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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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パソコン復活!(感想文の行方)

 パソコンの修理が昨日完了した。データファイルも無事救出されて(よく判らないが、かなり難しかったと言っていた)、外付けハードディスクに入ったかたちで戻って来た。内蔵のハードディスクは(老朽化で)相当ひどい状態になっていたようで、結局まるごと交換ということになってしまった。ただ、ここで従来型のハードディスクではなく、SSDという最新のものと入れ替えてくれたので、パソコンの動作がかなり速くなったのにはびっくりした。
 このパソコンは購入して8年ほどが経つと思うが、今回、ハードディスクというのは消耗品であって、時期が来れば壊れるものなのだということを知ったのは収穫だった。修理屋が教えてくれたのは、普段からデータは外付けハードディスクの方に保管して、必要なファイルだけパソコンに持って来て作業するのが安全だということだった。いままではすべてのデータをパソコン内に溜め込んでいたから、これだとディスクの容量も圧迫してしまうし、今回のようなことを考えるといいことはないと教えられた。
 結局、今回はディスクを入れ替えた訳だから、Windows10は入れてもらえるが、その他のアプリなどは(どうでもいいようなものが多かったが)すべて失われてしまった。そのため、すぐに必要な一太郎は新たに買ってきてインストールすることになってしまった。高い授業料になってしまったが、まあ仕方がないということである。


 というわけで、書きかけのコピスの感想文と4日ぶりに再会できた。早速、続きを書かなければと思ったが、この空白はかなり大きかった。まだまったく手をつけていない学校もあるのだが、記憶はどんどん薄れていることが判った。困ったことになったぞと思いながら、とりあえずこんな報告の文章を書いているのである(再度気持ちを高めるための助走ですな)。う~ん、早く書かなければ。
 なお、今回は日にちも経ってしまったので、このブログに感想文を掲載することはしないつもりです。29日(金)の最終実行委員会で顧問の先生にお渡ししますので、上演校の皆さんは、もし興味があったらそれを見せてもらうようにしてください。


by krmtdir90 | 2018-06-25 16:45 | 日常、その他 | Comments(0)

コピスみよし2018・第17回高校演劇フェスティバル(パソコンがダウン!)

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 6月16日(土)のリハーサル、同17日(日)の本番と、会場で楽しい時間を過ごさせていただいた。
 例によって感想文を書き始めたのだが、今年は(学校によって)けっこう書きたいことがあったりして、ブログ掲載ではなく実行委員会(29日)配布でいいかと、ちょっとのんびりし始めていたら、想定外のアクシデントに見舞われてしまった。

 少し前からパソコンの調子がおかしかったのだが、とうとう昨日からうまく立ち上がらなくなってしまった。感想文はまだ書きかけだから、復旧してくれないことにはどうにも先に進めない。今朝になっても直る気配がないので、急遽パソコン修理の店を探して、さっき現物を持ち込んで相談してきたところである。
 おそらくハードディスクが(老朽化で)壊れかけているのではないかという。とりあえず中のデータを守って貰わなければどうしようもないから、それをお願いして帰ってきた。だが、データの保存に成功しても、最終的にはハードディスクを交換するか、新しいパソコンを買うか、どちらかの選択になるだろうという。いずれにしても、感想文の続きを書くためには、この厄介な障害を越える必要が出てきてしまったのである。う~む、である。
 というわけで、パソコンがないから、この原稿はスマホで打ってスマホから送信するしかない。時間ばかりかかって、まったくトホホの状態になってしまった。

by krmtdir90 | 2018-06-22 13:43 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(0)

映画「ザ・ビッグハウス」

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 想田和弘監督の観察映画第8弾は「港町」とは正反対の大スペクタクルだった。ずっとアメリカ在住ながら、これまではいつも日本に来て、日本の様々なシーンを観察してきた想田監督が、これは初めてアメリカを対象として撮った映画だったようだ。
 「ザ・ビッグハウス」とは、ミシガン州アナーバー市にある、名門ミシガン大学のアメリカンフットボール・チーム「ウルヴァリンズ」の本拠地スタジアムのことである。今回は、10万人以上を収容するというこのスタジアムのすべてが観察対象になっている。
 ここでで展開される巨大なスポーツイベントを捉えるために、想田監督は従来の小規模な撮影クルーではなく、観察映画としては初めての「ビッグな」クルーを編成して臨んだようだ。想田監督のほか、監督・製作にマーク・ノーネス、テリー・サリスという2名が名を連ね、彼らを含めて17人が同時進行的にカメラを回したらしい。このメンバーは、想田監督自身が当時(1年間)教授として招聘されていたミシガン大学映像芸術文化学科の学生たちで、上記のマーク・ノーネスは同学科の教授として、想田監督にこの映画の企画を持ちかけた当人ということだったらしい。
 当然、これまで掲げてきた「観察映画十戒」は部分的に守れなくなるが、撮影された素材についてのディスカッションを経て、編集を想田監督一人が行うことで、新たな観察映画の可能性が開かれたということだったようだ。

 アメリカでアメリカンフットボールが絶大な人気を博していることは知っていても、日本ふうに言えば、たかが大学同士のリーグ戦が、これほど圧倒的な規模で行われていることは驚きと言うしかなかった。アナーバー市の人口が約11万7千人というから、試合があるたびにこのスタジアムには、市の人口に優に匹敵する観客が詰めかけるということなのである。
 これだけのビッグイベントを実施するためには、それを支えるバックヤードにも膨大な人数が配置されているわけで、映画はその様々な裏表の姿を克明に観察し記録していくのである。高校演劇でバックステージに強い興味を持ってしまったわたしとしては、その一つ一つはとにかく面白いことばかりで、まったく目を離している暇がなかったと言っていい。
 この映画は試合の行方に興味を示すことはほとんどないのだが、それ以外のすべてのことには実に貪欲でしつこい視線を向け続けていく。その結果、ここでフットボールの試合が行われているのは自明のこととして、その時(その前後も含めて)このスタジアム全体がどんなふうに生きているのか(動いているのか)という、実に興味深い有りさまを鮮やかに描き出すことに成功している。「これがアメリカなのか!」というのはあまりに大雑把な感想になるが、アメリカはこういうふうに生きている(動いている)のかというところを、この映画はきわめて具体的に(かつ象徴的に)眼前に描き出してくれていたと思った。

 このビッグイベントの背後には、ミシガン大学というアメリカ有数の名門校が存在している。そこがある意味アメリカの縮図のようになっていることも、この映画は鮮明に描き出している。「ザ・ビッグハウス」はその象徴になっているのである。プログラムにその巨大さを示す数字が紹介されていたので、少し抜き出しておきたい。学生数は4万4718人、教員数は7219人、職員数は1万4856人、卒業生数になると57万5000人以上である。大学の一般財源は年間74億ドル、研究費が年間13億9000万ドル(因みに、74億ドルは約8150億円)である。。
 また、ビッグハウスのチケット収入は年間4017万ドル、TV放映権料は5106万ドルとなっている。チケット代は対戦相手や席によって異なるが、安い時で55~75ドル、高い時で99~130ドルといったところらしい。映画にはスタジアムの観客がたびたび映し出されていたが、ほとんどが白人で、バックヤードには黒人も働いていたが、あとはスタジアムの外でダフ屋をしていたりチョコレートを売っていたりするだけである。恐ろしく高額というVIPルームも映されていたが、観戦しているのは当然白人ばかりだった。ここはアメリカ国民の経済格差の象徴ともなっている場所なのである。
 ミシガン州は歴史的に自動車産業が基盤となったところだというが、アナーバー市は黒人労働者の増加を避けてデトロイトを離れた白人層が多く移り住んだ近郊の町なのだという。ウィキペディアで調べてみると、現在のデトロイトは人口の8割を黒人が占めるが、アナーバーは8割近くを白人が占めているらしい。

 観察映画には字幕もナレーションもないから、これらのことを映画は何も語らない。この映画からこういうことを引き出すかどうかは観客に委ねられているのだ。だが、想田監督の編集作業の過程に、映像の何を見ているかという監督の観点はおのずと現れているのであり、想田監督の視線は「ザ・ビッグハウス」のスケールを俯瞰的に見ているだけでなく、そこに現代アメリカの諸問題を見ようとしていることが確かに感じ取れるのである。観察映画は予定調和の方向づけは排するが、うわべだけの客観とも無縁のものであると言うべきだろう。
 この映画は2016年にカメラを回したようだが、時まさにトランプとクリントンの大統領選の真っ最中で、トランプ候補の宣伝カーが画面の中に写り込んでいたりした。写り込んだ映像を残したのは編集した想田監督なのであって、調べてみたら、従来は民主党が勝っていたミシガンを今回共和党が押さえたのが、トランプ当選に大きく作用していたということが判った。トランプ的なものとの結びつきが、このスタジアムにもあるのではないかという視点を、想田監督はさりげなく提示しているということなのだろう。
(渋谷イメージフォーラム、6月14日)
by krmtdir90 | 2018-06-15 16:58 | 本と映画 | Comments(0)

映画「レディ・バード」

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 主人公(シアーシャ・ローナン)の名前はクリスティーンなのだが、彼女はなぜかそう呼ばれるたびに不機嫌な顔をする。彼女は自分を“レディ・バード”と名付けていて、周囲にもそう呼ぶように要求している。なぜそんなことをしているのか説明はないが、この点は明らかにこのストーリーの鍵になっている。映画の最後で、彼女が念願叶って故郷のサクラメントを後にした時、彼女は“レディ・バード”という名前にも別れを告げてクリスティーンに戻るのである。
 ここには彼女の夢の実現とともに、ずっと気持ちが行き違っていた母親との和解も関係している。この映画は“レディ・バード”クリスティーンの高校生活最後の一年間を描いているが、同時に母親との葛藤を中心とした家族の一年間も描いている。17歳の彼女は特に美人というわけでもなく、学校でも家庭でも、思い通りにならない様々な問題を抱えて生活している。“レディ・バード”と名乗ることは、自分がまだ何者にもなり得ていないことを意識し、あるべき自分の姿との乖離に悩む彼女の逃げ道(ある種のこだわり)だったのだろうか。

 映画の冒頭、彼女は、一緒に近隣の大学を見学に行って来たらしい母親(ローリー・メトカーフ)と車の中で口論になり、走行中の助手席のドアから飛び降りるという離れ業を演じてみせる。このため映画の前半では、彼女は右腕に鮮やかなピンクのギブスをして登場してくることになる。ギブスをピンクに塗ってしまったことも併せて、彼女の中の思い通りにならない苛立ちが、こうしたちょっと突飛で投げ遣りな行動につながっているように思われる。
 サクラメントはサンフランシスコから140キロほど内陸にある地方都市のようだが、彼女にはまったく面白みに欠けた田舎としか感じられず、卒業後はここを出て東部の大学に進学することを夢見ている。地元の大学に行って欲しい母親との、ここが最大の対立点なのだが、“レディ・バード”の成績はとても東部に出て行けるようなものではないのである。彼女は対立を残したまま密かに幾つかの大学に出願し、補欠というかたちながら何とか一校に引っ掛かる。この映画は時代背景を2002年と設定しているが、前年に起こった「9.11」の影響で、「東部の大学の倍率が下がったから」というようなセリフがどこかにあったと思う。

 グレタ・ガーウィグ監督はインタビューの中で、時代を2002年としたのは「スマートフォンを映すのに興味がなかった」からだと述べている。これは絶妙な意見だと思うが、映画の中で“レディ・バード”が恋をする2人の男子の最初の方が、実はゲイだったというエピソードにもこの時代背景は関係している。LGBTに対する認識がいまよりはるかに低かった時点を描きながら、ガーウィグ監督はこのダニーという少年(ルーカス・ヘッジズ)を実に公正な目で見ようとしている。
 彼の家は「上流」に属していて、「中の下」ぐらいの“レディ・バード”にとっては「背伸びした」恋だったことも忘れてはならない。背伸びは彼女の特徴だが、ガーウィグ監督はこのダニーを、そんなことをまったく気にしない誠実な少年として描いている。ゲイが露呈したあと、彼が彼女のバイト先にやって来て、裏口で彼女に自分の気持ちを率直に話すシーンは良かった。それを聞いて、彼を思わず抱きしめてしまう“レディ・バード”もすごく良かった。もちろん彼らは別れてしまうのだが、ティーンエイジャーの恋を描く時、凡百の監督なら彼がゲイであると判った時点で笑い話にして切り捨てていたのではないだろうか。ガーウィグ監督の視線は淡々としているが、脇役に対しても実に公平で暖かいのである。

 “レディ・バード”が初めてセックスする相手カイル(ティモシー・シャラメ)が、童貞ではなく何人もの相手と経験していたことを彼女が知るシーンでもそれが感じられる。ガーウィグ監督はこれが喜劇的に流れてしまうことを注意深く避けている。“レディ・バード”の恋愛の現実も、まったく彼女が夢見たようなものにはならなかったのだが、それはそれ以上のものでもそれ以下のものでもなく、彼女はそれをそのままのかたちで受け入れるしかないのである。そのことをガーウィグ監督は実に静かな感覚で(セリフはきついことを言ったりするが)、優しく描き出していると感じた。
 “レディ・バード”はこうした経過の中で、一時疎遠になってしまっていた親友のジュリー(ビーニー・フェルドスタイン)を、高校最後の晩のプロムの相手に決めて誘いに行く。この2人の女の子のシーンが、何ということもないのだがとても良かった。ここに至るまで積み重ねられてきた、高校時代の彼らのすべてがここには詰まっているのだろう。ガーウィグ監督はどうということもない様々なディテールを実に丁寧に描いていて、そのことが映画の最後になるほど、繊細に浮かび上がってくるのだと思った。監督はこの映画に自伝的要素はないと語っているようだが、1983年にサクラメントに生まれ育ったという彼女の若いころの感覚が、この映画にはあちこち散りばめられているのだろうと感じた。

 母親と最後まで気持ちが通じないまま家を出た“レディ・バード”が、父親が荷物に忍ばせてくれた母親の手紙(ゴミ箱に捨ててあったのを父親が拾ってくれた)を読んで、初めて彼女が(“レディ・バード”ではなく)クリスティーンの名前で手紙を書き送る。その中に、安易な和解の言葉ではなく、離れてみてサクラメントの素晴らしさに初めて気が付いたと書いたところに、ガーウィグ監督の控え目だけれど熱い気持ちが込められているように感じて心に響いた。主人公の脱皮という意味で、彼女は確かに一つの階段を上がったのだなと納得させられた。
 同じ「ハイスクールもの」ということで、ちょっと「スウィート17モンスター」(ケリー・フレモン・クレイグ監督)のネイディーンを思い出したが、「スウィート…」の若干コメディタッチの味付けよりも、こちらの自然なユーモアの方が好感度は高いと感じた。ネイディーンはネイディーンで十分印象的なキャラクターだったが、キャラクターをあまり立たせていないぶん、クリスティーンの中にある説明できないモヤモヤした感じが浮かび上がってきて良かったと思った。
(立川シネマシティ2、6月12日)
by krmtdir90 | 2018-06-14 23:59 | 本と映画 | Comments(0)

映画「万引き家族」

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 わたしは映画を離れていた期間が長く続いたから、是枝裕和監督の作品は「海よりもまだ深く」(2016年)が最初で、あとは「海街dialy」(2015年・TV視聴)と「三度目の殺人」(2017年)を見ただけである。「三度目の殺人」はもう一つという感じだったが、「海よりもまだ深く」が凄く良かったので(「海街…」も良かった)、この監督はマークする必要があると思って次作を待っていたら、何とカンヌで最高賞のパルムドールを受賞してしまった。
 この映画はある意味きわめて日本的な、それも現代日本の多くの矛盾や問題点を正面から描いた映画だと思うが、それが外国の審査員の目によって評価されたというのは素晴らしいことである。社会の底辺に生きる人間を暖かい視線で見詰めた、是枝監督の映画作りの率直な姿勢が、ストレートに見る人の心に響いたということだろう。
 見ていて、いろんなことを考えてしまう映画だった。是枝監督はこれまでも様々な家族のかたちを描いてきたようだが、「海よりも…」や「海街…」は、その家族のストーリーが比較的閉じた中で展開していたのに対し、この映画は、家族が周囲の社会との関係で厳しく問われてしまうストーリーになっていた。そもそもこの家族は、社会的一般的な意味での家族の要件を満たしていない。是枝監督はしかし、この「擬似」家族の日常を、きわめて肯定的な視線で見詰めようとしている。これ、すごくいい家族なんじゃないかと言いたげな雰囲気を感じたのである。是枝監督はこの家族の姿を通して、現代日本の抱える様々な社会問題を問いかけようとしている。
(以下、この感想文は完全なネタバレになっています。まだ見ていない人は、見てから読むことをお勧めします。すごくいい映画なので、ぜひ白紙の状態で見てからこれを読んでほしいと思っています)。

 まず何よりも、貧困ということが大きい。
 東京の片隅の、高層マンションやアパートが建ち並ぶ一画に、ぽつんと忘れられたように残る古びた平屋の木造家屋に暮らす家族である。映画では、この擬似的な(嘘の)家族がどのようにして出来たのかというところは、あまり詳しくは語られていない。この擬制の家族の根っこを支えているのは祖母・初枝(樹木希林)の年金だが、彼女はそれと引き換えに独居老人という寂しさから救われているようだ。「誰にも気付かれずに死ぬのは嫌だからね」というようなセリフがどこかにあったと思う。
 もちろん、祖母を含めて6人の家族が生活するのに年金だけでは足りない。だから、家族はそれなりに働いてわずかな賃金を得てはいる。夫(父親)の治(リリー・フランキー)は日雇いの工事現場に出ているが、映画の序盤で足の骨を折って(ひびが入って)働けなくなってしまう(労災にはならないらしい)。妻(母親)の信代(安藤サクラ)はクリーニング工場でパートをしているが、中盤でリストラされて働き先を失ってしまう。亜紀(松岡茉優)は初枝の孫だったらしいが、マジックミラー越しに客と会話するJKリフレの店でアルバイトをしている(給料は入れていなかったようだ)。
 いずれにしても彼らにはきわめて貧しい生活しかなく、治は日常的に車上荒らしや万引きをして日々の生活に必要なものを入手している。万引きに同行するのは子どもの祥太(城桧吏)で、映画の冒頭に2人の連係プレイの様子が捉えられている。戦利品を抱えて夜道を帰る彼らが、道路に面した団地の外廊下で蹲って震えている(季節は冬なのだ)女の子を見かけ、家に連れ帰ってしまうというのがストーリーの始まりである。ゆりと名乗ったこの子(佐々木みゆ)を家族の一員とする経過が、この擬似的家族の成り立ちを想像させるものになっている。

 「可哀想だったから」というのが治の言い分なのだが、「もう少し金目のものを拾って来なよ」という信代の言葉には曖昧に笑うしかない。信代はそれでも温かいうどんなどを食べさせ、眠っているゆりを深夜に2人で返しに行くのだが、部屋の中から「産みたくて産んだんじゃない」と罵り合う夫婦の声が漏れてくるのを聞いて、ゆりの身体のあちこちに虐待の痕跡を見つけていた彼らは、この子を置いてくる気になれなくなってしまうのである。
 この映画の中では、幼児虐待や育児放棄といった問題も大きく取り上げられている。信代も子どものころに親から暴力を受けていたことが明かされているし、子どもの祥太もかつて駐車場の車内に放置されていたところを拾われた(救われた)のだということも明らかにされている。祥太はいまはこの家族にすっかり馴染んでいるように見えるが、治のことをお父さんと呼ぶことにはまだためらいがあることも描かれている。
 2ヵ月が経ったころ、テレビで5歳の女の子が行方不明というニュースが流れ、ゆりの姿が画面に映し出される。親戚に預けたという両親の言葉を不審に思った児相が問い詰めて、事件が明るみに出たのだった(虐待の事実は児相も把握していたということだろう)。治と信代はゆりに「帰るか?」と問うが、彼女はこの家族の元に残りたいと意思表示する。彼らはゆりに(実際はじゅりという名前だったようだが)りんという新しい名前をつけてやる。
 この時の信代の言葉が印象的だった。「自分で選んだ方が強いよね」と言って、「何が?」と聞かれると、照れたように「キズナよ、絆」と言うのである。

 彼らが祥太やりんに見せる父親ぶりや母親ぶりは、実生活で子どもを持てなかったからということもあるのかもしれないが、どんな現実の親子より真っ直ぐな思いに貫かれていたと思う。
 実際には、治は父親として祥太に万引きの仕方を教えてやるくらいしかできないし、信代と初枝もりんを連れて、子ども服売り場に服や水着を万引きしに行ったりするのである。もちろん、そんな親子関係があっていいはずはない。しかし、この家族が貧しい家の中に作り出していた、何とも居心地のいい暖かさは本物だったと認めるしかないだろう。狭苦しく足の踏み場もないような汚い部屋であっても、りんがそこで初めて安らかな日々を送ることができると感じたのはよく判るのである。
 家族で出掛けた夏の海水浴のシーンが何とも切ない。この家族が嘘の家族なのだということは、このあたりまでに観客にはほぼ伝えられている。だが、この一人一人が本当に切実に家族というものを求めていることが伝わってきて、痛いほど心が揺さぶられてしまった。
 水際で戯れる5人の姿を、離れた砂浜に座って一人見ている祖母・初枝の微かな笑みが印象的だった。映画では、間もなく彼女は、夜のうちにひっそりと死んでしまうのだが、葬儀費用のない彼らは遺体を風呂場の床下に「埋葬」してしまう。治と信代は初枝のへそくりを見つけて狂喜し、さらにその死を隠して年金を不正に受給し続けるのである。当然これらは、社会的には断罪されなければならない行為だが、なぜ彼らがそんなことをしたのかというところで、是枝監督は彼らを一方的に断罪するような立場にはまったく立とうとしていない。

 家族はこのあと、彼らが重ねてきた行為が知られてあっけなく崩壊してしまう。そのきっかけを作ったのは祥太の成長である。
 新たに家族になったりんは、歳の近い祥太に年中くっついて歩くようになる(この2人のシーンは見ているのが辛い。髪はボサボサだし、着ているものは薄汚れているし、映画というのはそれを映すだけで彼らの境遇をすべて明らかにしてしまうのだ)。祥太は自然に、りんに万引きの仕方を教えるようになるのである。だが、祥太が一人の時に時々万引きをしていた小さな雑貨屋(駄菓子も売っている)で、連れて行ったりんの万引きが見咎められてしまうのである。老主人は細いゼリー菓子を2本祥太に手渡し、「妹にはやらせるな」と小声で言うのである(柄本明・絶品の芝居)。
 このことがあってから、祥太の中で小さな疑問と罪悪感が芽生え始めたのだろう。治に連れて行かれた車上荒らしの現場で、彼なりの小さな正義感のようなものをぶつけたりするようになる。また別の時、りんと2人で出掛けたスーパーで、りんを外に待たせて一人で万引きをしに店内に入るのだが、後を追ってきたりんが品物に手をかけるのを見つけたところで、店員の注意を逸らすため積まれた品物を床にぶちまけ、夏みかんのネットを一つ掴んで外に駆け出すのである。
 祥太の中で、父親・治が教えた万引きを正当化する論理を超えて、雑貨屋の老主人が教えたことが大きな意味を持ち始めていたのである。彼は店員に追い詰められて、高い段差のある下の道路に飛び降りて足を骨折し病院に収容される。警察が前面に出て来て、家族は家族であることを証明できなくなってしまう。家族は祥太を病院に残したまま夜逃げを試みるが、結局見つかってしまう。

 彼らが作って来た「絆」は、突然直面させられた「社会」の前でいとも簡単に霧散してしまうのである。「祥太は後で迎えに来る」と治は言っていたが、警察に追い込まれて狼狽するしかない彼に、もう(擬似)父親ぶりを発揮する場面は残されていないのである(こういう役をやらせると、リリー・フランキーはホントに上手い)。警察の取り調べで、女性刑事に「子どもに何て呼ばれてたんですか」と問われ、(擬似)母親の信代は何も答えることができない(確か「何でしょうね」と言っていたと思うが、この長い沈黙の続くクローズアップで安藤サクラが見せた演技は見事なものだった)。
 取り調べの過程で、治が昔、信代の夫だか愛人だかを殺して埋めていたらしいことが明らかになるが(服役したのかどうかははっきりしない)、今回の死体遺棄と年金詐取の罪は治が絡むと面倒になるので、信代が単独で背負って刑務所に入ることになる。「(家族の生活が)すごく楽しかったんだから、ぜんぜん気にしていない」というような言葉を、彼女は治に向かって言っていたと思う。
 松岡茉優がやった亜紀のことはほとんど触れていないのだが、家を出てここに転がり込んだらしい彼女は、祖母には愛されていると思い込んでいたが、祖母が定期的に実家を訪ねて金をせびっていたことを知って、裏切られた思いに駆られたりしている。いずれにせよ、祖母が死んだあとは彼女がこの家族とともにいる理由はなくなっており、彼女はこの先、一人で何とか生きていくことになるのだろう。
 報道されたテレビニュースが映し出されるが、それによれば、2人の子どもたちは助け出されたのであり、法律に則って保護されることになったのである。

 時が経ち、また冬が来たころ、施設に入って生活するようになった祥太が治に会いに来て、一人住まいのアパートに一晩泊まっていくエピソードが最後に置かれている。夜、雪が降り、二人はアパートの前の路地で小さな雪だるまを作ったりする。翌朝、雪はすっかり上がっていて、雪だるまはもう溶けかかっている(見え透いた小道具などと言うつもりはない)。バス停に向かって歩きながら、治は祥太に「俺、おじさんに戻るから」と言うのである。祥太が乗り込んだバスが発車すると、見送っていた彼は突然走り出してバスの後を追うのである。もちろん追いつけるはずもないのだが、車中でそれを見ていた(見るのを途中でやめた)祥太は、唇で小さく「お父さん」と言ったのだろうか。
 いずれにせよ、ここにははっきりと成長の跡が見える祥太がいた。彼は確かにこの擬似家族に救われたが、そこでの生活を通り抜けて一歩前に踏み出したのだ。父親役を必死に演じた治だけが、一人取り残されてしまったのだ。
 りんの場合はどうだったのか。映画のラストシーンは、団地の1階の外廊下で一人で遊んでいるりんの姿を捉える。少し前には、室内で母親に邪険に扱われる姿も描かれていた。虐待は少しは治まったと信じたいが、彼女は本当の家族の元に帰って幸せになったとはとうてい思えないのである。ふと遊びの手を止めて、手すりに寄りかかって遠くを見やるような彼女のカットで画面はプツンと暗転する。彼女はあの擬似家族との日々を思っていたのに違いない。だが、いまの日本社会にそんな家族を許容する余地はあり得ないのだ。たぶん、そのことを是枝監督は怒っているのだと思った。

 つい先日見た「フロリダ・プロジェクト」のことを思い出した。また、つい最近板橋で起こった幼児虐待死の事件を思い出した。子どもはどういう親の元に生まれるかを自分で選ぶことはできないという事実の残酷さ。だからこそ、寓話に過ぎないと笑われたとしても、「自分で選んだ方が…」という信代の言葉はとてつもなく深く重い。自分で選ぶことができなくて、たった5歳の子どもがあんな悲しい日記を残して死んでしまったのだ。この子の家の前を「万引き家族」が通りかかることはなかったのだ。それは悔しいことである。
 たぶん数年と思われる刑期を終えて、出獄した信代がまた治と一緒に生活するようになって、りんとまた新しい擬似家族を作る未来はないのだろうか、などと考えてしまった。映画はフィクションなのだから、そんなことを考えてしまう余地は残されている。この家族を卒業した祥太や亜紀も、時々は遊びに来ることもあるのではないか。そのくらい忘れ難い「絆」を、この家族は作っていたのだと感じた。
 パルムドールを取ってしまったから言いにくいが、たぶん今年のベストワンになる映画だと思った。
(イオンシネマ日の出、6月11日)

by krmtdir90 | 2018-06-13 17:29 | 本と映画 | Comments(0)

映画「早春」

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 この映画は1970年製作のイギリス映画(西ドイツと合作)である。日本公開は1972年だったが、その後、なぜか上映機会もなくソフト化もされなかったので、まったく見ることが叶わない伝説の映画になってしまっていたようだ。最近ようやくデジタルリマスター版が作られ、今年、45年ぶりの再公開が実現したということだったらしい。
 わたしは初公開時の72年にこれを見ているのだが、強烈な印象を受けた記憶だけは残っているものの、今回の再見で、ストーリーの細部などはほとんど忘れてしまっていたことが判った。だが、シーンとして鮮明に甦ってくるところもあって、これは時が経過してもまったく色褪せることがない、(青春映画と括ってしまうことには抵抗があるが)いま見ても非常に新鮮で瑞々しい傑作であることが理解された。

 監督のイエジー・スコリモフスキは1938年生まれの(今年で80歳だ)ポーランド人で、映画監督となった後は社会主義国ポーランドを離れ、主にイギリスに拠点を移して映画製作を行うようになっていたようだ。同様の軌跡をたどった先人に「反撥」(1965年・イギリス映画)のロマン・ポランスキー監督がいるが、彼の処女作「水の中のナイフ」(1962年・ポーランド映画)で、スコリモフスキは共同脚本に名を連ねていたのである。
 わたしにとっては、これらポランスキーの先行映画、特にイギリスに渡って最初に撮った「反撥」の何とも言いようのない不穏な空気が強く印象に残っていて、この「早春」を観た時にも、それに通じる不穏な気配を感じ取っていたのだと思う。もちろんこの2作には何のつながりもないのだが、ストーリー全体を支配する張りつめた緊迫感や、観客の生理に直接訴えてくるような画面作りの様々な技法とかが、どことはなしに似ているような感じがしたのである。
 当時、ポーランドを始めとする東欧諸国に関しての情報は極端に少なかったから、これらの映画の背景に、わたしは舞台となったロンドンよりも、ポーランドという国に感じる何となく暗いイメージを受け取ってしまったのかもしれない。同じ感じは、先日見たポーランド映画「ゆれる人魚」(2015年)にも通じるものがあったように思う。この映画が、1980年代の(社会主義下の)ポーランドを描いていたからだろうか。

 ただ、「反撥」は内容的にも暗いベクトルを持った映画だったが、「ゆれる人魚」やこの「早春」は決して暗いだけという映画ではなかった。むしろ、暗い方向に向かおうとする要素と、奇妙な明るさに向かおうとする要素とが混在している印象があって、題材としてはコメディ的に処理されるような要素も含まれているのに、それが簡明な明るさには向かわずに、複雑な湿り気を帯びた暗い塊に変質しているような感じがしたのである。
 「早春」は一言で言えば、15歳の(童貞の)少年マイク(ジョン・モルダー=ブラウン)が、奔放な(蓮っ葉なと言った方がいいか)年上の女性スーザン(ジェーン・アッシャー)に一方的な恋心を抱き、その思いが急激に制御不能になっていき、最後には思いがけない悲劇を招いてしまうという映画である。制御不能になるという点では「反撥」のキャロル(カトリーヌ・ドヌーブ)や「ゆれる人魚」の人魚姉妹と共通しているのだが、「早春」のストーリーはそれらと比べるとずっと普遍性があり、マイクが陥る制御不能は、性を目前にした思春期の少年に特有な熱と危うさを反映したものとして、心理的には非常に共感できるものになっているのである。
 そういう意味で、イエジー・スコリモフスキはきわめて正統的な映画を撮ろうとしているのであって、ポランスキーやアグニェシュカ・スモチンスカ(「ゆれる人魚」)に感じられる異常さとは明らかに一線を画しているのだった。「早春」は、思春期の初恋の何とも切ない心理を、少年の側に寄り添って描いた映画と言っていいのだが、誰もこんなふうにそれを描いた監督はいなかったということである。これは確かに、ただ一本で屹立している凄い映画だったのだ。

 マイクは15歳で学校を中退し、ロンドン市内にある公衆浴場の接客係として働き始めるという設定になっている。スーザンはそこで出会った先輩接客係なのだが、ここには接客係は彼ら2人の他にはいないように見える。そもそも公衆浴場というのが初めて見るもので、日本の銭湯などとはまったく違った施設なのは見ているうちに判ってくるが、そういうところに雇用されることは人々にどんなふうに見られ、マイクやスーザンたち当人にとっては、どんな意識で受け止められているものなのかが気になった。決して明朗な仕事とは思えなかったからである。
 また、15歳と言えばまだ義務教育の途中ではないかと思われるが(こういう時点で中退するのはかなり重大なことに違いない)、マイクがどういう事情で学校を辞めたのかも気になった(映画はそのあたりのことをまったく描いていない)。数日後に、彼の両親が客として浴場を訪れるシーンがあるが、お互いごく普通の会話を交わして、その中に彼がマザコンではないかというような雰囲気を漂わせるのも不思議な気がした。マザコンの気配を引き摺っていてもかまわないが、中退という事実がこの家族にはまったく影を落としていないように見えたのが理解できなかったのである。
 そういえば、この映画は自転車で通勤するマイクの姿は何度も映し出すが、彼らの家庭やそこでの生活の様子、彼のこれまでの人間関係などについてはまったく描こうとしていないことに気付くのである。スーザンの私生活は、婚約者がいるにもかかわらず他の男と関係を持っていることなど、かなり踏み込んで描いているのだから、マイクのプライベートがまったく見えて来ないのは、明らかにスコリモフスキ監督の意図的な作戦と言っていいはずである。

 マイクが中退した時の体育教師(担任?)も登場し、この浴場の常連らしい彼とマイクが、妙に馴れ馴れしい会話を交わすのも不思議である。この教師は、浴場のプールに女生徒たちを引率して来て、自信たっぷりにセクハラ気味の指導を展開したりするのだが、やがてこの男が、家庭がありながらスーザンと不倫関係にあることも明らかになって、マイクはそれを妨害しようとして動き回ることになる。妨害と言っても、それは笑いたくなるくらい馬鹿げたおせっかいなのだが、この映画はそれを笑ったりすることはなく、むしろ彼の泣きたいような必死さに共感しようとしているように見えたのである。
 マイクはスーザンに婚約者がいることも気に入らないのであり、それら大人の男たちを向こうに回して、何とかスーザンの気を引きたい(独占したい)という気持ちを募らせていく。筋の通った説明などはとてもできない、どう見ても支離滅裂で滑稽な横恋慕に過ぎないのだが、この映画は彼のそうした不器用な行動の一つ一つを、突き放すのではなくむしろ寄り添うような視線で拾い上げていくのである。見る側としては、すでにはるか昔のことになってしまっているが、このほろ苦く思い通りにならない感じというのは、多かれ少なかれ誰しもが通ったことのある迷路だったと思い出させられるのである。
 この映画の素晴らしいところは、そういうことを説明的に示すのではなく、有無を言わせぬかたちで、こちらの感性に直接訴えてくるような描き方をしていることである。つまり、スーザンやその相手の男たちは、常にマイクの視線と感情に差し違えられるように存在しているのであって、スコリモフスキ監督はマイクの側のそうした事情だけをこの映画に定着させようとしている。マイクのプライベートが捨象されているのはそのためであり、この映画の中でマイクは、ただスーザンの前で制御不能になってしまう精神性においてのみ存在させられているということなのである。

 この映画は月曜日の朝に始まり、週末の日曜日から次の月曜日の早朝まで、ちょうど一週間の出来事を描いている。週の半ばから、マイクは終業後のスーザンを尾行するようになるのだが、それは気付かれないようについて行くというのではなく、むしろ自分の存在を彼女に気付かせて、彼女と男たちの行動を邪魔しようとするものである。
 スーザンの相手は一日置きになっているようで、木曜日は婚約者と映画へ、金曜日は体育教師と車で、土曜日は婚約者とナイトクラブへ、日曜日はまた体育教師と、といった具合なのである。スーザンは婚約者とは気持ちがすれ違うことが多く、体育教師とは逆にきわめて親密に、直截なセックスを求め合う関係になっているように見える。15歳のマイクがこうした大人たちの事情をどこまでイメージできているのかは定かでないが、彼が囚われる胸騒ぎは切実なものである。
 マイクの妨害は様々なかたちを取るが、その一つ一つが何とも向こう見ずで危なっかしく、彼の切ない一途さを表していて胸に響く。木曜日には、映画館で婚約者と並んだスーザンの真後ろに席を占め、前の2人にちょっかいを出して騒ぎを起こしたりする。その一部始終の中で、スーザンの思わせぶりな対応がまた彼の心にいっそう火を点けてしまう。だが、彼の行動そのものはいかにも子どもじみていて笑ってしまうようなものなのが悲しい(ついでながら、ここで上映されている成人映画が、性教育映画を謳ったいかにも時代物といった感じのモノクロ映画で、45年前はこんなものだったかと笑いたくなってしまった)。
 翌日の晩の体育教師の車に対しては、マイクは自転車をぶつけて進路を妨害するのだが、教師が怒って車を降りた時、替わって運転席に座ったスーザンが、車を容赦なく自転車にぶつけて壊してしまう。この時のスーザンはマイクのしつこさをはっきり拒絶していて、これからセックスに向かう彼女にとってマイクはただ厄介なだけの邪魔者に過ぎないことを表している。それがまた彼の気持ちをかき乱し、いっそう彼女に向かわせていくことになっているのである。

 浴場は土曜日は早仕舞いになるようだが、この日の浴場では、スーザンが仲の悪い会計係の女に嫌がらせをするシーンはあるが、マイクとの関わりは描かれていない。代わりに、マイクの元ガールフレンドが彼の控え室に突然現れ、これまで拒絶していたセックスをしてもいいと匂わせたりする。また、給料を持って来た会計係の女が、彼をあからさまに誘惑するようなシーンも描かれている。いずれもマイクの心を動かすことにはならないが、こうしたことが、彼の中でスーザンへの思いを募らせ、どうにもならない焦燥感と苛立ちをいっそう高めるように作用しているのである。
 この日は婚約者と婚約指輪を選んだ後、食事をしてナイトクラブに行くと言っていたスーザンを追って、彼は当然のようにそのナイトクラブに出没し、隠れながら2人が出てくるのを待つのである。東洋人がやっている屋台でホットドッグを繰り返し注文し、ぱくつきながらただ待つしかない彼に、嫉妬以外の何らかの成算が見えているわけではまったくない。
 翌日、粉雪が舞う日曜日の昼間に、体育教師が生徒のマラソン競技に立ち会っていて、それが終わるのを待っている愛人然としたスーザンの姿を見て、突然マイクが教師の制止を振り切って生徒に交じって走り出すのには驚かされる。もちろん彼の行動に意味などはない。彼の思いは行き先を失ったまま、どこへ向かうのか自分でも判らないまま暴走するしかないのである。
 土曜日から日曜日にかけて起こったことは、ここに細かく書いても仕方がないことだろう。ここで起こったことは、すべてマイクが後先考えずに起こしてしまったことなのである。マイクの中のどうにも止められなくなってしまった不穏な心理状態を、映画はたぶん、成り行きとしてそうなることは仕方がなかったというふうに描いている。スーザンの殺害も、殺意などはまったく意識されないところで、まるで想定外の間違いだったように起こってしまうのである。だが、それは間違いなく彼が起こしてしまったことであり、その瞬間にすべては取り返しのつかないこととして、彼の中に最も残酷なかたちで刻印されることになるのである。

 土曜日の晩に、マイクがナイトクラブの外で2人を待ちながら、近隣のストリップ劇場の入口にスーザンそっくりの等身大の立て看板を見つけ、それを盗んでしまってからの一部始終は印象的である(見事な語り口と言っていい)。婚約者と別れたスーザンを彼は地下鉄の中まで追って行き問い詰めるが、彼女は迷惑がるばかりで、それが自分であるかどうかははっきり答えない。彼女は完全に怒っているが、彼は自分の思いに突き動かされるばかりでそれが判らず、周囲の乗客の冷たい視線も目に入らないくらい興奮している。
 結局、疑いは晴れないまま、この後マイクは(家には帰らず)公衆浴場に向かい、無人のプールに看板を投げ込むと、全裸になって水に飛び込み(おずおずと、というふうにわたしは感じた)看板に抱きついていく。一緒に水中に入ったカメラは、青白い光の中でその看板が一瞬スーザンの身体と入れ替わるところを捉える。切なくも美しい、記憶に残る名シーンである。
 ほぼ同様の水中ショットが、ラストシーンでもう一度繰り返される。だが、その時水中にあるのは看板ではなく本物のスーザンの身体である。マイクはスーザンを抱きながら水中を漂うが、彼女の後頭部から流れ出す血がブールの水を徐々に赤く染め上げていくのである。映画の冒頭とこのラストには、キャット・スティーヴンスの歌う「今夜ぼくは死ぬかもしれない」というフレーズが大音量で重ねられている。冒頭(タイトルバック)のそれも衝撃的だったが、ラストのそれはストーリーの悲劇性を高めて圧倒的なものがあった。
 日曜日の午後から夜にかけて、水の抜かれたプールの底でマイクとスーザンが展開した経緯についてはまだ触れていないのだが、もうそれでいいだろうと思う。鑑賞してからすでに日にちが経ち過ぎているし、感想文としても長くなり過ぎている。だが、こうしてこの映画と向き合っていると、これは確かに記憶に残る凄い傑作なのだという思いがどんどん強くなっている。
(ユジク阿佐ヶ谷、5月4日) 
by krmtdir90 | 2018-06-09 11:39 | 本と映画 | Comments(0)

映画「童年往事/時の流れ」

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 この映画が製作されたのは1985年である(日本公開は1988年)。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の(このあたりの)作品を年代順に並べると、「冬冬の夏休み」(1984年)→「童年往事/時の流れ」(1985年)→「恋恋風塵」(1987年)→「悲情城市」(1989年)という順になる。台湾で38年にわたる戒厳令が解除されたのは1987年7月で、この映画はその2年前の戒厳令下で製作されたことになる。この映画を見て、去年から見てきた台湾映画の様々なピースがきれいにつながったように感じた。
 ホウ・シャオシェン監督は戒厳令解除から2年後に、市民の逮捕・投獄が横行した白色テロの時代を初めて正面から描いた「悲情城市」を作ったが、この「童年往事」が描くのはまさにその時代を生きた家族の物語である。もちろん、まだ表現の自由のない戒厳令下で作られた映画だから、当局に睨まれるような危ない表現は注意深く避けられてはいる。だが、当時の台湾のことをある程度理解した現在から見ると、監督がこの時点でこの映画に込めたギリギリの思いといったものが確かに感じ取れるような気がした。
 たとえば、比較的前半あたりで、深夜、屋外の道路を非常に重量のある何かが通り過ぎるような音がしばらく続くシーンがあった。蚊帳の中で眠っていた家族のうち、父親だけが一人起き出してガラス戸の外の音のする暗闇をじっと見ているのである。翌日になって、舗装されていない表の道路に、戦車のキャタピラーと思われる轍の跡が残されているのを、画面はさりげなく映し出す。それは、表面上この物語のどことも直接結びつくものではないが、そういう要素を意図的に排除してこの映画を物語るしかなかったということを、逆にくっきり浮かび上がらせていたように感じた。

 この映画は、ホウ・シャオシェン監督の家族の物語である。映画の主人公は阿孝と言い、祖母が彼のことをいつもそう呼んでいたことから、家族からはアハと呼ばれている。もちろん、これはホウ・シャオシェン監督自身を指している。
 ホウ・シャオシェンは1947年に中国の広東省梅県区というところで生まれ、間もなく家族で台湾に移住したのだという。公務員(広東省の教育課長)だった父が台北で公務員の職を得ることができたことで移住を決意したようだ。もちろん背景にあったのは中国大陸における国共内戦(国民党と共産党の内戦)で、彼らは敗走する国民党政府とともに台湾に入って来た外省人だったのである。しばらくして、父親は身体を壊して職を辞すことになり、家族は父親の転地療養のため南部の鳳山というところに移って生活を始めたらしい。映画はこのあたりから始まっている。
 アハ(阿孝)は小学校高学年くらいと思われるが、村の子供たちの中ではかなりガキ大将的な位置にいるようだ。映画はこのアハを中心に、家族の何でもない日常を丁寧に描き出していく。時に吐血するようになってしまった父親は一日中家にいて、看病と家事をひたすらこなす母親を、一番年上と思われる長女が手助けをしている。男の兄弟は4人で、アハは次男のようだ。もう一人、認知症の兆候が出始めた祖母がいるのだが、彼女は孫たちの中でアハのことをとりわけ可愛がっている。
 ある時、アハを連れて外出した祖母は、村の茶店でかき氷を食べながら、何とか言う橋の名前を出してその行き方を村人に尋ねるのである。それは広東省の故郷にあった橋の名で、村人は答えることができない。彼女は「大陸に帰りたい」と口にすることもあるのだが、故郷の記憶のないアハには理解することができない。映画は父親や母親の思いについては触れていないが、強弱はあるにせよ、彼らが大陸反攻と帰郷への思いを抱き続けていたことは容易に想像されるのである。

 だが、アハことホウ・シャオシェンの世代にとっては、みずからの出自が外省人であったとしても、台湾こそが故郷であり祖国だったのだ。ホウ・シャオシェン監督が戒厳令下にあった台湾で、おのれの家族の歴史を確認するためにこの映画を作り、戒厳令が解かれた直後に「悲情城市」という映画を撮ったのはそういうことだったはずである。同じ1947年生まれだったエドワード・ヤン(楊徳昌)が、まさに戒厳令下の台北で「台北ストーリー」(1985年)と「恐怖分子」(1986年)を撮り、戒厳令解除から4年後に、戒厳令下の1961年に起こった「牯嶺街少年殺人事件」(1991年)を作ったのもそういうことなのだろう。
 日本では「童年往事」より「悲情城市」の方が高く評価されたようだが(キネマ旬報ベストテンで「悲情城市」は1990年度第1位、「童年往事」は1989年度第10位)、最近相次いでこの2作を見たわたしとしては、「童年往事」の方が圧倒的に素晴らしい映画だと思った。すべては1985年のこの映画から始まったのだ。「牯嶺街」のエドワード・ヤンがこの映画から受けた影響は、想像以上に大きなものがあったのではないだろうか。高校生になったアハを描く後半部で、グループ同士が喧嘩に明け暮れるシーンなどでより強くそのことを感じた。1950~60年代を描いたこの2本の映画が、台湾新世代(ニューウェーブ)の出発点だったのだ。

 ホウ・シャオシェン監督の父親は1959年に亡くなったらしい。12歳の時だ。アハの父親の死は映画の中でかなり克明に描かれている。これは子どもたちにとって初めて経験する肉親の死で、それだけ記憶に鮮明に残ったということなのだろう。この場で、我を失ったかのように激しく取り乱し慟哭する母親の姿が印象的だった。映画にはまったく出て来なかったが、彼らは大陸の広東省で結婚して2人の新生活をスタートさせたのである。彼らはは一言も言わなかったが、彼らにとってこの台湾の田舎は最後まで異郷のままだったのかもしれない。
 映画はこのあと高校生になったアハを描くが、性への目覚めや、先に書いた喧嘩に鬱々としたエネルギーを発散したりする日々を点描していく。家族は、長女が結婚して家を出て行き、母親は咽頭癌で闘病の末に亡くなってしまう。ホウ・シャオシェン監督の母親が亡くなったのは1965年だったようだが、これ以後アハの家族は、すっかり老いてしまった祖母と男兄弟4人の生活となるが、その祖母も間もなく老衰でひっそりと亡くなっていく。その死に兄弟は誰も気付かず数日が経過し、その状況を見た葬儀屋に非難の眼差しを向けられたというアハの記憶が語られている。そして、祖母の遺体を見詰める4人の兄弟の姿に、祖母が帰りたがっていた大陸への道はどこにあったのだろうというアハの声が重なって映画は終わりになる。
 それはホウ・シャオシェン監督の記憶の底にずっと引っ掛かり続けていたことなのだろう。彼やエドワード・ヤンの中に中国大陸の記憶はない。だが、それをずっと引き摺ったまま継続された戒厳令の下で彼らは成長し、いま映画という表現手段を手に入れたのだ。この映画の英語題が「The Time to Live and the Time to Die」とつけられているのは象徴的である。彼らは「The Time to Live」を生き始めていたのだろう。エドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」は、ホウ・シャオシェン監督のメッセージに対する彼からの精一杯の回答だったに違いない。
(新宿K's cinema、6月2日)
by krmtdir90 | 2018-06-04 21:49 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ゲティ家の身代金」

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 リドリー・スコットは「エイリアン」や「ブレードランナー」のような映画ばかり撮っている監督ではない。わたしは映画を離れていた期間が20年以上あるから、この監督の作品群の中ではほぼそういう傾向の一部分しか見ていないのだが、これがあの「エイリアン/コヴェナント」に続いて、2017年に80歳で作った映画だというので、一応見ておきたいと思ったのである。それにしても、リドリー・スコットは1937年生まれ、あのウディ・アレンは1935年生まれと、ともに80歳を超えて現役バリバリの映画監督であり続けるというのは凄いことだと思う。

 この映画は、1973年に実際にローマで起きたジャン・ポール・ゲティ3世誘拐事件というものを描いている。世界一の大富豪と言われたアメリカの石油王ジャン・ポール・ゲティ氏の孫が誘拐され、身代金1700万ドルが要求された事件である。当時けっこう話題になった事件のようだが、わたしの記憶にはない。大富豪にとっては大した金額ではないと思われたが、ゲティ氏がこの支払いを断固拒否したことで話題になったようだ。
 映画の主人公は人質ポールの母親ゲイル・ハリス(ミシェル・ウィリアムズ)だが、彼女はゲティ氏の息子のゲティ2世と結婚したものの、ドラッグなどに溺れた彼とは離婚していたことが事情を複雑にしたところもあったようだ。人質ポール(チャーリー・プラマー)はゲティ氏(クリストファー・プラマー)の孫には違いないが、ゲティ氏には孫は14人もいて、もし身代金を払えば孫全員が誘拐の危険にさらされるというのがゲティ氏の言い分だったらしい。
 80歳のリドリー・スコット監督は、この老いた大富豪ゲティ氏の孤独を描くことにも注力していて、そこのところがこの映画の一つの見どころになっていると感じた。誘拐事件の経緯と解決に至る経過はそれなりの緊迫感で描かれているが、それだけではこの映画は面白いものにはならなかっただろう。一見すると冷酷な金の亡者のようにしか見えないゲティ氏を、揺れ動く内面を隠した弱い存在と感じさせたところに、この映画の核心があったように思う。
 映画は事件が解決した後、ゲティ氏の死去によってゲイルとポールの母子が莫大な遺産の管理人になるところまでを描いているが、これは蛇足だったような気がした。「ルイ14世の死」を見たあとだったからか、このゲティ氏の死をもう少し丁寧に描いて欲しかったような気がした。

 なお、この映画は完成直前に、ゲティ氏を演じていたケビン・スペイシーがセクハラ疑惑で訴えられるということが起こったため、一時は公開中止の危機に陥ったらしい。スコット監督と製作陣は、公開2ヵ月前に急遽クリストファー・プラマーをゲティ氏役に差し替え、たった9日間で関係シーンの再撮影を行って間に合わせたようだ。共演者のスケジュール調整などもあったはずだから、ほとんど綱渡りのような奇跡的な経過をたどった映画だったのである。
 クリストファー・プラマーはあの「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)のトラップ大佐だが、1929年生まれの彼は撮影時には88歳、思いがけない成り行きから年齢相応のいい役を得て、自然体で頑固な老人の存在感を演じ切っていたように思う。
(立川シネマシティ2、6月1日)
by krmtdir90 | 2018-06-03 12:17 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ゼニガタ」

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 いつも面白い映画にばかり当たるわけではない。最近は映画館通いが散歩の代わりのようになっているから、映画の選定が少し雑になっているのかもしれない。
 昔、大手5社(松竹・東宝・東映・日活・大映)を中心に映画が作られていた時代には、箸にも棒にもかからない映画というのもけっこうあったような気がするが、映画製作に関する状況はすっかり変わったのだから、いまこんな映画が作られているというのはどういうことなのだろう。
 映画製作がデジタルに切り替わり、劇場公開を前提にしないVシネマ(レンタルビデオ専用の映画)なるものが安直な企画と低予算によって作られるようになり(わたしは見たことがないが)、そのあたりの垣根が低くなっていることが影響しているのかもしれない。だが、かつて落ち目の日活ロマンポルノから新たな才能が輩出したように、現在のこうした土壌から思いがけない傑作が出てくることはないのだろうか。

 この映画は、「闇金ゼニガタ」という成人向けコミックの映画化だったらしい(事前に判っていれば見なかっただろう)。表向きは居酒屋だが、裏では「トサン(10日で3割)」の超暴利で金を貸し付け、苛烈な取り立てで債務者を追い込む闇金融の兄弟(大谷亮平・小林且弥)、という設定はまさにマンガと言うしかない。マンガで悪いとは思わないし、面白ければそれでいいと思っているが、どうももう一つストーリーの展開に乗っていけなかった。
 映画であれマンガであれ、嘘を嘘と感じさせないテクニックというものはあるはずだから、そこのところはきちんとやっておいてくれないと困るのである。監督の綾部真弥という人は園子温監督に師事し、あの「ひそひそ星」では助監督を務めていたのだというが、どうもあまり才能の感じられる人ではないような気がした。全体の作りが思わせぶりで、そのくせ表現が説明的に流れてしまうところがあり、では説明できているかといえばあまり説明できていないのであって、要するに、何がやりたいのかがはっきりしないまま、時間だけが無為に経過してしまうような映画だった。
 主役の大谷亮平を始め、裏社会風のそれっぽい役者を揃えているのだが、それらが皆それっぽいことしかしてくれないので、結局それっぽく見せているだけで、その先には何もないということが露呈してしまっていると思った。残念ながら、これはやはり監督の力量が足りなかったということになるのだろう。暇つぶしの映画だからといって、観客の要求水準を見くびってはいけない。
(シネマート新宿、5月31日)
by krmtdir90 | 2018-06-02 23:59 | 本と映画 | Comments(0)


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