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主なテーマ、最近は映画ばかりになってしまいましたが、この何年か海外旅行にも興味があって、もともとは鉄道旅、高校演劇、本などが中心のブログだったのですが、年を取って、あと何年元気でいられるかと考えるようになって、興味の対象は日々移っているのです。
by natsu
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映画「ガンジスに還る」

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 インドは一度は行ってみたいと思っている国だが、けっこうハードルが高いような気がしてまだ実現していない。この映画はインドの現代を描いているが、インドとの文化的隔たりの大きさを強く感じてしまって、これが現代のことだというのがちょっと信じ難いような気分にさせられる。
 映画の舞台になっているのは、ガンジス川に面したヒンドゥー教最大の聖地とされるバラナシという町である。信仰厚い人々は、この神聖な場所で死を迎えることが解脱(安らかな死)に至る道だと信じていて、この地で火葬され遺灰をガンジス川に流してもらうのが最大の名誉だと考えているのだという。実際、この地で死ぬことを希望する人たちが、インド全土からここを目指して次々にやって来ているらしい。死ぬために集まって来るということが、何よりも驚くべきことだと思う。

 父親のダヤ(ラリット・ベヘル)は、みずからが見た奇妙な夢によって死期が近付いていることを悟り、家族に「明日牝牛を寄進して、明後日バラナシに行く」と一方的に宣言する。家族は困惑し引き留めようとするが、彼の決意は固く翻意させることはできない。仕方なく息子のラジーヴ(アディル・フセイン)が仕事を休み、バラナシまで父に付き添って行くことになる。
 バラナシに着いた彼らが向かったのは、ガンジス川沿いにある「解脱の家」と呼ばれる施設である。見るからに貧しい建物なのだが、これはバラナシで死ぬことを望んでやって来る人々を、一時的に受け入れている簡易宿泊所といった感じの施設のようだ。バラナシにはそういうところがが幾つもあるらしいが、映画は施設を管理している男とのやり取りを経て、ここに入所して生活し始める二人の様子を追っていく。仕事よりも優先して、息子は父の死を見届けなければならないということらしい。

 率直に言って、この最初の経緯からしてよく判らないし、どうしてそんなことをするのか、われわれとしては理解し難いと言わざるを得ない。ダヤは元教師だが現在は引退していて、妻とはすでに死別しているという設定になっているらしい。一方、ラジーヴの方はバリバリの仕事人間で、付き添いの旅の途中でも片時もスマホを手放せないという描き方になっている。父は77歳というから、恐らく息子は50代半ばぐらいにはなっているだろう。そう考えると、分別ある大の男の行動として、こんなことが本当にあるのだろうかと疑問を感じてしまうのである。
 だが、もちろんこれはそういうことが本当にあるのであって、このヒンドゥー教の聖地では、ここに集まった信者の生と死が、まるっきり隣り合わせになったように人々の生活を縛っているのである。ここには、一方に死を待ち望む人々がいて、もう一方にそれを支えている人々がそれを取り囲んでいるということなのである。映画はその細部をきわめて丁寧に写し取っているが、それはわたしなどからするとまったく想像を絶するようなことである。それについて書き始めたら、たぶんきりがなくなってしまうだろう。
 この映画は結局、これまでずっとお互いにすれ違って生きてきた父と息子が、この聖なる場所で常時死を意識しながら生活することで、次第にそれぞれの心の内に隠れていたものを理解していくという映画である。妻や孫娘も絡んでいるから、一種のホームドラマと言ってもいいのかもしれない。

 ダヤは、ほぼ一ヶ月ほど経ったところで望み通りに解脱するのだが、映画はなぜかその最後の経過を描こうとはしていない。この少し前に、この「家」で懇意になったヴィムラという老女も死んでいるのだが、その死も川岸で行われている葬式のシーンで示されるだけである。ずっと死と向き合い続けてきた人々を描きながら、この映画は死の瞬間を描こうとはしていないのである。
 ダヤの死に際して、最後にラジーヴとの間にどんな会話があったのかといったことが描かれることもなく、彼の遺体を川岸に運んでいく葬列のラジーヴを追うことで、彼らの関係が最後にどうなったのかを想像させるような描き方になっている。死そのものよりも、当人や周囲の人間がその事実とどんなふうに向き合い、どんなふうに受け入れていったのかといったことの方に、映画の意識が向かっていたように思われた。
 後に残された家族が、主のいなくなった「解脱の家」のベッドに腰掛けて、ダヤの書き残した死亡広告を読むシーンが印象的だった。その文言だけ書き抜いても意味は伝わらないかもしれないが、「ダヤナンド・クマルは高名な詩人で作家であった。故人の作品は、いまもごくまれに古書店の片隅で埃にまみれて見つかることがある」というものである。

 印象的なシーンが非常にたくさんあったと思う。だが、それを一々書き出すことは止めておく。ただ、ガンジス川に象徴されるインドの風土といったもの、またヒンドゥー教をめぐる人々の考え方や風俗といったものは、これは現代のことだと言われても、なかなかすんなりと受け入れることは難しいような気がした。インドは一筋縄ではいかない国なのだなと思った。
 なお、この映画のシュバシシュ・ブティアニ監督(脚本も)は、何と1991年生まれの27歳で、驚くべきことにこの映画の撮影時には弱冠24歳だったのだという。若さを売りにするような安直な映画ならそんなこともあるかもしれないが、こんなふうにはるか高年の登場人物を動かし、こんな題材で正面から死と向き合うような映画を撮ったということが信じられないような気がした。これもまたインドという国の深遠さなのかもしれない。
(渋谷ユーロスペース、12月22日)
# by krmtdir90 | 2018-12-28 20:44 | 本と映画 | Comments(0)

高校演劇2018・関東大会栃木会場(2018.12.23~24)

 12月23日と24日の二日間、栃木の「関東大会」に行って来た。
 今回は、新座柳瀬の応援に行くなら所沢の応援もしてこないと片手落ちになってしまうので、上演が同じ日になってくれればいいなと思っていたが、何と所沢が1日目の朝イチ、新座柳瀬が2日目の朝イチに決まったと言う。遠路出掛ける側からすると、これ以上は考えられないくらい意地悪な上演順である。しかし、行くと決めたからには文句を言ってはいられない。両日とも「通い」にすることも考えたが、せっかくの機会だから、足利で一泊して他の学校もできるだけ観て来ることにした。

 23日(日)の朝は6時15分ぐらいに家を出て、中央線→武蔵野線で南越谷駅まで行き、東武の新越谷駅に乗り継いで、伊勢崎線(スカイツリーライン)→日光線とたどって、9時過ぎに栃木駅に降り立った。この日光線の4輛編成は、嬉しいクロスシートだった。
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 ここは東武とJRの共用駅になっている。
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 徒歩20分ぐらいで栃木文化会館に着いた。
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 大ホールの中に入ったのは9時半過ぎで、開会式が始まっていた。
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 この日は10時から所沢の舞台を観せてもらったあと、結局7校中6校を観劇した。けっこう疲れてしまって、最後の舞台は失礼してしまった。

埼玉・所沢高校「プラヌラ」
 トップバッターはいろいろ難しいものだが、しっかりと自分たちのやりたいことができていたのではないか。役者がみんな自分の役どころをきちんと掴んでいて、それぞれの思いをちゃんと表現できていたのが良かったと思う。ただ、前寄りの席で観たのでそのせいもあったのか、SEが総じて大きすぎるように感じたのと、セリフが言葉として聞き取れないところが少しあったのが残念だった(後方の席では感じなかったと言う人もいたから、座席によるホールの響き癖が影響していたかもしれない)。
 でも、面白い台本(作・高石紗和子)なのは伝わってきたし、よく挑戦しているなと思った。それを認めた上で、台本を舞台上に立ち上げるに当たっては、もう少し別のやり方もあったのではないかという感じもした。場面が次々に飛躍していく台本だから、それをどう表現するかは非常に難しいところだと思うが、もう少しオシャレなやり方が工夫できたのではないかということである。具体的には次のような点である。
 ①中割を何度も開閉していたが、場面転換としてあれはオシャレじゃない。あんなになびいてしまうのは計算外だったかもしれないが、引き幕である以上、視覚的にはその都度、幕が引かれるという現象を見せられることになり、芝居の流れの中でのスムーズな転換にはならない気がした。そもそも、場面設定で中割を閉めなければならない必然性が感じられなかった。
 ②部分照明(単サスやエリア明かり)が多用されていたが、そればかりで舞台が進行すると、全体の印象が暗くなるし観ていて疲れてしまう。もともと場面設定などに省略の多い台本だし、セリフもモノローグなどやや観念的に流れる傾向があるので、そこでさらに照明が狭められて視覚的な情報が制限されてしまうと、芝居の中に入って行くのがかなり困難になってしまうように思った。
 ③道具プランに一貫性が欠けていたのではないか。突然リアルな観葉植物が置かれた時は、なぜここだけ?と疑問を感じた。だったらベッドだって机だってリアルにしなくちゃおかしいんじゃないですか、ということである。中割を攻めて中央に置かれたまひろの寝床もよく判らない作りだったし、水泳部員たちが立つ台も、その時だけ出て来るというのが意味不明のような気がした。
 結局、全体の作りにもう少し緻密な作戦というか、微妙な調整が必要だったのではないだろうか。様々な部分について、もっと効果的なかたちがあったような気がするし、まだまだ検討の余地があるのではないかと感じた。
 「とこえん」はわたしが昔いたところだし、現顧問のAさんともつながりがあって、そこが優秀校4校に入ったのが嬉しかったので、敢えて少し厳しめに書いてしまいました。応援に行った者としては、要するに「優秀賞おめでとう!」って言いたかっただけだったんですけどね。

長野・塩尻志学館高校「イッテきま~す」
群馬・東京農大第二高校「エレベーターの鍵」
群馬・新島学園高校「カイギはDancin'」
 以上3校はあまり好きになれなかったので、感想は省略します。

新潟・新潟工業高校「室長」
 作・畑澤聖悟とあったが、いままで知らなかった台本だった。一種のシチュエーションコメディと言っていいと思うが、非常に巧みな設定で面白い展開を見せていると思った。新工の皆さんはあまりコメディとしては意識しないでやっていたようだが、人物それぞれを的確に造形して、しっかりと場面のやり取りを作っていたので、真面目なディスカッションドラマとしても大変見応えのあるものになっていたと思う。たぶん、もう少し笑いなどが交じるようにして、ユルい雰囲気が作れるともっと良かったような気がするが、いまのストレートな緊迫感と問題提起もなかなかのものだと感じた。優秀校4校に入ったのも妥当。

栃木・小山城南高校「無空の望」
 LGBTを取り上げた生徒創作台本で、みずからの気持ちと懸命に向き合う主人公たちが、手近なところに安易な解決を求めようとしていないところが良かった。予定調和の感動で終わらせてしまう生徒創作もある中で、この不器用な誠実さには好感が持てた。オトナの審査員が選ぶ優秀校4校に選ばれたのも良かったが、生徒講評委員会がこれを講評委員会賞3校の中に選んでいたのが(生徒はちゃんと観ているんだと感じられて)素晴らしいと思った。

 24日(月)は朝から快晴だった。
 ゆっくり8時過ぎにホテルをチェックアウトして、JR足利駅。
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 両毛線で栃木駅まで30分ほどだった。
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 9時過ぎに、余裕を持って会場に到着した。この日は10時から新座柳瀬を観たあと、さらに2校を観て、13時40分、遅い昼休みになったところで後の2校は失礼した。帰って孫たちとクリスマスケーキを食べなくちゃいけなかったんですね。

埼玉・新座柳瀬高校「Ernest!?」
 まず最初に、これが最優秀に選ばれたことに「おめでとう!」を言っておきたい。その上で、この台本について思っていることを少々書いておく。
 原作を60分の一幕劇に作り直す際に、「Love & Chance!」と比べてこちらはかなり無理を重ねているところがあって、そのあたりを気にならないように修正するのが、地区大会→県大会と続いてきた本作のテーマだったと思う。細部を比較しながら観てきたわけではないから、非常にざっくりとした言い方になってしまうが、よくここまで作り込んだなというのが今回の感想だった。
 本作では結局、観客をいかに「目くらまし」できるかが鍵になっていて、矢継ぎ早に繰り出されるパターン化したギャグの連続とか、観客に立ち止まる隙を与えない、展開のスピード感が重要になっていたように思う。そのため、作りがややマンガ的になってしまったきらいがあって、個人的にはそういう傾向が強まるのは嫌いなのだが、この作品が向かう方向としては間違っていなかったと思う。朝イチにもかかわらず、客席の反応が非常に良かったことがその証左になっていると思った。
 わたしの好みとはかなり異なるところで、最近の稲葉智己は「稲葉智己的大衆演劇のツボ」を獲得しているように感じる。ブラックネルを始めとした誇張したキャストの作り方などは、わたしはあまり好ましいものとは思っていないのだが、それが客席を掴み、大きな笑いを獲得しているのに接すると、彼は観客を手のひらに乗せることに成功したのだなと認めるしかないのである。
 実は、昨夜ここまで書きかけてちょっとツイッターを覗いたら、中部ブロックから岐阜県の長良高校というところが全国出場を決めたというニュースが飛び交っていた。長良高校は、柳瀬と同じオスカー・ワイルドの「The Importance of Being Earnest(まじめが肝心)」を翻案した「My Name!」という作品を上演していたらしい。これが代表を射止めたことで、来夏の全国大会では、同一の外国古典劇から作られたラブコメディが2本並ぶことになったのである。これは凄いことだし、高校演劇のウイングを大きく広げる快挙と言っていいのではないか。これで、佐賀まで応援に行く楽しみが大きく膨らんだと思う。
 最後に、今回の舞台で少し気になったことも書いておく。
 終盤、プリズムとブラックネルが出会うことでアーネストに関わる未知の事実が次々に明らかになるが、その場の人々がそれぞれ感じていたはずの驚きがあまり見えてこなかったように感じた。大袈裟にやれということではないが、事実(新たな事態)に対する受け止めはきちんと行われなければいけないし、気持ちの上での反応をもう少しちゃんと作って見せてくれないとまずいように思った。
 この芝居は、いろいろなことが最後に一気に明かされるようになっているので、その段階ではたぶんスピードよりも丁寧さが必要になっているはずで、そこのところをもう一度見返してみた方がいいように感じたのである。

新潟・新潟中央高校「Damn! 舞姫!」
 けっこう面白かったが、それ以上の感想は省略。

栃木・栃木高校「ミサンガ」
 男子校の男芝居というのは個人的に好きなので期待していた。実際には期待以上で、予想を遥かに超えたパワーに圧倒された。ここまで真正面から押してこられると、それだけで有無を言わせぬ説得力が生まれているように思われた。当然のように勝者と敗者に分断されてしまう世界に、痛烈な一石を投じようとした力作だったと思う。だが、最後がもう一つ決め切れていないようにも思えて、たぶん最初はかなり計算された台本だったのが、いつの間にかいろいろな意図を忘れて闇雲に突っ込んでしまったようにも見えた。何と言うか、そういう型破りの清々しい熱気のようなものを感じた。講評委員会賞3校には選ばれたが、優秀校4校に入らなかったのは残念な気がした。

 以上で終わりだが、実は、この栃木文化会館は、わたしが所沢高校にいた時に、当時の生徒たちが全国行きを決めた思い出の会場だった。1994年のことだったが、パンフレットの記録にはそれがちゃんと記載されているのに、わたしの中ではその時の記憶がもうほとんど失われているのが不思議な気がした。歳を取ったんだなと、いまさらながら再認識させられた。
# by krmtdir90 | 2018-12-27 18:03 | 高校演劇、その他の演劇 | Comments(2)

映画「マイ・サンシャイン」

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 何をしたい映画だったのか、よく判らなかった。監督・脚本はデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンというトルコ出身の女性で、ずっとフランスで育ち、フランスを主な拠点として活動している人のようだった。この映画は彼女の長編第2作だったらしく、フランス・ベルギー・アメリカの合作映画となっているが、言語は英語で、アメリカのロサンゼルスでロケを行い、1992年4月末に起こったロサンゼルス暴動を扱おうとしたものだった。
 「扱おうとした」などと遠回しな言い方をしてしまったが、この過去の出来事をいま改めて描こうとするにあたって、どうもこの映画のいまの視点がどこにあるのかがはっきりしていないように感じたのである。
 実際、ロサンゼルス暴動の引き金の一つとなったラターシャ・ハーリンズ射殺事件は、映画冒頭に再現映像でしっかりと描かれているし、もう一つのきっかけとされるロドニー・キング事件とその裁判の様子は、映画の各所でテレビから流れるニュース映像として、繰り返し印象付けられるようになっていた。だが、基本的にそれらは映画のストーリーの背景なのであって、映画はちょうどこの時期にロサンゼルスのサウスセントラル地区で生活していた、主人公たちの日常を追って行くことに主眼が置かれているのである。

 主人公の黒人女性ミリー(ハル・ベリー)は、貧しいこの地区で家族と暮らせない子どもたちの母親代わりとなって、彼ら(7、8人いる)に無償の愛情を注いでいるということらしい。これは血のつながりのない疑似家族であって、この子どもたちはスーパーで万引きをしたりしているから、これはあの「万引き家族」と非常によく似た設定なのである。
 ただし、細かな設定やその描き方などでは是枝裕和監督の足下にも及ばない感じで、はっきりしないところや展開に無理があるところなどが目立つ結果となっている。ミリーと子どもたちにいつも厳しいことを言っている白人の隣人オビー(ダニエル・クレイグ)の設定も曖昧で、ミリーとの関係も、何かお互いを男女として意識するような気配も見せるのだが、結局はよく判らないまま最後まで行ってしまうということになっているのである。
 映画は要するに、このミリーとオビーと子どもたちが、映画の後半になってロサンゼルス暴動の始まりのところに立ち会う様子を描いていく。だが、それが彼らにどんなふうに受け止められたのかといったことが、当然のことながら一人一人の立ち位置やいた場所が違うのだから、まったくバラバラなものになってしまっていて、ストーリーとしてあまり噛み合ってもいないし収斂してもいないように感じられたのである。

 一言で言えば、みんながそれぞれのかたちで暴動に巻き込まれたことは判るのだが、それが彼らのこれまでの生活をどう変えてしまったのかは、実はあまりはっきりしないまま終わってしまった印象があるのだった。ロサンゼルス暴動というものが、子どもたちを含めた登場人物の生き方の問題としてきちんと関連付けられていないという気がしたのである。それでは、いま改めてそれを描こうとする意義が見えないということになりはしないか。
 見ている間は、けっこうハラハラする展開に引き摺られていたのだが、見終わってみると「えっ、どうなっちゃったの?」ということがたくさん残されていたように思う。特に子どもたちの間で起こった殺人については、結果が事実として投げ出されているだけで、映画がこれをどういうふうに捉えようとしているのかが見えていないと感じた。これでは困るのではないか。
 原題の「Kings」が何を意味しているのかもはっきりしないが、邦題の「マイ・サンシャイン」も何のことなのかよく判らない。映画自体が焦点が絞れていないので、配給会社もどう売っていいか決めかねたということだったのかもしれない。
(新宿武蔵野館、12月20日)
# by krmtdir90 | 2018-12-21 17:32 | 本と映画 | Comments(0)

伊東温泉(2018.12.18~19)

 久し振りに、妻と温泉に行って来た。住所は伊東市富戸とあったから、温泉地としては伊東温泉のエリアということになるのだろう。伊豆の東海岸のこのあたりは、高度成長期に温泉付きの別荘地がたくさん作られた時期があったようで、最近こうしたところを小規模な温泉宿に作り替えて、各部屋に温泉露天などを付けて高級感を競うようなものが増えているらしい。
 今回泊まった「離れ御宿 夢のや」はそうした宿の一つで、部屋数は離れのみ6室、すべての部屋に温泉の半露天風呂が付いているというものだった。
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 部屋からの眺望はもう一つで、木々の間から海が少しだけ遠望されるという感じだった。
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 半露天というのは、ベランダに面した浴室のガラス窓が折り戸になって、外に大きく開くようになっているということだった。いまのような寒い時期は閉じてしまえばいいのだから、これはなかなか使い易い構造だと思った。
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 部屋の風呂以外にも、時間制の貸し切り露天風呂というのがあったので、夕食前に行ってみたが、湯温がかなり高く設定されているようで、あまり長湯はできなかった。
 食事は、母屋にある個室で取ることになっていた。ゆっくりできたし、料理や接待もかなり良かったと思う。

 今回は二日とも好天に恵まれた。
 朝焼け(6:22撮影)。
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 日の出(6:53撮影)。
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 周囲の木々の間にリスの姿が見えた。
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 かなり大形だと思う。
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 宿の人に聞くと、朝夕にはよく出て来るので、この宿のちょっとした売りになっているのだという。

 10時過ぎにチェックアウトした。天気も良かったので少し寄り道をした。
 伊豆急行・城ヶ崎海岸駅。
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 宿の最寄り駅なのだが、大きく迂回しなければたどり着けないということで、前日周囲を散歩した時は来るのを諦めていたのである。非常に立派なログハウスで、説明にもある通り、これだけのハンドカットはなかなかないだろうと納得した。
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 城ヶ崎海岸の方にも回ってみたが、灯台や吊り橋は以前行ったことがあるので、今回は結局行かなかった。

 大室山は、いままで登ったことがなかったので、行ってみることにした。
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 いざ乗る段になって、このリフトの急傾斜が急に怖くなった。
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 途中に緩急がなく、ずっと急傾斜が続くのが怖い原因だと思った(途中に踊り場がなかった白帝城の石段と同じだ)。それと、上る時の方が下る時より怖く感じるのは、上りは背後が見えないこと、それなのに、そこに何もないことだけはひしひしと感じられて、恐怖を倍増しているのだと思う。高所恐怖症というのは難しいものなのだ。
 上はやはり風が強く、寒かったこともあるが、それ以上に飛ばされそうで怖かった。火口の底に、なぜかアーチェリーの的が並んでいた。
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 火口丘を一回りできるようになっていたが、そんな怖いことをするのはとうてい考えられない。
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 少しだけ上の方に行ってみた。
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 左の大きいのが大島で、右の小さいのが利島のようだ。それにしても、周囲に手摺りなどが何もないこの感じは怖い。
 こちらは伊東の町並み。右寄りの小さな水面は一碧湖らしい。
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 富士山は残念ながら雲がかかってしまっていた。
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 お昼は、道の駅・伊東マリンタウンで近海地魚握り寿司というのを食べて帰った。
# by krmtdir90 | 2018-12-20 23:59 | その他の旅 | Comments(0)

映画「僕の帰る場所」

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 日本とミャンマーの合作映画。まったくノーマークの映画だったが、渋谷の最終日に見ることができて良かった。
 藤元明緒監督(脚本・編集も)は1988年生まれと言うから、いまちょうど30歳の若さである。もちろんこの映画が長編第一作であって、その製作に至る経緯は、インターネットで読むことができるインタビューの中に詳しく語られている。彼はミャンマーという国について特に知識があったわけでもないし、難民問題にも特別興味があったわけでもないと正直に告白している。すべてが成り行きだったのであり、縁であり出会いだったと述べている。人生何があるか判らないものだ、と。
 ほぼ5年ほど前、何もないところから始まった企画だったようだが、日本で働くミャンマー人家族の物語を作ると決めて、実際にキャスティングをしてカメラを回したのは2014年の11~12月だったらしい。
 付け焼き刃でミャンマーのことを調べてみると、長く続いた軍事政権から、徐々に民主化が行われてまだ10年ほどしか経っておらず、ようやく文民大統領に移行して、アウンサンスーチーが国家顧問に就任したのが、まだ2年半ほど前の2016年3月だったようだ。企画がスタートして2017年に完成するまでの間にも、ミャンマーの情勢は刻々と変化していたのである。

 映画で描かれた家族の二人の兄弟は6歳と3歳で、彼らは日本育ちで日本語しか喋れないと設定されていた。と言うことは、撮影時点の2014年を基点として考えれば、家族が難民として日本にやって来たのは、2008年より以前ということになる。この映画では、そうした事情などはまったく説明されていないのだが、故国ミャンマーでは生活できないから日本に来たというのははっきりしていることで、そういう家族が当時の日本でどういう扱いを受けていたのかということを、この映画はしっかり記録に残しているのである。
 いま記録という言い方をしたが、この映画はドキュメンタリー映画ではない。だが、見始めてしばらく、ドキュメンタリーかと見紛うような撮り方をしていて、すべてが作られたドラマだったというのが判って大いに驚かされた。ドラマと言っても、この監督の撮り方(演出や編集の仕方)は非常に個性的で、ざっくり言ってしまえば、今年になってから次々に出会ったあの若い監督たち、ホアン・シー(黃熙)、三宅唱、五十嵐耕平といった監督たちの系譜に連なっているような気がした。
 子どもたちを軸にして、演技を意識させずに、あるがままの姿を撮るという姿勢が貫かれていると思った。藤元監督は、ソ連映画の「動くな、死ね、甦れ!」(ヴィターリー・カネフスキー監督、1989年)に衝撃を受けて映画監督を志したと語っていて、なるほどなと思った。

 映画は、前半が日本の東京で、後半がミャンマーのヤンゴンで撮影されたようだ。東京の小さなアパートで暮らすミャンマー人の家族は母親のケインと二人の兄弟で、父親のアイセはいま入国管理局に身柄を拘束されているらしい。彼は日本に来て何度も難民申請をしているが、いまだに認定されていないということのようだ。このあたりのことを映画は断片的にしか示さないし、その事情について説明してくれているわけでもない。そういう描き方はしていないのである。
 だから、ここでまた付け焼き刃で調べてみることになる。日本は難民認定のハードルが非常に高い国で、認定されないまま日本で生活する難民が増え続けているということらしい。難民は認定されなければ退去命令が出て拘束されるのだが、この時、家族や友人、支援団体などが身元保証人となることで暫定的に拘束を解かれる「仮放免」という制度があるようだ。ただし、仮放免中は身元保証人が生活の面倒を見る建前になっていて、当人の就労は認められていない。
 こんな建前が非現実的であるのはみんな判っていることで、彼らは祖国を後にした以上、日本で働かなければ生きてはいけないのである。だが、難民として認定されない限りは、彼らはいつまで経っても在留資格のない不法滞在者(国は不法残留者と呼んでいる)であり不法就労者なのである。現実には、こうして作為的に弱い立場に置かれた外国人労働者が量産され、人手不足を埋める安価な労働力として、日本人が働きたがらない最底辺の労働市場を支えているのである。実態としては、彼らは便利な使い捨て人材として、都合良く利用されているのである。

 映画の中で、父親アイセは友人たちの身元保証で一旦仮放免になるが、不法就労が見つかればまたいつ拘束されるか判らないのである。彼にはミャンマーに帰るという選択肢はもうないのだが、母親ケインの方は先の見えない生活に疲れ果て、国に帰りたいという思いを日々募らせているのも理解できる。日本に救いを求めてやって来た家族が、希望を見出すことができずに引き裂かれていく現実があることを、この映画は描いているのである。
 ただし、この映画は上に書いたようなことを問題提起したり、何かを告発したり訴えたりするような意図はまったく持っていない(ように見える)。そこには様々な矛盾や問題点が見え隠れしているのだが、それらはすべて背景として扱われているだけで、映画はあくまでこの家族の淡々とした日常を見詰め続けていく。この夫婦と子どもたちの生活の、細々とした側面を拾い上げていくことに終始するのである。
 結局、中盤になって母親ケインは身体を壊し、日本での生活に耐えられなくなってしまう。映画の後半は、彼女が二人の兄弟を連れてミャンマーに帰ってからのことを描いていく(父親アイセは日本に残り、彼らは別々に生きることになってしまう)。生活不安に追い詰められていた彼女は、ミャンマーでの生活が始まると次第に精神的安定を取り戻していくが、日本の生活しか知らなかった子どもたち、特に6歳のカウンくんの方は簡単にはミャンマーの生活に馴染むことができない。この状況は当然予想されたことだが、恐らく時間をかけて慣れさせ受け入れさせていくしかないということだったのだろう。

 子どもたちがどうなるのかというのが、後半のドラマの核心になると思われたが、映画はここである作為的な仕掛けを施してしまったのである。これは果たしてどうだったのか。
 悩み抜いたカウンくんは、とうとう一人で家出を敢行してしまうのである。ここまでは展開としてあり得るかなと思うが、このあと空港に向かおうとして街をさまよったカウンくんが、夜になって不意に日本語を喋る子どもたちに出会い、しばらく一緒に遊び歩くシーンが挿入されたのはどういうことだったのだろうか。ここだけ急に前後のつながりが判らなくなってしまい、そのあとの経緯もよく判らぬまま彼は母親たちの許に帰っていて、少しだけこちらの生活に慣れたような雰囲気を漂わせて見せるのである。
 残念ながら、この部分はまったく理解できなかったと言うしかない。ずっと日本で育ってきた子どもたちが、容易にミャンマーの生活に慣れることができないのはよく判ることだが、目に見えるきっかけを無理に作るのではなく、時間だけがこれを解決してくれると気長に考えるしかなかったのではないか。それは子どもたちの成長を信じるということになるはずである。
 どうやらこの映画は、そこのところを何らかの見えるかたちにして提示したいと考えてしまったのかもしれない。そんなふうに解釈するしかないような気がするのだが、これはたぶん必要のない操作だったのではないだろうか。映画としては、ここだけが意味不明の減点になってしまったような気がして残念だった。

 この点以外はホントに良くできた映画で、家族の生活実感が実にリアルに写し取られていて感心した。映画のモデルとなった家族は、一旦は離れて生活することになったが、ミャンマーの民主化の進行で国情がかなり良くなってきたということで、現在は父親アイセもミャンマーに帰り、家族一緒の生活を取り戻しているらしい。
 一方で、日本として外国人労働者をどう受け入れるのかという問題が、昨今のように大きくクローズアップされることになるとは、この映画の製作時には考えていなかったことだったかもしれない。これもまた偶然の成り行きということだが、この映画は非常にタイムリーな映画になってしまったのだ。そうなった時、この映画が安易な主張を前面に出したりせず、あくまでも家族の物語の中に様々なテーマを落とし込んでいたことが、逆に良かったという結果になったのではないかと思った。
(アップリンク渋谷、12月14日)
# by krmtdir90 | 2018-12-17 18:06 | 本と映画 | Comments(0)


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