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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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南東北経由、新潟への旅(2016.12.24・26)

 新潟にどうやって行くか、正直最後まで迷った。膝や足首など、身体のあちこちに不具合が出てからは、鈍行での鉄道旅もずいぶん遠ざかってしまっていた。だが、新幹線で往復するのはやはりつまらないし、それよりずっと安い値段で青春18きっぷが買えてしまう(11850円)のである。新座柳瀬が新潟に行ってくれたのは、わたしにもう一度鉄道旅に戻りなさいという激励なのかもしれないと考えた。前日になってホテルをもう1泊追加し、青春18きっぷを購入してきた。

 12月24日(土)、朝7時少し前に家を出た。天気は快晴である。八王子駅7:19発のむさしの号で大宮に向かう。
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 8:12、大宮駅着。8:27発、東北本線・宇都宮行きに乗り継ぐ。E231系の15輌編成、快速ラビットである。新潟への行き方はいろいろあるが、5年前、同じく青春18きっぷで新座柳瀬の応援に行った時と同じルート、東北本線・磐越西線経由で新潟入りすることにした。当時は18きっぷ初心者だったので、あまり余裕もなく、写真などもほとんど撮っていなかった。

 さて、9:29、宇都宮駅着。9:32発、黒磯行きに乗り継ぐ。205系の4輌編成になった。10:22、黒磯駅着。
 10:27発、郡山行きに乗り継ぐ。黒磯駅は交流・直流の電化方式切り替え駅になっていて、ここまで乗って来た電車は直流方式、この先乗って行く電車は交流方式になっている。したがって、719系は交流電車、4輌編成で車内はセミクロスシートになった。乗り換え時間が少なく、座席の確保を優先するために(わたしも数年前の機動力が失われている)、このあたりまでは車輌の写真は撮れていない。
 11:30、郡山駅着。東北本線はここまで。11:40発、磐越西線・会津若松行きに乗り継ぐ。同じく719系の6輌編成、車内はセミクロスシートである。

 このあと磐越西線で太平洋側から日本海側に抜けて行くのだが、冬の季節の天候の違いが実感できる路線である。快晴だった関東平野と違い、雲も少しずつ出てくるし、雪の痕跡なども見えてくる。
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 やがて、進行方向右手の車窓に磐梯山の姿が見えてくる。
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 磐越西線は郡山駅と新津駅を結んでいる、全線が単線の路線である。郡山・喜多方間は電化されているが、喜多方・新津間は非電化である。
 猪苗代駅で数分の交換待ち停車があった。
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 交換した郡山行きは2輌編成だった。
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 12:29に猪苗代駅を発車。
 磐梯山をもう一枚。
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 12:59、会津若松駅着。13:08発、野沢行き区間列車に乗り継ぐ。
 会津若松駅は磐越西線の途中駅だが、なぜかスイッチバック構造になっていて、磐越西線が使用する1・2番線は頭端式ホームになっている。跨線橋もあるが、改札口に近いところに平面の連絡通路があり、そこから頭端式の様子を見ることができる。
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 右が1番線ホームで、停まっている719系がいま乗って来た電車である(折り返し郡山行きになるようだ)。左が2・3番線ホームで、2番線に停まっているのは非電化の只見線で運用される只見線カラーのキハ40である(ここは磐越西線のホームだから、こちらを走ることもあるのだろうか)。
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 わたしが乗る13:08発はこの車輌ではなく、同じホーム向かい側の3番線に停車中のこの車輌だった。
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 キハE120という新型気動車。ただし、前方に歩いて行くとこれは1輌だけで、前には何の変哲もないキハ110が2輌連結されていた。なーんだ、である。
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 13:25、喜多方駅着。下車する。
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 新津まで行く列車は1時間半ほど後なので、その時間を会津若松で使うか喜多方で使うかという選択肢だったのだ。この間に昼食を食べることになるが、昼食時間としては少し遅くなるが、喜多方ラーメンを食べようと思ったのである。
 駅の観光案内所で町歩きマップとラーメンマップをもらい、お薦めのラーメン店を紹介してもらった。比較的近いところに、大正末期から続く喜多方ラーメンの元祖と言われるお店があるというのでそこにした。源来軒。
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 ここは喜多方なので、特に喜多方ラーメンと名付けられているわけではない。ただのラーメン。650円だったと思う。手打ちのやや太い麺で、スープも美味しかった。
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 まだ時間はあるが、蔵の町と言われる喜多方の古い街並みは案外離れているようで、寒いし、そちらに行くのはあきらめて駅に戻った。
 順序が後になってしまったが、駅舎外観と、
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 駅正面の通り。
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 駅前の喫煙スペースで煙草を吸っていたら、道の向かいに煉瓦造りの古そうな建物が見えた。喫茶店になっているらしい。
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 近寄ったら由緒を記した説明看板があった。
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 鉄道開業から間もない、明治43(1910)年に建てられた米屋の店蔵だったようだ。ここで食後のコーヒーを飲んだ。

 喜多方駅14:50発の新津行きが入って来た。
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 これは14:33に会津若松駅を発車して来たものである。キハ48の2輌編成、車内はセミクロスシート。これに乗車して新津に向かう。
 途中、津川駅で数分の時間調整停車があった。ホームに出て、写真を何枚か。
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 この塗装は新潟色と呼ばれるものである。16:09、津川駅を発車。あたりは急激に暗くなっていく。

 17:11、終点の新津駅着。磐越西線もここで終わり。
 乗り換え時間が20分ほどあるので外に出て来た。これが改札口。
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 橋上駅で、手前が自由連絡通路になっている。一応両側に下りて来た。
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 こちらが繁華な通りのある方だった。
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 連絡通路から駅構内を見下ろす。
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 新津駅は信越本線の駅で、磐越西線のほか羽越本線の起点にもなっている。新津運輸区が置かれているため、側線も多く構内は広い。

 新津駅17:35発、内野行き。
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 信越本線の終点・新潟から越後線に直通し、途中の内野駅まで行くということである。2年ほど前に運用開始された新しいE129系電車の4両編成。車内はセミクロスシート。
 17:55、新潟駅着。

 22時55分撮影の新潟駅。
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 なぜこんな遅い時間なのか。この日の夜、および25日(日)の「行状」については、前の記事を参照。

 12月26日(月)の朝焼け(ホテルの窓から、6時55分撮影)。
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 朝の新潟駅(8時27分撮影)。
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 帰りのルートをどうするか考えたが、上越線経由や飯山線経由は乗ったことがあるし、少しでも乗ったことのない区間を入れたいと思い、米坂線経由とすることにした。米坂線は奥羽本線の米沢と羽越本線の坂町を結ぶ全線非電化単線の路線で、2014年の夏に乗りに行ったことがあるのだが、台風被害で途中に不通区間があり、代行バスで間をつないで往復したことがあったのである。列車で乗り通せば初めてということになる。

 で、これが新潟駅8:43発、白新線・羽越本線経由、米坂線・米沢行き、快速べにばな。
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 これは白新線・羽越本線の区間は快速運転で、米坂線の起点・坂町駅から先の米坂線の区間は各駅停車になるというもの。キハ110の2輌編成、車内はセミクロスシートである。

 実は、クロスシート部分を確保したのだが、発車間際になって向かいの席に若い女性が座り(それはいいのだが)、スーツケースで通路との間を塞がれるかたちになってしまった。何となく身軽に立って行くことができなくなって、結局終点の米沢までそのまま行くことになってしまったのである。途中駅での停車時間などもほとんどなく(今泉駅で交換待ちがあったが、停車時間は短かった)、窓も汚れていたので途中の写真は一枚も撮っていないという結果になった。
 立とうと思えばいくらでも立てたと思うが、前夜の「快挙」の余韻が残っていて、ふとそちらに思いが行ったりして、車窓を撮影することにあまり積極的な気分になれなかったということである。何となく、そちらはいいやという気分になってしまった。だが、もちろん目を閉じていたりしたわけではなく、車窓の変化はしっかり見ていたと思う。

 とにかくそういうわけで、11:31、列車は終点・米沢駅に着いた。
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 米沢駅というのは狭軌(軌間1067mm)と標準軌(軌間1435mm)の線路が混在している駅である。米坂線は普通の狭軌の線路だが、ここに車止めがあって、奥羽本線の線路とはつながっていない。奥羽本線の線路はは標準軌になっていて、山形新幹線が普通に運行ダイヤの中に入り込んでいる。
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 と言うか、米沢・福島間はほとんど新幹線しか走っておらず、朝夕を除けば昼間に米沢から福島に向かう普通列車は13:08発の一本しかないのである。したがって、ここで1時間半余りの乗り継ぎ時間が生じ、この間に昼食を取るという計画なのである。

 前に来た時には食べなかったので、せっかくなので米沢牛なるものを食してみようと思い、駅前のこの店に入った。左に階段があり、2階が食堂になっている。
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 米沢牛の焼き肉定食というのを食べてみたが(ご飯などは省略)、
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 肉は違ったのかもしれないが、焼き肉は要するに焼き肉であって、2000円という値段に見合っていたかどうかはよく判らなかった。
 米沢駅外観と駅前の様子。
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 前に来た時は暑い夏の盛りだった。前回は暑くて町を歩く気がしなかったが、今回は寒くてやはり歩く気はしなかった。で、待合室の椅子でぼんやり時間をつぶした。

 13:08発の福島行きが入って来た。標準軌の台車に置き換えられた719系電車の2輌編成、車内はセミクロスシートである。
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 この日はスタートから写真を撮る雰囲気にならなかったので、途中スノーシェルターに覆われた大沢・峠・板谷といった駅もあったのだが、やはり写真は撮っていない。写真は撮らなかったが、車窓は十分に楽しんだと思う。これからはそういうゆったりした乗り鉄でいいのかもしれないと思った。

 13:54、福島駅着。
 乗り継ぎ時間が20分以上あるので、一応外に出て来た。全景を収めにくい駅なので、寒かったし適当に撮って終わり。
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 駅前広場に芭蕉と曽良の銅像があった。
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 だが、この外に出たのは失敗だった。これが14:20発の東北本線・郡山行き(701系電車・2輌編成)なのだが、
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 わたしが行った時には車内のロングシートはすでに満席になっていて、立っている人もいる状態だった。まあ、仕方がない。途中で何とか座れたが、結局この電車は最後まで混雑したままだった。そういうこともあるのだ。

 15:07、郡山駅着。
 実は、次の黒磯行きの前に、途中の矢吹駅までという区間列車が一本設定されていた。矢吹駅なんて知らないし、こんなことでもなければ降りることのない駅だと思ったので、15:11発のこの電車に乗り込んだ。こちらはなぜか4輌編成(同じく701系)で、当然のことながら車内はガラガラだった。JRはどういうつもりなんだろう。

 15:34、矢吹駅着。少し遅れたので、乗り継ぎ時間は15分弱だった。外に出てみた。
 橋上駅で、これが改札口。
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 手前が自由連絡通路だが、これが何とも奇抜な作りになっていて、
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 興味が湧いたので、一応両方に下りて外観を見て来た。
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 こちらの方が町の中心のようだが、あまりパッとしない駅前通りだと思った。
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 帰ってから調べてみたら、福島県西白河郡矢吹町というところだった。

 さて、矢吹駅のホームに15:51発の黒磯行きが入って来た。701系、2輌編成。
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 今回の旅の写真はこれで終わりである。あまり面白い写真はなかったと思うが、久し振りの18きっぷの旅で、わたし自身はけっこう楽しかったと思う。

 以下、復路の経路と時間を記録しておく。
 16:32、黒磯駅着。16:39発、通勤快速・上野行き(E231系、10輌編成)に乗り継ぐ。18:39、大宮駅着、途中下車する。18:47発、むさしの号に乗り継ぐ。19:46、八王子駅着。
 ずっと快調に来たが、最後の一駅で引っ掛かった。中央線で事故があったらしく、下り電車がしばらく来ていないようだった。八王子駅のホームが人で溢れている。ほどなくして電車はやって来たが、西八王子までの一区間では経験のないようなすし詰め状態だった。やれやれ。
by krmtdir90 | 2016-12-28 20:45 | 鉄道の旅 | Comments(0)

新座柳瀬、幕が上がる(「関東応援団」新潟行状記)

 新座柳瀬高校演劇部が12月24・25日に行われた関東大会(新潟会場)に出場し、最優秀校に選ばれて見事「全国」への切符を手にしたことは、すでにみなさんの耳に入っているだろうと思う。これは、新潟まで出かけて行った「関東応援団」の新潟での行状を記したものである。

 24日(土)の午後7時、わたしとTさんが宿泊する新潟駅前のホテルのロビーに、「応援団」の4人が集合した。わたし以外の3人を紹介する(登場順)。

 Tさん。筑波大附属坂戸高校演劇部・前顧問。柳瀬の智くんが尊敬する(彼のブログなどに時々登場する)「坂戸の小父さん」。彼はこの日の午後に新潟入りし、秩父農工科学高校の上演も見てスジを通している。1時間ほど前に新潟入りしたわたしとは違うのである。
 Mさん。コピスみよし高校演劇フェスティバル・総合舞台監督。次のIさんに誘われて、25日は無理だけれどこの日は大丈夫だからと、この夜のためにわざわざ駆けつけた「裏方の神様」。Tさんと一緒に、やはり秩父農工科学の舞台を応援して来た。
 Iさん。三芳町職員、三芳町教育委員会生涯学習課・課長。コピスみよし開設の中心となり、コピスで高校演劇をやろうと最初に言い出した「高校演劇フェスティバルの大恩人」。たまたまこの期間で新潟の実家に帰っていて、この「応援団」を組織した中心人物である。

 なお、わたしは(あとで別の記事にするが)青春18きっぷで新潟に来たので、この日の上演は見られなかったが、秩父農工科学を(嫌いな芝居だからと言って)応援していないということでは決してない。結果的に優秀校1席となって、埼玉からは初の「2校揃って全国出場」を成し遂げたことに、心からの祝意を表しておきたいと思う。

 さて、駅前からタクシーに乗って、最初に行ったのが古町の「喜ぐち」というお店(駅からはかなり距離があった)。
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 右側で手を広げて、この店だよと指し示しているのがIさんである(帰りがけに、写真を撮るからどいてくれと言ったのに、自分からフレームに入って来たのだから、カットしないで載せてしまう)。彼は、自分の地元の新潟にコピスでつながりのある新座柳瀬がやって来て、その縁でこの飲み会が持てたことがことのほか嬉しいらしく、最良のお店を選択してわれわれを歓待してくれた。
 この「喜ぐち」で、Iさんの実家のすぐ近くに酒蔵があるらしい「鶴の友」というお酒をしこたま飲んだ。ぬる燗でやっていたが、最後に冷やで飲ませてもらったら、とてもすっきりした飲みやすいお酒だった。つまみも大変美味しく、Iさんお任せで海のものを中心にあれこれ食べたが、中で家々で正月などには必ず作るという、数の子と干し大根の漬け物が特に印象的だった。

 「喜ぐち」を出てから、Iさんのガイドで夜の新潟の街をしばらく彷徨った。
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 高校時代の遊び場だったようで、思いがけず新潟の素顔のようなものに触れることのできる一時だった。寒かったけれど、予想していたよりは寒くなく(変な言い方だが、酔っていたせいもあったかもしれない)、ただ、せっかちな彼が歩くのが速くて困った。

 次に連れて行かれたのは「レガロ」というイタリアンのお店。
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 間もなく閉店というところで無理を言って入ったので、出て来てから撮ったこの写真では看板の明かりなどが消えてしまっている。
 Iさんはここもぜひ紹介したかったようで、もう食べられないと言うのにパスタとサラダを取って、白ワインを飲みつつ分け合って食べた。昼にでも来たらとてもいい店だと思った。

 3軒目は新座柳瀬が泊まっているホテルの向かいにある焼き鳥屋だと言う。ここで顧問の智くんをちょっと呼び出そうというつもりのようだったが、行ってみたらすでに閉店した後だった。もう午後10時を過ぎていて、地方都市の古くからの街並みでは閉店時間が早くて助かった。
 だが、せっかく近くまで来たのだから、表敬の意味も込めてホテルのロビーで激励してから帰ることになった。ホテルイタリア軒というのは市内屈指の由緒ある(食事の美味しい)ホテルらしく、わたしの頃は(何十年前だ?)こんないいところには泊まれなかったのにと羨ましくなった。
 ロビーには埼玉事務局長のMさんが待っていて(何よこの酔っ払いはと睨まれているような気がしたのは、すでにすっかり出来上がっていたわたしの弱みのせいか?)、やがて智くんもやって来た。さすがに疲れている様子は見えたが、そこは若者、迷惑な素振り一つせずににこやかに応対してくれた。リハーサルはうまく行ったが、キャストの一人が風邪を引いてしまったと言う。心配だが、われわれにできることなど何もない。祈るような気持ちで激励をし、10分くらいで(もう少しいたか?)ホテルを後にした。

 タクシーでわれわれの泊まるビジネスホテルの前に戻り、解散。明日の朝、新幹線で帰るMさんとは(ホテルも違うので)ここでお別れ。Iさんは帰りの電車でちょっと寝過ごしたらしい。

 翌25日(日)の朝は、けっこう飲んだから二日酔いを心配したがまったくその気配はなく、快調に目覚めてシャワーも浴びることができた。8時40分にロビーで待ち合わせて、Tさんと2人でタクシーで会場に向かった。
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 会場の「りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)」というのは、Tさんは10年前、智くんも5年前に出場している縁起のいい会場のようで、5年前にはわたしも一度応援に来ている。この名前は「柳都(柳の木が美しい町)」と呼ばれた新潟に因んだものだと前夜Iさんに教わっていたが、会場に入ったら「柳都にゅ~す」という速報がたくさん入口に積まれていた。
 ロビーには智くんもいて、聞くと風邪の生徒も落ち着いたようだと言うので安心した。

 1本目の千葉県立八千代高校と2本目の新潟県立新潟北高校の舞台を見たが、取り立てて感想を書きたいような芝居ではなかった。午前中最後の3本目をカットして、6階の展望レストランで昼食を食べた。眺めは良かったがどんよりとした曇り空で、薄日が差すかと思うと不意に雨が落ちてきたりと、変わりやすいこの季節の日本海側の天気がうかがえた。
 2階の喫茶エリアでコーヒーを飲んでいたら、昼から来ると言っていたIさんから電話があったので会場に戻り、ホールのロビーで合流。Iさんは実家のお母さんを連れて来ていた。きちんとした感じの優しそうなお母さんである。

 午後1だった新座柳瀬高校の舞台「Love & Chance!」を4人で並んで見た。
 生徒たちはみんな落ち着いて、いつも通りのリラックスした雰囲気で演じ切ったと思った。関東大会の客席はどうしても、どことなく緊張した雰囲気が漂うのが手ごわいと思っていたが、柳瀬の諸君はそれを見事に溶かして、客席をぐんぐん芝居の中に巻き込んでいった。客席でそれをじかに感じながら、これはすごいぞとわたしは少し興奮してしまった。ラストも鮮やかに決まり、緞帳のタイミングが少し遅れたが(すごく長く感じたけれど)、明かりが点いたあとの客席のどよめきは何とも嬉しいものだった。これだけやれれば、結果はどうであれ新座柳瀬としては大成功だと思った。

 Iさんとお母さんとはここでお別れ。残ったTさんとわたしは、何となく最後の新潟県立長岡高校の舞台も見たが、これも感想を書きたくなるような芝居ではなかった。
 上演終了後、都合でここで帰るというTさんと別れて、わたしはこのあとも客席(の片隅)に残ることにした。一応講評だけは聞いて(県大のこともあるから、秩父農工科学と新座柳瀬をどんなふうに言うか確認して)帰ろうと思ったのである。
 2校の講評は、たまたま同じ越光照文氏(桐朋学園芸術短大学長)が行った。上演が先だった秩父農工科学の講評が総合的力量の大絶賛で、これはダメだと思っていたら、新座柳瀬は秩父を上回る大大絶賛だった。帰るつもりだったのだが、これを聞いては帰れなくなってしまった。

 そして、結果は最優秀。全国大会推薦。月並みで申し訳ないが、嬉しいという言葉以外に見つからない。さらに秩父農工科学も後に続き、埼玉のレベルの高さを他県に見せつけることになった。事務局長のMさんは大変だと思うが、こんなことはなかなかないことなのだから、これからもがんばって2校を後押ししてほしいと思っている。
 一通り結果発表を聞き終わり、表彰式に移る前に外に出た。この結果と表彰式は生徒たちと顧問のものであり、県大会でもそうしているが、野次馬に過ぎないわたしはだらだら残るべきではないと思っているのである。
 だが、発表の最後に、脚本賞が稲葉智己になったことは、わたしにとってこの上なく嬉しいことだった。この脚本はやはり素晴らしい脚本だと認められたのだ。県大会の結果は違っていたが、関東ともなるとさすがだ(どこがさすがなんだか判らないが)と思った。地区大会の感想の最初に、この脚本はいいと書いておいてよかった。

 タクシーでホテルに帰り、明日18きっぷで帰るのでもう一泊するわたしは、お寿司と300mlのお酒を買って来て、部屋で一人で祝杯を挙げた(前の晩飲み歩いてしまったので寝不足だし、一旦外に出たのだが考えを変えたのである)。思いついた人たちにはメールを送ったりしたが、この晩はあちこちでこの結果についてのメールが飛び交っていたのではないだろうか。
 智くんは新幹線の中から電話をくれたが、たぶん脚本賞のことは言い忘れたような気がするので、ここに書かせてもらった。

 ということで、新座柳瀬高校演劇部は「幕が上がる」になってしまった。あの本にもあった通り、3年生は「全国」に出ることができない。何とも残酷で矛盾したシステムだと思うが、現在のメンバーによる最終公演(凱旋公演だ)を、ほかならぬコピスみよしでやらせてあげられないものだろうかと、わたしは一人で勝手なことを考えたりしている。
 みなさん、お疲れさまでした。

by krmtdir90 | 2016-12-27 17:40 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

新宿サニーサイドシアター「別役作品二本立て」(2016.12.23)

 卒業生の「くっぱ」から久し振りに連絡が来て、12月23~26日に新宿で芝居に出るという。24~26日にちょうど予定が入っているので、23日(金)に切符を用意してもらって行って来た。
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 「くっぱ」というのは、現役時代に部員たちが使っていたニックネームなのだが、チラシにも名前が出ているので、もう名前で呼んだ方がいいかもしれない。高橋ちぐさである。裏面には写真も載っているが、本人に了解を取ったわけではないのでそちらは載せないでおく。所沢高校演劇部が(わたしの顧問時代に)初めて関東大会に行った時、1年生で準主役を務めた子だから、ずいぶん昔のことになる。もうそれなりの年齢になっているはずだが、いまだに演劇から足が洗えない。その責任の一端はわたしにもあるはずだから、こうなればどこまでも見届けてやろうと思うようになった。
 終演後に外に出たら、同時期の部員だった「かっけ」(こちらは名前は出さない)いう女の子から声をかけられた。久し振りの再会で、3人で少し立ち話をしてから帰った。ずいぶん時が経ったのだが、会うとどうしても現役時代の印象で話してしまう。まあ、仕方がないね。

 さて、芝居の方だが、新宿2丁目にあるサニーサイドシアターという地下の小さな小屋の企画公演のようで、「別役作品二本立て」というものの一本に彼女が出るのだという。その「死のような死」という脚本は知らない本だったが、魔女と助手との例によって例のごとき別役の会話の中に、後半から登場してくる獲物といった役どころである。恐らく脚本の方には男1となっていたものだろうが、それを女の高橋ちぐさにやらせたのは演出の問題である。
 どういう意図(事情?)があったのか知らないが、少なくとも公演である以上、もし男がいなかったというような事情だったら認められるものではないだろう。高校演劇ならそういう乱暴もあるかもしれないが、会話の微妙なズレが命とも言える別役芝居において、男を女に演じさせるのはかなり無理があると思った。しかも、(終演後の立ち話で彼女も言っていたが)女が演じるけれどもあくまで男と考えるのか、あるいは完全な女の役に直してしまうのか、そのあたりの演出の姿勢が(見た限りでは)まったく不明確なように感じた。これでは彼女もやりにくかろうと思った。
 衣裳は男を想定していたようだが、男と考えるのであれば彼女への基本的な演出が不足していたし、仕草や言い回しなどは完全に女のままだと思った。彼女に男役をやらせるのはわたしには考えられないことで、時間がなかったのであれば、乱暴でも女の役に変えることしか解決策はなかったのではないだろうか。もちろん、別役の脚本をそんなふうにいじってしまうことにはわたしは反対だが、このキャスティングで公演を打とうと決めた時点で、もう少し明確な覚悟が演出や制作側に必要だったように思う。

 こんなわけで、彼女の芝居としては彼女の魅力が出せなくて、やや残念なものになってしまったと思う(別役の芝居に向いていないとはまったく思っていない)。これからもやり続けるのであれば、ぜひいい企画と演出家に出会ってほしいと思っている。
by krmtdir90 | 2016-12-24 00:00 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

「喧嘩(すてごろ)」(黒川博行)

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 「喧嘩」と書いて「すてごろ」と読ませる。桑原・二宮の凸凹コンビが活躍する疫病神シリーズの最新作である。前作「破門」が直木賞を受賞したのは2014年上半期だから、3年足らずでの新作ということになる。「破門」が疫病神シリーズとしては初の映画になり、来年1月に公開予定ということから、それに向けての話題作りという一面もあったのかもしれない。このシリーズ初の映画化作品として「破門」が選ばれたことには若干の違和感があるが、制作側がどう考えてこれを取り上げたのかは判らない。直木賞は取ったものの、シリーズの中で「破門」はあまりいいとはわたしは思っていないのである。
 その最大の理由は、題名の通り桑原が二蝶会を破門になってしまうからである。これまでどんなことがあっても苦境を切り抜けてきた桑原が、「段取り破門」とはいえ、これは初めて喫した敗北なのである。それ故、読後の爽快感がかなり削がれてしまったのは事実だと思う。このあとこのシリーズはどうなってしまうのかと心配になった。

 したがって、今回の新作では桑原は、組を破門され後ろ盾を失ってしまった元ヤクザとして(大阪府警の見方としては、3年経過しなければ堅気とは見なさないということがあるらしいが)様々な立ち回りを演じなければならない。組に属さないということが、組筋を相手にする時いかに不利で危険なことなのかが、今回のストーリーの重要な基本構造になっている。もともと桑原という男は、イケイケドンドンのように見えて案外用心深く計算高いところがあったのだが、今回は(もちろんかたちの上ではまったく強気を崩さないが)そのあたりの感じがいつも以上に見えているのである。
 一方で、最初の頃は完全な「巻き込まれ型」のキャラクターだった二宮が、このところけっこう能動的な姿勢で桑原に接していて、ストーリーを展開させる上でも重要な役割を担うようになってきた。この変化はちょっとどうなの?と思わせられることもあったが、今回は非常にいい感じで機能していたと思う。この先ずっと続いていくシリーズとして考えると、今回の「喧嘩」は(あまりスケールの大きな話ではないが、そのことも幸いして)大きな節目になる作品のような気がした。

 破門されたその後の話だから、苦境の連続になるような辛いストーリーだったら嫌だなと思っていた。だが、桑原の立場的な弱さに見合ったちょうどいい相手を設定し、十分スリリングだがうまく抜けて行けるような筋立てにしたところが(また腹を刺されて入院ということにはなるのだが)、さすが黒川博行という感じで感心した。このあたりがこのシリーズには一番合った線なのではないだろうか。
 桑原や二宮の理解者である二蝶会若頭の嶋田や、桑原の信奉者である二蝶会組員の木下といったところを、今回のストーリーでは要所で巧く使ったところも見事だった。無論、従妹の悠紀やオカメインコのマキちゃんの使い方なども手慣れたもので、このシリーズになくてはならない手札が今回は非常に巧みに生かされていたと思った。

 桑原がこの先ずっと破門されたままではシリーズは続かないだろうと思っていたが、途中まで桑原にもう復帰する気はないと強い調子で言わせておいて、最後にその道が開けたことを明らかにして終わるというのも、実に巧みなエンディングになっていた。一旦代紋を失った男が再びヤクザに戻ることがハッピーエンドになるというのも困ったものだが、それが作りものの小説の自由で楽しいところなのである。これで、前作からの重荷が次回には解けることが約束され、読後の爽快感を一層増したように思う。このシリーズはこれでいいのである。
by krmtdir90 | 2016-12-23 11:11 | 本と映画 | Comments(0)

映画「皆さま、ごきげんよう」

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 変な映画だなあと思いながらずっと見ていた。わたしはこの映画の良さとされるものを、受け止め損なったのかもしれない。映画としての意図というようなものは途中で理解できたと思う。全体を貫くストーリーがあるわけではなく、断片的なエピソードの積み重ねが、次第にある種の気分としてまとまっていくという感じなのではないか。だが、その雑多なエピソードがわたしにはあまり面白いとは思えなかったのだ。あとでプログラムに載っている幾つかの文章で、素晴らしいというしたり顔の講釈を聞いても、そんなものなのかという程度の感想しか持てなかった。
 突飛なエピソードが次々に並べられ始めた時、とりあえず無関係だと言われても(別に映画の中でそう説明されたわけではないけれど)、無関係のまま最後まで行くはずはないだろうと思えて、何らかの関係性の糸口だけでも掴みたいと集中するのだが、どこまで行ってもそれらしいものが見えてこない感じだった。とりあえず冒頭のギロチン台のシーンと戦場のシーンが終わり、現代と思われるエピソードの連続になったところで、次第に中心になる登場人物たちが見えてくることになるのだが、そのポイントになりそうな役者たちが、最初の幾つかのシーンの中でまったく無関係な異なる役を演じていたことも、私の混乱に拍車をかけたように思う。とにかく映画の流れに乗り損なってしまったのは事実である。

 監督のオタール・イオセリアーニという人は、今年82歳になった旧グルジア(現ジョージア)出身の巨匠ということらしかった。ウィキペディアにもちゃんと独立した項目が設定されていて、「緻密に計算されたカメラワークによるワンシーン・ワンショット、やや毒の効いた社会風刺と独自のユーモアを織り交ぜた作風が特徴である」などと書かれていた。確かにそのあたりを感じ取ることはできたと思うが、この社会風刺とユーモアらしきものがわたしの感覚には少々高踏的?過ぎるような感じがして、あまり響いて来なかったということかもしれない。

 たとえば、いきなり映し出されるギロチン台のシーンは、フランス革命の時代だと解説などには書かれているが、映画の中で特に説明があるわけではなく、道路に置かれたギロチン台の上でパイプを銜えた貴族の男が処刑されるのを、イスを並べた観客席のような所で多くの女たちがおしゃべりをしたり編み物をしたりしながら見物しているのである。両側のベランダからも女たちが興味深げに眺めている。処刑はあっけなく終わり、断頭の瞬間が映されるわけではないが、血などはまったく見えず、転がり落ちたどう見ても作り物にしか見えない男の首を、一人の女がエプロンに受け取って大事そうに籠の中に収めるのである。
 こうして一つ一つのエピソードを整理しながら思い出してみても、それぞれの奇妙な印象は甦るけれども(とにかくどのエピソードにも人を食ったようなところがあり、へんてこで意味不明なところが必ず見え隠れするのである)、そこにどういう意図があるのかはよく判らないのである。この貴族を演じた役者(リュファスという74歳の名優らしい)は次の戦場のシーンにも全然別の役で顔を出し、さらに(プログラムの解説ではパリとされる)現代のシーンでも複数の役として登場してくる。その内のアパート管理人の役が彼の役として次第に定着してくるのだが、だからといってこの管理人の登場するエピソードに何らかの意図的関係性を期待するのは無駄なことに思えてしまう。描かれていくのはきわめて突発的で、通常の意味で他とは結びつかない(結びつきを考えにくい)孤立したエピソードばかりなのである。

 結局、もう少し個々のエピソードを並べてみようという気持ちが、こうして書いていてもどんどん萎えてしまうばかりなのである。仮に社会風刺だとしても意味が簡単には掴めないし、ユーモアだとしても感覚的に共感できる明晰さを持っていない。わたしは(自分ではそういう傾向は少ないと思っていたのだが)シーンやエピソードに意味づけというものを求め過ぎるのかもしれないが、見る者を煙に巻くだけならそれこそ何でもありということになってしまわないかと思うのである。そこのところがスッキリしていないのに、何だかすごく面白い映画ですねえなどと澄まして言う気にはなれないということである。まあ、こういう映画もあるということで、今回は。
by krmtdir90 | 2016-12-22 11:26 | 本と映画 | Comments(0)

文庫X「殺人犯はそこにいる」(清水潔)

 何ヶ月か前に「文庫X」なるものが話題になっていた。盛岡の書店員がプライベートで読んだ一冊の文庫本に感動し、何とか多くの人に読んでもらいたいと考え出した奇抜な販売法。本全体を包装して中身が判らないようにし、そこに書店員自筆の感想(熱い思い)を記して店頭に平積みしたらしい。ニュースなどにも取り上げられ、本はけっこう売れたようだが、方法だけを真似る便乗書店などが出てきたこともあって、先日この書店員によってその正体が明かされてまた話題になった。
 数日前にわたしが書店で見かけたのは、これがあの「文庫X」だったことが判るような全面帯を掛けられ、中身(書名)も判るように赤で重ね刷りされた文庫本だった。出版社としては降って湧いた販売の好機に、最大限話題を生かした売り方を工夫したということなのだろう。
 これがその外して広げた全面帯。
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 中身の文庫本。
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 確かにわたしも、文庫Xでなかったらこれを手に取ることはなかった気がする。なかなかセンセーショナルな題名だが、それだけでは500ページを読んでみようという気持ちは起こらない。著者の名前も知らないし、「隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」という副題も何となく仰々しく胡散臭い感じがした。

 読み終わった感想を一言で言うなら、実に不謹慎な言い方なのだが「面白かった」と言う以外にない。と言うか、何とかして「この本をあなたに読んで欲しい」と書いた書店員の、何とかしなければという切迫した気持ちが痛いほど判った。この本を書いた著者・清水潔氏の熱い思い(激しい怒り)が、ふつふつと伝わってくるような本だった。
 清水潔という人は日本テレビの記者だった。そういえば一時期、日本テレビがニュースなどでいろいろキャンペーンを展開していたことはおぼろげに記憶しているが、これは足利事件を中心としたその調査報道の経過などを詳細に記録したノンフィクションだった。「私」という一人称で記述されているところに大きな特徴があり、全編で「私」がどう行動しどう考えたのかということが逐一明らかにされている。すべてを自身の責任として引き受けながら語られる内容は衝撃的なものであり、にもかかわらず動かすことの出来ない警察や検察の(権力の)闇が浮かび上がってくるのである。

 足利事件というのは1990年に栃木県足利市で起こった幼女誘拐殺人事件である。1年半ほどして警察が菅家利和さんを逮捕・起訴し、2000年に無期懲役刑が確定して服役した。清水潔氏らによる日本テレビの冤罪キャンペーンが始まったのは2008年である。その後、DNA型再鑑定が開始されたのは2009年。再鑑定の結果、遺留物に残るDNA型は菅家さんのものとは一致しないことが判明し、2009年6月、菅谷さんは釈放、2010年3月、再審無罪が確定した。
 この本ではこの間の経緯を克明に記録しつつ、この冤罪が一方でとんでもない事実を放置し「隠蔽」する結果になっていることを厳しく批判している。「北関東連続幼女誘拐殺人事件」というのは、清水氏と日本テレビがそう命名しているだけであって、警察がそういう名の捜査を行ったということではない。そもそも捜査段階では、次々に起こっていた事件の連続性・類似性についてはきわめて曖昧な認識しか持たれていなかった。その可能性を強く主張したのは清水氏であり日本テレビの調査報道だけだったのである。

 清水氏ら日本テレビが指摘したのは、1979年から1996年までの間に栃木・群馬の県境を挟んで、足利市と太田市の半径20キロ以内で5件の幼女誘拐事件が発生しており、うち4件は遺体となって発見、残る1件も行方不明のままになっているという事実である。1990年の足利事件が2000年の刑確定によって「解決」したことで、それ以前の足利市で起こった2事件も一時的に「解決」したとされたため、5件の連続性・類似性は完全に考慮の外になって放置されてしまった。
 しかし、菅家さんの冤罪が明らかになった時点で、これら5つの事件はまったく未解決のままという事実が残されたのである。しかも、冤罪による菅家さんの服役中に真犯人の公訴時効が次々に成立してしまい、その後の真犯人究明に向けて、警察・検察の動きはきわめて鈍いものにしかならなかった。これについて、時効成立は表向きの言い訳であって、警察・検察が動きたくない本当の理由が他にあるのではないかとこの本は指弾している。ぜひ多くの人に読んで欲しいという件の書店員の気持ちを考慮して、ここにこれ以上の内容を書くことは控えておくが(ぜひ読んで下さい)、DNA型鑑定を重要な根拠として死刑判決が下され、2008年に死刑執行された「飯塚事件」との関連に言及したところでは、その闇の深さに愕然とする思いがした。

 清水氏らは、5つの事件が同一人物の犯行という「仮定」の下に、すでに明らかになっている様々な事実に独自の調査結果を突き合わせ、ある男(ルパン3世に似ているのだという)が犯人ではないかという具体的な可能性にまで言及している。もちろんそれはこの時点では詳述することのできない可能性だが、警察・検察当局がDNA型の再鑑定に不可解な高いハードルを設けることで、その可能性に正しく対応していないことを告発している。DNA型鑑定の脆弱性というのはこの本の大きなテーマなのだが、それを認めることだけは何としても回避したいという当局の姿勢が、都合の悪いことはとことん隠し通そうとしているのである。
 「殺人犯はそこにいる」という題名は、決して中身のないキャッチコピーではなかった。ルパン3世に似ているというその男は、メンツにこだわり続ける警察・検察当局の捜査サボタージュのおかげで、いまも何の追及も受けることなく「そこ」に生活し続けているのである。これは怒りを持って読むべき告発のノンフィクションだが、もう一度率直な感想を書いておけば、なまじの推理小説などより何倍も「面白い」本だった。この文庫Xをぜひ多くの人に読んでもらいたいとわたしも思う。
by krmtdir90 | 2016-12-21 22:14 | 本と映画 | Comments(0)

「ハノイ発夜行バス、南下してホーチミン」(吉田友和)

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 つい先日ベトナムに旅行したばかりなので、書店の文庫本の棚にこのタイトルを発見した時、思わず手が伸びていたのは自然なことだろう。ツアーで行ったわたしと違って、みずからの意志で外国を旅するのはまったく違ったものであるが、そういう旅でベトナムという国をどう捉えているのか興味があったのだ。「ベトナム1800キロ縦断旅」という副題がついている。

 著者の吉田友和という人は40歳になる旅行作家で、若い頃から世界中を旅してけっこう多彩な旅行記などを出版しているようだ。わたしは海外はまったく初心者だから、これまでこういうものはまったく目に留めていなかったが、読んでみたら面白くて一気に読んでしまった。
 わたしのような年代になると、ベトナムという国はベトナム戦争を抜きにしてイメージすることはできないのだが、この著者にはそんな視点はほぼ皆無で、当然のことながらきわめて自然なかたちでベトナムの様々なものに向き合っているのが印象的だった。

 この歳になって海外旅行に目覚め、急かされるようにあちこち回り始めた者からすると、もうわたしには無理だけれども、こういう気儘なかたちの海外旅行は面白いだろうなと、手遅れのうらやましさが湧き上がってきて困ってしまった。この人は英語が堪能だったようだから、その点が大きなアドバンテージになっていたのだろうと思う。いまのわたしには、海外はツアー旅行しかあり得ないことを納得するしかないと思った。
 ところで、この人の書く文章は若い頃の椎名誠をちょっと連想させる軽さがあって、こちらの方が「ユーモアの作られ感」が若干鼻につくけれど、全体としては文章にスピード感があるし、描写もしっかりしていて、たいへん読みやすい楽しい本に仕上がっていたと思う。

 ベトナムは「横断するのに勇気が、縦断するのに根気が必要な国である」と書き出されるのが楽しかった。ベトナムは南北に細長い国だが、彼は乗り降り自由、日程変更も可能という「オープンツアー・バス」というのを使って、北から南へこの細長い国を縦断するのである。まったく「横断」などはしていない(国の形が横断のしようがない国なのだ)。
 これは、例のバイクに溢れた道路を「横断するのに勇気が」必要と言っているのである。ついこのあいだ現実にそれを体験した者としては、やっぱりなあと(そんな大したことではないのだけれど)いたく共感した。英語の出来ないわたしなどからすると、海外の見知らぬ土地を単身で、けっこう油断できないベトナムの人たちを相手にして縦断して行くというのも、十分勇気が必要なことだと思うのだけれど。

 旅の各所で繰り広げられるベトナムの人たちとのやり取りが実に面白い。ベトナム人の持つユルさやしたたかさ、その生活力というようなものが生き生きと描写されている。ツアー旅行でもその一端には触れることができたと思っているが、この本のような旅の姿を見ると、やはりツアーは手厚く守られた旅なのだということをいやでも意識させられてしまう。
 もう高齢者なのだから仕方がないのだけれど、この本のあちこちに垣間見える一種の危うさというようなものは、何となく血が騒ぐ感じがあって引き込まれた。油断したらどこまでつけ込まれるか判らないとか、ベトナムの人と接する時は常に疑ってかからなければダメというようなところが、決して相手を低く見たり悪く考えているのではなく、郷に入れば郷に従え的な、その国民性を一旦は肯定して捉えた上で、それと対等であろうとする時の、わが国民性に抜けている部分の発見であったり確認であったりするところが、この著者の誠実さであるように思われて好感が持てた。

 フエとホイアンに1泊ずつして、それぞれの町を単身歩き回るところは羨ましかった。旧市街や裏通りの、人々の生活が見えているところを歩き回り、自分の意志で食堂に入って食事をする(もちろんビールも)。観光するにしても、それは自分の気分によって選ばれた場所であり、何でもない街並みを散歩する楽しさというのは、やはりこれが正しい旅の姿だと実感させられるのである。
 ベトナム縦断は無理だとしても、日本縦断ぐらいならまだ出来るかもしれないと思わされた読書だった。ただ、熱帯のベトナムとは違うから、暖かい時季になってからでなければダメだなと、すぐに気弱な気分が出てきてしまうのが年齢ということなのだろう。

by krmtdir90 | 2016-12-19 11:12 | 本と映画 | Comments(0)

新座柳瀬「関東」前の公開通し稽古(2016.12.17)

 新座柳瀬高校演劇部は12月24・25日に新潟で開催される関東大会に出場する。この遠征直前に校内の稽古場で連日の公開通し稽古(試演会)を実施するという。昨日(17日)、Yassallさん・nakamuraenさんと3人でちょっと覗きに行って来た。
 稽古場はもちろん大会の舞台より手狭だが、スペースを最大限に使いながら客席も確保して、至近距離での「Love & Chance!」を見せてくれた。県大会で見逃したという草加南の生徒や、智くんの教えを受けたOGなども何人か来ていて、みんな楽しんで見ていた。
 わたしは地区大会・県大会に続いて3度目の鑑賞だったが、この近さで見るというのは非常に新鮮だった。キャスト一人一人の工夫などが間近に見られて、みんなよくやっていると感心した。中心キャストはもちろんだが、これまであまり目が行かなかった脇役たち(女中のルイーズやノエラ、兄のマリオなど)も、当然のことだが実に良くやっていることが見えてよかった。みんな関東だからといって固くならず、いつも通り楽しくリラックスして演じてほしいと思った。

 関東大会となると芝居の方は一応出来上がっているわけだから、細かい調整はあるにしても無用の高望みはせず、どうやって県大の時のいい状態を維持するかということになるだろう。見た感じでは、さすがにそのあたりは抜かりなく出来ているようだった。あとは寒い時期の健康管理が最大の課題だと思う。風邪などひかぬよう気をつけてほしいと思った。
 稽古場入口で、県大会の舞台写真をアレンジしたお洒落なポストカードを手渡された。自主公演の時などに配るパンフレットの代わりということのようで、こういうところにさりげないセンスが感じられるのもさすが柳瀬だと思った。これ、掲載してもかまわないよね。
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 終演後は朝霞台に出て、恒例?の飲み会になった。Yassallさんが探してくれたのだが、4時から開いている店があってよかった。間もなくTさんがやって来て、さらに顧問の智くんも合流して関東壮行会の気分になった。終わり頃になってしまったが、事務局長のMさんも来てくれて楽しい会になった。飲み始めたのが早かったので、きわめて健全な時間にお開きになったのもよかった。
by krmtdir90 | 2016-12-18 11:51 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

歌舞伎見物・玉三郎、その他(2016.12.15)

 あまり書きたいこともないのだが、日々の記録ということで一応書いておくことにする。
 昨日(15日)は、久し振りに歌舞伎見物に行って来た。12月の歌舞伎座は3部構成で、第3部(夜の部)に玉三郎が出るというので妻に誘われた。この夜の部は珍しく踊りだけの2本立てで、日舞をやっている妻としてはお薦めだったのだろう。わたしは玉三郎だからといって興味があるわけではないのだが、この種の誘いには乗っておいた方が今後のためである。

 近くで見たいからと妻が押さえたのが1等席の6列目で、ただ39・40というかなり上手寄りの席だった。妻は友人と行く時などはけっこう1等席で見ているようだが、わたしとの時はわたしの希望で1階通路のすぐ後ろの2等席最前列を取るようにしていた。これは、歌舞伎座の客席が非常に平面的に出来ているので、前方の人の頭が邪魔にならない席はそこしかないと学習した結果なのである(桟敷席ならその心配はないが、かなり横から見るかたちになるし、いくら何でもそこまで高い料金を払う気にはなれない。まあ、一度くらいは座ってみたい気持ちはあるけれど)。
 で、昨夜の6列目だが、やはり前の人の頭が邪魔であまり集中できなかった。座高の特別高い人に当たったというわけではなかった。客席の構造がそういうものだからどうにもならないのである。しかし、前にも書いたことがあったかもしれないが、歌舞伎座のこの客席の見にくさは大問題だと思う。日本中、いや世界中から歌舞伎を見に人々がやって来ているのだから、この問題を早急に何とかするべきだと今回も声を大にして言っておきたい。

 このところ映画館通いを再開して、映画館の客席の劇的進化(実にゆったりとして、前の人の頭が気になることはまったくなくなった)に感動を覚えている者からすると、新装なった歌舞伎座がこの点を改善しなかったことが信じられないのである。
 だいたい、歌舞伎座の舞台は間口が広過ぎるし(長過ぎるという感じ)、タッパがなさ過ぎる。わたしは歌舞伎のことは門外漢だが、こうしたところを保守するだけが伝統とは思えないのである。歌舞伎は普通の演劇とは違うのかもしれないが、舞台の額縁から受ける平べったい印象は、見る方としては決してバランスが取れているとは思えないし、昔からこの比率だったとはとうてい信じられないのだが間違っているだろうか。一度にたくさんの観客を入れたいという興行側の希望があるのは判るが、どうせ建て替えるのなら舞台を2つにする(歌舞伎座ワンと歌舞伎座ツーだ)という選択肢もあったはずだし、客席の見やすさを犠牲にした現在の歌舞伎座の、劇場としてのあり方は明らかに間違っていると思えて仕方がないのである。

 さて、今回の出し物は「二人椀久(ににんわんきゅう)」と「京鹿子娘五人道成寺(きょうかのこむすめごにんどうじょうじ)」というものだった。いずれも日舞の方では知られた舞踊劇のようだが、「二人椀久」は話(設定)も暗いし照明も暗かったので、初めてのわたしはあまりいいとは思えなかった。「道成寺」の方はまあ知っているが、白拍子を5人で踊り分けるというのは本邦初の試みだったようで、いろいろなバリエーションを考えるものだなと感心した。全体が非常に華やかな舞台構成になっていて、舞踊も門外漢であるわたしにも十分楽しめるものになっていたと思う。ただ、正直に言うと、5人が同じ衣裳・同じ化粧で出てこられると、門外漢のわたしには玉三郎がどれなのか見分けがつかなくて困った(こんなこと書くと、ファンの人に何を言われるか)。
 さっき妻が言うには、玉三郎はいま66歳なのだという。知らなかったが、これは驚きである。わたしと大して歳も違わないのに、日頃の稽古と鍛錬の賜物なのだろうと感心した。あと、途中で所化たちがサービスに客席に向かって投げ入れた手拭い(固く縛って玉のようにしてある)の一つを妻がキャッチして、きょうは居間の壁に誇らしげに張り出してあるのがちょっと癪である。
by krmtdir90 | 2016-12-16 22:08 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

映画「アズミ・ハルコは行方不明」

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 監督の松居大悟という名前が目に止まった。ちょうど1年ほど前、また映画館通いを再開した最初のころ、偶然出会った「私たちのハァハァ」という映画が予想外に面白く、この監督の名前が記憶に刻まれることになった。今回の映画には同名の原作本(山内マリコ作)があったようだが、それはまったく知らなかったし読んでいない。
 で、この映画、これもまた予想外に面白く、この松居大悟という監督はまだ31歳だというが、素晴らしい才能を持った注目株だと思った。脚本の瀬戸山美咲(39歳)という女性も、主として演劇の方で劇団を主宰して活躍している人らしいが、かなり注目すべき才能なのではないだろうか。原作を読んでいないから何とも言い難い面はあるが、少なくとも目の前に置かれた映画は、映画としての魅力を十二分に発揮した興味深いストーリーになっていたと思う。以下、今回の感想文は完全なネタバレになりますのでそのつもりで読んで下さい。

 大きく3つの世代の女性たち(と男性たち)が登場する。まずアズミハルコ(安曇春子)を始めとする27~8歳のグループ(曽我♂・今井♀・ひとみ♀・川本♂)、次に愛菜♀・ユキオ♂・学(マナブ)♂ の20歳グループ、そして最後に17歳前後の女子高校生グループである。それぞれのグループに直接的な結びつきはないのだが、ストーリーの中では微妙につながり合っているところがあって、それは彼らの生活の場である地方都市の狭い人間関係が反映している。
 映画は全編を栃木県の足利市で撮影したようだが、具体的な地名は別にして、ここに描かれたある種典型的な「地方」の持つ八方塞がりの閉塞感というものが、ストーリーの展開に大きな影を落としている。短編集「鍵のない夢を見る」の巻末対談で、作者の辻村深月と林真理子が「山梨レベルの閉塞感」について語っていたのが思い出されるが、栃木と山梨はほぼ同じレベルの閉塞状況(東京との中途半端な距離感)と言っていいだろう。地元にいる限り、小学校・中学校の頃から続いてきた、好むと好まざるとに関わらず濃密な人間関係から逃れる術はない。町に出ればどこにも顔見知りがいて、自分の過去も現在も隠しようのない視線に晒されているのである。

 この映画が、地方にいる若者たちの何とも言い難い息苦しさのようなものを的確に捉えていることに、まず驚かされた。地元(栃木や山梨)には何でもあるけれど何もないという感じ。その苛立たしさを、20歳と17歳はそれぞれその時の精一杯のかたちで表現しているのだと思った。しかし、アズミハルコの27歳というのは微妙な年齢で、「まだ27歳」ではなく「もう27歳」なのだという、にもかかわらずこんなところでこんなふうにうだうだと日を重ねているというこの苛立ちは、きわめて屈折したかたちで彼女の中に降り積もっているのだろう。
 映画では、アズミハルコが働く地元の小さな会社(社長・専務と女性事務員2人)の人間関係も描かれているが、地元で生き続けることの先にいやでも見えている封建的な閉鎖性を、セクハラそのものといったやり取りなどから鮮やかに浮かび上がらせている。ハルコとともに働く吉澤というパッとしない37歳の事務員が、思いがけず地元を捨てて結婚退社する痛快なシーンが挿入されるが、一方に40歳と設定された沢井という交番巡査の、気怠そうな日頃の勤務態度なども点描されている。

 こうした中で、アズミハルコが行方不明になったという事実をタイトルとして最初に明らかにし、そこに至る彼女の満たされない日々を描きながら、時系列としてはほぼ行方不明後のことになる20歳グループの行状を、行方不明前のことである27歳グループのストーリーに重ね合わせ、時系列をごちゃ混ぜにしてカットを重ねていくという手法を、この映画は採用している。17歳の女子高校生グループは、この両方の時系列に関係なく突発的に侵入してくるかたちになっている。
 見る者を混乱させかねないこうしたやり方が、この映画の活力の源泉となっているところが素晴らしいと思った。この女子高校生グループは名前も与えられず、無差別に男性を襲ってボコボコにしてしまう通り魔的ギャング集団として登場してくる。暴行事件を起こすのは6~7人のグループだが、その背景に同様の思いを内在させた多くの女子高校生がいることが、映画館の乱痴気騒ぎといったシーンで暗示的に描かれている。彼女たちの動機は男への復讐なのだというセリフがあったように記憶するが、こうした地方で地元にある限り、常に圧倒的な男性優位の構造に絡め取られるしかないことへの、無意識からの反撃宣言だったようにも思えるのである。

 アズミハルコを演じたのは「オーバー・フェンス」の好演が記憶に残る蒼井優だが、この「アズミ・ハルコ」でも非常に印象的な存在感を示していたのではないか。松居大悟という監督は説明的なショットは撮らないから、ほんのちょっとした仕草や表情の揺れなどで、アズミハルコという主人公の心模様を繊細に表現していたと思う。すぐ隣に住んでいる幼馴染みの曽我(石崎ひゅーい)との腐れ縁ともいうべき関係は、蒼井優の見せる控え目な演技の奥に、出口の見えない鬱屈した精神の揺らぎを浮かび上がらせて見事だった。曽我の心変わりを問い詰める路上のシーンは特に秀逸だと思った。いくらでも感情的になれるところでそれを押さえ、そこから思わず溢れてしまう感情を過不足なく表現していた。
 彼女の失踪の理由をまとめるのは難しい。曽我との別れが大きな理由になっていたのは確かだが、この監督(と脚本)はそういう描き方はしていないと思う。終わり近いところで、20歳グループの愛菜に向かって、女子であることの持つ避け難い不利や、一度きれいに消えてしまって、もう一度生き直すことへの希求のようなことを語っていたと思うが、やはり地方の閉塞感が根底にあった行動であったように思われるのである。そう感じられるように、制作者たちは作っていたと思う。

 20歳グループのストーリーは、成人式後の地方丸出しのバカ騒ぎから始まる。ケバい振袖姿の一団の中に愛菜(高畑充希)がいて、久し振りに地元に戻ったユキオとのやり取りから話が動き始める。このグループの主役は愛菜なのだが、ユキオ(太賀)と学(葉山奨之)というコンビが体現しているものが面白いと思った。学は中学時代は引きこもりだったようだから、彼らの関係は昔からのものではない。いろんな経緯があって地元に残った者同士が、狭い地域性の中で何となく結びついてしまったというようなことなのだろう。くさくさした気分の発散にスプレー缶で落書きして回っていたユキオが、あるビデオ映画の影響で、学を巻き込んでグラフィティーアートの落書きにのめり込むところが興味深い。
 彼らは交番の掲示板に張り出された安曇春子の尋ね人のチラシを見て、その顔写真を元にグラフィティーアートの型紙を作り、愛菜も加わった3人で町中至る所にその顔を刻みつけていくのである。
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 やがてそれはSNSを通して周囲に拡散し、例の女子高校生ギャングの犯行と意味もなく結びつけられて、地方の町のSNSネットワークに不思議な熱狂を作り出していく。この現代そのものであるような、現状に対する漠たる不平不満が根底に澱み、むやみやたらに出口を探している盲目的な焦燥感といった感じの、何とも言い難い書き込みの気持ち悪さを、映画は字幕などを挿入して見事に捉えて見せている。
 3人による落書きのバカ騒ぎは、学が警察(例の交番巡査・沢井)に捕まったことであっけなく空中分解してしまう。彼らはまだ、27歳グループのように地元の網の目を認識し切れてはいないし、その行いにはさしたる必然性も切迫感もありはしなかったのだ。彼らは自分の置かれた位置をしかと判ってはいないし、まだ27歳までは時間があるように感じられるのではないだろうか。だが、時系列をごちゃ混ぜにしたこの映画の仕掛けによって、すべてのグループの閉塞感や焦燥感は、重なり合い響き合うようにして浮かび上がってくるように思えた。

 アズミハルコが消えた瞬間と思われるショットが、冒頭を始め何回か繰り返して現れる。車を運転する彼女の肩越しに、操作されるハンドルとフロントガラスを通した前方の風景が映し出されている。やがて車は停まり、彼女は車外に出て煙草に火を点け、深く吸い込んだ煙を空に吐き出す。立ち上る煙を少し追いかけたカメラがもとに戻ると、もうそこにアズミハルコの姿はない。
 消えたアズミハルコがこの後どうなったのかは、原作の方には書かれているらしい。だが、映画ではその経過はまったく不明のままである。愛菜が、かつてバイトしていたキャバクラの先輩である今井(菊池亜希子)のところで、小さな女の子を抱いて一緒に海に行くというアズミハルコに出会うというのが、ラストシーンになっている。原作ではこの子は今井の娘となっていたようだが、映画はあまりに唐突で、そのあたりのことはよく判らない。だが、アズミハルコが吹っ切れたような満面の笑みを浮かべていたのは確かで、その表情が強く印象に残るようになっている。消えた後の彼女が、小学校時代からの仲良しだった今井のところで「生き直した」らしいというのは判るが、それ以上はすべて不明のまま映画は終わるのである。

 映画が描いていたのは終始、けっこう深刻で出口の見えない絶望的な状況だったと思う。だが、このラストシーンははっきりハッピーエンドとして作られている。37歳で地元を出て行った吉澤さん(山田真歩)のように、一旦消えてしまうという厄介な手続きが必要だったとしても、アズミハルコを始めとしてすべての女性たちが「それでも生きていく」というところに、少なくとも立てるのだという可能性を信じて見せたのがこのエンディングだったのではないだろうか。そこに説得力はあったかと言えば、可能性があるという意味での説得力は確かにあったと言うべきだろう。それがなければ、彼女たちはあまりに割に合わないではないか。
 一方で、男性たちにとってはどうだったのかが気になるところだが、とりあえずこの作者たちには、そちらのことは当面の問題とは感じられていなかったようだ。(鑑賞、12月12日)
by krmtdir90 | 2016-12-13 15:52 | 本と映画 | Comments(0)


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