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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「500ページの夢の束」

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 ダコタ・ファニングが素晴らしい。彼女が演じるウェンディは自閉症の少女である。主人公をそのように設定したことにはたぶん大きな意味があるが、映画は彼女をそういう存在として特別扱いはしていない。生きる上での得手不得手は誰にでもあるもので、彼女は不得手をちょっと多めに抱え込んでいるけれど、それは少しも決定的なことではないと言いたげである。こういうふうに描いたことがこの映画の美点であり、見終わった後に爽やかな印象を残した大きな要因になっていると思った。

 自閉症はきわめて多様な側面を持つ病気で、その症状は人によって様々な現れ方があるようだ。映画は最初に、自立支援ホームに暮らすウェンディの日常を点描していくが、その視線は自閉症というフィルターを通して彼女を見るのではなく、普通とはちょっと違った個性を持った女の子という捉え方をしていたように思う。この見方は公平で好感が持てるものだったし、自閉症を必要以上に強調しないことで、彼女が体験する物語が非常に普遍性のあるものになったと思った。
 彼女は確かに、対人関係を作るのが苦手だし、周囲とコミュニケーションを取るのもうまくないけれど、たぶんそれ故に、周りとつながりたいという思いを人一倍強く持っているように見えた。そういう感じが判るような描き方を、この監督(ベン・リューイン)はしていると思う。
 監督はウェンディの自閉症を、活動や興味の偏りという側面で特徴づけようとしているように思えた。曜日ごとに着るセーターの色を決めていたり、毎日を一定の行動パターンで規則正しく過ごそうとしていたり、こういう彼女特有の微笑ましい生活様式が、ユーモアを持って一つ一つ温かく描かれていたように思う。

 もう一つ、彼女の自閉症には重要なポイントがあって、それは彼女が「スター・トレック」に強い愛着を持っていることである。「スター・トレック」の知識なら、誰にも負けることのない「オタク」なのである。彼女は毎日のテレビ放送を欠かさず見ているし、「スター・トレック」の登場人物を自由に動かして、自分なりの物語を創作して楽しんでいたりするのである。
 わたしは「スター・トレック」をまったく知らないのだが、書かれたものを読むと、スポックという主要人物の一人が(自閉症に似て)意思の疎通や感情表現に困難を抱えるキャラクターになっていたらしく、この映画ではウェンディがそこにみずからを重ね合わせているという設定(描き方)になっていたようだ。彼女にとって「スター・トレック」は、自分と周囲の世界とをつなぐ重要な回路になっているということだったらしい。

 ウェンディはある時、「スター・トレック」誕生50周年記念の脚本コンテストが行われることを知り、自分も応募してみようと決意するのである。ところが、ようやく書き上げた脚本を郵送する時になって、土日が間に挟まるので郵送では締切日に間に合わないことに気づいてしまう。彼女は混乱する気持ちを必死で落ち着かせ、ロサンゼルスのパラマウント・スタジオまで、バスに乗ってみずから脚本を届けようと決意するのである。
 これは、自閉症の少女にとってはきわめて無謀な行動である。自閉症には普段と違う道を通ることが苦手という傾向があり、彼女は自立支援ホームとバイト先とを行き来する以外に、単独でそれ以外の場所に出たことなどほとんどなかったのである。
 一度も歩いたことのない道に一歩を踏み出し、行ったことのないバス乗り場を探して、知らないカウンターで買ったことのない切符を買い、初めての長距離バスで初めての都会に出て行くのである。それがどんなに困難な旅であるかは容易に想像がつく。

 だが、ここでちょっとだけ意地悪な見方をすれば、この映画はゴールの判っているロードムービーなのであって、ウェンディは様々な困難にぶつかるけれど、最後にはそれを乗り越えて、無事脚本を届けることができましたというエンディングが用意されているのは見えているのである。
 それでも、観客が彼女と一緒にこの不安な旅に出て行こうという気になるのは、ここまでの彼女への共感度の大きさ以外には考えられないと思う。この映画は、主人公の少女を実に魅力的な存在として描き出すことに成功しているのだ。自閉症であることは彼女にとってハンディには違いないが、彼女がそれでも行きたいと考えてしまった以上、観客としてはそれにどこまでもついて行かなければならないという気にさせられてしまうのである。実際、彼女はどんな事態になっても歩みを止めない。その頑ななまでの思いの強さに、いつしか周囲は絡め取られていくしかないのである。
 支援ホームでウェンディをケアしてきたソーシャルワーカーのスコッティ(トニ・コレット)や、ウェンディと気持ちが行き違ったままの姉のオードリー(アリス・イヴ)が、彼女の失踪を知って後を追うことになるのも、厄介な彼女を迷惑に思ってのことではなく、彼女の思いを理解し共感したいためであるように見えていたと思う。

 みんなウェンディのことが好きなのだ。これがこの映画の基調となっている感情である。それは素晴らしいことなのではないか。
 最後の段階では、彼女はスコッティの車で、姉のオードリーとスコッティの息子のサムも一緒に、締め切り時間ギリギリにパラマウント・スタジオに到着する。このあと、彼女はみんなを車に残し、脚本の封筒を抱えて一人だけで横断歩道を渡って行く。一人でスタジオに入って行く彼女の真っ直ぐな表情ががいい。彼女は一人でハードルを越えたいのだ。
 だが、担当者が意地悪な男で、郵送以外では受け取れないと機械的な対応を取られてしまい、ああ彼女にはここを突破するのは無理だと思った次の瞬間、彼女が思わず感情を迸らせるシーンがすごく良かった。正確には覚えていないが、彼女は「わたしもみんなと同じようにチャンスがほしい」というようなことを言ったのだ。それはもちろん脚本を受け取ってほしいということを言ったのだけれど、同時に人間関係やコミュニケーションがうまくできない自分のことも言っていたのだと思った。このあと彼女は、予想外の機転を利かせて脚本を受け取らせることに成功するのだが、彼女はその時、確かに一つの階段を上がっていたのだと思う。

 だから、彼女の脚本が入選しなかったことはもう大したことではないのだ。映画はこのあと、ウェンディが姉のオードリーの許に帰る場面を描いて終わることになる。
 彼らの身の上について、映画はあまり詳しくは語ってこなかったけれど、母子家庭で育ったらしい2人は、母が死んだ後はオードリーが自閉症のウェンディの面倒を見てきたということだったらしい。オードリーが結婚して出産したため、ウェンディと一緒に生活することが難しくなって、彼女を自立支援ホームに預けたということだったようだ。
 映画の最初の方で、ホームに面会に来たオードリーに、ウェンディが帰りたいと訴えて感情を抑えられなくなってしまうシーンがあった。最後になって考えてみると、この映画が描いたウェンディの旅は、オードリーと一緒の家に帰るために彼女自身がみずからに課した試練だったようにも見えてくるのである。「スター・トレック」の脚本を本当に届けたかったのは姉の許だったということが、ラストシーンに鮮明に描かれていたと思う。
 オードリーの側から見ると、彼女がウェンディの必死の行動を見て、もう一度ウェンディとの旅を始めることを決めたというのが、この映画のエンディングだったのかもしれない。
(新宿シネマカリテ、10月29日)
by krmtdir90 | 2018-10-31 21:37 | 本と映画 | Comments(0)

映画「まぼろしの市街戦」

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 監督のフィリップ・ド・ブロカは、一般には「リオの男」(1964年・ジャン=ポール・ベルモンド主演)に代表されるような、喜劇的なアクション映画を得意とする商業的で職人的な監督と見られていたと思う。50年代末には、クロード・シャブロルの「いとこ同志」やフランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」などで助監督を務めたりしたようだが、その後のド・ブロカが、彼の作った映画によってヌーヴェルヴァーグの監督と見られることはなかったようだ。
 そのド・ブロカが、1966年に撮ったのがこの映画だった。これは彼のフィルモグラフィの中ではきわめて異色の映画で、ずっと一本だけ特別な位置を占めることになった作品だったのである。最初フランスで公開された時には、批評も悪く興行的にも失敗だったようだが(理由は判らない)、その数年後アメリカで公開されると、当時の若い世代(特にヒッピー)に支持されて大ヒットとなり、カルト的な映画として、その人気が世界中に広まることになったらしい
 当時のわたしはヌーヴェルヴァーグの監督たちに目を奪われていたが、フィリップ・ド・ブロカの映画も見ていたし、この映画の評判も確かに聞こえて来ていた(かなり後になってからだったけれど)のを覚えている。だが、日本公開時(1967年)もほとんど注目はされず、残念ながら見る機会がないまま日が過ぎてしまったということだったのである。
 今回、デジタル修復が行われたのを機に、半世紀ぶりのリバイバル公開となったのは嬉しい事件だった。「まぼろしの傑作」と言われていた映画が、やっと見られることになったのだ。けっこうワクワクしながら見に行った。

 50年以上も昔の映画なのに、まったく古びていないのが驚きだった。画面が修復されて公開当初の美しい色が再現されたのも大きいが、古びていないというのはそういう意味ではない。ここに描かれた物語が、時代の経過とともに色褪せるのではなく、そのまま現代に向かって真っ直ぐ刺さってくる力を持っていたことに驚いたのである。
 この映画は、50年もの時を軽々と飛び越えてしまったのだ。このユーモアや皮肉、そして風刺の切れ味が少しも鈍っていないのは凄いことだと思った。
 第一次世界大戦の終わりごろ、敗勢となったドイツ軍がフランスの小さな村を撤退する時、村全体を破壊する強力な時限爆弾を仕掛けていくのである。この情報を掴んだイギリス(スコットランド)軍の隊長は、フランス語ができるという理由だけで、一兵卒プランピック(アラン・ベイツ)を爆弾撤去のために村に送り込むことにする。プランピックは本来、伝書鳩を使った通信係であり、爆弾の知識は皆無であるところがすでに無茶苦茶なのである。
 プランピックが村に入ると、爆弾の噂を聞いた村人は一人残らず避難した後で、残っていたのはサーカスの動物たちと精神病院の患者たちだけだったというのが物語の始まりである。

 患者たちは抑圧を解かれて自由を取り戻し、病院を出て村のあちこちで様々な衣装を手に入れ、それぞれの妄想を実現して夢のような生活を始めてしまう。彼らは村に危機が迫っていることを理解しないし、プランピックを自分たちの王様に祭り上げて陽気にもてなすのである。村の中には精神病患者しかおらず、その村も早晩破壊される運命にある、王様はこのピンチをどう乗り越えるのか、というのがこの映画の展開上の骨子となっている。
 一方で、この映画が作り出す対立の構図は非常に明快なものである。村の中で精神病患者が作る世界は端的に言えば狂人の世界のはずだが、それがいつの間にか、これほど穏やかでまともな世界はないのではないかと思えてくるのである。それは、村をめぐって繰り広げられる外の世界の戦争の諸相が、あまりにもバカバカしくあまりにも狂気の沙汰であることの裏返しになっている。
 映画の終盤になると、狂気の世界とまともな世界は完全に逆転してしまい、患者たちがひととき作り出したおとぎ話のような世界が、何とも言えず貴重なユートピアだったように感じられてしまうのである。プランピックは任務を忘れて、次第に彼らと一緒の時間をこの上なく大切なものと感じ始めてしまう。これは実に自然な心の動きとして描かれている。

 経過は省略するが、爆発を阻止して軍に戻ったプランピックが、賞賛され勲章を受けても満たされないのは、患者たちと過ごした楽しい時間が忘れられなかったからだろう。すべてに嫌気がさして隊から脱落した彼が、軍服や銃を捨てて素っ裸で精神病院の門前に立つラストシーンは見事である。人間の営みとして、こっちの方がよほどまともじゃないかという強烈なメッセージがあるのに、メッセージは全然前に出てこないのが素晴らしいと思った。戦争の愚劣さをこんなにストレートに描いているのに、その主張は物語のずっと奥に引っ込んでいて、ジワッと後で効いてくるようなかたちになっているのである。
 つまりこれは、戦争を始めとした人間世界の醜悪な現実を切っ先鋭く批判しながらも、映画としては徹頭徹尾ファンタジーであり寓話であることを失っていないという点で、奇跡的な傑作だったことが確認できたように思う。
 この一本によってフィリップ・ド・ブロカは、ヌーヴェルヴァーグの監督たちの輝ける系譜にその名を連ねる資格、あるいはそれと同列に論じられて然るべき資格を獲得していたと言っていいのではないか。
(新宿K's cinema、10月29日)
by krmtdir90 | 2018-10-30 22:44 | 本と映画 | Comments(0)

煙草のこと

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 10月23日(火)の午前10時過ぎに最後の一本を吸ってから、現在(29日・午後9時過ぎ)に至るまで、わたしは一本の煙草も吸っていない。すでに150時間以上、煙草を吸わない状態が続いているのである。これはかなり画期的な段階に突入しているということで、このまま煙草と訣別してしまう可能性が高まっていると言っていいだろう。
 とうとうやってしまった。理由は30円の値上がりということでかまわない。間違っても、健康のためでないことだけは言っておきたい。

 ただし、ここで調子に乗ってはいけない。禁煙したと宣言するのはまだ早過ぎるのであって、油断して元の木阿弥という可能性も払拭されたわけではない。もしまた逆戻りしてしまったら、恥ずかしくて引っ込みがつかなくなってしまうし、ここは慎重の上にも慎重な態度が要求されるところである。

 以前、40歳の頃に一度禁煙したことがある(10年以上続いたのだから正真正銘の禁煙だった)。あの時は忙しく働いていて、けっこう気が紛れる時間が多かったのだと思う。ところが、いまはリタイアしていて、家でヒマにしている時間が生活の中心になっているから、どうにも吸いたくなってしまう機会が圧倒的に多いような気がしている。
 現在の生活リズムは自分で作ってきたもので、再び喫煙を始めてから20年あまり、その間に煙草が決まりのようになった節目をたくさん作ってきたことが判った。ここ数日、これを一つ一つ確認しながらやり過ごしてきたが、これには非常な困難が伴い、いつ心が折れてもおかしくなかったのである。実際、その危険性はこの段階でも少しも減ってはいないと思う。

 また吸い始めてしまってもいいではないか、という開き直りが大切なのだと思っている。所詮、たかが禁煙なのだと考えたい。わたしは一貫して、煙草を害毒だとも止めなければならないものだとも思ってはいないのである。これはきわめて重要なことで、いま目の前にある煙草やライターをすべて処分して、みずからを追い込むようなことはしたくないと思っている。

 ただ、せっかくここまで続いたのだから、もう少し続けてみてもいいかなと思っている。ブログに書くタイミングとしては少し早過ぎる気もしたが、あまり先送りしてその間に失敗してしまったらつまらないし、書くことは自己責任であって、書いてしまった以上は続けるしかないではないかと、みずからに(小さな声で)言い聞かせているのである。
by krmtdir90 | 2018-10-29 21:30 | 日常、その他 | Comments(0)

映画「search/サーチ」

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 ストーリーがすべてパソコンの画面上で展開するという、アイディアがすべてと言っていい映画である。話題性は十分だし、このアイディアがどんなふうに実現されるのか、とにかく余計なことは考えず、その仕掛けの斬新さを楽しめばいいということだろう。
 パソコン上だけでストーリーが展開されるというのは、ちょっと考えるとかなりの制約だし不自由だろうと思えるのだが、実際の映画ではその制約を逆手に取るようなところもあって、これが完全な杞憂だったことが明らかになっていた。むしろ、すべてがパソコン画面の中に限定されることで、まったく新しい種類のスリルとサスペンスが生まれていたように思う。パソコン画面の使い方も非常に計算されていて、そこに思いがけない臨場感が生まれているのが驚きだった。

 突然連絡が取れなくなった娘の行方を父親が追う、というのがストーリーの基本設定になっているが、この父娘を演じたのが韓国系アメリカ人のジョン・チョー(父親デビッド)とミシェル・ラー(娘マーゴット)という2人である。この映画は、最近ハリウッドで見られるようになった、アジア系俳優が主役を務めることで注目された映画の一本でもあったようだ。
 映画の冒頭、父親のデビッドがパソコンに向かい、保存された家族の映像などを見て昔を思い出しているという導入が鮮やかだった。娘マーゴットの成長の記録や、妻パムが3年前に癌で亡くなっていることなどが示され、現在16歳になっている娘と、もう一つうまくコミュニケーションが取れないでいる彼の様子なども(画面に表示されるLINE《MacではFace Timeと言うらしい》のやり取りなどから)窺えるようになっているのである。登場人物の背景や現況が手際良く描かれることで、ストーリーがしっかり組み立てられていることが判り、この父娘への感情移入もしやすくなっていると思った。アイディアに引きずられるだけの、お手軽映画ではなかったのである。
 こうして、ぎこちないながらも会話が行われていたマーゴットと、急に連絡が途絶えてしまう様子もパソコン画面だけで描かれている。双方向の回線が確保されているのが前提だったものが、一方的に切れてしまうというのは何を意味しているのか。パソコンやスマホの中の相手が突如反応しなくなり、それ以外に当面の情報入手手段がないことが、様々な疑問や不安を一気に拡大させていくところが怖い。そもそも、繋がりが途絶することなど想定していないから、父親はそうなって初めて、娘との回路を他にまったく持っていなかった事実に直面させられてしまうのである。

 デビッドはとりあえず、マーゴットが通っているピアノ教室や、妻の住所録ファイルで調べた同級生の家などに電話をかけてみるが、その度に思いがけない事実が明らかになって、彼の不安をいっそう掻き立てる結果になってしまう。結局、彼は警察に捜索願を出し、担当となったヴィック捜査官(デブラ・メッシング)とパソコン上で(スカイプ機能を駆使して)連絡を取りながら、マーゴットに関する謎を、彼女が残したパソコンの中で探っていくことになる。
 インスタグラム、フェイスブック、ツイッターといったアカウントを彼女は非公開にしていたが、彼は手段を尽くしてパスワードを入手し、これらに残された様々な映像やテキストなどを次々に閲覧していく。そこには、これまで見えていなかったもう一人の娘の姿が残されており、彼はそれらに衝撃を受けながらも、これらを手がかりに彼女の行方に迫っていくのである。彼女の過去にどんなことがあったのか、さらにいま何が起こっているのかを徐々に明らかにしていく、その手法はかなり工夫が凝らされていて、観客としてはどんどん引き込まれていく感じだった。すべてがパソコン画面というアイディアが、謎の解明というところでは実に効果的に使われていたのではないか。
 ただし、中盤以降になって、デビッドがパソコンの前を離れて動き回らなければならなくなると、この全部をパソコンの中でという設定には無理なところも出てきていたように思う。まあ、それでもテレビ中継画面などを上手に組み合わせて、曲がりなりにも最後まで走り切って見せたのだから、全体としては十分成功だったと言うべきなのかもしれない。終盤の展開の二転三転も、リアリティという点ではどうかと思ったが、設定や伏線にきちんと責任を取っているという意味では、娯楽作品として(ミステリとしてもホームドラマとしても)しっかり出来上がった映画だったと思った。

 この映画を監督したのは、アニーシュ・チャガンティという27歳のインド系アメリカ人で、これが長編処女作だったようだ。インターネットやSNSと子どもの頃から馴染んできた若者だからできたと感じられる、巧みな表現が随所にあって感心した。
 例えば、画面の隅でSNSにメッセージを打ち込むところ、画面は枠の中に打ち込まれていく文字を写すのだが、一度書かれた文字が修正されたり削除されたり、打ち込んでいく速度の微妙な違いなどで、躊躇や動揺といったいろんな心の動きが鮮やかに表れてくるのには驚いた。こんな手口があったとは思いもよらなかった。こんなところに着目するのはさすが27歳という感じだが、それを心理表現の重要な方法として生かしてしまうのは誰でもできることではなく、この監督の素晴らしいセンスであり才能だと感じた。
 ただし、もう一点だけ言っておくと、この映画はパソコンやSNSを効果的に使った点で際立っていたが、それ故に、これからの技術の進歩にしっぺ返しを食らう可能性も大きい映画だと思った。ここで使われたツールが最先端であるのはせいぜい数年のことだろうし、これらが色褪せて時代遅れになってしまうのは案外早いかもしれないということである。これからは、斬新なアイディアを売り物にしたことが、映画の賞味期限を狭めてしまうことも起こり得るということで、難しい時代になったものだと感じた。
(立川シネマシティ2、10月26日)
by krmtdir90 | 2018-10-28 14:05 | 本と映画 | Comments(0)

映画「顔たち、ところどころ」

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 アニエス・ヴァルダは1928年生まれだから、現在は90歳、この映画の撮影時には87歳だったと公式サイトに記されている。画面に登場する彼女はとてもチャーミングで、なんて素敵な年の取り方をしたんだろうと嬉しい気分にさせてくれる。それは、彼女の好奇心がいささかも衰えを見せていないことが関係している。
 JRというアーティストのことはまったく知らなかったが、54歳も年下の彼と出会って、一緒に旅をしながら映画を撮ったら面白いだろうと発想してしまうことがまず若々しいし、実際にそれをやってしまうことも驚きというしかない。アニエスの提案を受け、彼女とコンビを組んだJRという青年も魅力的で、彼を同行者に選んだアニエスの慧眼はさすがだと思った。
 JRはいろんな場所で人々の写真を撮り、それをモノクロの巨大サイズに引き延ばして、町中の壁面などに貼っていくというストリートアート(フォトグラファーと言うらしい)を行っている。アニエスはJRと会って意気投合し、後部に写真スタジオを載せたJRのトラックに乗って、フランスの田舎町を回って行くことにする。彼らはその先々で現地の人々と交流し、様々な壁面に人々の顔のアップや全身像を貼り付けて行くのである。
 この映画は、その奇妙な旅の一部始終を、アニエスとJRの共同作業が人々の間に不思議な高揚を作り出すさまを、みずから記録するかたちで追いかけたドキュメンタリーなのである。

 JRのやっているストリートアートというのがまず面白い。奇抜だし、大きなインパクトを持っている。被写体に選ぶのはすべて市井の名もない人々で、彼らに対するリスペクトがこのアートの底流になっていることが判る。撮影し、プリントし、貼り付ける。その巨大なモノクロ写真の前で、被写体となった人々が見せる満足そうな(誇らしげな)表情が印象的である。このアートは、人々の存在を丸ごと肯定するものなのだ。郵便配達夫、元炭鉱作業員、住民のいなくなった炭鉱住宅に一人住み続ける老婦人、工場労働者たち、800ヘクタールを一人で耕作している農夫、角を切らずに山羊を飼育する女性、ル・アーブルの港湾労働者とその妻たち、等々。
 庶民の生活の中にある様々な感情や思いが、JRのアートとそれを見詰めるアニエスの視線を通して見えてくる。彼らは次々に場所を移って行くから、見えてくるものは巨大な写真とともに置き去りにされ、映画の中に積み重なっていく。それはとても豊かな体験である。
 アニエスとJRはそれぞれアイディアを出し合い、会話を重ねながらこの映画を作っている。だから、彼ら自身が実に率直にこの映画と対峙していることが判ってくる。素直な目で、ありのままに対象を見ていることが判るのである。彼らのあり方そのものが、映画の中に次々に開示されてくると言ってもいい。

 アニエスの視力が日に日に落ちてきていることや、それを気遣いながらその事実も映画に取り込もうとするJRのことも描かれている。アニエスは、この旅での多くの人々との出会いのことを、JRの写真によって記憶に定着させようとしていたのかもしれない。
 彼ら2人が何気なく見せる表情や仕草などが、2人の友情の深まりを感じさせて楽しい。JRはアニエスを、100歳になった彼の祖母のところに連れて行く。何ということもない会話が交わされるだけだが、そこに作り出された温かい雰囲気が印象的だった。
 映画の最後は、アニエスがJRを、彼女の長年の友人であるジャン=リュック・ゴダールに会わせようと、スイスのローザンヌまで訪ねて行く一部始終だった。だが、これは予想外の悲しい結果になってしまう。ゴダールが謎めいたメッセージを残して、約束をすっぽかしてしまったからである。
 傷つき失望するアニエスを、JRが「ゴダールはこの映画の脚本に意外な展開を書き足してくれたんだ」というようなことを言って慰める。JRが好青年であるのが伝わってくる言葉だが、彼はさらに、これまで一度も外したことがないサングラスを取って、素顔を初めてアニエスに見せてくれるのである。「優しいのね、よく見えないけど」という彼女の言葉も印象的だった(実際、彼女の視力はかなり減退していて、ぼんやりとしか見えていなかったらしい)。

 フランス・ヌーヴェルヴァーグの作家たちはすでにほとんどが鬼籍に入ってしまい、現在も存命なのはアニエス・ヴァルダとジャン=リュック・ゴダールぐらいしかいなくなってしまったようだ。この2人の顔合わせが実現していたら面白かったとは思うが、アニエスの奔放とゴダールの偏屈が際立つこの映画の結末も、2人の「いま」をよく表していたと言えるのかもしれない。
 この映画のことを最初に聞いた時、どこが面白いのか理解できず敬遠していたのだが、これは理解じゃなくて感じる映画だった。時代の変遷とともにけっこう変節した作家も多かった中で、アニエス・ヴァルダは最初から最後(まだ最後かどうかは判らないが)まで、正真正銘、ヌーヴェルヴァーグそのものだったんだなと感じさせてくれる映画だった。彼女の映画は「幸福(しあわせ)」(1965年)が記憶にあるぐらいだが、この「顔たち…」は新たな傑作として記憶されるのではないか。こんな予想外の面白さを見せてくれた映画、久し振りという感じだった。
(MOVIX昭島、10月25日)
by krmtdir90 | 2018-10-27 15:26 | 本と映画 | Comments(0)

映画「彼らの原発」

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 福井県おおい町は、2006年に大飯町と名田庄村が合併して生まれた町だという。人口は最新の(2018年4月)データで8100人ほど、若狭湾に突き出した半島の先に関西電力大飯原子力発電所が建っている。住民は原発に複雑な思いを抱えながら、何とかこれと折り合いをつけながら生活してきた。この映画は、2011年3月の福島第一原発の事故のあと、国内で最初に(2012年7月)再稼働した大飯原発の地元に入り、2014年3月の町長選挙を挟んで、そこに暮らす人々の日常生活とその内面に迫ろうとしたドキュメンタリーである(製作・監督・撮影・編集:川口勉)。その意図は、かなり実現されていたと言っていいのではないか。

 原発を受け入れた自治体には、国から莫大な交付金が注ぎ込まれることになり、この町も懸案だった道路整備を始めとして、様々なかたちで豊かな生活を手に入れてきた。原発がなければ、この町はとっくの昔に過疎で消滅の危機に瀕していたかもしれないのである。だが、そのことは十分認めた上で、フクシマ後の現在ではもはや原発の安全神話は完全に崩壊しているのであり、原発で潤ってきた町のあり方にも疑問を感じないわけにはいかなくなっているようだ。
 町民それぞれの心の中には、いままで原発の恩恵によって生きてきたという後ろめたさが少なからずあり、そうである以上、大手を振って反原発に与することは難しいという気持ちになってしまうようだ。それでも、その危険性はもはやみんなの共通認識になっているから、正直なところ、こんなものは無ければそれに越したことはないという思いに駆られることもあるようだ。彼らはいま、脱原発に舵を切るのが恐らく正しい方向なのだと判ってはいるが、だからといって、長年にわたって町が積み重ねてきた生活のあり方を変えることにはやはり抵抗があるということなのだろう。彼らの中には激しいせめぎ合いがあるのであり、そこから彼らの正直な思いにどこまで迫れるのかというのが、この映画の大きなテーマになっているということなのである。

 「彼らの原発」という題名は、何か非常に違和感のある奇妙な題名だと感じた。普通は原発にこんな言い方はしないのであって、どの原発であっても、原発の問題は「われわれ全体」つまり「日本国民全体」と結びつかなければおかしいはずである。原発との関わりを「彼ら」だけに限定してしまうこの題名には、いったいどんな意図が込められていたのだろうか。
 この映画で「彼ら」というのは、「おおい町の住民」を指しているのは明らかだが、それは彼らが原発立地自治体の住民だからである。それは、彼らを特別視しようとすることではなく、この「彼ら」とその他の「我ら」が結びつかなくては、何も始まらないというメッセージなのかもしれない。我らが「我らの原発」を問うことなく、ただ突き放した「彼らの原発」だけを問うているとすれば、それはまったく片手落ちであり犯罪的でさえあるということになるだろう。映画はとりあえず「彼らの原発」を追うけれど、それを少なくとも「我らの原発」というところに引きつけて考えることが、当面何よりも要請されていることなのである。

 おおい町の住民の思いが、誘致から立地に至る曲折した過去の経緯を背景に、複雑に屈折していくしかないことを前にした時、「我ら」が「彼ら」を離れて、単純な「脱原発」を叫んでもそれは何の意味もないということなのである。
 映画はこの町で、実に多様な人々の姿を捉えているが、そういう分け隔てをしない地道な取り組みが、前へ進むための第一歩であることは明らかな気がした。
(新宿K's cinema、10月24日)
by krmtdir90 | 2018-10-26 10:08 | 本と映画 | Comments(0)

映画「ここは退屈迎えに来て」

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 山内マリコの同名の連作短編小説を映画化したものだという。原作は8つの短編で構成され、そのすべてに高校時代のヒーローだった椎名クンという存在が絡むことで、全体が連作としてつながるようになっていたらしい。映画でもこの連作短編という形式(物語の構造)が生かされていて、実は最初そこのところがイマイチよく判らず、映画の流れにちょっと乗り遅れる感じになってしまった。
 山内マリコはあの「アズミ・ハルコは行方不明」の原作者だが、本作でも地方都市の閉塞感と、そこで生きる複数の人物の(思い通りにならない)日々を描いている。具体的には2013年、2008年、2010年といった年号が次々に表示されるのだが、これらは各々がそこで「独立した短編」になっていたのであって、各登場人物の現在が相互につながっているわけではなかったのだ(ここがよく判らずウロウロしてしまったというわけだ)。

 実は、これらの登場人物は、2004年にみんな同じ高校の3年生だったという点でつながっており、当時みんなの中心にいた椎名クンとも様々なかたちでつながっていたのだ。昔は同じところ(この退屈な地方都市)にいて、いろんな思いを共有し合っていたけれど、その後はみんな別々の場所で別々の人生を送っている。そういう、独立したストーリーラインが並べられていたのである。これは別に謎解きでも何でもない。たぶん、普通に年代記風に並べてしまったら、何の面白みもないありふれた青春挫折物語になってしまったのかもしれない。
 18歳(2004年)が、彼らそれぞれの物語の基点になっているが、映画は彼らの27歳(2013年)、22歳(2008年)、24歳(2010年)の時点に立ち止まり、そこから18歳だった時(基点)を逆照射しようとしているように見えた。この構造がこの映画の(そしてたぶん原作小説の)肝になっているのであって、そういう操作を経ることで見えてくる彼らの18歳は、非常に客観的で公正な目で捉えられることになったように思う。
 廣木隆一監督はインタビューで、この映画を「『高校の頃はよかったね』というような話にはしたくなかった」と言っているらしい。確かに、この映画は「この子が(22~27歳になって)こんなふうになったのか」というふうに、描写の視点がかなり「後の方」に置かれていて、それぞれが現在の自分に「こんなはずじゃなかった」と感じていることを描いているのだと理解できた。
 高校を出る時には、それぞれいろんな未来を思い描いていたのかもしれないが、時が過ぎるにつれて次第に、そんなに思い通りになるものではないことも判ってきて、といった感じ。そういう中でふと気付くと、いつの間にか22~27歳になっていて、18歳からずいぶん遠いところまで来てしまったんだな、というような、その何とも言えないやるせない気分のようなもの。こんな地方都市では、ホントに何も起こらないんだぞーーーっ、というような感じだけが真実としてあって。

 実際、事件らしい事件は何も起こらない映画なのである。だが、その何と言うこともない一瞬一瞬の中に、実にいろんな思いが詰まっているのだと思った。そういうのを、こんなふうに繊細に掬い上げた映画はあまりなかったのではないか。
 中でも、27歳の「私」(橋本愛)とサツキ(柳ゆり菜)が、高校時代にみんなの中心にいた椎名クン(成田凌)に会いに行くというメインの設定が効いている。設定としてはまったく単純な設定であって、別に何の障害も現れないし、同じ市内なのだから(だだっ広い地方都市であっても)時間的にそれほどかかるものではない。だが、一人だけ異なる世代(40歳)の須賀サン(村上淳)の車で移動しながら、3人が車内で交わすとりとめのない会話から、彼らのパッとしない「いま」(そしてここに至る日々)が徐々に見えてくるところが面白い。
 さらに映画は、この3人とは別のストーリーラインとして、他の幾人かの「いま」を並列的に並べて見せているわけで、その上で、みんなが一緒の教室にいた18歳の時に帰って行くという、この全体の構図が非常に生きていたと感じた。22歳の「あたし」(門脇麦)は高校時代に椎名クンと付き合っていたが、卒業後音信不通になってしまった彼のことを忘れられずにいる。また、24歳の森繁あかね(内田理央)と山下南(岸井ゆきの)は、高校時代は特に椎名クンと接点があったようには見えなかったが、終わり近くで南が結婚して椎名南になったとあかねに告げたりしているのである。
 椎名クンと南というのは思いがけない展開だが、椎名クンの結婚はこの映画にとってはそれほど重要なこととはされていないようだ。時が経てば誰もが現実世界に取り込まれていくことの、それは一つのエピソードに過ぎないということなのかもしれない。

 確かに、高校時代の椎名クンはいつも誰よりも輝いていた。高校3年の時、「私」とサツキは一度だけ彼に誘ってもらって、彼の仲間とゲームセンターに遊びに行った思い出があった。椎名クンには当時付き合っている彼女(「あたし」)がいたから、それはちょっとした気まぐれに過ぎなかったのかもしれない。だが、彼女たちにとってはそれは忘れられない美しい思い出だったのであり、だから、ほぼ10年ぶりに椎名クンに会いに行く「私」とサツキが、妙にワクワクと舞い上がって見えるのをバカバカしいと笑うことはできないのである。
 彼らは途中で、思い出のゲームセンターに立ち寄ったり、母校に行ってみたりする。ゲームセンターでは、たまたま帰郷していた新保クン(渡辺大知)という級友と再会する。彼はいま、ここではないどこかの町のゲイバーで働いているらしいが、かつて仲の良かった椎名クンのことを2人に教えてくれる。卒業後の椎名クンは、思い通りにならないことの連続ですっかり打ちのめされ、いまは地元に戻って、新保クンの紹介した自動車教習所で働いているのである。
 「私」とサツキが椎名クンと再会するシーンは、映画の最後に置かれている。椎名クンは外見的には高校時代とほとんど変わっていないようだったが、いまは何となくくすんだ感じになっていて、あの頃の輝きはもう失われてしまっているように見えるのである。映画はここで、何とも言いようのない印象的なシーンを映し出している。椎名クンは何と、再会した「私」の名前を思い出すことが出来なかったのである。この時の2人の気まずいすれ違いは、もうただ笑ってしまうしかないのだけれど、時の流れの残酷さを示しているようで胸を突かれる気がした。

 この映画が描いたのは、あの2004年からずいぶん時が経って、「私」もサツキも椎名クンも(新保クンも「あたし」もあかねも南も)、みんながこんなに変わってしまった、変わってしまったことを認めたくはないし、そのことに全然納得はできないのだけれど、それでも、それを受け入れて何とか生きていくしかないという、苦い現実なのである。若い人間の「夢の終わり」を浮かび上がらせた、非常に良くできた映画だったと思う。
(MOVIX昭島、10月23日)
by krmtdir90 | 2018-10-25 17:13 | 本と映画 | Comments(0)

映画「世界で一番ゴッホを描いた男」

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 中国広東省の深圳(しんせん)市に「大芬(ダーフェン)油画村」という一角があるらしい。ここにはゴッホなどの名画の複製画(油絵)を制作する工房が集まっていて、画工と呼ばれる職人が1万人以上働き、複製画制作が主要な産業として確立している場所なのだという。精巧な印刷技術が発達した現代にあって、こうした手作業による複製絵画が流通していることも驚きだったが、主に海外からの発注を受けて、この「油画村」が世界の複製画市場の6割を制作しているというのも初めて知った。中国というのは実に何でもありの国なんだなと思った。
 ドキュメンタリー映画の面白さは、こんなふうにまったく知らなかった思いがけないことを教えてくれて、それが行われている現場を目の当たりに見せてくれることだと思う。監督の余海波(ユイ・ハイボー)と余天琦(キキ・ティンチー・ユイ)は父と娘で、この映画が初の長編ドキュメンタリー映画だったようだ。2016年製作の、オランダ・中国合作映画である。

 この映画は、「大芬(ダーフェン)油画村」で20年もの間、ずっとゴッホの複製画を描き続けてきた趙小勇(チャオ・シャオヨン)という画工を主人公にしている。
 彼は貧しい農村から出稼ぎでここにやって来たようだが、特に絵画の素養があったわけでもなく、まったくの独学でゴッホの筆遣いなどを身につけてきたということらしい。彼はいまでは工房の親方といった位置にあるらしく、この工房では画工たちみんながゴッホの複製画を制作している。それぞれが小さな写真などを見ながら、並んで壁に向かい、次々にゴッホの油絵を仕上げていくところが非常に興味深かった。趙さんは出来上がった絵に細かい修正の指示を出したり、時にはなかなか上達しない若者に厳しく描き直しを命じる場面なども収められていた。20年も描き続けていると、趙さんには趙さんなりの譲れない一線というのがあるようで、画家と呼ばれることはなくても、彼なりのプライドを持ってこの仕事に取り組んでいることが窺えた。

 彼にはこちらで一緒になったらしい奥さんがいるのだが、いまは奥さんも画工として一緒にゴッホを描いているようだ。ゴッホを描くことが、文字通り彼らの生活を支えているのである。
 ゴッホの故郷オランダのアムステルダムからも大量の注文があるようで、月に百枚単位の制作が普通に行われているというのは驚きだった。どこにどんな需要があるのか判らないが、とにかくこれが彼らの生きるための仕事なのであって、ひとたび納期が決まってしまえば、家族の生活も制作一色になってしまうことも珍しくないようだった。完成した複製画を梱包するシーンがあったが、あの「苦い銭」の子ども服を思い出させるような乱暴なやり方で、彼らの描いた絵がどういう扱いを受けているのかが垣間見えて悲しかった。
 彼らには2人の子どもがいるが、上の長女は趙さんの故郷の高校に通っているらしい。久し振りの休暇でこちらに帰って来た彼女が、向こうの学校に馴染めないことを両親に訴えるシーンがあった。どうしてそうなってしまうかというと、趙さんが出稼ぎ労働者だからで、20年こちらに住んでも戸籍を移すことは認められていないのだという。そのため、大芬(ダーフェン)で生まれ育った子どもであっても、こちらの学校に通うことはできない決まりになっているらしい。夫婦は、長女の悩みを聞いてもどうしてやることも出来ないのである。

 この映画は、趙小勇(チャオ・シャオヨン)という画工がどのような来歴を持ち、どのような現在を生きているのかを克明に写し取っている。そして、その生活の中から、彼が一度でいいから本物のゴッホの絵を見てみたいと願うようになるところを、温かい眼差しで見詰めていく。アムステルダムにあるというゴッホ美術館に行ってみたい、本物を見たことがない絵の模倣をずっと繰り返してきた自分に、それは様々な気づきを与えてくれるはずだと、彼は考えるのである。彼のこの純粋な好奇心と向上心は、率直な共感を呼ぶ。しかし、その思いを理解しながらも、そんなお金はないと妻が反対する気持ちもよく判る。彼らの生活は決して豊かなものではない(むしろ貧しいと言った方が当たっている)のである。
 結局、妻は夫の熱意に負け、趙さんの希望を叶えてあげることにする。趙さんはビザを取得するために、一旦故郷の家に帰る。ここで彼は年老いた祖母に会い(子どものころから祖母を大好きだったことが自然に伝わってくるシーンだった)、夜になって懐かしい親族と酒を酌み交わすのである。これが何とも切ないシーンだった。すっかり酔ってしまった彼は、自分の家が貧しかったから中学も中退して働くしかなかった、自分は小学校しか出ていないんだと涙ながらに語るのである。都市部と地方との、埋めがたい格差を感じさせるシーンだった。

 趙さんの旅(数人の仲間も同行している)は、恐らく一生に一度しかない夢のような体験だったに違いない。
 だが、皮肉なことに、彼はアムステルダムの最初で大きな失望を味わわなければならなかった。彼を呼んでくれた画商(複製画の注文主)を訪ねると、そこは彼が想像していたような画廊ではなく、観光客相手の安っぽい土産物店だったのである。彼の複製画はそういうところで、買い取り価格の8倍というような値札をつけられて売られていたのだった。趙さんはまず、自分の描いた複製画が、こういうビジネスの使い捨て商品に過ぎなかった現実に直面させられるのである。だが、知ってしまったからといってどうすることもできない、彼の何とも言いがたい憮然とした表情が悲しい(だが、彼は賃金が安くて画工が居つかないので、もう少し買い取り価格を上げてほしいと画商と交渉するしたたかさも持ち合せているのだけれど)。
 ゴッホ美術館での彼を捉えたシーンは感動的だった。ゴッホの絵に釘付けになる彼の表情が短く映し出されるだけなのだが、それだけで彼が受けた衝撃の大きさが伝わってきた。素晴らしいものに触れてただただ圧倒されてしまう、そんな純粋な驚きと感動が表れていた。彼は「色が違うな」と小さく呟いたりするのだが、彼の心の中にいろんな思いが去来し渦巻いているのが判った。
 彼ら一行はこのあと、ゴッホが入院していたという病院、何度も複製した「夜のカフェテラス」が描かれたカフェ、そして彼の墓地などを訪ねて行く。墓地では深々と頭を下げたのち、3本の煙草に火を点けて、それを線香のように逆向きに立て、それが燃え尽きるまで墓前に留まるのである。ゴッホへの敬愛が無言のうちに溢れる、素晴らしいシーンだったと思う。ホテルでの彼らを捉えたシーンもあったが、夢のような日々に熱に浮かされたようになった趙さんが、仲間とつい飲み過ぎてゲロを吐いてしまう(微笑ましい)場面も収められていた。

 大芬(ダーフェン)に帰った趙小勇(チャオ・シャオヨン)が、若い画工たちと酒を飲みながら、ゴッホと出会った感動を熱っぽく話すシーンも良かった。まるで少年のようなキラキラした瞳で、彼は自分の中に生まれた大きな変化について語るのである。それは、複製画の制作は(生活のために)止めるわけにはいかないが、今後は少しずつオリジナルの絵も描いていきたいという決意だった。ゴッホのような素晴らしい絵は描けないかもしれないが、複製画ではない、自分だけの絵を少しずつでも残したいという願いが湧いてきたのである。
 このあと、彼が最初に取り組んだオリジナルが、故郷の祖母の肖像画だったというのが嬉しい。続いて彼は、彼の仕事場だった複製画工房の内部を描くことにするのだが、制作途中のこの絵を見ながら、彼と妻が何となく若かったころを回想してしまうシーンが良かった。「この隅のあたりにわたしたちがいたのよね」というようなことを妻が言う。長い長い時を経て、夫がようやく自分の絵を描き始めたことへの共感の思いが滲んでくるような言い方だった。しみじみとしたいいシーンだった。
(新宿シネマカリテ、10月22日)
by krmtdir90 | 2018-10-23 20:37 | 本と映画 | Comments(0)

映画「アンダー・ザ・シルバーレイク」

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 ちょっとカルトっぽい雰囲気がありそうなので、そういうのもたまにはいいかなと思って見に行った。監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルは1974年生まれ(44歳)で、思いがけずあの白石和彌監督と同い年なのだった。結論を言えば、わたしは白石和彌のストレートな「熱さ」(ただし、冷静に計算はしている)の方が合っていると思った。
 3分の2ぐらいまではけっこう面白く見たのである。だが、最後の3分の1で急速にシラけてしまった。思わせぶりに並べてきた伏線(らしきもの)はそのまま残ってしまうし、「街の裏側に潜む陰謀」とか「私たちは誰かに操られている」とか、どう言ったところでストーリーが成立していないのは明らかだと思われた。目くらましだけで観客を幻惑しようとしても、乗せられてしまう客の数には限りがあるということである。内容がないものをカルトに祭り上げることくらい愚かなことはないだろう。

 配給会社は「新感覚サスペンス」などと名付けたり、ヒッチコックやデヴィッド・リンチの名前を出して一生懸命売ろうとしているようだが、全然そんなものではないと思った。この監督が、映画をたくさん見ていたり様々なポップカルチャーに通じているのは判るし、そういうものを(一見)センス良く散りばめてみせるテクニックには長けているのかもしれないが、それだけでは中身の空虚さを誤魔化すことはできないのである。
 例えば、主人公の無職の男がアパートの向かいに住むトップレスの女を双眼鏡で覗いているシーンがあったが、これを「裏窓」(ヒッチコック)へのオマージュなどとするしたり顔の指摘の馬鹿らしさはどうだろう。オマージュとはリスペクトに裏打ちされた行為であって、とうてい原作に届かない表面的なモノマネはオマージュとは言わないのである。

 わたしは どんな場合でも謎解きが必要だと言うつもりはない。だが、主人公の男が謎を追い始めてしまった以上は、その謎をどういうかたちで終わらせるのかという点については、きちんと責任を取る必要があるのではないか。そこには謎が解かれないというケースもあっていい。ただし、曖昧なままほったらかしにするのは仁義に反するということなのである。
 ましてや、最後に登場してくる富豪の男と3人の女の言動などは、あまりに荒唐無稽で鼻白むばかりだった。主人公の男が先のトップレスの女と最後にくっついてしまうのも、そんな支離滅裂な終わり方でいいのかと言いたくなってしまう。いろんな飛躍は3分の2ぐらいまではあってもいいが、最後までこんなことをやっているようでは、結局この監督はうわべの目新しさで観客を振り回すことしかできないのだということになってしまう気がする。
(立川シネマシティ2、10月19日)
by krmtdir90 | 2018-10-21 22:07 | 本と映画 | Comments(0)

映画「止められるか、俺たちを」

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 白石和彌監督は若松プロの出身ということだが、1974年生まれの彼が若松プロと関係していたのは、監督・若松孝二としてはかなり終盤の時期だったはずである。この映画は1969年から71年にかけての若松プロを描いているが、白石監督はもちろんその頃のことは知らないのである。だが、若松孝二は年齢は重ねても往年の情熱をまったく失わなかった人のようだから、それを間近に見てきた白石監督としては、若松孝二と若松プロがまだ若くて最も輝いていた時代を、映画を撮ることで確かめたいという気持ちがあったのではないだろうか。
 当然この映画には、その若松孝二を筆頭に、当時の若松プロに出入りしていた多くの人々が実名で登場している。若松孝二は2012年に交通事故で死去してしまうが(享年76歳)、その他の人々はほとんどが存命している中で、それぞれの若かりし頃に現在の役者たちを当てて演じさせるというのは、恐らく相当ハードルの高い挑戦だったのではないか。だが、その試みは十分に成功していたと思った。
 若き日の若松孝二を演じたのは井浦新という役者だったが、彼は白石監督とともに終わりごろの若松プロにいて、若松監督の何本かの映画で、その演出を直接受けた経験があったようだ。インタビューで白石和彌監督は、井浦新が若松孝二をやってくれなければこの企画は成立しなかったと述べているようだ。彼は確かに、当時の若松孝二はこんなだったんだろうなと思わせる演技で、この映画の中に説得力を持って存在していたと思う。多くの役者が、モノマネにはしたくないと言って役作りしたらしいが、若松の他にも足立正生・荒井晴彦・沖島勲・大和屋竺、さらには大島渚・葛井欣士郎・赤塚不二夫といった有名人が、いかにもそれらしい雰囲気で登場してきたのは面白かった。

 前置きが長くなってしまったが、この映画は、当時若松プロにいたらしい吉積めぐみという女性助監督を主人公として作られている。若松プロはいわゆるピンク映画を製作していたから、言ってしまえばそこは完全な男たちの世界であった。実際の吉積めぐみがどういう人であったかは判らないが、とにかくそこにまったく異質な視点を持った人間がいたということである。彼女の視点を中心に置くことで、映画のストーリー展開に奥行きと幅が生まれ、単調な回顧譚になることを回避できたということではないか。これは見事な作戦勝ちだったと思う。
 彼女は(実際に)、妊娠6ヶ月で自殺とも事故死とも取れる死に方をしたらしいが、その周辺を(凡庸な)ラブストーリーとして拡大することもできたと思われる。だが、そういう愚を犯さなかったのは立派である。映画では彼女と高間賢治のセックスシーンが2回入っていたから、普通に考えれば子どもの父親は高間ということになるが、そのあたりについてこの映画はまったく追いかけようとはしないのである。彼女の死を高間がどう受け止めたのかも、この映画は描いていない。
 結果的に、彼女の死が敗北(逃げ)という印象になってしまったのは残念な気がしたが、そこまでの2年半を真っ直ぐに駆け抜けた、彼女の成長の軌跡はしっかりと刻み込まれていて、実に鮮やかな印象を残す映画になっていたと思う。最初は大した決意もなく、ついふらっと助監督になりたいと言ってしまっただけなのに、普通なら男でもすぐ逃げ出してしまうようなメチャクチャな現場に(給料も出ないのだ)、なぜ彼女がしがみつき居着いてしまったのかは判らない。だが、彼女が感じたであろう戸惑いや反撥、そして不思議な頑固さを漂わせる言動が魅力的である。男たちにとっては、なぜ女がこんなところに居られるのかという違和感のようなものがあったと思う。だが、彼女の中に燃える不思議な一途さを見てしまうと、映画をやりたい思いに男も女もないではないかという、ある種一体感のようなものに変化していくところが面白かった。
 セックスというようなズブズブの世界を撮りながら、そこに集まっていた彼らは、ちょっと考えられないくらい純粋で過激でプラトニックだったのだ。吉積めぐみを演じた門脇麦が非常に良かった。

 この映画は、若松孝二を中心とする男たちの中に常に異質な存在の彼女を置くことで、映画に夢を賭けた男たちの思いなどすべてがその視線に晒され、相対化されることでリアリティを獲得していたように思われた。
 男たちというのは、若松孝二であれ足立正生であれ、何も言わなくてもお互いストレートにつながってしまう回路のようなものを持っていたと思う。だが、恐らく吉積めぐみにはそういうものはなかったのだ。映画の中に2度描かれていた男たちの(酔っ払っての)放尿シーン、若松と赤塚不二夫のそれは唖然と見ているしかなかった彼女が、後半、若松プロの屋上で飲んだ時に、男たちが揃って放尿するのを見て、「わたしも」と叫んで加わろうとして止められてしまうところなど。
 どこかで彼女が、自分のことを「女を捨てた」と言うところがあったと思うが、それはそうしなければピンク映画の現場になど居られないということであると同時に、回路を手に入れるための彼女の願いを表していたのだとも思われるのである。だが、妊娠という事実は彼女が女であることをもう一度突きつけたということなのだろう。死んでしまった以上、軽々な評価は下すべきではないが、吉積めぐみは最後のところで、若松プロと男同士のような濃密な回路は(たぶん)持てないまま死んでしまったように見えて仕方がなかった。
 この点に関しては、ある意味自由な創作が可能な部分だったように思う。もちろん、死んでしまった事実は変えようがないが、彼女の存在にフォーカスして、彼女の生きた日々をふくらませようとした白石監督の意図は間違ってはいない。だから、もう少しだけ彼女に寄って、丁寧に描くべきだったのではないかという気もしてしまうのである。ここは難しいところなのは判るし、全体を若松プロの群像劇として構成する上では、この程度の(やや物足りない)描き方がちょうどバランスが取れていたのかもしれないとも思う。よく判らない。

 1969~71年というのは、わたしにとっては非常に懐かしい時期である。その時代の空気というものを、この映画は鮮やかに甦らせてくれたように思う。残念ながら、わたしは当時の若松孝二にそれほど興味を抱いていたわけではなく、今回調べてみたら、見ているのは「胎児が密猟する時」(66年)「狂走情死考」(69年)「天使の恍惚」(72年)の3本だけで、特に強烈な印象を受けた記憶もない(失われてしまった)。だが、当時の日本映画がどんな状況だったのかはよく覚えているし、渋谷や新宿の街の騒然とした雰囲気、アートシアター新宿文化やアンダーグラウンド蠍座などのことも鮮明に記憶している。
 だからどうだということではない。わたしは結局、映画を見ていたが映画を作りたいとは思わなかったし、世界を変えなければと思っていたが、基本的には傍観者の位置から動くことはなかった。それでもいま、この映画を懐かしいと感じてしまうことは許してもらえるだろう。すべてが過去のことになってしまったが、確かにこういう時代があったのだ。ああ、みんな煙草を吸っているな、お酒を飲んでいるな、議論しているな、バカやってるな、自分が何者であるのか、必死で探していたな、などと思い出すのである。
(立川シネマシティ1、10月18日)
by krmtdir90 | 2018-10-20 18:23 | 本と映画 | Comments(0)


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