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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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高校演劇2018・春季発表会

 高校演劇の春季発表会が各地区で行われているが、現場を退いて十年にもなると、知っている顧問も(退職したりして)次第にいなくなり、観に行ってみようという気持ちもだんだん弱まってきている。とはいえ、やはりこの季節の楽しみであることにはまだ変わりなく、気が向いた舞台だけちょっとつまみ食いする感じで出掛けてきた。一応の礼儀として、以下に簡単な感想を書いておく。

 4月28日(土)は、まず朝霞コミュニティセンターに行き、西部A地区の舞台を2校観せていただいた。

細田学園高校「シンギュラリティ」
 顧問のE先生の創作だというので少し期待していたのだが、率直に言ってまだ台本として組み立てられていないと思った。現実離れしたストーリーを設定することは構わないが、そこで動かされる登場人物にはそれなりの説得力がないと観ていて辛い。どんな飛躍したストーリーであってもいいが、それを成立させるには誰もが納得できるリアリティが作れなければならないのではないか。今回は正直、展開の安易さが気になって仕方がなかった。また、生徒なら誰でも知っている「山月記」と重ね合わせる意図があったようだが、どこがどう重なるのかわたしには理解できなかった。創作への意欲は良し。だが、書いたものを一度距離を取って見直してみることができないと、なかなかいいものは書けないのではないかと思う。
 舞台の方だが、キャストの声が総じて小さく元気がなかった。普段の生活ではもっと大きな声が出ているはずなのだから、セリフをきちんと口にするためにはどんなことが必要なのか考えてみてほしい。発声や言葉を発する時の意識の仕方など、やはりセリフのしっかり書かれた既成台本でもう少し基礎練習をした方がいいと思った。あと、装置の置き方や場面転換などでも、もっとキャストを動き易くすることを第一に考え直した方がいいのではないかと感じた。

新座高校「トシドンの放課後」
 アカネを演じた女子がとても雰囲気が出ていて良かった。これまでいろんな学校の「トシドン」を観てきたが、ピカ一のアカネだったのではなかろうか。ツヨシとナガヤマ先生もよく頑張っていた。ツヨシを女子がやっているのは舞台としては弱点だが、これは仕方がないこと。この二人は、気持ちのぎこちない部分がもう少し意図的に出せるとさらに良くなるだろう。
 残念だったのは、後半がたぶん練習不足だったのだろうと感じられてしまったこと(新座の舞台にはこれがよくある)。前半はアカネとツヨシの距離感など非常にいい感じで作れていたが、途中から二人の気持ちが通じ始めてクライマックスに至るあたりは、やや丁寧さを欠いてスーッと流れてしまったように感じられた。終盤にツヨシが心情を吐露するところと、それに対してアカネがトシドンになって励ますところは、いまのところはまだ力んでいるだけに見えてしまっていた。この二人ならもっと気持ちを込めてやれるはずだと思った。あと、最後にアカネの髪を黒く変えていたが、あれだけの金髪を黒に染め直すのは簡単ではないだろうし、逆に元の髪色のままでアカネの素直さが表出された方が共感できるように感じたのだがどうだろうか。

 西部Aでこの日に観たい舞台はこの2つだったので、午後は東松山に移動して、松山市民活動センターで比企地区の2校の舞台を観せていただいた。

東京農大第三高校「バンク・バン・レッスン」
 まだ練習不足というのか、この台本でどういう演技が要求されているのかというところで、キャストの中に意思統一ができていないように見えてしまった。まったく唖然とさせられるばかりの設定と展開なのだから、もっと有無を言わせず突っ走ってしまうパワーが必要だったのではないか。たぶん演技としては、もっとあざとい、クサイ演技を操らなければならなかったように思う。キャストの力に凹凸があるのは仕方がないことだが、作るべき方向性をしっかり確認した上で、全体が一つになることでその弱点をカバーしなければならないのだと思う。
 装置だが、普通は省略することが多い自動ドアを正面にリアルに作ってしまったため(実にスムーズに開閉していて感心したのだが)、手前の床の可動反応範囲がどこまでなのかといった、つまらないことが気になってしまった。そうなると、そもそも銀行強盗は、最初にドアが作動しないよう鍵をかけさせるのではないかとか、横にあるらしい素通しの窓にはシェードを下ろさせるのではないかといった、余計なことをあれこれ考えてしまう結果になった。こうした台本で、どこまでこういうリアルさを表現するかは難しいところだと思った。

松山女子高校「とおのもののけやしき」
 装置大好きなわたしとしては、緞帳が上がった瞬間にウオーッという感じになった。仕込みにずいぶん手間取っているなと思っていたが、これでは無理もない。よく飾り込んだし、様々な昔の道具もよく集めたものだと感心した。これだけのものを舞台に上げてくれると、敢えて気になった細かい点も書いておく気になる。①上手の袖との間に隠しパネルがなかったので、奥(仕掛けを動かすワイヤーなど)が見えてしまったのは気になった。②手前に柱を一本立てていたが、全体を立体的に見せて良かったが、作りが雑でここだけリアルさが欠けていたように感じた。
 装置作りに夢中になり過ぎたからだろうか、残念ながらキャストの方はまだ作り切れていないところがあると感じた。お雛様・鬼・納戸婆はそれぞれ非常に頑張っていたが、その熱演が単独のもので、兄妹の方とうまく絡んでいないような印象を持った。十の謎かけという構図が常にあるのだから、それをしっかり意識したやり取りを作らなければならないだろう。兄妹が考えるところとか答えに驚くところとかで、やや気持ちが上滑りするおざなりな演技が目についたように思う。あと、離婚協議に行った母親の帰りを不安になりながら待つという設定も、もっと丁寧に印象付けてほしいと思った。最後の電話機は、目立たないところに最初から置いてあった方がよかったような気がした(箱から取り出すというのは何か変だし、その段ボール箱が妙に新しいのも気になった)。

 4月29日(日)はもう行かないつもりだったのだが、何となく気が変わった。西部A地区で、この日も2校の舞台を観せていただいた。

新座総合技術高校「演劇部、始めました」
 廃部の危機に瀕した演劇部のがんばりを描いた生徒創作台本(だよね)。変なおふざけに流されることなく、生徒らしい素直な感覚で事態の推移を描いていて好感が持てた。4人の部員たちのキャラクターの違いも意識されていて、必ずしもそれがうまく表現されているとは言い難かったが、少なくともそういうことを考えようとしているところはいいと思った。部長の子と寝てばかりいる子(プログラムを見ても役名と結びつかない)が喧嘩するところは、やや唐突の感は否めなかったが、最後には乗り越えられることが判っていても、ストーリーをうまく変化させていて良かったのではないか。先輩が残したというメッセージの使い方もいいと思った。
 これも予想通りの終わり方なのだけれど、最後に待望の新入部員がやって来るところでは、4人の反応をもう少し一人一人丁寧に作らなければもったいないと思った。

朝霞西高校「朝日のような夕日をつれて/21世紀版」
 女子部員が多い高校演劇では、男子5人を揃えてこの台本がやれたことが、まず何よりも素晴らしいことだと思った。観るに当たって変な気苦労をしないで済んだのはありがたい。
 5人はよく動けていたし、それぞれのキャラクターも際立たせてよくやっていたと思うが、全体としてはなぜか単調な感じがしてしまったのはなぜだったのだろう。恐らく、セリフの言い方で語尾が沈んでしまう(押さえてしまう)ことが多く、相手や周囲に対して突き抜けていく(正しい距離感できちんとセリフを飛ばす)感じが不足していたのではないかと感じた。最初と最後の群読にそれが端的に表れていたと思うのだが、結局覚えたセリフを生真面目に消化しているだけで、セリフが場の空気を次々と変えていくようには言えていなかったということではないか。セリフが重なっていくことで自然に生まれてこなければおかしいワクワク感(というようなもの)が、この舞台には作れていなかったような気がした。全体的なテンポも悪く、要所での畳みかけるような勢いにも欠けていたように感じた。5人も男子のキャストが揃いながら、その魅力をもう一つ発揮し切れていないのが惜しいなあという思いが残った。

 例によって、少し厳しく書き過ぎてしまった学校もあったかもしれない。率直に書くのは少しでもいい舞台になればという思いからなので了解していただきたい。みなさん、お疲れさまでした。
 あと、新座柳瀬高校が部内の事情から上演辞退になってしまったことは残念だった。何とか乗り越えて、次の機会にはまた面白い舞台を作って来てくれることを期待したいと思う。
by krmtdir90 | 2018-04-30 16:35 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

映画「ラッカは静かに虐殺されている」

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 原題は「City of Ghosts」と言う。これに「ラッカは静かに虐殺されている」という邦題をつけたのがまず素晴らしい。これは、このドキュメンタリー映画で描かれた市民集団がみずから名乗った名前なのだ。「Raqqa is Being Slaughtered Silently」、略称「RBSS」。
 2014年6月、IS(イスラム国)が首都としたラッカにあって、海外メディアも報じることができない市内の惨状を国際社会に伝えようと、市民の中に自発的に結成された市民ジャーナリスト集団である。彼らはスマートフォンによって「City of Ghosts」の現実を撮影し、国外に逃れた仲間のパソコンを経由して、市内の映像を次々にSNSに投稿していくのである。メディア戦略を重視していたISはすぐにこれに反応し、メンバーを追跡して様々な妨害や殺害を実行していく。
 マシュー・ハイネマン監督(アメリカ)は、トルコやドイツでISの襲撃を避けながら活動するRBSSのメンバーに密着し、彼らの「スマホを武器とした戦い」の危険な現実を記録していく。国外にあっても暗殺の恐怖と隣り合わせの彼らを捉えた映像と、SNSに投稿された彼らの映像(それとISが公開したプロパガンダ映像)などから、ラッカの市民生活が破壊され、常に死の恐怖にさらされている現実を浮かび上がらせていくのである。SNSというものがまったく新しい抵抗の武器となりうることが、わたしなどには非常な驚きだった。

 だが、この映画の中にはラッカでのISの蛮行を映し出す映像は思いのほか少ない。いくらでもショッキングな映像を並べることはできたのだろうが、ハイネマン監督はそうしたものを出すのをきわめて節度ある範囲にとどめている。この映画で彼が伝えたかったのは、何よりもRBSSによる命を賭けた抵抗の姿だったのだろう。
 とは言え、ISによる公開処刑の様子は何度かかたちを変えて映し出されるし、広場に首を斬られて晒されている幾つもの死体なども映されている。国外に逃れたRBSSの中心メンバー(ハムード)の父親と兄が捕らえられて処刑される様子は、ISが流した映像をパソコン画面で食い入るように見詰める本人とともに映し出される。もう何度も見直しているのだろう、本人の表情はもうほとんど動かず、それでもこの活動を続けるという決意が静かに発せられるだけである。
 ラッカを支配下に収めた当初から、ISが町の子どもたちを積極的に取り込んでいく様子を映した映像は怖い。何も判らぬ子どもたちが、彼らの欲しいものをくれるISに嬉々としてついて行く様子が映し出される。洗脳された幼い子どもがぬいぐるみの首を斬り、小学生ぐらいの子どもが処刑の銃を撃つシーンも記録されている。RBSSの発信を断つために、ISが町中のパラボラアンテナを破壊するさまなども捉えられている。事前に情報を得ていたRBSSは、他の幾つかの通信方法(当然のことだが、具体的には明かされていない)を用意してこれに対応したらしい。

 国外で活動するRBSSのメンバーを捉えた映像は、ラッカの映像と比べればやはり単調なものである。彼らはいつ襲撃されてもおかしくない危険の下にあるのだが、それは相手の見えない恐怖であって、映像的にそれを可視化することはできないものなのだ。実際にトルコにいた仲間が殺された事実が紹介されるが、いま活動しているメンバーにとっても観客にとっても、すべては想像力の世界での恐怖なのである。彼らの気持ちの揺らぎは、映像の上にはほとんど出て来ない。
 活動の中で命を落とした仲間の写真を何枚も取り出して、折に触れこれを見て決意を固め直しているという一人の言葉が紹介されていた。映画の最初の方では、ISに占拠される以前のラッカの様子なども映し出されていた。当時も(親子二代にわたる)アサド政権による抑圧的な体制下だったが、それでも何とか反体制派も存在できていたし、相対的には明るい部分も見え隠れしていたのだ。RBSSの活動のルーツはこの時代に生まれたものだったらしい。
 彼らはみずからが生まれ育ったラッカの町で、ごく普通の平穏な生活を送りたいと願っただけなのだ。現在ラッカの町はISの支配からは解放されているが、シリアの内戦そのものは様々な勢力の対立の構図が依然として解消しておらず、先のまったく見通せない状況が続いているようだ。ISはいまも、シリアだけでなく世界中に散らばって勢力を保持し続けており、RBSSのメンバーに平穏な日々が訪れることは期待できないのである。

 この映画の被写体となったこともそうだが、彼らはある時点からSNSの無名性を放棄して、みずから対外的に顔を出して存在を主張する道を選んだようだ。そのことが2015年、国際組織「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」による「国際報道自由賞」授与ということにつながったのだが、その授賞式の映像はISに対する敵対宣言を公然化するということであり、彼らの受けるリスクは限りなく高まったとも言えるのである。
 それでも彼らがこの道を選んだのは、SNSをはるかに凌ぐ映画の拡散力を信じたからであり、ドキュメンタリー映画がまったく新しい(攻撃的な)一歩を踏み出したことを意味しているのだろう。映画には、ドイツ国内でRBSSのメンバーが移民排斥を叫ぶ極右集団のデモと遭遇する場面も記録されている。映像は、デモ隊の中にISなどとも通底する狂信的な空気があることを写し取っている。一方でISは、RBSSのメンバーの写真をHPにアップして、これを処刑する者はいないかと呼び掛けたりしているのである。
 映画の最後には、メンバーの一人ハムードが、ドイツの病院で妻が出産した我が子に、殺された父親の名を取ってモハメドと名付けるシーンが収められている。彼らがこの先無事でいられるのかどうかはまったく判らないし、故郷ラッカに戻れる日が来ることもまったく見通せてはいない。だが、このラストシーンにハイネマン監督が微かな希望を込めたことは判るし共感できる。確かに、われわれなどにはとても想像できない世界がここにあるのだということが理解されるのである。

 RBSSの努力によって、シリアの現状がある程度われわれの目に触れるようにはなっている。だが、率直に言って、日本から遙か離れた中東のこの国のことを、わたしはほとんど理解できてはいないと思う。映画の中でも触れられていたが、2017年にトランプ政権下で本格化した、米軍・有志連合による侵攻作戦と空爆でラッカのISは排除されたが、これによってIS支配下あった時をはるかに超える数の民間人の死者が出たのだという。
 プログラムには、RBSSがHPに掲載した告発文が紹介されている。「ラッカ市は有志連合とその同盟者(シリア民主軍=SDF)による組織的な破壊を受けている。民間人に対するあらゆる人権侵害がISと戦うという口実のもとに行われ、全く非難を受けることはない。有志連合とSDFはテロとの戦いを掲げて、ISが4年間の戦争の中で行ったよりも多くの民間人を殺した」。
 この映画はISとの戦いを記録したものだが、シリアにおいては、それ以前はアサド政権との、それ以後はまた新たな敵との戦いが始まっているということなのだ。RBSSが2018年1月に発表した「2017年のラッカ州での民間人死者」は3259人に上り、うち63%にあたる2064人が空爆による死者だったという。わたしの知らないところで、悲惨きわまる現実が依然として続いているのだ。
(アップリンク渋谷、4月26日)
by krmtdir90 | 2018-04-27 12:43 | 本と映画 | Comments(0)

映画「タクシー運転手/約束は海を越えて」

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 韓国映画というのはほとんど観る気がしないのだけれど、この映画は1980年5月に起こった光州事件を扱ったものだというので、ちょっと行ってみる気になった。あまり期待しないで行ったのだが、出来としてはまあそれなりに予想以上のところもあったと思う。

 光州事件というのは、クーデターによって実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)の発した戒厳令に対し、国内各地に発生した市民・学生らによる抗議行動のうち、特に盛り上がりを見せた光州市において、戒厳軍が武器を用いた鎮圧を行って多数の死傷者を出した事件である。光州市は軍によって外部と完全に遮断され、全土で厳しい報道管制が敷かれたため、当初ここで起こった出来事はなかなか外に伝わらなかった。
 そうした中で、わずかな情報を頼りに危険を冒して光州市に入り、軍による弾圧の実態を広く世に知らしめたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼を光州市まで送迎したソウルのタクシー運転手キム・サボクという、二人の実在人物をモデルとしてこの映画は作られている。

 だが、実際にあったことだからといって、映画は事実にあまり縛られるような作り方にはなっていない。むしろ、娯楽作品として、観客に受けるような作り替えや誇張が随所に見られて、その割り切り方が韓国国内での大ヒットにつながったのだと思われた。したがって、そういう意味では「何だかなあ」と思うところもたくさんあったのだが、それでも韓国現代史において最大の悲劇とされる光州事件の実相は、かなりしっかりと描き込まれていたと感じた。
 特に、運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)を、政治などにはまったく無縁のところで生きてきた平凡な男と設定したところが良かったのではないか。成り行きからいつの間にか深刻な事態に巻き込まれていき、そこでの悲惨な現実を目の当たりにするうちに、徐々に怒りと正義感を募らせていくという展開は巧い。かなりご都合主義の安直な展開も見られるのだが、上記のような一本の筋を通したことによって、そういう安易さも許していいような気持ちにさせられてしまう。
 最初は高額な乗車料金を払ってくれるカモとしか思っていなかったのに、ドイツ人記者ピーター(トーマス・クレッチマン)の行動に付き合っていくうちに、次第に共感と親近感を覚えていく過程がなかなか面白い。記者ピーターの方も、当初はただ利用するだけのタクシー運転手に過ぎなかった相手が、見かけによらず誠実で心優しい男なのだと徐々に理解していく。二人が最後にソウルの空港で別れるシーンは、抑制された程良い描き方で好感が持てた。

 光州市内で彼らに絡んでくる人々については、一方はあまりにいい人たち過ぎるし、一方はあまりに悪役過ぎてちょっと引いてしまう感じがあった。背景となった光州事件の様子はしっかり再現されていたと思うが、これもまた戒厳軍の容赦ない残虐さがやや強調され過ぎていたのかもしれない。現代の韓国からすればこれらは完全に否定されるべきものだから、韓国の観客にとってはこのあたりがちょうどいい描き方だったのかもしれない。
(立川シネマシティ1、4月24日)
by krmtdir90 | 2018-04-25 12:59 | 本と映画 | Comments(0)

映画「三里塚のイカロス」

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 成田空港を利用する時、心の奥深いところで、微かに引っ掛かってくる小さな棘のようなものを感じる。かつてこの地で激しい空港反対闘争が行われたことを、わたしぐらいの年齢の者なら誰でも、ほぼ同時代を生きた者として多かれ少なかれ記憶のどこかにとどめている。
 この地に新空港を作るという政府の一方的な決定に対し、地元農民たちが空港反対同盟を結成して抵抗した。そこに当時、新左翼(三派全学連)と呼ばれた学生たちや労働者が支援に入り、国家そのものと対峙する激しい闘争を繰り広げた。最初は計画そのものに反対し、建設を阻止して先祖からの農地を守るという闘いだったが、空港が滑走路一本ながら曲がりなりにも開港してしまうと、引き続き2本目の滑走路を阻止するというかたちで闘争は続いた。だが、闘争の長期化から土地を手放して移転する農民の数も増え、また支援する新左翼党派間の主導権争いなども泥沼化して、次第に反対闘争そのものが人々の共感を失っていった。
 この映画の代島治彦監督は、2014年に「三里塚に生きる」というドキュメンタリー映画でこの闘争を取り上げ、反対同盟の農民たちが苦渋の選択をしていく過程を記録したようだ。わたしはこの映画を観ていないが、本作「三里塚のイカロス」はこの続編として2017年9月に公開された映画だった。公開時に気にはなっていた映画だったが、この闘争に何の関わりもなかった身としては何となく気が引ける感じがあって鑑賞には至らず、今回アンコール上映があるというのでようやく出掛けてみる気になった。行って良かったと思った。

 この映画は、反対同盟の農民たちの闘いに、外側から関わりを持った人たちの証言を集めている。空港反対同盟が結成されたのは1966年、そこに当時の三派全学連が参加したのは1967年だったという。すでに50年の歳月が流れているのである。途中から関わった人にとっても、もうずいぶん長い時間が経過している。その時間の壁を越えて、彼らはその時のこと、その後のことなどを、それぞれの現在の思いとともに率直に語っている。
 闘争の初期の頃から反対同盟を指導した農民活動家・加瀬勉さん、彼は自分が関わった闘争の経過を逐一カセットテープに吹き込んで残そうとしている。
 全学連の一員として現地に入り、知り合った農家の長男と結婚した秋葉恵美子さん、彼女は農家に嫁いだ最初の支援女性(大学生)だった。同じく支援に入った大学生で、同じく農家の息子と結婚した前田深雪さん。秋葉家も前田家も現在は代替地に移転しているが、それを受け入れるには簡単ではない葛藤があったことをそれぞれ語っている(恵美子さんは一年ほど家を離れ、深雪さんは自殺未遂をしたらしい)。また、農家に嫁いだ元支援の女性が、2013年に移転を苦にして自殺したという事実も(短くだが)紹介されている。
 また、高校3年で京都から現地に入り、穴掘り作業中の落盤事故で半身不随になった吉田義朗さん、彼の車椅子を押してくる平田誠剛さんは、同じく京都の大学から現地に入り、1978年の開港4日前に起きた空港管制塔占拠事件に加わっていた。二人はいまも仲のいい悪友同士という感じで、当時のことをおもしろおかしく語るのだが、のちの党派間抗争(内ゲバ)では襲撃されるセクト(第四インター)にいたことも具体的に語られている。
 元国鉄の下請労働者として現地に入り、上記の管制塔占拠事件に同じく参加していた中川憲一さん。管制塔占拠事件については平田さんと中川さんの二人の証言を交互に組み合わせながら、大学生の死者が出たことも含めてかなり詳細に記録されている。また、中川さんとのインタビューは元団結小屋があったという道端で行われるのだが、そこにたまたま機動隊の装甲車が通りかかり、降りて来た若い機動隊員と撮影についてやり取りする興味深いシーンが収められている。いまも空港の周囲では機動隊の警備が行われているのだ。

 この映画にはナレーションはなく、当時の闘争と並走して作られた小川紳介監督の三里塚に関する映画フィルムが要所で挿入され、最小限の字幕によって当時の状況などが示されていく。人々の証言から様々な事実が浮かび上がってくるが、それらは時の経過とともに闘争のかたちが移り変わっていく様子も映し出していく。もちろん、もっともっといろいろなことがあったのだろうが、代島治彦監督は取材対象者を非常に的確に選んで語らせることで、かなり判りやすいかたちで様々な対立の構図を描き出すことに成功している。
 1978年に一期工事分の4000m滑走路が運用開始され、空港が開港したことで闘争は新たな局面に入っていく。翌1979年には戸村一作反対同盟委員長が死去、二期工事に向けての反対同盟と空港公団側との確執も複雑化していく。
 ここでインタビューの対象として出てくるのは、元空港公団職員で用地買収を担当した前田伸夫さんである。空港が出来てしまったことにより、反対同盟の中から移転容認の条件闘争に移る動きが出てくる様子が、彼の口から明らかにされる。彼は最後まで反対で突っ走る中核派の標的となった時のことを語り、空港公団に入ったことを後悔していると最後に言うのである。
 証言は続く。残った反対派農家の長男と1984年に結婚した元中核派の女性・加藤秀子さん、1998年に苦衷の中で夫は土地売却を決意、その時のことを移転先の自宅で淡々と語る。そして、2002年に二期工事分の平行滑走路が運用開始された。
 最初に登場した農民活動家の加瀬勉さんは映画の終わり近くで、結局結婚もしないで反対闘争にすべてを注ぎ込み、母親を介護するしかなくなってしまう辛い経緯を語る。元空港公団職員の前田伸夫さんは、移転交渉が不調に終わり、いまも移転せずに離着陸する飛行機の直下で暮らす家に代島監督を連れて行く。遠くからその家を見るだけだが、取り残されてしまった農民というのもあることが示されている。
 最後に証言するのは元中核派政治局員で、1981年から2006年まで現地責任者を務めた岸宏一さんである。吉田義朗さんや平田誠剛さんらが属した第四インターを襲撃して8人に大怪我を負わせ、空港公団職員の前田伸夫さんを標的とするテロなどを指揮した責任者である。彼は三里塚闘争は失敗だったと述べ、「それは岸さんの失敗ってことですね」という代島監督の問いかけに、「完全にそうですね、完全にそういうことだと思います」と答えるのである。

 だが、この映画は何らかの立場に立って誰かを批判したり糾弾したりする映画ではない。安易な決めつけで岸さんや前田さんの責任を追及したりはしていない。浮かび上がるのは、地元農民の気持ちを無視して強行された新空港建設という国家事業の下で、多くの人たちがみずからの人生を狂わされてしまったという事実である。狂わされてしまったというのは語弊があるが、こうした多くの人たちの人生と引き換えに成田空港が作られたというのは確かなことなのである。
 代島監督は、現在という時点からこの長い経緯を振り返るために、実にバランスの取れた素晴らしい人選をしていると思った。安易に公平という言葉は使えないが、それぞれの場所で生きていた人々の思いに丁寧に寄り添おうとしている姿勢には共感できる。いいとか悪いとか、正しかったとか間違っていたとか、簡単に断じてしまうことなど誰にもできはしないのである。
 代島監督はプログラムの中で、2013年に自殺した先述の女性の通夜の席で、「『ひとりの責任感の強い女性の不条理な人生』に強い憤りを覚えた。この行き場のない憤りが、ぼくを新たな映画づくりへと導いたのだと思う」と語っている。彼女は元反対同盟青年行動隊員の夫とともに反対運動を続けていたが、2006年に移転を受け入れるしかなくなったことからウツ病を発症していたのだという。代島監督はさらに述べる。「誤解を恐れずに言うが、『三里塚のイカロス』は“あの時代”にけりをつけさせるための映画、ちゃんと死んでもらうための映画である。悪霊となって社会を彷徨うのはもうやめてくださいよという……」。
 神話のイカロスは、蝋で固めた翼によって空を自由に飛翔する能力を手に入れるが、力を過信して太陽に接近しすぎたため、蝋が溶けて翼を失い、地上に墜落して死んでしまった人物である。「三里塚のイカロス」というタイトルは、三里塚にそんなイカロス(のような人たち)がいたのではないかというアイロニーである。アイロニーには違いないが、このイカロスたちは決して非難されてはいないし、否定されているわけでもない。どこかに誤りはあったのかもしれないが、彼らは確かにその時代を生き、いまもそれぞれの場所で生きているのである。「“時代”にけりをつけさせる」という代島監督の言葉は実に重い。
 すぐ上空を巨大な飛行機が爆音を轟かせて飛ぶ下の畑で、黙々と耕作し収穫する秋葉恵美子さんの姿が印象的である。吉田義朗さんと平田誠剛さんが語った、彼らが作った地下要塞が4000m滑走路のど真ん中に埋まっているいう話も記憶に残る。多くのインタビューが飛行コース直下の屋外や屋内で行われていて、爆音で話が中断するシーンが何度かあった。その沈黙の間(ま)に、言葉にならない彼らの複雑な思いが溢れてくるような気がした。
(新宿K's cinema、4月23日)
by krmtdir90 | 2018-04-24 21:54 | 本と映画 | Comments(0)

映画「女は二度決断する」

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 この映画のストーリーには救いがない。救いがないからいけないと言うつもりはないし、何らかの予定調和で終わられるよりも最後の衝撃は大きかったと思う。だが、映画が終わった後も、こういう終わり方になってしまうしかなかったことへの複雑な思いが残り続けた。
 結末は復讐なのだが、彼女の一度目の決断では後に残るのは空虚だけだということが彼女にも判ったのだろう。二度目の決断は、彼女にとっては夫と息子のいる「向こう側」に行くということであって、そこに積極的な選択という側面があるということである。彼女がそこに救いを求めるしかなかったということは理解できる。一方で、正義がなかなか貫かれない社会の不条理はそのまま残ってしまうわけで、救いがないという印象はそこから来るものだと思う。

 ドイツは移民大国と言われ、それを快く思わない極右集団(ネオナチ)によるテロ事件が実際に起こっているらしい。監督・脚本のファティ・アキンはトルコ系移民の血を引いているというから、こうした社会的な矛盾や暗部を見詰める視線には非常に厳しいものがある。
 主人公のドイツ人女性カティヤは、学生時代に知り合ったトルコ系移民のヌーリと結婚した。彼は麻薬取引に絡んで獄中にあったが、それを乗り越えての結婚だった。出所後、彼は真面目に働き、二人の間には6歳になる息子ロッソができていた。この夫と息子が爆破事件の犠牲となり、カティヤは突然不幸のどん底に落ちてしまうというのが発端である。
 当然彼女は悲嘆に暮れることになるが、この映画のいいところは、彼女を被害者という単一の色に染めてしまわなかったところだと思う。もちろん彼女の絶望の深さはこれでもかと描かれるのだが、やって来た両親や捜査に当たる刑事の描き方などに、ステロタイプに流れることを許さない鋭い目が向けられている。カティヤの描き方にもそれは届いていて、彼女は決して品行方正な受け身の女性としては造形されていない。彼女の身体にはタトゥーがたくさんあるし、タバコやお酒もやり、悲しみを紛らわせるためにクスリにまで手を出したりするのである。両親とのやり取りなどから、彼女があまり幸せな育ち方はしていなかったことも見て取れる。逆にそのことから、彼女にとって夫と息子との生活がどんなに大切なものだったかが浮かび上がるのである。
 警察は最初、麻薬なども絡んだ移民同士のトラブルではないかと疑い、ネオナチの仕業だというカティヤの見方は積極的には受け入れてもらえない。ファティ・アキン監督は、ドイツ社会の根底に移民に対する偏見や差別意識が流れていることをさりげなく感じさせている。
 結局、ネオナチの若いドイツ人夫婦が逮捕され、今度はその裁判の過程が逐一描かれていくことになる。カティヤは友人の弁護士とともにこれに立ち会うが、この裁判の描き方もまったく容赦のないもので、被告側の弁護士の(プロとしては当然のことをしているだけだろうが)嫌らしさなどは唖然とするくらい際立った描写が並べられている。そして、結果は(予想に反して)証拠不十分で容疑者は無罪釈放となってしまうのである。
 この後のことは、まあ一応の礼儀としてネタバレさせずにおくのがいいのだろう。最初のところに少し書いてしまった気もするが、それ以上書くのはやめておく。

 映画の展開の緊迫感は素晴らしいもので、ストーリーはどこまでも暗く救いのないものだが、そこに描かれているものからまったく目を離せないまま、最後のカティヤの決断に向かってぐいぐい引きずられていくしかなかった。これはもちろんファティ・アキン監督の演出力の結果であるが、それ以上にカティヤを演じたダイアン・クルーガーの演技によるものである。わたしは長いこと映画から離れていたから、この女優を観るのは初めてだったが、この繊細で力強い(基本的には押さえた)感情表現の見事さには舌を巻いた。カティヤの最後の決断を、ここまで説得力を持って演じ切るのは並大抵のことではないと思う。
 非常に現代的で多様なテーマを含んだ映画だが、それがこんなふうに完璧な娯楽映画として成立していることが驚きだった。こんなにスリリングでサスペンスフルな映画も、めったにお目にかかれるものではない。
(新宿武蔵野館、4月16日)
by krmtdir90 | 2018-04-17 18:30 | 本と映画 | Comments(0)

映画「港町」

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 分類をすればドキュメンタリー映画ということになるのだろうが、想田和弘監督はみずからが作る映画を「観察映画」と呼んでいて、これはその第7弾になるものなのだという。想田監督の映画を観るのは初めてだったが、その世界にすっかり惹き付けられてしまった。

 プラグラムに監督自身が唱える「観察映画の十戒」なるものが載っている。「被写体や題材に関するリサーチは行わない」から始まって、「被写体との撮影内容に関する打ち合わせは、原則行わない」とか「台本は書かない。作品のテーマや落とし所も、撮影前やその最中に設定しない。行き当たりばったりでカメラを回し、予定調和を求めない」「必要ないかも?と思っても、カメラはなるべく長時間、あらゆる場面で回す」といった、なかなかに興味深い「戒め」が列挙されている。
 基本的な考え方は先日観た「苦い銭」の王兵(ワン・ビン)監督に似ていると思ったが、映画としての方向性は少し異なっているように思われた。想田監督は1993年以降、普段はニューヨークに住んでいて、撮影のために(その時だけ?)日本を訪れて、その時の興味のままに日本の何かと向き合って撮影しているということで、恐らくそのことが関係しているのかもしれないと思った。この映画では、瀬戸内海に面した岡山県牛窓町(2004年の町村合併で、現在は瀬戸内市の一部となっている)というところでカメラを回し、その海辺の町に暮らす人々の日常を映画に収めている。
 被写体となるのは主として一人暮らしの老人たちで、彼らはカメラを向けられると、その前で訥々と、あるいは思いがけず雄弁に、様々なことを語ってみせるのである。本来寡黙であっただろう彼らが語り始めるまでに、恐らく長い助走があったに違いないと想像される。だが結果的に、カメラは確かにその撮影過程の中に、彼らの人生、あるいは見え隠れする共同体のかたちといったものを掬い取っているのである。何ということもない日常の細々とした断片なのだが、それらがこんなにも豊かな表現になりうるということが驚きだった。

 この映画のスタッフは考え得る最小の構成である。監督・製作・撮影・編集:想田和弘、製作:柏木規与子。これで終わりなのだ。たった2人で映画を撮ることが可能になったのは、映画がフィルムからデジタルに変わったからである。尺を気にすることなく気の済むまでカメラを回し続ける、こういう「観察映画」が成立するようになったのもこのためである。そして、このことがいま映画の大きな可能性を広げているということなのだろう。
 2人が牛窓でカメラを回し始めた時、多くの住民は遠巻きにそれを眺めるばかりだが、妙に馴れ馴れしく近寄ってくる住民もいるのである。クミさんという老婆なのだが、撮影の2人は(すぐにそれに飛び付くのではなく)彼女とある程度の距離を保ちながら、何となく彼女に導かれるようなかたちで、この町の古い共同体の中に入って行くのである。

 始まりは、彼女がワイちゃんと呼ぶ耳の遠い腰の曲がった漁師である。黙々と魚網を縫う姿から始まり、彼が船を出して網を仕掛け、再び船を出して網を引き上げる過程を、じっくりと「観察」し始める。上げた網に絡みついた魚を、一匹一匹外していく手許を飽きることなく凝視する。港に戻り、水揚げをして、港に付随した小さな市場に運び、仕分けをしてそれが競り落とされていく様子を、引き続き淡々と「観察」していくのである。こうした、これまでこの町でずっと繰り返されてきたであろう日常が、何とも興味深く面白いものに感じられたのは不思議なことである。
 カメラはさらに、数人の競りの中にいた一人の後について、箱詰めされた魚とともに集落の中にある小さな魚屋へと向かう。夫婦が営む魚屋で、今度は魚に若干の加工を施したり、売り場に出すためのパック詰めの手作業などを「観察」する。それを買いに来る近所の人たちや、お得意に配達して回る軽トラックの助手席に同乗して、その先で出会う人たちとのやり取りなどをカメラに収めていく。また、店に来て、捨てられる粗(あら)を貰っていく女性について行ったりする。彼女が狭い台所で粗を煮始めると、どこからともなく猫がたくさん集まって来て、彼女がこれを残り飯と混ぜて猫たちに与えていることが見えてくる。また、カメラの2人がこの女性と(比較的若い女性で、この時は旦那さんも一緒だった)外の路地で話していると、たまたま通りかかった年配の女性がお墓に行くと言うのを聞いて、少し後から山の上の墓地に行って、今度はこの女性に話を聞いたりするのである。
 確かに「行き当たりばったり」であり、話を聞くといっても、こちらから何かを聞き出すというのではなく、相手が自然に話し始めるのを根気強く待っている感じなのである。その姿勢は非常に好感が持てるもので、こちらから何かを仕掛けるということがまったくないから、逆にそこにあるものが見えてきてしまうということが自然に実現されているのだと思った。

 圧巻だったのは、終わり近くになってからのクミさんの独白だった。彼女は時間の経過とともに、しつこいくらいカメラを回す2人に付きまとってくるようになっているのだが、ある日の夕暮れ時、丘の上の小学校跡が病院になっているから行ってみるといいと2人を誘うのである。もう暗くなるからと、2人は一旦は誘いを断るのだが、例によって何度も強く誘ってくるクミさんに根負けした感じで、彼女の後について坂道を上っていくことになる。
 この丘の上で、クミさんは不意に自分の過去について語り出す。幼い時から「まま母」に育てられたこと、息子と無理矢理引き離されてしまったこと(この経緯は、彼女が興奮してしまったこともあってもう一つはっきりしない)、希望を失い死のうとしたことなど。撮影する2人はほとんど聞き返すことをせず、そのため事実関係としてはよく判らないことが多いのだが、クミさんの中にずっと溜まり続けていた澱のようなものが、唐突に溢れ出てしまったこの瞬間を捉えてしまうのである。この時のクミさんは(言葉は変かもしれないが)鬼気迫るようなところがあった。
 まったく予期せぬものを、カメラは捉えてしまうことがある。だが、この映画はそのことに何らかの意味を与えたり解釈を加えたりはしていない。先の「十戒」には次のように記されている。「撮影は『広く浅く』ではなく、『狭く深く』を心がける。『多角的な取材をしている』という幻想を演出するだけのアリバイ的な取材は慎む」「編集作業でも、予めテーマを設定しない」「観客が十分に映像や音を観察できるよう、カットは長めに編集し、余白を残す」。

 映画の最後に、クミさんが映画完成前に亡くなったという字幕が出る。そこには「追悼」という言葉が添えられていた。クミさんを始め、多くの人たちの姿がこの映画の中に捉えられている。予定調和の意味づけや方向づけが行われないことで、彼らは文字通りそこに生きた者として残されることになった。「十戒」には次のような言葉もある。「ナレーション、説明テロップ、音楽を原則として使わない。それらの装置は、観客による能動的な観察の邪魔をしかねない。また、映像に対する解釈の幅を狭め、一義的で平坦にしてしまう嫌いがある」。
 この映画はモノクロームだったのだが、それがこの映画に奥行きを与え、観客の想像力をかきたてる力になっていたと思う。監督の言によれば、撮影はすべて(デジタルとして当然のごとく)カラーで行われたのだが、編集段階でモノクロームに変換してしまうアイディアが生まれたのだという。これは素晴らしいアイディアだったと思う。最後の最後にワンカットだけ、牛窓の港の情景がカラーで短く映し出されるのだが、その息を呑むような美しさが(特にどうということもない平凡な情景に過ぎなかったのだが)強く印象に残った。色彩にしてもナレーションや音楽にしても、それを敢えて除外することが限りなく豊穣な世界を作り出すということがあるのだ。
 上映時間122分、映画の思いがけない面白さを発見させてくれた、実に素晴らしい映像体験だったと思う。観に行って良かった。
(渋谷イメージフォーラム、4月13日)
by krmtdir90 | 2018-04-15 11:08 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ラブレス」

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 アンドレイ・ズビャギンツェフ監督は、海外の映画祭などで高い評価を得ているロシアの監督のようだが、何とも言いようのない冷え冷えとした映画なのに驚いた。現代のロシア(2012年秋~15年冬)を描いているのだが、この崩壊した家族には救いのかけらも見出すことができない。

 主人公の夫婦は現代ロシアにおいてはエリート層(富裕層)のようだが、2人の間にすでに愛はなく、いま離婚協議の真っ最中である。それぞれが外に愛人を作っていて、12歳の息子をどちらが養育するかを押しつけ合っている。自分のことしか考えていないこの夫婦、ジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)とボリス(アレクセイ・ロズィン)の現状を、ズビャギンツェフ監督は冷ややかな視線で凝視していく。技法的にはカメラをあまり動かさない長回しが多用され、観客としては感情移入しようのないこの夫婦の日常生活の断片や、情事の有り様などを長いこと見せられることになる。人によっては退屈してしまう人もいるのではないか。
 息子アレクセイ(マトヴェイ・ノヴィコフ)は、父母にとって自分が邪魔な存在になっていることを知っており、夫婦喧嘩の罵声を聞きながら涙を流したりする。彼は自身にはどうすることもできない被害者なのだが、映画は彼についてはあまり描こうとはせず、ほとんど点描する程度で彼に感情移入されるのを避けているように見えるのである。アレクセイは映画の中程で失踪し、後半は彼の捜索の様子が描かれていくのだが、彼は最後まで(彼としては)映画の中に現れることはなく、彼の視点は一貫してこの映画の中にはないのである。

 アレクセイは朝学校に行ったきり帰らなかったのだが、夫婦はそれぞれの愛人の元に泊まってその晩は帰らなかったため、2日続けて学校に来ていないという担任の連絡で初めてアレクセイの不在に気づく始末なのである。このあと、ジェーニャは警察に捜索願を出すのだが、ボリスの反応とともにこの2人が事態をどこまで深刻に考えているのかまったく不明である。また、捜索願を受けた警察の対応も驚きで、人手が足りないから民間の捜索救助ボランティアを頼ったらどうかと提案したりするのである。現代のロシアではこうしたボランティア団体が実際に活動しているらしいが、その献身的な捜索活動だけがこの映画の中の僅かな救いになっている。
 夫婦はボランティアのリーダー(コーディネーターと言うらしい)の指示で捜索に加わるのだが、こうした状況になってもどこか他人事のようで、口喧嘩も愛人との情事も自重するということにはならないのである。それどころか、妻の方は自分は結婚する気なんてなかったとか、子どもを産んだのは失敗だったとか、思い通りにならなかったことすべてを夫の責任にするような発言を繰り返す身勝手さなのである。
 一方で、無償の善意で行われるボランティア団体の組織的な捜索は非常に興味深いものだが、その必死の捜索によってもアレクセイを発見することはできない。手掛かりもなく捜索が行き詰まった時に、同じ年格好の少年の死体が発見されたという連絡があり、夫婦はコーディネーターとともに(妻の愛人も同道している)警察の死体置き場に検分に出向くことになる。

 このシーンは解釈の分かれるところなのかもしれない。シートを持ち上げて血だらけの無残な死体が一瞬だけ映されるが、ジェーニャは胸のほくろがないから息子ではないと否定するのである。意外な表情のコーディネーターは念のためDNA鑑定を勧めるが、ボリスも加わって2人はそれを拒絶する。わたしは死体はアレクセイだったと受け取ったのだが、ズビャギンツェフ監督はここのところを明確には描いていないのである。
 わたしが上のように考えた理由は幾つかあるのだが、一瞬映された死体の上半身は血だらけで損傷もあるようだったので、ほくろの判別はかなり難しかったのではないかということ。コーディネーターがDNA鑑定を提案したのも恐らくそういう理由があったと思われること。また、彼は経験上こうした場合に、受け入れたくない現実に対して思わず否定してしまうことが時にあるのだと発言していること。そして、何より大きいのは、外に出てしまったジェーニャは愛人の胸で、中に留まったボリスは床に蹲るようにして、ともにほとばしるような激しい慟哭を見せることである。死体の状況がどんなに目を覆うようなものであったとしても、自分の息子でなかったとしたらこの慟哭は説明がつかないくらいのものだったと思うのである。
 このシーンはこれで終わり、映画はこのあと、彼らのアパートのがらんとしたアレクセイの部屋になり、職人が入って壁紙を剥がしたりし始めるのところを映し出すのである。これがあの日から何日後のことなのかは判らない。何がどんなふうになったのかは描かれることはなく、しかし、事件が決着したことだけは確かに示されているのである。

 この部分の経緯を描かないことで、ズビャギンツェフ監督は実に多くのことを語っていると思う。語っていると言うより、想像させていると言った方がいいかもしれない。しかもこのあと、さらに3年以上の時間を省略して、夫婦のその後を短く描写するのである。その描き方はこれまで以上に冷ややかで、具体的には書かないが、それぞれの愛人と一緒になった彼らが、表面上の平穏さとは裏腹に、いままで以上の空しさを抱えながら過ごしていることが冷酷に示されているのである。
 彼らが息子アレクセイの死をどのように受け止め、どのように後始末をして離婚後の生活に入って行ったのかといったことは、この映画では一切描かれないままで終わる。ズビャギンツェフ監督は最初の段階から、この夫婦のことを一貫して突き放しているのであり、自分のことにしか関心がないこうした生き方が蔓延している現代の病理を、丸ごと提示することに意味があると考えていたのだと思われる。アレクセイは彼らの身勝手の犠牲になったのだが、そのことをいくら言ったとしても、この2人のような人間には響かないことが判っているということなのだろう。自分を省みない人間にとっては、どのような罪の意識も生まれようがないからである。
(新宿バルト9、4月12日)
by krmtdir90 | 2018-04-14 13:38 | 本と映画 | Comments(0)

映画「15時17分、パリ行き」

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 どうやら列車が舞台の映画らしい、監督のクリント・イーストウッドは最近けっこういい映画を撮っているらしい、といったようなことで観に行ったのだが、これは完全なハズレだった。まあ、そういうこともある。書かなくてもいいのだが、記録ということで一応書いておく。

 クリント・イーストウッドの経歴はひとまず置くとして、前作「ハドソン川の奇跡」が2016年度キネマ旬報ベストテンで外国映画第1位を獲得していたことは知っていた。わたしはずっと映画を離れていたから、彼が監督として注目された頃の作品をまったく観ていないのだが(もちろん「ハドソン川…」も観ていない)、いい機会だから一本ぐらい観ておこうと思ったのが裏目に出てしまった。
 「ハドソン川の奇跡」はアメリカで実際に起こった出来事を映画化したようだが、それが評価されヒットしたので、明らかに2匹目のドジョウを狙ったのが本作だったようだ。ところが、今回の出来事は映画の題材としてはまったく面白いものではなかった。出来事そのものがせいぜい10分もあれば終わってしまうもので、列車内で起こった銃撃事件(無差別テロ)に3人の若者が立ち向かい、犯人(単独犯行)を取り押さえたという、ただそれだけのことなのである。確かに勇気ある行動には違いないが、背景も後日談もふくらませようのない単純なものだったのである。

 映画はこの3人に当事者本人をキャスティングして話題性を持たせようとしたようだが、どうやったところで映画としての面白さはまったく作れていなかったと思う。3人の高校時代からのエピソードを並べていたが、それ自体が少しも面白いものではなく、彼らのキャラクターを際立たせるものにもなっていなかった。彼らは、どう考えても魅力のない(平凡で俗っぽい)若者たちに過ぎなかった。一方で、犯人の男の過去にはまったく触れていないから、犯人は単なる悪者であって、3人は悪を退治した勇敢なアメリカ人という構図にしかなりようがないのである。最初から、3人は無事で悪は逮捕されることが判っているのだから、こんなに面白くないアクションもなかった。
 最後に、3人の勇敢な行動に対して、事件の舞台となったフランスから勲章が贈られたり、アメリカの地元に帰ってからのパレードのシーンなどが付け加えられていたが、そんなことを映されても、最初からこちらは娯楽映画として観ているのだから、テレビのニュースならともかく、映画としてはどうなの?ということにしかならなかった。

 まあ、あんまり書いても仕方がないので、今回はこんなところで。
(ヒューマントラストシネマ渋谷、4月10日)
by krmtdir90 | 2018-04-13 23:59 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ラッキー」

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 年を取るということは、確実に死に近づいているということである。そのことが他人事ではなく、みずからのリアリティとして感じられる年齢になってしまった。先日、ある事情から車を買い換えなければならなくなってしまった時、果たしてあと何年運転できるのかと考えざるを得なかった。旅行を計画する時も、あと何回出掛けられるかと(金銭的なこともあるが、主に健康上の問題として)どうしても考えてしまう。
 この程度では、リアリティと言っても、いまのところはまだそれほど深刻なものではないとも言える。年を取れば誰もが必ず死ぬのだというリアリティは、まだ少し遠いところにあると言っていい。だが、実のところは、なるべくそれを考えないようにしているだけで、現実にはもういつそれがやって来てもおかしくない年齢に入ってしまっているのも事実である。

 ハリー・ディーン・スタントンは2017年9月15日に91歳で亡くなったのだという。この映画はその少し前に撮られた、彼の最後の主演作である。わたしは彼の代表作とされる「パリ、テキサス」(1984年、ヴィム・ヴェンダース監督)を確かに観ているが、もう昔のことなので内容はほとんど覚えていない。ただ、なぜかハリー・ディーン・スタントンという役者の印象はかなりはっきり残っていて、その彼がこんなに年老いた姿をスクリーンに晒しているのはかなり衝撃的だった。
 映画の脚本(ローガン・スパークス、ドラゴ・スモーニャ)は90歳のハリー・ディーン・スタントンに当て書きされたもので、監督(ジョン・キャロル・リンチ)も共演者もスタッフたちも、当然のように彼へのリスペクトに基づいてこの映画を製作している。映画そのものがハリー・ディーン・スタントンへのオマージュになっているから、映画の主人公ラッキーの生き方は、ほぼそのままハリー・ディーンの生き方とイコールであると考えていいようである。

 神など信じずにこれまで一人で生きてきた90歳のラッキーは、目の前にあるものしか信じない偏屈な現実主義者と設定されている。映画は、アメリカ西部の小さな田舎町に住むラッキーの日々の生活と、町の人々とのささやかな接触について描写していく。年を取った人間にとって、日々のどうということもないルーティーンが非常に重要なものとなっており、ラッキーはそれを毎日淡々とこなしていくのである。
 ある朝、そのルーティーンの途中で彼は倒れ、馴染みの医者に診てもらうが、高齢であること以外にこれといった原因は見つからない。だが、原因が判らないことが彼を不安にさせ、この出来事が彼に死というものを急にリアルに感じさせることになる。彼は言いようのない恐怖に襲われるが、一人で生きて来た彼はそれを周囲に気付かれないように振る舞うのである。
 映画は、死を目前にしたラッキーの心の揺らぎをさりげなく捉えていく。変わらないルーティーンと、少しだけ微妙に変化しているそれを丁寧に写し取っていく。

 この映画の中には、ラッキーのものなのかハリー・ディーンのものなのか定かではないが、様々な哲学的言辞のようなものが散りばめられている。プログラムの中にそれらが収録されているのだが、こんな感じである。
 「現実主義は物なんだとさ。《状況をありのまま受け入れる姿勢や行動と、ありのままの状況に対処する心構え》」。「人はみな生まれる時も、死ぬ時も一人だ。《独りalone》の語源は、《みんな一人all one》なんだ」。「《孤独》と《一人暮らし》は意味が違う」。「つまらん雑談なら、気まずい沈黙のほうがマシだ」。彼の言葉は多くの場面で周囲を戸惑わせるのだが、周囲はこの老人はそういうふうなのだと受け入れている。受け入れるだけでなく、そういう部分も丸ごと認めて愛してさえいるように見える。ラッキーは浮いているわけではなく、町の人々の中にしっかり根付いているのである。
 みずからの死の恐怖に直面しながら、ラッキーが最後に到達する境地は次のようなものである。少し長いが書き抜いておく。「俺は真実にこだわる。真実は実体のある物だ。真実は自分が何者で何をするかであり、それに向き合い、受け入れることだ。宇宙の真理が待っているから。俺たち全員にとっての真理だ。すべてはなくなるってこと。君もお前もあんたも俺も、タバコも何もかも、真っ暗な空(くう)へ。管理者などいない。そこにあるのは無(ウンガッツ)だけ。空(くう)だよ。無あるのみ」。ここで「無ならどうするのさ」と問われた彼は答える。「微笑むのさ」。

 神などに頼ることなく生きてきた者にとって、最後に死と向き合って「微笑む」というのは、みずから取り得る最も自然な態度であるに違いない。映画は、サボテンが林立する町外れの砂の道を、微かな微笑みを浮かべたあとで歩み去るラッキーの後ろ姿を見詰める。彼はまだ死んではいない。手前の地面を大きなリクガメがゆっくり横切って行く。
 リクガメは映画の冒頭にも出てきていて、映画の中ではデヴィッド・リンチが演じたラッキーの友人ハワードが、ルーズベルトと名付けて飼っていたものである。ルーズベルトはある日飼い主の元からいなくなり、ハワードは必死に捜し回ったが見つからず、次のような境地に達したとラッキーに語るのである。「執着を手放そうかと。ルーズベルトが脱走計画に費やした時間と、捜せないようにした手間を考えた。すると彼は去ったのではなく、大切な用事で出かけたと気づいた。これまで私が邪魔していたと。だから捜すのはやめた。縁があればまた会える。私はいつでも門を開けておくだけ」。
 会話の中でリクガメは100歳を超えて生きると紹介されている。ラッキーの孤高な生き方を象徴するものとして登場させられていたのかもしれない。ラッキーとはハリー・ディーン・スタントンのことである。

 印象的なシーンがたくさんあった。面白い映画だった。ハリー・ディーン・スタントンは何一つ演技していないように見えたが、そういえば彼はこれまでも、ただそこにいるだけで演技らしい演技はしていなかったのではないかと思い至った。
(新宿シネマカリテ、3月7日)
by krmtdir90 | 2018-04-09 10:27 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」

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 日々のニュースに接していると、日本はこの先どうなってしまうのかと暗澹たる気持ちになることばかり続いている。そういうことに触れ始めると、恐らく際限がなくなってしまうだろうと思って触れないでいる。ブログは自分の楽しみとしてやっているのだから、基本的に政治問題や社会問題に踏み込むことは避けてきたのである。だが、この映画の感想を述べるに当たって、その内容があまりに現代日本の状況への警鐘になっていることに驚き、同時に日本とのあまりの違いに愕然とさせられたことに触れないわけにはいかない。

 映画はまだベトナム戦争が続いていた1971年、ニューヨーク・タイムズがペンタゴン・ペーパーズという機密文書(いわゆるマクナマラ文書)をスクープし、時のニクソン政権から有無を言わせぬ圧力がかかる中、ワシントン・ポストが第2弾のスクープを打って世論の流れを変えていくさまを描いている。
 映画の中で、ワシントン・ポストの発行人(社主)であるキャサリン・グラハムが、死んだ夫の言葉として言う「新聞記事は歴史書の最初の草稿だ」という言葉が強く印象に残った。そうなのだ。国家の様々なところで作られる文書とその言葉は、後世に書かれるべき「歴史書」の最も基礎的な資料となるものなのである。国家が権力そのものである以上、国民の側にある新聞などの(同時代の)不断の監視下に置かれなければならないというのは当然のことなのだ。
 現に進行中のベトナム戦争に関する機密文書であっても、それが国民に知らされていなかった戦況の泥沼化を伝え、1965年時点ですでにこの戦争には勝てないという見通しを記していたものである以上は、考えられるあらゆる圧力や不利益を乗り越えて、国民の前に明らかにされなければならないということなのだ。そのことが、この映画にはきわめてストレートなかたちで描かれている。

 われわれの目の前にある日本の現実はどうなのか。国会で行われた不適切発言が、本人からの申告で簡単に取り消され、議事録から次々に消されている(二本線による抹消ではなく、まったく削除して発言そのものがなかったことにされている)という事実。また、森友問題の財務省文書が、政府に不都合な部分を改竄されていたり、自衛隊のイラク派遣に関する日報が、国会の論戦で政府に不都合だからと隠蔽されていた事実など。これらに関して、文書は廃棄されたとか存在しないといった言い方がまかり通り、逃げ口上として通用してしまう現実もある。
 また、刑事訴追の可能性があるからと言って、真実を語らないことが許されてしまう現実もあったではないか。刑事訴追があるかどうかはまったく別の問題であり、真実を語ると宣誓した以上は、いかなることがあろうとその通りにしなければおかしいのではないか。真実を報道することで逮捕される可能性や、会社の存続そのものが危機に瀕する可能性がある中で、敢然と記事掲載に踏み切るこの映画の展開との、あまりに大きな落差に絶望的な気分に襲われる。映画に描かれたのは、すべてアメリカで実際にあった出来事なのである。
 スティーブン・スピルバーグ監督はこの脚本(リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー)を読んだ時、「今すぐこの映画を作らなければならないと思った」と述べているらしい。彼の中には、トランプという無茶苦茶な大統領の下でアメリカはこれからどうなってしまうのかという思いがあったのだと思う。だが、それはそのまま、日本の無茶苦茶な現状に辟易としているわれわれの思いと見事に重なり合うものだったのである。そういう意味で、この映画は、われわれ日本の観客に対してもきわめて今日的な問題提起となっていたように思う。

 映画では、スクープのあと、政権側が国家機密を盾に記事の掲載を差し止める命令を出すが、最高裁はこの差し止めを無効とする判断を下すのである。日本では恐らくこうはいかないだろう。この判決理由の抜粋がプログラムに載っているが、日本など足許にも及ばない民主主義の成熟を感じさせるものになっていると思った。彼我の違いに悲しくなってしまうのだが、少し書き抜いておきたい。
 報道機関は国民に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない。報道機関に対する政府の検閲は撤廃されており、それゆえ報道機関が政府を批判する権利は永久に存続するものである。報道の自由が守られているため、政府の機密事項を保有し公開することは可能である。制限を受けない自由な報道のみが、政府の偽りを効果的に暴くことができる。そして、報道の自由の義務を負う者は、政府の国民に対する欺きによって多くの若者が遠い外国へと派遣され、病気や戦闘で命を落とすという悲劇を避けるために責務を全うすべきである。

 映画の感想も書いておく。
 26歳で撮った「激突!」で監督デビューしたスピルバーグも、今年で71歳になったらしい。依然として第一線のヒットメーカーとして活躍しているのは大したものだし、その多彩な作品がことごとく第一級の娯楽作品になっていることに驚きを感じる。この映画も、きわめてセンセーショナルな題材を扱いながら、その題材のみに頼ることなく、ワシントン・ポストの発行人キャサリン・グラハムと編集主幹ベン・ブラッドリーに着目して、その揺れ動く心情を繊細に描写し、骨太な人間ドラマを構成しているところは見事と言うしかない。
 特にキャサリンを演じたメリル・ストリープは、若い頃は何となく病的な印象があって好きではなかったが、老境に達して(68歳になったらしい)実にきめ細かい演技を披露していて素晴らしかった。記事掲載の最終判断を下すシーンでの躊躇と黙考の演技は、彼女だから出せたリアリティがあったと思う。編集主幹ブラッドリーを演じたトム・ハンクスもいい年輪を重ねていて、この役を単純な正義感で染め上げなかったところはさすがだと思った。
 当時の新聞社の上層部は、政権中枢にある様々な人物と交流を持っていたようで、キャサリン・グラハムが、ペンタゴン・ペーパーズを作成させた当時の国防長官ロバート・マクナマラときわめて深い友人関係にあったことは知らなかった。文書の中身を暴露する記事の掲載に際して、キャサリンが事前にマクナマラを訪問するシーンは興味深かった。マクナマラを演じたブルース・グリーンウッドという役者も巧みで、このシーンの緊迫した空気も忘れ難いものだった。
(立川シネマシティ1、3月5日)
by krmtdir90 | 2018-04-06 16:47 | 本と映画 | Comments(0)


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