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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
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続・九州の旅⑧若戸渡船・門司港(2014.3.5)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 昨夜の段階では、この日の北九州の予報は雨のち曇り。こっちでも雨に降られ、午後は東に進む雨雲を追って、荒れ模様の中を新幹線で帰ることになりそうだった。
 ところが朝起きてみると、黒い雲がたれ込めてはいたが雨は降っていなかった。つい今しがたまで降っていた形跡はあるが、それほどの降りではなかったようだ。

 この日は最終日だが、計画のメインは朝にある。雨が止んでいてよかった。
 実は、計画段階でいろいろ調べていて判ったことがある。
 ホテルがあるのは北九州市若松区なのだが、南側に洞海湾という海が深く細長く入り込んでいて、対岸の戸畑区と隔てられるかたちになっている。だが、直線距離はそんなにないのである。実際、近くに若戸大橋という自動車専用の橋が架かっていて、もしそれを人が渡ることが出来れば、地図で見る限り歩いても戸畑駅(鹿児島本線)に行けそうな感じがするのである。
 当初は、昨日の若松線で折尾まで引き返すつもりだった。しかし、これはいかにもロスが大きい。何か方法はないかと見ていたら、若戸大橋のたもとで若戸渡船(わかととせん)という渡し船が運航されていることを発見した。地元の人の足として明治の頃から運行されていたもののようだが、こういうのは観光案内などからはなかなか見つけることが出来ないものである。

 この発見は何ともワクワクさせられるものだった。インターネットの詳しい地図で見てみると、若松側の渡し場(若松渡船場)まで、ホテルから歩いて10分くらいの距離と思われた。料金は100円、所要時間は3分(!)とあった。ホームページから時刻表もプリントアウトした。

 9時少し前にホテルを出た。
 洞海湾に面した道に出る。湾と言うより、水量の多い大きな川のような印象である。当然のように向こう岸が見えている。
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 左に折れると、道路の右側は整備された遊歩道のようになっていた。
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 見えている木造の小屋のようなものは、昔このあたりに多く見られた旧ごんぞう小屋を模したという休憩所である。ごんぞうというのは石炭荷役に従事した沖仲仕のことで、ごんぞう小屋はその詰め所のことらしい。

 海上保安庁の警備艇(?)が係留されている。
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 道路の反対側には、歴史のありそうな建物が無造作に建っている。
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 一々寄ってみた訳ではないから実際のところは判らないが、写真を拡大して見てみると、表の幟に「天然酵母の餡パン」とあるから、ここの1階はパン屋になっているのだろうか。
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 この建物は入口に「石炭会館」という看板が出ている。
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 これは見ての通り、海運会社のビルのようだ。
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 さて、ありました、これが若松渡船場。
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 中は待合室で、自販機に100円入れて整理券のようなきっぷを購入。

 窓から向こう岸の戸畑渡船場を見ていたら、船が出航して来るのが見えた。
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 見る見る近づいてきて、あっという間にこちらに到着し、乗ってきた乗客が下船すると、すぐに乗船になった。写真を撮っているようなのんびりした客はどこにもいないから、乗船が終わるとすぐに出航しそうで、とにかく急いで1枚だけ。第十八わかと丸。
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 この船は9:18発である。乗客は10人くらいだったか。

 向こうから来る時は、若戸大橋のこちら側をほぼ真っ直ぐにやって来たが、今度は大橋の下をくぐってぐるっと回り込むようだ。思いがけないコースに嬉しくなって、夢中でシャッターを切った。
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 日常の足として利用している他の乗客は、わたしのことをきっと白い目で見ていたに違いない。でも仕方がない。旅人には、こんな充実の3分間はそうはちょくちょくないのだから。
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 戸畑渡船場に着いた。これがこちらの建物。
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 JR戸畑駅は真っ直ぐな道を歩いて7~8分だったろうか。こちら側(北口)には改札口はなく、南北公共連絡通路という地下道を通って向こう側に行かなければならない。
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 これが戸畑駅の正面(南口)。
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 9:37発の813系電車で門司港駅に向かう。
 10:00、門司港駅着。九州の玄関口、鹿児島本線の起点駅である。広々としたホームの雰囲気が何とも言えず素晴らしい。
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 これから2時間余り、最近売り出し中の門司港レトロを観光しようと思う。大きな荷物をコインロッカーに預けて外に出る。
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 本来ならここに、国指定重要文化財の有名な駅舎が写っていなければならないが、残念ながら2012年から保存修理工事に入ってしまっていて、周囲に完全に覆いが掛けられているのである。それでも、ビニールシート越しに中を覗ける見学デッキが設置されていたので上ってみたが、これでは仕方がないと思わせられただけだった。
 まあ、来る前から判っていたことだし、完成予定は2018年ということだから、出来てからまた気が向いたら来ればいいのだ。

 天気は急速に回復して、外に出るとすっかり青空に変わっていた。風が非常に強く、雲をどんどん吹き飛ばしているようだ。

 駅に置いてあったガイドマップを見て、やはり最初に行かなければと思ったのがここ。九州鉄道記念館。
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 入口の9600型蒸気機関車から始まって、九州で活躍したという往年の名車輌がずらりと並んでいた。
 C59型蒸気機関車。
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 EF10型電気機関車。
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 実はこういうのには全く知識がないので、ありがたみがほとんど湧いてこなかったのだが、中で一つだけ、妙に心惹かれたのがあった。キハ07。戦前の気動車だという。
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 これは車内見学可だったので入ってみた。
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 向かい合わせのシートがいまと比べるとずいぶん小振りで、4人が座るとかなり窮屈だろうと思われた。昔の人はいまほど体格がよくなかったということもあるのだろう。
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 これが運転台。帰ってきてパンフレットを見直していたら、クラッチ式気動車と書いてあった。言われて見ると、それらしいペダルとレバーが写っていた。
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 この後の車輌も見て回ったが、写真は省略する。

 で、これが本館の建物。旧九州鉄道本社屋というもので、明治22(1889)年に門司駅開業と同時に建てられたものらしい。
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 中の展示物も興味深いものが多く、しっかりと見学した。
 写真はほとんど撮らなかったが、一つこれだけは写してきた。線路を枕木に固定する「犬釘」。どうしてこれを犬釘というのか判らなかったが、明治時代のを見て得心がいった。確かに頭が犬の頭に見える。
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 さて門司港レトロ、ここから後は別段それほど興味がある訳ではない。でもせっかく来たのだから、駆け足で幾つかの建物を回ってみた。パッと見て、パッと写真を撮って終わりである。この日は、どこか近隣の中学が遠足で自由見学をやっているらしく、わたしと同様、パッと見て、パッと写真を撮って行ってしまう中学生グループをたくさん見かけた。

 旧門司三井倶楽部。
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 旧大阪商船。
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 観光用にブルーウィングもじと名付けられた跳ね橋。
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 国際友好記念図書館。
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 旧門司税関は改修工事でシートが掛かっていた。

 せっかく来たのだから、門司港レトロ展望室にも上がってみることにした。高さ103m、料金は300円である。
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 晴れたから、眺めは最高である。九州と本州を結ぶ関門橋が見える。
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 対岸の下関の町も見える。
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 こちら側、門司港。
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 門司港駅。駅舎を工事用覆いが隠しているのも見える。
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 さて、時間がありそうなので、昼食も食べてしまうことにした。駅の近くまで戻って、旧大阪商船の前にあったこの店。キッチン・ポレポレって、なんかよく判らないけど。
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 門司港名物、焼きカレー、900円。これで終わりなので、ビールもいただいてしまいました。
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 門司港駅、もう一度。この佇まい、いいなあ。
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 12:19、門司港発。12:32、小倉駅着。
 小倉12:58発・さくら554号、新大阪15:21着。
 新大阪15:40発・ひかり474号、新横浜18:21着。

 山陽新幹線の区間は、ビールのおかげでけっこう眠った。予報と違って、雨は全然降らなかった。降った形跡もあまりなかった。
 東海道新幹線の区間になって、雨を追いかけている感じになった。とは言っても、少し前まで降っていて今しがた上がったというところがずっと続き、雲が動いて次々にかたちを変え、西からは夕日が差しているというような、変化に富んだ景色が連続して、新幹線だが車窓の移り変わりに飽きることがなかった。窓際のE席だったのだ。

 静岡を過ぎて、三島の手前あたりだったろうか。思いがけず富士山が見えた。雨は上がっているとは言え、残った雲の消長を見ているような感じだったから、まさか見えるとは思わなかった。新幹線のスピードだから、見えていたのは僅かな時間だったが、とにかくシャッターを切ってみた。少しでも時間がずれていれば、恐らく撮れなかったショットだろう。車内の光の写り込みや、いろいろ不満はあるけれど、これが今回の旅の最後の一枚である。
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 間もなくあたりは暗くなり、雨が車窓を伝い始めた。とうとう雨雲に追いついてしまったのである。だが、新横浜はザーザー降りだったが、八王子ではまた止んでいて、結局傘のお世話になることはなかった。
# by krmtdir90 | 2014-03-14 22:14 | 鉄道の旅 | Comments(4)

続・九州の旅⑦甘木鉄道・筑豊本線(2014.3.4)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 久留米駅13:10発の鹿児島本線・快速電車に乗った。鳥栖駅を過ぎて、13:22、基山(きやま)駅で下車する。
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 実は前回の九州の時、この駅で数分の追い抜かれ停車があって、ホームに出てぶらぶらしていたら偶然、向かいのホームに気になる1輌のディーゼル車を発見したのである。調べてみたら、第三セクター・甘木(あまぎ)鉄道というのだった。その時、これは乗りに来たいと思ったのである。

 階段を上がってJRの改札を出ると、自由通路の跨線橋があり、右に行くとすぐに甘木鉄道の下り口があった。
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 階段を下りると狭いホームで、改札などはない。ホーム上のこれは駅舎と言うべきか、手前が待合室で、向こう側がトイレである。
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 ホームの掲示を見ていると、甘木鉄道では列車のことをレールバスと呼び、乗降はバスと同じ方式であることを強調しているようだ。つまり、改札口のある駅は一つもないということだ。
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 前回見た時に心惹かれた、同じ緑色の車体がやって来た。
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 AR304。
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 こいつがマスコットキャラクターのようだ。
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 車内は、ロングシート部が長く取られたセミクロスシートだった。

 レールバスは13:49、基山駅を発車した。乗客は7~8人いただろうか。
 2つ目の小郡(おごおり)駅は、西鉄小郡駅との接続駅になっていて、そっちを利用する乗客も多いのか、乗降があった後は、こちらの乗客は少し減ってしまった。

 この後しばらく、左側を大分自動車道が並行した。周囲に観光地とかがある訳ではないし、地域の足として生き延びるしかない鉄道にとって、すぐ横を高速道路が通ったり、九州では大手の私鉄・西鉄と競争しなければならないのは、かなり辛いものがあるだろうと思った。
 ところが、帰ってきてから調べてみると、全国の第三セクターの中では、この甘木鉄道は赤字幅も小さく、黒字を計上した時期もあって、比較的良好な経営を保っているらしい。朝夕など、乗客の多い時間帯もあるのかもしれない。

 14:16、甘木駅着。
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 ここにはちゃんとした駅舎があって、この中に甘木鉄道の本社が入っているようだ(右側のドアのところに看板が出ている)。

 また、ここには狭いながらも車両基地があって、いろんな塗装の車両が並んでいた。わたしは前に偶然この緑色の車両を見かけて、きょうもたまたま同じ色の車輌にぶつかったのだが、違う色の車輌だったら心動くものがあったかどうか。いろいろあるのはいいが、中でこの緑色の塗装が一番映えるし美しいと思った。
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 外に出てみた。駅舎と駅前の様子。
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 ロータリーにある石碑の金色の文字、「日本発祥の地・卑弥呼の里あまぎ」って、何だかなあ。

 甘木駅は福岡県朝倉市というところにあって、来てみたらそれなりの町だったが、実は、すぐ目と鼻の先に西鉄・甘木駅というのがあるらしい。ここ始発の西鉄甘木線というのが天神大牟田線と繋がっていて、使い勝手はなかなかいいようなのだ。ただ、西鉄はJRとは積極的に接続していないから、今回は乗るつもりはないのである。

 しかし、せっかく来たのだから、西鉄の甘木駅の方も見ておくことにした。
 行ってみたら、直接道路に面して広場もない小さな駅だったが、歴史を感じさせる古い木造の駅舎だった。帰って調べてみたら、西鉄最古の昭和23(1948)年建築とあった。
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 ホームと線路の途切れるところも、道路の方からすぐ目の前に見ることが出来て、ずいぶん狭いところに無理やり作られた駅という感じがした。
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 再び甘木鉄道・甘木駅。
 帰りに乗るのはこのAR301のようだ。
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 ホーム反対側にAR305が入ってきて、入れ替わるように14:52、わたしの乗る301は甘木駅を発車した。
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 15:18、基山駅着。片道350円の寄り道だった。

 基山駅発15:23、鹿児島本線・快速。813系電車。何輌編成だったか?
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 乗車4分。15:27、原田(はるだ)駅着。下車する。
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 ここは筑豊本線の起点駅である。このあと筑豊本線を乗り通して、終点の若松駅まで行くつもりである。

 筑豊本線というのは、かつて筑豊炭田を始め九州の炭坑が盛んに石炭を産出していた時代には、それを北九州の若松港に輸送する大動脈として活躍したらしい。しかし、いまは運行上、原田・桂川(けいせん)間(原田線)、桂川・折尾(おりお)間(福北ゆたか線)、折尾・若松間(若松線)の3つに分かれていて、利用頻度の違いから極端な落差の感じられる路線になってしまった。

 最も賑わっているのが福北ゆたか線の区間で、桂川・博多(正確には鹿児島本線・吉塚)間の篠栗(ささぐり)線が電化されると、同じく電化されている筑豊本線区間と直通して、博多から桂川、そして飯塚・直方(のおがた)といった市を通り、折尾を経由して小倉・門司港方面を結ぶ、重要な幹線ルートとして運用されるようになっている。
 原田線は取り残されてしまった区間で、いまも非電化単線のまま、運行本数は1日9~10本だが、昼間はかなり間隔の空いてしまう時間もあるようだ。

 ということで、原田駅0番線ホーム。幹線の鹿児島本線側を尻目に、車止めのある方から歩いていくと、かさ上げされることもなかった一段低いホームに、1輌の古びた気動車が停車していた。
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 キハ31。わたしは初めて見る車輌だった。調べてみると、九州の限られた路線にしか残っていないものらしい。
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 ドアはバス用の折り戸が流用されたようだ。
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 これが車内。
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 大部分ロングシートで、転換クロスシートが2×4席。乗客はわたしも入れて6人である(奥のクロスシートに、どこか私立に通うらしい小学生が2人隠れている)。

 15:56、キハ31は原田駅を発車した。車体の振動も大きく、揺れるたびにギイギイときしみ音がうるさい。
 最初の停車駅・筑前山家(ちくぜんやまえ)駅で、昔を偲ばせる長い廃ホームが残っていた。
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 この後が山越え区間となり、冷水(ひやみず)峠というのをトンネルで抜けると、次は筑前内野(ちくぜんうちの)駅。小さなログハウス。筑豊本線では、駅舎はみんな建て替えられてしまったようだ。
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 次の上穂波(かみほなみ)駅は撮影していない。

 16:24、桂川(けいせん)駅着。ここで福北ゆたか線区間に乗り継ぐ。
 ちょっとだけ外に出てきた。駅前は狭いロータリーで、回りをぐるっと囲んでいる屋根が邪魔になって、駅舎がうまく撮れない。
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 中に戻ると、乗って来たキハ31が、向かいのホームで折り返し原田行きとなって停車していた。
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 間もなく入線してきた、16:33発・黒崎行き。
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 これは博多始発で、篠栗線を経由して来たものである。黒崎は折尾の先、鹿児島本線に乗り入れて2つ目の駅になる。813系電車2輌編成。813系の標準塗装は赤に黒だが、この区間だけ817系に準じたこういう塗装になっているらしい。

 途中、沿線にボタ山が見えるということだったが、昔のモノクロ写真などで知っているボタ山は、むき出しの一目でそれと判る姿をしていたが、いまはもちろんそのままであるはずもなく、それらしい小山はたくさん見かけたが、みんな(主として常緑の)樹木に覆われていて、これが元々の地形ではなくボタ山なのだと断言するには、素人目にはどうも判然としなかった。

 16:57、直方(のおがた)駅で途中下車。どこの駅でもよかったのだが、1駅だけ降りてみようと思っていたのである。
 駅舎は数年前に建て替えられたものらしく、左手の階段を上がると改札口がある。
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 1階に魚民が入っているのがなかなかシャレている。駅名の下に、みんなの手で大関魁皇の銅像を建てようという横断幕が掛かっているのが、なるほどそうなのかと納得した。取り組み前のアナウンスで、いつも「福岡県直方市出身、友綱部屋」って言ってたものなあ。
 駅舎は新しくなってしまったが、その向かいにあった西鉄直方バスセンターは、対照的にずいぶん使い込まれた建物のようだった。
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 17:13直方始発・門司港行きに乗車する。817系の2輌編成。写真では判りにくいが、側面にあるロゴの地色が筑豊地区の黄色になっている。
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 17:34、折尾(おりお)駅で下車。乗り換えは一旦駅の外に出るというアナウンスがあり、何のことかよく判らぬまま人の流れについて(右手に)行くと、
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 一応改札があってそのまま外に出てしまった。振り返るとこんな感じ。鷹見口という、6・7番線だけの駅になっているらしい。
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 前の道の突き当たりが別の線路のガードになっていて、
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 正面の白い工事フェンスに沿って左に回り込むとロータリーがあり、向こうに仮設らしい折尾駅東口が見えた。
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 駅は再開発が進行中で、この写真の右手に古い駅舎があったようだが、最近取り壊されてしまったらしい。左手には、これはまた何とも言えない懐かしい家並みが並んでいて、折尾駅、不思議な駅である。
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 東口を入ると、すぐのところが筑豊本線の続き(若松線)の1番線ホームになっていて(鹿児島本線のホームもこちらにあるようだった)、キハ47の2輌編成が停まっていた。
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 工事はまだ始まったばかりのようで、ホームなどは古いままだったが、最終的にはきれいに整備されてしまうのだろう。

 17:48、折尾駅発。帰りの通勤通学時間帯になっていて、セミクロスシートの座席はほとんど埋まっている。わたしはロングシート部分に着席。
 車窓から見る線路の両側は、かつて多数の線路が敷かれていたことを伺わせる、広い空間がずっと続いていた。工場なども多い。この区間はいまでも、非電化だが複線である。

 18:07、終点・若松駅に到着。
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 きょうはここに泊まる。天気は下り坂で、夕方から雨の予報だったが、何とかもってくれたようだ。
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# by krmtdir90 | 2014-03-13 19:09 | 鉄道の旅 | Comments(6)

続・九州の旅⑥久大本線・豊後森(2014.3.4)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 この日も早い出発だった。朝早いと、大体7時から始まるホテルの朝食無料サービスは食べていられないから、前日に近くのコンビニでサンドウィッチを買っておくことになるが、別に苦にはならない。ただ、朝は早起きをして、これも無料の新聞だけはいただいて、部屋でコーヒーを飲みながらゆっくり読んで出掛けるようにしている。

 この日はまず、もう一つの九州横断路線・久大(きゅうだい)本線で久留米まで行く。久大本線は全線が非電化の単線である。
 大分駅のホームに停車中の7:26発・由布院行き。キハ220の200番代。3輌で入って来たが、1輌切り離されて2輌編成になったものである。
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 ちょうど通勤通学の時間帯で、座席はほとんど埋まり、高校生などは無理に座らず立っている者もいる。床に座る者はいない。

 沿線にいろいろな高校があるのだろう、駅に着くたびに乗降が繰り返されたが、小野屋(おのや)という駅でほとんどの高校生が下車し、車内は一気に空いた。
 空いてくれた方がゆったりできていいが、しかし高校生がわいわいとうるさい車中も、それはそれでいいものである。高校生の利用が各地の鉄道存続の生命線というところがあるのだから、こんなにたくさんの利用がある久大本線は当面安泰と言っていいのだろう。

 高校生はたくさん乗っていたが、交換待ちのあった向之原(むかいのはる)駅で一回だけ下車して写真を撮りに行った。駅舎は別にどうということもなかったが、停車時間があったので何となく行きたくなったのである。
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 この日はどんよりとした曇り空で、暗い雲がたれ込めていた。小野屋駅を出て山が近くなると、途中の畑に霜が降りているのが見えた。昼間は暖かくても、朝晩はやはり冷え込むのである。

 8:35、由布院駅到着。向かい側のホームに、見覚えのあるY-DC125の2輌編成が停車していた。今回の旅では初めて目にする姿である。
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 由布院は湯布院と表記される場合もあるが、駅名は由布院で、観光協会なども由布院温泉観光協会である。ネットで調べてみると、どうやら町村合併なども絡んでいろいろな経緯があったらしい。

 乗り継ぎ時間が40分ほどあるので、外に出てみることにする。
 ここは九州を代表する温泉観光地だから、駅舎もいかにも観光客ウケしそうなモダンな建物になっている。これが改札口。
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 駅舎外観。朝早いのに、すでに観光客の姿もある。この方角の雲は少し薄れ始めているようだ。
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 駅前の通り。晴れていればこの正面に由布岳の姿があるはずだが、この日は低い雲に隠れていて見えない。
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 だが、わたしは2年前、ツアー旅行でバスで一度由布院に来ており、金鱗湖などに行って、由布岳もその時に見ているから、今回はまあいいかと。ただ、バス旅行では、バスの駐車場が行動の起点になるから、こっちの駅の方には来ていなかったのだ。まあ、わたしにはどうということもない駅だったけど、ね。

 ホームに戻ると、さっき乗って来たキハ220が1輌ずつに切り離されていて、左が大分行き、右が久留米行きになっていた。なるほど。
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 向かい側のホームには特急を待つ観光客がかなりいるが、こちらのホームにはわたししかいない。せっかくだから、キハ220-210をしっかり写しておくことにする。
 昨日の豊肥本線で写した車内写真は向こう側から写したもので、こちらからの方が車内の感じは掴めると思う。
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 クロスの部分は転換クロスシートだが、木材が効果的に使われていて、シートの色も非常に垢抜けた感じに仕上がっている。
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 9:07、特急ゆふ2号がやって来て、観光客を乗せて出て行った。
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 わたしの乗るキハ220は9:19に発車した。由布院を出ると山越えになった。水分(みずわけ)峠という、文字通り九州の分水嶺になっている峠をトンネルで抜けると、いきなり青空が広がった。雲はあるが、これまでと違う高層雲である。

 豊後中村(ぶんごなかむら)駅で交換待ち停車。
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 時間があるようなので外に出てみた。この茅葺き屋根の駅舎は数年前に新たに建てられたものらしい。九重夢大吊橋とかいうものの玄関口の駅ということで、観光向けの駅舎である。
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 でも、そういうことに関係なく普通列車を足とする高校生がいる。おい、この時間では大幅な遅刻だろう!
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 観光とは関係がなく、建て替えられることのない駅もある。引治(ひきじ)駅。わたしはこういう駅の方がいい。
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 9:57、豊後森(ぶんごもり)駅で途中下車。
 この駅も、いま風の渋いオシャレに建て替えられてしまった駅である。わたしはこういうのには断じて心を動かされない。
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 しかし、ここにはぜひ見ておきたい鉄道遺産があるのである。駅前の道を歩いて5分くらい。
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 踏切を渡る。
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 反対側にそれが見える。
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 豊後森扇形機関庫。元はこっちの方まで広い駅構内だったのだ。
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 前に錆びた転車台も残っている。
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 手前はずっとロープが張ってあって、普段は一応中に入れないようになっているらしいが、たまたま工事関係者らしい4、5人が中に入っていて、ロープが外れていたので入ろうとしたら止められてしまった。聞くと、改修工事の予定があるのだと言う。そういえば、「ノスタルジー漂うSLの街」という不吉な幟があちこちに立っていたから、この機関庫もそれらしく整備して売り出そうとしているのかもしれない。
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 確かに窓ガラスなどは無惨に欠けているし、わたしのような者が勝手に入り込んだら危険には違いない。改修整備というのがどの程度のことを計画しているのか知らないが、とにかくここも、しばらくするとそれらしい観光施設の一つに成り下がってしまうのだろうか。
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 岡山県の津山駅にも同じような機関庫が残っていたが、あちらはまだ駅構内にあり、周囲に人家などが建ってしまって、自由に回りを歩くことはできなかった。こちらの周囲は畑などで、フェンスの周囲も人が通れる細道のようになっていたから、ゆっくり近くから見て回ることができた。
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 一回りして戻って来たら、工事関係者の姿はもうなかった。ロープはちょっと跨ぐだけで簡単に中に入れてしまうもので、少しだけ心が動いたが、テツとしてはそれはやってはいけないことだと踏み止まった。もう十分見せてもらった。二度と使われることがないのなら、願わくば、このまま何の手も加えられることなく朽ちていってほしいと思った。

 最後に、駅のホームから。
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 豊後森11:07始発、日田行き区間列車。Y-DC125の単行である。
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 車内はセミクロスシート。転換は出来ない。
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 並行して蛇行する玖珠(くす)川を鉄橋で何度も渡りながら、列車は進んでいく。
 杉河内(すぎかわち)駅。下の方を国道210号が走っているが、周囲に人家などは見えない。
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 11:38、日田(ひた)駅に着く。10分少々の接続時間で外に出て、駅舎を撮影。
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 この日は特に昼食時間を設けていないから、ここでキオスクを覗いてみたが、他に何もなかったので仕方なしにあんパンを購入。

 日田11:52始発、久留米行き。Y-DC125の2輌編成だった。
 このあとは、それなりの駅いくつか。まず、夜明(よあけ)駅。小倉駅(正確には日豊本線・城野駅)と結ぶ日田彦山線の分岐駅である。
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 筑後吉井(ちくごよしい)駅。
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 筑後草野(ちくごくさの)駅で普通列車と交換待ち停車。外に出る余裕があった。
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 善導寺(ぜんどうじ)駅。
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 12:56、久留米駅に到着。久大本線のホームは車止めのあるホームである。
 このあと、10分少々で鹿児島本線に乗り継ぐ。
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# by krmtdir90 | 2014-03-12 10:08 | 鉄道の旅 | Comments(2)

続・九州の旅⑤豊肥本線2・豊後竹田(2014.3.3)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 豊肥本線を普通列車で乗り通そうとすると、宮地・豊後竹田(ぶんごたけた)間というのが一つのネックになる。
 阿蘇カルデラを出て外輪山東側を越え大分県に抜ける、九州の鉄道最高地点を含む山越え区間である。上り下りとも1日5本。宮地発・豊後竹田行きは、昼間は13:12発を利用するしかない。したがって、宮地駅で1時間半ほどの時間があり、ここで昼食をとるという段取りになる。

 豊肥本線は九州を東西に横断する路線だが、上りと下りはどちらになっているのだろうということが、いま急に気になった。調べてみたら、大分→熊本が上り、熊本→大分が下りだった。新幹線が通っている方が上ということだろうか。

 さて、宮地駅。赤い屋根が印象的な、立派な駅舎である。
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 ここには転車台が残っていた。
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 外に出る。駅舎外観は逆光になってしまい、屋根の赤がうまく写せない。
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 駅前はこんな感じで、適当な食事場所があるかちょっと不安になったが。
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 右に行ってすぐのところに、こんな店があった。まかない家MATSU。
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 入口が引っ込んでいるので暗くなってしまったが、近寄るとこんな感じ。
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 入ってみると、靴を脱いで上がる隠れ家風のレストランだった。ついたてに軽く仕切られた幾つかのスペースがある。他にお客はいない。
 まずビールを一杯いただいてから、わたしが頼んだカルデラ丼1500円。
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 正直に言うと、命名からしてあまり期待はしていなかった。しかし、これは美味しかった。阿蘇外輪山のつもりなのか、丸くした高菜の混ぜご飯の上にローストビーフがたくさん乗っていて、真ん中には半熟卵が隠れている。思ったよりさっぱりしていて、量もわたしにはちょうど良かった。ごちそうさま。

 再び宮地駅。待合所の奥にこういうスペースがあったので、入ってみた。
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 この先の外輪山越えの区間は、豊肥本線建設時から難工事の連続で、開通後も災害に幾度も見舞われてきたようだ。一昨年7月の九州北部豪雨でも被害を受け、しばらく不通が続くことになった。わたしはその8月、ツアー旅行で九州を訪れていて、コースに入っていた観光特急「あそぼーい」が不通のため乗車できず、観光バスで阿蘇を回ることになったのを思い出した。

 ホームに停車中の豊後竹田行き。キハ220の単行。
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 1500番台はロングシートである。
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 これから分け入る東側の阿蘇外輪山。
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 13:12に宮地駅を発車すると、ほどなく列車は山越え区間に入って行く。2年前に不通になった区間なのだろう、線路の砂利や崖のコンクリートが新しい場所が目に付く。
 外輪山を貫く、九州の鉄道最高地点(767.4m)の坂ノ上トンネルを抜けると、線路の両側に雪が残っていた。2月14日の大雪は、九州でもずいぶん積もったらしい。それが融け残っているのである。

 次の波野(なみの)駅に到着。交換待ち停車のアナウンスがあった。
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 九州の鉄道旅で、雪のある駅に降りるとは思っていなかった。
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 日当たりのいい集落の方にはほとんど残っていないが、駅の周囲は線路際の樹林のせいでなかなか融けないのかもしれない。
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 この駅が九州の鉄道・最高所にある駅である。754m。手作りの駅名板がいい。
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 すれ違ったのは九州横断特急3号・人吉行き。
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 こちらは13:29、波野駅を発車した。次の滝水(たきみず)駅を最後に、列車は熊本県から大分県に入った。

 13:55、豊後竹田(ぶんごたけた)駅に到着。「たけた」と濁らないんだ。
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 接続していた大分行きをやり過ごす。
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 ここから先はまた列車の本数が増えて、ほぼ1時間に1本という感じになるから、この竹田の町で2時間半ほど散歩しようと思っている。

 コインロッカーに大きな荷物を預け、駅舎外観を撮影した後、駅舎内の観光案内所に行った。
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 2時間ほど町を見て回りたいのだがと相談すると、窓口の若い女性が「城下町散歩地図」というのを取り上げ、「まずタクシーで岡城趾に行くといいと思います。後はずっと下りになりますから…。」と、赤のサインペンで地図にルートを記入しながら、要点をてきぱきと説明してくれた。非常に信頼の置ける感じだったので、その通りに行ってみることにした。

 ということで、岡城趾。
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 山の上の城跡で、残っているのは石垣だけである。昼ビールを飲んでしまったので、時間は経っているが登りはきつかった。
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 見晴らしはいい。入口の料金所で聞いたら教えてくれた、久住(くじゅう・九重とも)の山並みである。石垣の縁に柵などはないから、高所恐怖症のわたしが近づけるのは1m以上手前までである。
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 二ノ丸跡に、久住連山をバックにした瀧廉太郎がいた。ここは、彼が「荒城の月」に歌った城跡なのである。入口近くの店がその曲を流していた。
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 岡城趾を下り、あとは案内所の彼女が教えてくれたルートである。まず、殿町武家屋敷跡(通称・武家屋敷通り)。両側に古い土塀の残る道である。
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 途中にあった古田家仲間長屋門(ちゅうけんながやもん)。中を覗いてみたら、普通に生活している民家のようだった。
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 工事中の道を少し行ってから、細い路地にはいる。なかなかいい雰囲気である。
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 路地の先にあった廉太郎トンネル。
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 何でも廉太郎なんだなと、ちょっと白けながら中に入って驚いた。センサーか何かが働いて、「荒城の月」のメロディーが流れる仕掛けになっているのだった。入口の説明板によれば、昔は素堀のトンネルだったが、改修工事に際してこの仕掛けを施したものらしい。まあ、ビックリさせられたのだから廉太郎トンネルでもいいか。

 トンネルを出た先に、瀧廉太郎記念館があった。
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 ここは、明治24(1891)年から27(94)年にかけて、12~15歳の廉太郎が2年半ほど住んだ家なのだという。
 もう少し家の正面全体を写したかったが、屋根を改修中のようで、この上に工事の人が上っていたので、これがギリギリ。
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 廉太郎は23歳で夭折しているから、この竹田の町で過ごした少年時代というのは、非常に大きな意味を持っていたということのようだった。
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 木のサンダルが置いてあって、庭にも下りられるようになっていた。飛び石を歩いて、少年の廉太郎が生活の中で聞いていた音を体験してくださいという趣旨らしい。狭い庭には昔からの古井戸や、馬小屋にしていたという洞窟なども残っていた。
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 また散歩を続ける。豊音禅寺という古そうなお寺。
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 この右横の非常に狭い通路を辿るとまた普通の道に出て、この石段の上に国指定重要文化財の観音寺愛染堂というのがあるようだったが、登るのはもういいやという感じだったので行かなかった。
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 石段の右手にあった観音寺十六羅漢像。
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 数えてみたが、どうも16体はないように思えて、数え直したがよく判らず、まあ数えたからどうなるというものでもないからと諦めた。

 かなり古そうな建物の荒物店。
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 駅前に帰って来て、町の方を振り返る。確かにほぼ2時間のコースだった。
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 駅に戻ってロッカーから荷物を出していると、さっきの観光案内所の女性がにこにこしながらこっちを見ていたので、行って面白かったと感想を述べてあげた。散歩地図で、岡城趾から町に下りてくるところの距離感が短すぎるのと、トンネルが2つあるのに1つしか描かれていないのは、説明の時注意した方がいいと指摘してあげると、「ありがとうございます」と素直に感謝された。こういうちょっとしたことで、町の後味はずいぶんいいものになると思った。

 豊後竹田駅のホームに停車中の、16:33発・大分行き。キハ220、2輌編成。
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 200番台の車内は洒落た感じのセミクロスシートだった。
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 停車駅案内なども最新鋭の表示なのだが、右側に繰り返し出る定番の注意事項の中にこういうのがあって可笑しかった。
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 ワンマン運転中の放送でもこのフレーズは繰り返されて、こちらでは床に座り込んで他の乗客に迷惑をかける若者(高校生?)が多いのだろうかと、ちょっと心配になった。

 17:42、終点・大分駅着。
 市街地がある方の出口は工事中で、フェンスなどで囲まれてしまっていたので、こちらは整備が終わっていた反対側の出口の方。
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# by krmtdir90 | 2014-03-11 16:05 | 鉄道の旅 | Comments(0)

続・九州の旅④豊肥本線1・南阿蘇鉄道(2014.3.3)

 *読んでくださる方、できれば①から順番に読んでくださると嬉しいのですが。

 きょうは豊肥本線で熊本から大分まで行く。途中寄り道したりする都合で、朝早い出発になった。天気は上々だが、風は冷たい。しかし、これなら阿蘇がよく見えるだろう。

 豊肥本線は全線が単線で、熊本の通勤通学圏内である肥後大津(ひごおおづ)駅までは電化されているが、その先は大分まで非電化である。
 熊本駅の豊肥本線ホームは車止めのある0番線で、それがA・Bに分かれている。0番線Aに入線してきた折り返し7:10発の宮地行き。JR九州で活躍する快速用気動車・キハ200-101である。キハ200系は塗装色が幾つかあるようだが、この赤い色が標準になっているようだ。
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 車内は比較的地味な転換クロスシート。
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 8:09、立野(たての)駅に到着。7分ほど停車する。ホームの向かいに停車中なのは豊後竹田発・熊本行きのキハ47である。
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 駅名板に駅名の由来や開業年が記載されている。
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 さて、この立野駅の前後には豊肥本線最大の見どころ・日本最大スケールの三段スイッチバックがある。Z形のスイッチバックは篠ノ井線の姨捨駅などにもあるが、その規模ははるかに小さい。ここのは、阿蘇外輪山の低くなった西側から、阿蘇のカルデラに登っていくところに設置されたもので、標高差も大きく折り返しの距離も非常に長いのである。
 立野駅に設置された説明板の説明が判りやすいので、載せておく。
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 立野駅では、JRの列車はこの先(東の方角)の線路に入って行くことはないのである。
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 総ての列車はこちら(西の方角)から入って来て、立野駅で進行方向を変え、またこちらに出て行くことになる。
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 8:16、発車した列車はすぐに転向線の方に入って行く。左の線路が熊本方面、右の線路が転向線である。
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 やがて列車は、転向線の先端のところで停止する。
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 運転手が車内を移動し、再び進行方向を変える。わたしも運転手について移動。乗客はいたけれど、まあすいていたし、最近はそれほど恥ずかしいと思わなくなったんですね。慣れたのかな。

 列車はまた動き出す。正面がいま登って来た転向線の線路、左へカーブしているのがこれから進んで行く線路。
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 方向は再び東(大分方面)を向き、右側の車窓を見下ろすと、スイッチバックが稼いだ標高が実感される。
 列車は阿蘇のカルデラに入り、北側の外輪山に沿って走って行く。
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 8:35、次の赤水(あかみず)駅に到着。途中下車する。
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 構内踏切を渡って行く。阿蘇カルデラの中に立つ駅である。
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 なかなかいい感じの木造駅舎だ。
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 昼間だけ窓口が開いてきっぷの販売を行う簡易委託駅らしい。
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 これが駅舎の外観。客待ちのタクシーが停まっていて、もう少し時間が後になると、観光客の乗降なども結構あるらしい。
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 角度を変えて。
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 駅前には国道57号が通っていて、普通に人家などが並んでいる。奥に見えているのが阿蘇の山並みである。天気がいいのは嬉しいが、逆光だとどうもうまく撮れない。風は強く冷たい。
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 9:02発・肥後大津行きがやって来た。キハ147、2輌編成。これでもう一度スイッチバックを体験しながら、立野駅まで戻るのである。
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 二度目のスイッチバックだから、もう座席移動はしない。でも、転向線の先端で車内を移動する運転手を撮ってしまった。スミマセン。
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 9:18、立野駅着。ホームの向かいには九州横断特急2号・別府行きが停まっていた。専用の塗装を施され内装なども一新したキハ185である。
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 さて、この立野駅であるが、まずこれがJR立野駅の駅舎(朝の時に撮ったものなので完全な逆光になってしまった)。駅前は一段高くなっていて、駅舎の向こうに見えている外階段を上るかたちになる。
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 また、この右手奥にもう一つ、狭いホームに面した別の駅舎が建っている。第三セクター・南阿蘇鉄道の立野駅である。わたしはこの後、これに乗って終点の高森駅まで行って来ようと思っている。
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 駅前広場に出てみる。この建物は駅ではなく、おみやげ御食事処なのである。
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 広場の左手から下を見ると、南阿蘇鉄道のホームに単行の気動車が停車しているのが見える。
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 広場から外階段を下りていくと、JRと南阿蘇鉄道が左右に分かれるようになっている。南阿蘇鉄道はそのまますぐホームに入るかたちである。この車輌はMT2000形という気動車である。
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 これが車内。
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 これが運転台。
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 9:44、立野駅を発車。乗客は10人くらいか。
 発車して間もなく2つの鉄橋を渡ったが、そのうち第一白川橋梁で、完成当時水面からの高さが日本一だったという説明があり(いまは3位らしい)、列車は徐行運転をしてくれた。せっかくだから撮影したが、写真ではあまり高さは判らないようだ。
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 最初の停車駅、長陽(ちょうよう)駅は雰囲気のある木造駅舎だった。
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 この南阿蘇鉄道はその名の通り、カルデラの中を阿蘇の山並みの南側に回り込むように走って行く。豊肥本線は北側を走っているから、ちょうど阿蘇を南北両側から眺めることになるのである。左手の山から断続的に水蒸気が吹き上がっている。これは噴火とは区別されるもののようだ。
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 南阿蘇鉄道には、日本一長い駅名の駅がある。多分に戦略的に名付けられたものだろうが、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」である。この座っている青年、邪魔だなあ。
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 阿蘇白川駅は、なかなかオシャレな洋風駅舎である。
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 10:17、終点・高森駅に到着。
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 10分後に同じ車輌で引き返すので、駆け足で見て回った。
 駅舎の中はすっかり土産物屋になっていた。
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 これが駅舎の外観。
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 駅前に蒸気機関車C12が静態保存されていた。いつも思うのだけれど、こういうの、なんか寂しいよね。
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 ここには南阿蘇鉄道の車両基地もあった。留置されている黄色い車体は、MT3000形と呼ばれる気動車。
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 高森駅発10:27、立野駅着10:55。片道470円、ちょっとした寄り道だった。

 再び立野駅。このアングルは3枚目だが、今度はどちらもキハ147。豊肥本線は、昼間の区間列車は古い車輌を運用しているのだろうか。右が宮地発・肥後大津行き、左が肥後大津発・宮地行きである。わたしは左の11:01発に乗車して、3度目のスイッチバックを体験しながら宮地(みやじ)駅まで行くつもりである。
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 3度目はもうスイッチバック関係の話題はない。代わりに車窓の阿蘇。さっきの南阿蘇鉄道の車窓とは反対から見ていることになるのだ。
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 11:43、宮地駅に到着した。
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# by krmtdir90 | 2014-03-10 21:15 | 鉄道の旅 | Comments(0)


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