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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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初らっきょう

 散歩の途中で、そろそろじゃないかと思いながら八百屋を覗いてみたら、あったあった、泥らっきょう。
 今年初だからつい2キロ買ってしまって、重い袋をぶら下げて帰ってきた。今年は気付くのが遅かったかもしれない。

 らっきょうというのは、毎年この季節の1~2ヶ月ぐらいの間しか店先に並ばない。様々な野菜や果物があまり季節に関係なくなってきている中で、いまどき珍しい頑固な奴なのだ。だから、出始めたら早く気付いてやらないと、あっという間に姿を消してしまう。

 もちろん、らっきょうの漬け物は一年中手に入るが、ほとんどが甘ったるく味付けされていて、まろやかだか何だか知らないが、らっきょうの最もらっきょうらしい部分が失われてしまっている。ツンと鼻に来ないようならっきょうは、らっきょうとは言えない。

 泥らっきょうを買ってきて、自分で漬けてみたのは退職した頃だったと思う。
 要するに、シンプルに塩だけで漬けてみたのだが、これが我ながら絶品で、ほとんど生で食べているようなものなのだが、一度これを食べてしまうと、ちょっとこれ以外は食べられない感じになってしまった。日本酒のつまみにも最高だし。

 だから、これからしばらくの間はちょっと忙しい日々になる。
 らっきょうの生命力というのはすごいもので、一日置いたままにしてしまうと、芯の黄緑色の部分がびっくりするくらい生長してしまう。買ってきたら、すぐに処理してしまわないとダメなのだ。
 ところが、これが案外大変で、水で洗いながら薄皮を丁寧にむき、頭と尻尾を(頭と尻尾と言うのも変だが)包丁で切り落としてやる。ビニール袋に入れて塩を適当に振り、口を閉じて冷蔵庫へ入れておく。
 1キロ1時間という見当で、もちろん立ったままの、結構集中した作業である。

 きょうは調子に乗って2キロ買ってしまったから、約2時間の作業を終えて、いまは疲労困憊である。
 この時期になるべくたくさん漬けておきたいのだが、そんなわけで、なかなか気合いが入る時が少ない事情がある。こういう単調で疲れる作業は、続けてやる気には到底なれないものである。

 でも、今夜からは晩酌が楽しみである。
 ただこの時期、わが家は外から帰って玄関を開けると、誰でも判るらっきょうの匂いがどことはなしに漂っている。まあいいかと思っているのはわたしだけで、家族は迷惑に思っているかもしれない。
# by krmtdir90 | 2013-04-26 16:51 | 日常、その他 | Comments(0)

三江線(2013.3.4)

①三次駅に折り返し9:57発の石見川本行きキハ120形が入ってくる。三江線で終点の江津まで行こうとすると、朝昼晩の3本しかない。昼間ならこの1本になる。もちろん単行だ。
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②三江線は全線、ほぼ江の川に沿って日本海を目指す。川岸にはオレンジ色の石州瓦の民家が目立つ。
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③信木駅・式敷駅・宇津井駅。もちろんすべて無人駅。宇津井駅は地上30メートル、畑の上の高架橋にある。
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④石見川本駅。12:09着。13:53発の江津行きに乗り継ぐ。接続が悪いなどと言ってはいられない、これしかないのだから。
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⑤江の川の河口が近づいてきた。大きな川だが、平野にならずに山間からあっという間に海に出る感じだ。
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⑥江津本町駅。終点・江津の一つ手前だが、秘境駅のマークが付く。実は江津まで行ってから、タクシーで戻ってみた。確かに周囲は何もないが、少し歩くと江津の古い町並みがあった。江津駅はトンネルの向こう側、営業キロで1.1キロ、徒歩だと山を回り込むようなかたちになるので2キロくらいか。
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⑦江津駅。
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# by krmtdir90 | 2013-04-25 21:48 | 過去の鉄道の旅 | Comments(0)

木次線(2013.3.3)

①起点の宍道駅と駅前の様子
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②これから乗車する木次線のキハ120形(2両だが、途中出雲横田駅で1両になる)
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③出雲横田駅
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④出雲坂根駅とスイッチバックの様子
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⑤標高が上がったので雪がある(トンネル内のつらら)
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⑥沿線のハイライト・国道314号の奥出雲おろちループ
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⑦峠を登り切ったところにある三井野原駅(かなり雪が残っている)
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⑧終点の備後落合駅(芸備線との接続駅なので、構内はかなり広い。無人駅で、ひっそりとしている。一日に発着する列車の数も少なく、すべて単行のディーゼルカー)
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⑨備後落合駅に入ってきた芸備線のキハ120形(左)
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⑩この日は芸備線で三次駅まで行って泊まった
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# by krmtdir90 | 2013-04-25 13:06 | 過去の鉄道の旅 | Comments(1)

「北の無人駅から」(渡辺一史)

 退職したら本がたくさん読めるなと思っていたが、実際は働いている時より読まなくなった。
 暇がないから読みたくなるのであって、時間がたっぷりあると案外そんなものなのかもしれない。元々、勉強はあまり好きな方ではなかったし。

 だから、昨年読んだ本と言ってもわずかなもので、その中でベストワンと言ってもたいしたことではない。
 だが、この本はたいしたものだ。眠っていた好奇心が刺激され、面白くて久しぶりに熱中した。やっぱり、本を読まなくちゃいけないと反省させられた。

 渡辺一史という、1968年生まれ・北海道在住のライターによるノンフィクション(ルポルタージュ)である。北海道新聞社の出版で、まあかなりローカルな内容の本だから、普通ならわが町の書店などには絶対並ばないだろうと思われる本だが、サントリー学芸賞とやらを受賞したとかで、売れるかもしれないと誰かが考えたのかもしれない、5~6冊平積みになっていた。厚さ38ミリ、800ページ近い本だから、5~6冊でも結構な高さになる。

 わたしがなぜ手に取ったかというと、学芸賞のせいではなく、たまたまテツになりかかっていて、ここで取り上げられている6つの駅が、みんなそれなりに知っている興味のある駅だったからだ。
 小幌、茅沼、新十津川、北浜、増毛、そして奥白滝信号場。

 筆者はこれらの駅を訪ね、これらの駅につながる様々な人々を訪ね、これらの駅やその周辺の土地にまつわる思いがけない物語を明らかにしていく。それは、確かにローカルな物語には違いないが、誰も知らなかった北海道という地方のいろいろな問題を、実に興味深くドラマチックに提示して見せてくれるのだ。

 例えば、第1章の小幌という駅。いやしくもテツのはしくれなら誰一人知らない人はいない、秘境駅ランキング(などというものがあるのだ)第1位の室蘭本線にある無人駅なのだが。
 インターネットで検索すると、様々な探訪記などにヒットする。実際、日に数本しか停まらない普通列車が停車した時、その一種異様な雰囲気というか奇妙な違和感といったものは、十分に感じることができる。両側がトンネルで、周囲は鬱蒼とした斜面と海に落ち込む崖で、外部と全くつながっているようには見えない暗いホーム(わたしが行ったのは雨模様の日だった)。
 だが、この本で明らかになる物語の壮絶さは、ちょっと言葉を失うような思いがけないもので、実際何と言っていいか判らないようなものである。こんな場所にも、かつて人が住み着いていた時代があったというだけで、もう十分な驚きなのだが。

 茅沼駅とタンチョウヅルの話も興味深い。自然保護とか環境問題とか、最初からそういう予定の切り口で整理してしまうのではなく、あくまで現場に立って、そこから具体的に問題の複雑さと向き合っていく。これが、どの物語にも共通する筆者の態度だ。
 新十津川駅と米作りの話は、最も多くのページを費やしている章だが、北海道でもきわめて限定的な地域に密着することで、そこから北海道全体あるいは日本全体にまで結び付く、農業の抱える様々な問題の考察へと展開していく。初めて知ることも多く、テーマの提示の仕方が新鮮で、自然と引き込まれてしまった。
 奥白滝という消えた駅と村の消長の話なども、どれも面白く思いがけない話ばかりで、結局いくら鉄道が好きで、それらの駅をいくら訪れたとしても、旅行者などには到底うかがい知ることのできない、興味深い物語があるということが明らかにされているのだ。

 各章の後ろに、やや小さな活字で何ページにもわたってぎっしりと付けられた、何と言えばいいのだろう、注のようなガイドのようなページも面白く、隅々にまで筆者の問題意識の広範なことが表れていて、たいしたものだと思った。

 ところが。
 平積みになっていた本は、わたしが買った後全く売れた形跡がなく、やや奥に移されてしばらく置かれていたが、ある日忽然と姿を消した。返品されてしまったのだろうか。
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# by krmtdir90 | 2013-04-24 14:19 | 本と映画 | Comments(0)

「想像ラジオ」(いとうせいこう)

 いとうせいこうという名前は確かに記憶にあって、でもそれは、昔この人の何かを読んだことがあるな程度のもので、まあすっかり忘れていたと言った方が事実に近い。

 これは3.11を扱った小説だということは新聞で知っていたが、とりたてて読まなければと思っていたわけではない。3.11や原発絡みの本は次から次へと店頭に並ぶが、気にはなっても、とても一々つきあってはいられないというのが正直な感想だった。
 だから、近所の書店の棚でこれを見つけた時、なぜ買おうという気になったのかよく判らない。
 結局、新聞のあと実物に出会うまでのタイミングが良かったとか、「想像ラジオ」というタイトルに引っかかるものがあったとかいうことだろうと思う。

 実際、このタイトルには人を振り向かせる不思議な力があった。
 と言うか、この本はタイトルに込められたメッセージがすべて、と言ってもいい本ではないかと思った。それは思いもよらない発想で、読むと、多分そうなんだよなと納得させられる。

 それにしても、われわれは随分あっさりと、3.11に関わるいろいろなことを忘れようとしているなと、まあ気付かされたと言うか。
 忘れるという単純なことではなく、当事者と非当事者の間の、交わることのない明らかな距離感のようなもの。初めは感じていたはずのそのもどかしい思いが、最近は次第に薄れてしまっているというような感覚。

 あの晩、煙草を吸いにベランダに出たら、空には上弦の月が何事もなかったように煌々と照っていて、なぜか不意に5・7・5の言葉が浮かんできたのだった。
 「被災地を照らしているか上弦の月」。
 「被災地を照らしているのか上弦の月」。

 日本人というのは、気持ちの昂ぶりが表出されようとする時、自然に5音と7音のリズムが出てくるのかもしれない、そしてその気持ちが溢れそうになる時、これも自然に字余りの姿になってしまうのかもしれないと思った。

 読み終わって作者略歴を見たら、昔読んだ記憶の本は「ノーライフキング」という1988年のデビュー作だった。
 面白かったという記憶はない。あの本、まだどこかにあるだろうか。
# by krmtdir90 | 2013-04-24 11:45 | 本と映画 | Comments(0)


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