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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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イタリアの旅⑧ローマ3・復路(2017.7.15~17)

7月15日(土)続き
 すぐに昼食を食べに出た。ホテルの前にあるレストラン。
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 添乗員が、この店には日本語のメニューが置いてあると紹介してくれていたのだ。EST! EST!! EST!!!という店である。テラス席は暑いので中に入ると、地下に下りていくようになっていた。
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 昼だが、やはりビールなどを飲んでしまった。メニューは日本語でも料理はイタリアのものであって、それでもなるべくさっぱりしたものが食べたいということで、これは野菜のグリル。
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 イタリアでは生野菜をドレッシングで食べるという習慣はないようで、ホテルの朝食などでも日本人向けに臨時に出した感じのものが少量置いてあることはあったが、これでは野菜不足になるなあと感じていたのである。このグリルという食べ方はイタリアにもあるようで、要するにバーベキューだが、これは美味しかった。
 食事の方はどうしてもピザかスパゲッティかという選択になってしまうようで、リゾットという変化球?もあるけれど好きではないし、結局2人ともパスタということになってしまった。
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 まあ、本場だから、どこで食べたのも美味しかったからいいんですけどね。
 最後にエスプレッソコーヒーを飲んで、店を出たら午後2時を過ぎていた。このあとはホテルの部屋に戻って2時間ほど休憩した(「シエスタ」だ!)。

 4時半になったので、土産物などを買いながら外に出ることにした。最初に行ったのがローマ三越の免税店。
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 三越伊勢丹のカードが使えるというので、最初はそんなに買わないよと言っていたのに、結局いろいろ買ってしまった。で、荷物を置きに一旦ホテルに戻り(ほぼ通り道なのだ)、改めて駅の方に行ってみることにした。

 ローマ・テルミニ駅。正面寄りから。
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 こちら側の日陰の舗道でしばらく路面電車を見ていたが、
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 どうやら2種類の車輌しか来ないようなので、切り上げることにした。それにこの車輌、塗装も形もあまり魅力的とは言えないと思った。
 ローマ・テルミニ駅に入ってみることにする。
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 昨日到着した時にも感じたことだが、ここは駅の中にいろいろなお店が入り込んでいる感じで、全体にガチャガチャした雰囲気があって落ち着かないと思った。
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 ↑この写真でホームは右手、正面は左手になるのだが、左手にはお店などが並ぶばかりで、待合所のベンチなどは見当たらないようだった。
 ホームの方は、間に素通しの強化アクリルガラスのような仕切りがあって、自由に入ることはできないようになっていた。
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 したがって、以下の写真はすべてそのガラス越しに撮ったものである。
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 これでは面白くないので、早々にやめてしまった。
 お店の間を通って正面の方に行ってみた。
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 ↑これは振り返って撮っている。背中の方が正面出入口。写真の右手にきっぷ売場がある。
 地下街へのエスカレーター。右が正面出入口。
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 向こう側の赤いのがきっぷの自販機である。これ。
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 裏側には本屋さんがあるようだ。
 こちらに出てくる時に、お店の間にあったタバコ屋さん。
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 タバコ屋は「タバッキ(TABACCHI)」である。買わなかったけれどね。

 このあと、エスカレーターで地下街に行った。一番奥にスーパーマーケットがあることを確認してあったのである(写真はない)。ここで、残ったユーロのコインなどを使って細かい買い物をした。
 それから最初の出入口の方に戻り、壁面にあったポストに絵はがきを投函した。
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 この時の絵はがきはまだ届かないのだが、どうしてしまったのだろう。落書きなどがあって、何となく信用できないようなポストだったが、大丈夫だったのだろうか。
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 ホテルには17:45ぐらいに帰った。

 さて、オプショナルツアーの「カンツォーネディナー」は19:30集合だった。
 19:00にロビーで落ち合って、また添乗員が案内してくれた。ローマ三越のちょっと先にマイバスイタリー社の小さな営業所があり、そこが集合場所になっていた。行ってみると、この日は参加者がたった6名ということで、大型バスが用意されていたが、何だか申し訳ない気分になった。
 女性の添乗員が付いていて、案内されたのはコロッセオが見える通りから、
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 少し入ったところにある地下のお店だった。
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 ツアーで来るお店だから観光客向けであるのは確かで、そういうものだと思えば大声量のカンツォーネを間近に聞きながらの食事は、最後の晩ということもあってワインが進んだ。
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 一緒になった4人は同じツアーで来ているらしく、一方は金婚式を迎えたという夫婦で、もう一方は新婚旅行の若い夫婦だった。この金婚式の方が実によく飲みよく喋る夫婦で、若干鬱陶しい感じもあったが座を盛り上げてくれたのはありがたかった。新婚の方は警察官同士のカップルということで、男の方は飲めないのに女の方はけっこう飲めるという面白い2人だった。
 で、ほぼ1時間半ぐらい、楽しい時間を過ごすことができた。
 このお店。
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 帰り道。
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 少人数だったからか、バスは集合場所には戻らず、それぞれのホテルの前まで送り届けてくれた。ホテルに着いたのは9時50分ぐらいだっただろうか。

7月16日(日)
 ずいぶん盛り沢山な日程だったが、あっという間に最終日になってしまった。
 ホテル前の通り。午前6時28分。
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 6時半から朝食。7時40分にロビー集合。
 バスで空港に向かう。
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 ローマ・フィウミチーノ空港。
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 免税手続き、搭乗手続きなどのあと、搭乗ゲートに行ってからけっこう待たされた。ローマ発ヘルシンキ行きのAY0782便は、予定では11:20発となっていたが、搭乗開始・出発ともに遅れが出たようだ。

 この区間はエコノミークラスで、窓側から2席が割り当てられたので、妻に頼んで窓際の席を譲ってもらった。一度ぐらいは窓の外が見たかったのである。
 で、離陸直後の景色。
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 飛行中の景色。
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 着陸前の景色。
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 ヘルシンキ空港に到着。
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 機内で時差修正を行い、1時間プラスして、到着予定時刻は15:45になっていた。ところが、この上の写真の撮影時刻は16:05なのである。このあとの乗り継ぎ便(AY0071便)は16:45出発となっていて、もともと1時間しか乗り継ぎ時間がなかったところにこの遅れが重なって、添乗員はひやひやだったかもしれないが、何とも忙しい空港内の移動になってしまった。
 最終的に、同じフィンランド航空だったから後の便が出発を遅らせて対応したようだが、こんなスリリングなこともあるのかとびっくりした。

 モニター画面の離陸の様子。
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 この写真の撮影時刻が17:17になっている。出発が30分くらい遅れたことになる。

 復路のビジネスクラスも中央部の2席で、往路で様子が判っているからくつろいで過ごすことができた。往路でチェックしておいた映画タイトルの中から、復路では「海街diary」(監督:是枝裕和、2015年)を鑑賞した。是枝裕和は去年「海よりもまだ深く」を見ていい監督だなと思ったが、その前作で、これもまたなかなか堅実な作りのいい映画だと思った(だが、やはり映画館のスクリーンで見たかった)。
 帰りは無理して眠ることはないと思っていたが、やはり疲れていたのだろう、けっこうぐっすり眠ってしまった。

7月17日(月)
 機内で時差修正を行い、時計の針を6時間進めた。成田到着は8:05の予定だったが、たぶん10分程度は遅れていたようだ。
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 帰国手続きを行い、スーツケースを受け取ってめでたく解散となるはずだった。ところが、最後に不運が待っていた。スーツケースがいつまで待っても出てこないのである。ヘルシンキでの乗り継ぎ時に荷物の積み残しが発生したようなのだ。われわれ2人の他にも被害者がいて、添乗員とともに対応カウンターのところに行ってあれこれやらなければならなくなった。
 現地でわれわれのスーツケースが積み込まれなかったことは確認できているので、翌日の同じ便でこちらに送り、明日の夕方には自宅に配送するから了解してほしいということだった。了解も何も、まだヘルシンキにあると言われてしまってはどうすることもできない。
 余計な時間がかかって、どっと疲れてしまったが、まあ、いろいろなことがあるものだ。イタリアも暑かったが、日本もそれに輪をかけた暑さだった。

 スーツケースは翌18日(火)の夕方、無事わが家に帰って来た。おわり。
by krmtdir90 | 2017-07-31 20:43 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅⑦ヴァチカン・ローマ2(2017.7.14~15)

7月14日(金)続き
 ミニバン2台に分乗してローマ市内を回っているが、最後に訪れたのがヴァチカン市国である。カトリックの総本山、サン・ピエトロ大聖堂を見学するという。車を降りて少し行くと、大聖堂の前に広がるサン・ピエトロ広場に出た。そこに長い行列ができている。これに並ばなければならないらしい。
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 広場は半円形の回廊で囲まれていて、中央にオベリスクが建っている。
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 結局、25分くらい並んでいただろうか。
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 このあとどういうふうに中に入って行ったか、記憶がはっきりしない。入って割とすぐのところにミケランジェロのピエタ像があった。25歳の時の作だという。
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 聖堂の中心に向かって進んで行く。
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 奥の天井がクーポラ(円蓋)になっているようで、明かり取りの窓から射し込む光線が印象的である。
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 正面の祭壇の前で、黒服の人が何かしていた。
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 ここが法王の祭壇のようだ。
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 ベルニーニ作のブロンズの天蓋が祭壇を覆っている。この真上がクーポラになっていて、天蓋の向こう、一番奥に飾られているのが同じくベルニーニ作のペテロの椅子というものである。
 帰ってからいろいろ読んでみると、周囲には様々な見どころもあったようだが、特に説明があったわけではないので(駆け足のツアーなのだ)ほとんど見逃している。何か思い入れがあるわけでもないから、特に残念とも思わないしそれでいい。
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 外に出た。
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 サン・ピエトロ広場
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 広場の方に歩いて行く。
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 この左のあたりに、石畳にマークされたところがあって、そこに立つと周囲の回廊の4本ずつある柱が1本に重なって見えるのだという。なるほど。
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 大聖堂を正面から。
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 広場中央のオベリスク。
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 近付くとけっこう大きい。
 さて、このあと外の道路につながる回廊の日陰で迎えのミニバンを待った。その間に、ちょっと煙草を1本吸った。バチカン市国で吸ったということが、何となく背徳的?な気分があって重要なのである。

 帰りは、大きなロータリーになっている共和国広場というところで降ろされた。
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 見えている崩れかけのような建物はサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会と言うらしい。
 なぜここかと言うと、この手前にローマ三越があって、その地下の免税店でショッピングという段取りになっていたのである。割引券なども配られて、お土産品などはこちらでどうぞというわけである。日本語で買い物できるということが重要で、結局、翌日ここに買いに来てしまった。
 ホテルも歩ける距離にあって、この日のチェックインは18時半ごろだったと思う。

 夕食は外のレストランに連れて行かれた。店の写真も料理の写真もないので、どうも記憶がはっきりしない。ホテルに戻って、玄関前に灰皿があるので、一服しながら前の通りを。
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 玄関の真向かいにレストランがあった。ここは明日の昼食を食べに行くことになる。
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 今晩から連泊するスターホテル・メトロポール。
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 撮影時刻は21:21だった。

7月15日(土)
 この日の午前中を記述するのは難しい。
 ホテルで朝食を食べたあと、この日は終日自由行動とされていた(昼食・夕食もついていない)。そういうのが好きな人もいるかもしれないが、われわれは自由と言われてもあまり活用できる自信はなく、幾つか示されていたオプショナルツアーの中から、「カプリ島一日観光」というのを申し込んでいた。
 だが、よく調べてみると、このコースはバスが片道3時間(往復6時間!)もかかり、出発が朝7時、帰着が夜8時というハードなスケジュールのものだった。そんなことは申し込む前に判っていなければまずかったのだが、あわてて添乗員にお願いして、夜だけの「カンツォーネディナー」というのに乗り換えさせてもらうことにした。

 連日、けっこう駆け足の日程が続いていたから、これはこれで良かったと思うのだが、結果的にこの日何をするかという課題がまるまる残されてしまうことになった。
 わたしとしては何も思い浮かぶものがなく、ホテルから案外近いところにあるローマ・テルミニ駅に行くことと、あとは路面電車ウオッチングが少しできればいいという程度で、とても一日を過ごせる計画にはならない。
 妻の方も買い物だけは頭にあるものの、積極的にこれといったものを持っているわけではなく、だがガイドブックを見ながら一応ヴァチカン美術館のシスティーナ礼拝堂に行きたいと提案してきた。ミケランジェロの「最後の審判」という絵があるらしい。たぶん入場やら何やら面倒だろうなと思いながら、しかしこちらも建設的な案があるわけではないから、とにかくそうすることで合意した。帰りに地下鉄が使えるらしいのも楽しみになった。

 前の晩、夕食の時に50代の夫婦(夫が喫煙者)と自由行動の話題になり、一緒に行こうという話になった。これは有り難かった。夫君は仕事でヨーロッパの方を回っていたとかで、英語が喋れるのだった。彼がいなかったらうまく入場できたかさえはっきりしない。
 で、8時にロビーで待ち合わせ、ホテルの前からタクシーでヴァチカンに向かった。着いてみると入口のあたりにはすでに長い行列ができていて、運転手が「チケットはあるのか」と(イタリア語で)聞いたのだと思う。「ない」と答えると(伝えると)、少し外れたところに連れて行かれ、「ここへ行け」と指示された(のだと思う)。出て来た男が「並ばずに入れるチケットがある」と(イタリア語で)言った(のだと思う)。夫君はイタリア語はダメだったようだが、なかなか押しの強い頼りになる男で(空手をやっていると言っていた)、ついて行くと一人33ユーロだと言っているらしい。ガイドブックでは大人16ユーロとなっていたようだから倍以上の値段だが、よく判らないところに並ぶことを考えるとこれで行くしかないという結論になった。
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 帰ってからインターネットなどでいろいろ調べてみると、行き当たりばったりでヴァチカン美術館に向かったのはさすがに無謀だったと判った。いまはネット予約というのが可能になっていて、少し値段が高くなるが、準備しておけば並ばずに入ることはできるのだった。また、こちらにはわれわれと同様の飛び込み客のために、こうしたチケットを販売するところがあちこちにあるらしいのも後で知った。相場は30ユーロといったところだったようで、われわれは3ユーロ余計に取られてしまったが、学習代と考えれば大したことではないのかもしれない。
 そんなこんなで、とにかく待たずに中に入ることはできたが、この先がまた簡単ではなかった。ガイドがいない状態で外国の美術館などに入るのは、これもまた無謀だということを思い知らされた。それでなくても、ここは世界有数の広さと規模を持った美術館だったのである。順路はだいたい判ったものの、どこにどういう見どころがあるのかがさっぱり判らなかった。
 われわれがオプショナルツアーで世話になったマイバスイタリー社にも、(後になって見つけても何にもならないのだが)インターネットを見ると「ヴァチカン美術館ガイド付き半日ツアー」というのがあったようなのだ。うーむ、まったく思い浮かばなかった。

 こうなると、人の流れに身を任せて、とにかく最奥部にあるというシスティーナ礼拝堂を目指して歩いて行くしかない。途中、目についたものを少し写真に撮ったが、帰ってから見ても何が何やらまったく判らない。まあ、行ったという記念に少しだけ載せておくことにする。
 これは「地図のギャラリー」と言われるところだったようで、
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 廊下の両側に16世紀に作られたイタリア各地の大きな地図が展示されていた。
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 廊下の突き当たり。
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 あとはよく判らないままに。
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 次はどうやら「ラファエロの間」という部屋の絵だったようだ。
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 見どころになっている部屋だったようだが、そういう認識はまったくないまま、無意識に写真を撮っていただけである。まあ、仕方がないね。
 最後に無事システィーナ礼拝堂にたどり着いたが、この内部だけは撮影禁止になっていた。係員も巡回していたので、「最後の審判」はしっかり見てきたけれど写真はない(実はひそかに撮ってみたのだが、ここには載せられない)。それにしても、すごい人の波だった。

 別の長い廊下を通って入口に戻った。ここでご一緒したご夫婦とはお別れした。お二人は果たしてどんなふうに感じていたのだろう。まあ、いろいろなことがあるということで。・・・。

 1階出口に通じる螺旋階段。
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 外に出る。
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 ヴァチカン美術館はそんなわけで、何となくほろ苦い思い出が残るものになってしまった。

 さて、気を取り直して、このあとは最寄りのオッタヴィアーノ駅を探して地下鉄で帰ることにする。
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 ちょっと離れていたのだが、迷うことなく入口にたどり着くことができた。
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 階段を下りて、
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 通路を行くと、
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 この先の左手に小さな窓口があって、そこできっぷを買った。
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 改札を出なければ100分有効になるきっぷで、1.5ユーロだった。
 ここには日本と同じような自動の改札口がある。
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 ホームに出た。
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 写真だと判らないかもしれないが、日本の地下鉄などと比べるとホームの照明がずいぶん暗い。
 ちょうど停車中の電車があったのだが、一台見送って、このホームでいいのかどうかを確認した。掲示された路線図を見ていたら、中年の女性が「どこへ行くのか」と(イタリア語で)聞いてきた。テルミニ駅を指差すと、このホームでいいのだと笑顔で教えてくれた。こういうのは嬉しい。
 これは向かいのホーム。
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 われわれの乗る電車が入って来た。
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 照明が暗いからブレてしまう。
 割と混んでいて、座れなかった。さりげなく、車内の様子を一枚。
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 つり革や網棚がない。つり革の代わりにパイプが横に渡してある。ドアを入ったところに、三つ叉になった握り棒が立っている。シートはツルツルした固い座面のようだ。
 ドアの上部にあった路線図。
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 左から6つ目にオッタヴィアーノ(Ottaviano)駅がある。真ん中へんにテルミニ(Termini)駅がある。見ているうちに、もう少し先の駅まで乗って行って、折り返しの電車で戻ることにしようと思いついた。シートに座ってみたかったということもある。で、どこでも良かったのだが、右の方に出ているポンテ・ルンゴ(Ponte Lungo)という駅まで行って下車した(わたし一人だったら終点まで行ってしまっただろう)。
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 ここは1面2線の駅で、そのまま反対側が逆方向のホームになっていた。
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 やはり照明は暗いから、入ってくる電車は完全にブレてしまった。
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 車体の側面に盛大な落書きがされていた。

 で、シートに座ってテルミニ駅まで戻った。下車すると、ここで乗り込む乗客が多く、
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 車内はずいぶん混み合ってしまった。
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 エスカレーターで上に上がる。
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 けっこう深いところを走っていたようで、エスカレーターは長かった。
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 ここが出口。
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 回転バーを押して出るかたちで、きっぷは回収されなかった。
 入口はこちらで、ここには透明なドアが付いていて、きっぷを入れるとその都度開くようになっているようだ。
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 地上に出た。
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 ここは鉄道のローマ・テルミニ駅の向かい側で、すぐ前に路面電車の乗降場もあり、ちょうど路面電車が停車中だった。
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 ローマ・テルミニ駅
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 昨日出て来たのは右端のところだが、駅としての正面は左側の方になるようだ。午後にゆっくり見に来るつもりだが、ちょっと下見をしておくことにした。
 この出入口の方がこちらの道路からは行きやすいようだ。
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 駅舎の、線路が延びている方向。
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 主に地下街の方を見てきた。
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 日本の地下街と比べると、やはり照明は暗めのような気がした。
 もう正午を回っているので、一旦ホテルに戻ることにした。
by krmtdir90 | 2017-07-30 23:59 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅⑥イタロ・ローマ1(2017.7.14)

7月14日(金)
 この日は、フィレンツェ(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)9:33発の高速列車「イタロ」に乗ってローマに向かう。今回の旅の(わたしにとっては)クライマックスである。ただ、写真はあまり撮っていない。ツアーで行動しているわけだし、座席指定で他の乗客もたくさん乗っている中では、車内を自由に動き回ることは憚られるし、やはり日本ではないということが気分的にわたしを縛っていたような気がする。

 イタリアの鉄道については帰ってから学習したのだが、イタリア全土に張り巡らされた鉄道網では基本的にいわゆる「上下分離」と「オープンアクセス」が行われていて、交通体系全体における鉄道の復権が進んでいるようだ。「上下分離」というのは鉄道の運行とインフラ部分の経営を分離するやり方で、イタリアではRFIという会社が主な鉄道路線の保有と管理を行い、トレニタリアという会社がほとんどの路線の運行を担ってきたようだ。「オープンアクセス」というのは鉄道路線の開放ということで、新たな鉄道運行会社の参入を促していくものである。これによって2011年に新規参入したのが「イタロ」を運行するNTV社ということになる。
 2012年に運行を開始した「イタロ」は、トレニタリアの高速列車「フレッチャロッサ」「フレッチャルジェンド」などと競合しつつ、次第にシェアを伸ばしてきたということらしい。

 8:50にホテルのロビーに集合したが、ここで添乗員から嬉しい発表があった。予定ではスマートクラス(いわゆるエコノミークラス)で行くはずだったが、きっぷが取れなかったため、ランクが上のプリマというクラス(いわゆるビジネスクラス)に変更になったという。座席は少し飛び飛びになるが、われわれには2+1の「2」の部分が割り当てられていた。

 徒歩で駅に向かった。スーツケースは別便でローマのホテルに送ることになっていたので、身軽に動き回れるのはありがたい。
 何番線に入線してくるかは直前になるまで表示されないようだ。
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 12番線の表示が出たので、そちらのホームに向かう。
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 「イタロ」が入って来た。
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 ツアーだと、皆さんはどんどん乗車口の方に進んで行ってしまうので、車体などをゆっくり見ている時間はない。
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 われわれの車輌は4号車である。
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 この表示によると、この列車は7:35・ミラノ始発の列車で、フィレンツェ・ローマを経由して12:25にナポリに到着するようだ。
 車内はこんな感じ。
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 妻に頼んで、わたしは窓側の席を譲ってもらった。シートは黒革の豪華な作りで、車輌中央を境に向かい合うように設置されていた。日本のように背もたれの向きを変えることはできないようで、フィレンツェとローマの駅が終着駅タイプの頭端式なので、ここで進行方向が変わり、残念ながらわれわれの席はこの区間、ずっと後ろ向きのままなのを我慢するしかなかった。

 最高速度は時速300キロ(車輌性能は360キロまで可能)ということで日本の新幹線とさして違わないが、特筆すべきは窓面積の広さである。窓が大きいから開放感もあり、内側の座席でも景色がよく見えるようだ。ただし、新幹線のような高架区間が少ないから、近くの景色のスピードが速くて、ずっと眺めているのは目が疲れるような気がした。
 景色の中で最も印象的だったのは、次々に現れるひまわり畑。
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 オイルを採るための大規模な栽培が行われているようだ。
 何ということもない景色も一枚入れておきます。
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 「イタロ」は1時間半ほどでローマに着くのだが、われわれの下車駅の前に、ローマ・ティブルティーナ駅というところで短い停車があった。
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 この駅に入って行く直前に、発車したばかりと思われる高速列車とすれ違った。タイミングが合わずうまく撮れなかったのだが、何とかトリミングして拡大したのが次の写真。
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 トレニタリアが運行する高速列車「フレッチャロッサ」である。
 ローマ・ティブルティーナ駅を出ると間もなく、車輌基地らしきものが見えた。
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 側線に停まっていたこれは、
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 トレニタリアの「フレッチャビアンカ」という、高速列車より一段低いランクの特急列車の車輌である。

 われわれが下車するローマ・テルミニ駅まではあと僅かだったが、「イタロ」は駅の手前で停車とノロノロ運転を繰り返した。前の列車が遅れたのだろう。
 車内の表示で外気温が33℃と出ている。きょうも暑いのだ。
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 ローマ・テルミニ駅の構内。
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 到着は11時14分ごろだったようだ。
 われわれが下車すると、これからナポリに向かう乗客が一斉に乗車している。
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 4号車にはプリマクラスであることを示す表示があった。
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 頭端式の櫛形ホームである。
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 最後に「イタロ」を撮ったが、光線の加減できれいに撮れなかった。
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 ツアーの皆さんはどんどん進んで行ってしまう。これは振り返ってホームの方を撮ったもの。
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 人が多いし、あたりを見ている余裕はない。ここが出口。
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 この日はいままでとは逆に午前中が移動、午後が市内見学になっていて、見学時間を確保したいということなのだろう、少し早いのだが徒歩で昼食のレストランに向かう。
 路面電車の線路があったが、電車の姿は見えなかった。
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 このレストラン。撮影時刻は11:30である。
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 メニューはピザだった。幾つかの種類から選ぶようになっていたが、案の定、巨大なのが一人一枚ずつ来て、美味しいのだがやはり食べきれなかった。
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 なお、これはマルゲリータである。バジルの葉が入っていないが、まさか忘れたわけではないだろうな(バジルの緑、モツァレラチーズの白、トマトソースの赤がイタリア国旗を連想させるということではなかったのか?)。

 さて、このあとは2台のミニバンに分乗して市内見学になった。最初に行ったのは古代ローマの円形闘技場・コロッセオ
 少し離れたところで車を降りて歩いて行く。
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 左側には、特徴的なローマの松。こちらにも何やら遺跡があるようだ。
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 正面はコンスタンティヌス帝の凱旋門。西暦315年に建造されたもの。
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 右側にはコロッセオ。西暦80年に完成したのだという。
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 遮るもののない位置まで進むと、全体がフレームに収まらない。
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 中にも入れるようだが、急ぎ足のツアーでは外観を見ただけで終わり。

 次にミニバンはカンピドーリオの丘というところに登った。そこからは、フォロ・ロマーノという古代ローマの中心だったところの遺跡が見通せる。
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 奥の方にはコロセウムの上部も見えている。
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 少し見る位置を変えてみる。
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 「フォロ」とは公共広場の意味で、紀元前509年から約500年間、ここが古代ローマの宗教・政治・文化などの中心地だったようだ。1803年から調査が始まり、1902年に発掘作業が終了したのだという。
 すぐ下にも遺跡がある。
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 この左手の建物、
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 これは上の部分が現在もローマ市庁舎として利用されているらしい。横の道から正面の方に抜けて行く。
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 これが正面。
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 庁舎左手にあるこの建物は、背後にある建物とともにカピトリーニ美術館というものになっていて、2つの建物は市庁舎の地下でつながっているらしい。
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 これらの建物でコの字に囲まれたところがカンピドーリオ広場で、ミケランジェロの構想により整備されたものだという。
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 中央に建っているのはマルクス・アウレリウス帝の騎馬像である。
 後方は階段状のゆるい坂になっていて、こちらが正面になっているようだ(下りて行きながら振り返って撮っている)。
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 なお、この両側の像は、星座のふたご座になっているカストルとポルックスの像である。

 下の広い道に出て少し行くと、
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 道路脇にちょっとした発掘遺跡があって、ローマ時代のアパートのような建物跡だという。
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 この下のところがかなり深く掘られていて、これが当時の地面の位置になるらしい。
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 要するに、このあたりはどこでもちょっと掘れば何らかの遺跡にぶつかるということのようで、その上の道路を平気で車が走っているのが不思議な気がした。

 再びミニバンに乗って、次は完全な観光名所になっているトレヴィの泉に行った。
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 古代ローマの放水口をもとに、1762年にニコラ・サルヴィという人が完成させたらしい。周囲が想像以上に狭いところで、とにかく観光客でごった返している。
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 この人混みをかき分けてわれわれも泉のほとりに行き、一応コインを肩越しに投げ入れて来ました。
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 こんな観光地なのに公共トイレはないようで、添乗員が教えてくれた近くのソフトクリーム屋さんで、ソフトクリームを買ってトイレを借りるというトイレタイムが取られた(買わなくても使えたようだが、一応二人で1個買いました)。
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 それでも、人けのない夜明けあたりに来たら情緒があるのかもしれませんね。

 次にミニバンが行ったのはパンテオン
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 ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの婿養子アグリッパが紀元前27年ごろに創建した神殿で、一度火災で焼失したものを、125年ごろにハドリアヌス帝が再建したものだという。補修はされているとはいえ、そんな昔の建物がよく残っているものである。
 中に入る。
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 ここは正面から見た円柱の印象が強いが、実は背後に大きな円形部分があって、それが巨大な丸天井(クーポラ)で覆われているのである。ただし、このクーポラには大きな穴(オルクス=目と呼ぶらしい)が空いていて、そこから射し込む日射しが美しい。
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 この穴は文字通りの穴であるから、雨の日には雨が降り込むのだという。
 こちらが正面。
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 ここにはラファエロのお墓がある。
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 像の下に大理石の柩が収められている。
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 遺言によってここに埋葬されたらしいが、いくら遺言だからといってパンテオンにお墓が作られるというのは、ルネッサンス期にそれだけすごい影響力を持っていたということなのだろう。
 ここも観光客は多い。
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 外に出る。
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 パンテオンの前はロトンダ広場と言う。
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 噴水がある。
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 噴水の方に行くと、パンテオンを正面から捉えられる。
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 さらに離れて横にずれると、背後の円形の建物とクーポラの上部を見ることができる。
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 このあと、徒歩でナヴォーナ広場に抜けて行った。ローマの代表的な広場らしい。
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 ずいぶん奥行きのある広い広場だ。ここには3つの噴水が並んでいるらしい。まず「ムーア人の噴水」。
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 日陰をたどりながら歩いて行く。
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 この左にあるのがサンタ・アニェーゼ・イン・アゴーネ教会。その正面、広場の中央にあるのが「四大河の噴水」。
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 四大河とはナイル、ガンジス、ドナウ、ラプラタを指し、4方向の彫刻が何やらそれらの大河を表しているらしい(よく判らない)。ベルニーニという彫刻家によるバロック彫刻の傑作なのだそうだ。
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 こちらがサンタ・アニェーゼ・イン・アゴーネ教会。
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 広場の周囲にはリストランテやバールのテラス席が並んでいて、たくさんの人が集まっている。
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 これが3つ目の「ネプチューンの噴水」。
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 広場の反対側の端まで来た。
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 途中だけれど、今回はここまで。
by krmtdir90 | 2017-07-29 21:27 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅⑤フィレンツェ2・ピサ(2017.7.13)

7月13日(木)続き
 花の聖母教会ドゥオーモのある広場にやって来た。広場といっても建物が大きいから周囲は案外狭く、ドゥオーモの全体をフレームに捉えることは難しい。
 ジョットの鐘楼(ジョットという人が設計したようだ)。
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 鐘楼の上部をカットするとこんな感じになる。
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 このドゥオーモは1296年から建設が開始され、建物は1436年、後方の円蓋(クーポラと言うらしい)は1471年に完成したものらしい。
 巨大なクーポラ。
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 頂上部が展望台になっているようだ。
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 正面の方から。
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 ドゥオーモの前に八角形をしたサン・ジョヴァンニ洗礼堂というのが建っている。
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 11世紀に建てられたもので、ドゥオーモができる前はここが聖堂として使われていたようだ。ミケランジェロが「天国への門」と命名した金色の扉が付いている。
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 とにかくすごい観光客の数で、好天なのはいいが日射しが強く暑いのでまいった。

 このあとドゥオーモの横から細い路地に入り(この写真は振り返って撮っている)、
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 少し行くと、ダンテの生家というのがあった。
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 帰ってから確認してみると、ダンテが1265年にフィレンツェのこのあたりで生まれたのは確かだが、生家などが残っているはずはなく、これはのちに観光用に建てられたものだったようだ。たぶん現地でも説明があったのだろうが、聞いていないからあとでいろいろ知ることになるのである。

 この建物はバルジェッロ国立博物館というもので、
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 中世には執政官の館、その後に警察本部(バルジェッロ)が置かれたところだったようだ。

 さて、最後にサンタ・クローチェ教会のある広場に出て、
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 この傍らにある革製品の店でショッピングというのが午前中最後のプログラムだった。

 この日のツアー日程には昼食・夕食が付いておらず、午後は自由時間に設定されていた。ここで解散し、昼食は各自で取りながら、途中興味を覚えたところを見学したりしてホテルに戻ってくださいということである。

 われわれは自分たちだけでどこかを見学するという自信はなかったから、事前に紹介されていたオプショナルツアーの中から「ピサの斜塔半日観光」というのを申し込んでいた。これはJTB系のマイバス・イタリー社というところが主宰するもので、午後2時の出発になっていた。
 申し込んでいたのはわれわれだけで、集合場所が判りにくいので間に合うように添乗員が案内してくれると言う。添乗員は革製品の店に最後までいなければならないから、われわれの方は先に出てシニョーリア広場まで戻り、あのあたりにはレストランがたくさんあったから、そのどこかで昼食を先に取って、ヴェッキオ宮殿前のダビデ像のところで待ち合わせましょうということになった。
 なお、まだ書いてなかったかもしれないが、今回の添乗員は、イタリアはけっこう精通しているらしい気さくな女性だった。

 で、シニョーリア広場に面した、とあるレストランのテラス席。
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 モーレツにビールが飲みたかったが、このあとのことを考えると自粛した方がいいということになった。われわれが手ぶりなどを交えて注文したスパゲッティ(名前は判らないが、一つは海の幸、もう一つは海老と何かであることは判る)。
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 もっと大盛りで出てきたら困るなと思っていたが、ちょうどいい量でよかった。隣の席でイタリア人と思われる若い娘たちがピザを注文していたのだが、この一人前は想像を超えた非常に大きなサイズだった。そちらをあまり見ないようにしていたが、何とも豪快な食べっぷりで感心した。
 外国語がまったく喋れないわれわれだが(何しろ2人とも国文だったからなァ)、何とかなるものだなと思った。この店である。
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 さて、このあとはしばらく写真がない。13時20分にダビデ像の下で添乗員と落ち合って、徒歩で駅に向かう。集合場所は駅の中なのだという。なるべく日陰を選んで歩いたが、とにかくいい天気でとにかく暑い。女性2人は日傘などを差している。

 駅に着くと、そのまま一番右端の16番線ホームの先の方に進んで行く。ここは自由連絡通路の延長のようになっていて、小さな店などが並んでいたりするのだ。バスで行くのになぜ駅のホームなのかと聞くと、いつも使っている外の集合場所が道路工事の関係で使えなくなっているのだという(だが、だから駅のホームという理由としてはやはりよく判らない)。
 所定の場所に行くと、このツアーの添乗をする男性が待っていた。まだ時間があったので、出発前にトイレに行っておきたいと言ったら、トイレは反対側の左端のホームの途中に一ヵ所しかないという。われわれの添乗員が連れて行ってくれたが、1人1ユーロだった。イタリアに来てみて判ったのだが、こちらは公共のトイレが非常に少なく、ほとんどの場所で有料になっていた。観光客が多いのに、これは良くないなと思った。

 このオプショナルツアーは、きょうは参加者が29人いて盛況なのだという。他のツアーから来ている人も多いようで、同じように添乗員が付き添って来たりしていた。個別申し込みの参加者もあるようで、そういう2人が集合時間に遅れて、出発が少し遅れた。
 全員が揃ったところで、さらにホームの先端の方に案内されると、そちらからも駅の外の道路に出られるようになっていた。道路に同じようなオプショナルツアーのバスが何台か停まっていた。われわれの添乗員は最後まで見送ってくれた。

 ピサの町までは高速道路を使って1時間ぐらいだった。斜塔のある近くにはバスは入れないので、少し離れた駐車場でバスを降りると、専用のシャトルバスが待っていた。
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 シャトルを降りると、城壁のような壁に沿って露店などが建ち並ぶところを抜けて行く。
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 前を行くのが添乗員。ここはスリやひったくりの被害が非常に多いから、とにかく注意して固まって行動してくださいと強く言われた。
 この先が入口のようだ。
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 中に入ると、こういう風景が広がっている。
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 手前の丸い建物が洗礼堂、その向こうがドゥオーモ(大聖堂)、一番奥が斜塔である。
 右側に広い舗道があって、少し進んだ日陰のところで添乗員が建物の概略を説明してくれた。説明はあまり聞いていなかったから、帰って来てからガイドブックなどで確認している。
 洗礼堂。
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 12~14世紀にかけて建造されたものらしい。なお、右側奥に白い壁で囲まれた部分があるが、このあたりに散在していたお墓をまとめた納骨堂だという。
 次にドゥオーモ。
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 ロマネスク様式の大聖堂で、1068年から50年かけて建てられたものらしい。なお、斜塔はもともと、1173年にドゥオーモ附属の鐘楼として着工されたものだったようだ。

 説明を終えて、ドゥオーモの正面の方に歩いて行き、
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 左側面の方に向かうと、納骨堂の先にトイレがあり、ここでトイレタイムが取られた。脇の方に灰皿があり、若い男性が吸い始めたので、わたしも吸うことにして彼と少し話しをした。別のツアーでこちらに来ている新婚旅行の若者だったようで、喫煙者はこうして見知らぬ相手ともすぐに会話できるのがいい。われわれの頃は新婚旅行で海外などは考えられなかったが、そういう意味ではいまはまったくいい時代になったものだと思った。

 このあとはいよいよ斜塔に登るのだが、これは時間指定(30分単位)で一度に40人までと決められているようで、添乗員はこの予約時間に合わせて調整しながらわれわれを先導していたようだ。
 登るには、カメラなどを除いてすべての手荷物を預けなければならないので、まず横の方にあるロッカールームに行く。ロッカーは4人単位になっていて、普通に上まで登るのなら誰と組んでも問題ないのだが、わたしは高所恐怖症だから最初から上まで行くつもりはなく、妻もつき合ってくれることになっていたから、できれば早めに降りてくるそういう相手とロッカーを一緒にしたかった。たまたま添乗員に同じようなことを話している父と娘の2人連れがいたので、声をかけて同じロッカーにすることにした。

 ロッカーを出てから、斜塔のすぐ近く、ドゥオーモの裏手の日陰で少し待った。ここにも銃を手にした兵隊が警備に当たっている。
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 斜塔は見る位置にもよるのだろうが、このあたりからが一番傾いて見えるようだ。
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 5分前ぐらいから列に並ぶ。そこから見上げた斜塔。
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 時間になり、簡単な身体チェックを経ていよいよ入場となる。入口を入ると、すぐ左側から階段が始まっている。
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 251段あるようだが、行く気はないから関係ない。父娘の2人連れは真ん中あたりまで登ったようだが、われわれはぐるりと一回り登ったところで満足した。手摺りがないのが難点だが、両側が壁に囲まれた螺旋階段(つまり下は見えない)なので、高所恐怖症のわたしでも行けないことはないと思ったが、傾きが平衡感覚に与える不安感は思った以上に大きく、ちょっと目まいがするような感覚は気持ちのいいものとは言えないと思った。
 一回り登ったところにあった小窓から外を眺める。
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 普通に立っているだけでも、この傾いた感じは何とも言えず奇妙なものである。少しして父娘が下りて来たので、われわれも一緒に下りた。入った時には気付かなかったのだが、塔の中は中空になっていて、周囲にベンチが設えられていた。ここで少し休憩。
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 上を見上げる。
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 すごく傾いているのだが、写真だとそれは判らない。
 出入口。
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 外の建物はきちんと建っているのだから、それを基準にするとこちらの傾きがよく判ると思う。

 さて、外に出てロッカーから荷物を出し、父娘の2人連れと別れて、斜塔の周囲でしばらく写真を撮ったりした。ここに来る観光客がみんなやるという写真の撮り方があって、それは斜塔の傾いた側から手を伸ばしてこれを支えるポーズでの記念写真である。われわれもやってみたが、これがけっこう難しい。手と斜塔がうまく重ならないのである。まあ、何とかそれらしいものは撮れたが、これはここには掲載しない(自分たちが出てしまうのは避けているので)。
 で、われわれの写っていない斜塔の写真を2枚ほど。
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 知人の皆さんは、この右側から手を伸ばしているわれわれの姿を想像してもらえたら幸いです。

 さっき広場に入って来た門のところが再集合の場所になっていて、
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 最後にそこから広場の全景をもう一度。
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 再び汽車の形をしたシャトルで駐車場に戻り、
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 再びバスで1時間ほど走ってフィレンツェに戻った(到着は19時ごろだった)。

 集合時と同じ場所(フィレンツェ駅16番線ホーム)まで行って解散になると言う。これがホームの先の方から入って行く通路。
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 ホーム先端部からの眺め。
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 16番線・15番線に列車が入っている。
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 15番線の列車には盛大な落書きが。
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 一旦ホテルの部屋に戻り(19時半ごろ)、それからホテルの前の道(向かい)にあるレストランに夕食を食べに行った。添乗員がここが手頃と紹介してくれていたのだ。
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 まだ暑かったのでテラス席は避けて中に入ると、われわれのツアーのメンバー5人と添乗員が食事をして(飲んで?)いるところだった。彼らはしばらくして先に出て行ったが、われわれの注文は添乗員が手伝ってくれた。
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 ↑これは正方形をしたパスタにトリュフのソースがかかったもので、たいへん美味しかった。ビールやワインを飲みながら、ゆっくり食事することができた。

 外に出てもまだ明るかったので、ちょっとアルノ川の方に散歩に行った。
 橋の上から上流方向の眺め。
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 釣りをしている人がいる。
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 向こう岸に見えるのは、観光などとは無縁の小さな教会のようだ。
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 反対側の下流方向。
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 調べてみると、この橋はアメリゴ・ベスプッチ橋と言い、橋の上の両側が駐車スペースになっているのだった。
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 ホテルの前に戻って来た。
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 左がホテル入口、右奥がレストラン、突き当たりの左寄りが駅に向かう細道である。ここも両側にぎっしり車が駐車している。撮影時刻は21:03だった。
by krmtdir90 | 2017-07-28 16:00 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅④フィレンツェ1(2017.7.12~13)

7月12日(水)続き
 ツアーの予定表ではヴェネチアの出発は13:30になっている。この日の午後はまた移動になっていて、フィレンツェまで約274キロを(高速道路で)約3時間かけて行くのだという(実際にはもっと時間がかかった)。途中、高速のサービスエリアでトイレ休憩を一回取った。
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 フィレンツェに入って、市内を流れるこのアルノ川を渡ったのが17:20である。
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 市内の道路は狭く、一方通行が多いようで、しかもそういう道路には路上駐車の車がずっと並んでいて、バスはホテルの近くでかなり遠回りの複雑な動き方をしていた。最後に非常に狭い路地のようなところに頭から突っ込んで停車すると、その先がホテルの駐車場になっていた(バスが停まると駐車場への車の出入りは一時的にできなくなってしまうようだ)。
 これがこの晩から連泊するアドリアティッコというホテル(駐車場からの入口)。
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 皆さんが入って行くすぐ左手が喫煙コーナーになっていた。なお、正面入口は右手、フロントロビーとレストランは左手にあった。ホテル到着は17時半ごろだったようだ。

 このホテルは鉄道のフィレンツェ駅(正式にはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅と言う)のすぐ近くなので、夕食まで時間があるので早速確認の散歩に出ることにした。
 ホテルの前の道は、車ではそのまま駅の方向に出ることはできないようで、この細い道をたどって行くことになる。
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 数分で駅前に出た。
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 左手には路面電車の乗り場がある。
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 駅前の、われわれが出て来た道(正面突き当たりのちょっと右寄りに細い道の出口がある)。
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 駅舎の中に入ってみる。
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 左手にイタロ(高速鉄道)などの「みどりの窓口」的きっぷ売場があり、
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 右手待合所の奥に「キオスク」のような売店があった。
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 正面・電光掲示板の下の入口はフリーパスである。
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 この両側にあるのがきっぷの自販機で、自販機はこの中にもあちこちに設置されていた。
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 入った先は駅の両サイドに通り抜けできる自由通路になっていて、
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 この左側正面に終着駅タイプの頭端式ホームがたくさん並んでいた。そちらも出入りは自由で、改札口などはどこにも見当たらなかった。どこからでも出入りできるえらく開放的な作りなのである。
 ホームに近い方に行ってみる。12番線にイタロの赤い車体が入っていた。(訂正します。これ、イタロではありません。トレニタリアが運行するフレッチャロッサだと思われます。ゴメンナサイ。8/7追記)
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 ホーム手前で一応係員がチェックはしているようだ。
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 でも、仕切りは移動式の簡易なもので、普通列車などのホームにはないようだった(まあ、初めてだしよく判らないから行ってはみなかったが)。
 いろいろな列車がかなり頻繁に発着を繰り返している。
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 6番線の列車が発車して行った。
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 線路の幅(軌間)が広いなと思い、
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 帰ってから調べてみると、イタリアの鉄道はすべて標準軌(1435mm)だった。だから、イタロなどの高速列車も普通列車に混じって既存の駅に発着できるのだ(線路は場所によって直線的になるよう付け替えを行ったようだが)。

 わたし一人だといつまで見ていたか判らないが、妻が一緒なのでほどほどのところで切り上げた。外に出ると、駅前の左の方に教会の塔らしきものが見えている。
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 ここにサンタ・マリア・ノヴェッラ教会というものがあって、駅の正式名称はこの教会に由来したものだったようだ。
 路面電車の方だが、
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 帰ってから調べてみると、フィレンツェの路面電車は2010年に開通したばかりの新しいもので(まだ一路線しかない)、車輌は低床式連接構造のこの一種類しか走っていないようだった。

 再び路地のような細い道をたどり、
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 ホテルに戻った。
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 泊まっているうちに判ってきたことなのだが、道路に面したこの建物には中央部にホテルの入口があるだけで、ホテル自体はこの奥にL字形に張り出したように建っているのだった。入口を入ると通路がこの建物を抜けて行くようになっていて、
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 この先にもう一つ扉があって、そこからがホテルの建物になっているらしかった。

 さて、この晩は19時20分にロビーに集合して、徒歩で近所のレストランに夕食に行った。料理の写真は撮ったのだが、店の写真は取り損なった。
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 なお、これは前菜。これだけでもう十分なボリュームがある。このあとメインで巨大なステーキが出てきたが、もともと夜はあまり食べない方だからほとんど残してしまった。
 帰り道、駅が近いので皆さんと別れてそちらを回ってから帰った。
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 この写真の撮影時刻が21:26である。

7月13日(木)
 快晴である。きょうも暑くなりそうだ。
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 この写真はホテルの駐車場に面した喫煙コーナーで、椅子に座って煙草を吸いながら写したもの。今回のツアーでは、もう一人喫煙者がいた。

 この日の午前中はフィレンツェの市内見学。8時半に集合して、ミニバン2台に分乗して出発した。市内の道は狭いのでバスは使えないということのようだった。こちらでは市内を走っている車の8割以上が、日本で言うコンパクトサイズのもので、道路事情を考えると大きめの車は扱いづらいということなのだろう。

 アルノ川を越えて最初に行ったのが、小高い丘の上にあるミケランジェロ広場というところ。まずフィレンツェの街並みを眺めようということらしい。
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 帰ってから、いまガイドブックで確認しているのだが、手前のアルノ川の向こう岸、やや右寄りにあるのがサンタ・クローチェ教会というらしい。
 左寄りの部分をややアップで。
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 右寄りの丸屋根と塔が、花の聖母教会ドゥオーモとジョットの鐘楼、左寄りの塔のあるあたりがヴェッキオ宮殿である。
 この左手でアルノ川に架かっているのが、フィレンツェ最古の橋とされるヴェッキオ橋である。
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 ミケランジェロ広場に立つダヴィデ像はコピーだと言うことだ。
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 このあとまたミニバンに乗って、ヴェッキオ宮殿に隣接するウッフィツィ美術館に行った。
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 ここはメディチ家歴代の美術コレクションを所蔵するイタリア最大の美術館で、イタリアルネッサンス絵画の宝庫とされているところらしい。ガイドの先導で主要な作品を見ていくのだが、どうしても駆け足になってしまうのは残念である。もっともこの美術館には全部で45室の展示室があり、、きちんと見るなら一日でもとても足りないだろうと思われた。
 フラッシュを使わなければ写真撮影はフリーだったので、撮ってきたものの中からめぼしいものを掲載していく。
 ウッチェロ作「サンロマーノの戦い」(1435年)。
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 ピエロ・デラ・フランチェスカ作「ウルビーノ公夫妻の肖像」(1472~74年)。
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 フィリッポ・リッピ作「聖母子と二天使」(1457年)。
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 ボッティチェッリ作「受胎告知」(1489年)。
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 ボッティチェッリ作「プリマヴェーラ」(1478年)。
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 ボッティチェッリ作「ヴィーナスの誕生」(1483年)。
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 館内にはすでにたくさんの観光客が入っていて、有名な絵の前では前に出るだけで一苦労である。
 この8角形をした部屋は「メディチ家秀作コレクションの部屋」というもので、
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 昔から最も貴重な作品が収められる部屋になっていたらしい。ここはドア口から中を覗けるだけで入室はできない。
 展示室をつなぐ廊下。
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 この美術館は2辺が長いコの字形をしていて、
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 われわれはこの右側の3階をずっと見てきたのである。これから左側の建物に向かう。
 なお、この左の建物の横からヴァザーリの回廊というのがヴェッキオ橋の上部につながり、
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 アルノ川を越えて左手にあるビッティ宮殿との間を結んでいるらしい。
 ミケランジェロ作「聖家族」(1507年)。
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 建物のどのあたりをどう回っているのかよく判らない。廊下の突き当たりまで行って、外のテラスのようなところに出た。ドゥオーモの丸屋根と、
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 すぐ横のヴェッキオ宮殿の塔が見えている。
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 再び中に入って(2階に降りたかもしれない)鑑賞の続き。どんどん駆け足になっていて、後を付いていくのが精一杯、ゆっくり見ている余裕はない。
 ラファエロ作「ひわの聖母」(1507年)。
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 ラファエロ作「自画像」(1506年)。
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 レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」(1472年)。
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 この絵は正面でなく横の方から見ても、あまり歪みを感じることなく見られるように工夫されているのだとガイドが説明していた。
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 言われてみると、確かにそんな気がする(案外影響されやすいのだ、わたしは)。
 ティツィアーノ作「ウルビーノのヴィーナス」(1538年)。
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 カラヴァッジオ作「バッカス」(1597年)。
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 次の2枚はレンブラントだが、画題等は不明。
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 こんなところで見学は終了。
 すごい名画がザクザク展示されていることは判ったが、あり過ぎるというのも有り難みが薄れてしまってもったいない気がした。それにしても、ここを1時間半足らずで回ってしまうというのも信じ難いものである。まあ、ツアー旅行というのはそういうものなのだと諦めるしかない。

 さて、外に出て、
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 表の方に向かって行く。
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 今朝ミニバンを降りた場所を通り、ウッフィツィ美術館の入口を左に見ながら、ヴェッキオ宮殿前のシニョーリア広場に出た。
 ヴェッキオ宮殿の入口。
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 ここはかつてのフィレンツェ共和国政庁が置かれていたところで、現在もフィレンツェ市庁舎として使用されている。左手にある立像はミケランジェロのダビデ像で、これはレプリカのようだ。
 前のシニョーリア広場は人でごった返している。
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 右手にたくさんの彫刻が並ぶランツィのロッジアというのがある。
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 広場を対角線に横切って、こちらの方向に歩いて行く。
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 シニョーリア広場を振り返る。
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 左がヴェッキオ宮殿、右がランツィのロッジア、中央奥がウッフィツィ美術館の入口である。
 パトカー。
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 これは子どもたちの社会見学だろうか。
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 われわれはドゥオーモ(大聖堂)のある広場に向かっている。
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 途中だけど以下次回。
by krmtdir90 | 2017-07-27 11:13 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅③ヴェネチア2(2017.7.12)

7月12日(水)続き
 ドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院の見学の後、われわれはガイドの先導で再び密集した建物の方に入って行った。狭い道の突き当たりが運河になっていて、橋を渡って向かいの建物に入るようになっている。ベネチアングラスの工房見学とショッピングというプログラムである。
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 橋の上から、右方向の眺め(奥に見えている回りを完全に囲まれた橋が溜め息の橋である)。
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 工房内部。
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 最初に軽薄そうなイタリア人の男が片言の日本語で口上を述べ、それからこの人が実際に真っ赤に焼けたガラスの玉を巧みに操って、取っ手付きの見事な花瓶を作って見せてくれた。
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 この奥が店舗になっていて、このあといろんなガラス製品の売り込みになる。中は冷房が効いていて涼しかったから、しばらく見ていたが早めに外に出てしまった。
 そうしたら、今度は別のイタリア人が(初老の男で、こちらは軽薄そうには見えなかった)また日本語で、隣に手編みのレース工房があるから見て行けと言う。
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 釣られて入ったら、男は付いてくる気はないようで、
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 店はかなり奥まったところにあって、
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 この右手、
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 中には思いがけず、日本人の女性が一人で店番をしていた。少し説明を聞いてから、何となく、まったく実用的とは思えないイニシャル入りのレースのハンカチを4枚買ってしまった。手編みであることは確かなようで、あとでユーロを円に換算してみたら、えらい高い買い物だったと少し反省した。ただ、何と言うか、店の佇まいがとても魅力的だったということだなと思った。

 さて、このあとはいよいよゴンドラである。右からこの橋を渡り、
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 溜め息の橋、
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 路地をちょっと行くと、すぐにサン・マルコ運河の岸辺に出た。
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 もう11時を過ぎていて、観光客でごった返している。ゴンドラの乗り場は至るところにあるようで、われわれはこの右手のところで少し待った後、これですと添乗員に指示されたゴンドラに(急いで)乗船した。別に急がされているわけではないのだろうが、何となくてきぱき行動することを要請されているような感覚があって、次の写真はもうゴンドラの上に飛んでしまっている。

 今回のツアーは12人だが、うち3人のグループが2組と夫婦が3組という判りやすい構成になっていた。ゴンドラの定員は6人のようで、当然夫婦の3組が一艘に乗ることになった。乗った順に座っていくことになり、最初の2人が船尾に立つ漕ぎ手の前に前向きに座り、次の3人がその前の部分に向かい合って(2対1で)座るかたちになり、最後の1人(わたし)はやや距離を取って舳先に近い方に後ろ向きに座ることになった。
 わたしが座るとすぐに、ゴンドラは水の上を進み始めた。乗り場のあたりが特別だったようだが、予想以上に左右に大きく揺れ、けっこう怖いしバランスを取るのが一苦労だった(いま写真を確認してみると、どうやらゴンドラは、最初は波のある広いサン・マルコ運河の方に出て、それからターンして街中の狭い運河に入って行ったようだ)。でも、怖がっていても仕方がないし、皆さんの目もあることだから、平気な顔をして写真を撮り始めたらだんだん慣れてきた(というか、狭い運河に入ったから揺れが小さくなったのだった)。

 ところがカメラを構えてみると、わたし一人が後ろ向きだから、そのままではどうしても皆さんの顔が写真の下に写り込んでしまうのである。最初のあたりの写真は、そういうことでどれもカットせざるを得ない。次の写真は溜め息の橋をくぐったところだが、縦構図だったものを横構図にトリミングして、皆さんの顔をフレームから追い出したものである。
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 これはなかなかいいのではなかろうか。以後、こちらを撮る時には腕を高く上げて意図的に皆さんの顔をカットするようにした。
 そのうち、揺れにも慣れてきて、ちょっと体をひねって後ろ向きになれば、わたしは舳先からの前方の景色を独り占めできることに気が付いた。
 なんだ、これは特等席ではないですか!
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 溜め息の橋をくぐったということは、
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 これは先ほどのベネチアングラスの工房の前の橋だ。
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 右が工房の入口、手前にレース工房の入口がある。この橋をくぐって、
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 このあとは、どこをどうたどったのかまったく判らない。だが、ゴンドラから見る町の(裏側の)佇まいは何とも新鮮で、素晴らしい景色が次から次へと展開して飽きることがなかった。これ、なかなかできない体験だぞと思った。
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 この両側の建物の、煉瓦が剥き出しになった壁面にこの街の歴史の重みが刻まれている。この水は海水だが、水面に近い壁には小さな貝がびっしりこびりついていたりする。この上の窓々に人々の生活があるというのはちょっと信じがたい気がした。われわれはただの通りすがりの観光客に過ぎないが、ここで生活している人々にとってこの街はどんな意味を持っているのだろうか。
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 30分足らずのゴンドラ体験だったが、何とも忘れ難い印象的な体験だったと思う。
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 元の乗り場に戻って来た。
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 向こう側が乗船、こちら側が下船場になっていて、われわれの乗ったゴンドラはもう行ってしまったようだ。次のゴンドラが到着している。

 このあと、また細い道をたどって昼食場所のレストランに行った。
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 お店の写真は撮ったが料理の写真は撮らなかったので、何を食べたかもう思い出せない。

 これでヴェネチアでのスケジュールはすべて終了した。
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 ちょっと待ち時間があった後、
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 昨日乗って来たのと同じ白いモーターボートで、今度はサン・マルコ運河からジューデッカ運河という外側のルートを回って昨日の駐車場のある船着き場を目指した。早めに乗船して開放的な後部座席を確保したから、少し飛沫がかかったが帰りは写真がある。
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 左の建物がドゥカーレ宮殿である。鐘楼の上部も見えている。
 しかし、ヴェネチアの小さな街並みはみるみる遠ざかり、
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 15分足らずで昨日の桟橋に着いてしまった。
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 ヴェネチアは良かった。でも、いかにも駆け足の日程で残念だった。もう少しシーズンを外した頃に、一週間くらいのんびり滞在してみたい町だなと思った。

 このあと、われわれはバスに乗ってフィレンツェに向かう。
by krmtdir90 | 2017-07-25 21:24 | 海外の旅 | Comments(0)

イタリアの旅②ヴェネチア1(2017.7.11~12)

7月11日(火)続き
 この日の午後はミラノからヴェネチアへ、バスで移動することになっていた。予定表では出発は13時30分、約275キロを3時間30分で(高速道路を使って)行くと書いてあった。途中ヴェローナで一回トイレ休憩を取り、(メモを取っていたわけではないが)たぶん17時ごろにはヴェネチアに着いたのだと思う。だが、恥ずかしながらわたしは実際に行ってみるまで、ヴェネチアが島であることも、島内の移動はボートか徒歩によるしかないことも知らなかった。バスは島の入口の、船着き場のある駐車場までしか入れないのだった。

 ヴェネチア島に渡るリベルタ橋。
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 片側2車線の道路と、電化複線の鉄道線路が島に通じている。線路の方に、島を発車した列車がやって来た。
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 リベルタ橋を渡り切ったところにあるサンタ・ルチア駅。頭端式のホームがたくさん並んでいそうだ。
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 道路は右にカーブを切りながら島に入って行く。
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 ここが駐車場入口。
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 この先のバスのエリアで案内のガイドと合流、その先導ですぐに先へ進む。
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 あたりの様子をゆっくり眺めている余裕はない。この手前の桟橋にガイド(黒いポロシャツの女性)は入って行く。
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 エッどの船?と思っていると、右側に泊まっていた白い小さなモーターボートがわれわれの船だった。
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 添乗員・ガイドを併せて14人ならこの大きさで十分なのだった。スーツケースなどは別のボートで運ぶことになっているらしい。乗船が終わるとボートはすぐに走り出した。いきなりの急展開で、写真もおちおち撮っていられない。

 ボートの座席は乗った順に奥から座っていく感じで、最初の3人が開放的な最後尾、あとの人間は屋根付きの船室のようなところに向かい合って座るようになっていた。わたしはそこになってしまったので、途中の写真はまったく撮れなかった。
 帰ってからガイドブックの地図で位置関係を確認しているのだが、モーターボートは島を貫くカナル・グランデという広い運河を進んで行ったようだ。島の中心あたりになるリアルト橋というのをくぐったところの桟橋に入って泊まった。われわれが下船するとすぐにボートは出て行ってしまったようで、振り返って写真をと思った時にはもうその姿はなかった。
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 奥に見えている屋根付きの橋がリアルト橋である。

 このあとガイドはわれわれを先導して狭い路地に入って行った。
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 人通りが多いからしっかりついて行かないとはぐれてしまいそうだ。
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 ヴェネチアというのは、こうした狭い路地と狭い運河が網の目のように張り巡らされているのだということが自然に理解される。
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 運河に架かる狭い橋を渡り、路地が再び狭い運河の前に出た時、向かいにある建物が今夜われわれが泊まるホテルだと判った。
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 スターホテルズ・スプレンディド・ヴェニス。別のモーターボートで運ばれたわれわれのスーツケースが、ちょうど下ろされているところだった。左に写っている橋を渡ると、路地を挟んで左側がフロント、右側がソファーなどの置かれたロビーになっていた。右側の奥にレストランがあり、さらに奥のエレベーターを上がった3階にわれわれの部屋が割り当てられていた(3階というのは実質は4階のことである。こちらのホテルではどこも、フロントやロビーのある階は0階とされていた)。

 けっこう好立地のホテルだったようで、有名なサン・マルコ広場にも徒歩数分で行けるというので、夕食前にちょっと行ってみようとしたが、運悪くにわか雨があって行けなかった。ホテル内のレストランで夕食を取り(イカスミのパスタが出てきた)、前の運河に面した喫煙スペースに行ったら雨は止んでいたので、そのまま散歩に出ることにした。
 さっきのホテル前の橋からつながる路地は、そのままホテルの建物に突き当たる。
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 実は、この3つ目の窓(扉のところは0階だから、その上の窓から3つ目が3階なのである)がわれわれの部屋の窓だったのである(窓から見下ろした路地の写真を撮ったつもりでいたが撮っていなかった。残念)。
 突き当たりを曲がって、すぐまた曲がって同じ方向に進むと、あっという間にサン・マルコ広場に出た。

 サン・マルコ広場は翌日訪れて、ドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院を見学したのだが、この時点ではどれがどれなのかはよく判っていない。ただ広場を歩き回り、周囲の建物などを判らぬままに闇雲に写していただけである。だが、それゆえ撮れていたカットなどもあり、翌日は外観をあまり撮れていないので、一応ここで整理しておきたいと思う。
 サン・マルコ寺院。
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 サン・マルコ寺院の右のドゥカーレ宮殿。
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 同じく、向こう側から見たドゥカーレ宮殿。
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 鐘楼。
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 時計塔。
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 ↑時計の下の通り(路地)がホテルに通じている。われわれはここから広場に出て来た。
 サン・マルコ寺院の前から広場を見渡す。
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 ↑ガイドブックによれば、正面が博物館、右が旧政庁、左が新政庁というものらしい。時計塔は写真の右、鐘楼は左にある。
 旧政庁。この右が時計塔である。
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 突き当たりまで進むと、広々としたサン・マルコ運河に面している。
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 撮ってきた写真の撮影時刻を見ると、われわれが広場にいたのは21:08から21:27ぐらいの間なのだが、空はまだけっこう明るく(ただし、写真はその微妙な感じを捉えてはいない)、あたりにはたくさんの観光客の姿があった。昼間は暑いけれど、日が沈んだこの時刻になると涼しくて風も爽やかである。
 再び路地をたどって、9時半過ぎにはホテルに戻った。

7月12日(水)
 ヴェネチアの朝。天気は晴れ。朝食後、表の運河に面した喫煙スペースから。
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 ついでに、そちらの方(サン・マルコ広場とは逆の方)を少し散歩。
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 まだ観光客の姿もほとんどなく、地元の人の姿がちらほら。
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 この両側は一般の住宅になっているところも多いようで、思いがけずドアが開いて住人が姿を見せることもあった。

 8:30、ホテルを出発してサン・マルコ広場に向かう。
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 ↑昨日の写真に掲載した時計塔の裏側になる。まだ開いてはいないが、このあたりはいろんな店が軒を連ねている。
 朝のサン・マルコ広場
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 サン・マルコ運河沿いの遊歩道。
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 ドゥカーレ宮殿が開くのを待って、空いているうちにここの見学からスタートする。
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 中庭。奥に見えているのはサン・マルコ寺院の丸屋根である。
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 この宮殿は9世紀にヴェネチア共和国総督の政庁として建てられたもので、現在の建物は15世紀のものらしい。階段(黄金の階段と言われているらしい)を上って上の階の部屋に進む。
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 天井や壁に豪華な絵が描かれていて、次々にそうした部屋を抜けて行くのだが、どの部屋も圧倒的な迫力である。
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 どの部屋がどういうことに使われていたのかといった説明があったはずだが、(もちろん)何一つ覚えてはいない。
 この部屋は裁判所。
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 シェイクスピアの「ベニスの商人」の舞台となったところだと言われて印象に残ったのだが、シェイクスピア自身はヴェネチアを訪れたことはなかったようだ。
 武具や甲冑などが展示されている部屋もあった。
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 窓からのサン・マルコ運河の眺め。
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 この広い部屋は大評議の間。
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 相当重量がありそうな天井を、柱を使わずに吊り天井で支えているのだという。反対側の正面には世界最大とされる油絵(7×22メートル)が掛かっている。。
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 ティントレットという人が描いた「パラディーゾ(天国)」という絵らしい。これだけ大きいと、細かく見てやろうという気持ちが失せてしまう。

 さて、このあとは左側の扉を出て、窓のない狭い通路のようなところをたどって行く。先ほどの裁判所の壁に隠し扉になっているところがあって、有罪となった囚人がそこから出て、この通路を通って牢獄に連れて行かれたのだという。途中で運河を渡るようになっていて、この隙間から外の風景が僅かに見えるようになっている。
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 左がドゥカーレ宮殿、右の鉄格子の嵌った窓が牢獄である。
 最後に見る外の風景なので、囚人たちがみんなここで溜め息を漏らしたことから、溜め息の橋と呼ばれているらしい(あとで外から見ることができる)。
 通路や牢獄の内部は暗くて、写真はあまりうまく撮れなかった。その中の一枚。
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 われわれは囚人ではないから、再び元の通路をたどり溜め息の橋を渡って戻る。今度は反対方向(サン・マルコ運河の方向)を見る。左が牢獄、右が宮殿である。
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 これでドゥカーレ宮殿(と牢獄)の見学は終わり。再びサン・マルコ広場に出て来た。
 鐘楼。
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 鐘楼の頂点に立つ大天使ガブリエルの像(これ、背中の方だね)。
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 時計塔。
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 サン・マルコ寺院の入口上部のモザイク画。
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 サン・マルコ寺院については、正面から建物全体の姿を捉えた写真がない。昨夜そういう感じで撮っているのだが、これが完全なピンボケで使えない。ビザンチン建築の代表例とされる美しい大聖堂のようだが、そんなわけでないものはないのだから仕方がない。
 次はこのサン・マルコ寺院の内部を見学したのだが、ここは内部撮影禁止になっていたので写真は一枚もない。写真がないと、中がどんなふうだったかは早くもほとんど忘れてしまっている。
 最後に2階のバルコニーに出たが、ここは外部だから撮影OKだった。
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 これは入場希望者の行列(われわれは予約入場者なので並ばずに入れた)。
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 写真の枚数が増えてしまったので、以下続く。
by krmtdir90 | 2017-07-23 18:07 | 海外の旅 | Comments(2)

イタリアの旅①往路・ミラノ(2017.7.10~11)

 今回のイタリアは妻のリクエストである。わたしはもちろん、妻もイタリアには行ったことがないとかで、最もポピュラーな観光コースを回るツアーを選んだ。イタリアにはあまり興味が湧かなかったが、好みはそれぞれなのだから言う通りにする時も必要である。
 旅行社は阪急交通社で、阪神航空フレンドツアーによる「往復フィンランド航空ビジネスクラス利用・麗しのイタリア8日間」というものだった。8日間と言っても実質は6泊7日で、見学に費やされるのは5日間に過ぎない。ずいぶん駆け足の気がするが、働いている人なども参加する「イタリア初心者コース」としては、このくらいが妥当な線になっているようだった。イタリアなら直行便などもある中で、わざわざヘルシンキ経由とするのは費用の問題が絡んでいるのだろう。

7月10日(月)
 成田集合は7時50分となっていて、これに間に合わせるには家を5時前に出なければならなかった。海外旅行にはだんだん慣れてきたが、この成田までの行き帰りと空港での手続きの煩雑さには到底慣れることができない。搭乗ゲートにたどりつく頃にはすっかり疲れ切ってしまっている。
 われわれの乗る9:50発・フィンランド航空AY0072便・ヘルシンキ行き。
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 航空機の発着時刻は鉄道と比べると実にいい加減で、一々メモを取ったわけではないので、以下すべて予定の時刻を記載することにする。

 フィンランド航空のビジネスクラスは座席が1・2・1の配列になっていて、夫婦には横並び席が用意されるので、窓に接しない中央の「2」が割り当てられていた。したがって往復とも窓外の景色を見ることはできなかったが、モニター画面でフライト中の景色が映し出されるようになっていた。
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 モニター画面は割と大きめなもので、イヤホンも外の音が遮断されるしっかりしたレシーバータイプになっていて、映画のラインナップになかなか興味深いものが並んでいたので、往路では「セッション」(監督:デイミアン・チャゼル、2014年・米)を視聴した。吹き替え版だったのが残念だったが、「ラ・ラ・ランド」の時見逃していたので、まあ見られてよかったかなと思った。

 機内でヘルシンキとの時差6時間を修正する。マイナスだから時計の針を6時間戻すことになり、ヘルシンキ到着は13:50だった(所要時間は10時間)。
 ヘルシンキ空港への着陸の様子。
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 ヘルシンキ空港のAY0072便。
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 乗り継ぎ時間は2時間15分もあって、フリータイムなどと言われても時間を持て余すばかりで、とにかく空港という場所はどこであろうと好きにはなれない。
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 フィンランドなのでムーミンショップがある。
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 外が見えるベンチに座って、着陸する飛行機などを眺めていた。
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 フィンランド航空の機体はスッキリした塗装でなかなかいいと思った。

 乗り継ぎ便は同じくフィンランド航空のAY0795便・ミラノ行きで、16:05発だった(この区間はエコノミークラスになる)。機内でさらに時差修正を行い(マイナス1時間)、ミラノ到着は18:05だった(所要時間3時間)。入国審査はヘルシンキで行われていて、以後はEU内での移動になるので、パスポートへの押印はミラノでは行われなかった。
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 ミラノは曇り空だった。バスに乗ってホテルへ向かう。
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 今回のツアーは人数が12人という小規模なもので、大型の観光バスが用意されていたが、旅行社の方は割が合わない感じだったのかもしれない。
 午後7時50分ごろ、ホテルに着いた。
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 イタリア時間は夜が少し後ろにずれて設定されているようで、午後9時を過ぎてもまだ空は明るかった(逆に夜明けは日本より遅い感じがした)。夜中に雷が鳴って雨が降ったらしいが、まったく気付かなかった。

7月11日(火)
 天気は晴れ。朝8時にバスでホテルを出発。この日は午前中を使ってミラノの市内見学を行う。バスが走り始めて間もなく、市内を路面電車が走っているのを発見。これは嬉しい。
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 最初に行ったのはスフォルツェスコ城というところ。
 少し離れたところにバスを停めて、歩いて行った(右手にスフォルツェスコ城がある)。
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 帰ってガイドブックなどを確認すると、中にはいろいろな博物館などがあったようだが、駆け足の見学では入場している余裕はなく、外観だけ眺めて終わりだった。
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 なお、このあとも各見学地でガイドによる説明があって、それぞれの建物にはそれなりの由緒があるようだが、特段興味があるわけではないし、一々調べて書くのも馬鹿げているので、そういうことは基本的に省略して書き進めていくことにする。
 噴水正面の小公園と街並み。
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 舗道上の水道蛇口。
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 バスが次に向かったのはスカラ座
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 ミラノのスカラ座と言えば世界最高峰のオペラハウスのようだが、歌劇などにまったく興味がないのだから特に何の感慨もない。中には博物館などもあって、劇場内部も見られるらしいが、ここも外観だけで終わり。名高い割にはずいぶん地味な建物だなと思った。
 スカラ座の前の通りを路面電車が走っていて、わたしはそちらの方がずっと興味深かった。
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 このお洒落な車体、さすがミラノという感じがするではないですか。
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 スカラ座の向かいに小さな広場があって(スカラ広場と言うらしい)、レオナルド・ダ・ヴィンチの像が立っていた。
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 この像のところがこのあとの最終集合地点になるというので、わたしは早めに戻って路面電車ウオッチングをすることに決めた。

 このあとは徒歩移動になる。レオナルドの像の後ろに凱旋門のような入口のある建物があって、
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 これがヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアというものの入口になっているようだ。
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 1877年に完成したアーケード街で、確かに日本のあちこちで見られるアーケード街などとは比較にならない立派なものだった。
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 進んで行くと、アーケード街が十字に交差するところが大きな丸天井になっていて、
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 角の4つの建物の上部に描かれたフレスコ画も、何やら由緒のあるもののようだった。
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 周囲には、プラダを始めとするイタリアの有名ブランド店が軒を並べている。
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 舗道には精巧なモザイク画が描かれていて、十字路の中心のところでは観光客が入れ替わり立ち替わり記念写真などを撮っていた。
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 ガレリアをずっと抜けて行くと、その先がドゥオーモ広場になっていた。
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 左手に巨大なドゥオーモ(いわゆるミラノ大聖堂)が建っている。 
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 ガイドブックによれば、14世紀後半に着工され19世紀初めにナポレオンによって完成させられたもので、ゴシック建築の大傑作とされているもののようだ。確かに非常に壮大で美しい建物だと思う。
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 縦構図で。
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 左方向に先ほど抜けてきたガレリアの入口。
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 後方(ドゥオーモの正面)にはヴィットリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像。
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 添乗員とガイドがチケットの購入に行っている間、右手の建物前の日陰でしばらく待った。そちら(右手)から見たドゥオーモ。
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 さて、ドゥオーモの内部に入る。こちらは右側の側廊。
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 こちらが中央の部分。
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 周囲の窓はすべてステンドグラスで飾られている。
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 中ではガイドの説明に従って次第に奥に向かって進んで行ったが、最初から説明をちゃんと聞こうという姿勢がないから、撮ってきた写真の位置関係がどうもはっきりしない。まあ、中の様子であることははっきりしているのだからいいだろう。
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 そして、これは最奥部にあった3枚の巨大なステンドグラスのうちの1枚。
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 内部の見学が一通り終わったところで、これで終わりではなかった。このあとに恐怖の見学が待っていた。建物の裏手をぐるりと回り込んで行くと、小さな入口があって、エレベーターで屋上テラスに登るのだという。要するに屋根の上である。高所恐怖症のわたしとしては、心の準備がなく焦ったが、この流れでは付いて行くしかない。

 エレベーターを降りて狭い石の通路を出ると、そこに恐ろしい世界が広がっていた。どうやら屋根は2段になっているようで、その下段の屋根の外側が通路になっている。
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 ↑この写真は手を上に挙げて撮っているのだが、下に人の頭が写っていると思う。ここに通路があり、すぐ右手は石の手摺りはあるが、落ちれば命はない「下の世界」なのである。なるべく下の方は見ないようにして進んで行く。
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 左側の傾斜のある屋根の部分にも行くことはできて、そちらに登って記念写真を撮っている人たちなどもいたが、こちらはそれどころではない。
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 この子どもが立っている背後の上の部分が上段の屋根で、通路の突き当たりまで行くと、この段差を急な石段で登って行くことになる。
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 やっとのことで登り切ると、そこにはこんな感じの「上の世界」が広がっていた。
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 最初、屋根中央の高くなったところ(男の人が立っている)にいたのだが、周囲の石の柵を見るとけっこう厳重な作りになっているので、
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 屋根の斜面をそちらの方に下りて行って、周囲を眺めてみる余裕ができてきた。
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 ドゥオーモの最も高い部分は周囲に工事中のシートがかけられていた。
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 最も高い尖塔上の金色の聖母像。
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 たまたまこの時間帯、雲が出て太陽を隠してくれたので良かったが、日射しがあると照り返しなどもあって暑くて耐え難いのだと添乗員が言っていた。
 帰りはまた石段を下りて通路を戻るのだが、一度通っていると何となく余裕ができる。エレベーター手前の通路から。
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 ここで高所恐怖症について一言。昔から高いところは怖かったのですが、60を過ぎるあたりから恐怖がより強まった気がします。膝や足首が弱くなったなと感じることが多いここ数年、要するにここでこけたらどうしようという不安が、恐怖を一層高めているのだと思います。片足で立ってバランスを取るというのが、若い時は何でもなかったのに、歳を取るとフラフラしてしまってどうにもならないということが関係しています。膝にとっては下り階段の方が負担なのですが、上りは体力が必要な分フラフラへの不安が高まるのです。上ったところを下りる場合は様子も判っているし、いざとなればそのまま石段に座ってしまえばいいですから、気持ちの上ではだいぶ楽になるような気がします。まあ、精神的な部分が大きいことですから、きっと気が小さい人間なのだろうなと諦めています。

 エレベーターで下に降りて、ここが出口。
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 入口はこの左手にあって、ドゥオーモ入口でもそうだったが、一人一人厳重な持ち物検査を受けさせられた。テロ対策で、ヨーロッパではどこでも警戒が厳重になっているということだった。あちこちで、大きな銃を持った兵士が警戒に当たっているのに出会った。
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 さて、このあと40分あまりのフリータイムが取られた。ドゥオーモ広場の方に出て、そのままガレリアを抜ければ集合地点(スカラ広場)はすぐである。疲れたし喉も渇いたので、ガレリアの途中にあった「バール」(要するに喫茶店)のテラス席でアイスコーヒーを飲んだ。
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 因みに、こちらでは元々コーヒーと言えばエスプレッソで、薄めのコーヒーを冷たくして飲む習慣などはなかったようで、最近アイスコーヒーが出てくるようになったのは、日本人観光客が何度も注文したからだろうと添乗員は言っていた。そう言えば、けっこう濃いめのアイスコーヒーだったが、その点はまったく気にはならなかった(濃いめが好きなのだ)。

 少し早めに集合地点のスカラ広場に戻り、
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 路面電車ウオッチングをしようとしたのだが、待っている時はなかなか来ないもので、2階建てバスなどがやって来た。
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 結局、次の一台を撮っただけで皆さん集合してしまって、
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 でも、そのあと徒歩で昼食場所に向かう途中で次々にやって来た。
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 で、ここが昼食を取ったリストランテ(レストラン)。
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 以上でミラノでの日程はすべて終了した(駆け足なのだ、今回は)。
by krmtdir90 | 2017-07-21 16:12 | 海外の旅 | Comments(0)

新座柳瀬・全国大会壮行公演(2017.7.20)

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 仙台の全国大会まであと僅かになった。きちんとしたホールでの最後の公演ということで、ちょっと新座市民会館まで様子を見に行ってきた。
 このホールには上手の壁にデジタルの時刻表示があって、途中からそれが気になって仕方がなかった。何となくキレが悪いというかノリが悪いというか、これでは60分を超えるのではないかと心配していたら、案の定1分ほどオーバーしたようだった(袖での正確な計時がどうだったのかは判らない)。あとで顧問に聞いたら、この日は2回公演したので疲れていたようだと言っていた。午前中に全校生徒を前に一公演を打っていたのだ。確かに生徒にとって一日2公演は相当辛いものがあるのだろうなと思った。
 いろいろ感じたことはあるが、いまはそれを書いても仕方がないだろう。新しいキャストを加えての「作り直し」の舞台ということで、細かいところにいろいろ修正を加えたりしていたようだが、その成否は本番の上演で明らかになるということだ。少なくともその多くが「判りやすくする」という方向で行われていて、新キャストを入れての一つのかたちはきちんと出来上がっていたので、あとは仙台の観客に期待するということになるのだろう。
 今回、平日の18:30開演ということで、集客はやはりかなり難しかったようで、残念ながら客席には空席が目立った。高校生の姿も少なかったように思う。それで思ったのだが、この芝居は客席にたくさんの高校生がいることが期待されていて、そういう意味では見事な「高校演劇」になっているのだということである。高校生という「大衆」に支持された時初めて成立する「高校演劇」である。この日の客席は、その点ではちょっと厳しいものがあったかなと思った(全校生徒に向けた1回目の公演ではどうだったのだろう?)。
 ともあれ、準備は整った。わたしも新幹線のきっぷを押さえたし、あとは仙台での舞台を楽しみに待つことにしよう。体調管理だけはしっかりやって、いつも通りの楽しい舞台を作ってください。
by krmtdir90 | 2017-07-20 23:59 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

帰って来ました

きょうの午前中に成田に帰って来ました。
イタリアも連日いい天気で暑かったけれど、帰って来たら日本はそれに輪をかけた恐ろしい暑さでした。時差ボケもあってきょうは一日中ボーッとしています。写真の整理と旅日記はゆっくりやろうと思っています。


by krmtdir90 | 2017-07-17 19:57 | 海外の旅 | Comments(0)


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