かない理由はなくなってしまった。2週間待たされる学校にとっては、そのあたりは早く聞きたいところだろうし、これはこれで、今回はそういうことにしたということで書いてしまうことにする。

 選んだ2校は、N先生も書いている通り、浦和一女と浦和北ということなのだが、この並び方は上演順であって、順位は付けていないということで地区の方には伝えてある。N先生の中でははっきり順位があったようだが、わたしが順位はなしにしてほしいとお願いしたのである。
 ここから後は、あくまでわたし個人の考えなのでそのつもりで読んでほしいのだが、わたしの中でこの2校を選ぶ観点というのは、観点としてかなり異なっていたということがあったと思う。気持ちとして1位、2位をつけることはできるが、そこにある観点の違い(芝居にとって大切なのはどんなことなのか)について少し考えてみたかったからである。
 わたしの中では、浦和北は浦和南と並んでいた。一女は少し別のところにいるような感じだった。この3校は、他と比べれば明らかに頭一つ抜けている気がしたが、他の学校がかなり物足りなかったことによる結果であったようにも思う。県大会に推薦するとすれば、この3校もまだ物足りない点が多く、大宮地区の結果次第でどうなるか判らないと思った。その前提の下で、この時点でわたしがどんなふうに考えたのかを整理しておくことにする。

 上演順だと最初に観たのは一女である。全体として見ると疵も多く、まだまだ物足りない点もたくさんあると思ったが、何と言えばいいのだろう、観ていて楽しかった。もう一度観たいという気分にさせてくれた。ここについては、あとで改めて述べることにする。

 1日目の最後が浦和南だった。金宮淑恵作「傍観」という、高校演劇の古典と言ってもいいずいぶん昔の作品を上演した。講評の時にも述べたが、わたしはこの台本が好きではない。ずいぶん上演されている有名な作品だが、本としては全然面白くないと思っているのである。この場合、わたしが思いもよらなかったような斬新な切り口で、この本の隠れた面白さを見せてくれたら、少しぐらい欠点があったとしてもわたしは真っ先に評価しただろうと思う。だが、そうはならなかった。
 しかし、浦和南の舞台は、これまでわたしが観たことのあるどの「傍観」よりもきちんと作られていた。道具や衣裳などを始め、細かいところまで目が行き届いていて、主要キャストはみんなセリフがきちんと言えていて、やり取りや動きなどもしっかり作られていた。
 それなのに、わたしはこの舞台から芝居としての魅力を少しも感じられなかったのである。やはりこれはつまらない話だなと思った。浦和南の生徒諸君は、たぶんこの台本を面白いと思って取り組んだはずなのだが、それがわたしに伝わらなかったのはどうしてなのだろう。一生懸命作ったはずなのに魅力がない。もしかして、彼らはきちんと作ることばかりを考えていて、その最も大切なものを舞台に表現することをおろそかにしてはいなかったかと思うのである。

 どんな出来上がりの舞台であっても、観客はできれば舞台上の何かに共感したいと思っているのである。舞台を作る側は、そういう観客の思いに応えるものを提示しなければならないと思う。舞台をきちんと作るということは、それだけではともすると、そちら側だけで完結してしまう問題なのではないだろうか。きちんと出来ているのは出来ていないよりは絶対いいに決まっているが、それだけでは観客に響いてくるものは生まれないのだと思う。
 結局、あんなに仲良しだったブルーとレッドがどうして最後に殺し合いをしなければならなくなるのか、そこに至る彼らの心の変化、そこに至らせる猫とシスターの役割(働きかけの意味)、こういったものがきちんと作られていなかったということなのだと思う。こういうところがちゃんと書けていないから、わたしはこの台本をいい台本だと思わないのである。だが、この台本を面白いと思って選んでしまった以上、こういう観客を納得させられなかったのは、作者ではなく上演した浦和南の諸君の責任になるのである。
 最後の白塗りの人たち(ホワイト)による「どんでん返し」も、だからどうなの?という印象以上のものにはならなかった。台本も、上演された舞台も、どちらも「そちら側」が納得しているだけのような気がして、最後にシスターが客席に入って羽根を売り歩いて見せても、何の感興も生まれてこなかったように思った。

 それでも、1日目が終わった時点では、結局ここを残すことになってしまうのだろうかと思っていた。2日目の最後、浦和北の舞台が始まるまでそう思っていた。
 では、浦和北は浦和南を超えたのか。そんなことは言えないと思った。ざっくり言って、せいぜい並んだかなという程度の出来映えだったと思う。

 浦和北が上演したのは、加藤純・清水洋史作「祭よ、今宵だけは哀しげに」という、これもまた高校演劇では幾度となく上演が繰り返されてきた有名な作品である。わたしが、本としては全然面白くないと思っているところも「傍観」と全く同じだった。
 この舞台も大変きちんと作られていたと思う。ここも、キャストはみんなセリフがきちんと言えていたし、やり取りや動きなどもしっかり作られていた。ただし、浦和南と比較した場合、舞台の造形や芝居の運び方といったところは若干劣っているように思われた。銀河鉄道を降りてからの最後のシーンで、背景を銀河鉄道の時のままにしてしまったことなどは、ミスの一言で片付けられない決定的な誤りと言わなければならないと思った。
 しかし、この両校には大きな違いがあったと思う。こちらにはある程度、観客に響いてくるものが作られていたように感じたのである。それはカンパネルラやジョバンニ、その他の脇役まで、登場するキャストの造形が観客の共感を呼べるところに近付こうとしていた(あくまで近付こうとしていた段階)ということだと思う。男子が演じたおたね婆さんやゾンビのミシェルなど、脇を固めたキャストもかなり頑張っていた(かなりと言うか、ある程度といったところか)と思う。その結果、わたしは依然としてつまらない本だと思っていながらも、この本が描こうとしたらしい世界の片鱗くらいは見ることができたように思ったのである。

 N先生は最初から浦和北と思っていたようだが、わたしは事務局が結果を聞きに来た時もまだ迷っていた。事実、5分ほど待ってもらったくらいである。
 浦和北の舞台成果も、率直に言って大したものではないと思えたのである。この台本を面白いと思って選んだはずの浦和北の諸君が、この本をつまらないと思っているわたしに何らかの新しいものを見せてくれたかと言えば、全くそんなものにはなっていないと思った。結局、わたしの方が少しだけ彼らに近付いて見ようとしなければならなかった。少し近付いて見たら、カンパネルラやジョバンニがよくやっていると思えたのである。ブルーとレッドはそう思えなかったということになる。脇役との絡みの差ということもあったのかもしれないと思う。
 最終的に、これらの点を考慮して浦和北を選んだのだが、舞台全体をきちんと作っていたのはたぶん浦和南の方が上である。しかし、芝居が観客に対して最も直接的に働き掛けるキャストたちを、それなりに魅力的に作れていたのは浦和北の方だったと思う。
 これは、芝居の出来を評価する時に、恐らく最も重要な観点なのだろうと思う。最初は舞台のきちんとした出来映えで並んだように見えた両校にとって、最後はこの点が判断を分けることになったのである。
 ただ、わたしとしては浦和北のこの台本にもこの舞台にも、不満もいっぱいあったことは付け加えておかなければならないと思う。

 浦和南と浦和北を比較していた時、浦和一女は別のところにいた。それはなぜか。素舞台の芝居だったから、舞台がきちんと作られているかという観点と別のところにいたのは当然だが、一言で言えば、一女の舞台には芝居の魅力がいっぱいあると感じたのである。それは出だしのところに集約的に表れていた。
 上演した作品は、元々が北海道の然別高校というところがやったものらしいが、そのローカルな部分を、自分たちの地元の浦和に書き換えて演じたものである。タイトルも「平成27年度埼玉県立浦和第一高等学校演劇部浦和地区大会参加作品」と変えられていて、井出英次作・浦和一女演劇部潤色となっていた。元の台本がそうなのだが、何とも人を食ったタイトルである。
 本番直前に食べた差し入れが原因で、ほとんどの部員が食中毒を起こしてしまい、大会で劇を上演できなくなってしまった演劇部員が客席にお詫びするところから始まる物語である。言ってしまえば他愛もないお話なのだが、台本の仕掛けとしてはなかなか面白いところがあると思った。
 事前に台本を読んだ時、3年前の審査で観せてもらった一女の舞台のことを(作品など細かいことは全部忘れていたが)思い出した。部のカラーとでも言うのだろうか、それが妙に印象に残っていたのである。一生懸命台本と取り組んで、そちら側だけで真面目に熱演してしまう感じ。一概に悪いこととも言えないが、この台本はそんなふうにやってしまったら目も当てられない結果になるだろうと思った。そこに彼女たちは気付くだろうか。この台本が要求しているセリフの感じをしっかり掴むことができたら、彼女たちは確実に一つ飛躍するきっかけを掴むことになるだろうと思っていた。

 結論を言ってしまうと、一女の諸君は半分ぐらい(いや3分の1ぐらいにしておくか)判っていたと思う。出だしのあたりに限れば、かなり判っていたと思った。
 具体的に書こう。出だしというのは、食中毒を免れた2人の演劇部員が客席に向かって謝っているシーンなのだが、言うまでもなくこの2人は素(す)の演劇部員である。思いがけない事態に慌てたり緊張したりしているが、この2人は芝居をしにここに出て来たのではない。つまり、この台本は出だしから、芝居らしい芝居、演技くさい演技を禁じているのである。何が起こるか判らない状況の中で、あくまで素の演劇部員、素の高校生を「演じ」なければならない仕掛けになっている。
 最初から、客席の空気を読まなければ何も出来ないという設定が作られていて、自分たちだけの熱演では成立しない場面が連続するのである。しかも、気にしなければならない相手は客席だけではない。袖にいる訳の判らぬ顧問や大会役員の先生、そして当然のことながら、2人はそれぞれ相手の思惑も読まなければ先へ進めないのである。こんなスリリングな状況設定があるだろうか。さらに途中から(いや最初からか)時間との勝負といった様相も呈してくるのだから、真面目に取り組んだらこんな面白い台本はちょっとないのではないかと思った。
 いや、真面目に取り組んだらダメなのだ。高校演劇にどっぷり浸かり、高校演劇っぽい演技に毒されてしまった真面目さは、この台本では役に立たないのである。どこまで行っても、素の演劇部員として存在しなければならない。いろんなことを気にしながら、しかも次々に生じてくる思い通りにならない事態に対して、何とかその場を取り繕い切り抜けながら、いつの間にか無理を承知の一発勝負、本気の賭けに突っ込んで行ってしまうという、その可笑しくも切ない必死さを、どこまでも「素」の演劇部員として「演じ」なければならないのである。

 一女の諸君はかなり(半分か3分の1か)やれていたと思う。だが、まだまだ(半分か3分の2か)やれていなかったとも思った。出だしは良かった(ちゃんと「芝居」で客席の笑いが取れていた)のだが、途中から声を張って強調してみたり、演技っぽい演技を加えてみたり(そうすると客席の笑いも退いてしまったことに気付いただろうか)、「素」であり続ける不安に勝てなくなってしまったところが見え隠れするようになり、台本の(設定の)面白さから離れてしまったように見えたのは残念だった。
 それらしく見せるような熱演(つまり、閉じた演技)からは最も遠いところで、空気を読みながら周囲との関係性を確かめるような(そういう意味では必死の)演技が求められているのだと思う。これをやるためには、全体を見通した冷静な計算といったものも必要になってくるのではないか。とにかく、作りすぎはダメなのである。
 見終わった時、今回の出来はまだまだだったとしても、彼らが進むべき方向性に気付いていて、その魅力を少しでも見せてくれているのであれば、その背中を積極的に押してやるという観点があってもいいのではないかと思った。一女を選んだのは、浦和北とは全く違った観点だったのである。

 浦和一女と浦和北、どちらを上と見ているかは自ずと明らかになってしまうような書き方になってしまった。しかし、率直に書けばそうなってしまうのは仕方がないことだと思う。いずれにせよ、Dブロックはまだ審査途中なのであり、大宮地区の学校がここまでの審査の過程をぐちゃぐちゃにしてくれることを、ちょっと期待する気分もあるのである。
by krmtdir90 | 2015-09-24 22:22 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

高校演劇2015⑨秋の地区大会・2

 19、20の2日間、浦和地区の審査に行って来た。浦和地区と言っても、会場は馬宮コミュニティーセンターという、大宮の外れの方にある多目的ホールだった。浦和も大宮も、いまは合併して一つのさいたま市になっているが、高校演劇の方は昔のまま浦和と大宮は別の地区で、今年はこの両地区がDブロックを構成しているのである。
 最寄り駅はJR川越線の指扇駅になるのだが、今回は大宮駅西口から指扇行きのバスを利用することにした。大宮駅までは、土日休限定で運行される八王子始発のむさしの号を利用した。途中乗り換えなしで大宮まで行けてしまうので、東北方面の旅ではよく利用している電車である。これだと会場にはかなり早く着いてしまうのだが、審査に行く時には万一遅れてしまったら大変なことになるし、余裕を持って行動するようにしている。

 地区の審査に行くと、会場になっているホールの条件がいろいろあって、その格差はかなり大きいものがあると感じる。この馬宮コミュニティーセンターはその中でも非常に条件の悪いホールで、照明設備を始め様々な点で演劇に向いているとはとうてい言えず、ここでやらなければならない生徒たちは可哀想だなと思った。浦和のような都市部というのは、高校演劇に向いた会場を探すのが逆に難しいということがあるらしい。
 不便な場所だから、顧問の先生方も車を利用するしかないようで、そのせいもあるのか終了後の反省会(飲み会)も設定されていないようだった。顔見知りの先生に幾人か声をかけてみたが、かなり大変そうな感じなので、この地区で飲むことは諦める(遠慮する)ことにした。
 今回の審査でコンビを組むのは入間向陽のN先生なので、武蔵野線の北朝霞まで戻ってそこから一駅、朝霞駅前で西部A地区が飲んでいるお店を訪ねることにした。

 そちらで飲んでいるはずのYassallさんに電話で様子を聞き、最初はその店の別の席で2人で飲んで、しばらくして空席ができたと言うので、めでたくそちらに合流させてもらった。そちらの大会を観たわけでもないのに、来る者は拒まず、やはり西部A地区のざっくばらんな雰囲気は最高である。
 今年も地区としては負けてしまったようなのだが(西部B地区と組んだCブロックは、芸術総合と所沢中央の2校で決着したらしい)、そんなことは関係なしに、ほとんどの顧問が集まって芝居の話で盛り上がることができるというのは素晴らしいことである。
 審査の緊張から一気に気が緩んでしまい、けっこう飲んでしまったようで、昨夜は久し振りに高尾駅を経由して帰宅することになり、きょうは昼過ぎまでだらだらしてしまった。

 そういうわけで、全然浦和地区の審査の話にならないのだが、どうやらN先生が向陽のブログの方に劇評などを書いてくださるようなので、わたしは当面静観する(サボってしまう)ことにする。10月3、4日の大宮地区が終わり、Dブロックとしての結果を出してしまった時点で、気が向いたら書きますから。
by krmtdir90 | 2015-09-21 21:22 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(1)

「職業としての小説家」(村上春樹)

e0320083_17202185.jpg
 最近、村上春樹を読んでいない。新刊が出るたびに、気にはなっていたものの購入にまでは至らなかった。近ごろちょっとメジャーになりすぎて、話題が先行してしまうと読む気が失せてしまうのである(あまのじゃくなのだ、わたしは)。あまり話題にならなかった「村上春樹雑文集」が、最も最近購入した村上本だと思うのだが、購入したきりあまり興味が湧かず、どこかに放り出したままになっていると思う。それ以来の村上本である。

 この本は、紀伊国屋書店が初版10万部の9割を出版社から直接買い取り、自社と全国の書店に供給してインターネット書店に対抗するというので話題になった。なるほど、村上本なら売れ残るリスクはないだろうし、紀伊国屋はうまいことを考えたなと思った。
 先日、東山彰良の別の本(文庫本)を探しに近所の本屋に行ったら、たまたま目につくところにこの本が平積みされていた。東山彰良の方は店頭でパラパラ見てみたらあまり面白そうではなかったので、代わりにこちらを購入して帰ってきた。小説ではないし、エッセイとしてはなかなか興味深いことを扱っていると思ったのである(当初この店には5冊が供給されたのではないかと思う。私が買って残り3冊になったが、その後どうなったかはチェックしていない)。

 けっこう長い間、村上春樹のファンだったと思う。「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「中国行きのスロウ・ボート」・・・今回ちょっと本箱のあちこちをチェックしてみた。上記4冊はもちろん、その後の(ブレイクした後の)本も、わたしが持っているのは幾つかを除いてすべて初版本だった。わたしは別に初版本マニアではないが、最初の「風の歌を聴け」以来、村上春樹の本ということなら、とにかくすぐに購入していたことは確かである。
 分冊になるような長編小説になってからは、実際に読了したのはかなり後になってということもあったが(わたしはちゃんと働いていたし、長い小説を途切れ途切れ読むのは嫌だったので)、とにかく村上春樹についてはかなりしっかりと追跡してきていたと思う。

 何がそんなに良かったのかと言うと、これはもう一言で、文体に魅了されたからということになるだろうと思う。わたしは文体がいいと思えないものは好きになれないのである。許容範囲はけっこう広かった(いまもけっこう広い)と思っているが、文体がすっと馴染んでくれないと、どんなものでも付き合いきれないような気がした。
 しかし、そうは言っても、文体そのものに熱中してしまったという作家はそんなにいるわけではない。村上春樹はそういう数少ない一人だった。とにかく、読んでいて引っ掛かる(読む行為が滞る)ところが全くないと感じた。すっと読めた。それでいて、印象に残らないかと言えばそんなことはなく、あとには不思議なくらい鮮やかな印象が残っているのである。何ということのない平易な言葉を使っていながら、それを軽々とやってしまうことに強く惹きつけられた。

 その村上春樹が、みずからの小説作法のようなものを具体的率直に語ってくれるというのだ。これは何とも興味深いことであった。
 実際、非常に面白く読んだ。ここまで具体的率直に語ってくれるとは思っていなかった。村上春樹自身があとがきの中で「僕には、自分が書く小説についてあまり説明したくないという思いが、わりに強くある。自作について語ると、どうしても言い訳をしたり、自慢したり、自己弁護をしたりしてしまいがちになる。そうするつもりはなくても、結果的にそう『見えてしまう』ところがある」と述べているが、そう見えてしまってもかまわないというところまで踏み込んで、よく書いてくれたなと思った。おかげで、なるほどそうなのか、やっぱりそうだったのかと、納得させられるところが多々あったと思う。

 中で特に面白かったのは、具体的な作品について、それを仕上げていく過程を語ってくれた部分だった。
 処女作「風の歌を聴け」がどう書かれたのかを述べた、第2回「小説家になった頃」がまず面白かった。書き上げた作品が自身面白くなくて、それを英語で書いてみようとしたところ。そのあとでもう一度日本語を書いてみることで、ようやく何とか納得できる文体を手に入れたというところ。なるほどそうなのかと思った。
 第6回「時間を味方につける--長編小説を書くこと」も面白かった。長編「海辺のカフカ」の第一稿をほぼ半年かけて書き上げた後、どんなふうに仕上げていったのかを語ったところ。これが、やっぱりそうだったのかと思ったところなのだが、村上春樹はやはりこんなに時間と手間をかけて、丁寧な書き直しをしていたことが判ったのである。これで納得した。一読者として、満足したと言ってもいい。あの読みやすくて印象的な文体は、こういう過程を経て獲得されたものだったのだ。

 村上春樹はこの本の中で、推敲という言葉は一度も使っていない(たぶん)。だが、彼の文体がこうした念入りで緻密な検討を経て書かれたものなのだということが判って、何というか、とてもホッとしたし嬉しかったのである。
 よく、一気に書き上げるという言い方がある。一気に書き上げて、推敲なんてしたことがない。そういう書き方ができる人もいるらしい。わたしは自分がそういうことのできる人間ではないので、そういうふうに書かれた文章(作品)というものをあまり信用していないところがあるのである。少なくとも、わたしが読んで文体が素晴らしいと感じる人は、その文体に対して人並み外れた苦労をしているはずだと思っているのである。そうあってほしいということなのだと思う。

 それならば、わたしのような者も、書くことに対して必要以上に時間をかけてもいいのだと思えるのである。わたしはもう小説を書くことはないけれど、文章を書くことは嫌いではないし、これからも書いていくだろうと思っている。直接関係はないけれど、そういう人間からすると、この村上春樹の創作の秘密は示唆に富んでいて、非常に興味深いものがあると思った。
 何かを書いて、書き上げた後でそれをあれこれいじくり回す(書き直す)ことは至上の楽しみである。村上春樹がそういう人なのだというのが判っただけで、この本を読んだ意味があったと思った。もちろん、彼とわたしでは月とスッポンなのだけれど。

 若いころ、村上春樹の小説で何が一番好きかと言うと、(「風の歌を聴け」と言うのは何となく当たり前すぎて気恥ずかしい気がしたので)短編集「中国行きのスロウ・ボート」に入っている「午後の最後の芝生」であるとしてきた。
 今回、インターネットで村上春樹のあれこれを調べていたら、小川洋子(「博士の愛した数式」の作者)が「午後の最後の芝生」を「もっとも好きな作品」というふうに言っているらしいことを知った。へえと思いながら、いい機会なのでちょっと読み直してみた。
 わたしは年を取ったのかもしれない。いい小説には違いないと思ったが、以前のような強く惹きつけられる感じは甦ってこなかった。妙に冷静に読み終えて、この感想文を書いている(厳密に言うと、一回書き終えて、あれこれいじくり回す前に読んでみたのだが)。

 この本の奥付は「2015年9月17日 第1刷発行」となっている。だが、きょうはまだ15日である。調べてみたら17日はべつに大安でもないし(村上春樹がそんなことを気にしていたらちょっと面白かったけれど)、どうしてこういうことになっているのか、出版界の事情はよくわからない。ただ、この日より前にこの感想文をアップしたいと思ったのは確かである。
by krmtdir90 | 2015-09-15 17:29 | 本と映画 | Comments(2)

高校演劇2015⑧秋の地区大会・1

 埼玉では11日から秋の地区大会がスタートしている。先陣を切ったのは西部B地区で、ここは昨年と一昨年、2年続けてわたしが審査にうかがった地区である。次の週末には一気に5地区がスタートして、今年も審査に駆り出されることになるので、その前にちょっとウオーミングアップというような気分で、きょうはちょっと、勝手知ったる?所沢中央公民館にお邪魔してきた。
 入間向陽、所沢中央、芸術総合(上演順)の3校の舞台を観せていただいた。この地区は今年、次の週末に行われる西部A地区とブロックを組んでいて、まだ審査の途中だし、西部Aはわたしの卒業?した地区で思い入れもある地区だから、この時点で不用意な発言をするのは何となく憚られる感じもするのだが、観てしまったら感想を言うのが礼儀だと思っているので、あまり気にしないで書いてしまうことにする。今年この地区は審査員ではないから、その点では気楽なのである。

入間向陽高校「Wagtail tale-鶺鴒物語-」
 鶺鴒はセキレイという鳥である。確か夏ごろ、向陽演劇部のブログに載っていたハクセキレイの孵化から巣立ちまでの写真を効果的に使い、不登校で教室に行けない女子生徒が教室に行けるまでの姿を重ね合わせた台本である。毎年用意される顧問創作のストーリーは、このところどれも登場人物に注がれる眼差しの優しさに感心させられる。
 ただ敢えて言わせてもらうと、今回はその女子生徒を始め、それぞれのキャラクターの造形が若干弱く、彼女の意識の変化がもう一つ描き切れていないような気がした。こういうふうに女子生徒の繊細な部分に密着したのは、作者としては初めてだった(たぶん)ということもあるのかもしれない。
 あと、最後をセットを変えずに教室のシーンにしてしまったのは無理がある。何とか同じ部屋のまま最後まで持って行く書き方をしなければいけなかったと思う。
 キャストは、鳥さんをやったシャワッチがとても良かった。いままでどうしても上級生を生かすために難しい役ばかり振られていた印象があったが、今回はぴったりの役を書いてもらって、初めて伸び伸びと芝居ができていたと思う(この芝居で巣立ったのはシャワッチだった)。1年生の2人はこれからである。発声練習の時、意識的にもう少し低いトーンを出すようにした方がいいと思った。感情や動きよりも、まずセリフの明瞭さを獲得することが必要だと思う。
  
所沢中央高校「夕暮れに犬を拾う」
 越智優さんの台本としては思いがけず書き方が生煮えな感じで、ストーリーとしてうまく組み立てられていない(展開できていない)ような気がした。キャストが力不足だったということではなく、書かれているセリフに面白みが欠けているために、一人一人が生きてこないような印象を受けた。どうも、あまりいい本だとは思えなかった。
 しかし、生徒たちがこの本に興味を示し、やりたいと思った気持ちはとてもよく判る気がした。そういう意味の切実さというようなものは、しっかり伝わってくる舞台だった。それにしても、子どもたちの世界はどうしてこんなことになっちゃったんだろうね。
 ホリゾントを使う場合、こんなに鮮やかな色を出してしまったらまずい。とにかく、観ているうちに目がチカチカしてきて疲れてしまった。夕焼けはホリゾントでという固定観念はやめた方がいい。大黒でやっても夕焼けは作れます。

芸術総合高校「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」
 力量があるのはよく判った。だが、芝居として面白かったかと言えばわたしは面白くなかった。客席に向かって舞台が開かれていないという印象を受けた。キャストはよく訓練され、それぞれが熱演しているように見えるのだが、どうも観客の存在というものが意識されていないように見えたのである。舞台上で、そちら側だけで閉じている熱演のように思えて仕方がなかった。
 女子大の日常に根ざして組み立てられた女子大生についてのストーリーを、高校生が(敢えてこういう言い方をするが、高校生の分際で)上演する意味をどう考えているのかということはひとまず置く。しかし、その女子大生の生(ナマ)の感覚とか生理に裏打ちされていないから、セリフは現実(実感)に結びつかない空疎な叫びになるしかなく、一人一人のキャラクターや葛藤なども少しも見えてこない感じがした(衣裳を白で統一したのも、スタイリッシュだが没個性になってしまったように思う)。いまどき、ロボットだってもっと個性的なのではないか。
 台本の構造や意図は非常に判りやすい本だと思った。そして、こんなふうにいろいろなことが削ぎ落とされていながら、当たり前のことだが、きわめて暖かい血の通いは残っている本のように思えた。むしろ、いろんなものが削ぎ落とされているからこそ、それが見えてきている本なのではないかと思った。最後に、卒業後の各自の人生をきわめて僅かな言葉で一人一人が要約してみせるが、その時「それ」を感じさせてくれなければ、観客の共感は生まれようがないのである。

 あ~、やっぱり書き過ぎちゃったか。でも、きょうは単なる一観客なのだから、これでいいのだ。

 きょう、すべての日程が終了したあと、この地区の上位2校が発表されたはずである。それがどの学校になったのか、いまの時点でわたしは知らない。
 次の週末、わたしは他の地区の審査に行かなければならないから、残念だがブロックを組む西部A地区の大会を観に行くことはできない。西部Bの他の11校を観ているわけではないから無責任に言うしかないのだが、西部A地区の生徒と顧問の皆さんには、ぜひ西部Bの2校を越えてもらいたいと願っている。きっと越えられるよ。
 いずれにせよ、審査員の観点が問われる審査になるのは間違いないだろうと思う。
by krmtdir90 | 2015-09-13 22:47 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(3)

「流(りゅう)」(東山彰良)

e0320083_1120175.jpg
 仕方がないことだけれど、今回は芥川賞にばかり注目が集まって、全選考委員が推したという直木賞の方はやや霞んでしまった感は否めない。このまま通り過ぎてはまずいと思い、遅まきながら「二十年に一度の傑作」というのを読んでみた。
 しかし、「二十年に一度」などと言う方も言う方で節操がないが(「商売敵」云々も同様)、惹句として採用する出版社の方も少々品がないのではなかろうか。選考委員あっての賞なのかもしれないが、そんな無責任なあれこれを軽く凌駕して、ずっと先の方へ突き抜けてしまった小説だと思った。

 最初、少し読みにくい文章だなと感じた。台湾を舞台にした台湾の人びとの物語というのが、何となく取っ付きにくい印象を与えていたのかもしれない。プロローグは別にして、出だしのあたりが若干説明過多になっているように感じられ(読み返すと決してそんなことはないのだが)、中に入り込むまでに少しページを要した。
 だが、これは読者であるわたしの方が負うべき責任だったかもしれない。少しして、この作者がどういう書き方をしようとしているのか(どういうことをやろうとしているのか)が見えてくると、どんどんその中に引き込まれてしまって、結局最後まで一気に読んでしまった(名前がすっと読めないことだけは、最後までストレスとして残ってしまったが)。

 一言で言えば「混沌(カオス)」である。
 確かに小説としての方向性が最初から見えていれば、読者は混乱もしないで済むし、ページを繰ることに不安を感じることもないのかもしれない。ここには祖父の他殺死体があるし、犯人が判らないという状況が提示されているのだから、これはこの謎を解いていくミステリなのかと思ってしまいそうだが、どうもそうとも言えない方向にこの小説はずんずん進んで行くのである。
 何より、最初に祖父の死と蒋介石(台湾=中華民国総統)の死が並列されている理由が全く判らないのである。何となく思わせぶりのようなものを感じてしまい、読者としては妙に居心地が悪かった気がする。しかし、作者はミステリ的な設定を使ってはいるが、決してそれ(だけ)をやろうとしているのではないことが読めてくると、先が見通せないこの展開を丸ごと引き受けるしかないのだと覚悟が決まった。
 どうやらこの作者は、もっと遥かにスケールのでかいことをやろうとしているらしい。

 実際、わたしは途中から「これは凄い、凄い小説だぞ」と内心繰り返していた。多くの場合、小説というのは読んでいくうちに作者が何をやろうとしているのかが見えてきて、それが次第に一つの物語として収斂していくのが普通ではないかと思う。ところが、この小説は違った。
 見えてくるという意味では確かに見えてきた。だが、この小説は一見まとまりのないいろんな要素が次から次へとぶち込まれ、それらが積み重なって、一種のごった煮のような状況を呈していくのである。それでいながら、収拾がつかないというのとは明らかに違う、それらが混ざり合いぐつぐつと煮えたぎり、熱を帯びてぐんぐん動き始める感じと言ったらいいだろうか。いきなり走り始めると言ってもいい。
 言葉が様々なイメージを呼び込みながら、すごい勢いで疾走し始めるような感覚を覚えた。それとともに、収斂するでも拡散するでもなく、ごった煮の中に一本の太い棒のような芯が通り始めるのが判ったのである。

 今回はネタバレさせずに書こうと思っているから、何だか訳の判らない書き方になっているような気もするが、とにかくこの骨太で力のあるストーリーテリングにすっかり鷲掴みにされ、翻弄されてしまった感じである。そこには台湾という国のあらゆるものが詰まっているような気がした。
 敢えて一つの側面を取り出してみれば、これは紛れもない一つの時代の青春小説(少年が青年になりやがて大人になっていく物語)と言えるように思う。だが、その突拍子もない面白さ、ユニークさは一級品でありながら、決して現実離れした絵空事にはなっていないのである。そればかりでなく、誰にでも共感できる普遍性というようなものをきちんと持っていると思った。
 驚くべき物語でありながら、そこに書き込まれた一つ一つのエピソードが、これが真実に違いないというリアリティを持って読者に迫ってくるのである。

 日本人とは明らかに違う、違う民族である中国人(台湾の人びと)の感性や行動や生活感、その国民性といったものが、物語の隅々にまで鮮やかに描き出されている。数年前に旅行した時に見た、高雄市内の夜市の雑踏を思い出した。これは決して侮蔑して言うのではないのだが、あの熱気に満ちたいかがわしさのようなもの、どう見ても清潔とは言い難い澱んだ空気と喧噪は、わたしには容易に馴染むことのできない異国というものを感じさせた。
 その異質な民族性というか国民性といったようなものを、この小説はまるごと当然のように描き出して見せ、そしてそれを読者に有無を言わせず納得させてしまうような気がした。それは少しも違和感とはならず、わたしは全く自然に物語の登場人物たちに心を寄せることができていた。いかがわしさも澱んだ空気も、何もかもそのまま受け入れることができたのである。
 これはすごいことである。この作者の語り口、この作者の駆使する言葉の力はすごいものがあると思った。

 読後に非常に爽快な気分が残った。
 物語は熾烈な日中戦争やその後の国共内戦にまで広がっていき、血や汗にまみれた暗い内容を多く含んでいるのだが、過去と現在(時に未来までも)を縦横に行き来する構造を設定し得たことによって、全体としてはダイナミックな明るさといったものが貫かれたものになったと思う。アクションもあれば恋もある、しかもそのどれもが一筋縄ではいかない屈折を孕みながら、随所に好感の持てるユーモアを含んで展開していくのである。
 主人公が2年間の兵役を終え、物語が再び動き出してからエンディング(エピローグを含む)までは、やや駆け足になりすぎているような印象も受けた。だが、それはそれで決して書き切れていないということではないと思った。思いがけない展開だったには違いないが、納得できる説得力は十分に持っていたと思う。

 兵役の間に仲良くなった友人に紹介された詩の一節、小説が始まる前の1ページにも記されている一節は印象的である。
 「魚が言いました‥わたしは水のなかで暮らしているのだから
  あなたにはわたしの涙は見えません」
 そして、エンディングに置かれた次の(お洒落な)決めゼリフ。
 「あのころ、女の子のために駆けずりまわるのは、わたしたちの誇りだった。」

 祖父の死に関する真実は、謎解きとしてこの小説の中に書き込まれたのではない。それは一人の台湾青年の成長にとって、避けて通ることのできない真実であったという理由で、ここに書き込まれたのだと思う。
 この小説は古今東西の青春小説の系譜に、台湾という土地を出自として鮮やかに連なって見せた、見事なエンターテイメント小説となったのである。さすが、直木賞だと思った。
by krmtdir90 | 2015-09-11 11:21 | 本と映画 | Comments(0)

「明仁天皇と平和主義」(斉藤利彦)

e0320083_14372833.jpg
 明仁天皇とは現在の平成天皇のことである。この天皇が日本国憲法下で即位した最初の天皇であるというのは、言われてみればその通りだが、正直なところそういうことをあまり意識したことはなかった。だが、当の明仁天皇にとっては、このことはきわめて重大なこととして意識されていたに違いない。恐らく、明仁天皇ほど日本国憲法を熟読し、熟考している人間はいないのではないかと言っていいような気がする。
 本書は、天皇を一人の生身の人間として考え、明仁天皇がどのような自己形成過程をたどって現在のような存在の仕方を獲得したのかを、少年時代にまで遡りながらたどってみようとした試みである。それは、きわめて生き生きとした明仁天皇の姿を描き出すことに成功していると思った。

 太平洋戦争というのは、大日本帝国憲法の下で即位した昭和天皇(裕仁天皇)という存在を、当時の政治体制が都合のいいように利用して引き起こしたものである。しかし、この戦争が天皇によって発せられた開戦の詔勅によって始まり、終戦の詔勅によって終結した事実が示している通り、大日本帝国憲法では天皇は国家権力の象徴であると同時にその行使者と位置づけられていた以上、戦争責任の埒外にあったとは言い難いと思われる。
 だが、戦勝国・アメリカがそれを不問に付し、戦後の日本を天皇制を維持した国家として存続させたことは、いまにして思えば日本という国にとって大きな救いであったと言っていいと思う。
 昭和天皇に親近感を覚えたことは一度もなかったが、わたしは正直に言って、明仁天皇と美智子皇后に対しては大きな関心と親しみを抱いていると思う。特に東日本大震災のあと、日本はこの天皇とともにある国なのだと強く感じるようになった。日本という国が、この天皇の下にあって本当に良かったと思うようになったのである。

 日本国憲法において、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定された(第1条)。中学生の時、意味も判らず暗記させられたこの条文と、明仁天皇がどれほど真摯に向き合ってきたかは想像を絶するものがあるだろうと思う。この点を、本書は次のように述べている。

 明仁天皇は日本国憲法下で即位した最初の天皇として、「象徴天皇」の具体的な内実を自ら創りあげていく課題を担うことになった。「私は戦争の無い時を知らないで育ちました」(天皇陛下ご即位十年に際しての記者会見)という戦前の体験、そして国家体制が転換した敗戦後の激動の時代、さらには日本国憲法の下での今日に至る「象徴天皇制」の制度的実現等、それぞれの時期をくぐりぬけて、明仁天皇は「象徴」という内容を実体のあるものにする課題に真摯に向き合ってきた。

 象徴というのは、ロボットのようなものであることを意味しない。象徴であるとされた天皇は、その意味するところを不断に問い続けながら、自らを明確に意志を持つ存在として実現しようとしてきたのである。本書は、端的にこうも述べている。

 重要なのは、明仁天皇が自己の体験から、そして自己の歴史認識からも、現憲法の尊重を内面的に確信しているということである。

 その明仁天皇の意志を、天皇の過去の発言や行動の中から跡づけてみせる本書のⅡ(特に第2章から終章にかけて)は、非常に心を打たれる部分だと思う。これは幾つかの項目に整理されて示されているのだが、それを要点だけでも書き抜いておきたいと思う。

1、国民への共感と共苦‥‥「国民と共に歩む」「国民に寄り添う」「国民の苦しみに心を寄せる」といった言葉。しかし、言葉よりも行動として印象に残っていることが多い。

2、平和への意志‥‥これも多くの行動が印象に残る。言葉としては、戦後70年にあたる今年の新年の感想「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」。発表時にも話題になったが、これは天皇からの明らかな問題提起なのではないだろうか。

3、「非権力性」への志向‥‥これに関連して紹介されている次のエピソードは特に印象深いので、少し長くなるが書き抜いておく。

 平成元(1989)年8月4日の、天皇即位の記者会見において、明仁天皇は「天皇制、とりわけ戦争責任については、自由な論議が封じられる風潮があります。天皇制をめぐる言論の自由については、どの様にお考えでしょうか」という質問を受けた。それに対し、「言論の自由が保たれるということは、民主主義の基礎であり大変大切なことと思っております」と答えている。
 記者がさらに「今、おっしゃった言論の自由という観点から、主旨質問の中にもありましたけれども、戦争責任について論じたり、あるいは天皇制の是非を論じたりするものも含んでいるというふうにお考えでしょうか」と問うと、天皇は「そういうものも含まれております」と明言している。


 明仁天皇が明瞭な理念と意志を持ち、日本の国民に向けて折に触れて問題提起を行っていることは明らかである。そして、天皇がその時々に指し示す方向性や価値判断は、その多くが日本国民にとって重要な指摘であり、大半の国民が率直に受け止め受け入れることができる指標となっているように思う。これは素晴らしいことである。
 日本の政治がきわめて危険な方向に進もうとしているいま、自由にものを言ったり行動したりすることは許されていない天皇が、その限られた言葉と行動で提起しているものは何なのか、国民の一人として注意深く読み取っていかなければならないと思う。少なくとも、アメリカの思惑ばかりを忖度している政府与党の政治家は、明仁天皇がどんな思いでいまの状況をご覧になっているか、想像して反省してみる責任があるのではないだろうか。

 日本国憲法第7条には、天皇の行うべき国事行為が定められている。そこには「法律を公布すること」が明記されているのだが、憲法に違反した法律を公布しなければならなくなってしまった時、天皇はどう行動するのかが気になって仕方がないのである。
 天皇が実際に行うのは、院の議長から内閣を経由して奏上された法律に、署名し御璽を押す(侍従職に命じて押印させる)ということである。もちろんそこでは、憲法違反の法律がもたらされることなど全く想定していないのだから、署名をしないとか御璽を押さないというようなことも想定されているわけではない。しかし、本書が描いて見せた明仁天皇の「平和主義」に照らしてみれば、この法律を公布することが天皇にどれだけ苦渋の決断を強いることになるのかは明らかなのである。
 明仁天皇がほとんど生涯を賭けて示してきた意志と行動を思うならば、そんなことをしてはいけないと強く思うのである。
by krmtdir90 | 2015-09-08 14:40 | 本と映画 | Comments(0)

「第2図書係補佐」(又吉直樹)

e0320083_1344218.jpg
 芥川賞を受賞した「火花」は、とうとう発行部数200万部を突破したらしい。今回、芥川賞・直木賞の受賞者は3人だったが、当然のことながら、お笑い芸人・又吉の作品だけが断トツで注目されているようだ。これまで単行本なんてあまり買わなかったような人も買っているのだろう。これをきっかけに本を読もうという人が増えてくれれば嬉しいなどと、どこかで又吉自身が言っていたと思うが、そういう点で確かに彼が果たした役割は大きかったのではないだろうか。
 単行本「火花」と一緒に、彼がこれまで出していた文庫本が増刷され、「祝・芥川賞受賞」の帯を巻かれて書店の店頭に並んでいた。幻冬舎よしもと文庫というのがあるようで、又吉は「火花」以前にここから4冊の本を出していたらしい。その中の一冊である。

 わたしはお笑い芸人としての又吉、つまりピースとして活動している彼を見たことがないのだから、渋谷のヨシモト∞ホールというのも知らないし、そこで発行されていたフリーペーパーに又吉がコラムを連載していたというのを知る由もなかった。この本はその連載コラムをまとめ、さらに10編ほどの書き下ろしを加えて、2011(平成23)年11月に出版したものだという。
 「はじめに」の中で彼は、「僕の役割は本の解説や批評ではありません。僕にそんな能力はありません」と断ったあとで、「だから、僕は自分の生活の傍らに常に本という存在があることを書こうと思いました」と謙虚に述べている。「本を読んだから思い出せたこと、本を読んだから思い付いたこと、本を読んだから救われたこと」など、つまり紹介する本をきっかけとして、自分自身のことを書こうと思うと言っているのである。

 この本の中で又吉は47冊の本を紹介している。いや、紹介という言い方はやはり語弊があって、ほとんど紹介などしないで自分の昔話といったことに終始する項目も多いのである。むしろ、そういうものが大半を占めていると言った方がいいのかもしれない。ここに彼の作戦があり、ここがこの本のたぶん面白いところなのだと思う。
 伝え聞くところでは彼は大変な読書家のようで、翻訳物は(これまで)ほとんど読まないといった片寄りは見られるものの、読書傾向としてはかなり幅が広く、47冊並べられた書名も雑多で一貫性などは見られないのである。わたしが読んだことのある本もあまりないので、ここで「解説や批評」をやられてしまったら、こんなふうに楽しく読むことはできなかっただろうと思った。

 この本で語られているのは、ほとんどが又吉直樹の過去にまつわるエピソードであり、そこに登場する奇妙な人びととの思い出なのである。奇妙なという言い方も誤解を招きやすいかもしれないが、奇妙なほどに鮮やかで、目の付けどころがユニークなエピソードばかりなのである。これが又吉の個性であり才能なのだと思った。
 文章もいい。無理に笑いを取ろうとする姿勢は微塵もなく、描く人びとに対する自然な優しさが滲んでいると思った。そういうことが少しも嫌らしいものにならず、自身の暗さを描く時も全く卑屈にはなっていないのである。結局、彼の人柄の謙虚さと潔癖さが文章の品の良さを生んでいるのだろうと感じた。お笑いホールのフリーペーパーに、こういう潔い姿勢で書き続けることができたというのは大したものだと思った。

 タイトルが「図書委員」でなく「図書係」であるところにも、彼の態度が表れていると思った。学校というところでは、図書委員を始め保健委員や体育委員、美化委員や放送委員といった生徒会所属の委員会を組織して、生徒を教師の手の内で活動させたりするのが普通だが、一般に「係」というのはそれより一段低い位置付けの、バックボーンを持たない任意の(つまり、大したことのない、どうでもいいような)役割なのである。
 しかも、ここはその係としても第1ではなく第2なのであり、さらに係よりも格付けとしては下になるであろう「補佐」ということになっている。つまり、委員→第1係→第2係→第1補佐→第2補佐というヒエラルキーがあると想定すれば、5番目になってようやく存在を許されている、何とも慎ましやかな役割に過ぎないのである。そういうものに自らを擬することによって、彼は自由で伸びやかな自己表現の回路を確立したのかもしれない。

 巻末には、ちょうど10年前に芥川賞を受賞した中村文則氏との対談が収録されている。これも肩肘張ったところのない、非常に率直で楽しい対談になっていると思う。中村文則という人の作品も読んだことがないので、今度本屋で見つけたら、読んでみてもいいかなと思った。
by krmtdir90 | 2015-09-07 13:49 | 本と映画 | Comments(2)

踊れ西八夏まつり

e0320083_14131074.jpg
e0320083_14133370.jpg
e0320083_1413587.jpg
 この土日(9月5・6日)、町内で「踊れ西八夏まつり」なる催しが行われている。
 JR西八王子駅を、地元の人は親しみを込めて「西八(にしはち)」と呼ぶのだが(語呂合わせで「248」と書いてみたりもする)、この北口駅前から甲州街道(国道20号)までの狭い範囲が、昔から西八のささやかな地元商店街になっているのである。毎年この時期に、この2ブロックほどを車輌通行止めにして(16~21時の間)、民謡踊りやよさこいソーランを踊らせるのである。今年で14回目になる祭りだという。

 この一画はわが家と同じ2丁目町会なので、輪番で町会理事に当たっている年は(6~7年に一度ぐらい回ってくる)手伝いに駆り出されることになるのである。中心メンバーは二日間とも出るようだが、わたしは周辺メンバー?なので昨日一日だけの割り当てだった。
 前回はなかった揃いのTシャツが事前に配られたので、こういうのを年寄りが着ると全く似合わないのだがなあと気が重かったが、黄色にSTAFFの文字がプリントされた恥ずかしいのを着て、15時の集合から延々6時間にわたるお勤めに行って来た。

 ほとんど本部テントに座っていればいいだけだったが、とにかく間近で打ち鳴らされる鉦や太鼓の音と絶えることのない人混みのせいで、思っていた以上に疲労困憊してしまった。年を取ると、こういうのは思いのほか応えるのである。天気がもってくれたことだけが救いだった。
 昨日忘れてしまったので、きょうは「花掛け」(寄付のことですね)を持って行って福引きをしてこなければならない。これは妻に行ってもらうことにしよう。まあ、一つところに長く住んでいるといろいろなことがあるのです。
by krmtdir90 | 2015-09-06 14:14 | 日常、その他 | Comments(0)

本態性振戦

 緊張すると手先が震えるというのは、けっこう若い時からわたしについて回っていた傾向である。飲みに行って、最初に差しつ差されつといった状況になると、ひどく恥ずかしい思いをすることがあったりした。しかし、まあ緊張するとか上がってしまうというのはわたしの性質なのであって、気にしても仕方がないと諦めていたのである。
 それが最近、妻や子どもにも指摘されることが増えて、以前よりひどくなっているのではないかと気になっていた。さらに近ごろ、手首や肘、肩、膝といったところに張りというか、動きが固くなっているような自覚が出てきていたのである。

 インターネットというのは良くも悪くも便利なもので、ちょっと気にして調べているうちに、これはパーキンソン病なのではないかという疑いがむくむくと湧いてきてしまった。もしそうだとすると、これからの生活が大きく変わってしまう可能性があるではないか。
 しばらくは放って置いた。有病率10万人に対して100人というのは、多いようでもあり少ないようでもあった(10万人に100人というのは、言い方を変えれば1万人に10人、1000人に1人ということになるが、どうして10万人を基準にするのかよく判らない)。
 ウィキペディアには罹患した著名人というのが載っていて、あのヒトラーやカストロ、マイケル・J・フォックスやキャサリン・ヘップバーン、江戸川乱歩や岡本太郎といった名前が並んでいた。永六輔も週一で新聞に連載しているコラムで、罹患していることを公開している。

 シベリアから帰って、そろそろ覚悟を決める時かもしれないと決意して、近所のかかりつけの内科医に相談に行った。紹介状を書いて貰い、東京医科大学八王子医療センターの神経内科を訪ねた。手始めに採血室で試験管(小さいものだったが)に10本も血を採られた。後日、パーキンソン病かどうかを調べる検査をしてもらうことになった。
 一日がかりの検査が8月31日、結果が出たのが9月2日である。診断はパーキンソン病の可能性はないというもので、専門医にそう言ってもらえてホッとした。代わりに与えられたのが「本態性振戦(ほんたいせいしんせん)」という名称で、これは悪性なところのない、特に気にする必要のない震えなのだということだった。
 あまり震えて気になるようなら、震えを押さえる薬を処方することもできるがどうしますかと聞かれた。3秒ほど迷ったが、しばらく様子を見ますということにした。薬で無理に抑えるというのが何となく好ましいこととは思えなかったからである。

 そんなわけで今年の夏は、わたしにとってはなかなか波乱に満ちた、しかし結果的には一応喜ばしい結末で終わりを迎えることになった。
 受けた検査というのは、一つは頭部のMRI、もう一つは核医学検査(RI)心筋交感神経シンチグラフィという、何やら恐ろしげな名称の検査だった。この後者の検査が、パーキンソン病ではないという結果を明瞭に示してくれたのだが、これは放射能を含む薬剤を血管に注射し、それが心臓に集まる様子を(3~4時間を置いて)放射線を捉える特殊なカメラで撮影するというもので、パーキンソン病に罹患していると、これが心臓に集まらなくなるのだという。
 背後から光を当てられたフィルムの中で、心臓のあたりにきれいな緑色で光っている固まりの画像が、わたしを救ってくれたのである。

 頭部MRIの方の画像では、所々に(少しだったが)白く抜けている部分が見られ、これが広がると認知症などにつながるのだと教えられた。白抜けをこれ以上増やさないために、お酒は日に1合まで、煙草は止めることと言われた。画像というのは有無を言わせぬ説得力があると再認識させられたが、このお酒と煙草の問題はなかなか難しい問題である。
 お酒に酔うと震えが止まるのではないかと言われ、そうだと答えると、それも本態性振戦の特徴だと言われた。確かに、最初の差しつ差されつが問題だったのだ。
 身体の節々の痛みや凝りは、本態性振戦やパーキンソン病とは関係がないと言われた。整形外科医などに相談したらどうかと言われたが、言外に忍び寄る老化を指摘されているような気もした。しかし、それならそれで、やはり難病の一部にされるよりはずっと良かったということになるのかもしれないと思った。

 MRIも核医学も、検査はどちらも検査台に寝かされ動けないように拘束されて、重々しい機械をかぶせられて30分くらい我慢させられるものだった。しかし、こういう時に必ず鼻のあたりが痒くなるのはどうしてなのだろう。
by krmtdir90 | 2015-09-03 15:11 | 日常、その他 | Comments(0)

運転免許更新

 免許の更新に行って来た。今回は近くの高尾警察署でいいかなと思っていたら、相変わらず府中試験場に行って2時間講習を受けなければならないというハガキだった。免許の更新は3年ごとなのに、交通違反の履歴は5年経過しないと消えないらしい。まだ4年と数ヶ月しか経っていないからダメということのようで、たった1回の違反で2度の更新に影響が出てしまうのである。
 違反に対するペナルティが2時間講習なのだとすると、1回の違反に2回のペナルティを課すのは筋が通らないと思うのだが、文句があっても受けなければ更新できないと言われてしまえば、泣き寝入りする(ちょっと大袈裟か)しかないのである。

 JR武蔵小金井駅はすっかり新しくなっていて、これまで北口から出ていた試験場行きのバスが、新しい南口ロータリーの一番遠い乗り場に移っていた。
 試験場の方は相変わらずで、とにかく余計なことを考えず指示された通りに動いていれば、実にてきぱきと快調なテンポで事が進むようになっていて、この点だけは感心するというか、せっかちなわたしとしては、この試験場の洗練された?システムは見事なものだと思っている。
 今回は、2時間講習の受付締切にギリギリ間に合うかたちになり、脇の方の補助イスになってしまったが、待ち時間がほとんどなしで受講できたのもよかった。新しい免許証の交付場所も、以前は少し離れた別の建物だったと思うが、本館の中の方に変わっていてよかった。

 ところで、数えてみると免許を取得してから今年で37年になるが、優良区分になったことは一度もない。どうもゴールド免許を手にすることなく運転生活を終わりそうな気がする。
 講習の中で、70歳とか75歳とか高齢になってくると、免許更新にもいろいろハードルが課されることになると言っていたようだが、確かにあと何年ぐらい運転が続けられるものか、そろそろ気になる年齢になってしまったようである。
 車がないと生活できないような辺鄙なところに住んでいるわけではないし、どこかの時点で運転を止めなければならないのだろうが、車は一種の玩具のようなものだから、これを取り上げられてしまうのはいまのところはまだ辛い気がするのである。

 新しい免許証には、次の更新は3年後の平成30年と記載されている。年を取ると、何年後というような言い方に対して、その時自分はどうなっているだろうかと、一々気になってしまうのは仕方がないことなのだろう。まあ、なるようにしかならないのだけれど、なるべく長く現状を維持したいものだと思うのである。
by krmtdir90 | 2015-09-01 23:59 | 日常、その他 | Comments(0)


カテゴリ
以前の記事
画像一覧
フォロー中のブログ
最新のトラックバック
メモ帳
ライフログ
検索
外部リンク
ファン
ブログジャンル