18→81


主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「スウィート17モンスター」

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 「ライ麦畑でつかまえて」(J・D・サリンジャー)のホールデン・コールフィールドは確か17歳だった。大江健三郎の「セヴンティーン」を読んだのはもう遥か昔だ。仕事柄、長い間17歳前後の若い人たちと接してきた。その事実も次第に遠いものになりつつある。17歳というのは、当事者にとっても周囲の人間にとっても実に厄介な年齢なのだ。だが、わたしのようなこんな年齢になっても、そのあたりのことを妙に愛おしく感じる気分は消えていない。この年齢の子どもたちの姿を、どういうかたちでもいい、ありのままに写し取った作品に興味を覚える。
 最近の巷には「こじらせ女子」なる言葉があるようだ。女子には限らないと思うが、うまい言い方を考えるものだなと思う。この映画はけっこう「当たり」だった。17歳の女の子をこんな風な角度から捉えた作品はなかったのではないか。この年齢の子どもの持つ困った側面をよく捉えていると思った。周囲にいたらずいぶん苛つくことがあると思うが、この監督は実に温かい視線でこの子を見詰めている。こういうところに目を付けて成功した作品をわたしはこれまで知らないと思う。脚本・監督のケリー・フレモン・クレイグは1981年生まれ、今年36歳になる女性で、この映画が最初の監督作品だったらしい(アメリカ映画、104分)。

 17歳を描くからといって、同年代の子どもたちにおもねるようなステロタイプの決めつけで事足れりというものは多い。この映画がそういう方向には見向きもせず、サエない女の子の空回りの日常を丁寧にすくい上げようとしたところが素晴らしいと思う。自意識過剰の一方的な思い込みや勘違いというような、この年代をあとから振り返ると誰もが思い当たる恥ずかしい側面を、この映画はリアルに容赦なく描いていながら、決して温かさを失っていない。こういう若さゆえのみっともない部分はみんなが持っているもので、そこを抜けようと願いながらいつもドジを踏んでしまうのも、みんな通ってきたことなんだよとこの監督は優しく語りかけているようだ。
 主人公のネイディーンは、冒頭に駆け足で紹介される不運な子ども時代に、この世には2種類の人間がいて、自分は何もかもうまくいかない「イケてない」方に属しているのだと思い込んでしまう。17歳になったネイディーンを演じるヘイリー・スタインフェルドがいい。周囲に対して心を開いていないから、いつもブスッとした雰囲気を漂わせ、それが周囲を困惑させていることに気付くことができない。そういう17歳を実に表情豊かに演じている。こういう演技のできる若い役者は多くないだろうし、それを引き出し画面に定着させられる監督もそんなにいないと思う。

 周囲を固めた役者たちもみんないい。母親役のキーラ・セジウィック、唯一の親友クリスタのヘイリー・ルー・リチャードソン、「イケてる」代表のような天敵の兄ダリアンのブレイク・ジェナー、クラスメートの東洋系男子アーウィンのヘイデン・ゼトー、こういう相手役とネイディーンの様々なやり取りを、この監督は非常に巧みに演じさせ写し取っていると思う。特に表情のリアリティが素晴らしく、それを見ているだけで楽しくなってくる。一つ一つの場面が生きていて、「あー、判るなあ、この感じ」という納得を与えてくれる。けっこうシビアな場面でも、どことなくユーモラスな気分が漂ってしまうのは役者と監督の見事な成果だろう。
 その白眉といっていいのが、中年の教師ブルーナー役のウディ・ハレルソンとのやり取りである。この教師はかなり変わり者らしく、特別熱心な教師というわけでもなさそうだが、自分勝手な気分で一方的にちょっかいを出してくるネイディーンを、経験に裏打ちされた巧みな対応で実に鮮やかにあしらってみせる。困った生徒だと思いながら、それでもきちんと相手をして、さりげなく感情の行き先をずらして彼女を静めてしまうのである。この二人の演技はこの映画の素晴らしい見どころになっていて、二人のやり取りの微妙な間や表情の変化は見ていてワクワクさせられた。
 でも、こんなふうにきちんと彼女のことを理解してくれている大人がいるのに、ネイディーンの方は自分のことだけで手一杯で、彼の優しさには気付くことができないのである。

 実際、周囲に登場するみんなが彼女のことを心配していて、しかもその気持ちは基本的にみんな優しいものから始まっているのに、彼女にはそこがどうしても見えない。結局、周囲を怒らせたり失望させたりの繰り返しになってしまう。「こじらせ女子」の典型的な独り相撲である。
 映画はこのあと、きちんとハッピーエンドまで持って行ってくれるのだが、それはある意味あっけないくらい簡単なことだったのだ。もちろん映画だから、終盤には彼女の通過儀礼となる「17の夜」があって、それなりにハラハラする展開が用意されてはいる。劇的と言えば劇的だが、それはある面ではとても簡単でささやかな出来事である。でも、それで彼女に、これまで見えていなかったものが不意に見えてきたというのは真実だろう。その変化を、この監督は妙な思い入れで大袈裟に描いたりせず、包み込むような温かい視線で静かに見守っているのである。
 翌朝になっての、ネイディーンの表情の変化が素晴らしい。こんなにハッピーな気分にさせてくれるハッピーエンドはなかなかないのではないか。ハッピーで全身が弾むような彼女の表情の変化がすべてを表現しているから、この監督はラストのシークエンスを実に淡々と描いている。変に盛り上げたりせずサラッと終わりにしている。この終わり方も非常に好ましいと思った。掘り出し物の一作だったと思う。
(立川シネマシティ1、4月27日)
by krmtdir90 | 2017-04-28 12:23 | 本と映画 | Comments(0)

「ジュリエットのいない夜」(鴻上尚史)

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 鴻上尚史は小説も書いていて、これは4冊目の単行本になるらしい。脚本はそれなりに読んでいたが、熱中することはなかったので、小説を読むのもこれが最初である。
 鴻上は1958年8月生まれのようだから、現在58歳、間もなく59歳になる。もう若くはないのに、相変わらず若さ(というか、青臭さ?)を引き摺っているのが微笑ましいと思った。この小説、予想外に面白かったのである。最近どうも面白い本に当たらないので、自分の本選びに少し自信をなくしていたのだが、さすが鴻上尚史先生だなと感心した。
 得意の「あとがき」は小説には付けないらしく、帯の裏表紙側に「作者より」という短いコメントが載っているだけだった。
 『ロミオとジュリエット』という作品が大好きです。/あんまり好きなので捧げる作品を書きたくなりました。/突っ込んだり、パロッたり、尊敬したりしました。/演劇の演出家になって35年ぐらいたちました。/あんまり長い時間なのでいろんな経験をしました。/それを小説という形で表現してみるのも素敵かなと思って書きました。/言っておきますが、これはほぼフィクションです。
 この鴻上口調。鴻上は歳を取っても変わらないなと思った。

 この本には「ロミオとロザライン」「オセローとジュリエット」という2作が収録されている。いずれも「ロミジュリ」を上演しようとする演出家が主人公になっていて、その稽古の中で周囲の人間たちとの間に生まれる軋轢を描いている。それは主に演出家と主演女優の恋愛模様なのだが、演出家の男はいずれの作品でもけっこう深刻な状況に追い込まれていく。しかし、そこはそれ、鴻上尚史は重くならないように注意して書いていることが判ってホッとする。
 自身が演出家だから、演出家の心理面はいじましさとか滑稽さを感じさせるものにして、演出家として全体の頂点に立たなければならない辛さを、ちょっと距離を置いて笑い飛ばしたいという感覚が働いたような気がする。「馬鹿だな、こいつ」という微笑ましい感じが、読んでいる側に生まれるように書いていると思った。だから読んでいて楽しかったし、内容がいわゆるバックステージものという点でもわたしには興味深かった。

 「ロミオとロザライン」は、ロミオがジュリエットと出逢う前に夢中になっていたとされる、ロザラインという女性(全然注意したことがなかった)にスポットを当てるというアイディアが面白いと思った。小説は、ロザライン役の女優(演出家の妻である)とジュリエット役の女優(演出家の浮気相手。当然、演出家や妻より遥かに若い)、そしてロミオ役の男優がからみ合って演出家を追い込んでいく。シェークスピア戯曲の「曖昧さ(いい加減さ?)」がうまくストーリーの鍵になっていて、うまいところに目を付けるものだなと感心した。
 「オセローとジュリエット」は、ジュリエット役の女優が演出家の恋人であって(当然、演出家より遥かに若い)、彼女がロミオ役の男優(ジュリエット役よりは年上だが、演出家よりは遥かに若い)と仲良くするのを見て、演出家が「オセロー」になってしまうというストーリーである。配偶者や恋人などに過剰な嫉妬妄想を抱くことを「オセロー症候群」と言うらしいが、これを「ロミジュリ」の稽古現場で展開させたところが鴻上の才気だなと思った。まあ、こじつけと言えばこじつけなのだけれど、そういうことを考えつくところが鴻上の鴻上たる所以なのだろう。

 2作とも、別に取り立てて何かを言いたい類の作品ではないから、軽い気持ちで読めてしまうのがいいと思った。劇作家・演出家としての鴻上尚史は最近どうなっているのか知らないが、少なくともまだまだ賞味期限は切れていないということだろう。
by krmtdir90 | 2017-04-27 11:53 | 本と映画 | Comments(0)

映画「バーニング・オーシャン」

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 とりたてて感想を書かなければならない映画でもないが、観ていて面白かったのだから、記録という意味で一応書いておくことにする。
 監督はピーター・バーグという人で、いかにもアメリカ映画らしいデザスタームービーだった。こんなふうに、あまり難しいことを考えず、映画の流れに身を任せればいいだけの明快な娯楽映画が時々無性に観たくなることがある。大作だが、107分という上映時間もちょうど良かった。

 2010年4月にメキシコ湾沖の石油掘削施設で実際に起こった原油流出事故を描いている。原題のDEEPWATER HORIZON(ディープウォーター・ホライゾン)というのがこの施設の名称で、凄まじい爆発と火災によって実際に11人の死者が出た大事故だったようだ。
 映画は海上に浮かぶ巨大な施設で夜間に起こったこの大災害を圧倒的な迫力で再現して見せる。どんなふうに撮影したのか判らないが、現実に起こった出来事だからリアリティがなければ観てもらえないだろうし、そういう意味では映画というのは本当に何でも出来るところまで来ているのだなと実感させられた。よくまあこんな凄い映像を作ったものである。

 実際の事故の時、掘削施設には126人の作業員がいたらしい。彼らの決死のサバイバルが映画の見どころということになるが、これは空想映画ではないから、超人的なヒーローは存在しようがない。極限状況下での脱出劇が見事な臨場感で描かれていくが、終盤で火炎に追い詰められ、もの凄い高度から海にダイブして助かるマーク・ウォールバーグが、救助された直後に見せる恐怖で放心したような表情がすべてを物語っている。彼が演じたマイク・ウィリアムズという人物は実在するのだから、どんなに必死の行動を見せても、彼はありふれた人間であってヒーローではあり得ないのである。
 実際に起こったことだから、当然のことながら映画はどうしてこんなことが起こってしまったのかについても、前半の部分でしっかり描き出している。世界最先端の技術が結集されたこんな施設でも、経済最優先の会社側の指示で安全確認がないがしろにされ、あり得ないはずの「世界最大級の『人災』」が起こってしまうのである。事故原因がどこにあったのかをこうして明確に指摘してしまうところに、アメリカ映画健在というストレートな力を感じた。

 映画の公式ホームページのコメント欄で、映画評論家の清水節が「今の日本映画に、このタッチで2011年のあの日を描く覚悟はあるか?」と書いていたのが印象的だった。東浩紀の「福島第一原発観光地化計画」ではないが、あの原発事故の原因を敢えて娯楽映画のかたちで描くというような、大胆で野心的な発想が日本の映画界には生まれようがないのが悲しい。
(立川シネマシティ2、4月25日)
by krmtdir90 | 2017-04-26 11:22 | 本と映画 | Comments(0)

ミュシャ展(2017.4.24)

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 ミュシャ展を観に、妻と六本木の国立新美術館まで行って来た。新宿から都営地下鉄大江戸線で行ったのだが、こんなに地中深いところを走るというのは、地震でも来たらどうなるのだろうと不安になった。
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 昨年8月に行ったチェコのプラハで、われわれはこのスラブ叙事詩に一度出会っている。ツアーで行った旅の途中で、スラブ叙事詩だけを展示した美術館に立ち寄ったのである。恥ずかしながら、この時はスラブ叙事詩についてまったく何の予備知識もなかった。だが、20枚の絵の圧倒的な存在感が強く印象に焼き付けられた。人影も少なかったし(写真撮影も自由だった)、かなりたっぷり時間を取ったので、心ゆくまでゆったり鑑賞することができたのである。
 実は、このミュシャというのが、あのアールヌーヴォーのポスターなどで有名な作者と同一人物ということも後になって知った。だが、それが判ると、この作風のあまりの違いに大いに興味が湧いた。パリで華やかな成功を収めた時代の寵児が、50歳で故国のチェコに戻り、20年近い歳月を費やして完成させたまったく異質の大作というのが、何といっても驚きだった。

 ウィキペディアによると、スラブ人というのはスラブ語と総称される言語を話す諸民族集団のことで、一つの民族を指すのではなく、本来は言語的な分類に過ぎないと書かれていた。該当するのはウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人、スロバキア人、チェコ人、ポーランド人、クロアチア人、セルビア人、ブルガリア人といったところで、宗教や文化、たどった歴史的経緯などは実に様々なものがあるようだった。しかし、言語的共通性を基盤にスラブ全体の共通性を強調することを汎スラブ主義と言い、スラブ叙事詩の根底をなすのもこの考え方になるようだ。
 スラブ民族の叙事詩ということになれば、様々な地域の様々な歴史を俯瞰することになるが、20枚の絵はそういう様々な事実に即しながら、その事実のみではない、広がりを持ったスラブ民族の運命といったものを感じさせるものになっている。

 今年の1月に、行きつけの書店にこういう新書が置いてあるのを見つけた。
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 スラブ叙事詩が初めてチェコ国外に出て、日本で公開されることになったらしいのをこの本で知った。これは行かなければなるまいと、何か不思議な巡り合わせを感じた。3月には芸術新潮でミュシャ特集号というのも出て、普段芸術新潮なんて買ったことがないのだが、買ってきて勉強した。知れば知るほど、アールヌーヴォーのミュシャとスラブ叙事詩のミュシャが同一人物であることが面白いと感じた。スラブ叙事詩のミュシャはこれまでほとんど知られることのなかったミュシャだが、彼自身はこれこそが自身の集大成であると考えていたようだ。
 ミュシャがチェコに侵攻したナチスに捕らえられ、厳しい訊問(拷問)ののちに亡くなったというのも悲劇的だ(1939年、79歳)。その後チェコを支配したスターリンからも否定的に扱われ、スラブ叙事詩が初めて世に出たのは1963年になってから(モラヴィアの小さな村の城にひっそりと展示されたらしい)、紆余曲折を経てプラハの美術館で本格的な展示が始まったのは2012年になってからだったという。

 今回の展覧会ではパリ時代の有名なポスターやパネルなども展示されていたが、それは確かに一世を風靡した素晴らしいミュシャの作品に違いないのだが、このスラブ叙事詩もまたミュシャそのものなのだという、この2つの距離を繋いだところにミュシャがいるというのは、何か驚くべき奇跡のように思えてしまう。絵の物理的な大きさに圧倒されるということはあるかもしれないが、それでもこんなとてつもないものを残していたということは、それだけでも凄い情熱と言うしかないだろう。
 今回は2度目だったし、事前の学習もある程度できていたから、かなりしっかり鑑賞することができたと思う。凄い人だかりだったから、距離を取って観ようとすれば人の頭が邪魔になる感じで、まあ仕方ないなと思いながら、けっこう細かいところを確認するように観ることができたと思う。
 照明の当て方がプラハの美術館とはかなり違っている感じで、こちらの方が全体的に明るく、隅々まで万遍なく当てられているように感じた。そのため、絵の艶?や奥行きといったものが若干失われ、全体がフラットになったように感じたが、そのぶん細かなところまで鮮明に浮かび上がってくる感じもした。光の具合でこんなにも印象が変わって見えるのかとびっくりした。個人的には、最初に観たということもあるのかもしれないが、プラハの美術館のやや暗めの照明の方が良かったような気がした。

 20枚の中ではやはり、①「原故郷のスラブ民族」(チラシや表の看板の図柄がこれ)、⑭「ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛」、⑲「ロシアの農奴制廃止」の3枚が強く印象に残る。いずれも610×810cmのサイズで、サイズの持つ圧倒的な迫力と、見れば見るほど発見がある感じが素晴らしいと思った。610×810cmというサイズはあと4枚あって(②③⑨⑮)、これらも印象に残った。強弱を施しつつ細部まで描き込まれた人間群像が、観ていて飽きることがなかった。

 展示場は最後の5枚が撮影可能エリアとなっていて、撮ってきた何枚かを掲載しておく。プラハで撮ってきたものと比較すると、こちらの方が細部までずっと鮮明に写っている。
 ⑮「イヴァンチツェの兄弟団学校」(部分)。
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 ⑲「ロシアの農奴制廃止」(全体と部分。全体を写そうとするとこんなふうに人が写り込んでしまう)。
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 ⑳「スラブ民族の賛歌」(人の頭が写らないように下の方をカット)。
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by krmtdir90 | 2017-04-24 22:42 | 日常、その他 | Comments(2)

映画「ブルーハーツが聴こえる」

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 1995年に解散した伝説のロックバンド「ザ・ブルーハーツ」。若き日にブルーハーツに衝撃を受けた6人の映画監督が、それぞれ思い入れのあるブルーハーツの楽曲を選び、自由な発想で映像化した6篇のオムニバス映画である。
 わたしは音楽とはほとんど無縁の生活を送ってきたから、残念ながらブルーハーツと言われてもまったく何も思い浮かばない。ではなぜ観に行ったのかと言えば、こんなふうに作られたオムニバス映画ということに興味を覚えたのである。果たして、出来上がった6篇はそれぞれまったく毛色の違った作品になっていて、そのバラバラ感が当たり前と言えば当たり前だが楽しかった。
 プログラムは製作されなかったようなので、インターネットで公式ホームページを開いて、忘れないように6篇の「覚え書き」を作っておくことにする。

①「ハンマー(48億のブルース)」監督:飯塚健、出演:尾野真千子・角田晃広・萩原みのり・伊藤沙莉。
②「人にやさしく」監督:下山天、出演:市原隼人・高橋メアリージュン・浅利陽介・加藤雅也・西村雅彦。
③「ラブレター」監督:井口昇、出演:斎藤工・要潤・山本舞香。
④「少年の詩」監督:清水崇、出演:優香・内川蓮生・新井浩文。
⑤「ジョウネツノバラ」監督:工藤伸一、出演:永瀬正敏、水原希子。
⑥「1001のバイオリン」監督:李相日、出演:豊川悦司・小池栄子・三浦貴大・石井杏奈・荒木飛羽。

 上映時間は159分となっていたから、1篇の平均時間は26~7分ということになる。上のところに6篇の「バラバラ感」と書いたが、ホームページのイントロダクションを見ていたらこんな一節にぶつかった。「この映画に登場するのは、自分に圧し掛かってきた困難を打破しようと戦う人間ばかり。そう、THE BLUE HEARTSから『がんばれ!』というメッセージを受け取った私たちのように」。なるほど、そういうことなのか。
 こうして6篇が並ぶとどうしても好みが分かれると思うが、個人的には①③④⑥が面白かった。そして、言われてみると確かに主人公はみんな「困難を打破しようと」行動しているなと思った。ブルーハーツがそれらに対する「がんばれ!」であったことはよく判らないが、ロックであれ何であれ、ある楽曲が生きる上での励ましになることは大いにあり得ることだと思う。
 この映画の6篇は、その「作り」においてはまったくバラバラの方向を向いているが、思うようにならない現実の前で、何とかしたい何とかしなくちゃと考えている人間たちを描いている点で、思いがけず共通したものになっていた。それがブルーハーツの残したものだったのかもしれない。

 「ハンマー(48億のブルース)」は、同棲している彼氏の浮気現場を目撃してしまったのに、怒ることも踏ん切りをつけることもできない尾野真千子が、周囲の3人に後押しされながら葛藤に決着をつけるまでをコミカルに描く。ポンポンやり取りされる早口のセリフが楽しかった。
 「ラブレター」は、いまは脚本家になっている斎藤工が、デブで冴えない映画マニアだった高校時代にタイムスリップし、事故死した片思いの少女・山本舞香を死なせないために奮闘する。ちょっと甘酸っぱい恋のあれこれが微笑ましい、ユーモラスで叙情的なファンタジーだった。
 「少年の詩」は、お母さんの優香に言い寄るスーパーの店長を、一人っ子の内山蓮生がヒーローショーの舞台でやっつける(と言うか、必死にぶつかっていく)までを描く。1987年と設定されたノスタルジックな雰囲気の映像が印象的で、少年のけなげさと、シングルマザー・優香の優しさを内に秘めた地味な生活感がなかなか良かった。

 「1001のバイオリン」は、3.11のあと福島から東京に移り住んだ家族の物語で、6篇の監督の中では李相日が最も高い評価を受けている監督だと思うが、短い物語の中に原発避難者の苦しい現状をしっかり描き出していた。わずか30分足らずの作品なのに、エピソードがどれもしっかり計算されていて、登場する5人それぞれの想いが鮮やかに浮かび上がっていたのが素晴らしいと思った。
 妻子3人が順調に東京生活に慣れていっているのに、元原発作業員だった父親(豊川悦司)だけが就職も決まらず、行き先の見えない生活を送っている。そこに、いまも原発で働く後輩の三浦貴大が訪ねて来て、豊川は家族の反対を無視して、三浦とともに立入禁止区域内にある我が家に向かう。非常に印象的な映像やセリフが重ねられていて、彼らの置かれた複雑な状況が多面的に(決して一面的把握で事足れりとはしていない)語られていて見事だった。
 李監督はホームページのコメントで次のように語っていた。「ブルーハーツは色褪せない。理不尽が溢れるこの世界で、決して諦めてはならないと叫んでいる。生きることの喜び、愛することの喜びを決して忘れるなと唄っている。ブルーハーツに与えられた多くの感情を、この映画に込めました」。この感じ、とてもよく判る作品に仕上がっていたと思った。

 6篇が終わったあと、エンドロールで青い空と白い雲をバックに流れた曲が素敵だと思った。まったくそのまま「青空」という曲だったらしいが、いまはYou Tubeですぐに試聴できてしまうので聴いてみた。うーむ、そういうことなのか。ブルーハーツに夢中になる感じ、何となく判るような気がした。
(新宿バルト9、4月20日)
by krmtdir90 | 2017-04-21 10:03 | 本と映画 | Comments(3)

映画「タレンタイム~優しい歌」

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 2009年にマレーシアで作られた映画である。プログラムによれば、マレーシアは多民族・多宗教・多言語の国家で、移民系(中華系24%、インド系7%)に対してマレー系56%と先住諸族11%を優遇する政策を採ってきていたらしい。このため、マレー人の役者によるマレー語のセリフだけの映画がマレーシア映画と認められ、その他の映画は外国映画扱いとなって、製作や公開の道が極端に制約されていたようだ。ヤスミン・アフマド監督はこうした状況に風穴を開けた人物で、映画界における「マレーシア新潮流」の牽引者と言われていたらしい。
 日本のような国に生きていると、民族・宗教・言語などが多様な国の状況というのはちょっと想像できない気がするが、様々な相違や対立を前提に国家としての統一を押し進めるのは容易なことではないのだろう。アイデンティティーに関わる相違は簡単に乗り越えられるものではないし、その違いに縛られて人間相互のつながりが阻害されてしまうことも多いのだろうと推測される。

 この映画は多様な民族・宗教・言語などが混在するマレーシア社会をありのままに捉え、それを積極的に肯定する中で、人と人との関係がその違いを越えていく可能性を描こうとしたもののようだ。この点で、マレーシア映画の記念碑的作品となり伝説の映画となったのも判る気がする。ヤスミン・アフマド監督がこの映画の完成直後に、51歳で急逝したのも大きかったと思われる。
 上記のような意味で、この映画は明瞭な問題意識を持った映画である。だが、作りそのものはあくまで「ゆるい」雰囲気が全体に漂っていて、登場人物の描き方もおおむねリラックスした気分が目立つ楽しいものになっている。生活や文化など至るところに深い影響を与え、解決の難しい様々な問題を背景としつつも、この映画は何とも優しく温かい手触りを感じさせるものになっている。
 ヤスミン・アフマド監督の持つヒューマンな姿勢が、画面の隅々にまで行き渡っているように思われて胸を打たれる。違いを埋めるのは簡単なことではないし、その道筋を安易に方向づけたりしていないところが好ましいと思った。

 「タレンタイム」というのはマレーシア各地の高校で行われている、生徒の芸能コンテストといった感じの催しである。決勝に進出できるのは7人だけだが、練習などで登校する彼らをバイクで送り迎えする生徒がやはり7人選ばれていて、その役割がけっこう名誉なこととされているというのも面白い。映画ではこの中の3人と1人にスポットが当てられる。それぞれ異なる背景を持った生徒たちで、その家族などの描写の中に簡単には越えられない壁の存在を感じさせている。
 映画はこうした家族の様子などを丁寧に取り上げ、幾つかのストーリーを並行して描きながら進んでいく。マレーシアのことを何も知らないわたしのような者にも、自然にいろいろな困難が見えてくるように作られている。上に書いたようなマレーシア社会の詳しい状況について判らなくても、この映画は支障なく観ることができるし、この監督が若い生徒たちに未来を託しているのだということはよく伝わってくる気がした。

 学年トップの成績を続けてきた中国系のカーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)は、マレー人の転校生でムスリム(イスラム教)のハフィズ(モハマド・シャフィー・ナスウィップ)にトップの座を奪われ、ライバル心を抱えたまま(2人とも)タレンタイムの決勝に進むことになる。ハフィズはギターを弾きながら自作の歌を歌うのだが、前日に脳腫瘍で闘病を続けてきた母親が亡くなり、さすがに出場は無理だろうとみんなに言われながら、ベストを尽くすという母親との約束を果たすために舞台に立つ。彼が歌う途中で、二胡の演奏で先に出場を終えていたカーホウが静かに現れ、ハフィズの曲に寄り添うように二胡の演奏を重ねていくのである。心に響く二重奏だ。
 演奏を終えた2人が舞台上で抱き合うラストシーンは感動的だが、映画としては意外にあっさりと描かれていたのが印象的だった。この監督は、描き過ぎずさりげない。

 もう一つの、この映画としては中心のストーリーとも言うべき「恋」のラストはもっとあっさりしていた。途中で不意に切れてしまう感じと言ったらいいだろうか。
 ヒロインのムルー(パメラ・チョン)はイギリス系とマレー系の混血である父とマレー系の母の下で、ムスリムではあるが比較的自由な考え方を持った家庭に育っている。彼女のバイク送迎係になったのがインド人ヒンドゥー教徒の家に育ったマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)で、耳が聞こえず手話で会話する聴覚言語障害者の彼とムルーは、送り迎えの過程で次第にお互いに惹かれ合うようになっていく。だが、民族の違い、宗教の違いはマヘシュの母親にとってはきわめて大きな壁になっていて、そこまでに幾つかの不幸な経緯があるのだが、タレンタムの前日に2人の交際はこの母親によって固く禁じられてしまう。
 特にイスラムと非イスラムとの宗教の違いは恋愛にとって決定的な障碍となるようで(イスラム教では宗教の一致が結婚の大前提となる)、彼らの「恋」がこれを乗り越えるのは簡単なことではないように思われる。タレンタイムでムルーはピアノを弾きながら歌うことになっていたが、前奏を弾くうちに悲しみが溢れてきて歌い出すことが出来ず、そのまま舞台を駆け下りて行ってしまう。袖で見ていたマヘシュは後を追って行く。

 この「恋」の行方がどうなるのかは観客の最大関心事と言っていい。だが、それは簡単なことではない。
 客席にいたムルーの母親も娘の後を追おうとするが、横の父親が優しくそれを止めるのである。プログラムに映画の字幕シナリオが掲載されているのだが、そのセリフは「いいから、2人きりにしてやろう。我々も経験しただろ」というものである。ムルーの父親が若い頃、ムスリムの母と結婚するために(周囲の反対を押し切って)イスラム教に改宗したことが窺われる。少し前のところでは、愛するムスリムの娘との結婚を諦めたマヘシュの叔父のエピソードが描かれていた。愛を貫けなかった叔父は「愛する人がいたらためらうな」とマヘシュを励ましていたのである。
 だが、それは簡単なことではない。階段の途中で少し距離を置いて立ち止まった2人のショットがこの「恋」のラストシーンである。ムルー「やめて、もう会っちゃいけないのに」。マヘシュ、手話で何事かを必死で語りかける。ムルー「何? 分からないわ。しゃべり過ぎよ」。マヘシュ「(手話で)僕がしゃべり過ぎ? 君はどうかしてる」。
 これだけである。この先、2人にはまだまだいろいろなことがあるはずだ。だが、映画はムルーの父親と同じように、この2人を静かに見詰めて信じるのである。シーンは次の、身体を清めお祈りをしてタレンタイムの舞台に向かうハフィズの姿に切り替わっていく。

 ムルーとマヘシュがどうなるのかをこの映画は描かない。いろんなことが複雑に絡み合うこの問題は、簡単には解けない難題であることをこの監督が判っているからだろう。だが、彼らマレーシアの未来は、違いにこだわり続けることではなく、お互いを認め合うことでしかやっては来ないことも判っているのだろう。それは、この映画に描かれた若い世代に託されるのだと、この監督は静かに優しく彼らの背中を押しているのである。
 マレーシアを描いた映画でありながら、どこにでもつながっていく普遍性のようなものを感じさせる素晴らしい映画だったと思う。ハフィズの歌う「I,Go」、ムルーの歌う「Angel」という2つの歌が印象に残る。
(渋谷イメージフォーラム、4月18日)
by krmtdir90 | 2017-04-19 20:07 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ろくでなし」

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 なかなか面白い映画だった。再び映画を見始めて一年あまりだが、日本の映画界には面白い監督や俳優がたくさん出てきているのだなと思った。監督・脚本の奥田庸介は1986年生まれだというから、ほぼ30歳でこれを作ったということになる。だが、映画の作り方は若さだけを売りにするような安直なものではなく、しっかりした大人のドラマを作っていたと思う。主要な登場人物は1人が女子高生という以外、他はみんな監督より年齢が上であろう。
 チラシの絵柄から、現代ヤクザのアクション物かなと思っていたらかなり違った。観る前には注意しなかったが、チラシの裏面に「馬鹿で、無様で、愛おしい」「大いなる勘違いからはじまる危ない純愛映画」と書かれていた。「純愛映画」、なるほどなと思った。

 主人公・一真(大西信満)は刑務所帰りだったようだ(中盤あたりの会話にある)。ストーリーには「流れ着いた渋谷の街で優子(遠藤祐美)に出会い、一方的に運命を感じる」と書かれている。一目惚れということだが、このあたりが若干描き方としては無理があると感じたが、この後の展開はスピーディでなかなか面白かった。一真は優子が店員として働くダンスクラブでもめ事を起こし、それをきっかけにその日のうちにクラブの用心棒として雇われる。
 ストーリーには「不器用だが、まっすぐな想いを貫く一真」とあるが、その後の彼の行動は彼女の後をつけて住居を確かめたり、一方的なストーカー行為と紙一重のものである。しかし、その結果として、優子がつきまとわれていた男を追い払う(もちろん暴力的に)ことになり、2人は距離を縮めていくことになる。直情的で切れたら何をするか判らない一真の危うさを感じながらも、彼の一途な想いにも優子は気づいてしまうのである。

 もう一人の主人公・ひろし(渋川清彦)はヤクザで、クラブのオーナー遠山(大和田獏)の裏の仕事を手伝ったりしている。彼は女子高生の幸子(上原実矩)とつきあっているようだが、この幸子と優子が姉妹であることが映画の途中で判るようになっている。彼らには影の薄い父親と認知症の祖母がいるようだが、優子はそれらを妹の幸子に押しつけて早々に家を出てしまったということらしい。
 この映画が面白いのは、普通ならあまり力点を置かないような部分を描いていることである。認知症の祖母と幸子の関わりなどはかなり丁寧に取り上げられていて、ひろしとつき合う時の幸子とのアンバランスを際立たせている。ひろしについても、彼には離婚した妻子がいて、定期的に行われるらしい子どもとの面会日の様子が描かれたり、その面会を中断したいという元妻からの電話を受けるシーンなどがあったりする。彼は後半では、脳に重い腫瘍が見つかり医師から手術が必要だと宣告されたりもする。また、オーナーの遠山は不気味な気配を漂わす危険な男で、金策に行った兄貴分を平気で殺害して、一真とひろしに手伝わせて海に沈めたりする一方で、従業員の結婚式で好々爺然とスピーチするシーンなどが置かれたりするのである。

 つまり、こうした映画が普通は描かないようなプライベートなシーンを、この映画はけっこうバランスを欠いたかたちで並べているということである。その奇妙な語り口が、この監督の持つ独特のカラーと言っていいものなのだろう。
 一方で、この手の映画には付きものと言ってもいい性的なシーンが、この映画にはまったく見られないのも大きな特徴になっている。いわゆる濡れ場はもちろん、キスシーンや抱擁シーンさえ一切描かれないのである。一真もひろしも、優子や幸子に対して(少なくともこの映画の中では)不思議なくらいの潔癖性を貫いて見せる。暴力シーンや殺人シーンの容赦のない残酷さと比べると、このアンバランスはいかにも特異である。調べてみると、2人を演じた大西信満は41歳、渋川清彦は42歳で、役そのものの年齢も40歳前後と考えていいはずである。いい歳をした「ろくでなし」の彼らの、年齢不相応の「純愛」がこの映画の奇妙な面白さになっているということになる。

 父親が多額の借金を残して死んだため苦境に陥った優子を救おうと、一真が「暴発」するというのが終盤の展開になるのだが、まあこのあたりのことは細かく書く必要もないだろう。遠山から奪った100万ではとても足りないので、一真は最後はパチンコの景品買取所に押し入って逮捕されてしまうのだが、ここまでされれば優子としても一真の帰りを待つ気持ちになるだろう。映画のラストは優子のショットで終わるのだが、何か不思議な気分が残る「純愛映画」のエンディングだった。
 なお、プログラムを読むと、終盤一真を助けて遠山を射殺し400万を奪ったひろしが、幸子と祖母を車に乗せてどこかへ去って行くという、もう一つのエンディングが撮影されていたようだ。映画ではなぜかカットされてしまったが、インタビューでそんなことを明らかにするくらいなら、ちゃんと本編に残した方が良かったような気がした。一真とひろしはずっと同列に描かれてきたのだし、結果的に「共犯」になってしまったのだから、両方のエンディングを並べる方が一貫性があったのではないかと感じた。
(新宿K's cinema、4月17日)
by krmtdir90 | 2017-04-18 23:59 | 本と映画 | Comments(0)

映画「午後8時の訪問者」

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 小さな診療所の医師ジェニー・ダヴァン(アデル・エネル)はその夜(午後8時)、ドアホンのコール音を無視してドアを開けなかった。ドアに向かおうとする研修医のジュリアン(オリヴィエ・ボノー)を止めてしまった。
 理由は幾つかある。診療時間はとっくに(1時間も前に)終わっていたし、数日後に彼女が移ることが決まっている大病院で、このあと歓迎パーティーが予定されていたのが大きい。そちらからの電話に、彼女はすぐ直前に問題ないと答えていた。
 もう一つは、彼女がこの時ジュリアンと話をしていたことで、「あなたは患者の感情に流され過ぎる」と指摘する彼女に、彼は不満の態度を見せていたのである。映画の後半で彼女は、この時の自分は研修医の彼にみずからの優位性を示そうとしていたと自己分析していたが、それは後になってからの彼女の後悔と自省によって確かめられたものだろう。

 翌朝、出勤した彼女は、やって来た刑事にすぐ近くで身元不明の少女の遺体が発見されたことを告げられ、診療所のドアの上に付いていた警備カメラの画像の提出を求められる。この画像に、午後8時にコールボタンを押す少女の姿が残っていたのである。少女は誰かに追われているようにも見え、誰かに殺された可能性も浮上しているようだった。
 あの時ドアを開けていれば、少女は死ななくて済んだのかもしれない。ジェニー・ダヴァンの中に後悔と自責の念が生まれたのは自然なことだろう。救えたかもしれない命を見殺しにしてしまったという思いは、彼女が医者であったことでいっそう強いものになったのは想像できる。

 だからといって、あの時ドアを開けなかった(開けようとする研修医を止めた)彼女の判断は責められるべきものではない。この映画では彼女の私生活はほとんど描かれていないが、いくら医者であっても、オフの時間を持つことは保障されなければならないだろう。彼女は診療所を訪れる貧しい患者たちにいつも寄り添っていたし、彼らに信頼される医師だったエピソードも描かれていた。
 間近に迫る大病院への移籍も、彼女が優秀な医師でなければできないことであり、患者たちに惜しまれつつもそちらを取った彼女の選択も非難されるべきことではない。だが、彼女はこの話を断って診療所に残ることを決める。少女の事件がきっかけとなったことは明らかだが、この行動は誰でもできることではない。多くの場合、不幸な事件は事件として割り切って、既定の道をそのまま行こうとするのが普通ではないか。
 彼女はそうしなかった。少女の事件が、彼女の医師としての立ち位置を根源的に揺さぶったのだと思われる。

 彼女は、このままでは身元不明のまま葬られてしまう少女のことを放っておけず、少女の名前と死の理由を求めて歩き回らずにはいられない。それが彼女を、思いがけない危険に晒すことになったりする。しかし彼女自身、少女の死に責任がないことは頭では判っていても、どうにも消えない自責の思いが彼女を突き動かすのである。
 映画は少女の死の真相を追うミステリーとなり、その過程で生じるサスペンスを描いていくが、主眼は必ずしもそこにあるわけではない。彼女の行動は警察の捜査とは無関係で、あくまで独自の私的なものと言うべきである。知り得た事実は他に洩らすことはないという医師の倫理があるから、明らかになった秘密は当事者が警察で話すよう仕向けるところまでで終わる。
 謎解きが主眼であるなら、こんな回りくどい設定は不要と言わなければならない。この監督(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟)が描こうとしているのは死の真相ではなく、ジェニー・ダヴァンによる医師としての「自分探し」にあると思われる。映画の中で彼女は、みずからの医師としての過去を問い返し、この事件を契機に医師として自分の進むべき未来を確認しようとしている。それは、みずからのあり方を根底から考え直すことである。

 この映画は、主人公ジェニー・ダヴァンから片時も離れることはない。カメラは常に彼女とともにあり、その行動の軌跡をずっと見詰めていく。余計なものは切り捨てられていて、先にも触れたように、彼女の私生活さえこの映画にとっては重要とはされていない。
 彼女は大病院の出世ルートから降りるだけでなく、寝具や身の回り品を診療所に持ち込み、24時間すべてを医師とするような生活に切り替えるのである。罪の意識がそうさせているのは明らかだし、オンオフのないそんな生活がこの先ずっと続けられるとも思えないが、そうしないではいられない彼女の気持ちはよく理解できるのである。
 あの時ドアを開けなかった。あの時は開けなかったが、彼女はこれまで何度となく恵まれない患者たちを救ってきたのである。そして、これからもそういう医師であり続けるということである。だから、彼女のこの誠実さが、事件の真相を文字通り向こうから連れて来るのである。結末が都合良く出来すぎているなどと言うのは的外れと言うべきである。

 映画の最後に描かれる2人の老婦人それぞれに対する彼女の対応は、彼女の内なる優しさが自然に滲み出ていて胸に響く。このジェニー・ダヴァンを演じたアデル・エネルは、いまフランスで最も注目されている若手実力派女優ということらしいが、終始表情を押さえたリアルな存在感が素晴らしいと思った。
 彼女の演技を始めとして、すべてがこの上なく地味に作られた映画だと思うが、背景に移民や貧困といった社会問題が取り込まれており、そうした中に置かれた主人公の行動が(ドアを開ける開けないというのが、たとえば移民受け入れの暗喩になっているというのは短絡が過ぎるにしても)きわめて現代的なテーマを背負っている気がした。
 監督がベルギー人なので、ベルギー・フランスの合作映画となっている。「牯嶺街」を観たあとでは、こういうふうに描くものが絞り込まれた映画もいいと思った。この監督の描き方、なかなかいい。
(新宿武蔵野館、4月10日)
by krmtdir90 | 2017-04-11 16:14 | 本と映画 | Comments(0)

映画「牯嶺街少年殺人事件」

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 映画は観終わったあと手許に何も残らない。映画は観終わった瞬間に過去の記憶となり、記憶は時間の経過とともにどんどん曖昧なものになっていく。映画という過去を確かめる術はないのである。そういう意味で、映画を観るという体験は読書とはまったく異なる体験である。
 ついさっきまで確かに目にしていたものなのに、終わってしまった映画を再び呼び覚まそうとすると、その手立てはプログラムの僅かな記述とスチール写真、あとは急速に遠のいていくあやふやな記憶だけになってしまう。映画はどんなに強烈な印象を残したものでも、その細部を確かめるためにもう一度ページを繰ることはできないのである。

 「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」。1991年に作られた台湾映画である。監督はエドワード・ヤン(楊徳昌)。「牯嶺街」というのは台北にあった街区の名称らしい。
 観終わった時、凄いものを観たという確かな印象があった。上映時間は236分。観る前は休憩なしのこんな時間に耐えられるかと不安だったが、その圧倒的な映画世界に時間を忘れた。こんな映画があるのかと思った。
 帰宅して一生懸命記憶を辿ったが、4時間の中に詰め込まれた内容の多さに行く手を阻まれてしまう気がした。それが凄いものであるのは判っているのだが、わたしはまだその半分も観ていないと感じた。だから、そんなことをするのはまったく初めてのことだったが、翌日もう一度この236分を体験するために出掛けていった。
 1回目ではよく見えていなかったことが、2回目にはかなり見えたと思った。だが、まだ足りないという感じも残った。今回は一応ここまでにするが、また機会があれば観に行きたいという気持ちが残っている。DVDやシナリオが出ていないらしいのが残念である。

 この膨大な映画について何を語ればいいのか。何も語らず凄い映画だっただけで終わりにしてもいいのだが、それではあとに何も残らない。どんなに語ってもほんの一部分しか語れないと思うが、あまり難しく考えず思いつくところを書いてみることにする。

 一般論として言えば、映画における映像は物語に奉仕するように撮影され積み重ねられる。フレームの作り方、アップにするかロングにするか、そのカットをどう繋いでいくかといったことが、結果として各シーンの意味を明らかにし、そこに作り出される関係性によって物語が紡がれていく。ところが、この映画ではそういうふうには進んで行かない。
 もちろん物語は浮かび上がってくる。だが、そのためにシーンを方向付けたり意味付けたりするやり方が、普通の映画とは少し違っていると感じた。そこに起こっている事実の意味を、この監督は簡単には把握させてくれないのだ。それは技術の未熟ではなく、むしろそこに非常に繊細で意図的な戦略があると感じた。それはどんなものだったのか。

 画面から目が離せない。そこに何か決定的なことが写り込んでいるのではないか、気付かないところで何か重要な関連付けが行われているのではないか。それを見落としているのではないか。そういう気分が終始離れないのである。この監督はそうしたことを強調したりはしてくれないから、それは観る側が見つけなければならない。
 読書であれば、立ち止まってすぐ前のページを確認することができる。だが、映画ではそういうわけにはいかない。今回、2回目の鑑賞でそういうことがかなり確かめられたと思う。2回見なければ判らないような作り方をするなと、普通なら即座に批判してもいいところだが、そんなふうに言えない何かがこの映画にはあったということである。
 この映画は、観客に判りやすく映像を作るというやり方は採っていない。無論、わざわざ判りにくくしているわけではなく、この映画の採用した語り口はきわめて意図的に選び取られたものに違いないのだが、どうしてそういうことが必要だったのか。

 この映画は群像劇である。主人公の2人ははっきりしているが、その周囲に非常にたくさんの人物が登場し、それぞれの位置でそれぞれの生を生きている。その存在は主人公2人の引き立て役でも背景でもなく、登場している時はそれと等価なものとして写し取られている。
 映画の始まりあたりでの学校のシーンがそうだった。アップが極端に少なく、多くの場合、引きのカメラが複数の人物を同時に捉えていて、対象の絞られたカットであってもカメラがそこに寄っていくことはなぜか避けられている。登場人物は等価であって、ここを見てほしいと誘導されたり、強調されることはない。事実というのは多面的なものだと言いたいのだろうか。
 主人公の一人・小四(シャオスー)は冒頭に単独で写されているから、その後の教室のシーンなどで多数が写っていても自然に浮かび上がるようになっていた。しかし、あとで彼に絡んでくる周囲のクラスメートたちはなかなか区別が難しかった。2回目の鑑賞で、ああここに出ていたのかと確かめられたりしたが、最初から彼らを際立たせるような撮り方をこの監督はしていない。

 シャオスーが通うことになるのは建国中学の夜間部である。夜のシーンが非常に多いため、野外のロングでは表情が読み取りにくく、登場人物の多さからそれが誰なのか判然としないこともあった。ライティングを極端に抑制して、暗い画面を作っているのももちろん意図的なものだろう。 
 明確な関係づけや意味づけを排して、離れた位置から場の状況を捉えようとする。この距離感はたぶん、状況の一面的な解釈を否定する監督の姿勢を表している。否定と言うより、一面的な解釈に安易に流れることを拒絶しているということだろうか。何が起こっているのかはそんなに簡単に判ることではないし、そこにいる当人たちにさえ、よく判らないことはたくさんあるのではないか。
 だからこそ、目を凝らすしかないのだ。画面の暗さは、対立する2つの不良少年グループの接触や衝突の場面でいっそう際立っていたが、彼らの対立それ自体が、彼らの関係の捉えどころのなさを物語っているのかもしれない。そうしたものに引き寄せられ翻弄される少年たちの姿を、突き放すでもなく近寄るでもなく、この監督は一つの距離感を保ちながら、総体として見極めようとしているのではないかと感じられた。。

 「総体」ということで言えば、ここに描かれるのはシャオスーを始めとした少年たちの群像だけではない。彼らの周囲には学校の威圧的な教員たち、高慢な保健室の看護師や医師、学校に隣接する映画スタジオの冴えない監督といった大人たちが存在している。だが、普通ならまったく印象に残らない(印象に残す必要のない)ような脇役の彼らまで、この映画は彼らが確かにそこに生きているという存在感を与えて見せるのである。
 それより何より、この映画はその冒頭から、シャオスーの父親を始めその家族7人のすべてを実に丁寧に描き出している。そちらにあるストーリーラインも、この映画にとってはきわめて重要な要素ということなのだろう。家族の周囲には、隣人の飲んだくれの商店主や家族の後ろ盾となる有力者の男などもいたりして、それぞれが鮮やかな存在感で家族と絡んでいたりするのである。
 つまり、この映画は少年たちの青春群像劇であるとともに家族を描いた映画にもなっていて、この監督は恐らくそれら「総体」の向こうに、背景となった1960年当時の台湾の現実を浮かび上がらせようとしていると思われた。
 最初は予備知識ゼロで観に行ったから、こうした歴史的背景はよく判らないことがほとんどだった。だが、プログラムを読んでから行った2回目の鑑賞では多くのことが理解され、ヤン監督の企図したこの映画の野心的な構図に大きな驚きを感じた。

 そういう意味では、あれこれ説明しようとしないこの映画の鑑賞には、台湾の歴史に関するそれなりの予備知識が必要だったのかもしれない。だが、それがなくともこの映画の凄さは感じ取れたのだし、それを知ってその凄さがいっそうよく理解されたということなのである。
 共産主義の中華人民共和国が成立したのは1949年だが、国共内戦に敗れた蒋介石らが台湾に逃れて国民党政府(中華民国)を始動させたのも同じ年である。この時、中国本土から数百万の中国人が国民党とともに台湾に渡り(これは映画の冒頭に字幕で出ていた)、彼らは元から台湾に住む本省人(ほんしょうじん)に対して外省人(がいしょうじん)と呼ばれたのだという。映画に描かれる小四(シャオスー)の家族は外省人であり、ヤン監督自身も1947年に上海に生まれた外省人であったらしい。映画の中の多くの少年たちも外省人の子どもたちと設定されているようだ。
 外省人にはインテリも多く、台湾社会にうまくとけ込めなかった人間も多かったという。シャオスーの父親はそんな典型として描写されている。シャオスーは父を尊敬しているが、父は学校に反抗的で不良グループともつきあう息子のことを心配している。

 この映画には本省人は出てこなかったようだが、対立し摩擦を起こした少年同士が「俺たちは仲間じゃないか」と相手に許しを乞うところが何回か出てきたのは、本省人に対する外省人の同一性を訴えていたのだということが判る。不良少年たちの対立は外省人の子どもたち同士の対立なのである。
 シャオスーの家族が住んでいるのは、日本統治下では日本人が住んでいたと思われる日本風の木造家屋である(他の幾人かの少年の家も出てきたが、貧富の差はあるもののみんな同様に旧日本人の家屋に住んでいるようだった)。その夕食時に隣家から日本の歌謡曲が聞こえてくるのだが、それに対し「8年も日本と戦ってきたのに」というようなセリフを誰かが言っていた。確かに外省人が日本と戦っていた時、本省人は中国の敵であった日本軍の一員だったのである。
 父親が突然やって来た男たちに連行される場面があったが、国民党政府は台湾の共産主義化を防ぐため、外省人に対して厳しい目を光らせている現実があったようだ。後の方で、主人公2人の脇の道を何台もの戦車が通って行くシーンがあったが、台湾では1949年から1987年まで38年間にわたって戒厳令が継続していたのだという。

 さて、いろいろ書いてきたが、この映画のメインストーリーについてはまだ何も語っていない。映画が描く「殺人事件」は、エドワード・ヤン監督が、舞台となった建国中学に在籍していた1961年6月に実際に起こった事件だったという。当時15歳だった少年が同級生の少女を刺殺したというこの事件は、台湾で初めて起こった未成年の殺人事件として大きな話題となり、当時同年代だったヤン監督にも大きな衝撃を与えたようだ。
 上の方で「主人公2人」と書いたが、厳密に言えば主役が小四(シャオスー)であって、小明(シャオミン)は相手役である。だが、彼女の登場の仕方はシャオスーと違って、いつも彼女に目が行くようなきわめて印象的なものだったと思う。多くの場合シャオスーは集団か複数の仲間の中にいるが、シャオミンはだいたい一人か二人のところで登場するようになっていた。
 学校の保健室で足の怪我を治療してもらっていたシャオミンを、たまたま居合わせたシャオスーが、教室まで送るよう医師に言われたことが2人の関係の発端になっているが、知り合ったばかりの2人の間に流れる微妙な気配を、ヤン監督は実にさりげなく写し取っている。

 2人のその後の経緯は文字通り紆余曲折があるのだが、その理由の大半はシャオミンの側にある。それほど美人とも思えないのだが、彼女の醸し出す少し大人びた気配は、同年代の男子たちにとっては圧倒的な魔力を感じさせるものになっているのだろう。
 不良少年たちのグループである「小公園」のリーダーだったハニー(彼は渾名で呼ばれていて名前は不明である)が、敵対する「217」グループのリーダー山東(シャントン)とシャオミンを奪い合い、殺人を犯して台南の方に身を隠しているというのが重要な伏線になっている。シャオミンは、かつて圧倒的な力を持っていたハニーの彼女としてみんなから認識されているのである。
 彼女は母親との二人家族で、母が使用人として住み込む家に同居している。これは恵まれた環境とは言えないだろう。喘息持ちの母の奉公は長続きせず、転居を繰り返すような不安定な生活を送っている。
 彼女が男好きのする雰囲気を漂わせているのは確かだが、いろいろな男から言い寄られて必ずしも毅然とした態度が取れないのは、その孤独な生育歴が影響しているのかもしれない。シャオスーとシャオミンの気持ちはお互いを必要としているように見えるが、それほど簡単なものではない。

 ここで確認しておかなければならないのは、ここに描かれている「恋」は1960年ごろの中学生たちのものだということだ。小明(シャオミン)の場合はどこまで経験しているのかは判らないが、彼女に惹かれている男子たちの思いは(セックスに対する興味や憧れはあったとしても)、基本的にはプラトニックなものだったということである。小四(シャオスー)はもちろんのこと、ハニー不在の小公園グループを束ねる滑頭(ホアトウ)やバスケ部のエース小虎(シャオフー)ら、少年たちの純情と屈折をヤン監督は見事に写し取っている。
 この映画には性的な要素はほとんど見られない。喘息の母の治療費を免除してくれた医師とシャオミンの間にそういう気配が漂うが、ヤン監督はそれを直裁に描くことを避けているように見える。仮にそういうことがあったとしても、シャオスーが彼女に求めているのは深い精神の結びつきであることが判っているからだろう。終盤近くで見えてくる、ホアトウの彼女・小翠(シャオツイ)の奔放さも同じことである。性はないわけではないが、少年たちのストーリーにとってはまだ重要なものにはなっていないのである。

 2つのグループの小競り合いや対立は、思いがけず帰って来たハニーをシャントンが殺したことで頂点に達する。中山堂というホールで行われた洋楽コンサートの熱気を背景とした、小公園グループと217グループ、そしてハニーの接触が作り出す緊迫感は素晴らしかった。
 数日後、激しい雨の降る夜、他のグループも巻き込んだ仕返しの殴り込みは凄惨を極める。ほとんど何も見えない暗闇の中で、断片的な光源がそこで起こっていることを瞬間的に映し出す。この懐中電灯の僅かな光が照らし出す映像は鮮烈だった。この懐中電灯の持ち主はシャオスーだったはずだから、彼はシャントンの死を見届けているのである。
 その後、シャオスーはつまらない経緯から学校を退学になってしまう。そして、これを契機に昼間部への転入を目指すことにした彼は、勉強に集中するためシャオミンとの関係を一時的に遠ざけることにする。彼女もシャオスーを応援して同意するが、彼女は一人でいることに耐えられないくらい孤独だったのだろうか。ストーリーは思いがけない方向に転がり始めるが、映画はそこだけを集中して描いているわけではない。

 この映画にはまだまだいろんな要素が詰め込まれている。たとえば、シャオスーの友人でいつも一緒にいる王茂(ワンマオ)という小柄な少年。彼はプレスリーの熱狂的なファンで、ボーイソプラノの声を生かして仲間のバンドでボーカルをやったりしている。主要なストーリーラインからは常に傍流なのだが、彼の関わるエピソードはいつも少しだけユーモラスで、小公園グループと関わる反抗的なシャオスーの異なる一面を浮かび上がらせてバランスを取っている。
 また、小馬(シャオマー)という非常に重要なピースになる少年も出てくる。彼は訳ありの転校生だったが、小さなきっかけから小四(シャオスー)の親友となった少年である。父親が何かの司令官をしていて、裕福な家庭に育ち、不良少年たちにも顔が利くようだ。
 これに飛機(フェイジー)という少年を加えた4人の仲間の、いかにも年齢相応の少し背伸びした日常も丁寧に描かれている。そのあたりに触れ始めると、たぶんきりがない。
 そうなのだ。シャオスーの家族も含めて、この映画には語り始めたらきりがなくなるような多彩な内容が散りばめられている。なにしろ、4時間の長尺の上にエピソードがどれも印象的で、一つ一つのシーンが実に多くのことを語っているからである。

 仲間と小明(シャオミン)を連れて訪ねた小馬(シャオマー)の家で、使用人が暇を取って困っていると彼の母がこぼすシーンがあった。後にシャオミンの母がシャオマー家に雇われ、シャオミンも一緒に暮らすことになったのを伝え聞き、小四(シャオスー)の心はにわかにざわつく。
 この後の幾つかの経緯は省略するが、結局シャオマーを刺しに行ったはずのシャオスーが、シャオマーに出会うことなくシャオミンを刺してしまうことになる結末は悲しい。このシーンで交わされる2人の会話を正確に再現することはできないが(どこかにシナリオはないのか!)、この世代の男子と女子の気持ちのすれ違いでありながら、社会の現実の前で思うように生きられない外省人の大人たちの屈折した思いとも重なっているような気がして、強く印象に残った。
 「僕だけがきみを助けられる。きみには僕だけだ」「あなたはわたしを変えたいの? あなたは違うと思っていたけど、ほかの人たちと同じね。自分勝手ね。わたしはこの世界と同じように、変わるはずはないの。あなたは何なの?」「君こそ何だ、恥知らず!」。

 2人の思いは決定的に行き違う。それは「気狂いピエロ」のフェルディナンとマリアンヌのようだ。比較するのは馬鹿げているが、こちらの方が圧倒的に悲しいと感じた。「気狂いピエロ」は凄い映画だといまでも思っているが、「牯嶺街」は圧倒的に凄い映画なのだ。
 少し前のところに、小馬(シャオマー)と小明(シャオミン)のことを知ったシャオスーが、投げやりな気分で滑頭(ホアトウ)の彼女の小翠(シャオツイ)を誘うシーンがあったが、ここでシャオツイも同じような言葉でシャオスーを非難していた。これも正確ではないが、「わたしを変えられると思っているの? それは無理。わたしはこの世界と同じように、変えることはできないの」。
 2人の少女が口にした言葉の類似性は当然意図的なものである。少年たちの行動の焦燥感のようなもの、少女たちの諦観を含んだような言葉、そして様々な大人たちが囚われる苛立ちのようなもの、それらをたとえば「台湾社会の閉鎖性」「時代の閉塞感」といった言葉で束ねてしまうことに意味はないが、シャオスーの「殺人事件」の背後に横たわるきわめて大きな何かを、この映画は確かに感じさせているのである。

 そうした意味で、チラシに付けられた惹句は象徴的である。少年は「この世界は僕が照らしてみせる」と言う。だが、少女たちは恐らく、少年の心を理解しながらも「この世界もわたしたちも、変わることはない」と応えるのである。
 ナイフごと少女に体当たりする少年の姿を、カメラはナイフが見切れる上半身だけのツーショットで捉えている。一瞬の出来事だが、こんな悲痛なショットは見たことがない。
 次に、画面は一気に引きのショットに切り替わり、「立てよ、きみなら立てる、立ってくれよ」と繰り返し懇願する少年と、路上に横たわったまま動かない少女の姿を、カメラはかなり離れた位置からいつまでも凝視するのである。

 だが、ヤン監督は情緒的な悲しみとしてこの結末を強調してはいない。悲しみは映し出された事実から自然に滲み出てしまうものであり、映画の描き方は微塵も揺らいではいない。ある距離感の下で淡々とその事実を見詰めているだけである。
 警察署で、シャオミンの血で赤く染まったTシャツを着替えさせられそうになり、泣き叫びながら係官に抵抗するシャオスー。別室の片隅には、シャオスーだけが唯一の親友だったのにと嗚咽する小馬(シャオマー)がいる。。
 距離を置いて切り取られたそれらのショットが、撮り方として何一つ強調していないのに、強烈な悲しみと虚しさを伴ってこちらに迫ってくる気がした。誰も悪くない。しかし、彼らはそうなってしまった。悔恨があったとしても、それもまた時間とともに過去のことになってしまうのだろう。

 逮捕された小四(シャオスー)は地方裁判所で死刑の判決を受け、その後上級裁判所で懲役15年の刑が確定して服役し、30歳の誕生日に釈放されたという字幕が出る。
 映画はその後、彼が収監されて2カ月後だという小さなエピソードを2つほど映し出して終わる。一つは、差し入れを持ってきた王茂(ワンマオ)が受付の男と受け答えしているシーンである。カメラはワンマオを正面から写していて、彼は一巻の録音テープを男に託して帰って行く。だが、帰った後でテープはゴミ箱に捨てられてしまい、シャオスーに届くことはない。それにはワンマオが歌ったプレスリーの歌が録音されていて、それをプレスリーに送ったら返事とプレゼントが届いたことを、彼は誰よりシャオスーに伝えたかったのだということが画面外から語られる。
 もう一つは、恐らく引っ越すことになったらしいシャオスー一家の様子である。家族がそれぞれの片付けを進める中で、洗濯物を外に干していた長女が、その中にあったシャオスーの中学時代の制服をそっと抱きしめる。確か長女だったと思うが、もしかすると母親だったかもしれない。もうはっきりしないのである。

 映画の記憶は、2回も観たはずなのにすでにひどく曖昧なところがある。そして、記憶はどんどん消えていく。
 25年前に撮影された50年前の出来事を描いた映画である。小四(シャオスー)が刑を終えて帰って来たのは1975年になるのだろうか。それだってもう遥か昔のことだ。映画の中に生きていた少年たちや家族がその後どうなったのかを、映画は語ろうとはしない。彼らはこの映画の時間の中だけを生きたのであり、そのどんどん消えていく記憶だけが彼らが生きた痕跡なのである。

 映画遍歴の始まりあたりで観た「ウェストサイド物語」が、長い間わたしにとってのベストワンだと思ってきた。だが、人生も終わりに近付いたこんなところで観たこの映画が、わたしのもう一つのベストワンになってしまったかもしれない。
 「ウェストサイド物語」は一遍ですべてがわたしの中に入り込んできた映画だったが、「牯嶺街少年殺人事件」はまだこれからたくさんの発見があるのではないかと思わされる。もしかするとこれきり観る機会はないのかもしれないが、失われていく記憶ということをこれほど切実に感じさせられる映画はなかったような気がした。
(新宿武蔵野館、4月6日)
(横浜シネマリン、4月7日)
by krmtdir90 | 2017-04-09 12:03 | 本と映画 | Comments(0)

「果鋭」(黒川博行)

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 広辞苑で「果鋭(かえい)」の意味を調べると「果断で気性の鋭いこと」とあった(小型の辞書には載っていない)。主人公の大阪府警元刑事コンビ堀内と伊達のことだろうか。「気性の激しい」なら判るが「気性の鋭い」というのはもう一つ判りにくい。
 3月に出たばかりの黒川博行の新作だが、お気に入りの疫病神シリーズではない。だが、時々無性に暇潰しの読書がしたくなる時があり、そういう時には読む前からほぼ内容が想像できて、まず裏切られることがない黒川博行の安定感は貴重なのである。

 この堀内・伊達コンビもシリーズ化されているようだが(「果鋭」は3作目になるらしい)、読むのは初めてである。この2人は大阪府警の暴力団対策係でコンビを組んでいたが、それぞれ不祥事を起こして相前後して府警を追われ、いまは怪しげな競売屋の調査員になっているという設定である。
 2人は例によって欲に目が眩んだ有象無象を追いかけるのだが(今回の標的はパチンコ業界である)、2人もまた金には目がない「ワル」であることがはっきりしている。したがって、その行動は金になりそうなことに対してあくまで「果断」であり、元刑事という履歴もそのために迷うことなく活用される。疫病神シリーズの桑原・二宮コンビと比べて笑いの要素は少ないが、その分、男同士の口には出さない気遣いのようなものが描き込まれている。これもまた悪くない。

 もともと大阪弁の会話が際立って面白い作家だったが、言葉のやり取りだけでどんどん事態が進んでいくという書き方が、いっそう磨き上げられた印象を持った。情景描写などが限界まで切り詰められていて、説明部分も最初から非常に少ないから、読んでいて引っ掛かるような面倒なことがまったくない。展開のスピード感が実に心地いいのである。
 つまりはそれが楽しみたくて黒川博行を読むのだが、常に期待を裏切らない筆さばきは名人芸の域に入ってきたようだ。帯に「デビュー35周年」と書いてあったが、調べたら彼は1949年3月生まれの68歳だった。歳を取っても若いなあと思った。
by krmtdir90 | 2017-04-07 10:48 | 本と映画 | Comments(0)


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