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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)

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 恩田陸は「夜のピクニック」(2004年)1冊しか読んだことがなかった。調べてみたら、これは「本の雑誌」ベストテンの第1位と、当時スタートしたばかりの第2回本屋大賞を受賞していて、それで読んでみる気になったのだったと思う。細かいことは忘れてしまったが、とにかく面白い小説だったことだけは強く覚えている。
 その後、この人はよくこんなに次々本が出せるものだと驚かされるペースで、多様なジャンルの作品を量産していたことは知っていた。一つも手に取ってみることはなかったが、この間5回も直木賞の候補となりながら受賞には至らず、今回の「蜜蜂と遠雷」が6回目での受賞だったことを知って驚いた。6回目というのは、あの黒川博行と同じではないか。

 発表のあった翌日、近所の本屋に行ってみたら、まだ「直木賞候補作」の段階の帯が付いたままのものが数冊平積みになっていた(上の写真では帯は外してある。因みに、芥川賞の方は増刷が間に合わなかったらしく、まだ影もかたちもなかった)。
 この本は9月ごろ店頭に並び始めた時から気になっていたが、内容がクラシック音楽の世界を描いているらしいので、そっちの方が苦手なわたしは何となく敬遠していたのである。こういう場合、直木賞を取ったというのはいいきっかけになる。500ページを超える長編だったが、読んで良かったと思った。帯に「著者渾身、文句なしの最高傑作!」とあったが、確かにそうなのかもしれないと思った(たった2冊読んだだけだけれど)。

 3年ごとに日本で開催される国際ピアノコンクールというのを舞台に、そこに出場する国際色豊かな若者たち(コンテスタントと言うらしい)に密着して、その喜びや苦悩の姿を浮かび上がらせた群像劇である。もちろんこのコンクールというのは架空のものだが、エントリーの段階から始まって、第一次から第三次に至る長い予選で100名から6名まで絞り込まれていく過程、そして最後の本選に至るまで、その進行をきわめて具体的かつ克明にたどってみせる。
 実際のピアノコンクールというものがどんなふうに行われるものかまったく知らないのだが、ここではコンクールそのもののシステムが非常に説得力を持って描かれていて、その展開にも見事なリアリティが与えられていると思った。こうした世界にまったく門外漢のわたしにも、コンクールのハラハラドキドキを同時体験させてくれたのは大したものである。

 コンクールは第一次予選が持ち時間20分(課題による)、第二次が40分(同じく課題による)、そして12人に絞られた第三次予選が自由リサイタル形式の60分と進んで行く。物語はこれに出場する幾人かのコンテスタントを浮かび上がらせ、彼らの過去と現在に寄り添っていくのだが、その周囲にも多くの登場人物を配して、コンクールというものの持つ総体的な熱気を(その裏表を)鮮やかに描き出していくのである。
 驚くのは、各コンテスタントがそれぞれの段階で何という曲を演奏したのかがすべて具体的に明示され、その演奏の様子が見事に描写されていたことである。音楽を言葉で表現するという難事業を、恩田陸は演奏する側とそれを受け取る側と、その両面から完璧に描き出していたのである。これが直木賞選考会で大きなポイントになったらしいが、確かにこの点がワクワクするような高揚感で書かれていたことが、この物語を稀有なエンターテインメントとして成立させた核心であり、音楽に疎いわたしまで夢中にさせてくれた理由だったと思う。

 登場人物の中心となった若きコンテスタントたちは、それぞれが天才とも言うべき才能を持った面々なのだが、現実離れした一面を持ちながらごく普通の若者でもあるという、これを凡人たる読者にも共感を持って並走できるような存在に造形できたことが、この小説成功の大きな鍵だったと思う。恩田陸の持つ言葉の豊穣さ(それはきわめて平易な言葉によって実現される)と、力業と言っていい物語る力の確かさが際立っていたということである。
 周辺の登場人物を含めて、すべての人々が実に魅力的に動かされていて、印象的な場面が次々に展開されていくのである。ストレートで的確な言葉遣いというのは恩田陸の大きな特徴だと思うが、それが嘘くさくならないギリギリのところで、このドラマチックな物語を成立させていたと思う。なかなかないことである。音楽の持つ無限の力といったものを、これらの言葉たちが一つ一つ開いて見せてくれるスリルは、久し振りに小説を読む醍醐味を感じさせてくれたと思う。「夜のピクニック」、読み直してしまうのだろうか。


by krmtdir90 | 2017-01-29 12:56 | 本と映画 | Comments(0)

土肥温泉(2017.1.25~26)

 妻と温泉に行って来た。今回は西伊豆の土肥に行った。この時季というのは基本的にシーズンオフだから、数日前でも人気の宿を押さえるのはそんなに難しいことではない。週間天気予報を睨みながら、好天が期待できそうなところでインターネット予約をした。
 無雙庵枇杷(むそうあんびわ)という宿は少々値は張るものの、土肥ではけっこう評判になっている宿のようだった。掛け流し露天風呂付きの離れが8棟のみ、他に大浴場などはなく貸し切り露天風呂が2つあるだけ、一日8組の客しか泊まれないからそれで十分なのである。食事処も8つの個室が用意されていて、他を気にすることなくたいへん美味しい料理をいただいてきた。
 最近は、二人していつまで元気でいられるか判らないのだから、できるうちに贅沢をしておこうという気持ちが強くなっている。どこが最初だったか忘れてしまったが、部屋に露天風呂が付いているというのは(他にも幾つか条件はあるのだが)、一度体験してしまうとそれ以外は考えられなくなってしまうものである。その中でも、今回の宿は非常に満足度の高い宿だったと思う。

 帰ってからインターネットで検索してみると、この宿に泊まった人が事細かにレポートしているものがたくさん出てきた。わたしはそういうつもりはなかったから、カメラは持って行ったが宿の写真などほとんど撮っていない。
 部屋の露天風呂。蓋を取ってから写せばよかったのだが。
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 ベランダからの日没の眺め。
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 宵の明星・金星。三脚なしだから、少々ブレているのは仕方がない。
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 とにかく快晴の2日間だったから、道中富士山なども非常に美しく見えていたが、今回は何となくやる気が出なかったので写真はまったく撮っていない。途中でどこかに寄ったりということもしなかった。ただただ、温泉でまったりして来ただけだったのである。


by krmtdir90 | 2017-01-26 21:47 | その他の旅 | Comments(0)

映画「この世界の片隅に」

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 11月の封切りから2ヶ月以上経過しているから、そろそろ見た方がいいかなと思って調べてみると、立川シネマシティではすでに朝1回(9:30~)だけの上映になってしまっていた。ヒットしているとはいえ、そろそろ終わりが近付いているのだろうかと出掛けてみたら、一日1回になってしまったこともあってか、場内はけっこう混み合っていた。
 この間にキネマ旬報ベストテンで第1位になったということもあり、いろいろな評判なども聞こえて来ていて、見る前にはなるべく触れないようにしようとは思っていても、何となくこんな感じの映画なのかなと、どうしても漠然としたイメージが出来上がっていたと思う。だが、このわたしの事前予想?はかなり大幅に(いい方向に)修正される結果となった。

 まず、年を取って近ごろ涙腺の弱くなっているわたしは、けっこう泣かされてしまうのだろうなと思っていたのだが、そんなことはなかった。少しだけジワッとなったところはあったが、それ以上のことはなかった。これは、この映画が期待外れだったのではなく、予想以上に素晴らしいものだったことを言いたいのだが、つまりそれは第一に、この映画の作り方に押しつけがましいところがまったくなく、その淡々として温かな語り口にすっかり心を奪われてしまったということである。
 戦争中の物語であり、舞台が広島や呉である以上、そこにはきわめて過酷な運命が待ち受けているのは確かなのだが、この作者たちはそれを過度に強調して描くことを注意深く避けているように思えた。終始描かれているのは主人公すずとその周囲の人々の日常であり、確かにそこに戦争という異常事態は容赦なく侵入してくるのだが、それでもそこには徹頭徹尾人々の日常だけがあったのだと、この映画は一切ブレない一途な頑固さで語り続けるのである。

 終盤には広島への原爆投下もあるし、それ以前に軍港・呉は連日のように米軍機の空襲にさらされるのである。それをどう描くかというのは、普通の感覚からすれば、その大半がことの悲惨さを際立たせる道を選ぶように思えるのだが、この映画は絶対そういう方向には向かわないのである。悲惨さから目を背けているのではない。予定調和の方向性を持って情感に訴えるような描き方を、この作者たちは潔しとしていないように感じられる。
 主人公のすずが、投下された時限爆弾で絵を描くのに大切な右手を失い、義姉の娘の晴美を一緒にいながら死なせてしまったことなどは、運命とはいえ悲惨としか言いようのない出来事に違いない。だが、そんな悲惨を描いていながら、この映画はそれをも日常という些末なあれこれの中に溶かし込んで見せるのである。すずの中に絶望や悔恨が渦巻いていたことは明らかなのに、それを無理に取り出して過剰に描こうとはしていないのである。

 彼女がただ一度だけ激情を表に出すのは、8月15日の玉音放送のあと、敗戦の事実を知らされた時である。映画が描き続けてきた日常は、この一瞬だけ破れ目を露わにする。
 この作者たちが、ただただ日常の細々としたディテールにこだわり続けたのは、そこからしか見えてこない様々な真実があると考えたということだろう。戦争さえもが日常であったとすれば、玉音放送が示したのはそのかけがえのない日常の転覆だった(これからは平和な日々がやって来るということであっても)ということなのである。しかも、この作者たちのこだわりは、これをかたちだけのリアリズムで描こうとはしていない点にある。
 この映画を作る前に監督・脚本の片渕須直は、当時の広島や呉の町に徹底したリサーチを行い、舞台背景の細部までこだわり抜いて描こうとしたことが伝えられていた。ところが、実際に見た映画では、すべての風景が淡いフィルターを通したような柔らかな描線で描かれていて、ノスタルジーとは少し違うかもしれないが、登場人物たちの描き方と響き合うようなデフォルメが施されていて驚いたのである。これは単純なリアリズムとは違うのだと思った。

 何か遠いファンタジーを見るような、温もりのある絵柄だと思った。だが、この絵も物語も、根っこにあるのは決して目を背けることのない厳しいリアリズムの眼なのである。そこに見えていたものをどう見せていくのかというところで、この作者たちは実に注意深い配慮と選択を行ったということなのではないか。良質のユーモアを含んだ、この映画の節度ある語り口は簡単に手に入れられるものではなく、いままで見たことのないような素晴らしいものだと思った。
 そして、突然やって来た戦後の始まりは、数々の悲惨を引きずった、先の見えない不安に満ちていたものだったはずなのだが、この映画はそれすらも急速に回復する日常の中に落とし込んで見せるのである。すずと周作の2人が広島で戦災孤児の女の子を拾い、呉の家に連れ帰ってしまうラストシーンは、何がどうあれ、また新しい日常が始まることを感じさせて胸にグッと来るものがあった。それは感動の涙を強要するようなものでなく、いろいろあったけれどとにかく良かったなあといった感じの、ゆるい感動だったことがわたしにはとても好ましいことに思われた。

 最後のクレジットタイトルに移ったところで、この女の子がすずたち家族の一員として成長していくことを表す絵が映し出された時、この物語がはるかな時を超えて、現代の日常にまでつながるような共感を生み出していることに気付いた。戦争の時代を描いた作品でありながら、これまでのどんなものにも似ていない、ほのぼのとした(ほのぼのという言葉は大嫌いなのだけれど)不思議な気分の残る映画だったと思う。
 キネマ旬報ベストテンでアニメ映画が第1位になるのは、あの名作「となりのトトロ」以来の出来事なのだという。そして、アニメ映画の監督が監督賞を取るのは初めてのことだったらしい(宮崎駿でさえ取れなかったのだ)。それはともかく、この映画が「トトロ」と並ぶことは、(まったく異質の作品だったが)納得の結果だったと思った。
(立川シネマシティ1、1月24日)


by krmtdir90 | 2017-01-24 22:25 | 本と映画 | Comments(0)

コピス新年会(2017.1.21)

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 記録という意味で一応書いておくことにする。
 21日(土)の夜、朝霞台(北朝霞)でコピス新年会を行った。正式名称をつけるなら、15周年記念コピス高校演劇フェスティバル新年会といった感じになると思うが、そこに新座柳瀬の全国大会出場決定祝賀会という内容が加わったのは嬉しいことだった。もちろん、昨秋の県大会にコピス組の4校が出場したことを祝う趣旨もあったわけで、いろいろひっくるめて、来たる2017年度に向けて大いに盛り上がる会になった。
 現役を引退してずいぶん経つ者としては、こうして現場で活躍している皆さんを応援し続けられるのはこの上ない喜びだし、コピスのフェスティバルを作ってきた一人として誇らしくも思っている。現場にいれば様々な苦しいこともあるのだろうが、それがなくなってしまった者からすれば、現場でやれるというのはやはり羨ましいことであり、今後もできる限りの応援を続けていきたいと思うのである。
 まあ、こうしてみんなで集まって楽しく飲めるというのが一番なわけで、乱暴を承知で言い切ってしまえば、コピスのフェスティバルがここまで続いてきた根底には、いつもこれでもかとやり続けた飲み会の役割が大きかったのではないかと勝手に思っている。半数ぐらいが2軒目に流れ、けっこう飲んでしまったので昨日はちょっと辛かった。

 ところで、この新年会で2校の大がかりな自主公演の企画が明らかになったので、以下簡単に紹介しておく。他にも幾つか校内公演の予定などを聞いた気がするが、はっきり覚えていないのでご容赦願いたい。

①東京農大三高・東北復興支援チャリティー公演「ロボむつ&もしイタ」
 「翔べ!原子力ロボむつ」と「もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが、青森のイタコを呼んだら~」の2本立て。
 日時、2月19日(日)。開場14:30、開演15:00、終演17:30。
 会場、吉見町民会館フレサよしみ。チケット、500円(200円は復興支援金として寄付予定)。
 問い合わせは090-4020-2777(顧問・藤橋)まで。

②新座柳瀬高・関東キャストによる最終公演(凱旋公演?)
 新潟の関東大会で最優秀賞と脚本賞をダブル受賞した「Love&Chance!」。3年生キャストはこれが最後。
 日時、3月25日(土)。スケジュール未定。
 会場、三芳町文化会館コピスみよし。
 詳細は未定だが、とりあえず日にちだけはいまから予定しておきたい。これ、書いちゃって良かったんだよね?
by krmtdir90 | 2017-01-23 12:11 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(3)

映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」

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 第二次世界大戦でヒトラーの率いたドイツが無条件降伏したのは1945年5月である。ヒトラーとナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)がドイツを支配したのは1933年から12年間だが、戦後のドイツがナチスの戦争犯罪とどう向き合ってきたのかは、実はほとんど知らなかったということがこの映画を見て判った。
 戦後の混乱の中で多くのナチス戦犯が海外に逃亡したらしい。その中で最重要人物だったのが、戦争中数百万のユダヤ人を強制収容所に送り、ホロコーストの中心的役割を担ったアドルフ・アイヒマンだった。彼が潜伏先のアルゼンチンでイスラエルの諜報機関モサドに拘束されたのは1960年、エルサレムの法廷で死刑判決を受け、その刑が執行されたのは1962年だった。
 このアイヒマン追跡に大きな役割を果たしたのが、西ドイツのフランクフルトにあったヘッセン州検察庁の検事長であるフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)だった。映画は実在人物である彼の1950年代後半の行動を描いている。サブタイトルになっている「ナチスがもっとも畏れた男」というのはバウアーのことを指している。

 映画の中で特段説明があるわけではないが、バウアーがナチス戦犯の告発に執念を燃やし、アイヒマンの拘束に向けて行動していたことは、当時ドイツ国内では様々な抵抗や妨害を覚悟しなければならなかった。そのため彼の取る行動は基本的に秘密裏のものとなり、虚々実々の駆け引きなどサスペンス溢れる映画が成立することになった。
 戦後のいわゆるニュルンベルグ裁判によって多くの戦犯が裁かれ、連合国占領下の非ナチ化政策によって、ナチ党員やその協力者はかたちの上では公職などから一掃された。しかし、実態としては戦後社会の様々な場所に生き残っていたということである。そして、1949年のドイツ東西分断後の西ドイツにおいては、初代首相アデナウアーによって、一部重罪者と積極分子を除く多くの追放者を復権させることで非ナチ化の終結が宣言されていたのである。
 これは少し考えれば判ることだが、国家として戦後の復興を進めようとする時、過去の戦争責任を国民全体のものとしていつまでも引きずることはできないということだろう。旧ナチ党員だったとかその協力者だったとかいう人間はそれこそどこにでもいただろうし、過去にこだわってこれを排除し続けることなどできることではなかったということになる。

 結局、旧ナチ党員もユダヤ人も、同じドイツ国民として戦後をもう一度生きていくしかなかったのである。州検察庁を始め国内の捜査機関(連邦刑事局・連邦情報局など)や政府内部にもナチの残党がいて、バウアーの行動を監視し妨害しようとしているという状況は、ある意味では仕方がないことだったのかもしれない。
 経済復興を国の最優先課題とするならば、戦争の記憶はほどほどのところで風化していってほしいものなのだろう。その流れに棹を差し、国の未来を背負う若い世代のために過去と向き合い、過去を徹底追及することが必要だと主張するバウアーの存在は、彼らにとってきわめて危険で鬱陶しいものだったことは想像できる。
 フリッツ・バウアーはユダヤ人の家系だったがユダヤ教徒ではない。ヒトラーが政権に就いた1933年、反政府活動をした容疑で逮捕され強制収容所に入れられるが、ナチに従うという誓約書にサインをして8ヶ月後に釈放された。この時の自分の弱さを許せないというのが、彼の情熱の根底にあるものである。このことが映画の終盤になって彼自身の口から語られるが、彼の行動はナチに対する復讐ではなく、正義に対する純粋な渇望に発するものだということが描き出されている。

 ことの発端は、アルゼンチンのブエノスアイレスに住む亡命ユダヤ人からバウアーに送られて来た一通の手紙だった。アイヒマンが偽名を使って当地に潜伏しているのだという。普通に考えれば、この情報はドイツ当局に送付され対応が取られるべきものだが、それでは内部で復権しているナチ残党によって握りつぶされるという判断がバウアーにはあった。わたしが戦後ドイツのことを何も知らなかったと言うのはこの点である。
 バウアーは考えた末、イスラエルの諜報機関モサドにこの情報を流すことになる。これは国家反逆罪に問われるような危険な賭けだったが、それ以外にアイヒマン拘束への道筋を描けなかったということである。案の定、様々な圧力や妨害が加えられるが、彼がこれをどう乗り越えていくのかがこの映画の見どころとなっている。非常に深刻な歴史的事実を描いているが、この映画は基本的に娯楽映画という枠を外していないのである。
 バウアーは確保したアイヒマンの身柄をドイツに移し、ドイツ国内で彼を裁きたいという希望を持っていたが、それは実現しなかった。これ以後のことは映画には描かれていないが、彼はその後もナチ追及に情熱を傾け、1963年以降ドイツ人によるアウシュビッツ裁判を実現させ、ホロコーストの実態を国内外に明らかにする原動力となったようだ。

 この映画がきわめて地味な題材を扱いながら、非常に見応えのある面白い作品に仕上がった大きな理由が、脚本(監督のラース・クラウメとオリヴィエ・グエズの共同脚本)の素晴らしさにあると思った。説明過多になることを注意深く避けながら、必要な事実背景を的確に浮かび上がらせていたのは見事である。
 また、実在人物であるフリッツ・バウアーの傍らに、彼の良き理解者であり片腕ともなる若手検事カール・アンガーマン(ロナルト・ツェアフェルト)という架空の人物を配したことが、物語の展開に変化を与え豊かにしていたと思う。彼を同性愛者として設定し、バウアーの同様の性向と響き合わせることで、バウアーの不屈の理想や正義に陰影を付けながら、当時犯罪とされていた同性愛をめぐる経緯が彼らを窮地に追い込むというサスペンスを成立させていた。
 原題がどうなっているか知らないが、この邦題はまったくいただけないと思いながら見に行ったのだが、映画としての出来映えは素晴らしいものだったと思う。
(渋谷Bunkamuraル・シネマ、1月18日)
by krmtdir90 | 2017-01-21 10:59 | 本と映画 | Comments(0)

「シベリア抑留」(富田武)

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 シベリア抑留と言った場合、一般には旧ソ連によって行われた日本人捕虜に対する一連の非人道的な強制労働を指し、様々な抑留体験などを通じてその全体像に迫るといった扱われ方をするのが普通だったと思う。酷寒、飢餓、重労働といった想像を絶する過酷な状況は、当然のごとくその不当性が強調され、被害者意識を基調として語られることが多かったように思う。
 この本は250ページ足らずの典型的な新書であるが、これまでの「シベリア抑留もの」とは一線を画した、広範な視点からシベリア抑留を歴史的に位置付けようとした試みである。そのため、従来のいわゆるシベリア抑留について述べた部分は90ページほどに過ぎない。それも情緒的に流れることなく、種々の資料を駆使して事実を固めていく作業に終始している。なるほど、研究者というのはこういうふうに物事を把握していくのかと、ある種新鮮な思いで読了した。

 この本には「スターリン独裁下、『収容所群島』の実像」というサブタイトルが付けられている。1917年の建国以来、ソ連という国では反革命分子の徹底した摘発が行われ、全土に開設された矯正労働収容所の囚人たちによって社会主義国家建設の多くの部分が進められた。その収容者数は1939年に200万人を超え、うち30万人以上が収容所において死亡したという。
 第二次世界大戦時のソ連における捕虜の処遇は、この矯正労働収容所での囚人の扱いをモデルとして組み立てられており、戦争に対する「人的賠償」という名の下で、当然のように長期に渡る過酷な労働が課されることとなった。日本人の捕虜が発生するのは1945年の秋以降だが、ソ連ではそれ以前に激しい独ソ戦の中で相互に大量の捕虜を発生させているのである。ドイツが優勢の時には300万人を超えるソ連兵がドイツの捕虜となり、うち200万人が銃殺された。スターリングラード(現ボルゴグラード)攻防戦を境にソ連軍が優勢になると、大量のドイツ兵がソ連の捕虜となった。

 この本ではすべてが資料的裏付けを持った記述になっているので、人数等もすべて1人の単位まで明確にした数字で示されているのだが、ここでは煩雑を避けるため概数で書かせてもらう。ドイツ降伏時には200万人を超えていたドイツ人捕虜は、労働力となるか否かの選別が行われ、1946年には160万人あまりがソ連各地の捕虜収容所に収容された。
 ほぼ同じ時期に、旧満州国などで捕虜となった60万人ほどの日本人が、同じくソ連各地の捕虜収容所に移送されていた。ドイツ人捕虜は主に独ソ戦の主戦場となった西部地域に配置され、日本人捕虜は概ねシベリアから中央アジア地域に送られたため、両者は基本的に重なり合うことはなかったが、そこで展開された強制労働の実態はまったく共通していた。共通という意味では、先の反革命に対する矯正労働収容所の囚人たちとも重なり合い、これら何百万人の捕虜・囚人たちの労働力によって、ソ連各地の戦後復興や地域開発が進められたのである。

 日本人抑留者の筆舌に尽くしがたい苦難は、こうしたスターリン独裁下のソ連という国家全体の体制が生み出したものである。彼らの労働力なくしてソ連経済の復興はあり得ず、この抑留がジュネーブ条約違反であるとされても、可能な限りその期間を延長することが画策されたのである。この本の広範な視点というのは、シベリア抑留の歴史的意味を問い返す大きな問題提起になっていると思う。
 また、この本がこれまであまり取り上げられることのなかった、南樺太・千島・北朝鮮における「現地抑留」の実態に踏み込んでいるのも特筆されるべきことだろう。この南樺太でのソ連軍侵攻については桜木紫乃が「凍原」の中に書いていたが、きわめて短時日のうちに事態の急転が起こったことによって、そこにいた人々の運命が大きく左右され、結果的にその地に一定期間留まるしかなかった日本人というのは、シベリア抑留とは異なるものの明らかな「抑留」として捉えられなければならないと筆者は述べている。この提起はきわめて重要なものだと思う。

 この筆者は、当時の日本政府・軍部が戦況判断を誤り、満州開拓民や関東軍兵士に対して棄民・棄兵政策をとったという見方を否定していないが、一方で関東軍がなぜ満州にいたのかというところから始まる、加害者としての抑留者の問い直しも必要ではないかという立場を表明している。残された公文書や資料を詳細に読み解き、広い視野を持って具体的事実を積み上げつつ、シベリア抑留とその周辺の出来事を鮮明に描き出した好著だったと思う。勉強になった。
by krmtdir90 | 2017-01-17 11:38 | 本と映画 | Comments(0)

映画「14の夜」

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 男の映画である。ただし、この男というのは14歳の中学生たちで、その「呆れる程に馬鹿だった」日々を、温かく率直な距離感で見事に写し取った映画である。まだ何者にもなりえない中学生男子の日常が、笑っちゃうくらい大真面目に語られている。
 1987年という時代設定が効いている。田舎町に一軒だけあるレンタルビデオ屋が、中坊たちにとって非常に重要な「世界に開いた窓」になっている。まだスマホもインターネットもなかったこの時代、レンタルビデオで覗き見るオトナの性のイメージが彼らの頭の中を占拠している。この頃のビデオは、購入すれば1万円以上、レンタルでも一泊千円以上という貴重品だったことを思い出した。まだエロ雑誌のグラビアの方が、彼らには何とか手が届く秘密の性典だったということなのだ。

 脚本・監督の足立紳という人は鳥取県生まれの45歳、すでに脚本家として実績のある人らしいが、監督としてはこれが最初の映画だったようだ。低予算だったため、わずか2週間の撮影期間しか取れなかったというが、安易に流れることのないきわめて正統的な画面作りが印象的だった。若い頃、相米慎二監督に師事したというのが生きていたのかもしれない。
 オリジナルの脚本が大変優れていると思った。中学生というのは案外ドラマのエアポケットであって、真正面からリアリティを持って描くというのが非常に困難な対象という気がする。4人の中学生男子が、特に何をするでもない日常生活の中に、きちんと個性を持って存在させられている。その大部分の言動が性と絡んでいるのだが、14歳の彼らの、端のオトナから見れば何ということもない、しかし当人たちにはこの上なく切実な悩みの数々が上手に掬い上げられている。学年内におけるみずからの相対的位置付けを、主人公のタカシ(犬飼直紀)が客観的に把握してみんなに語るところなどは、その的確さにちょっと驚かされるのである。

 周囲のオトナたちを丁寧に描写していることも効いている。光石研の演じたタカシの父親が出色だったが、母親の濱田マリ、祖母の稲川実代子、姉の門脇麦、婚約者の和田正人といった脇役陣が、オトナのみっともなさ、嘘くささといったものを鮮やかに浮かび上がらせ、そのクソみたいな日常に居ても立ってもいられなくなるタカシの苛立ちにリアルな説得力を与えていた。
 14歳の悩みの原点には、こうしたオトナにだけはなりたくないという、しかしオトナになるというのはこういうことなのかもしれないという、拒絶や恐れや諦めといった様々な思いが渦巻いているのである。この部分にきちんと目配りをした脚本になっていることが、単なる興味本位のチープな映画になることを防いでいるのだと思う。性に対する前のめりな中学生たちの行状を描きながら、彼らを見る作者たちの視線は意外なほど誠実で優しいのである。この種の題材を扱うにあたり、これは簡単にできることではないと思う。

 家を飛び出したタカシの「14の夜」の体験は、いわば様々な通過儀礼を内在した一種のメリーゴーラウンドのようなものだが、思いがけないように見えて案外ありふれているようにも思える、不思議な高揚感の連続する展開が新鮮だった。
 同じ中学生のツッパリグループとの確執や、もう一つ年上の暴走族グループとの経緯、さらに隣に住む幼馴染みのメグミ(浅川梨奈)との対決?など、この一夜にてんこ盛りのドラマが詰め込まれているのだが、マンガみたいな飛躍した展開がリアリティを決して失わないところが見事だと思った。タカシたち4人の中学生グループについては、映画の前半で非常に鮮明な(幼くも悶々とした)存在感を放つのだが、この「夜」のシーンでは、結局タカシ一人が取り残されるかたちでグループは自壊してしまう。代わってツッパリグループのリーダー的位置にある金田くん(健太郎)がクローズアップされたりするが、いずれにせよ「14の夜」の先に抜けて行くのはタカシ一人なのである。

 翌朝、自室に戻ったタカシが、相変わらずヘドが出るようなオトナたちの存在を外に感じながら、何か吹っ切れたような表情で泣き笑いを見せるラストシーンは印象的である。日々の繰り返しは簡単に変わるものではないが、14はやがて15になり、16になっていくのだということが生理的な実感として浮かび上がっていたと思う。
 画面が切れて、クレジットタイトルに移ると同時に流れる主題歌が良かった。キュウソネコカミというグループが歌う「わかってんだよ」というロック曲なのだが、「14の夜」の苛立ちを見事に表現していたと思う(いまはユーチューブで簡単に試聴できるし、歌詞もすぐに調べることができる。便利な世の中になったものである)。
 (テアトル新宿、1月12日)
by krmtdir90 | 2017-01-13 12:54 | 本と映画 | Comments(0)

「黒書院の六兵衛」上・下(浅田次郎)

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 今年最初に読んだ本である。日本経済新聞に連載されたのが初出で、2013年に単行本となり、今年(2017年)の1月新刊として文庫化されたものらしい。近所の書店の文庫本の一角に平積みされていた。時代小説に手を出すことはまずないのだが、ほかならぬ浅田次郎だし、正月だから(理由になってないか)ちょっと気分を変えて読んでみる気になった。

 不思議な物語だと思った。奇想天外の設定と展開と言うほかない。浅田次郎でなければ思いつかないし、浅田次郎でなければ書き切れない物語だと思った。幕末から維新へという時代背景は、各所にドラマチックな要素を孕む混乱期であって、書き手にとってはまたとないアイディアが生まれる宝庫なのかもしれない。それにしても、浅田次郎の考えるフィクションは際立っている。
 文庫本のカバーの裏表紙に物語の簡単な紹介が載っているので、それを引用させてもらう。

 江戸城明け渡し迫る中、開城のため、官軍のにわか先遣隊長として、送り込まれた尾張徳川家・徒組頭(かちぐみがしら)の加倉井隼人。勝安房守(勝海舟である)に伴われ宿直部屋で見たのは、無言で居座る御書院番士だった。ここで悶着を起こしては江戸が戦に。腕ずくで引きずり出してはならぬとの西郷隆盛の命もあり、どうする、加倉井。

 歴史のことはよく知らないのだが、鳥羽伏見の戦いで徳川幕府を破った官軍は江戸に向かって進軍、江戸城総攻撃の日が迫る中、官軍の西郷隆盛と幕府方の勝海舟が会談して無血開城を決め、戦を回避したという史実が背景になっている。
 トップが話し合いで決めたからと言って、末端まですべてが言うことを聞いて順調に進むとは限らない。上野の山には幕臣たちが彰義隊となって立て籠もっているし、東北では依然として官軍への抵抗が続いていた。主人公・加倉井隼人は、先遣隊と言えば聞こえはいいが、要するに城内に不穏な動きがあればこれを一掃する決死隊ということで送り込まれたのだ。覚悟を決めて城内に入ると、幕臣たちの多くはすでに江戸城から去っていて、全体としては平穏に城の明け渡しが行われることが予想された。ただ一点、説得を拒否して無言で居座り続ける一人の旗本を除いては。

 この設定が実に面白い。この御書院番士・的矢六兵衛が、浅田次郎の仕掛けたフィクション上の謎になるのである。彼はいったい何者なのか、何のために城内に居座っているのか。この男は周囲の詮議や説得に一切耳を貸そうとせず、みずからの意図や要求などもまったく口にしない。ただただ無言で座り続けるだけで、てこでも動かないという意志だけを強烈に発散しているのである。
 力ずくの排除に出てしまうと、幕臣方との間で何とか保たれている薄氷の均衡状態が崩れ、予想外の衝突などに発展する恐れもある。そのため、あくまで話し合い決着を目指すしかない勝安房守や加倉井隼人の苦しい対応が続けられることになる。浅田次郎はこの的矢六兵衛ではなく、周囲で右往左往するしかない人物たちを丁寧に追いかけていく。的矢六兵衛という存在はとにかく動かないのだから、回りが動くことで彼の謎を解いていくしかないのである。

 そういう意味では、この小説は終始ミステリ的であると言えるだろう。実際、周囲の人間たちは様々に動き回り、的矢六兵衛の未知の部分に次第に肉薄していく。しかし、作者は最後まで謎解きに向かう展開を選ぼうとしない。恐らくここがこの作品の肝である。的矢六兵衛がどういう経緯で御書院番士になったのかという謎などは明らかになるが、それが明らかになっても彼の行動の意味は依然闇の中であり、彼の行動はその単純明快さによっていっそう謎を深めていくのである。
 すべての価値観が転覆するしかない江戸城明け渡しの混乱の場において、彼の取り続ける無言の行動は、失われていく武士の矜恃、武士道そのものを体現しているかのような意味合いを帯びてくることになる。この男に何一つ語らせることなく、いわゆるミステリ的謎解きにもまったく背を向けたまま、浅田次郎はこの的矢六兵衛という男の存在感を、驚くべき筆力でじわじわと高めていく。有無を言わせぬ力業で描き切って見せるのである。何の説明もないまま六兵衛が江戸城を後にするラストシーンは、不思議な、しかし圧倒的な説得力を持っている。

 小説というのは作りものであり、どんな破天荒な物語でも自由に作り出していい。しかし、それを説得力を持って語り切るのは簡単にできることではない。ただ面白いだけで後に何かが残るというような物語ではないが、浅田次郎の凄さを十二分に堪能できた本だったと思う。
by krmtdir90 | 2017-01-11 20:35 | 本と映画 | Comments(0)

「i(アイ)」(西加奈子)

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 昨年最後に読んだ本である。直木賞受賞作「サラバ!」から2年、と帯に書いてある。受賞第1作ではないが、作者全力投球のストレート勝負ということでは、「サラバ!」に続く作品と言っていいように思う。「サラバ!」をあまりいいとは思わなかったが、今度はいいと思った。

 描かれているのは主人公・アイの心の遍歴とでも言うべきものなのだが、それが閉ざされたかたちのドラマとしてではなく、自身の存在が世界中で起こっている様々な現実に囲繞され、それらと無関係ではあり得ないのだという視点が設定されていて、現実世界の理不尽さや残酷さとどう向き合っていくのかという、広がりのある視野によって主人公の心が捉えられている。
 西加奈子にはこれまでもそういう傾向が見えていたのかもしれないが、この作品で初めて意識的に現実の世界と正面から対峙しようと試みたように思われる。現在の世界がどれほど悲惨で矛盾に満ちたものなのか、それを見詰め続け心を痛める存在として主人公が描かれている。こういうことは安易な思いつきでできることではない。

 主人公の名前はワイルド曽田アイと言い、1988年にシリアで生まれた(つまりシリア人)と設定されている。赤ん坊の時ニューヨークに連れて行かれ、アメリカ人・ダニエルと日本人・綾子というセレブ夫婦の養子となった。小学6年の時に父の仕事の関係で来日、現在高校生となって、その入学式翌日からこの物語が始まるのである。
 最初の数学の授業で教師が言った「この世界にアイは存在しません」という言葉が、彼女の成長過程に大きな影を落とすフレーズとなり、物語の中で幾度となく繰り返されている。教師は虚数単位の「i」のことを「愛」に引っかけてシャレてみたつもりのようだが、「アイ」はほかならぬ主人公の名前であり、一人称「I」を意味してもいるのである。この物語は、数奇な出自を持つ主人公少女がみずからのアイデンティティーを探し求める遍歴の物語と言っていい。

 自分の存在について考え始めたアイにとって、内乱が続き貧困が蔓延するシリアの過酷な状況と、すべてが恵まれたみずからの状況との落差は、目を背けることのできない様々な苦しみの原点となっている。選ばれたのはなぜ自分だったのか。自分が選ばれたということは、一方に選ばれなかった多くの誰かがいたということであり、そう考えることは、現在の自分が享受している平穏で豊かな生活を、言いようのない罪悪感で満たしていくのである。
 自分はこんなところでこんなふうに生きていていいのだろうか。彼女は孤独を深め、自分を主張することが極端に不得手な少女になっていく。彼女は世界中から伝えられる悲惨なニュースの死者の数を、ノートに書き留めるようになる。それはなぜ自分ではなかったのか。一方で彼女は、現実社会と関係を結ぶことを避けるようになり、いつしか数学の持つ絶対的な静謐に魅せられる自分を発見していく。

 物語は2004年から2015年に至るアイの成長を跡付けていくが、それと並行して、世界の理不尽と不均衡の犠牲となった膨大な無名の死者の存在を記録していく。それは具体的事実であり具体的数字であるが、読者にとって実感を伴ったものにはなり得ない。しかし、アイの想像力はそこに歩み入り、それをみずからの恐怖と悲しみとして感じ取るのである。
 物語の後半になると、それは彼女の母国であるシリアとシリア難民の現実に徐々に収斂していくが(決して他国の悲劇が捨象されてしまうということではない)、その中で彼女は、自分が偶然の成り行きに生かされた存在ではなく、終始生きた存在としてそこにあったことに気付くのである。「この世界にアイは、存在する」。彼女がみずからのアイデンティティーを発見するこのラストシーンは、恥ずかしくなるくらいストレートで感動的である。こんなふうに率直な表現でストレート勝負できるところが、西加奈子の真骨頂だと思う。

 ここまでアイという主人公のことしか書いてこなかったが、もちろん物語には彼女の成長と関わりを持つ重要な人物たちが登場している。高校時代に出会い、ずっと彼女の理解者であり友人であり続けるミナ、終盤になって登場し、彼女と結婚するカメラマンのユウ。そして、過去から現在までずっと彼女に寄り添っていた養父母など。物語の大半は、これらの登場人物たちとアイとの交流の過程を描き出す。ただ、長くなってしまうからここでそれらに踏み込むことはしない。
 彼女は長い間、ミナやユウや養父母がいてくれるから自分があるのだと感じてきた。特にミナとの間に紡がれた様々な出来事は、彼女にとってこの上なく貴重で大きなものだった。終盤近くの決定的とも思える「運命の試練」を経て、彼女は自分がここにあることとミナがそこにあることとはまったくの「同格」なのだということに気付く。存在というのは互いに許し許されたりするものではなく、それぞれがそこに存在し互いに呼び合っているものなのだと理解するのである。

 ここに描かれているのは普遍性を持った物語だが、現実世界の様々な出来事(ニュース)と向き合っているという意味で、きわめて時代性の強い物語でもある。時の流れとともに消えてしまう物語ではないが、そういう意味ではいま、同時代の中で読むべき本という気もする。西加奈子はこんなにも時代と切り結んでいる作家だったのである。
by krmtdir90 | 2017-01-10 12:02 | 本と映画 | Comments(0)

ひどい正月

 きょうも更新しないと年末から1週間以上更新しないことになるので、新年最初の記事がこんなものになるのは非常に不本意なのですが、最小限の現況を報告しておきます。

 実は、元日の昼ごろから急速に風邪の症状に襲われ、2日の夜には39度近い熱が出て(この歳になると39度はかなり身体に応えた)、三が日は完全にダウンということになってしまいました(実際には起き出して箱根駅伝などを見ていましたが)。
 昨日(4日)はかなり良くなった感じで、きょう(5日)はさらに回復しているようですが、食欲が回復しないし、まだ元通りにはなっていないようです。インフルエンザではないかと恐れたのですが、この展開ではその可能性はほぼないと思われます。
 こんなわけで、元日の朝には少し飲みましたが、その晩からお酒はまったく飲んでいないし、今年になってまだ一度も風呂に入っていません(きょうは入ろうと思っています)。
 ひどい正月になってしまいました。何かのバチが当たったのかもしれません。

 心配は無用です。快方に向かっているし、間もなく全快します。そうしたら、またちゃんとした記事を載せますから。
by krmtdir90 | 2017-01-05 17:33 | 日常、その他 | Comments(0)


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